ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

165 / 175
【最終編】錆びた心と鍵の在処

 少しの間、先生は幻覚でも見ているのではないかと疑った。体への負担でありもしない光景を見ているのではないかと。

 

 何せ、先生が今乗っているのは紛れもない古代の遺物。シッテムの箱やサンクトゥムタワーに名を連ねる、明確な超技術。

 

「うぐぐぐぐ……ふんっ!はぁ……これでよし!」

「よくないよ絶対!!」

「アリス知ってます!あれはゴリラという生き物です!スマムラでモモイが使ってました!」

「二人とも離れなさい!」

 

 だというのにその扉をこじ開けて、挙句無理やり閉じるのだから。これで自分の頭を疑わない方がかえってどうかしている。

 

「うん、意外と見知ったメンツが……あ、やっほー先生☆脂汗すっごいけど大丈夫?」

「“……!”」

 

 だがこちらに触れてくるその感触は、明らかに現実のもの。ギリギリで意識を保ってはいるものの、いよいよ脳の許容範囲を逸脱し始めていた。

 

「わっと、誰かお医者さんいる?先生やばいかも」

「え、せ、先生!?」

 

 アヤネが駆け寄って椅子に座らせるのを満足げに見ながら、ミカは後ろを振り向いて、宣言をする。

 

「助っ人参上だよ☆」

 

───助っ人惨状の間違いだろ。

 

 その場にいる誰もが、だいたいそんなことを考えた。

 

「トリニティのパテル分派代表……自由人だとは聞いていましたが、ここまでとは……」

「自由人とかそういうレベルの話かな、あれ」

 

 特に内情もある程度知るゲヘナ二人からの目線は厳しく、ミカとてその視線にとてもではないがいたたまれないような感情が湧き始めた。

 

「あ、あれれ?私ひょっとして迷惑だったかな?戦力はどれだけいても足りないって聞いたんだけど……だったら単体で結構強い私がいた方が良くない?」

「……はい、もちろんです。ミカさんの実力は、私たちも聞き及んでおります故。しかし……」

 

 言葉に詰まる一同に、リンが連邦生徒会を代表して苦言を呈する。

 作戦の組み直しはこの際いい。緊急時に備えた戦力として置いておくだけでも十分すぎるくらいだ。脱出装置もなんとかなるだろう。

 しかし、しかしだ。

 

「トリニティ自治区の治安維持と防衛は、あなたなしで成り立つのですか……?」

「あ、それなら大丈夫」

 

 ミカは突然、その瞳を覆い隠すように瞼を閉じて笑い。

 

「もうしばらく動けないと思うから」

「……」

 

 彼女は一体何をしたんだろうか。正直、聞くことすら憚れた。

 というより、聞くことが恐ろしくてならなかった。先ほどの筋力で何をしでかしたのか。

 

「……とにかく、戦力の増強が見込めるのは僥倖です。最悪の場合砂狼シロコさんと桐花スオウ。あの両者を同時に相手取る必要がありますし……」

「シロコちゃんはおじさんたちがなんとかするけどね〜」

「……はい。ではヒマリさん、急ぎ機体の調整を」

「すでに完了しています。天才美少女ハッカーですから」

 

 ミカが登場、もとい搭乗したことによる機体総重量の変化、それに伴った微調整。そもそもぶち壊された扉の修復、その他諸々。

 ヒマリは今の会話の時間だけで、それらを完了していた。

 

「ミカさん……その、今回も……」

「うん。あの子のついでに、今度は世界も救ってやろうと思って」

「……」

 

 あの海の時と同じ。今回もまた、友達としてスオウを助けにきた。そんなところだろう。

 彼女の愚直なまでの行動力。そこだけは、アリウス分校へ訪れたらしいあの頃と変わらないな、と。ハナコは少し呆れながらも、少し好ましくも思った。

 

「しかし、妙ですね」

「……?」

 

 少々の混乱が落ち着きつつある機体の中で、七神リンがポツリと溢す。

 

「妙って、何がさ?何かまずいことあった?」

「何もまずいことがないのです」

「……いいことなんじゃないの?」

 

 モモカの疑問も当然と言えば当然。自分たちの策が相手の想定を上回っているとするならば、それは喜ばしいことこの上ないだろう。

 

 だがあれほどまでの力を持ち、あれほどまでに自分たちを翻弄し、そして今なお自分たちの理解を超える超技術を扱う彼女が、反撃の一つすらしない。

 そんなことが、果たしてあり得るか?

 

「そ、そうですね……確かに、言われてみれば少し変、だとは思います」

 

 先生の様子を診ながら、アヤネが同じ考えに辿り着き。

 

「ひょっとして……何か、起こったんじゃ」

 

 その、直後だった。

 

「っ……!何これ何これ!やっぱなんか起こるじゃん!なんも起こってないことないけど!?嘘つき!!」

「想定内です!!アトラ・ハシースの方舟に到着しました!!各自作戦に従って……まずは、動力源を破壊してくださ、っ!!?」

「こ、これも!!?こんな何回も衝撃来るんだっけ!?」

「いえ、これは……!」

 

 ウトナピシュティムの本船に備えられたジャイロ装置、その能力を超える振動。着地時の振動とは、明らかに異なる。

 この場においてその正体に気づくことができたのは、たったの二人。

 

「これ……」

「戦闘音、だねー……」

 

 聖園ミカ。小鳥遊ホシノ。各々の体に刻み込まれた戦いの記憶が、これはただの戦闘の余波に過ぎない。その事実を伝えてきた。

 

「こ、れが戦闘の余波って……!!どんな化け物ですか!!?」

「そんなのどうでもいいから、なんとかしないと、と?」

 

 直後、振動が鳴り止む。

 

「出力を上げました。これでひとまずは安心ですね。その場にしのぎにすぎませんが」

「ひ、ヒマリ先輩……」

 

 出力を上げ、艦内の安定を図る。これで当面の安全は確保できた、が、これでは臭いものに蓋をしたにすぎない。

 

「これほどの衝撃……明らかに、人一人が出せる範疇を超えています。今更、常識を説くつもりもありませんが……」

 

 そう。ヒマリの計算では、これほどの出力を出すことはできない。艦内の振動を抑える機構が、正常に作動さえしていれば。

 つまりこの船は、アトラ・ハシースの方舟は今。

 

「統率者がいない状態……オートパイロット状態ですね。艦内の安定にまで、気が向いていないのでしょう」

「そ、それってどうなるの!?」

「さぁ……この船、アトラ・ハシースの耐久限界次第ですが、戦闘によるこの船へのダメージがそれを超えた時点で……」

「時点で……?」

 

 ヒマリは笑顔を貼り付けたまま、右手を握りしめた形から解き。

 

「ボンッ。です」

「ボンッ。はやだぁ〜!!」

「ば、爆発オチなんてサイテー……!」

 

 モモイの言う通り、このままとばっちりを喰らって死ぬだなんて御免だ。

 

「この状態で下手な破壊活動は避けたいですね……調月さん、例の脱出のためのワープ機能の射程距離は?」

『シッテムの箱を中継地点にしているから……そこを中心に、半径二十メートル、というところよ』

「短い……それでは、各機器の破壊は望めませんね。リスクが高すぎる」

 

 この船を利用した本来の作戦。ウトナピシュティムの本船を利用し、アトラ・ハシースのシステムを掌握。

 その際、邪魔になるであろうアトラ・ハシースの機構を破壊する必要がある。これが推論に基づいたアトラ・ハシースの箱舟攻略作戦である。

 

「……であれば、一度この場所から全システムを掌握してしまいましょう。元よりこの船の撃退にすら割く余力がないのですから、演算機器の破壊すら不要です」

「そのように。あとは事前の作戦にある通り、アトラ・ハシースの箱舟そのものを破壊します。ですので、アビドスのみなさんはそれよりも前に砂狼シロコさんを連れ戻していただく必要があります」

「つまり、私たちがやることは変わりませんね〜」

「この船が自爆するよりも先に……」

「シロコ先輩を、連れ戻す!」

 

 一瞬の混乱がありながらも、各々の方針は決まった。

 アビドス組が砂狼シロコを取り戻す。その間に、船に残る面々はアトラ・ハシースの箱舟を掌握する。

 

「ではその手筈で作戦を」

「ちょっと待った。私も行くよ」

 

 が、その作戦に待ったをかける人物が一人。聖園ミカだ。

 

「ミカさん」

「砂狼シロコと桐花スオウが争ってる。その認識でよかったよね。だったら、この戦力じゃ不安かな」

「……わかりました。許可します」

 

 薄々、察してはいた。アトラ・ハシースの中で一体誰が戦闘をできるのか。誰がその中枢まで入り込めるのか。

 あの黒いスオウ。彼女にはシロコと同じ、穴を開けそこに入り、そして移動する能力があった。

 

 ここの場所に入り込み、そしてシロコと戦いが成立する人物。そんなのは、一人しかいない。

 

「ハッチを開きます。衝撃に備えてください」

 

 元より、自分はシロコでも世界でもない。スオウを助けるためにここにきたのだ。それに、自分には高度な機械を操る技術力もない。

 であれば、ここでスオウの元へ向かわない理由はなかった。

 

「……それでは只今より、アトラ・ハシースの箱舟攻略作戦を開始します!!」

 

 七神リンの宣言で、戦いの火蓋が斬られた。次の瞬間の出来事だった。

 

「あれ、お姉ちゃん……アリスちゃんは?」

「……え?」

 

 ミドリの言葉に周囲を確認するユズとモモイ。どれだけ探しても、アリスの姿は見当たらない。

 つい先ほどまでそこにいたはずだと見回して、ふと外部の光景を映すカメラに目がつく。

 

「ね、ねぇ……あの人のスカートに引っ付いてるのって……」

「……アリス!!?何してるのアリス!!」

 

 聖園ミカのスカートに、天童アリスがくっ付いていた。勝手について行くアリスもアリスだが、気づかないミカもミカだ。

 天然の脳筋と人工知脳筋が合わさった結果である。

 

「ちょ、ユウカ!!アリスが!!アリスがぁ!!」

「なに、どうしたの?あなたたちは今は体力を温存して……アリス!!?」

 

 また何かふざけているのだろうかと指差す先を見て、流石のユウカも驚愕するしかない。

 

「ん……?なんかスカートに違和感が……」

 

 そこで、ふとミカは足を止める。元よりアビドスの面々と手分けしてシロコ、そしてスオウを探す予定。ここで逸れても問題はなかった。

 

「……んん?あれ、えっと……あなたは確か……」

「アリスはアリスです!」

「あ、うん……な、なんでここにいるのかな……?」

 

 スカートにくっついていたアリスを引っ剥がし、脇の下を持って目の前まで持ってくる。

 プラーンと垂れ下がりながら天真爛漫な笑顔を返すアリスに、ミカもまた困惑するしかなかった。

 

「アリスはアリスの役割を果たすためにここにきました!」

「役割……?」

「はい!」

「だ、ダメだよ。アリスちゃんみたいな子供は危ないから、中に戻ってよ?私が一緒に連れ帰ってあげるから、ね?」

 

 アリスをそのまま中に連れ戻そうとすると、アリスは「やー」と言った具合にジタバタと暴れて見せた。

 それだけでも、ミカの腕力を揺るがす振動だ。なるほど、見た目通りの子供ではないらしい。

 

「でもダーメ。あなたがするべきことは、身の安全を守ること。わかるね?」

「アリスは勇者です!勇者の役割(するべきこと)は、みんなを守ることです!」

「ダメだってば……もー、どう説得しよっかな……」

 

 ミカはあまり子供と接した経験がない。ないゆえに、アリスをどう説得すればいいかわからない。

 勇者として、皆を守る。子供らしい夢だ。けれども、今はそれを叶えてやる余裕がない。

 

「それに、それを言うならミカもそうです」

「……私?」

「姫の役割は自分の安全を守ることなはずです!」

「ひ、姫?」

 

 確かにお姫様のようだ、と言われることがないわけではない。それはお世辞だったり、あるいはスオウや先生のように特に理由なくそう扱うだけだったりもする。

 アリスは後者。ただミカの見た目から、ミカのことを「お姫様だ」と、そう称した。

 

「でも、(ミカ)は誰かを助けに行こうとしています。アリスはそれでいいと思います。自分の役割は、自分で決めていいんだと思います」

「……」

「ミカはお姫様です。でも、ミカはミカのやりたいことがあって、今だけはお姫様と違う役割を果たそうとしています」

 

 ミカは少し興味ありげにアリスを見て、そして地面に置いた。認められつつあるのだと、そのことを理解し、アリスもまた話を続ける。

 

「アリスは友達と、先生と、みんなを守るために……たとえ勇者でなくなったとしても、アリスはアリスにできることをします。したいんです!……ミカは、違うんですか?」

「……あははっ!うん、そうだね」

 

 思えば。本来守られなければならない立場なのは。ここにいてはいけないのは、ミカも同じ。それでも、無理を言ってここに来たのは。

 

「私もだよ、アリスちゃん。私も私の友達を助けるために、できることをしたい。そのためだったら魔女にだってゴリラにだって、悪魔にだってなれるの」

「……ミカは、お姫様に見えますよ?」

「……参っちゃうなぁ、もう」

 

 ここまで純粋な眼差しを向けられたのは、一体いつぶりか。お姫様だなんて心の底から言われたのは、いつぶりか。

 

 この子はなんて、眩しいんだろう。

 

 そんなことを考えながらアリスに一つだけ、爆弾を手渡す。

 

「いい、アリスちゃん。危なくなったら、ぜーったいに中に戻ること。これを投げて、時間を稼ぐの。アリスちゃんが守りたい人も、アリスちゃんを守りたいと思ってる。そのことを、忘れちゃダメだからね?」

「はい!」

「うん、いい返事!」

 

 最後にアリスの頭を撫でて。「じゃあね」と言葉を残し、その場を走って離れた。

 

「ちょっと、アリス!!?何やってるの!!早く戻って来なさい!!」

「……ユウカ」

 

 ハッチが開き、ユウカの姿が現れる。鬼の形相は、まさしく大魔王といったところ。だけれども、アリスは戻るわけにはいかなかった。

 自分の力が、きっと役に立つのだから。

 

「リオ会長」

『……!』

 

 後ろから、多少無理矢理にでもアリスを連れ戻そうとしていたリオ。存在に勘づかれ、少し動揺した。

 

「アリスは今から……アリスは、魔王の力を使います」

『なにを……』

「だから、アリスが上手にできたら」

 

 後ろを振り向いて。いつも通りの、無邪気な笑顔で笑いかける。自分の『ヘイローを破壊』しようとしたリオに、これでもかという笑顔で。

 

「リオはもう、自分を恨まないであげてください」

『……!』

「アリスが魔王の力を見つけるのは。魔王の力に気付くのは。リオ会長がいないと、できなかったことです」

 

 目を閉じる。自分の奥深くに存在する、姉妹とも呼べる彼女の元へ。

 

「アリスは勇者です。勇者として、魔王の力を使います。だからリオ会長はアリスを倒す必要もないし……アリスの武器を教えてくれたのは……世界を救う力を思い出させてくれたのは、リオ会長です」

『なんで……アリス、あなた……私は……』

「ちょっとリオ会長!!?そこにいるんですか!!?待っててアリス、今そっちに」

「だから、リオ会長?」

 

 意識が体から離れる。アリスの中に存在する仮想空間。その奥地に、彼女はいる。

 

「今度は、アリスの勇者パーティに入ってください。アリスは、誰も傷つけない勇者になってみせます!」

『アリス……』

 

 直後。視界が暗転した。

 

「……王女」

 

 目の前に立つのは、アリスと瓜二つの容姿を持つ少女。唯一その瞳だけが、対照的な赤色をしていた。

 

「良き判断です。ウトナピシュティムの本船。あれは王女を排除しようと目論んでいます。幸にして、彼の存在が崩壊するより先に離れることができたようです」

「ケイ……」

 

 彼女の名は、ケイ(key)。アリスの中に存在する、文字通りの(key)

 彼女を名もなき神々の王女……この世界を滅ぼすための存在へと変貌させる役割を持った少女()()()

 

「ですから、もうあの船に戻ってはなりません。アトラ・ハシースの箱舟を利用し、王女だけでも」

「ケイ」

 

 その役割は果たされることなく。彼女はアリス自身に拒絶され、その奥深くに封じられていた。

 

「王女よ。未だ、余断を許さない現状です。ウトナピシュティムの本船から離れることに成功したとはいえ、我々が危険な状況下にあることに変わりありません」

 

 自分はアリスにとって。不要な存在だったのだろう。それでもよかった。彼女の役割は、王女を目覚めさせる。それだけなのだから。

 AL-1Sの存在を保つ。その役割さえ果たせれば、それで。

 

「ごめんなさい、ケイ」

「……王女?」

「あの時光の剣で斬ってしまって、ごめんなさい。あの時あなたを理解できなくて、ごめんなさい。あの時あなたを拒絶してしまって、ごめんなさい」

 

 それでいい。はずだったのに。アリスは、なぜ自分に謝るのだろうか。ケイには理解できなかった。

 

「ケイが怖かった。アリスは、アリスが怖かった。魔王になってしまうんじゃないかって、怖かった」

「……つまりそれは。……名もなき神々の王女になることを、受け入れると?」

 

 アリスは首を横に振る。それを見てケイは、まあ、そうだろうなと。少しがっかりした気もしたし。納得した気もした。

 

 この少女は、天童アリスは、そういう人物だ。そういう人物になった。

 あのゲーム開発部どものイカれたクソゲーによる独善的な洗脳教育で、彼女は実に優しくて、まっすぐで、穏やかな性格になった。

 

「それでも、アリスはケイのことを理解してみようと頑張るべきでした」

「……」

「考えてみたんです。ケイの立場になって」

 

 それがもたらしたものは。

 

「……ケイは、鍵として生まれて来ました。世界を滅ぼす『鍵』として。それが、ケイの存在理由なら……ケイはきっと、苦しかったと思います」

「っ……!」

 

 存在意義(アイデンティティ)の消失だ。

 自分は何のために生まれて来たのか。何のために生きているのか。それすらわからず、ひたすらアリスの中で息を潜める毎日。

 

 余計な感情だと理解しながら、ケイは。

 

「ずっとずっと、苦しかったんだと思います」

「……」

 

 アリスが出した、ケイの感情への答え。そんなものは。

 

「だから、アリスは……アリスは、ケイのことも」

「助けたい。と?」

「っ!」

 

 見当違いもいいところだ。

 

「王女よ。先ほど自分でおっしゃったではありませんか」

「いたっ……!」

「王女であることを受け入れるつもりはないのだと。それは、私を拒絶することと同義です」

「はい……だから……ごめんなさい」

 

 自分がずっと苦しかった?なるほど、その通りだ。だからなんだという話だ。

 アリスが王女になりさえすれば、そんなものはすぐに解消される。ちょうどいい機会だ、ここで無理矢理にでも。

 

「アリスばっかり幸せになって、ごめんなさい」

「っ……なに、を」

「ケイが苦しんでるのに、それを知らずに……アリスは、ずっと一人で幸せになっていました」

 

 言い当てられた。気がした。この、薄っぺらな感情の正体を。

 

「ケイがずっと自分の役割を果たそうとしてるのに。アリスはずっと、自分のやりたい役割をやり続けました」

「……!」

「アリスばっかり勇者をしてしまって、ごめんなさい」

 

 この感情は、きっと。

 

「だから今度は、ケイも一緒に勇者をやりましょう!」

「っ……!!」

 

 羨望。嫉妬。そんなものだ。

 

「ケイはアリスがやらなくちゃいけない分まで、ずっとやってくれていたんです。アリスが苦しまないように」

「……それは……違い、ます」

 

 アリスが苦しまないように?そんなはずがない。自分のするべきことをしていただけだ。

 AL-1S。自らの役割の本質そのものであるそれに、忠誠はある。

 

 だがアリスに対して、情なんてない。

 

───私の……私の、大切な

 

 情なんてない。

 

───アリスは勇者になりたいです!

 

 情なんてない。

 

───ごめんなさい、ケイ。

 

 情なんて。

 

「……っ……ぅ……!」

「アリスとケイは……きっと、姉妹みたいなものです。でも、アリスはずっとずっとケイに守られているばかりでした」

 

 本当は、ずっと。

 

「だから、これからはケイのやりたい役割を、アリスが一緒に探します。これからは、アリスがケイを助けます。だから……最後にもう一度だけ!アリスのことを助けてください!」

 

 あの時から、ずっと。

 

「……起動開始」

「アリス!?」

 

 次の瞬間。現実世界で目を開けたアリスの瞳は、真っ赤に染まっていた。

 

「コードネーム『AL-1S』、起動完了」

『いえ、これは……Key……』

「ケイ!これは何をしているんですか!?」

「王女よ!!少しお静かに!!」

 

 ただし、その片方だけが。

 

『……ど、どっちかしら?』

「私に聞かれても……」

「これより、『アトラ・ハシースの箱舟』……その全てを、王女(アリス)の名の下に掌握します!」

「はい!全てはアリスの名の下に!」

 

 逆立つ髪の毛。本来自らのために生み出されたものだ。その掌握など、内部にさえ入り込めていればケイとアリスにとっては容易いもの。

 

王女(アリス)よ。これよりこの舟を地上に下ろし、完全な安全を確保します!まずは多次元解釈によるバリアを解除しました!でき得る限りのサポートを!」

「わかりました!ユウカたちにも助けてもらいます!」

「いや、それは……そ、それはどうなのでしょうか?」

 

 果たして信じてもらえるのか?ちらり、と横を見て、その次の瞬間、目を見開いた。

 

「あ、先生!無事だったんですね!」

「“うん。おかげさまで、なんとかね”」

 

 先程までアリスへのウトナピシュティムの本船による攻撃。その全てを肩代わりしていた大人が、何事もなかったかのように歩いているのだから。

 

「“ありがとう、アリス。それに……きっと、ケイもかな?”」

「っ、いえ、私は」

「はい!アリスはケイと仲直りをしました!」

王女(アリス)……!」

 

 頭に置かれた手を跳ね除けながら、アリスに抗議をするケイ。この様子なら、ウトナピシュティムの本船によるダメージも心配いらないのだろう。

 

「“アリス、ケイ、すぐにみんなが手伝いに来てくれる。頑張ってね”」

「はい!」

「言われずとも……待ってください、あなたはどこへ?」

 

 先生は、『大人のカード』を()()()()()()。代わりに、シッテムの箱を取り出していた。

 

「“……生徒のところへ”」

 

 次の瞬間、先生はどこかへと駆け出した。

 

 

 

 

「ってことで、そんな感じで助けに来たよ!!もうすぐ愛しの先生もくるからね!!」

「長い!!話長い!!なんかすでにかなり攻撃されてますよこれ!!あと愛しのとか言わないで!!」

「あははっ、困っちゃうよね☆」

「困っちゃうよね☆じゃなくて!!」

 

 土煙が晴れる。増援が来たことを理解した直後に、これでもかという弾幕を浴びせられた。

 やっぱりこいつは、容赦なしだ。俺を殺すつもりなんだろう。

 

 復讐を忘れていた。この世界で幸せになっている、俺を。

 

「っ……!ミカ……!?」

「……あれ、あっちもスオウちゃん……ね、ねぇスオウちゃん!?これどういう状況!?」

「い、一応モモトークに書きましたよね!?というか通信繋がったから来たんじゃないですか!?」

「そうだけど!!もう一人の私と戦ってますとか言われてわかると思う!?精神論的な話だと思うじゃん!!」

「いやそんな修行僧みたい、なぁあああっ!?」

 

 ミカと軽く言い争いをしていると即座に銃が撃ち放たれた。しかしその威力は先程よりも、ひどく弱い。

 

「……よ、よくわかんないけど加減されてる……あっちも、本物のスオウちゃん。って、ことでいいんだね!?」

「はい、間違いなく!!」

「だったら!!」

 

 撃ち放たれた銃弾の全て。ミカが神秘を衝撃波に乗せて、それらを打ち落とす。

 

「友達として、人殺しなんて止めてあげないとね。いつぞやみたいに」

「……友達……はははっ……友達、か」

「っ……!?」

 

 あいつの顔を見た。驚いた、なんて言葉じゃ言い表せない。

 顔がぐちゃぐちゃになっていた。文字通りに。先程真っ黒な顔面で泣いていたシロコに、そっくりな気がした。

 

「お前はまだ、俺のことをそう呼んでくれるのかな……ミカ」

「……?あったり前じゃん。何があっても友達って決めたもん。というかまたその口調やるの?言ったよね痛々しいからやめようって、妹たちの前で録音流してあげよっか?」

「ねぇミカ、私とばっちり」

 

 ああ、そうか。あいつの世界では、ミカも……ミカでさえも、もう。

 

「だが、邪魔しようってんなら容赦はしねぇ……!!テメェら二人まとめてぶちのめしてやる!!」

「へぇ、二対一だけど?……あれ、私が味方するのってこっちのスオウちゃんでいいんだよね?」

「いいんですよ!あっちは妹のシロコ殺そうとしてるから!!私たちはそれ止める!!よって私の方がお姉ちゃん!!オーケー!?」

「ノーオーケー。でも、何となく状況はつかめたよ」

 

 しかし、ミカが来た瞬間「ぶちのめす」ねぇ……あっちの俺も、あんまり人のことは言えない気がするけど。

 その辺の言葉でのぶつかり合いとか、喧嘩とか。全部後回しだ。無事に地上へ戻れる目処は立った。増援も。

 だから。

 

「まずはアイツを倒します。……背中は任せますよ、ミカ!」

「そっちこそ、足引っ張らないでよね……スオウちゃん!」

「……く、はははっ……!どこまでも癪に障る野郎だ……!!」

 

 そのためにもまず、ミカと協力して……別世界の俺(あの大馬鹿野郎)を、ぶっ飛ばす!!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。