爆弾による加速。自分自身への悪影響を無視したそれは、今の俺に出せる最高速。ミカやツルギさえも翻弄した、完全な奇襲。
「くっ……はははっ……!」
それを見て、ヤツは嗤った。
「よぉ、間抜けヅラ。生きてやがったか」
例えば、道端でひっくり返っている虫でも見るような目。こちらを、敵とさえ認識していない。
身体中から溢れ出す黒い泥。いくつかの銃が空中で発砲音を鳴らし。
「死ね」
前方に投げた爆弾。攻撃と減速、両方の役割を担うべく最大限に神秘を込めている。
「お前がな」
「へェ」
起爆、同時に減速。銃弾の軌道も爆風で変化し、伴って弾丸は回避。
これで多少なれどもダメージを与えられてさえいれば……まだ、やりようはある。だが。
「意外と、動きが早ェな」
当然の如く、無傷。黒い泥を球体のように周囲に展開、シールドのように扱っている。
「……」
シロコたちの脱出にどのくらいかかる?妹のシロコさえ意識を取り戻せば、先生たちを……増援を呼ぶことは容易い。
だが、あの傷だ。そう簡単に癒えるとも思えない。俺と同程度の回復速度だと仮定して、十数分、あるいは数十分はかかる。
「だったら、こいつはどうだ」
「っ……!」
こいつ相手にその時間は、あまりにも長い。何せ、『あとらはしーす』とやらの力を借り受けたシロコですら防戦を強いられるほどの相手だ。
「ふっ!」
投げつけられた黒い球体を弾く。先の戦闘でも使用されたそれは、爆弾。
「じゃねぇよ」
「なっ」
そんな予想を裏切って、黒い球体は杭のように変形しこちらへ打ち込まれる。
「っ、こなくそ!」
「遅い」
痛みもダメージも無視して、髪の毛ロープを展開。あちらの俺……便宜上、スオウと呼ぶべきだろうか。彼、あるいは彼女にくくりつけようとしたものの、それは容易く躱され。
「いいから、さっさと消えろ。目障りなんだよ、お前は」
当然のように、空中で機動。対抗して、俺も爆弾を取り出して空中に飛び上がった。
「っ、らぁ!!」
「……」
神秘を込めた拳で殴りつけ、しかしそれはショットガンによって防がれる。
それだけならよかった。突如としてショットガンは解けるように変形し、俺の右腕全体を包み込む。
「っ、やば」
「忘れたのか?」
抜け出そうともがくも、すぐには動けない。相手の肉体に神秘……と、よく似たナニカ。黒いエネルギーが塊のように降り積もっていき。
「パンチってのは、こうやって打つ」
「が、はっ……!?」
そして、目の前で爆ぜた。
「ぁ……ぅ……!?」
壁に叩きつけられ、そして地面に落下し。
「はぁっ……!はぁ、はっ……!はぁっ……!?」
再び呼吸をするまで、何が起こったのか理解できなかった。ただ、殴られた。それだけのはず。
「……弱いな、お前は」
「う……!」
たったそれだけで、決して埋まらない力の差を理解させられた。
「終わりだ」
「げほっ……!」
首を掴んで持ち上げられ、そのまま黒い泥で作られた銃によって、四方から撃たれる。
あいつも巻き込まれてダメージがある、そのはずなのに。眉ひとつ動かすことはない。
「アヌビスは……まだ生きてやがるか。クソ厄介なことこの上ねぇ」
アヌビス。シロコのことか。
「早いところ始末し」
「プッ……!」
「っ!?」
へし折れた歯を口から射出し、眼球にぶつける。咄嗟に瞼を閉じて失明は免れたようだが、隙ができた。
体を捻って側頭部に蹴りを入れ、そのまま首に絡めて手を引っ張り、締め上げる。
「うざってぇなぁ……!」
「ってぇ……!」
抵抗。ただ力任せに暴れ、関節をキメられた状態を解こうとする悪あがき。その一発一発が、無視できないほどに重い。それでも、離さない。
「お前でも、呼吸ができなきゃ意識は飛ぶだろ……!!」
「だからなんだよ……!」
黒いエネルギーが新たにもう一本、手のようなものを生やす。それで何をしようとしているかは明白だ。だから、敢えてここは離れる。ただし。
「爆弾のおまけ付きだけどな!!」
「っ……!」
絡めていた足を解き、反撃よりも先に掴んでいた腕をぶん回して投げる。同時に、コートに爆弾を設置。吹き飛んだその先で、そのまま爆ぜさせた。
「……」
今俺がするべきは、時間稼ぎ。深追いはするべきじゃない。とにかく、シロコたちが逃げ出せる時間さえ稼げればそれでいい。
「……それと」
できることなら……増援が来るまでの時間も。
「思ったよりもやるじゃねぇか」
「っ……!」
横からの声。こちらを穿とうと迫る拳を、髪の毛ロープで逸らし、きれない。予想内だ。
「ふっ」
「おせェ」
拳圧で、耳が切れる。無視でいい。そのままカウンターを返し、けれどもそれは黒い物質で防がれてしまった。
当然相手の攻撃がそれで終わるはずもなく、すぐさまに追撃。相手の蹴りに対して、こちらも同じく蹴りで対抗。
「ぐっ……!」
「……」
互いに吹き飛ばされ、睨み合いの形。威力は向こうのほうが遥かに上。当然、ダメージがあるのは俺にのみ。
「……!」
では、なかった。
「なるほど、な……」
弾けるように割れた足を泥が黒く埋め尽くし、徐々に端の方から修復されていく。
少しずつだが、カラクリがわかってきた。俺とあいつの、筋力の差。常にリミッターを外している。その上、黒い物質を操る能力で破損部位の補助。回復力も恐らくは俺より高い。
要するに、
「……」
それをわかっているのか、向こうも常に距離を詰める機会を伺っている。黒い物質を操る能力ですぐに追撃してこない点を見るに、相応に負担がありそうだ。妹のシロコとの再戦を想定しているのだろう。
であれば、時間稼ぎには中距離。こちらに近づけず、一定の距離を保ちながら攻撃を躱すに限るだろう。
「……チッ。クソダリィな」
幸いにも、俺の攻撃も防がれさえしなければダメージは通る。俺を無視してシロコを追うことはできないし、させない。
「……なあ、お前は」
「あ?」
「っ……!」
「なあ、お前は何者なんだ?」。問いかけようとした瞬間、狙撃された。ヒヨリのスナイパーライフルの感触によく似ている。
わかっちゃいたが、話に付き合ってくれるつもりはなさそうだ。
「でも一方的に話してやるよ。お前はなんなんだ?」
「……お前が一番よくわかってんだろ?」
姿が消える。上、右、左下後ろ。
「大人のなり損ない。不出来なクソ野郎だよ。俺も、お前もな」
正面。
「っ、へぇ……!やっぱお前は俺なのか、よっ!!」
「だから言っただろ、わかってんだろって。わかりきったこと聞くんじゃねぇよこちとらお前の声を聞くたびにあたまがズキズキズキズキして不快なことこの上ねぇんだこの低気圧野郎が」
距離を詰められた、だけじゃない。周囲に網目状の黒い物質を展開して、逃げ道を塞がれた。
「っ、そりゃ、失礼ッ!!でも、だったら解せねぇな!!」
「黙れ」
「なんで俺を殺そうとする!?」
黒い物質は破壊が不可能なわけではない。今までの観察からそれを理解した。爆弾を投げつけ、そこを起点に網から脱する。
「……わかんねぇのか?」
「……ああ、いや悪い。わかるわそれは!!」
黒い網が纏まって縄状に。髪の毛ロープのようになったそれに、同じく髪の毛ロープで対抗。技量は変わらないか、僅かに俺が上。上の弾き、捕縛を未然に防いだ。
「じゃ、も一個質問!!」
ハンドキャノンを取り出し、爆弾で加速。顎元に銃口を突きつけて。
「なんでシロコを殺そうとする?」
そのまま神秘を込め、二発。弾丸を放った。
「……」
「俺だってなぁ!!一番ひどかった時期でも!!」
動揺、あるいは逡巡。どちらでも構わない。動きが止まったヤツの首元に髪の毛ロープを結び、爆弾で前方に加速。ピンと張ったロープをぶん回し。
「そこまで堕ちた!!覚えはねぇ!!!」
ハンマー投げの要領で、ナラム・シンの壁に向けて思いっきり投げてやった。
まだだ。
「シロコの事情は聞いた!!」
「……」
壁に向けて爆弾で加速。同時に、ショットガンへ強く、強く。光り輝くほど過剰な神秘を込める。
「世界を滅ぼして!!先生を殺して!!みんな死なせた、って!!」
なぜだか、アイツは動かない。動かないなら、それでいい。ショットガンを撃ちながらハンドキャノンに神秘を込め、距離を詰める。
「でも、だからって……だからって、殺すのは違うだろ!!俺たちが憧れた『大人』って、そういうのじゃなかっただろ!!?」
狙うは目。口内。腹。いずれかの肉体が柔い部分。あるいは、神秘が集中しにくい体の末端。とにかく、わずかずつでもダメージを。確実に、削る。
「何してんだよ、お前は!!」
ハンドキャノンを、もう一人の俺に向けて撃って。
「……くっ……はははっ……!!」
止まった。ぴたりと、空中で。弾丸が、止められた。
「ははははははははははっ!!!」
「っ……!?」
体から溢れる黒いエネルギーが、先程よりも数倍。あるいは、数十倍に。
「やめた」
それらは全て銃へと変化し、銃口を俺に突きつけ。
「あいつを殺すのは、クソ不愉快なテメェを完膚なきまでにぶち殺してからにしてやるよ」
準備体操にすらなってはいない。ここからが本番。その証を、俺の体に刻みつけた。
◇
「はぁっ……!はぁっ……!」
砂狼シロコは、走る。『ナラム・シンの玉座』を抜けて。あの、得体の知れない黒い少女から。
「重い……!」
なんたってまた、黒い自分はこう無駄に贅肉をつけているのだろうか?自分はセリカに勝てる程度の胸囲しか持ち合わせていないというのに。ホシノは幼女体型のため例外だ、戦いの場に立ってすらいない。
そんなことを考えながらも、彼女の走りは真剣そのもの。あまりふざけたことを考えている余裕はないのだ。
「急がないと……!」
自分は逃がされた。あの黒い少女から。自分では、時間稼ぎにすらならないと判断された。
それはいい。否、良くはないが、スオウはシロコにとって強さの象徴そのものである小鳥遊ホシノと同程度の実力を有する。身の程はこれでもかと知っていた。
「ふぅ……!」
そんなスオウでさえ、あの黒い少女には殺されかねない。たとえ自分があの場で加勢したとしても、それは同じ。全員生き延びるための選択肢はただひとつ、自分が、砂狼シロコが助けを呼ぶこと。それだけでしか勝ち目はない。
「お願い、繋がって……早く……!」
もう一人の自分は肩に担ぎ、プレナパテスは手を引いて。残ったもう一つの手で、スマホを使い電話をかける。通信障害により応答は、ない。
「やっぱり、ここは……!」
地下奥深く。一刻も早く脱出の必要性がある。幸いにして、プレナパテスを連れている影響か、あるいはシロコを連れいている影響か、アトラ・ハシースの箱舟の防御システムは自分に対して機能しなかった。
「上に……ホシノ先輩なら……」
ホシノなら、多分天井をぶち抜いて上に向かうだろう。そんな判断から、ドローンによる天井への攻撃。ぽっかりと空いた穴からドローンで上へと向かい、ショートカットを試みる。
「一体、どのくらい……!」
自分たちは上へと上がりあの場所、『ナラム・シンの玉座』に出た。出口を探すのなら、さらに上へと向かうべきだろう。
「早く……!」
窓ガラスが張られた通路を、がむしゃらにかける。一分、一秒だろうと無駄にはできない。誰も死なせはしない。
「もう、これ以上……!」
もうこれ以上、別の世界の自分を。そして自分と同じ思いをしたであろう、アリウス分校の彼女たちを。傷つけて、なるものか。
「……あ、れ?」
そこで、ふと走る勢いが弱まった。息が切れたからではない。疲労に負けたからでも、断じてない。
違和感を抱いたからだ。
「ま、ど……?」
シロコ、そしてスオウ、二人の考察では、ここはアビドスの地下深く。そうでなくとも、地上の建物である可能性は低い。そう、踏んでいた。
だというのに、窓ガラス。果たして地下の建物に、窓ガラスが必要か。
「嘘、まさかッ!!」
否だ。
「っ……!!」
覗き込んだ窓から見えたものは。絶望。
「ダメ、そんな……!そんなの……!!」
青く染まった地上。薄暗い周囲の景色。遥か下に存在する雲。
「これじゃあ、脱出なんて……!」
自分たちの居場所は、空の彼方。宇宙に近しい場所だ、と。砂狼シロコは、初めてそこで事実に気づいた。
「……」
助けを呼ぶことも。脱出も、できない。ならば、どうする。このまま殺されるか。殺されるのを、むざむざ見殺しにするか。
「ううん……大丈夫」
そんなワケがない。
「ホシノ先輩も、ノノミも、セリカも、アヤネも……先生も。絶対、私を助けに来る」
あの日、雪の下に埋まっていた自分を見つけてくれたように。あの雪の中で、マフラーを巻いてくれたように。あの空の下で、共に生きてくれると言ってくれたように。
「だから、それまで……絶対に、諦めない」
もう一人の自分、砂狼シロコに置き手紙を書き、マフラーを巻きつける。
「……これは、貸してあげるだけ。私のもの。後で返してもらう」
ほんの僅か。一秒でもいい。先生たちが助けに来る時間を稼ぐ。たとえ、隔絶した実力の差があろうとも。
「だから、それまで私は死ねない。あなたも、スオウも、プレナパテスも……絶対みんなのところに連れて帰る」
それは少女にとって、覚悟の証だった。
マフラーを巻きつけられた砂狼シロコを部屋の中に押し込んで、そのままプレナパテスも引き込もうとして。
「っ……!いない……!?」
プレナパテスの姿は、そこにはなく。彼女が引いていたと思っていた手は、切断されたもの。
否、とっくの昔に切断されていたのだろう。血の痕跡は、見つからなかった。
「……うん……そっか」
せめて、彼女が孤独にならないように。みんなとの繋がりの証である覆面を渡して、銃を手に取り。
「あなたも……先生、なんだもんね」
そして、赴く。死地にも等しい、その場所に。
◇
眼前に迫る、無数の黒い弾丸。
「う、おらぁああアアアアアアッ!!!」
その全てを弾き、爆ぜ、躱す。そんな行為にも限界は来る。
「がっ……!」
「オラどうした、躱してみろよ。偉そうに御高説を上から目線で垂れてくれたんだ、お話がしたいならせめて同じ土俵に立つ準備だけでもしてみやがれ」
「っ、うるせぇっ!!今やってんだろうが!!」
マユミからもらった簡易バリア……は、まだ切るべき手札じゃない。
まだ耐えれる、死なない。俺をいたぶろうとしているからだ。そう考えれば、話して動揺を誘った価値もあるってもんだ。
「次だ。倍行くぞ」
「黙れイキってんじゃねぇまっくろくろすけ!!今そっち行ってやるから待ってろ!!」
「……はははっ。粋がってんのはどっちだよ、クソガキ」
あいつが俺に集中している分にはいい。標的がシロコにさえならなければ、それで。そうすれば必ず助けが来る。
時間を稼げ。フルに力を使ってそれでやっとトントン未満だ。一分先のことまで考えるな、この一秒を生き抜くことだけを考えろ。
「撃て」
「クソっ……!」
先程よりもさらに増した弾幕。正面から付き合ってやる必要もない。
『ならむしんのギョクザ』とやらの地面をひっぺがして神秘を通し、銃弾を弾きながら前に進む。
「これ、でもっ……!」
そして、鉄板に爆弾を取り付けて。
「くら、えッ!!」
思いっきりぶん殴って、別世界の俺の方に吹き飛ばしてやる。
当たり前に一瞬で蜂の巣にされるが、一秒未満、それだけでも視界が奪えればそれでいい。仕込みをして、ハンドキャノンを取り出す。
「イチニーサンシー……いや、数えんのはやめだ!!」
ハンドキャノンに装填できる弾丸は、一度に六発。リロードには数秒時間がかかる、だったら。
「ぶっつけ、本番ッ!!」
シアンがやっていた、雷管を指で弾いて銃弾を発射する技術。以前よりさらに筋力が上がった俺にならできる。
流石に指への負担がとんでもない、リミッターを外せたらもっと楽だったけど……これで!
「邪魔な銃は、消えたッ!!」
すぐに銃の再生成が始まっている、それよりも俺の足のほうが早い。
「お、ラァッ!!」
「……」
「はぁ……は、はははっ……どーだ見たか、これでおんなじ土俵だろ……!」
「そうだな。じゃあ、お前が落ちろ」
「っ!!」
首元を絞められる。いきなり、容赦なしかっつーの。
「ぐ、ぁ……!」
「失せろ、死に損ない」
銃の再生成が完了。全ての砲口がこちらを向き。
「……ばーか」
口の中に仕込んでいたショットガンの玉を、飲み込んで詰まらせていた瓦礫で叩いて発射。目眩しだ。
「っ……!」
「はぁっ!」
次いで、靴の中に隠していた爆弾の起爆装置を押下。蹴りと共に爆発し、それはそのまま勢いとなって相手を吹き飛ばした。
「ごほっ……!は、はぁーっ……!ふっ……!」
「……いい加減、諦めたらどうだ」
「はっ!そいつが一番できない人間なのは……お前が一番、よく知ってんだろ……!」
『諦めろ』だなんて、最も俺に……いや、俺たちにとって、縁遠い言葉だったはずだ。
「お前もそうじゃないのかよ……!」
「……ああ、違うよ」
直後、地面に振動。爆弾だ。
「が、はっ……!」
「諦めない?だから?それが何になる?」
それも、ひとつじゃない。一度の爆弾に連鎖するように、何発も、何発も……!
「その見苦しい執着の成れの果てがどんなものだったか。お前だって見てきたんだろ?」
だがあいにく、俺に爆弾は効きにくい。ラッキーなことに、爆発での痛覚はとっくの昔に鈍ってやがる。
運がいい、まだ動ける。
「そんな結果ばっかじゃ、ねぇ……!」
「……そーかよ」
その時、黒いエネルギーが。先程まで分散していたそれが、一箇所に集まるのを感じた。
「それも、どうせ無意味になる。守ったものも、大切な記憶も、思い焦がれた人間も。お前はいつか必ず、全てを失う」
その膨大なエネルギーが、小さく。手に握ってしまえるほどの、銃の形を模して。
「
直後。黒い閃光が、俺の体を貫いた。
「ぅ……あ、か……!」
内臓を、やられた。
「ぐ……ふっ……ひゅっ……ふ……ふっ……!」
肺から、おかしな音がする。胸部。心臓は、なんとか避けた。
ああくそ、ただでさえ胸がないってのにさらに削りやがって。これじゃあ先生を堕とせなくなっちまう。言ってる場合じゃねぇか。
「じゃあな、勘違い野郎。希望ばかりを嘯く、偽善者が」
考えろ、死ぬ。死んじまうぞ。みんなと生きたいんだろ。死んでたまるか、ないか、なにか、なにかなにかなにかなにか。
「……!」
ない。殺される。
「ふざ、けっ……げほっ……!!」
ふざけんじゃねぇ、俺は妹と一緒に長く過ごして先生と結婚してたくさんの子供と孫と妹に見守られながら死んでやる。終わってたまるか。
弱点だ。俺の弱点を……弱、点……。
「せん……せぃ……ぉ……」
「……先生?」
「……ぇ……ぁ」
「あ?」
ああ、そういえば。こいつって。
「まえ、も……まだ、コート……きてるん、だな……せんせい、と……おんなじ……」
「……は?」
俺にとって、これはさ。
「これは、きっと……先生への……憧れの、証……だったから……」
大人になりたい。なれた、って、思いたかった証だったから。
「おまえも、まだ着てんのが……意外、だな……」
「……っ!!」
諦めたとか、バニタスとか、俺と正反対のこと言ってるくせに。まだ、それは着てるなんて。不思議な気分だ。
「は、ははっ……そーかよ……それが遺言か……!?」
「ああ。もう時間稼ぎもいい」
「っ!?」
肺から血は抜いた、シロコのためにチューブを用意してて助かったな。神秘で止血もした。穴が空いてるのはどうしようもない。神秘を集中すりゃ治るまで数分。包帯とかで塞いどきゃなんとかなるだろ。
「……まだ、足掻くのか」
「言ったろ、俺たちは諦めが悪いって。それに……」
大丈夫。ここで死んでたまるか。絶対に勝つ。それができるだけの根拠もある、なにせ。
「忘れたんですか?妹を守るお姉ちゃんは……最強なんですよ!!」
「っ……!その、口調を……!!やめ、ろォッ!!」
「うぁっと!!」
って、大口叩いたはいいもののピンチはピンチ、超大ピンチだ。やっぱシロコに手伝ってもらったほうがよかったかなぁ畜生。
まあ今更ないものねだりをしてもしょうがない、シロコが助けを呼んでくれるまで時間を、と。
「あ……あれ?」
足が、動かない。
「やば、なんかきゅうに……からだ……」
立ってられない。逃げないと、殺されるのに。
「死ねッ!!!」
ひょっとしなくてももう、随分前から……限界……!
「っ……!」
発砲音。同時に、致命的な痛みが来る……はずだった。
「……え?」
目を開ける。俺を庇っていた……と、言うよりも。俺とあいつの間に、割り込んでいたのは。プレナパテスだった。
「なっ……ぷ、プレナパテス……いや先生!?なんで、シロコさんと一緒に逃したのに」
「統率者の不在により、自動防衛プロトコルを実行」
直後、先生の後ろからプラナが姿を現す。相変わらず、特徴的なツートンカラー。何かを試すように、こちらを見ていた。
「外敵の排除を開始。現在戦闘可能な生徒が存在しないことを確認。緊急的措置として、青輝石を消費し生徒の募集を実行します」
「ぼ、募集!?」
募集ってそれ要するにシャーレのアレだと思うけど……。
「……エラー発生。現存する空間には募集可能な生徒は存在しません。例外的に、我々に対し友好的である桐花スオウを一時的に募集対象として認定できます。許可しますか?」
「“……”」
「……同意を確認、桐花スオウを募集対象として認定……
「うおっと!!?」
直後鳴り響いたのは、スマホのバイブレーション。けれども、ここで通信が繋がらないのは確認済み。だとすれば、これは……!
「……は、はははっ……そういうことですか!」
「
さっきまで動かなかった足が、動く。胸の傷が塞がっていく。
「さらに、『シッテムの箱』による戦闘のサポートを開始。戦術指揮の代弁も私が担当します」
体に、力がみなぎる。
「戦闘を開始」
「任せてください、先生」
ギリギリのタイミング。きっとプレナパテス……先生にとっても、これは危うい橋。『色彩』やら『無名の司祭』やらを誤魔化し通せるかの、分の悪い賭け。
それを渡ってでも助けてくれた。そして、シロコを守ろうとした先生の覚悟を。絶対、無駄になんてしない。
「絶対に負けません!!」
「……ふざけやがって……!!!」