黒い風が、吸い込まれるように吹き荒れる。
ここは密室。アトラ・ハシースの箱舟、その中だ。だというのに、風が吹く理由は。
「そうだ最初からこうするべきだった、おまえだ、おまえ、おまえおまえおまえおまえが」
「……!」
目の前の化け物によるものだ。
その変化を見ていた桐花スオウは、これ以上となく正確に彼女を分析していた。
先程まで見えていた光のない瞳も、その表情すら窺うことはできない。
今まで必死で抑えていたのだろうか。突然顔にヒビが入り、そのまま壊れ。現れた中身が、
「なに……あれ……」
「……ただでさえ壊れかかってたやつが、完全にぶっ壊れた」
白洲アズサ、錠前サオリ。二人が、というよりは、全ての妹が。桐花スオウにとって最後の防衛ラインであり、トリガーだった。
「サオリ、アズサ、お姉ちゃんから離れてください。アイツの狙いはわたしっ……?」
スオウの指示は伝えられることがない。左腕のバキ、という音で中断された。
目を離した隙にぶち込まれた蹴り。
「っ……!ふっ……!」
「……?」
スオウは体を捻りながら衝撃を逃し、地面に着地。すぐに追撃が来る筈だと警戒するも、続く衝撃はない。
何が起きたのかわからない、と言うように、自分の足とスオウの体を見比べていた。
「もっかい……」
「なっ……!」
全く同じ地点に、全く同じ衝撃。工夫なんてありはしないそれは、けれども異常な瞬発力で確かにスオウの体にぶち当たる。またしても、回転による緩衝。
どこをとっても全く同じ、全て先ほどの再現だ。
「?」
ああ、やっぱり当たらないなぁ。彼女の思考を言葉にするなら、きっとこんな感じだろう。
理性も知性も崩壊したせいで、その思考の大部分が原始的なものに成り下がっていた。
そのくせ体に染み付いてるのか、最低限の技術だけは残っているのが厄介極まりないなと、スオウは心の中で悪態をつく。
『サオリ、アズサ、聞こえますか?』
『聞こえる。足で信号とは、器用だな』
『どうも。時間がないので手短に。あいつの狙いは私。なので、一旦私から離れてください。私たちとサオリが一緒にいると、あいつのやる気が上がるようなので』
やる気というか、殺る気だけれども。そんな注釈をそっと添える。
先ほどの攻撃は、サオリ達との会話に割り込むようにきた。
今は攻撃が効かなかったことを警戒してか、こちらに近づかない。警戒できるほどの頭が残ってるのかは知らないが。
『今はとにかく、攻撃に対応することだけを考えましょう』
『ああ。わかった』
なればこそ、様子見。壊れた彼女が何をしでかすのか、どちらにせよ最悪をするに決まっている。だったらそれに対応すればいい。
そんなスオウの考えは、次の動きで打ち破られた。
「はははっ……」
「っ……!」
その笑い声で、即座に動けた者はわずか五人。小鳥遊ホシノ、聖園ミカ、桐花スオウ、別世界の砂狼シロコ。そして、スーツによって強化された白洲アズサだ。
小鳥遊ホシノの選択は先手を取ること。軋む体を理性でしばいて無理矢理動かし、激痛を無視して手負の化け物にトドメを刺すべく頭を回す。
聖園ミカも、それは同じ。だが彼女の両腕は先程の戦いで壊れ果てている。瓦礫を踏み散らかして跳躍し、スオウの腕を同じように破壊してやろうと動き出す。
砂狼シロコの選択は単純だ。ワープホールによる、即座の反撃。そして、先生の避難。
先生は今あの化け物に気付いていない可能性がある。それを考慮しての行動。
そして、先生の元へ向かうワープホールを半分に満たない程度まで開いたところで何かに気付き、驚愕と共にそれを閉じた。
白洲アズサは慣れない翼で空を飛び、マユミに『一度きりだ』と言われた巨大なシールドを展開。今の自分ではまだアレに敵わない。正確な状況分析により、皆を守る方向へとシフトした。
「……!」
だから、正確に『別世界のスオウに対応できた』と言えるのは。この中で、桐花スオウだけだ。
「アロナァアァアアアアア!!!シロコォォオオオオ!!!」
「……!?」
その理由は、単純明快。
「
「っ……!!」
あの黒い怪物の目的は、桐花スオウを殺すこと。
理性が壊れた今、倫理も知性もかなぐり捨てて、枯れ果てた底に残る最後の欲望を果たすべくあらゆる手段を取るだろう。
「早く!!!」
今の彼女に取捨選択という考えはない。思いつく全ての実行を不可能とする障壁もない。
「おぉっ」
だからまあ、自分なら真っ先にこの舟をぶち壊すだろうなぁと。彼女が動けた理由は、そんなこれでもかと正確な自己評価に由来するものである。
「……?」
舟の破壊に別世界のスオウが用いたのは、巡航ミサイル。彼女の見た中で最も強力な武器であり、そして切り札でもある。
先程まで使わなかった理由は、
どこかで自分を想う声が聞こえていたような気もするが、それももうない。
それが一番桐花スオウを殺すことに近いのだから、この舟を壊さない理由なんてない。
「ふぅっ……!ふぅっ……!」
だというのに、なぜ目の前の彼女たちは生き残っているのか。そもそも、なぜ自分は舟を落とせていないのか。
自我が壊れている以上『自分』という表現が適切かはいささか曖昧だが、彼女の思考を代弁すると、大体こんな感じになる。
「んの野郎ォ……!」
───マジで舟壊しにきやがった……!
半ばキレ気味に別世界の自分を睨みつけてみるものの、それは相手を喜ばせるだけの結果に終わったようだった。
「シロコ、ありがとうございます……今は、休んで……『次』が、あるかもしれない……」
「はぁ……はぁ……ん……がんば、る……」
スオウが選んだ対応方法は、シロコのワープホールによる巡航ミサイルの排除。
強化されたアトラ・ハシースの箱舟、そしてシッテムの箱のメインOSたるアロナのアシストによって、それが可能となった。
「……!」
しかしながら、別世界のスオウは動かない。
至極当然、巡航ミサイルの再現による消耗だ。無名の司祭の遺物であるそれの再現は、さしもの彼女でも一筋縄では行かない。
「動かない……みんな、今のうちに戦えない人は」
だが、彼女は何もしていなかったわけではない。探っていたのだ。この場の戦力。そして、この舟の内部構造を。
「は……ははっ……」
「っ……!薄気味悪いですね……!」
理由は単純明快。直接殴って殺せないこいつを殴るより、壊せば壊れる舟ごと沈めるほうが効率がいい。
そのために邪魔者がいる。あるいは、どこを殴ればこの舟は壊れる?
「……こい」
低くなった出力で落ちる、黒い泥。それは徐々に、人の形を模し始める。
たとえ神性を反転させ本来の姿に至った生徒であろうと、生命の創造は出来ない。が、
スオウが今までそれを行わなかった理由は、忌避感。
ロボットのような従うだけのものだとしても生命に近い存在を作り、利用することに彼女の理性が異を唱えていた。
「もどき」
今の彼女は特に苦悩もなくそれができる。
自身にそっくりな聖徒会モドキを作り出し、それぞれをある場所へ向かわせる。
「なっ……!?んですかあれきもっちわるい!!」
「わぁ、スオウちゃんがいっぱい……シオちゃんが喜ぶね……?」
「いや流石にシオでもあれはっ、うーん……喜びませんよ!多分!!」
「そんなことはいい!あれはどこに向かった!?」
体を崩して、また戻る。見ているだけで吐き気のするような動きで、けれども素早く動く彼女らは、明白に目的を持ってどこかへ向かっていた。
「回答。別世界の錠前サオリ」
「……だ、誰だこの子供は!戦場に子供を連れ出すな!来い!避難させる!」
「離してください」
突如として現れた別世界のアロナを前に、サオリは子供と勘違いし避難させようと試みる。
だが彼女は子供扱いされるために現れたわけでも、ましてや避難するために現れたわけでもない。
「待って……ねぇ。あの子達はどこに向かってるの?」
「回答、砂狼シロコ。先ほどの行動から、彼女達は時空エンジン、およびこの舟の動力に向かっていると考えられます。そして、もう一箇所……」
アロナはアトラ・ハシースの箱舟内部の状況を常に把握している。その中で今のスオウが興味を示しそうなものは、あと一つ。
『名もなき神々の王女、天童アリス。そのいずれかを落とされた時点で、この舟は墜落します』
「っ……!?アリス!?」
だとすれば、アリスの身が危ない。スオウはスオウモドキの排除に取り掛かろうとショットガンを手に取り、放つ。
するとどうだろうか。その身は予想以上に簡単に崩れ果て、そして予想以上に早く再生した。
「なっ……!?」
「多少の破損を前提に、体の一部をエネルギー体に保っているようです。彼女自身の能力により、不足分は即座に補われます」
「くそ、厄介な……!」
コストが安く、そして再生しやすい。空中で泥を落とし続けているのは、これを量産するためだとスオウは考察する。
「弱点はある?」
「彼女たちの再生はそのエネルギーを体内に宿していることに由来します。故に、それが切れれば肉体は戻らず、そのまま枯れるでしょう」
「なるほどなるほど☆つまり、木っ端微塵にしてしまえばそれでおしまいですね〜」
アサルトライフルで雑兵を蜂の巣にしながら、アカリは暗い目で笑った。
確かにその通りだが、これでは消耗線を強いられる。あの化け物はこれだけの連戦を経てなお、その底が見えない。このままでは、先の見えない千日手になる。
「……いや!」
そうはならない。奮起したのはスオウだった。
「みんな、弱点じゃなくてもいいです!適当に撃っちゃってください!」
「はぁ!?な、なんで」
「いいから!」
「……うーん。スオウちゃんが言うならやってみよっか」
器用なことにミカはその足だけを使って敵を蹴散らし、踏み潰し、鏖殺してみせる。
「……え、えぇと!」
やれと言ったのは自分だが、そこまでするか?
そんな気持ちを飲み込んで、死体をさらに蹴り抜ける。多少の神秘を込めながら。
「……スオウ?何して、っ!?」
「やっぱり!」
先の攻防でわかった、別世界の自分とのエネルギーの性質。巻き込み、奪う。それを、スオウは忘れてはいなかった。
体に神秘を通すことで、再生のために外へ出てきた恐怖を根こそぎ奪ってやっていた。
「一撃で倒し切れる自信がない人は私のところへ!再生する前に終わらせれます!」
これならばと、フウカもお玉の底でスオウモドキを殴ってみる。軽い傷とは言え再生を始めたところを、スオウの弾丸が撃ち抜いた。
なるほど、この手であれば力に自信がない者でも、充分戦力になれる。先生では流石に無理だろうが。
「なるほどね〜。おじさん達は壊しちゃった方が早いし、別に必要ないかな。ねっ、シロコちゃん?」
「……ホシノ先輩」
「強くなったんでしょ?おじさんの楽しみは、若者の成長を見守ることだからね」
「っ……ん。見守ってて」
どうやらこのスオウモドキを生成している間、彼女はここを動けない。このまま最低限の消耗で押し切ってやる。
───いや。今、そんな意味のないことをするのか?
そんなスオウの考えは、本能とも呼べるほど無自覚な気付きで中断される。
違う。これは本命ではない。あくまで陽動。あるいは、それ未満だ。
「ばあっ」
「っ……!?」
どんな意図があるにせよ、このスオウモドキの処理を最後にあいつのところまで詰めてやる。
そう思った直後、雑兵だと撃ち抜いた一人の体が崩壊しない。中から少しその色を暗くした白い髪を表し、その両の手を首にかけてくる。
「テメ、ぐっ……!!」
「はははっ」
反撃する暇すらなく、そのまま地面に組み伏せられるスオウ。
本来の別世界の自分は、スオウモドキの中にその身を隠していた。であれば、あそこで偽物を生み出し続けているのはガワだけの模造品か。
「誰だテメェは」
否だ。
「がっ……!」
「あなたは一見すると、確かにホンモノ。でも、それをする理由がない」
先ほどの、即座に舟に加えられた一撃で理解した。あの化け物の目的はただ一つ、自分を殺すこと。手段は問わない。
であれば、ここでわざわざ殺し切れるかもわからない自分を相手に戦いに来るだろうか。そんなわけがない。
「みなさん!!多分この中に、私の本体が潜んでいます!!」
彼女はおそらく、直接舟を狙いにいく。少なくとも、巡航ミサイルによる攻撃で落ちた出力が戻るまでは。
その結論に行きつき、スオウは声をあげて推測を語った。
「シロコ!巡航ミサイルを撃った後、私の出力が戻るのは!?」
「っ……!多分、十分もかからない……!」
「クッソ……もう五分くらいしかないですね!!」
せめて、この雑兵を散らすことができれば。そう思った直後。
「“アロナ、お願いね”」
『はいっ、先生!スーパーアロナにお任せください!』
ナラム・シンの玉座が、青い光で満たされる。スオウとミカにとって、そしてシロコにとって、覚えのある光だった。
その懐かしさに目を細めた直後、スオウモドキはその姿を消し、残るは相変わらず顔を割った彼女のみ。
「……」
自分だけが攻撃されなかったことを不思議に思いながらも、彼女は自身の作戦の失敗を悟る。
不気味な見た目で士気が下がるかと思ったが、それもなかったようで歯噛みした。
「先生!」
「“ごめん、みんな。こんなことになってしまうなんて”」
「いえ、私がやらかしました……!あいつの最後の引き金を引いてしまった……!」
だが、種は撒けた。今はそれだけで充分。ダメで元々、できることならこの手で直接殺したいのだから。
平静と狂喜を反復横跳びし、その度に残った自我がその顔色を見せる。わずかな時間で肉体に発露する感情はただ一点、「桐花スオウを殺したい」ということだけ。
「“シッテムの箱の同期が終わったよ。ここから反撃だ”」
「待ちくたびれましたわ、先生」
先生の復活、敵はほぼ万全。合計人数は先生を含めて合計十五人。はてさてどうしたものか。
「どうしたものか」と考えている時間にも彼女は銃を展開しようとしたが、恐怖の統制がうまく取れずのその数は少ない。
少ないとは言っても、せいぜい千が五百になった程度の話だが。
「……」
そのありさまを見て、スオウは確信する。あれは一見すると強くなったように思える。否、実際強くはなっている。先ほどよりも出力は上がったし、技のバリエーションも増えた。何より、躊躇がない。
だが、それだけだ。あれには知恵がない。短絡的な思考で判断を行い、即座に実行に移す。それは強みでもあるが、同時に弱点でもあった。
「へっ?」
スオウのような技巧派が相手であれば、それは尚更大きな弱点になる。はずだった。
「は……?」
サオリに銃を向けられるまでは。
「っ……!スオウ、避けろ!!」
「言われなくても!!」
サオリの砲身を手で制しながら彼女のバランスを崩し、体を受け止めて無力化。スオウの判断は早かった。それが幸いし、サオリの銃弾は明後日の方向に向かう。
「サオリ、一体何が!!」
「わからない……ただ、手が勝手に……」
幻覚作用のある薬、あるいは細い糸でうまく操りでもしたか。そう思ってサオリの体を弄るが、何もない。
「……!」
だがサオリの体は再び勝手に動き、スオウのことを投げ飛ばした。本人もわけがわからないという顔をしている。洗脳の類ではない。
確信しながら、そのまま空中で体を捻って。
「なにが……」
他の者達も皆、思うように体が動いていない。それを見て、確実に何かをされた。そのことを理解した。
「よしっ!!」
そしてそれがわかれば、スオウにとってそれ以上の情報は必要ない。掌に神秘を纏わせ、触れた相手の体に浸透させて、そして振り抜く。
体内から排出されるのは、恐怖の残滓。何かわからないが、やはり何かはされていた。
その実情は、こう。先ほどの攻防で難を逃れた恐怖の一部を相手の体内に侵入させ、神経系の付近で物質化でなく、エネルギー化。スオウモドキに与えていた命令の電気信号に近い。
それによって、他の生徒をわずかな時間、体の一部であれば操れる。別世界のスオウによる、思いつきの攻撃だった。
「……?」
唯一、スーツに防護されていたアズサだけはなんともなく、ただボディタッチをされただけである。一瞬殴ろうか迷ったが、流石にやめにしたようだった。
「ふぅ……」
とにかく、これで先ほどの攻撃はおしまい。とは、いかない。
「っ……!」
息ができない。突如スオウを襲った現象の原因は、探るまでもなくわかった。
すぐさまスオウは爆弾を飲み込み、胃の中で爆ぜさせる。
「おぇっ……!あークソ、最悪……!!」
爆風で体内で固まっていた何かが吹き飛ばされ、血反吐と共に口から出てくる。
黒いそれは、恐怖によって作られたもの。先ほど自分の呼吸を塞いでいたのはこれだと、あまり深く考えずともわかった。
「……これは、まずいな」
「ええ……完っ全に見誤りました……!」
知恵がない。スオウは理性のなくなった別世界のスオウを、そう表した。
だが、実情は違う。知識は残っている。作戦を思いつく程度の思考も持ち合わせている。
「……今まであれが化け物だったのは、ガワだけでしたけど」
ベアトリーチェを殺すために最適化された知恵を、倫理も糞もない手段を用いる碌でもない作戦を思いつき、それを精査すらせずに実行する。
「中身も化け物ですね、今は……!」
大人が刃物に刃物を持たせるよりも、幼子に刃物を持たせた方がよほど恐ろしい。あれはそういう存在だ。
スオウの理解は、別世界の自分の危険性を今度こそ真に理解していた。
「……」
こうしている間にも、別世界のスオウは次の手を考えている。もしかすると、もういくつかは進行中なのかもしれない。そう思うと、気が気でなかった。
だが、先ほどの同士打ちによるダメージが残っている。加えて、あれと正面から打ち合って勝てる者がいない。
今あれとわずかな時間でもまともに戦えるのは、別世界のシロコとホシノ、そしてスオウのみ。
スーツを加味してもまだアズサには早く、ミカはもう限界だ。くわえて、『まともに戦える』と表したシロコとスオウも未だ満身創痍に変わりはない。
「先生……何か……」
「“……”」
思いつく方法はないか。スオウの懇願にも近い目線に、彼もまた腹を決めた。
迷っていた。直前まで、否、あの状態になったスオウを見るまで。だが、あの様子では先程までのように加減はしてくれないだろう。
「“ある”」
加減をしてはくれない。つまり。この場にいる全員が、殺されてもおかしくないということ。たとえ逃げても、彼女は必ずスオウを即座に追いかける。
ならばせめて。リオが用意してくれた脱出シーケンスで、生徒達だけでも逃す。その決意を固めたのだ。
自分は
「“スオウ……少し私に、任せてくれる?”」
まずは最も命の危機が身近であろう、スオウから。そんな思いで、スオウの目を見て。
「ダメ……ですよ、そんなの……」
「“……!”」
全てを察せられていた。そのことを理解した。
「“……ごめんね。スオウ”」
彼女は、本当に成長した。
「っ……!?」
出会った頃のスオウは、普通の子供だった。否。普通以上に苦しんでいる子供だった。
大人と子供の狭間で揺れ。幼い頃から決まっていた、死の運命に苦悩し。それすらも笑い飛ばすほどに、快活な笑顔を咲かせていた。本音を溢すことなど、一度たりともありはしなかった。
「ダメっ……!」
いつしか自分が見据えた未来を歩んでいた。自分が理想とした生き様を肯定し、否定していた。
そんな彼女が。子供であることを受け入れて、大人になることを目的として。そして、弱さを認める。それが彼女にとって、どれだけ難しいことだったか。
「“大丈夫。私もきっと、そっちへ戻るから”」
きっと今の彼女なら、自分にもしものことがあっても大丈夫。少し前から、そう考えていた。
たとえ自分がダメでも、今のスオウならあの世界のスオウを。
「否定。その必要はありません、別世界の先生」
脱出シーケンスを起動しようとした瞬間。アロナが、別世界のアロナが。目の前に現れて、手でそれを制した。
「……アロナ、さん?」
「一つ。あの怪物に、対抗する方法があります」
その右手には、見覚えのある白いベルトのバックルが握られていて。
「一時的ですが凌駕し、圧倒するほどの」
けれどもそれは。記憶と違い、真っ二つに切り裂かれていた。