何気ない仕草だった。例えば朝目覚めた人間が、目を擦るように。
そうあることが、さも自然である、と。勘違いさせられる動きだった。
「っ……!?」
ほんのわずか。手を振り、動かす。それだけの動作で、全身を叩かれるような感触が貫いた。
「かっ、あ……?」
「スオ……ちゃ……っ……!!」
ミカの声が、遠ざかる。背中が痛い。景色が後ろへ移ろっていく。
吹き飛ばされたのだ、と。そう理解するのに、ずいぶん時間がかかったように思う。けれど、気づいたらそのあとは早かった。
「ぐ……!!」
ミカの話によれば、ここは上空75000メートル。このままだとこの船、アトラ・ハシースの箱舟の外側まで吹っ飛ばされる。
そしたらどうなる?地面に叩きつけられたら当然死ぬ、いやそれ以前に意識を失う。どうでもいい、なんにせよ死ぬことは避けられない。
「お、おぉっ……!!」
髪の毛ロープを伸ばした。ミカの手が、その端を掠めた。
「っ……!!」
その表情は、どんなものだったろうか。それを見るよりも先に、さらに遠く、遠くまで飛ばされて。
痛烈な死のビジョン。自分の死に様が、どんどんリアリティのあるものになっていく。
「く、そ……!!」
爆弾でブレーキを。そう思って手榴弾を取り出そうとしても、そこに本来あるはずの髪製の入れ物はない。
同じ自分ながら、抜かりない奴め。そんなことを考えて、直後。
「さ、むっ……!?」
寒い。じゃ、済まないんだろう。零度はゆうに下回っている。果たしてマイナス何十度だろうか。
酸素が薄い。咄嗟に口を塞いで、失神を防ぐ。息を吸っちゃダメだ。
「っ……!!」
浮遊感が、気持ち悪い。こんなに長時間落下するのは初めてだ。もう何メートル落ちた?
頭がぼーっとする。景色が、やけに綺麗だ。体が端々から凍っている。
「……!」
死ぬ。こんなに、あっけなく。
「ぐっ……!」
足りない酸素を必死に頭に送る。視界の一部が黒くなる。
どうでもいいから、上に戻る手段を探せ。上に。上に、上に……まだ、死ぬわけには……。
「……」
ダメだ。何も、できない。どうにもならない。
死にたく、ない。
「……!!……!」
……なんだ……なんだろう、あの……白い……鳥……?
お迎えか……?
「……ぃ!……ぉ……う!」
あれ、なんか……聞き覚えのある、声なような……?
◇
柏有マユミ、及び阪抱シオ。二人がバリアの解析を始めてから、数時間。
「……お、おぉおぉおおおおおおっ……!よっ……!しゃー!!ついに!!ついに成し遂げたわよ!!」
「おお!マユミ、ついにやったんだな!」
「ええ!この通り!」
そう言って、マユミはPCの画面をサユリに見せつけ。
「明星ヒマリを通信から排除するシステム!ハブリングの完成よ!」
サユリはマユミを殴った。
「っつー……!じょ、冗談じゃないの!」
「マユミお前、お前はバカ。お前ほんとクソバカ。空気読めよバカ」
「バカバカバカバカ言い過ぎよ!!ほら!!ちゃんとバリアを破壊したったら!!」
「最初っからそう言いなよぉ……」
満身創痍でツッコミを入れるアシリを他所に、バリアはボロボロと音を立てて崩れていく。
中のシオも、同時にバリアの破壊に成功したようだった。
「やるじゃないかシオ。小隊長にご褒美のパンツをもらいに行く時は私も一緒に頭を下げてあげよう、小隊長が許可するとは思えないけどね」
「私のなら……あげるよ……?」
「フィリ、そういうことじゃないんじゃないかなー……」
キヴォトスに未曾有の事態が発生し、早半日近く。
それだけの長い時間、真っ暗な空間で監禁されていたにも関わらず、彼女たちは比較的冷静さを保っていた。
これも、ある意味ではアリウス分校の教育の成果なのだろう、と、マユミたちはやるせない感情を抱く。
「世話をかけたな、マユミ」
「っと、錠前サオリ……なーに言ってんの。こっからはアンタたちが頑張るのよ……操作は大丈夫でしょうね?」
「問題ないよ。ヒヨリはまだ不安みたいだけど」
その言葉に、ふとミサキの後ろに目線を向けるマユミ。
その奥ではヒヨリが喰らいつくように本に目を通していた。アツコに背中を摩られながら。ときどき「やっぱり無理です」などと聞こえてくるのを、マユミは聞かなかったことにした。
「そ、完璧みたいね。そこな白洲アズサ」
「……うん」
「『これ』はアンタに託すわ」
マユミが差し出したものを受け取り、アズサはそれを懐にしまい込む。
「いいこと?それの機能の一部は、本来アンタに向けて作られたモノじゃない。使うなとは言わないわ。けれど、相応に負担がかかる。そのことだけは覚えておきなさい」
「わかってる。アシリを見てきてるから」
「……そういえば、それもそうね」
「あ、アズサちゃーん……マユミちゃーん……?私、ダメな例として出されてる……?」
「……?うん」
「何を当たり前のことを」という顔をするアズサを見て、アシリは泣いた。出会った頃からの涙腺の弱さは未だ健在である。
「さてと、それじゃあそろそろ準備なさい」
「ほら、ヒヨリ。もう行かないと」
「ちょ、ちょっと待ってください……!最後にもう一度だけ……!まだ不安なページが……!!」
「往生際が悪い。早く来る」
「う、うぅうう……!」
アツコの説得にイヤイヤと振られるヒヨリの首を、ミサキが掴んで引っ張っていった。それに追従する形で、アツコも。
「や、やっぱり無理ですよこんなの……!こんな大きい鉄の塊が空を飛ぶわけありません……!!」
「巡航ミサイルだってそうだったでしょ」
「そ、そうですけど……!これはミサイルと違って、飛ぶためのフォルムをしてないです……!」
そう言ってヒヨリが指差す先にあるのは、三体の人型ロボット。なるほど、確かに飛ぶための形をしているとは言い難い。
「……言われてみれば、考えたこともなかった。マユミ。これって、どうやって飛んでるの?」
「科学よ」
「だって。よかったね、ヒヨリ」
「ど、どこがですかぁ!?」
一抹の不安を残しながらも、ヒヨリは青い機体に。ミサキは黄色の機体に。アツコは白い機体に。それぞれ、乗り込み。
「……あれはもう、使えないのか?」
「無理ね。完全に壊れちゃったから、作り直しよ」
サオリが指差すのは、赤いスーパーキヴォトスロボ。本来サユリが扱うはずのそれは、別世界のスオウにより破壊し尽くされ、もはやその原型すらわかりはしない。
マユミからすれば、我が子を失うに近しい喪失感だ。それでも今だけはその感情を堪えて、無視をする。
「残り二つが無事だったのは不幸中の幸いね……白いやつは、元々強化パーツにしようとしてたの。他の部位として代用できるように作ってたのは、本当に偶然よ」
変身合体。普段と違い、青と黄、そして白。どこか気品さえも感じられるような配色になったそれが、一つの巨大なロボにまとまっていく。
スーパーキヴォトスロボ、アナザーフォーム。マユミは心の中で、そっとそう名付けた。
『ほ、本当に動かせます……!それも、こんな思い通りに……!』
『スムーズに動かすのは、ちょっと練習が必要そうだけど……』
『今はとにかく、スオウの元に辿り着けば良い。そうだよね、サッちゃん?』
新たな姿を得た、スーパーキヴォトスロボ。それがそっと手を差し出し、サオリとアズサはその上に乗る。
「……」
後ろを振り向けば、他のアリウス分校生たちが不安そうに見守っていた。
あの時のように、スオウがまた無茶をしているのではないか。あるいは……話に聞くように。スオウが、正気を失ってしまったのではないか。
「必ず、スオウを連れて戻ってくる。皆は、皆のするべきことを……そして帰ってきたあのバカを殴る準備を、しておいてくれ」
激励と、空気を軽くするためのジョーク。当然、その程度で恐怖が消えるわけでもない。それでも、信じて待つしかない。
「……はい。小隊長のことは……よろしく、お願いします」
そんな感情を残したまま、アリウススクワッドの出発を見送ろうとして。
「っ、ん……?」
ピロン、と。全員のスマホに、通知が届く。
「これは……」
目につくのは、アリウス分校のグループモモトーク。普段は連絡事項等の共有に役立っている、それだ。
そこに、スオウのアイコンが表示されて。
『みんな、大丈夫ですか!?』
『通信は繋がりませんが、私は無事です!まずは自分の安全を第一に!』
『私と同じ顔をしているやつをみたら、真っ先に逃げてください!そいつは敵です!』
文面から察するに、どこか通信のつかない場所にいて、今それが送信された、というところだろう。
いつも通り、真っ先に自分たちを心配する……姉らしい内容。だけれど、最後の一つだけはいつもと違っていて。
『ちなみにこっちは超ピンチです(。> <。)余裕があったら助けてください!多分アビドスの地下にいます!』
「っ……」
同じ顔をしているやつ。サオリとマユミたちが見た彼女が、本来のスオウではない可能性。そんなことは、どうでも良かった。
彼女たちにとって重要なのは、ただ一つ。
「ははっ……」
ただの一度だって。自分たちに助けを求めたことがなかった彼女が。弱みを見せようとしなかった彼女が。
今、こうして。なんの誤魔化しか、普段は使わない顔文字などを使って。余裕があればだなんて前置きをして。それでもなお。
「……皆……
意地っ張りでひとりよがりな姉が、初めて「助けてほしい」と。自分から、そう口にしてくれた。
彼女がもう、以前までの彼女でないのだと。たったそれだけのことで、先ほどまでの不安などどこへやら。
『スオウが顔文字使ってるの、初めて見た』
『……ちょ、ちょっとおじさんっぽいですね……』
『しっ、やめなよ。アイツ、たまにそういうの気にするんだから』
「……ああ。確かに、見た」
今彼女たちの胸中を満たしているのは、たった一つ。
「絶対に、スオウを助けに行こう」
それだけが、彼女たちのするべきことなのだと。そう理解できた。
「……なるほど。そういうことだったワケね」
マユミにもその全容が届いたのだろう。あるいは、より詳しい情報を先生から得ているのだろうか。
いずれにせよ、マユミはどこか納得したように後ろを振り向いて。
「ほらご覧なさいアシリ!!私は忘れてたわけじゃない!!あれが私を知らない頃のスオウさんだったってだけよ!!二度と図に乗らないでちょうだい!!」
「乗ってないよ図に!!言いがかりだよっ!!」
「真っ先に言うのそれかよ負けず嫌いが!!」
そんな冗談を、いや、マユミとしてはあまり冗談ではなかっただろうが、とにかく会話はさておいて。
マユミを介し、アリウス分校の全員が知ることとなる。
マユミたちを襲ったあのスオウが、別世界の人間であるということ。スオウは今、アトラ・ハシースの箱舟で戦っていること。別世界のシロコを妹にしたこと。その全てを。
「……何やってンだ、あのバカ小隊長は」
「あ、新しい妹……!?お姉ちゃん、浮気性なんだから……でも、最後に戻ってきてくれれば私はそれで……や、やっぱり嫌……!!」
「お、お姉ちゃん力がまた上がってる……!私も負けてられないよ……!」
「みんなそこなの!?もっと驚くべき場所他にあったよね!?」
妹関係にしか目が行かない一部の生徒に対し、ヨセのごもっともな指摘が入れられることとなった。
そんな話をしているうちに、アトラ・ハシースの箱舟へと向かう準備は完了。サオリとアズサも、頭部……アツコが操作する、機体の白い部分に乗り込む。
「いいことスクワッド!!作戦変更!!あなたたちの目的は」
『たった今より私たちの目的はスオウへの加勢!そして、別世界のスオウの撃破だ!全員必ず、無事で帰るぞ!』
「……そ、それよ!!」
少々思うところはありつつも、全員の目的は一致した。
「良い!?スーパーキヴォトスロボで上空75000メートルへ向かうのは本当にギリギリ……いや、破損部位の関係上、行けない可能性の方が高いわ!今は天童アリスが徐々に高度を下げているらしいけど、それもアテにできるかわからない……絶対、無駄な動きは避けること!そして、危なくなったら絶対に帰ってくる!良いわね!?」
『わかってる。緊急時は脱出ポッドで避難。その時、必ず防護服を着る……だよね』
「その通りよ!落下地点はこっちで近海に落ちるように調整する!パラシュートも開くわ!安心して落ちてきなさい!」
機体内に響き渡る、独特の駆動音。その背に積み込まれたロケットエンジンの噴出口が、徐々に白くなり甲高い音を掻き鳴らし始める。
「それじゃあ、行ってきなさい!!合言葉は覚えてるわね!?せーのでいくわよ!!」
そしていよいよ、その足が地面から離れて行き。
「せーの、スーパーキヴォトスロボはっし、言いなさいよぉ!!……ったく、もう!!」
遥か空高く。アトラ・ハシースの箱舟へと飛び立った。
「頑張るのよっ!!」
マユミの叡智と努力、血と汗と涙、隠し味に予算を添えた結晶といえど、その性能はオーパーツであるウトナピシュティムの本船には遠く及ばない。
時間をかけながらいくつもの不要になった部品をパージし、ただひたすらに上を目指していく。
「アツコ、何か私たちにできることはあるか?」
「大丈夫。サッちゃんたちは、いつでも外に脱出だけはできるようにしておいて」
「……そ、そうか。わかった」
わかった、と言いながら、サオリはソワソワしていた。アツコに何かを任せた状態で、自分が指を咥えているのが落ち着かないのだろう。
「サオリ、大丈夫。アツコはもう一人前だ」
「そ、そうかもしれないが……」
「……」
普段スオウにあれこれ言っている割に、こういうところは似ている。少し過保護で、心配性なところは。
特に揶揄うなどの発想は出てこないながら、アズサはぼんやりとそんなことを考えていたのだが。
『っ……!左腕部に損傷!ヒヨリ!?』
『だ、大丈夫です!でも……な、謎の飛来物にぶつかりました……!』
「……一筋縄ではいかないか」
『多分、天童アリスがアトラ・ハシースの箱舟の高度を下げている影響ね』
マユミに渡された小型ロボが、アツコのフードから這い出てそんなことを宣う。
『戦闘の余波で、アトラ・ハシースの箱舟は徐々に損耗しているわ。少し迂回して落下物を避けなさい』
「了解。二人とも、できる?」
『善処はする』
『わ、私もです……!』
燃料の量自体は問題ない。左腕部へのダメージは気になるが、他ならぬヒヨリが問題ないと言っているのだ。
ヒヨリはこういった場面で嘘はつかない。むしろ積極的に如何に痛いかを伝えてくるタイプなので、傷を我慢しているかも、などの心配はいらなかった。
『そろそろ酸素濃度が危険区域ね。マスクをつけなさい』
取り出すのは、マユミ謹製酸素マスク。ボンベは別売。毎月配送のサブスクリプションを絶賛宣伝中。
ともあれ、これさえあれば酸素濃度については心配がいらない。気温についても、キヴォトスロボ内であれば一定に保たれている。
つまり総合的に評価して、空の旅は順調の一言に尽きる。
『っ……!』
しかしそれも、想定外が起こらなければ。という話。
「操作が、効かない……?」
『……接続部付近にエラーが発生しているわね。それも……基盤そのものに、なにか……』
いかに似非の科学に見えるとて、スーパーキヴォトスロボは純粋な機械。故に、起こり得るエラーなどたかが知れている。
『っ……今すぐに脱出の準備をしなさい』
「……マユミ?」
『ショートよ……!さっきので内部破損が発生したの……!?それとも、まさか修理してる時に髪の毛でも……!いや、どうでもいい……!とにかく!!今そのロボはいつ発火……転じて、爆発してもおかしくない状況よ!!』
「なっ……!」
今回の場合、それは回路への塵の侵入。スーパーキヴォトスロボという精密機械は、たったそれだけで危険な状況に陥る。
普段であれば、十分な装甲。厳密に隔離された空間。そして、予備回路の起動。それらによって、そのような事態は回避されている。
しかし今回は、スオウとの戦いで完膚なきまでに叩きのめされた機体。時間がない状況での修理を余儀なくされ、加えて一部装甲をパージした状態での飛来物との激突。原因など、挙げるほどキリがない。
『まずは自分の命を最優先!全員脱出!!』
だから今は、原因の究明は後回し。たとえここでスオウに辿り着けなかったとしても、上には先生がいる。
スーパーキヴォトスロボという機械の危険性をわかっているからこその、マユミの警告。
『あ、あの……!』
それを打ち破ったのは、サオリでも、アズサでも。ましてはミサキでも、アツコでもなく。
『私のパーツを切り離せば、まだ上は目指せませんか……?』
ヒヨリだった。
『は……?何言って』
『え、エラーが発生してるのは私のパーツです……!だから、ここでキヴォトスロボの合体を解除して……!残った燃料で、できるだけ上に運んだ後そのまま墜落させれば……うまく、できたり……す、すみません、素人意見です……!!やっぱりなんでもないです……!』
『……いえ、できるわ。理論上は可能よ』
そう、可能だ。一時的に主要パーツだけを接続した状態にし、合体による出力の向上を保つ。
そして燃料が切れる。あるいは、それより先に発火した時点でパーツを切り離し、アトラ・ハシースの箱舟を目指す。理論上は、今よりも可能性があると言える。
だが、しかし。
『……でも、槌永ヒヨリ。わかってるのかしら?それで一番危険なのは……』
『……はい……私、です……』
この状況の原因がヒヨリのパーツだというのなら、仮に合体を解除してもその危険性は変わらない。唯一、ヒヨリにおいてのみ。
キヴォトスロボは搭乗部自体が脱出ポッドとなる機能がある。だが、これは奥の手。体にかかる負担を鑑みて、危険極まりない代物だ。
『良いの?』
『よ、よくないです!!』
『即答ね……』
『よくないですけど……!』
元々、想像力豊かなヒヨリだ。嫌な想定など、いくらでもすることができた。
もし爆発したら?脱出ポッドがうまく使えなかったら?いきなり外に放り出されたら?
『っ……!で、でも……』
それらの恐怖を、全て押し殺して。
『……す、スオウさんが……心配ですから……!!へ、へへ……!』
彼女らしく、卑屈な笑顔で宣言して見せた。
『……そう……いいのね、それで?』
『いや、全然よくないけど』
が、それに異を唱えるものが一人。ミサキだ。
『え』
『ヒヨリ、スオウから悪い影響受けすぎ。危ないのがわかっててやるって、それ別になんの言い訳にもならないから』
『……う、うぅ……!?』
スオウからの悪い影響。酷い暴言である。言われた人間の多くが心外だと思うのではないだろうか。
しかし、ミサキの本意はそこにない。彼女が言いたいことは、ただ一つ。
『私も一緒にやる。何かあったら私がヒヨリを助けに行けばいい。そうでしょ?』
『っ……!は、はい……!』
何かあったら助けにいくからね。それだけである。
『……それじゃあ、早速変身合体を解除するわよ!良いこと!?合体を解除する時のセリフは』
「ミサキ、ヒヨリ……!頼んだぞ!」
『聞けぇ!!?』
そうして、宣言通り合体が解除されるキヴォトスロボ。ヒヨリとミサキの機体に押され、その高度は上昇の一途を辿り。
「……見えた」
「あれが……あそこに、スオウがいるんだな?」
『ええ、そうよ!』
ようやく、アトラ・ハシースの箱舟を視界に捉える。
『わ、わわ……!?う、動きません……!』
そこで、ヒヨリの機体は限界が来た。
『落ち着いて、私が下から支える。先に脱出して』
『は、はい!』
ヒヨリは防護服を着たのち、脱出ポッドへと入り込み。
『み、みなさん……あとはお願いします……!先に下で待っています……!』
そのままマユミの誘導を受けて、下へと落下していった。
『……うん、問題ナシね。安心して頂戴、ヒヨリは無事に落下するわ』
「そうか……何よりだ」
これであとは、視界に映るあの黒い舟。アトラ・ハシースの箱舟にたどり着くだけ。そう思った、直後だった。
「……ねぇ、サッちゃん。あれ、なんだと思う?」
「ん……?」
舟の窓を突き破って、何かが落ちた。白い、見覚えのある何かだった。
『あのボロボロな感じ……』
「……スオウ?」
「……スオウ!?何をやっているんだスオウ!!」
桐花スオウが、アトラ・ハシースの箱舟から落下する。まさしく、その瞬間である。
「なっ……!!なにが」
「いや、いい!見るたびおかしなことになっているのはいつものことだ!」
『確かに……』
そう、スオウが想定外の動きをするのはそう珍しいことではない。
今重要なのは、遥か高い空から落下している彼女をいかにして救出するかということ。
「意識は……」
『ないでしょうね。人は酸素が六パー未満の空気を吸ったら失神するわ。あそこから落ちるのに、相当時間がかかっているはずよ。それに……』
上空七十五キロメートル。今は果たしてどの程度まで下がっているかわからないが、中間圏であることは確か。オゾン層の外側だ。
マイナス百度近い温度に、極めて低い大気圧。
『スオウさんのことだし、即死は免れているでしょうけど……一分、一秒を争うわ。今この瞬間、死んでしまってもおかしくない』
「っ……!」
想像以上に危険な状態。全員が、息を呑む音が聞こえた。
「ここからスオウに追いつける?」
『できる。上に行くことはできなくなるでしょうけどね。……でも、それまでスオウさんが持つかどうか……!』
「……!兎にも角にも、今は……!」
できる限りを尽くすしか。そう、サオリが伝えようとしたところで。
『待った。今すぐ追いつく方法がある』
ミサキがその言葉を遮る。
「ほ、本当か!?それは、一体……」
『自爆させる。このロボを』
『……え』
最初に困惑の声を漏らしたのは、マユミだった。
『ちょ、ちょっと待ってちょうだい?なんでその機能知ってるの?というか、自爆させたところで』
『マニュアルに書いてあったよ。私のロボを自爆させたら、爆風で一気に進むでしょ。いつもあいつがやってるのと同じ』
『っ……!?』
───こいつ、精密機械をなんだと思ってるの?
抗議の声を胸のうちに秘めながら、ひとまずは納得。なるほど、確かにスーパーキヴォトスロボの自爆ならそれが可能だ。
もっとも、シールドを張ってもその装甲のほとんどが破壊されてしまうだろうが。
『ただし、まだそれだけじゃ無理よ。今スオウさんは落下中。つまり、飛行を完全にやめて落下しながら回収。徐々に落下速度を下げて、停止する必要があるのだけど……』
スーパーキヴォトスロボはその出力故、精密動作に向かない。仮にスオウを回収できたとして、そのまま空を飛べばダメージは免れない。
ロケットの外部に括り付けて吹き飛ばすようなものである。
「任せて。それは私がやる」
『……白洲アズサ……
「ああ……多分、セイアは……このために、私にこれを持たせたんだと思う」
『……そう。じゃあ、行くわよ。戒野ミサキは脱出の準備をしなさい!』
『了解』
方針は決まった。ミサキの機体がオートパイロットで徐々にスオウの元に向かわせ、その後自爆。最速でスオウの元にたどり着く。
その作戦を進行している間に、アズサはハッチの方へと向かっていた。ベルトを腰に巻き付けながら。
『これは?』
『ハイチェンジガジェット、タイプアリウス』
状況にそぐわない奇怪な、かつ派手な音声を聞き、アズサはマユミとの会話を思い出す。
『はい……?』
『変身アイテムよ。アシリが使っていたでしょう?』
『ああ、あの……頭のおかしい……』
『あ、頭のおかしい……!?』
───アズサ、めっ。頭おかしいめっ。
スオウがあの場にいたら、そんなふうに叱られていただろう。
それはそれとして、セイアがなぜこれを自分に託そうとしていたのか。今になって、ようやく理解できた。
『本来これは、錠前サオリに託そうと思っていたわ。総合的な戦闘力ではアリウスでもダントツだもの』
『……』
スオウさんを除いてね。付け足すマユミを見て、他の意図もあったのだろう、と。ぼんやりと、そんなことを考えた。
最もスオウを理解しているのは、錠前サオリ。彼女であると、白洲アズサは考える。
最初にスオウの弱さに気づいたのは彼女だった。スオウが弱音を見せたのも、彼女だけだった。
自分はどうだったろうか。エデン条約ではスオウの本音に気づくどころか、自分自身の問題さえも解決できない。
『私で、いいの?』
『……どういう意味よ、それ』
それからの自分は、随分スオウのことを気にかけるようになったと思う。
そうしたら彼女は、思ったよりもずっと普通に女の子だった。
些細なことで顔を赤らめ、甘いものを好きだと言って、寂しい時には電話をかけてくる。
───これから毎日、先生をあの遊園地に連れて行く。
───見せたい誰かは……スオウに、いないの?
だから彼女が想いを寄せる相手も、うっすらと気づいていたし。海で
それでも、ミカやサオリには敵わないな、と。アズサは、そう思っていた。それで良い気がしていたのだ。
自分を助けてくれたサオリに、少し憧れていた節もあったと思う。いつのまにやら、喋り方なんかも真似をして。
『私は……』
けれども、その最中大層な役回りが自分に回されてきた。
もしかしたらスオウとの戦いで主力を担うことになるかもしれない。あるいは、彼女を説得する必要があるのかもしれない。
『私に、できるのか……わからない……』
そんな役割が、果たして自分に務まるだろうか?
『……これ、何かわかるかしら?』
『……?』
『スオウさんの黒歴史レコードの
『すまない、何を言っているのかわからない』
そんな不安を抱いていたら、マユミが取り出したのは見覚えのある録音機。
いつぞや、スオウが残した遺言だ。
『……それで一体、なにを』
『ポチッと』
『あいうえお順で行くので、まずはアズサから───』
『っと、少し早かったわね』
キュルキュルと音を立てながら、録音されたメッセージは先に進められていく。
少し経って、マユミがもう一度ボタンを押して。
『───と、まあここまでにするとして。アズサ。あなたは昔から、聡い子でした』
『っ……』
『正直、スオウの行動に違和感があるーって言われた時はびっくりしましたよー……計画が最初にバレかけたのはアズサでしたからね!』
自分があの時聞けなかった、スオウの遺言。
一部の妹からはその後散々イジられていたが、アズサは聞かなかった。本人の口から、直接聞くべきだと思っていた。
『あなたはすごい子です。あの中でも自分を見失わずに、独りで争い続けた。でも、だからこそアズサは何でもかんでも一人でやろうとしがちですからね……見送る時も言いましたが!困った時はお友達を頼ること!』
その言葉は、随分と自分を高く見積もられている気がして。
『アズサ。あなたの強さは、サオリとも、ミサキとも、ヒヨリとも、アツコとも違うものです。あなたには、あなただけの誰にも負けないすごいところがある』
だからこそ。やけに、今の自分に突き刺さる気がした。
『だから、みんなで足りない強さを補ってください!もちろん、いざという時はアズサの強さをみんなのために使ってあげること!』
その後、補習授業部の話に入ったところで、マユミは録音を停止した。
そんな一連の会話を思い出しながら、アズサは白い戦士へと姿を変え。ハッチの扉を開いて、外に出る。
『……最初は、予定通り錠前サオリに渡すつもりだったわ。でも、そんな時にこの録音を思い出したの』
『……待って、勝手に聞いたの?』
『いや、本人に許可は……いえ、今重要なのはそれじゃなくってね?』
徐々にスオウの動きは平行になり。自分の視界からは、停止しているようにも見えた。
『信じてみることにしたのよ。単純な強さだけじゃない。白洲アズサ。スオウさんが信じた、アンタだけの強さをね』
『……』
『先立っては、これにはアンタだけの機能がある。錠前サオリは当然のこと……もしかすれば、スオウさんでも扱いきれない機能が』
そうして、白洲アズサはスーパーキヴォトスロボの背を踏み込み、飛び立つ。
その背についた、大きな羽を広げて。彼女の大切な、姉の元へ。
『いいこと、白洲アズサ。そいつはね……飛べるわ。スオウさんにもサオリにも使えない。アンタだけの力よ……覚えておきなさい』
不慣れながらも何度も羽ばたいて、ついにはその体に届いた。
「よし……!」
スオウの体温は、スーツ越しでもとても冷たい。
急いでヒーターと酸素マスクを取り出し、彼女に取り付ける。
「スオウ!!無事!?」
スーパーキヴォトスロボの中に戻れば、ひとまずの安全は確保できる。ロボの方に近づきながら、アズサは必死で呼びかける。
そこで、ふと気づいた。
「っ……!?脈が、おかしい……!」
スオウの心拍が、酷くぶれている。ダメージを受けすぎた影響か。
見てみれば、胸元は酷い打撲跡が広がっている。あの巨大な船から吹き飛ばされるほどの衝撃なのだ。心臓に無視できない影響があってもおかしくはない。
「そんな……お願い、スオウ……!」
着用するスーツに備わった機能の一つ。電撃。アズサでは扱えないと言われていたそれを使用し、彼女の胸元にあてがう。
「スオウ、起きて……!死んじゃだめだ……!!」
何度も、何度も。強く、その胸を押して。
「お願い!!起きて、スオウ!!」
「……あ、天使じゃ、なくて……天使よりも可愛い妹でしたね……」
「っ……!スオウ!!」
漸く、脈拍が安定。すぐさまに意識を取り戻すのは流石にスオウだと言うべきだろうか。
「って、お、落ちてる!?つーか寒っ!?なんですかこれ!?……って、ああそういえば落とされたんでしたね!!あんにゃろ、ふざけたことを……!!」
「……?」
言っていることはよくわからなかったが、ひとまずは彼女の安全を確保したい。
そのために、スーパーキヴォトスロボに向かって。
「アズサ、そのカッコウは……?」
「……聞かないで」
一番指摘されたくなかった場所を指摘されて、少し機嫌を悪くしてみせた。
徐々に状況を把握し始めたのか、スオウは引き攣った笑顔を浮かべる。
「……アズサも中々無茶するようになりましたねー……こんな空高くでほとんど生身って」
「誰かさんに似ただけだ」
「まあ、姉妹は似るものですからね」
「妹じゃ……いや、今はいい」
珍しく否定しないアズサを見て、スオウはにっこりと笑って。
「でも、おかげで命拾いしました。助けてくれてありがとうございます、アズサ!」
「……!ああ」
今度こそ、自分の力がスオウを助けた。その実感に、言葉にできないような強い感情を抱いた。
申し訳ございません、更新が一日遅れました……