砂狼シロコ、そして桐花スオウ。両名が訪れたシャーレオフィスはもはや安全ではないと、先生たちは連邦生徒会に身を移していた。
「状況はどうなっていますか?」
「えーっと……それが……」
リンの質問にモモカはモニターを指差して、それを見てみろ、と指し示す。
「また、キヴォトス全域で超高濃度エネルギー体が観測されてるんだけど……」
そこにはキヴォトス全土が映し出され、その上に重なるようにして赤い円が六つ。今し方消し飛ばしたはずの『虚妄のサンクトゥム』、その残存を示していた。
「そ、そんな……」
「くっ……!」
皆が決死の覚悟でそれぞれのサンクトゥム、そして守護者たちに挑んだというのに、これでは合わせる顔がない。まさか不滅だとでも言うのだろうか。
一度は乗り越えた危機が尾を引くようにキヴォトスを飲み込もうとしている事実に、リンは歯噛みした。
「こ、これって……また、例のタワーが出現する、ということですよね……?」
「っ……」
調停室長、アユムの言葉に理性を取り戻すリン。
「今まで私たちがやってきたこと、ぜ〜んぶ水の泡じゃん……」
果たして、本当にそうだろうか。如何に不可解な存在と言えど、無限の、不滅の力など存在するか。
「……いえ、以前とは少し様相が異なります」
「あ〜うん……エネルギー反応がある位置は違うけどさ」
追い縋るように見つけ出した差異。その解析こそ、自分たちに許された数少ない希望だ。
新たなエネルギー反応がある位置はレッドウィンターの氷海、廃墟化した遊園地、ゲヘナのヒノム火山、トリニティのカタコンベ、その他二箇所。
「前回はサンクトゥムの出現まで二十四時間……エネルギーの値が増えていることから、残された時間はそれ未満かと」
せっかく糸口を探していると言うのに、八方塞がりの事実しか与えられない。
各自治区は後処理や整備に回っている。この状況で再度サンクトゥム、そして守護者が復活すれば……などと、考えたくもない悪い予想だけが頭を過ぎる。
「今の段階で、二回目のサンクトゥム出現を阻止しないとだけど……どうやって止めようかね?」
「……」
「今は姿も見えないし、存在すらしていない。……どうしたもんかねぇ〜」
「……先生……」
それでも、先生なら。今までも不可能を覆してきた、彼であれば。そんな期待を乗せて、先生を見る。
「“こうなってしまったのも、全部私のせいだ……みんな、ごめんね”」
けれども帰ってくる言葉は、そんな期待に応えれるものではなくて。
「っ……!急になぜ、そのような……?」
「どうして先生が謝るんですか……!」
「“私は、こうなってしまう事を知っていたから……”」
不吉な予感。この世界に来て初めて。夢現の中で見つめた誰か。あるいは何年もの時を共にしてきたような、そんな懐かしささえ覚える声。
電車の衝撃。移り変わる世界の中で見えた、一つの可能性を指し示す未来。
セイアの予言。彼女が見た、とても言葉にはできないような残酷な結末。キヴォトスの終焉。それでも尚抗うと決めた彼女の意思。
「“私は全部、知っていたのに……”」
その全てを無駄にした。
マユミ、サユリ、アシリ。三人とは連絡がつながらない。アリウス居住区に向かわせたせいだ。
シロコは色彩に接触し、役割を果たそうとしている。予言から可能性には気づけなかったか。
スオウは。あれほど自分を、『信頼できる大人』として慕っていてくれた彼女も、助けることはできなかったか。
「それは違います。先生は、ご自身ができる最善をつくしてくださりました。根拠のない予言であったとしても、それを告げるために私を訪ねてくださりました。こちらで打てる方策は、全て尽くしています」
そんな慰めも耳には入らない。ただ、連ねられていくのは後悔だけ。
それでも瞳から希望は失せない。たとえどれだけ過去の後悔に胸を突き刺されようと、後ろ指を刺されようと、戻ることができなかったとしても。それでも尚、抗うことだけは。弛まず、思考し続けることだけはやめてはいけない。
諦める理由にはならない。そんな事を口にしていた、彼女のように。
───だって、全ては虚しい。
「“っ……!”」
そのはず、だった。
「……誰がなんと言おうと、先生はできる全てをなしてくれた……その先は、私たちの責任。私が力不足なばかりに……私が、連邦生徒会長じゃないから」
「“……そんなことは、ないよ”」
誰かと力を合わせれば。一人でなく、皆でなら。ホシノに。ヒナに。ミカに。スオウに。幾人もの生徒に、そう伝えてきた。
そんな言葉が、今はどこか軽いものに思えてしまって。
「“私は……私が、守らなきゃいけなかった……”」
彼女たちが、自分に似通っているように思えたから。昔の自分、その写し鏡のように見えたから。その言葉を、彼女たちに伝えた。その言葉を、守らなければならなかった。
「“シロコも……スオウも……マユミ達も……”」
たとえ何があっても、生徒の味方であり続け。何を賭しても、彼女たちを守らなければならなかった。
「“それが……大人である、私の責任だから”」
言い聞かせるような言葉。否。実際に、言い聞かせてきた言葉。それが、ふと漏れ出して。
『まあまあ、先生落ち着いて』
通信越しに、誰かの声が聞こえた。
そう、たしかちょうど……最初にその言葉を伝えたのは。
「“ホシノ……!?”」
『難しく考えるからいけないんだよ〜……つまり、シロコちゃんを助ければいいんだから』
「ほ、ホシノ先輩……!?」
シロコを助ける。確かに間違ってはいないけれど、果たしてそれは正しい認識と言えるだろうか。
『お若い二人が喧嘩してるんだから、一旦それを止めてあげないと……全く、若者は血気盛んで困っちゃうね〜』
言い方に難はあるが、確かに事実。反転したシロコとスオウを止め、この異常事態を解決する。そして、連絡が取れないアリウス生とマユミたちを見つけ出す。
『シロコちゃん、昔っから喧嘩っ早くてさ……そういう時、大体悪い方向に行っちゃうし……この状況に不安がないと言えば、嘘になるけど……』
むしろ、不安を抱え続けているのが彼女。小鳥遊ホシノだろう。それでも。
『でも、それとこれとは関係ないでしょ?これは色彩のせいであって、シロコちゃんのせいでも、先生のせいでも、白い子のせいでも、他の誰のせいでもない』
今だけは、そんな気持ちに足を止めている暇はない。自己嫌悪に費やされる時間など許されない。
『私たちが戦わなきゃいけない相手は別にいる……そうでしょ?』
「“……”」
『これ以上、同じ犠牲者を出すわけにはいかないからね。なら、私たちはそうならないように戦えばいい……それだけだよ』
今だけは、ただ。彼女を救う、その未来を見続ければいい。
『二人が争ってるって言うなら、そこに付け入る隙はある。横からとっ捕まえちゃおう。元に戻す方法はわからないけど……先生ならなんとかしてくれるって信じてる』
『とっ捕まえるって……』
『可愛いうちの子がいじめられてるんだから、助けてあげないとね〜?いつぞやのセリカちゃんみたいに』
『そ、それいつまで引っ張るつもり!?』
アビドス自治区で誘拐された事を持ち出すホシノに憤りながらも、セリカとて気持ちは同じ。
『保護者として助けてあげないと。もちろん、相手方への謝罪も忘れずにね』
『一度面倒を見たら最後まで、ですね☆』
アヤネも、ノノミもだ。
『だから、先生はいつもみたいに「なんとかなる」って構えててよ。その方が似合うからさ』
たとえ他ならぬ彼がどれだけ否定しようとも、それが彼女たちの見てきた先生なのだから。
「“……うん。ありがとう、ホシノ。絶対みんな助けよう……もちろん、シロコも!”」
『うへ〜、そうこなくっちゃ』
そうと決まれば、話は早い。まずは行方不明者の救出、並行してサンクトゥムタワー復活の阻止。
「“ユウカ、マユミに連絡は?”」
『だ、だめです……!もう、あの子は!!どれだけ心配かければ気が済むのよ……!!』
「“位置情報はわかる?”」
『そ、それはミレニアム七番街の……どこかしら、ここ。森の中に見えます』
ミレニアム七番街。であれば、彼女たちはまだアリウス居住区に。
反転したスオウ、そして連絡がつかないアリウス生徒、これらは決して無関係ではない。スオウの
……あるいは、その思いさえ反転してしまっているのか。
「“モモカ、さっきシロコとスオウがどこから来たかわかる?”」
「さっきから気になってたけどスオウってまさか……いや、知らない私は聞いてない……ダメだね。完全に途中で痕跡が途切れちゃってる」
「“……”」
恐らくあの穴。彼女たちが行使する不可思議なあの技は、ワープ能力。点と点を結んで移動する力と、そう考えるのが妥当だろう。スオウはシロコを追っているハズ。アリウス生、そしてマユミたちを救出するのは、このタイミングが望ましい。
「モモカ。キヴォトス全域で観測されたエネルギーの流れを確認できますか?」
「え……?」
先生が作戦を立てる傍らで、モモカたちはシロコの本拠地。プレナパテスの居場所の特定を急いでいた。
そちらは任せてしまって構わない。それよりも今は、マユミたちを助けなければ。そう思った矢先だった。
『っ……!ああ、よかった……!!』
何者かによって繋げられる通信。
『先生、聞こえるか!?』
「“……サオリ!?”」
彼が今救出せんと急いでいた、錠前サオリからの連絡だった。
◇
スオウが、反転したスオウが、同じく反転したシロコを追い詰める。その、わずか数分前。
「……」
アリウス居住区。その球体の外側には、完全に破壊し尽くされたキヴォトスロボが
「ぅ……げぼっ……!え゛ほっ……!!おぇ……!!」
黒い波で蹂躙し尽くされた土地。その中に残る、赤い残骸。かろうじてその姿を保つ、黄と青の機体。
「……ぅ、ぁ……」
それらを踏みしめて立ち上がる、一つの影。
「まゆみちゃん……」
彼女がそう呼んだ先には、
「さゆりちゃん……」
もう一方の赤い残骸の中から露出する、人間の体。サユリのものであることは明白だった。
「……ふたりともっ……!!」
ふらふらと。おぼつかない足取り。あちこち折れているであろう手足を使い、サユリとマユミを引っ張り出す。
筆舌し難いほどの痛みは、布を噛んで無理矢理にでも耐えた。
「ふぅ……!ふぅっ……!まってて、ふたりとも……!わたしが……!今度は、わたしが……!!」
すぐにでも止血しなければ、二人の『ヘイローは破壊』される。それほどの威力が伴った攻撃だった。確かな、殺意が込められた攻撃だった。
「絶対、たすけるっ……!!」
アシリとて、重症だ。サユリよりも弱いマユミ、彼女よりもさらに弱い。平均未満、虚弱と言ってもいいアシリにとって、傷はすぐに癒えるものではない。
数時間、あるいは数日。万全の設備で体を癒さなければ、決して彼女の痛みは消えることがない。
「……ありがとう……ありがとねっ、ふたりともっ……!!」
それでも、マユミとサユリはそれ以上の致命傷。この差が生まれた理由は、アシリにとって明白だった。
「サユリちゃん……!」
包帯を巻いて、ベルトを外し。最低限の処置。
最初は、サユリだった。スオウのあの攻撃を見て、真っ先に前へ出たのがサユリ。振り続ける銃弾の嵐の中、最前線でマユミとアシリを守り続けた。
キヴォトスロボが全壊し、そして己の肉体も同様に破壊し尽くされる、その瞬間まで。
「マユミちゃん……!」
その次は、マユミ。彼女はキヴォトスロボを乗り捨てた。シールドを展開し、前へ出た。
「う、うぅうう……!!」
なぜか。決まっている。
「ありがとうっ……!ありがとうっ……!信じてくれて……!!」
彼女は守った。キヴォトスロボとアシリ。二つの希望を。
かろうじて生き残ったアシリが必ず、自分たちを助けてくれると信じて。その先に、二つのキヴォトスロボが必要になるだろうと見越して。
己の肉体と引き換えに、あまりにも大きな希望を守り抜いたのだ。
「ぐすっ……今度は、私の番だよ……」
へし折れた腕で、血と涙を拭って。サユリとマユミ、二人から取ったベルト。そのバックル部分。赤と青の、変身ガジェット。
「……私が、いなくても」
スーパーキヴォトスロボは二つ。
この先の戦い。アリウス生を救出し、そして桐花スオウを打ち倒すため。そのためには、変身合体ができるキヴォトスロボが必要だと判断した。
「……アズサちゃん……みんな……お願いね」
けれど。それをするのは、自分でなくていい。
「私は、ここまでだから……!」
『ACCEPTED!!』
アシリが自らのバックルに挿入したのは、赤色のガジェット。サユリから受け継いだもの。
『READY?』
『LAZY?』
『『『SUPER LADY!!!』』』
『CHANGE!! THE BEGINNING!! GEHENNA-RED!!!』
他のガジェットを使った変身は、アシリにとって初めてのことではない。マユミの実験に付き合わされていたから。
結論から言って、自分以外のガジェットでの変身は可能。ガジェットはあくまでエネルギー源、そしてその変換を司るに過ぎない。
「ふぅっ……!ぅ、うぅ……!!」
慣れない炎に身を焼かれながら、バックルを三回殴打。
『O-O-O-OVER DRIVE!! ARE YOU READY!!?』
「う、あぁああああああっ!!!」
身体中に火を纏い、迸る電撃。パワードスーツの能力を最大限に活かした、自らの限界を超えた一撃。
「あ、ぁあああぁああっ……!!」
すでに重症なアシリの体には、到底耐え抜けるものではない。それでもその意思だけで、黒い球体に向けて拳を振り抜いた。
本来ならば、そこで終わり。オーバードライブは一度使用した後、しばらくの間動けなくなる諸刃の剣だからだ。
『COOL DOWN……』
「ぐ、ぅ……!もう、いっかい……!」
その原因は、大きく分けて三つ。
一つ。単純な性能限界。ガジェットがオーバーヒートを起こし、一時的に使用が不可能になるため。
『ACCEPTED!!!』
「マユミちゃん……力を……!!」
アシリはこれを、ガジェットそのものを交換するという荒技によってカバー。マユミが起きていればブチギレていたところである。
二つ目は、肉体の限界。アシリはそれをとうに超えている。命の限界が来るまでは、もはやそれはあまり関係のないことだった。
『MILLENNIUM-BLUE!!』
「よし……!」
そして、三つ目。これは機械や肉体、その限界に関係のない、マユミがかけたセーフティ。無茶をするアシリのために、マユミがつけたもの。
オーバードライブ、その直後にベルトから肉体へ微弱な電流、そして薬剤を注入。全身の筋肉を弛緩させ、しばらくの間動けなくするもの。
「お願い……動いて……!」
つまり、無茶をする馬鹿には荒療治。無理矢理にでも次のオーバードライブができない状況にしてやろう。マユミなりの優しさが、そこにはあった。
『O-O-O-OVER DRIVE!!! AREA YOU READY!!?』
そのセーフティは。先の桐花スオウの一撃で、壊れている。
「はぁああああああああっ!!!」
アシリを止めるものは今、何もない。
「あ……!」
黒い球体を覆う、強烈な冷気。直後、全身に激痛。
「ぐ、ぎ……!あ、あぐっ……!!」
先程の戦いで、急激な温度変化による脆化は確認が取れている。それを目的とした一撃だ。事実。黒い球体には僅かにヒビが入っている。
『COOL DOWN……』
「う、ぅん……だいじょぶ……まだ……まだっ……!」
震える手で、ガジェットを引き抜き。自身の黄色いガジェットを、バックルに挿入。
「助けるんだ……」
もはや今自分が立っているのかさえわからない。痛みに耐える、それだけに全てのリソースが使われている。
「たすけるんだ……!」
『ACCEPTED!!!』
次の一撃を放てばどうなるか。医学の知識を持つアシリにとって、それは想像に難くない。
「たすけるんだっ!!!」
『TRINITY-YELLOW!!!』
それでも、自分がやるしかない。信じて、託されたのだから。
「スオウちゃんに、妹は傷つけさせない……!!」
『O-O-O-OVER DRIVE!!!』
そして何より。正気に戻った彼女が、後悔しなくて済むように。
『ARE YOU READY!!?』
「私はスオウちゃんの!!!お姉ちゃんだから!!!」
そんな決意を込めて放った、最後の一撃。その電撃は、ヒビに吸い込まれるように軌跡を描いて。
「あ、ぁあああああああああっ!!!」
そして、その亀裂をさらに広げる。
『COOL DOWN……』
「はぁ……!!はぁっ……!!」
広げて、広げて。
「っ……!!」
そして、そこ止まりだ。
「そん……な……」
反動。肉体が負債を支払うべく、その意識を徐々に奪っていく。
「……ごめん、マユミちゃん……サユリちゃん……わたし……なんに……も……」
視界が急激に回り出し、そこに倒れる直前。
「いいえ……よくやったわ、アシリ……!」
柔らかい感触が後頭部を包んだ。
「まったくあんたは……相変わらず、無茶……しすぎっ、なんだから……!おちおち寝てられないっつーの……!」
「……まゆみ、ちゃん……!!」
その感触が彼女のどの部位のものであったか。ある特定の部位によっては嫉妬心に押しつぶされそうになるので、アシリは考えるのをやめにする。
「アシリ、無茶したなー……ヒビ、はいってんね……これなら、なんとかなるかもなっ!」
「サユリちゃん……!」
三人通して、満身創痍。
「やっぱり二人は……私のヒーローだ……!」
死に損ないが集まったところで、果たして何ができようか。
「あとは……おね……が……い……」
それでも今はただ、彼女たちが無事であることに安堵し。
「ええ、任せなさい。でも本当によくやったわね、アシリ……アシリ……?」
「……」
「死んでる……」
「物騒なこと言わないでちょうだい!!寝てるだけでしょうが!!」
そのまま意識を手放した。そんな彼女を称えながらも、マユミはとあるデバイスを取り出す。
「まったく……二人まとめて後で説教してやりたいけど助かったのは事実ね」
「それは嫌だけど、マユミ、あれどうすんだ?ヒビは入ってるけど、それだけだぞー?」
「いいえ、私たちだけでやるのはここで終わりよ」
シオが海で使ったデバイス。あるいは、マユミがアリウス居住区で使ったデバイスを。
「アシリの攻撃……最後の一撃を撃ったであろう時間に、通信が復活した形跡がある……モモトークに既読がついてるわ」
「っ……!!それ、どうして?」
「多分、空気中に放出された電気の影響ね」
「……?よくわかんない!」
「……まあ、能書きはどうでもいいわ」
アシリのオーバードライブによって発せられた空電。それがこの物質の放つ電波、恐らくは妨害のためのそれを打ち消し。そしてヒビによってできた隙間から、物質的な干渉も無視できるようになった。
彼女自身が望んだ形とは違うかもしれないが、紛れもなくアシリが持ち帰った成果だ。マユミとしては、彼女のことを撫で回して褒めてやりたい気分だった。
「つまり、こいつの周波数に合わせて妨害電波を発してやれば……」
これで状況は、幾分かマシになる。
「O・D・D、発動よ!!」
そうして、マユミはデバイスのスイッチを押し。
◇
『それで今に至るってわけね!いやー全く死ぬかと思ったわ!』
『あなたね!!私がどれだけ心配したと!!』
『るっさいわね私がそう簡単に死ぬわけないでしょ妖怪太もも
『何よそれ……!もういい!!心配して損した!!』
髪がデロンデロンしてそうなあだ名をつけられるキレるユウカ。そんな会話に挟まれ、先生は苦笑い。ここに至るまで何度も大怪我をしているだろうに、元気そうで何よりである。
『とにかく、私たちは閉じ込められたままだ……通信こそ復帰したが、先生たちを助けれそうにはない。すまない』
「“ううん、大丈夫。それよりも、無事でよかった”」
『ああ……私たちのことは心配しなくていい。あれに私たちを傷つける意図は見えなかった。今はその色彩というものに対処してくれ』
すでに情報は共有済み。色彩の本拠地が上空75,000メートルにあること、物理的な干渉を不可能としていること。先生がサオリからの通信に対応している間に明らかになった事実を含め、全て。
『……私たちの間でも、これをやったのはスオウだ、という可能性は考慮されていたが……まさか、こうも非現実的なことが起こるとは……』
「“大丈夫。シロコもスオウも、絶対私たちが元に戻すから。だから、少しだけ待ってて”」
『スオウ……そして、シロコか……』
先生の話では、二人は色彩の影響により反転し、その狂気に飲まれている、とのことだ。
しかしサオリからすれば、もともとスオウは狂っている。伊達に姉を名乗る異常者と十年近くの付き合いを持っていない。
それ以上の狂気に飲まれたとは、考え難い事実……否、考えたくない事実だった。ある意味では信頼に近いだろう。
『……本当に、そうか……?』
「“……え?”」
だからこそ、抱くことができた違和感。マユミたち、そして砂狼シロコ。その四人をスオウが殺そうとした。
たとえ狂気に塗れていたとしても、あの姉がそんなことをするだろうか。人とは、そんなにも容易く変わるものだろうか。
『……それは、本当に……スオウと、砂狼シロコだったのか……?』
「“……”」
そんなサオリの疑問とも呼べない確信に連鎖するように。先生の中にもまた、違和感が生まれた。