ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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【最終編】虚な心

 シッテムの箱から漏れ出る、赤い光。先生のそれと真逆なようでいて、その暖かさは変わらない。

 

「目標を補足。『シッテムの箱』による対応レベルを最大限まで引き上げます」

「っ、と、お、おぉおっ!!?」

 

 眩い光に包まれて、目を開ける。周囲の景色が、先ほどまでいた場所とはまるで違う……まるで、アリウス分校のような景色に変化した。

 

「な、なんですかこれ!?」

「回答。桐花スオウに最適な地形であると判断。また、これらの地形は桐花スオウの記憶から読み取ったものであり、現実との差異が存在します」

「た、助かりますけどそれ……!!」

 

 俺にとって最適な地形だってなら、それって向こうの俺にとっても適した地形ってことになるんじゃ……!?

 

「何をよそ見してやがる」

「なっ!?」

 

 背後に出現した別世界の俺。わかっちゃいたが、こいつの動きは俺の目で追えない。だから、背後にいるんじゃなくて……!!

 

「前ェ!!」

「……!」

 

 声はブラフ、こっちを翻弄するためのものだ。俺ならそうする。

 

「で?だからなんだ?」

「っ……!」

 

 こっちの反撃もお構いなしに銃を展開するもう一人の俺。対応する暇もなく、それらから弾が発射され。

 

「って、え?」

「攻撃の一部は本機の自動防御(オートバリア)によって無効化が可能。桐花スオウは本来降りかかる脅威を無視して攻撃できます」

「あ、アロナァ!」

 

 ちょっと優秀がすぎるなアロナ!!そりゃシロコもあの俺相手に何回も戦えるわ!!

 

「しかしこの機能は先生のバリアを一部転用したものであり、先生に脅威が及んだ場合その限りでは」

「なるほどな」

「ちょ、アロナさん!?」

 

 なんでそういう余計なことまで……!

 

「……ごめんな、先生」

「させま、せんよっ!!」

 

 先生のところへ向かった俺の間に割って入るべく、爆弾で加速。爆風が逸らされるせいで普段と勝手が違って、加速がやりづらい。

 それでも、ダメージを受けない分かなりマシ。継戦能力は上がっている。

 

「故に、このように先生を守りながらの戦闘を強いられます。そう続けるつもりでした」

「そ、そうですかありがとうございます!次から私にだけ聞こえるようにできたりしますか!?」

「……要求を承認」

 

 アロナが投げつけてきたインカムを耳につける。渡し方が雑なのはちょっと気になるけど、まあいいや。

 

『再度通告。この地形は、桐花スオウの記憶から再現されたアリウス分校です』

「それはわかって」

『その環境、あるいはその場に存在する道具。その全てに至るまで、シッテムの箱及びアトラ・ハシースの方舟により具現化・実体化(マテリアライズ)されています』

「っ……!?」

 

 バリアも活用しながら弾丸を弾きつつ、アロナの指示を聞く。

 つまり、つまりだ。それは……!

 

『有効に活用してください』

「了解っ!!」

 

 黒い仮面、ガスマスクの機能を持つように改造したそれを頭に着けて……いつの間にやら、ポケットにしまい込まれていたボタン。毒ガスの発生機、その起動ボタンを押下した。

 

「……なるほどな」

「これなら、お前にも効きはするだろ?」

 

 ベアトリーチェとの戦いで使った毒ガス。流石に飛行船までは再現できていないようだが、これだけでも十分すぎるくらいだ。それに。

 

『弾薬の減少を確認。マテリアライズを実行』

 

 アロナの支援により、リロードはほとんど不要。爆弾の残量も気にしなくていい。これが本気を出したシッテムの箱の能力。

 ……先生もきっと、その気になればこのくらいはできるのだろう。なにせシッテムの箱は特別品。サンクトゥムタワーと双璧をなすオーパーツなんだから。

 

「まだまだまだァ!!!」

 

 高速でハンドキャノンを撃ち放ち続ける。神秘を込める手間こそあるが、本来であれば装填可能数はたったの六発。反動も重いが、今の俺の筋力なら問題なく使える。

 

「……鬱陶しい」

 

 これなら、かなりの時間戦える。そう思った矢先、苛立たしげな声がした。

 

「黙ってみてりゃ、図に乗りやがって。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃと、口ばかり回りやがる」

 

 黒い泥が鋭く展開され、刃のように。それが、一つや二つじゃない。数えきれないほど、無数に。全てが合わさって、巨大な一つのナイフに変化する。

 サオリの装備しているコンバットナイフに、よく似ている気がした。

 

「テメェのその嬉しそーな声聞いてるだけで……!!」

「っ、アロナさんッ!!!」

『バリアの出力を増加』

 

 それを持ち上げて、一閃。俺ごと、アリウス分校の校舎を真っ二つに切って。

 

「吐き気がしてくるんだよ……!!!」

 

 切断された校舎を黒いエネルギーで捕まえ、俺に向かって投げつけてきた。

 

「お、おおぉおおおっ!!?」

 

 明らかに俺や、ミカのそれとは戦闘の規模が違う。一撃一撃が、地形を変えてしまいかねないような攻撃。

 だが、お粗末だ。

 

「お、らっ!!!」

 

 所詮校舎を投げつけられた()()。砕いて外に脱出すれば、それだけで事足りる。

 それに気づかない俺でもないだろう。つまりこの攻撃は、わかりやすく強大なこの攻撃は。ただの陽動。

 

「みぃつけ、たぁっ!!!」

「そう来るとッ!!!思った、よぉっ!!!」

 

 校舎の中に侵入し、三次元的な動きで追撃を仕掛けてくるはず。

 シッテムの箱で強化された身体能力、そして知覚能力での感知が、その予測が正しいことを裏付けた。

 

 建物内、物理的な視覚の外側においてアロナの支援はどうなる?現状、バリアや身体の強化においては問題ない。

 

『我々の世界の桐花スオウの接近を検知。一度退避しながら建物を崩落させ、撹乱し隙を窺ってください』

 

 インカム越しに聞こえてくる指示も問題なし。マテリアライズに関しては、銃に自動的に装填するほど器用なことはできなさそうだ。

 

「つまりあんまり、変わんねぇ……!」

 

 校舎の通路を走りながら不定期に爆弾を設置。建物を崩しつつ、その中心部へ。

 

「アロナさん、あの子がシロコをどうやって探してたかわかりますか!?」

『不明です。しかし多次元解釈によるバリア内、または一定以上の距離を取った際には発見されることはありませんでした。感知射程は数十キロに及ぶと考えられます』

「じゃ、奇襲は無理か……!!」

『肯定。しかし正確に場所を把握できるわけではないため、一時的にその目から逃れることは可能です』

 

 つまりある程度の場所しかわかんないから、そこにいることはバレても隠れることはできるってことか……やっぱり、障害物が多い場所に逃げた方が良さそうだ。

 

「……ああ、クソッ!死ぬほど不愉快だけど、だったらあそこだろ!!」

 

 校舎をぶち破って、方向転換。無数の銃撃は、全て建物とバリアが防いでくれる。

 直後、地面から衝撃。ぶん投げられた建物が着地したということだろう。

 

「関係ないっ!!」

 

 爆弾を用いて再加速。ところどころトラップを織り交ぜてはいるが、果たしてどれだけ効果があるか。

 正面からの戦闘で勝ち目はない、とにかく今は気を引いて消耗させる!それが俺に残された勝ち目だ!

 

「せい、やっ!!!」

 

 目的地に到着。普段とは上下が逆になった世界。それでも尚いつも通りに残されたクソみてぇなステンドグラスをぶち破って、建物の中へ。磔台もいつも通りだ。

 

「きっっしょ!!きっしょいわ!!ぶっ壊れろ!!」

 

 私怨につき完膚なきまでにぶち壊してから、仕込みを済ませて中央へ。いつぞやベアトリーチェがふんぞりかえっていた、その場所は。

 

「儀式の部屋、か……」

「はい。私にとって一番戦い慣れてる場所は、ここですから」

 

 何十回。何百回。何千回。数えきれないほど、ここで。この場所でベアトリーチェを殺すシミュレーションをしてきた。

 この場所の構造も、死角も、罠も、全て知り尽くしている。

 

「お前が戦い慣れてる、ってなら。俺も同じだ」

「どーだか。私とあなた(わたし)は、結構違うところもあるみたいですし」

「……」

 

 わかりやすく不機嫌な顔になる相手(おれ)に対して、睨み合い。

 

「……違くなったのは……変わったのは、お前の方だ」

「そうですか?私にとっては、むしろ逆に思えるんですが」

「その、気色の悪い喋り方をやめろ。欺騙に塗れたその話し方を聞くと、身の毛がよだつような気分になる」

「嫌われたものですね」

 

 一体、誰が……何がここまで、俺を変えたんだろうか。ふとそんな、妹のシロコに対して抱いたものと同じことを考えた。

 

「ああ、そうだよ。俺はお前(おれ)のことを嫌っている。今すぐにでも殺してぇっつーのに、しぶとく生き残りやがって」

「……いやー……私は死なないですからね、なんせ……」

 

 俺は存外。怒りを制御するのが苦手だ。少なくとも、戦闘中においては。

 だから……こんなやり方をするのは、本当は嫌だけど。

 

「大切な妹たちが、家で待ってるので!!」

「っ……!!」

 

 このくらい煽ってやれば、罠があるってわかってても殺しにくるだろ。

 

「くっ……は、はははっ……!足りねェ脳みそでよく考えたじゃねぇェか!!いいぜ!!?そんなに死にてェなら今すぐに殺してやる!!!」

「っ、ふぅ……!!」

 

 即座に発射された銃弾をギリギリのところで避け、目標地点に爆弾を投げつける。

 無論別世界の俺から妨害が入るが、それも織り込み済み。くくりつけておいた髪の毛ロープで軌道を変化させながら、柱の一つを爆発させた。

 

「チッ……」

 

 展開される恐怖(terror)。時を同じくして、柱に打ちつけた楔がヒビを伝え、建物を崩落させる。

 

「鬱陶、しいッ!!!」

 

 恐怖を変形させた銃で、崩落した建物を撃ち砕く。その程度は想定内、だけど!

 

「こいつはッ、どうかなッ!?」

 

 アロナにマテリアライズしてもらったワイヤーを神秘で強化し、瓦礫の下に覆い隠していた爆弾を一箇所に。

 

「っ、クソが!!」

 

 恐怖の変形。球体の形を模ろうとするそれがまだエネルギー体であるうちに神秘を込めた弾丸を撃つ。

 恐怖を貫いて、着弾。それが、俺の予想。

 

「ぐっ……!」

「っ……!?」

 

 けれど、思っていた反応とは違う。込められた神秘が恐怖を削ぎ落とすようにして、巻き込むようにして、威力を増大。

 それが、別世界の俺に突き刺さった。

 

「んだ、これは……!!」

「……!」

 

 別世界の、俺。元々はその本質は、同じ存在。神秘と、恐怖。元々は同じ崇高、その別側面。

 

「……はははっ……なるほどね……」

「……殺すッ!!」

 

 銃の形状を取ろうとする恐怖を、神秘を込めた髪の毛ロープで散らす。

 本来であれば、神秘同士は反発。あるいは、対消滅する。だから神秘で体を覆えば相手の銃の威力も減衰させることができるし、相手の神秘を削ることまできる。

 

 でも、俺とあいつの間では違う。その根源に至るまで、俺とあいつは同一の存在。エネルギー同士は反発せず、巻き込んでより大きな一つの力になる。

 

「ちったぁ可能性も見えてきたってもんです!!」

「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ死ねッ!!!」

「っと、ぶなっ……!?」

 

 とはいえ、恐怖が物質に変わりきってしまった後ではそれもできない。やり方にはコツが必要そうだ、決して油断できる状況じゃない。

 現に絶え間なく続く発破に、対抗する術はないわけだし。

 

「アロナさん!」

『地形を一番変更、バリケードを展開』

「サンキュー、その調子で爆弾もお願いします!」

『……警告、アトラ・ハシースの箱舟、およびシッテムの箱のエネルギーは有限であり、その出力にも一定時間内での限界が存在します。使用の際には充分な検討を重ねてから実行することを強く推奨します』

「……す、すみません!気をつけます!!」

 

 叱られた……確かに、ちょっとアロナに頼りっきりだったかもしれない。

 心の中で謝罪しながらも、手のひらに精製された爆弾を髪の毛ロープで編んだ投石器にくくりつけ、そのままぶん投げる。

 

「貫けッ!!」

「させるかッ!!」

 

 せめぎ合う黒と赤の爆風。その中を掻い潜って、相手の懐まで。

 

「っ、な……!」

「爆風の中じゃ何も作れないでしょう!?」

 

 この距離なら、当たる。

 シロコを殺されかけて。それ以前に俺も理不尽に殺されかけて。こっちだって、頭に来てるんだ。

 

「これで少しッ……!!」

「……!!」

 

 神秘を拳。肩。背中、腰、足。それら全てに、過剰なまでに込め。

 

「目ェ!!!冷ましやがれェッ!!!」

 

 その頬を、全身で思いっきり殴ってやった。

 

「っ……!」

「逃しませんよッ!!」

 

 吹き飛びそうになる相手を髪の毛ロープで括って、地面に叩きつける。

 すぐさまに爆弾を口に突っ込んで、神秘を込めてピンに手をかけてやった。いくら俺でも、内部から爆破されれば痛いじゃ済まない。

 

「動かないでください。このまま拘束します」

「……」

「アロナさん」

『要求を実行』

 

 恐怖が銃を模り始めたのを見て、アロナに小型のシェルターをマテリアライズさせる。

 この閉鎖的な空間でなら、せいぜい作れるのは銃の数丁。あるいは、爆弾をいくらか。

 

「ぐ……!」

 

 唯一の懸念点はその筋力、リミッターを外した圧倒的な力だが、それもアロナに生成してもらった拘束具と毒薬でアドバンテージが取れている。

 未だ油断は許されない状況だが、ひとまず無力化には成功した。

 

「さて……大人しく、話を聞かせてもらいましょうか」

「……話?」

 

 ぺっと口から爆弾を吐き出して、拘束された自分の体に皮肉めいた目線を向けた。

 ひとまず爆弾は腹と胸、首元。どちらも攻撃されれば容易く反撃はできない場所だ、経験があるから身に染みてわかる。

 

「はい。なぜこんなことをするのか、聞かせてもらいます」

 

 おそらくそれでも、一時的な時間稼ぎにしかならない。それでいい。

 話をして、さらに長く時間を稼ぐ。可能なら説得して和解するのがベストだ。

 

「話……はははっ、話。話ねぇ?俺と?お前がか?」

 

 そんな俺の考えは、甘かった。

 

「黙れよ」

 

 嘲るような態度と、憎悪に飲み込まれた目を見て。一分、一厘の期待さえも刈り取られた。

 

「お前と何を話すって言うんだ?愉快な頭をしてやがるぜ、なあ、俺とお前が何の話をする?」

 

 捲し立てるように、矢継ぎ早に疑問を連ねて。その答えは自分の中で出ている。けれども、その怒りから問わずにはいられなかったのだろう。

 

「復讐も憤怒も憎悪も殺意も全部忘れて生きてるお前が!!!俺となんの話をするってんだよ!!!あァ!!?」

「……え」

 

 だから、無意識での事実を正面から投げつけられて。ほんのわずかに、言葉に詰まった。

 

「わすれて、なんか……」

 

 忘れてなんか、いない。シアンを、アンナを、みんなを失ったあの日から。ただの一つだって、この気持ちを忘れたことなんてない。

 ベアトリーチェへの復讐心を、忘れてなんか。

 

「だったらテメェはなんで役割も果たさずに、のうのうと生きている?」

「っ……」

 

 その言葉は。ある意味で受容していた、過去が。

 

「お前の復讐心は、口だけだよ」

 

 死体のまま動き出して。この体に、まとわりついてくるようだった。

 

「……違う」

「違わない」

「違う!!」

 

 一瞬たりとも忘れてなんかいない、ベアトリーチェのことは……ベアトリーチェのことは、今でも。

 

「お前は本心では、ベアトリーチェが見つからないことを望んでいる」

「っ……!!」

「妹たちとの平和な世界が続けばいいと思っている。色恋に現を抜かして、復讐ではなく命と仲間と友に執着することを選んだ」

「……んな、わけ、そんなわけが!!!」

 

 そんなわけが。

 

「ベアトリーチェは死んだよ」

「……え……あ……」

「お前はこれを聞いて何を思う?」

 

 ベアトリーチェが、死んだ?

 復讐の相手が。シアンとアンナの、みんなの仇が、いなくなった。

 

「……安心したか?これでお前はくだらない『普通の幸せ』とやらに延々と浸り続けることができる」

 

 俺にできることはもう、違う。いや、そうじゃない、そうじゃない、違う、違う違う違う違う違う。

 

「俺はこれを聞いた時に……自分の無力さに打ちひしがれたよ。復讐の喪失に虚を感じた」

 

 違う。

 

「お前はもう……ベアトリーチェを、殺そうともしていない。違うか?」

 

 そんなはずがないと、そう断じたい。いや、断じれる。

 

「だからお前はリミッターの解除も使えない。だからお前は俺に勝てない」

 

 俺は今でも、ベアトリーチェを殺したいよ。それは絶対に、嘘じゃない。俺はあいつを、今でも恨んでいる。

 

「お前の弱さが、お前の幸福が、お前の甘さが、復讐を忘れている証明だ」

 

 だけれども。目の前で別世界の俺の心からの怒りを見て。

 

「俺たちは幸せになっていい人間じゃない。それが復讐を……シアンたちを忘れることに繋がるから」

 

 それが随分と、ちっぽけなものになったように思えてしまった。

 

「俺の感情は。元々、相反していたさ」

 

 その動揺と隙をつかれ、拘束を破壊される。すぐさまに口の中に爆弾を突っ込むが、脅しにもならないと噛み砕かれた。

 他の爆弾を起動し動きを止めようとするが、口の中から溢れ出てきた爆弾で相殺される。体内で神秘を物質化させやがった。

 

「この場所で、ベアトリーチェへの復讐を望んでいた。命を奪うことを望んでいた」

 

 幾重にも折り重ねられた恐怖が、大きな拳の形になって打ち付けられる。必然、アリウス校舎の外へと吹き飛ばされる。

 

『出力による負荷が限界を迎えました。一時的にバリアでのサポートが極めて強い制限を受けます』

「……了解」

『……戦闘を継続するのであれば、これ以上彼女の言葉に耳を傾けるべきではありません。爆発物の接近を検知、半径1.5mから離れてください。右斜め後ろを推奨します』

 

 吹き飛ばされた先は、アリウス自治区の居住域。サオリたちと出会った場所だった。

 

「一方この場所でサオリたちと生活し。姉を名乗り。そして日常を送ることに、幸福を感じていた。その生活が続けばいいとさえ望んでいた。手放したくないと望んでいた」

 

 銃弾による追撃。無数のそれを、髪の毛ロープで弾こうと試みる。

 元々、バリアと合わせてようやく防ぎ切ることができた攻撃だ。当然ながら、バリアが制限されている現状では完封できなかった。

 

「……その願望(甘さ)が、みんなを殺したんだ」

 

 体が回復しない。先生の力の限界が近づいている。元々、シロコと共に戦っていた時点で限界が近かったんだ。

 

「このコートが先生への憧れの証ィ?……はははっ……ああそうさ。その通りさ。だが所詮憧れは憧れ。それ以上の意味も意義もない、空虚にして無意味な願望だ!!」

 

 けれども。抵抗する気が起きないのは、そのせいだけではなかった気がした。

 

「俺たちは始まりから間違っていたんだよ……俺じゃ、先生のようにはなれない。憧れから偽りを続け、穏健派の皆を破滅へと導いた。その罪から逃れることなんてできない」

 

 その弾丸の一つ一つが、心の深い部分に突き刺さっていて。胸の奥が、ズキズキ痛むんだ。

 

「偽善と独善、その感情に相反する復讐心。それが(お前)と言う人間の全てだ。断じて幸福を望めるような人間性じゃない。その存在の端から端に至るまで破綻している」

 

 折角閉じかけていた傷口を、ハサミで無理やりに開かれたみたいに。

 

「何回だって言ってやるよ。お前は……俺たちは、幸せになっていい人間じゃない。残されているのは復讐と、まだ生きている者を守る権利。ただ、それだけだ」

 

 だって、それは。

 

「だから、俺は(お前)を赦さない。それを忘れてのうのうと生きようってんなら、早いとこ死んじまえ」

 

 ずっとずっと。他ならぬ俺自身が思っていたことだから。

 

「今すぐに!!俺の前から消え失せろ!!!」

 

 無数の弾丸が、俺の体に向かって発射される。避ける体力が残ってない。

 

 死にたくない。死ぬべきじゃない。俺だって幸せになっていいはずだ。先生がそう言ってくれた。先生は、生きてていいんだよって言ってくれた。

 サオリも、ミカも、みんながだ。なのにただ、体が動かない。

 

「アロナ、さん……バリアを……」

『承認。一時的にシッテムの箱の出力が大幅に低下します、ご承知おきください』

 

 まるであいつの言っていることが正しいんじゃないか、なんて気がしてきてしまう。

 そんなわけない。そんなわけがない。

 

「……」

 

 ……そんなわけ、ないよな。

 

 

 

 

 体が痛い。全身が、ズキズキする。私、何してたんだっけ。

 

「っ、ぅ……!」

 

 多分、気を失ってた……んだと、思う。とてもそんな状況だとは思えなかったから、こんな言い方をするしかない。

 あれでいきなり後ろから不意打ちをしてきたなら、いよいよ私は誰も信用できない。

 

「……信用」

 

 信じていいよ。赦されていいよ。助けを求めていいよ。幸せになっていいよ。

 あの子は……桐花スオウは、私にそう言ってくれた。

 

 いいのかな。私、いいのかな。幸せになっても、いいのかな。

 

「っ……いたい……」

 

 そう思うと、傷口がひどく痛む。今までは大丈夫だったはずなのに。

 

 ……ううん、違う。大丈夫なんかじゃなかった。ずっと。ホシノ先輩が死んだ時から、ずっと。

 

「……あ……これ……」

 

 ふと、マフラーに気づいた。私にとって一番大切なもの。誰にもあげたくない、宝物。

 この世界の私(あの子)が私に置いていってくれたんだ。目覚める私が、孤独を感じてしまわないように。

 

「ん……メモ……?」

 

 マフラーに付箋が貼られている。私が真っ先にマフラーに触れるとわかってたんだと思う。さすが私同士だ。

 

『ナラム・シンの玉座で黒いスオウを足止めしてる。目が覚めたら、できるだけ早くこの舟を地上に降ろして、助けを呼んで。ホシノ先輩のマフラーは、それが終わるまで貸してあげる』

「……」

 

 ナラム・シンの玉座。黒いスオウ。あの子が、いよいよこの場所を見つけちゃったんだ。

 

「……うん」

 

 私は……まだどうすればいいのか、わからない。そんな簡単に、自分を赦していいなんて思えない。

 けど、あそこまでして私を助けようとしてくれた二人が……命をかけて、私を守ろうとしてくれている。

 

「待ってて」

 

 役割も放り出して、全部諦めて、幸せになることを求めた。幸せになりたいと言う気持ちを肯定してくれる手を取った。

 だから、私は……せめてその行動に、報いなければならない。

 

「っ……!」

 

 歩くのが、辛い。立つと頭がフラフラする。やけに喉が渇いて水を飲んだら、全部吐いちゃった。

 

「絶対……私は……私は、今度こそ……!!」

 

 それでも、もう無力ではいたくない。

 

 動け、足。生きる気力を、振り絞って。

 

「……ホシノ先輩と……砂祭り……」

 

 そうだ。砂祭りをやりたい。もう無くなった文化だったって言ってたけど、アビドスがまた賑わえばできる。

 

「……私が、生徒会長で……ノノミが、副会長……」

 

 人が増えれば、また生徒会も復活する。アビドスでたくさんの仲間ができる。

 

「セリカと……バイトも、してみたい……!」

 

 私は賞金首を狙ってばっかりだから、あんまり一緒にバイトができてない。柴関ラーメンのまかないも食べてみたい。

 

「アヤネは……きっと、いい先輩に、なる……!」

 

 アヤネたちに後輩も作ってあげたい。私ももうすぐ三年生。アヤネたちを任せることができる後輩が欲しい。

 

「……先生に……たくさんっ、お礼……しないと……!」

 

 そうなったら。先生にも、お礼をしたい。ホシノ先輩がいなくならないでいてくれたのは、先生のおかげだから。

 

「せめて、この世界の私には……!!」

 

 苦しむために生まれてきたなんて、嘘だ。こんなにたくさんの幸せがあって。それに手が届かなかっただけ。

 私たちは、みんな。

 

「だから……!だから、今度こそ……!!」

「うへ、シロコちゃん?」

「───え」

 

 ふらついた体を、誰かに支えられた。もう、会えないと思ってた誰かに。

 

「おりょ、ボロボロだねぇ」

「……ホシノ……せんぱい……?」

「うん、おじさんだよー。久しぶりだね、シロコちゃん」

 

 そんな、あり得ない。だってここは、75000m上空。ホシノ先輩が来れるはずがない。また、いつもの幻覚───

 

「し、シロコ先輩!?大丈夫ですか!?」

「あらあら、なんだか私と同じくらい大きくなっちゃってますね〜」

『よかった、追いついた……!シロコ先輩、なんで逃げ出しちゃうんですか!』

「───うぁ」

 

 あったかい。感触がする。幻覚じゃない。夢でもない。ここにいる、ちゃんと。

 私の世界の、じゃない。この世界の。

 

「うぁああぁああああ……!」

「……シロコちゃん?」

 

 でも、耐えられない。

 

「ノノミぃ……!!せりかっ、あやね……!!ほしのせんぱいぃ……!!」

「……うへ。シロコちゃん、ちょっと見ない間にいっぱいおっきくなっちゃったね。いっぱい、大変だったんだねー」

「よしよし。それに甘えん坊です、どうしちゃったんでしょうか」

 

 どうして、みんながここにいるんだろう。他の人も来たのかな。そんな疑問も、棚上げするしかなかった。

 

 

 

 

 迫り来る弾丸。それらは着弾を覚悟して、グッと目を閉じて。

 

「させないよッ!!」

「……え」

 

 それらは見覚えのある神秘と拳圧で、容易く吹き飛ばされた。

 

「……っ……はははっ……遅いですよ、もう」

「そんなこと言わないでよ。友達からの()()()()だよ?すっ飛んできたんだから」

 

 ああ、そうだ。俺は幸せになっちゃいけないなんて、そんなわけない。

 だって、俺には。

 

「でも、助かりましたよ……ミカ!」

 

 助けてくれる妹が、先生が。友達が、いるんだから。




更新が遅れてすみません。
かなりどうしようもない事情で執筆するのが難しかったです……。
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