まだ外も薄暗い朝、装備の手入れをして身支度を整える。
視界が髪で塞がれて鬱陶しい。
「…前髪、また伸びてきたな」
近くの棚からハサミを引っ張り出し、神秘を込めて切れ味を上げる。
髪に刃を入れれば、白髪が混ざった毛がパラパラと落ちてきた。
「よい、しょっと…」
邪魔にならない程度に前髪だけ切り揃え、切った髪はまとめて棚に入れておく。
「…あと九年で、どれだけ伸びるかな」
はっきり言って邪魔くさいが、これも必要なことだ。ベアトリーチェを、殺すために。
髪が長かろうと戦闘に支障はない。
だったら、今日これから起きるであろう出来事だって問題ないはずだ。
「ふぁ…眠い」
目元を擦りながら、装備の手入れと確認に戻る。
今までも使ってきたショットガン。
予備として持ち合わせていた分を含め、二丁。今では同時に使える。
ガスマスク。正体を隠す際に使っているもの。
移動の際は、これにフード付きのコートで移動する。
爆弾。新しく入手するのは容易でないため、使い所は考えなくてはならない。
訓練が始まれば、おそらく話は別だろう。
ロープ。主にロープワークの練習や、移動に使っている。
アレが完成すれば、その練習も身を結ぶはずだ。
「……」
…ハンドキャノン。シアンにもらった、護身用の銃、だったもの。
フルオートに改造し、より威力と手数を上げた、人を傷つけるための武器。
最後に、二重底の下にある…いや、これは使うつもりはない。
ベアトリーチェ、以外には。
「大丈夫。戦える」
アイツを殺すための準備は、順調に進んでいる。
必要なのは、殺す覚悟と殺される覚悟。そして、殺させない覚悟だ。
大丈夫。きっとうまくいく。
今日は、殺す覚悟をする必要なんてないんだから。
◇
アリウス内に存在するとある施設に、子ども達が集められている。
「……スオウか。早かったな」
「はい、スオウお姉ちゃんですよ。そういうサオリこそ」
「…妹じゃない」
相変わらずだなぁ…。
ただ、少し変わっていることもある。
原作で、サオリがいつも被っていた帽子。
出会った当初は持っていなかったそれを、既にサオリは被っている。
…ほんの少し。ほんの少しだが、原作に近づいてしまっているように感じて…怖いな。
「…?どうかしたか?」
こちらの視線に気づいたのか、サオリが怪訝そうに話しかけてくる。
「いえ、柔らかそうで可愛い髪だなあって…はははっ」
「表現が気色悪い」
「容赦ない!?」
まあ目が合った時点で燃やされないあたり、随分馴染んではくれたのだろう。
『お前を倒そうとしたところで効かないから、物資の無駄』と言っていたのは照れ隠しだと信じたい。
「お前、いい加減髪を切ったらどうなんだ?」
「切ってますよ?ほら」
「前髪だけな…」
これも必要なことだから、まだ切るわけにはいかないんだよ。
と、言うわけにもいかないので、とりあえず誤魔化しておく。
「ミサキたちは?」
「今着いたよ」
「うぉふっ」
後ろから突然話しかけられ、間抜けな声が出る。
「ミサキ!アツコに、ヒヨリも!」
『ちょっと、周りの様子を見てたんだ』
「そうだったんですか」
アツコの手話も、だいぶわかるようになってきたな。
「わ、私たちはなんで集められたんでしょうか…他にも、たくさん人がいますけど…」
「それは私にも謎ですねー」
嘘だ。本当は、察しがついている。
ベアトリーチェがこの地を支配してから…内乱が起こってから、二年。
穏健派の生き残りを始末するのに、おそらく一年の時を要していた。
その前後で、監視が強化されていたから。
では、それからの一年間…『私』が姉になってからの一年間は、一体何をしていた?
ここから先は、完全な推測でしかない。
今度は、アリウスの支配階層を操りトップに立つために動いていたんじゃないか。
「それじゃ、私は他の妹たちの様子を」
「静まれ。全員、静粛に」
じゃあ、そのあとは?
アイツにとって、必要なことはなんだ?
簡単だ。
ベアトリーチェが欲するのは、儀式のための生贄とその施設だけではない。
この地を自分の支配下に置くこと。キヴォトスに領地を作ること。
駒を作り出すことだ。
「今日より、貴様らはマダム…アリウス分校の支配下に置かれることになる」
「…え?」
つまり、何が言いたいのかといえば…今まで俺たちにまで及ばなかったベアトリーチェの支配が、とうとう始まる。
恐怖政治の開始だ。
「……マダム?」
…もっともアツコ含め、アリウススクワッドの子達はベアトリーチェの存在を知っていただろうが。
下手に動いてはいけない。一度のミスが、死を招く。
タイミングを見計らえ。
幸いにして、この場に赴いた教員は二人。ベアトリーチェは来ていない。
決して、ベアトリーチェにまで俺の情報を届かせるな。
すぐには手を出してはいけない。
「トリニティへの復讐のため、貴様らには戦闘訓練を受けてもらう。日取りは明日から」
「ちょ、ちょっと待ってください…そんな急」
「黙れ」
「きゃっ!?」
「………あ゛?」
…って。思ってたんだけどな。
「ま、マイちゃん!?大丈夫!?」
「うぅ…!」
「何を倒れている。立て」
………本当はさ。もっと丁寧にやるつもりだったんだ。
それに、不用意に傷つける必要もなかった。
訓練の一環として誤魔化せるなら、それでいいとさえ思っていた。
「私語は慎め」
「うぐっ…!!」
「ちょ、ちょっと…もうやめてください…!銃痕が…あざになってる…!」
「…いいだろう。丁度いい見せしめだ」
「え…?」
「よく覚えておけ。抵抗は無意味だ。我々に従え。それでも抵抗すると言うのなら…こうなる」
「ひっ…!?ご、ごめんなさい…!!どうか、ご慈悲を…!!!」
でもまあ、もういいや。
この怒りを、抑える必要性を感じないから。
「ねぇ」
「……は?」
「私の大切な妹に…一体、何してるんですか?」
右手に少し弱めに神秘を込めた爆弾を握り締め、思いっきりぶん殴る。
爆発して自分の右手にも痛みが走るが、どうせすぐに治るものだ。なんら問題はない。
「が、はっ!?」
「貴様、一体何を」
「うるさい」
吹き飛びかけた教員の足を掴み、もう一方の教員の脳天に振り下ろす。
「くっ…!おい、大丈、うぐっ…!」
下から顎に膝蹴りを入れ、怯んだところを馬乗りになって、全力で神秘を込めた銃弾で肩を撃つ。
次に膝、腕、足…もう一方の教員も、同じように銃弾で撃ち抜いた。
「ふー…」
爆弾、二発も使っちまったな。しょうがないか。
「っ……!」
「す、スオウ、さん…?」
「マイ、大丈夫でしたか?…あらら、腕腫れちゃってますね…ごめんなさい、氷水はこの場にはないので…ちょっと待っててくださいね?」
完全に動くことのできなくなった教員の懐を探れば、包帯や諸々の簡易治療キットが入っていた。
「なんの、つもりだ…!」
「あなた達はそこでしばらく寝そべっててください。あ、添い寝にさせてあげましょうか?」
「ふざけるのも大概にしろ!!」
「……少し痛みますよー」
「いたっ…!」
この子達はまだ神秘を込めるのに慣れてないだろうから…ちゃんとした治療がいる。
幸い、折れてはいなそうだな。
腫れた部分を軽く水洗いし、水気をとって、打ち身用の薬を塗る。
包帯で固定して、首から掛けさせる。
「これでよしっと…よく頑張りましたね。少ししたら、腫れもひきますから…ツムギ、マイのこと、頼みますよ」
練習の甲斐があったな。
思った以上に上手くできた。
「えっ…うん」
マイ…妹の一人の治療を完了し、教員の元へと再び向かう。
「さて…ふざけるのも大概にしろ?どっちが?先に手を出したのはそっちでしょう?」
「今に見ていろよ……!!貴様なぞ」
「ベアトリーチェが罰を与えるって?」
「なっ…!」
力によって支配するだけの恐怖政治には、弱点がある。
「私に負けたあなた達が?どうやって?」
「っ、私達がいなくなれば…!」
一つは、より大きな力…恐怖には、意味がないこと。
幼少期から深層的に刷り込まれてしまえば話は別だが。
「ああ、そうじゃなくて」
もう一つは。
「報告したとして、罰せられるのはあなた達じゃないんですか?言えるんですか?」
…忠義心なんて、存在しないことだ。
「はっ。何を言い出すかと思えば、戯言を…」
「本当に?」
「……」
「本当に戯言だと、そう言えますか?」
だから、自分の身が危ういと思えば、馬鹿正直に話す奴はいない。
もっとも、それらを監視されていると思い込ませたり、なんとかするのが恐怖政治の本質的な部分だろうが…ベアトリーチェの支配が、この一年でそこまで浸透していると思えない。
「考えてもみてください。いくら従順だからと言って、子供にも負けてしまうようなあなた方と、反抗的ではあるものの、支配してしまえば強力な駒になり得る私…ベアトリーチェにとって、より不要な駒はどちらだと思います?」
「っ…!」
「万が一にも…あなた達が、殺されない保証がありますか?アイツは、人を殺すことをなんとも思っていない異常者ですよ?」
……ああ、反吐が出る。
人の恐怖心を利用して。
それでも俺がこうしたいから、こうしなくちゃいけないからやるんだ。
「何も、訓練を始めるなというわけではありません。それでベアトリーチェのアホにバレたら本末転倒ですし。私が望むのは沈黙。ここであったことを、ベアトリーチェに伝えないこと。共犯者、ってやつです」
「ぐ…!!」
「まあ、拒否権はありませんが。どうします?抵抗してみますか?水に溺れて、ヘイローが壊れない自信があるなら話は別ですけど」
「っ、わかった…!保証する…!!マダムには、この件は伝えない…!」
「いいでしょう。これは、『契約』です。決して、破らぬこと」
…これは保険だ。ブルーアーカイブの世界では、おそらく契約が強い意味を持っていた。
だからこうして明言することで、何かしかの効力を持つ…はずだ。
「……さて。それじゃ、傷が治ったら今日はもう帰ってください。どうせ元々その予定でしょう?」
「わ、わかった…!」
問題ない、はずだ。
「ふー…みんな、怖がらせてごめんなさい!他に怪我した子はいませんか?」
返ってきたのは、静寂。
皆、何が起こっているのかわからないようだった。
「……何をやっているんだ、お前は」
「すぴっ!?」
後頭部に衝撃が走り後ろを見れば、サオリが呆れたような、怒ったような表情でそこに立っていた。
「あの状況で動くのがどれだけ危険だったのか、私でもわかる」
「…でも、結果みんな無事でしょう?私は強いから大丈夫ですよ。何より…姉として。妹を傷つけられて、黙ってられるわけないでしょうが」
「…………そうか」
「あ、でもこれは皆聞いてください。さっきアイツらが言っていたように、明日から訓練が始まります。今日のように上手く行くとは限りませんし、来る人間が違う可能性もあります。ですので、従う『フリ』をしてください。五人くらいまでならなんとかなりますが…全員がああして、黙らせられるとは限りませんから」
全員、静かにコクコクと頷いていた。
……ちょっと怖がらせてしまっただろうか?
はっきり言って、俺がやったことが正しかったのかはわからない。
わからないことだらけだ。
一度でも失敗してしまえば、ベアトリーチェにバレる可能性がある。皆が傷つけられる可能性がある。
怖い。いつも、いつも。何かを変えようとするたびに、恐怖を感じずにはいられない。
俺は、皆を守ることができるのだろうか?
わからない。わからないが、何もしないわけにはいかない。
傷つけさせはしない。苦しませはしない。
『二度と、大人の言葉を破りません……反抗しません……将来に希望を抱かないように努めます……。二度と幸福を望みません……祈りません……。だから、どうか……。どうか、ご慈悲を……』
………あんな、自らの人間性そのものを否定するような言葉を。決して、言わせはしない。
だから、頑張るしかない。
これから何が起ころうと。俺がどうなろうと。
「あ、あのっ…!」
「マイ?どうかしましたか?」
「その、スオウさんは別にお姉ちゃんじゃないけど…助けて、くれて…ありがとう!」
……まあ、でも。
「いいえ!!私はお姉ちゃんです!!!」
「スオウ、お前…台無しだぞ」
「はははっ!」
今この子を守れたのは、事実だ。
ひとまずはそれだけでも、今日やったことは間違ってなかったと、そう思うことにする。
投稿遅くなってすみません。
めっちゃ忙しかったんです…!
16話『Your my sisters!』にあった訓練開始は13から、という記述を削りました。
本編と照らし合わせたらおかしかったです、すみません…以後、気をつけます。