ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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【後日談】狼と花

 キヴォトスに出現した高エネルギー反応を示す、赤い円。それらは、次々と消え去っていって。

 

「さ、最後のサンクトゥム……消滅を確認しました……!虚妄のサンクトゥムの攻略が完了しました!」

 

 告げられたのは、間違いなく良き知らせと言っていいだろう。このキヴォトス、世界が救われたも同然なのだから。

 

「空が……」

 

 狂おしく紅に染まっていた空も、徐々に普段通りのあり方に戻っていく。

 

「元に戻りましたね」

 

 サンクトゥムの攻略は完了。であれば、次はシロコとアリウス分校。其方に向かわせたマユミたちのことも心配だ。

 休む暇はない。生徒の皆には申し訳ないが、急ぎアビドス自治区、そしてアリウス居住区へ。

 

「“みんな───”」

 

 そんな提案を扉の向こうにいるみんなするために、シャーレの執務室を出ようとして。洞穴から出てくる生徒が一人。

 

「“───シロコ?”」

 

 黒衣に包まれた豊満な肉体。銀色というよりは、水彩画のような灰色に染まった髪。特徴的な、白と黒の瞳。砕けたヘイロー。

 普段の彼女とは、全くの別人。

 

「……先生」

「“……”」

 

 けれども、その息遣いが。仕草が。言葉が。どうしようもないくらい、先生の知る砂狼シロコのものに思えて。

 

「ここまで来たんだ。流石だね」

 

 『シロコ』として扱われたことも否定せず、そのまま話を続けようとする。それだけで、彼にとっては充分な証拠たり得た。

 

「でも、未来を変えることはできない。キヴォトスの終焉は決まっている」

「“待って……!シロコ、本当は───”」

 

───色彩に操られて!

 

 先の黒服の話が嘘偽りでなければ、こうだ。

 

「違う」

「“……!!”」

「私は、色彩に操られてなんかいない……違うよ、先生」

 

 しかし、他ならぬシロコはそれを否定する。

 

「これは私自身の『本質(いし)』。この世界を、定められた未来へと導く……その役割を、私が担当しただけ。色彩はその手段の一つに過ぎない」

 

 彼女の言葉は、よくわからなかった。定められた未来。本質。役割。まるで人というよりも、まさしく神性に近い。

 

「……むしろ、私の方が色彩を利用しているのかも」

「“……!”」

 

 それでも彼女は、生徒だ。

 

「私の役割は、すべての命を『別の場所に(あのよ)』に導くこと。これは砂狼シロコが、この世界に存在した時点で確定した未来」

 

 たとえ彼女が何者であったとしても。

 

「定められた運命を変えることはできない……それが、この世界のルール」

 

 たとえ彼女が、死の神であったのだとしても。

 

「……そうじゃなきゃいけない……じゃなきゃ……」

「“……?”」

 

 先生にとって彼女は今でも、守るべき生徒だ。

 

「……でも、私は先生を傷つけたくない。だから、キヴォトスからいなくなってほしい」

 

 そしてそれは、逆も然り。たとえ色彩による狂気で反転しようとも、彼女にとっては未だ、先生は。

 

「そうすれば、先生に銃を向けなくて済む」

「“シロコ……”」

 

 今なお、想い焦がれた先生のままなのだ。

 

「……最初に先生を『キヴォトス(ここ)』に導いたのも、最後を見送るのも……それが、私に与えられた『本質(やくわり)』なんだと思う」

 

 あの日アビドス自治区で、いつも通りの通学路。あの場所で、出会った……出会ってしまった、そんな時のままで。

 

「いつか、その時が来たとしても……私は……」

 

 否。そんな時のままで、いて欲しい(いてはいけない)

 

「私は……!」

 

 そうでなければ。

 

「先生、問題が発生しました!!現在、キヴォトス全域でエネルギー反応が再び検知され……っ!」

 

 相対する碧眼。連邦生徒会長代理、七神リンが扉を打ち破って入ってくる。

 侵入者。見覚えが、否、どうでもいい。今は彼女が危険分子であるという事実だけでいい。

 

「くっ!」

 

 そんな思考を一秒に満たない時間で完結させ、発砲。しかし、それは彼女にとって有効打となり得なかった。

 

「えっ!?今リン先輩が撃ったの!?めっちゃレアじゃん!?一体どうしたの!?」

「し、侵入者です!い、今、応援を要請しました……!!」

 

 続々と入ってくる生徒たち。リンの珍しい発砲に呆けているモモカはさておき、異常事態を検知。すぐに応援を要請し、鎮圧に向けて動き出す。

 

「侵入者、ですか?」

 

 そして、ひょっこりと扉から顔を出したのは。

 

「っ……!し、シロコ……先輩……?」

「……アヤネ……」

 

 アビドス高校所属。奥空アヤネ。

 

「……」

「ど、どうしたんですか!?その怪我!!」

 

 目を閉じてやり過ごそうとする彼女に対し、アヤネが真っ先に送ったのはその傷の心配だ。

 ()()でさえも、今のシロコにとっては耐え難い苦しみに他ならない。

 

「“待って、シロコ!”」

 

 反転と同時に手に入れた能力(チカラ)。空間に穴を開け、その場から逃げ出そうとして。

 

「見つけた!!!」

「っ……!!」

 

 重ねるように展開される黒い物質。シロコのソレとは違い、より物質的なエネルギー。そこから出現するのは。

 

「アヌビスッ!!」

「くっ……!!」

 

 反転した、もう一柱の神。桐花スオウ。

 

「シロコ先輩!!」

 

 無数の銃撃。今度は七神リンのようにはいかない。一発一発の弾丸が自らの肉体を裂き切り、抉り飛ばし、確かな死への予感を与える。

 物質化するほどに凝縮された恐怖。自らのワープホールと同じ、彼女が反転に即して手に入れたもの。

 

「逃すかッ!!」

 

 吹き飛ばされた先に展開するはワープホール。そこに爆弾を投げ込み、爆発。シロコの背中は焼かれ、逃げるよりもむしろスオウへ向かう形になる。

 

「っ、待って!!」

 

 アヤネの叫びも虚しく、拳はシロコの身体に沈み込む。決して弱くない一撃。肋に埋まりそのまま砕かれる感覚。

 

「……」

 

 或いは彼女なら、漸く自分に救いを。終わりを与えてくれるのかもしれない。

 けれど。

 

「……んで……そ、なら……と……」

「“スオウ!!”」

 

 ピタリと。拳が止まる。

 

「“スオウ……なんだよね?”」

「……」

 

 他ならぬ先生の言葉が、彼女の耳には届いたから。

 

「げふっ……!」

「シロコせんぱ」

「近寄らないで!!」

「っ……!!」

 

 自身に駆け寄ろうとするアヤネを、銃で制するシロコ。彼女は決して、アヤネに目線を向けない。

 ここにいるのは『敵』。自分を制圧しに来た何者かだ。それ以外あり得ない。何度も、自分に言い聞かせる。

 

「あー……なっつかしい声だ……声がする……」

「“……?”」

 

 そんな硬直状態を他所に、スオウは焦点の合わない目で何かを。シロコとは違った形で、意味のわからぬことを宣い始めた。

 

「うるさい……うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい……耳元でギャーギャーギャーギャー……やかましいんだよ……」

「“スオ”」

「いやそんなことはどうでもいい……どうでもいいか……?どうでもいいよ……だって、どうせ虚しい……考えるな、考えちゃいけない。そうだ、守らないと……ベアトリーチェ……は、もういないんだった、はははっ……ふざけやがって、ひとに好き勝手、いや、死んだやつはどうでもいいか……アヌビス、アヌビスはどこだ……終わらせないと……あいつを……」

 

 こちらの声が、届いていない。先生がそう理解するまでに、さして時間はかからなかった。

 

()()()()()

 

 足元から、黒い泥が溢れ出す。彼女の意思とは無関係に、周囲の全てを破壊し尽くそうと。

 

「……」

「“っ、シロコ!!”」

 

 それを好機とばかりに、シロコはワープホールを作り出し、その中に入り込む。

 一度のワープで()()()に戻るわけにはいかない。中継地点を作れば、あの狂神でも追ってくることはできない。これは本来、自分だけの能力なのだから。

 

「“待って!”」

 

 スオウを投げ出すわけにもいかず。シロコを見逃すわけにもいかず。けれど、先生の体はたった一つ。その逡巡で、彼の肉体は追いつかない。

 

「……()()()?」

 

 迷いのない神の体であれば、当然追いつかない道理もない。

 

「っ……!」

「シロコ……狼の神……アヌビス……!!」

 

 連想ゲームのように言葉を並べ立て、追い縋る桐花スオウ。彼女よりも早くシロコはワープホールをくぐり。

 

「“……!”」

 

 そこには、何事もなかったかのような空間だけが残る。

 

「今のは……アリウスの白い悪魔……?いえ、それにしては随分雰囲気が……」

「シロコ先輩もです……」

「……どうやら、まだ終わりではないようですね」

「“……”」

 

 ほんの数秒間。けれども確かに交わされた、生徒同士の『殺し合い』。

 

「“……それだけじゃない”」

 

 砂狼シロコ。桐花スオウ。あの変容は、色彩によるもの。『反転』、そう呼ぶ他がないものだ。

 生徒の『反転』を見落として、あまつさえ目の前で生徒に殺しを許容しかけた。そんな事実が深々と胸に刺さって。

 

「“……それでも”」

 

 きっと助けてみせる。それまで、どうか無事でいて欲しい。二人とも、殺し合ってしまわないで欲しい。

 どうか、どうか。生徒に、そんな選択をしないで欲しい。その引き金は、彼女たちだけには引かせない。

 

「“……”」

 

 そんな願いを他所に、彼女たちは今。

 

 

 

 

「……ぇ」

 

 声がする。

 

「……ね……じ……?」

 

 どこか、遠くで。ずっと昔。前世から知ってた、声。

 

「……むー……なかなか起きない……」

 

 また、夢かな。夢ならいいな。シアンやアンナに会える。たまに、両親や姉とも会える。夢だけど。そこだけでも、ちょっと幸せになれるから。

 

「ねぇ、起きて」

 

 ああ、でもサオリにまた姉さんって呼んでもらう夢も捨て難い。お姉ちゃんでもいいよ?いや、むしろお姉ちゃんの方がいい。

 ミサキに一日中甘やかされる夢も素敵だ。多分睨みながらだけど、土下座すればギリギリやってくれそうな気がする。今度試してみよう。

 アズサと映画を見に行くのも捨て難い。モモフレは意味わからんけど、きっといつもよりハイテンションで話してくれる。

 

「ぐふっ、ぐふふ……」

「……ちょっと気持ち悪い……」

 

 気持ち悪いといえば、ヒヨリに罵倒されることは少ないな。そういうヒヨリも見てみたい。お姉ちゃんにはもっと気安くあって欲しい。今のヒヨリも可愛いけど。

 

「いい加減に」

「おねえちゃんってよんで……」

「……」

 

 あれ、声がしなくなった。ってことは、アツコか。もう、相変わらず手話が上手いんだから。最近髪を伸ばしてるから、伸び切ったらお揃いの髪型にしよう。

 

「……起きて!!」

「うわぁ!?」

 

 この声夢じゃなかった!?いや、そうじゃなくて……!

 

「っつつ……!」

 

 体が痛い……気絶させられてたのか……?頭がフラフラする……ここは……いや、それより。

 

「どうしたんですか?お姉ちゃんに何か?」

 

 俺を起こすってことは妹だろう。気絶させたのも妹かな。可愛い妹のすることだ、今なら一時間膝の上に座らせるだけで許してあげよう。冗談だけど。

 

「……妹じゃない。多分、人違い」

「ん……?」

 

 しかし、妹にしては聞き覚えのない声だった。

 気になって、うまく目が開かないなと目を擦ってみて。

 

「あれ……?」

 

 ピョコピョコとこちらを警戒する、銀色の獣の耳。青い照準のようなヘイロー。空色のマフラーと……俺と同じ、白と黒のオッドアイ。

 

「シロコさん……?」

「ん、やっと起きた。久しぶりだね……スオウ」

 

 正体見たり。いつだったかされた時と同じように、ちょーんと指を指される。

 随分暗い部屋にいたから、気づかなかったな。なんでここにシロコがいるんだろうか。というか、ここはどこ?

 

「はい、お久しぶりです。あれから、ライディングの方はどうですか?」

「……ん。まだ全然仲間はできてなくて……待って。今はそんな話をしてる場合じゃない」

 

 やはりというべきか、シロコのライディング仲間は増えていないらしい。いや、まあそれは割と関係なくて。

 

「……ところで、ここは?」

「……わからない。私も、目が覚めたらここにいた」

 

 やけに機械的な。ミレニアムのような、近未来的な、というべきか。SFチックな黒い壁に四方を囲まれた部屋。

 扉は一つ。ドアノブや取っ手も見当たらないということは、自動ドア。

 

「アビドス……では、なさそうですね」

「ん……こんな素材があったら、とっくに売ってる」

「は、はははっ……」

 

 笑っていいのか反応に困るけど……とにかく、ここはアビドスじゃない。かと言って、ミレニアムかと言われると。

 

「私も、こんな悪趣味な部屋に見覚えはないですね……」

「……確かに、あまり趣味が良いとは言えない」

「扉は……」

「当然、開かない」

 

 ミレニアムでこんな場所に見覚えはないわけで。そもそもミレニアムなら、シロコがここにいる理由がない。

 一旦、情報を共有してみるか。

 

「シロコさんは、どうしてここに?」

「……私にも、よくわからない……ただ……カイザーPMCの動きを追ってて……」

 

 カイザーPMC……確かアビドス高等学校が借金をしてる、キヴォトスでも大きな企業の一つ……だった、はず。彼らのせいでホシノが大変なことになったことも、辛うじて覚えてる。

 

「……そしたら、目の前にいきなり……大きな……大きな……うぅん……なんて言えばいいかわからない」

「人……生徒でしたか?」

「ううん、それはない。ヘイローがなかったし、何より……私よりも、ずっとずっと大きかった。二メートル近かったと思う」

 

 ……ってことは、だ。

 

「ここはカイザーPMCの……?」

「……そればっかりは、なんとも。でも、私はそれにさらわれて……気がついたら、ここ。身体中あちこち痛いけど、手荒な真似はされてないみたい」

「うーん……?」

 

 誘拐しておいて、手荒な真似はしていない。となると、身代金目的の誘拐のようにも思える。

 とはいえ、よりによってアビドス分校に……?

 

「次はあなたの番。スオウはどうしてここにいるの?」

「え……ああ、それもそうですね……」

「……手がかりはあなたにもありそうな気がする」

「……なんで?」

 

 俺の質問に、シロコは指をスッと差し出して。

 

「私と違って、かなり痛めつけられてるみたいだから」

「……?」

 

 その指先が指すのは、俺の体。ふと、視線を下に向けてみて。

 

「……って、なんですかこれ!?」

「……気づいてなかったの?」

「気づいてたらもっと焦ってますよ!!痛っ、いや痛いっ……!?」

 

 血まみれの、幾つも風穴が空いたコートが見える。背中側にも穴があるってことは、多分一回貫通してるな。まだ塞がり切ってない。

 

「うぅ……!アリウスにいた頃から使ってた、お気に入りのコートだったのに……!」

 

 ベアトリーチェやミカとの戦いでの傷も、せっかく妹が直してくれたのに……!先生とお揃いだったのに……!

 ……穴はまだしも、血は落ちるかなぁ……今のうちにお酢でもあれば良いんだけど。

 

「……その様子なら、もう怪我は大丈夫そうだね。少し安心した」

「心に深い傷が開きましたけどね……!!」

「……ノノミがいれば、後で縫ってくれるんだけど」

 

 少し寂しげに呟くシロコの声で、急激に現実に引き戻された。そうだった、俺たちは今誘拐拉致監禁の被害者二人。なんとかこの状況を打開しないと。

 

「それ、誰にやられたの?もし外にそいつがいるなら……仮に脱出したとしても、むしろ危険になる。判断するためにも、今は情報が欲しい」

「……それもそうですね」

 

 とは言っても、なんとなく記憶が朧気というか……気絶してたせいかな。前後の記憶が曖昧だ。

 えっと、確か……朝起きて、みんなの寝顔を観察して……そしたら、今日は日曜日だったから、いつもの場所に。

 

「そうだ、それで……後ろから……」

 

 それで……後ろから、足音がした。

 

「思い出しました。そいつにやられたんです」

「……突然襲われた、ってこと?」

「はい。私はいつも通り、アリウス居住区で暮らしているだけでした」

 

 最初は、サオリかな、って思ったんだ。最近祝日が重なってたし、曜日感覚がズレてたとかで俺のことを探してそうだ。

 でも、そこにいたのは。

 

「私を、襲ったのは……」

 

 白と黒の、オッドアイ。真っ黒なコート。俺より長く伸び切った髪の毛。あれは。

 

「……私にそっくりな、誰かでした……」

「……どういうこと?」

「私にも、何が何だかさっぱり……」

 

 一瞬。理解が追いつかなくて、銃を構えるのに時間がかかった。その一瞬が致命的だった。

 ……いや……そんな一瞬なんてなくても、多分俺はあいつに……負けていた。

 

「突然、襲いかかってきて。数分もしないうちに、私は半殺しにされました」

「そんな……」

 

 驕るわけではないけど、キヴォトスの中でも強いつもりではある。ミカやツルギともやり合えるくらいには。それだけの力が、ベアトリーチェを殺すためには必要だったから。

 でも……手も足も出なかった。俺よりも何倍も強い。

 

「……」

 

 それでもシロコと俺、二人がかりなら……なんて思えないほど、実力差は絶望的。シロコの実力は知らないけど、少なくとも今のホシノよりは弱い。

 先生の指揮下にある各学園の全勢力で叩く。それくらいしないと勝てない相手だ。

 

「……やっぱり、ここから出るのはやめておいた方がいいかも」

 

 ふとシロコが、そんなことを言った。喧嘩早いけど、実力差と状況の分析はきちんとしてる。確かに『あれ』がここにもいるなら、ここを出るのは得策ではない。

 ……でも。

 

「いえ、多分……あいつは、ここにはいませんよ」

「……どうしてそう思うの?」

 

 半殺しにされて、ほとんど意識はなかった。神秘を体に通して、止血するのが精一杯。そんな状況で、うっすらと見えたんだ。

 

「……シロコさんをさらったのは……多分、こんなやつでしたよね?」

「ん……?」

 

 親指を噛み切って、地面に絵で描いてみる。鉄仮面に白い服……マントに見えたけど、形状的にはコートに近いのかな?お揃いだ。それとなんか、わしゃわしゃっと肩パッドが。

 

「よしっ、と。こいつです」

「……なに、この……子供の落書きみたいな……髪の、薄い……笑顔の……?」

「こ、子供の落書き!?ハゲェ!?」

 

 な、なかなかひどい言われようだけど……そんなつもりで描いたんじゃないんだけどなぁ。

 

「それは髪じゃないですよ。なんかこう、頭についてた……白い、帽子みたいな?」

「……笑顔なのは?」

「え……これ以外、顔の描き方を知らなくて……鉄仮面をかぶってて、無表情だったと思います。身長は二メートルオーバー、白い服みたいなものを羽織ってました」

「……」

 

 シロコの目が名前通り白いものになっていく。何かね、俺の絵に何か文句でもあるのかね。

 ……よく描けてる方だと思うんだけど。

 

「うん……色々言いたいことはあるけど……多分、私を攫ったのはそいつ……スオウの所にも、同じのが来たの?」

「はい……でも、そいつは……」

 

 半殺しにされた。言葉にすれば、それだけだ。でも、あいつは……俺にそっくりな、彼女は。俺を、殺そうとしていた。まるで俺が、ベアトリーチェにそうしたように。

 異常なまでの銃火器。弾丸。それらを撃ち込まれ続けて、意識が途切れる刹那。

 

「……私が殺されかけてる所を、誘拐した……助けたようにも、見えたんです」

 

 弾丸の嵐。そんな中で、目の前にいきなり現れて。そのまま、俺を誘拐して行った。

 

「……一度、情報を整理したい」

「はい」

 

 シロコは幾らか迷うそぶりを見せた後、自分だけで考えるのは困難だと判断したのだろう。俺と同じように親指をその犬歯で噛み切って、地面に絵を描き始める。

 

「まず私たちを攫ったのはこいつ。多分、ここに監禁したのも。それは間違いない?」

「はい。誘拐されるような状況に至った原因はさておき、実行犯はそいつです」

「私はカイザーを追ってて、その道中で。スオウはいつも通りに過ごしてて、いきなり同じ顔の誰かに襲われて……半殺しにされた所を、こいつに誘拐された」

「はい……そいつも、私と顔がそっくりな誰かに撃たれれました。協力関係にある可能性は低いです」

 

 そこはまず間違いない。あれが敵かどうかはさておき。

 

「そうなると、現状警戒するべきは……」

「黒いこいつですね。出会った時点で、命の保障はありません」

「……第三勢力、って考えるのが自然かも」

 

 俺を襲おうとしてる俺そっくりな何者かと、俺が描いたシロコ曰く禿頭の間に線を引いて、火花の形。敵対関係を示す。

 

「こいつは……何者なの?」

「……一つだけ、心当たりがあります」

「……?」

「ベアトリーチェ……」

 

 あのクソアマ。俺のこともロイヤルブラッドとして色々調べ果ててやがったみてぇだからな。俺のミメシスをバルバラのように改造できたとして、そう違和感はねぇ。

 半年経ってなお。執念深いやつだ。俺も人のことは言えねぇが。

 

「べあ……?熊……?」

「あ、いえ……多分ですけど、クソババ、失礼。アリウスの追手……の、可能性があります」

「なるほど……」

 

 それなら納得もいく。そんな呟きと共に、そうなると、と続けて。

 

「こっちの鉄仮面の正体は……こっちは、私に心当たりがある」

「シロコさんに?」

「うん。前にカイザーPMCと敵対したことがあったんだけど……」

 

 アビドス高校の一件。俺のノートにも書かれていた。アビドス高校とカイザーPMCの争い。そしてその影に潜む『ゲマトリア』……黒服について。

 

「見たことがあります……昔。未来予知で」

「……ん。話が早くて助かる。それで、その時……前に言ったみたいに、ホシノ先輩がいなくなりかけた。カイザーPMCに、身柄を要求されて」

「……」

 

 正確にはホシノを求めていたのは、カイザーではなく黒服だ。そして欲していたのは、小鳥遊ホシノのことだけではない。

 

「ひょっとしたら今回のもそれかも……って」

 

───『ミメシス』で観測した神秘の裏側、つまり恐怖。それを、生きている生徒に適応することができるか。そんな実験を始める予定です。

───そして、もしホシノが失敗したらあの狼の神が代わりに

 

 狼の神。神秘。恐怖。オッドアイ。

 

「スオウ?」

「……いえ。なんでも」

 

 妙にリアリティのある推測。そして、腑の底が煮え繰り返るような感触。

 

「……その割には、目つきが……」

 

 また『ゲマトリア』か?あいつらが、生徒たちを巻き込んで。探究だ実験だとかくだらないことをほざきながらたくさんの犠牲を出して、まるで鬼の首でもとったようにこれが自分の成果だなんていけしゃあしゃあと。

 

「落ち着いて。何があったかわからないけど、怒りたいのは私も同じ」

「っ……」

「でも、今は慎重に、って……どっちかって言うと、普段は言われる側なんだけど……」

「ごめんなさい。取り乱しました」

 

 そうだ、今はそんなことしてる場合じゃない。とにかく。

 

「こっちの彼……彼女?とにかくアレは、カイザーPMC側。そして私そっくりなこいつはアリウス分校側。そう言いたいんですね?」

「……ん。だから、あれにさらわれた私たちがいる場所に黒いやつがいる確率は……」

「極めて低い!」

 

 うん、希望的観測だけど悪くない。黒服とベアトリーチェが敵対するとは思えない。きっとまだ多く、考察の余地がある。

 俺にそっくりななあいつは……まあ、まずベアトリーチェの差金だろう。でも、あの鉄仮面は話が別だ。ただ、少なくともゲマトリアと関係ない別勢力。そのことさえわかれば充分、動く理由になり得る。

 

「もちろん、これは予想に過ぎない……それに、カイザーPMCが私たちを鎮圧できるほどの兵力を用意してる可能性はあるけど……」

「攫われてこうして生かされてる以上、あまり手荒な真似をするつもりもない。ってわけですね!」

「……ん」

 

 そうと決まれば早速。

 

「……あいつはアリウス居住区に残ってる。妹たちが心配です。行きましょう」

「ん……私も、セリカたちが心配。ホシノ先輩は大丈夫だと思うけど、セリカは……うん。心配」

 

 幸いにして、銃火器はそのまま残されている。毒物を盛られた気配もない。随分と舐め腐ってる気もするが、好都合だ。

 

「スオウ、血は大丈夫?」

「はい。寝てる間に、結構回復してたみたいです」

「そう……一応、これを飲んでおいて。経口補水液が入ってる」

「ありがとうございます!」

 

 シロコから水筒を受け取り、半分は飲み干す。もう半分はシロコの分に取っておく。存外喉は乾いていたらしくて、体に染み渡るようだった。

 

「あ、ポッケにチョコ……どうぞ。いつ補給できるかわかりませんから」

「ん……よく無事だったね」

「はは……使う予定があったので」

「……?」

 

 チョコを半分。シロコと分け合って、補給は完了。

 

「……」

 

 そう言えば、妹たち以外との共同ミッション、ってのもなかったな。海の時は、ほとんど独断行動だったし……こうして、イレギュラーな状態で即席タッグを組むのは初めての出来事。

 

「それじゃあ、少しの間だけど……一緒に、よろしく」

「はい。ライディング仲間コンビで、脱出するとしましょう」

「……ん」

 

 それでも必ず成功させる。妹たちにモモトークは繋がらない。

 ……それでも、信じる。俺がいなくても、あの子達はきっと無事だと。そう信じて、抗う。

 

「それじゃあ、爆弾を設置するから」

「シロコさん、そこどいて」

「……え?」

 

 だから、そのためにも。

 

「すぅうううううううっ……!!」

 

 腰溜めに拳。いつぞや、トリニティの牢獄を破った要領で。

 

「脱出!!開始ィ!!!走りますよっ!!」

「……滅茶苦茶やる……でも、そういうのも悪くない」

 

 扉を破壊すると同時に、シロコと共に暗闇を走り出した。

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