ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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【最終編】上空にて

 それは本当に、私たちの知るスオウとシロコだったか。質問の意図はわからない。わからないが、サオリは何か胸の奥に突っ掛かりを覚えている。

 数ヶ月前、『エデン条約』において、サオリはスオウの正体に勘付いていた。

 

『……』

 

 今回の一件も、ともすればその時と同じように。サオリの言葉が持つ妙な説得力に、一瞬の思案。

 違和感のある言動。もしくは、本質的に別人を思わせるような発言。多々あった。しかしそれらは、色彩と本能により捻じ曲げられた精神が引き起こしたもの。

 

『いえ、間違いなくあれはスオウさんよ』

「“マユミ?”」

 

 徐々に深まっていく思考を、無理矢理に引っ張り上げたのはマユミだった。推測ではなく、断定。学者気質の彼女ならば、根拠なくそうするとは考えにくい。

 

『スオウさんは……アシリの名前を呼んだわ。そしてその後、手加減するようになった。あれはスオウさんらしい甘さよ……なぜか私は忘れてたけどねぇ……!!』

『はいそこー、嫉妬しなーい。アシリが目さましてから詰めてやればいいじゃん』

「“やめてあげようね”」

 

 ともあれ、アシリに反応したという事実。それは彼女がスオウの偽物でも、あるいは変装したそっくりさんでもなく、紛れもない桐花スオウであることを示している。

 しかし、マユミに反応しなかったのは妙だ。そこに、僅かな綻びを感じた。

 

『……奥空アヤネ、だったか?』

「は、はい……?」

『そちらはどうだった?砂狼シロコになにか……こう、違和感のようなものは感じなかったか?』

 

 突如自分に話を振られて戸惑うアヤネ。しかし、すぐに彼女との、判定した砂狼シロコとの邂逅について思い返す。

 

───……アヤネ……。

 

 はっきりと。彼女は、自分の名を呼んだ。自身を、『奥空アヤネ』を認識している存在であることは間違いない。

 

───ど、どうしたんですか!?その怪我!?

 

 そんな質問をして。返事はなかった。これは、『反転』による影響で片付けることができる範疇。

 

───……んで……そ、なら……と……。

 

 スオウにトドメを刺される直前。薄らと、目に浮かんだ涙。何を言っていたのかは、声が小さくて聞き取ることができず。

 

───近寄らないで!!

 

 そして、傷ついた彼女を手当てしようと近づいた時。強い言葉で拒絶された。まるで、なにかに怯えているように。

 言動への違和感はある。ただ、それらは『反転』の影響だ、と言われてしまえば、それも決して否定することができないのもまた事実。

 だというのに、喉の奥に残る突っ掛かり。彼女の言葉は何度精査しても、確たる違和感はない。であれば、この違和感は行動の。

 

「……あ……目……」

「“目?”」

「目が、合ってません……シロコ先輩と、一度も……」

 

 目が合っていない。それは、つまり。

 

『コミュ障じゃないの?』

 

 通信越しに拳骨の音が聞こえてきた。

 アヤネの知るシロコは、あれで案外人の目を見て話せるタイプ。感情表現はお世辞にも豊かとは言えないが、人付き合いが悪い方ではない。

 

「いつもなら、ちゃんと目を見て……」

 

 なぜか、自分から目を逸らし続けた。色彩による『反転』の影響?否、彼女はむしろ敵相手なら睨みつけて威嚇する。

 自分と目を合わせられない理由がある。罪悪感だとか、気まずさだとか、あるいは。

 

「それが、私の知ってるシロコ先輩じゃないから……?」

「ま、そこまでにしておこうよ〜」

 

 パチン、と音を立てて話を遮るのは連邦生徒会の一人、モモカだ。

 

「わかんないことを考えてもしょうがないじゃん?だったら今の所は、敵の本拠地について考えようよ」

 

 なるほど、正論だ。そう思いつつ、アヤネも、そしてサオリも、抱いた違和感、それに伴う思考を手放せずにいた。

 やっと掴んだ先輩の、あるいは姉の手がかり。今彼女たちはどこで何をしているのか。それを棚に上げてしまえば、もう二度と届かなくなってしまう気がして。

 

『先生、事態は思ったよりも深刻なようですよ』

「“ヒマリ”」

 

 ひとまずこの場は、先生に任せることに決めた。

 

『あ……?』

 

 たった一人を除いて。

 

『敵の本拠地は上空75000メートル。それだけであれば天才美少女ハッカーの力をもってすれば解決は容易でした』

『あ、ああああっ、ああああああ……!!』

 

 周辺から聞こえるノイズを特に気にすることなく、自由勝手に話を進めるヒマリ。否、どちらかというと好き勝手やってるのはノイズ側の方なのだが、彼女にはそんなことはあまり関係なかった。

 

『以前要塞都市エリドゥから回収した巡航ミサイルを打ち込んで見たところ』

『明星!!!ヒマリィイイイイイイッ!!!』

『あら、少々五月蝿いのが』

 

 そんな彼女の態度にいよいよ怒りが頂点に達し、爆発するは柏有マユミ。怒気で体温が上がり頭が爆発するという極めて科学的な現象に、ヒマリは久しぶりに遊びがいのあるおもちゃを見つけたと微笑んでみせる。

 彼女と相対するのは、それこそ天童アリスの一件以来か。さして遠くの出来事でもなかったなと、僅かながら興味を削がれた。

 

『まあいいでしょう。して、巡航ミサイルは敵の本拠地に直撃する軌道でした。ミレニアムサイエンススクール最高峰の称号全知を持ち、森羅万象をこの何者よりも白い絹のような手に収める私にミスはあり得ません。つまり結論としては』

『無視すんなテメェっ!!!ここで会ったが百年目ェ!!!その排水管に詰まった泥の奥底よりもきったねぇ腹の中身をぶちまけてやるわ!!!勝負よ!!!』

「“マユミ、今は話を……”」

 

 普段通りの様子だが、おそらくヒマリは今とても大事な話をしている。そう判断した先生が、なんとか窘めようと話し始めて。

 

『勝負よ!!今度こそその自称新雪カッコワライの肌に無様にも真っ赤な一筋の涙痕をっ……』

『これで私の千五十七連勝ですね。さて、改めてお話しさせてもらいましょう』

 

 先程から片手で何かを操作していたヒマリによって、マユミの通信は突然切断される。サオリの通信から絹を割いたような絶叫が響くのを、先生は聞かなかったことにした。

 ともあれ、ヒマリの一件だ。遥か高い空に位置する敵の本拠地、そこへ発射された巡航ミサイル。先生としても、ヒマリがそれを外すとは考え難い。一体、何があったのだろうか。

 

『結論から言いますと、あれは強力なバリアによって守られています』

 

 ヒマリの言葉と共に映し出されるのは、黒い太陽のような球。僅かに光るそれに、巡航ミサイルが向かっていく。

 

『とは言っても、ただのバリアではありません。状態の共存を実現する多次元解釈で成り立ったバリアを……』

「“……?”」

『……説明がいささか丁寧でありませんでしたね。あの球は、その中身を『ある』、けれども『ない』状態にしている。両者の状態を都合よく適応してる。ですから、こちらからの攻撃は当たらず、一方であちらはエネルギーをサンクトゥムに供給できるというわけです』

 

 難しい説明はわからなかったが、その概要は理解できる。つまりは、現状あれに攻撃は当たらない。ヒマリの口ぶりからして、内部のシステムに介入することも難しいのだろう。少なくとも、マユミの通信を途絶させるよりはよほど。

 

『こちらはトリニティ総合学園の皆さんの協力あって得られた結論です。そしてそれがあれば、超絶天才美少女ハッカーの私の頭脳で解決策は思い浮かびます』

 

 解決策()という言い方が少々不安を煽るが、彼女はいつも通り自信に満ちたその尊顔を貼り付けたまま。「自分に策あり、ふふーん」とでも言いたげだった。

 

『こちらも同じになれば良いのです。あれが多次元解釈により成り立つバリアだとすれば、こちらも同じ状態になることによりあのバリアを打ち破り、本体への攻撃が可能となるでしょう』

「“なるほど……”」

 

 同じ黒いバリアといえど、アリウス居住区のそれとは随分と違ったものらしい。

 アリウス居住区のバリアが物質的な実体を持つのに対し、本拠地のバリアは随分と概念的だ。アシリがやったようにはいかないようだ。

 

『ですが、いかに私と言えどモノがなければ……それこそ量子コンピューターでもなければ、あのバリアの解析は不可能です』

「“量子コンピューター……”」

 

 実在と非実在の両立、ゼロとイチとの重ね合わせ。なるほど、理に適っている……のかは知らないが、先生としてもなんとなく納得感はある、程度には理解できた。

 ついていけなくなった脳をしばいて喝を入れ、かろうじて策を巡らせる。

 

「“……”」

 

 量子コンピューター。多次元解釈。オーパーツ。理を覆すほどの技術。彼らなら、あるいは。

 

「“……わかった。少し待ってて”」

『え?せ、先生?』

『おっしゃあやっとこさ復帰したわよ!!片手間でね!!お前が片手間でやったから!!こっちも!!片手間!!さあさかかってきなさい今こそ先帝の無念をっ……!』

『千五十八連勝です。先生は……行ってしまわれましたか』

 

 唯一の手掛かり。頼ることはおろか助言を受けるだけでも吐き気がしてくるが、贅沢は言ってられない。

 導かれるように足を運び、その場所へと向かった。

 

 

 

 

 歩いて、数分。壊れ果てた扉を開き、部屋の奥。怪しく光る円卓の一席で、その男は足を組んでいた。

 

「やはり、いらっしゃいましたか」

「“黒服……”」

「クックック……こうなるのではと、思っていました」

 

 黒服と対照的な白いコートから、くしゃ、と音を立てて紙を取り出す。この場の住所が書かれた紙を。

 

「それがお役に立ったのなら、私としては幸甚の限りです。先生」

「“……そんなことを聞きにきたわけじゃない”」

「ああ、そうでしたか。それを仕込んだのは先ほど先生とお会いした時ですよ。腕を落とした時に、私の背に隠しながら……」

「“……”」

 

 先生の様子を見て、にやけたようなひび割れを深め。さらにそこから、先ほどよりも大きく炎が舞い散る。

 

「……わかっています。あの黒い障壁のことでしょう」

「“……あれをなんとかする方法はない?”」

「クックック……少々不確かな表現ですが……ありますよ。バリアの破壊についてはわかりませんが、アレに対抗し得るだけの力が。あるいは……プレナパテスに到達できるほどの、大きな」

 

 ある。黒服は確かにそう言った。であれば、あるのだ。間違いなく、あれを打ち破れるだけのナニカが。

 言葉は不確かで、その声は真実を告げることがない。そんな彼だが、嘘はつかない。だからこそタチが悪い。

 

「“……どうすれば良い?”」

「フフフ……」

 

 だというのに、黒服がそれを使わない理由。大方、話をはぐらかしていた理由も()()だろう。

 

「そうですね……あなたは私にどのような『代償』を支払ってくれますか?先生」

 

 エッチなのは駄目、死刑。コハルがいれば、あるいはそう言っていたような状況。

 

「“……”」

 

 しかし、先生は答えなかった。

 

「……嗚呼、なるほど」

 

 言葉はそれだけでは蒙昧にして、飾りに等しい。いつだったか、マエストロがそう語っていたのを思い出す。

 

「今こうして、私に尋ねる行為そのものが、どんな代償であれ差し出す覚悟がある……という事なのですね」

 

───ああ、やはり彼は魅力的だな。マエストロが執着するのも頷ける。

 

 心の中で、黒服は大体そんなことを考えた。

 

「必要とあれば『ゲマトリア』との協力も厭わない、というその姿勢……」

 

 こればかりは、彼女たちには……キヴォトスの生徒にはできないだろう。などと、そんな余計なことを口にすれば、また先生の機嫌を損ねてしまう。

 幾分か外れやすくなった足を押し込みくっつけて、彼の前へ一歩。

 

「クックック……では、私は何を要求いたしましょう……そうですね、『ゲマトリア』への加入、なんて如何でしょう」

 

 そう口にした瞬間、先生の視線が若干冷ややかになるのを感じた。わかっちゃいたけど、思った以上に捻りがなくてびっくりした。そんなことを思っている目。

 

「……冗談です」

 

 先生は感情を表に出すのを抑えていたが、自分でも全くその通りだと思うので、恐らく先生もこう思っていることだろう、と。黒服の予想は、一片も違わず当たっていた。

 

「すでにゲマトリアは解散しましたので。今回は特別に教えて差し上げますよ」

 

 見返りを求めないことに、別段裏などはない。キヴォトスが残るなら、黒服としては僥倖。そうでなくても、()()は自分たちにとって、特に不要なモノだからだ。

 

「……その前に、警告を一つ」

 

 キヴォトスが残るか否か。いずれにせよ、彼が今まで通りのやり方を続けるなら。

 

「先生の肉体は、これを使用した瞬間……取り返しのつかない被害に遭うでしょう」

 

 彼が今尚、先生であり続けるのなら。

 

「二度と、以前の状態に戻る事はできません。死に至る事さえ、あり得るのです」

 

 どうせ恩を返すまでもなく、彼は死ぬ。

 

「……それでも、よろしいのですか?」

 

 それならば、せめて。友人でも、知人でも、仲間でも、敵でも、そのどの関係性でもありはしない。

 

「“構わないよ”」

「……クックック」

 

 ただ彼を好ましく思う者の一人として、彼を行く末まで手助けしたい。

 

「わかりました。お教えしましょう」

 

 僅かに残った情。あるいは、同情。ひとつまみの期待。黒服が協力した理由を挙げるなら、それは大体そんな感情だ。

 

 

 

 

「おおぉぉおのぉおおれぇえええええ……!!おのれぇえええええええ……!!明星ヒマリィイイイイイ……!!貴様ッ……!!貴様だけは、私がァ……!!」

「マユミ、その格好で言ってるとゾンビみたいだね」

「誰がゾンビじゃあ!!生き血をもってこい!!」

「吸血鬼ではあるんだ」

 

 先生と黒服がそんな会話を繰り広げていることは露知らず、マユミとサユリは忙しく作業をしていた。口だけは達者によく回るが、二人まとめて満身創痍。しかし、それでも止まれない理由がある。

 

「上空75000メートルぅ……!?人類はあらゆる思考と犠牲の果てに月にまで至ってるのよ……!!超絶天才美少女マユミちゃん作スーパキヴォトスロボならその程度……!!」

「余裕だって?」

「かろうじて行けるわ!」

「なんだい妖怪凡才醜女じゃないか」

「おまっ……!!穿つ!!!」

 

 なんだかよくわからないツッコミを入れるマユミだが、その手は止まらない。彼女の作業は大きく分けて四つ。

 一つ、変形したスーパーキヴォトスロボのシステム、および制御の再調整。二つ、機材の最終調整。三つ、未だ破壊し切れないアリウス居住区バリアの解析。四つ、明星ヒマリからのジャミング(嫌がらせ)の突破。もはや足さえも使ってそれら全ての作業を並行しているのだ。

 

「四つ目明らかにいらないよね?」

「私の前で明らかとか言わないでちょうだい。明星でヒマリを思い出してイラッと来るわ」

「筋金入りだなぁ……」

 

 そんな茶々を入れるサユリは、スーパーキヴォトスロボの修復作業。最低限の構造は理解してるため、力作業は必然、サユリの役割になった。

 

『すまないな……こちらからは、何もすることができない』

「そんなことないわ、充分役に立ってる。検証はアンタ達の役割だし、バリアの解析はシオもやってくれてるでしょう?」

 

 シオは内部から、主にエネルギーとしての解釈。マユミは外側から、主に物質としての解釈。分業し、作業効率を高める狙いだ。

 

『アネノニウムっ……!!アネノニウムが足りないわ!!こんなんじゃ全然足りない!!糖分も!!ぱんつよ!!お姉ちゃんのおぱんつを持ってきなさいっ!!』

『馬鹿なことほざいてないでさっさとやれ!!上着でも相当譲歩してるんだからな!?』

 

 高める狙いだった。うまく行っているかはマユミにもわからなかった。

 

『スゥウウウウウウウッ!!お姉ちゃんの味!!匂い!!エクセレントよ!!』

『うわぁ!?きもちわるっ!!』

『……本当に、役に立っているか?』

「……た、立ってる……ハズ……」

 

 ロックなことをほざいているシオだが、送られてくるデータは正確無比そのもの。アレでこの感じはかえって気持ち悪いのではないかと思わなくもないが、とにかく使えるものは使っておくに越したことはなかった。

 

「そ、それより!!アンタ達の方は大丈夫なんでしょうね!?」

『……順調……とは、言い難いな……』

『み、ミサキさん……ここって……』

『……ああ、それはね』

 

 不安げな言葉を返すサオリだが、後ろで話すヒヨリたちから、まだ前に進もうとする姿勢が見える。それがあれば大丈夫だろうと、外側に向いた思考を一気に引き戻した。

 そのまま、少し間を空けて。

 

『……もう一度言うが、そこから離れるつもりはないのか?』

 

 ふと、サオリがそんなことを言った。

 

「ええ。ここでの作業が私にできる最高効率。スオウさんが居ない今、今でしかできないわ」

『だが……もしもう一度、あの黒いスオウが現れれば……』

「馬鹿ね。超絶天才美少女マユミちゃんよ?一瞬で離れる準備くらい整えてるわ」

 

 ダミー、そして光学迷彩。二つの装備は、スオウに対し無力なわけではなかった。故に、彼女も視覚情報に頼っていることは確か。

 この場にはデコイ人形を大量に設置済み。あのスオウが相手でも、命からがら逃げ延びれる程度の用意はある。そのつもりだ。

 

「ま、無理だったらその時はその時ね。潔く散るわ」

『絶対にやめろ』

「冗談よ。スーパーキヴォトスロボがあれば逃げ延びるくらいはできるもの」

 

 半分冗談、半分本気。どうせアレらをなんとかできなければキヴォトスは滅び、自分たちも死ぬ。それ故にできる、一か八かの賭けに等しい。

 アシリがバリアを攻撃しても、なぜだかスオウの姿は見えなかった。その隙を利用して、完全なバリアの解除を狙うなど。

 

『……スオウは、なぜ来ないんだろうな』

「さあ。死んではないわよ、バリアがそのままだし……」

 

 ホログラムのサオリに視線は向けず、プログラムを書き続けるマユミ。ふと、思い至ったように。

 

「……そもそも、バリアで感知なんてできないのかもしれないわね」

 

 それは、マユミが立てた仮説だった。桐花スオウはバリアで、あるいはあの謎の黒い物体で、人の居場所を感知している。

 アヌビス……砂狼シロコが現れたことに気づいたのも、それが理由ではないかという考察だ。

 

『だとしたら、砂狼シロコやマユミの接近に気づいたのは……』

「自前の感知力じゃないかしら?あの人、感覚鋭いし」

『……確かに、な』

 

 仮にそうだとすれば、この状況は容易に説明がつく。自分たちが彼女の感知射程から外れているのだ。もしくは、彼女もそんな余裕はないのか。

 

「もしくは、この黒いのを子機だとして……親機、つまりスオウさんが通信の届かない場所にいる可能性はあるわね。サオリ、スオウさんにメッセージは届いた?」

『……いや、駄目だ。電波が途切れているらしい』

「じゃあ、そっちの方が可能性は高いわね」

 

 仮にこのバリアに感知能力があったとして、その信号、エネルギーを受け取れなければ無意味。どこかエネルギーを途絶させるような空間に閉じ込められた可能性もある。

 

「だからまあ、そうね……例えば、地下とか……」

 

 だとすれば、スオウは今。

 

「空高くとか。その辺にいるんじゃないかしら?」

 

 ともあれ、このチャンスを逃す理由はない。ヒマリへのリベンジも程々に、マユミはキーボードを叩く指を再加速させた。

 

 

 

 

 シロコと共に部屋の壁をぶち破って、数分。

 

「しっかし馬鹿でかいですね、この施設は」

「ん……私たちは、結構下の方に居たみたい。一旦上に行って、脱出口を探してみよう」

「そうですね、シロコさ……ん……?」

 

 ふとシロコの方を見てみると、そこには目出し帽を被った変人が一人。目と獣耳だけでかろうじてシロコとわかる。いや、わかっちゃ駄目なんだろうけど。

 

「シロコさん、それは……?」

「せっかくだし、金目のものを探していこうと思って。今なら正当防衛」

「過剰防衛ですからね」

 

 爆弾を適宜設置して、時間経過で爆発。ここでどれだけ捜査網が拡大しても、その頃にはもう完全に網の外。いい作戦だ。いい作戦、なんだけど……やけに手慣れてるというか。

 

「それ、いつも持ち歩いてるんですか?」

「ん……これなら正体もバレない。これさえあれば、どんな銀行だって襲える」

「どんな銀行だって襲っちゃ駄目ですからね!?」

 

 そうだった。忘れてたけど、シロコ……銀行強盗の計画が趣味だったな。キヴォトスは今日も透き通ってる。

 

「そんなことない。現に……」

「……現に?」

「……いや、なんでもない。急ごう」

「やったんですね。どこかでやったんですね銀行強盗!!何やってるんですかシロコさん!!」

 

 いや、多分対策委員会の一件だと思うけどさ。というか、そうじゃない場合ホシノに突き出さないといけない。あの子ならうまい具合にお説教してくれると思うし。

 

「……それより覆面なんだけど、あいにくスオウの分はない。顔を隠せるものはある?」

「い、一応ありますけど……」

 

 黒い仮面。修復されたそれは、もう本来の機能を失っている。正直ベアトリーチェから受け取った物だって考えるだけで吐き気がするけど、アツコがお揃いだって喜んでくれたからそのままのデザインにしてる。

 そう、だからつまり……この仮面を被った俺は。

 

「スーパーお姉ちゃんモード……!」

「……うん。そっか。すごいね」

「なんですかその反応は、っと、シロコ」

「ん?っ、ぅ……!」

 

 通路に現れるのは、白い球体に触手が生えたようなロボット。急いでシロコを連れ、物陰に隠れる。

 

「しー……」

「……」

 

 コクコクとシロコが頷いたのを見て、ふとロボットを観察してみる。見覚えのある形だった。あれは、確か。

 

「アリス……?」

 

 正直、思い出せる記憶はそれくらい。そう、確かアリスが……アリスは、名もなき神々の王女で……ええと。

 

「っ、まずい」

「へっ?」

 

 直後、眼前に迫るレーザー。シロコに引っ張られて辛うじて仰け反り躱し、反撃にショットガンをぶち込む。

 

「っぶなぁ……!な、なんですかあれ……何に反応して……!」

「……多分、熱だと思う。変なところで非常識……」

「しょ、しょうがないじゃないですか!アリウスにあんな最新の兵器は、と……?」

 

 最新兵器だけあって精密なのか、ショットガンの一発で機械はその動きを停止した。存外弱かったけど、こういうのって大抵。

 

「っ……!やっぱり!!」

「いっぱい来た……逃げよう」

「……逃げるぅ?」

 

 ここで逃げる?否、それは極めて否だ。こいつらは俺たちが先に進むことを妨害するように増援を送ってきている。この先に、何かがあるということ。だったら。

 

「正面突破!!一択でしょ!!」

「なっ……!」

 

 先頭の機械を髪の毛ロープで引き寄せ、拳で破壊。爆弾を詰め込んで、投石器の要領で編み込んだロープを使い投擲。

 爆ぜた機械の爆風を打ち破り、そのまま一際巨大なロボットをハンドキャノンで破壊。あとは雑魚処理だ。

 

「さっさと先に進みますよ!この先に行かれたくないみたいですし、だったら行ってやりましょう!目指すは上です!」

「……やっぱり、ホシノ先輩に似てる」

 

 どこか嬉しそうに笑い、ロボットの残党を処理し始めるシロコ。彼女がしっかりついて来たのを見て、上へ。

 

「雑兵が!!いくら集まっても壁にもなりませんよ!!」

「ん……抵抗はやめて、おとなしく私たちを通すべき」

 

 雑魚処理とばかりに前へ。前へと進んで。進み続けて。

 

「……え?」

 

 目の前に、黒い穴が空いた。

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