『………あーあ…もっと、普通に生きたかったなあ……』
『…スオウ……あとは……頼んだッスよ……』
……ああ。また、この夢か。
手に、血。汚い。
───お前が殺した。
うるせぇよ。
───償え。
知るかよ。
───お前が死ぬはずだっただろ。
そんなこと、俺が一番わかってる。
───早く全員助けろよ。
頑張ってるんだよ。ずっと前から。
───誰も頼るな。自分一人でなんとかしろ。何を、誰を利用しても。
…わかってる。
───お前が死んでも。
わかってる。
わかってるよ。
でも、やっぱり。
ちょっと疲れたんだ。
ずっと前から。
怖い。
苦しい。
辛い。
だれか、だれかおれを
「っはぁ!!……はぁ…!はぁ…!」
……朝、か。外は、まだ暗いな。
「また、このっ…!!……っあ゛ぁ゛あ゛…!!」
息、整えなきゃ…。
「ぁ…ゔ……!」
……いや……トイレに行くのが先、か。
「う゛っ……お゛ぇっ…!……げほっ……えほっ……」
……いつまで、こんなのになってんだろ。
もう、十年近く経ったのに。
「…っ、はーっ…ふー…」
毛先だけが焦茶色の長髪を、指でサラッと解く。
吐瀉物で汚れた口を濯ぎ、トイレを出て、毛布の中に体を埋める。
深呼吸をして鳥肌を抑え、毛布で冷や汗を拭く。
「……」
部屋に備えられた鏡に映る、『私』を見る。
毛先だけが焦茶色に染まった、膝あたりまで伸びるくすんだ白髪。
淀んだ深緑色の虹彩、白と黒のオッドアイの瞳孔。
……わずかに崩れた、茨の冠。
「……うん。いつもの『私』です。問題ありません」
大丈夫。きっと成功する。
「大丈夫」
大丈夫。
「大丈夫ですよ…大丈夫」
だから俺は、『私』は大丈夫。
大丈夫だ。
必要なのは、悩む俺じゃない。失敗する俺じゃない。弱い俺じゃない。
おちゃらけてて、みんなを元気づけられて、助ける事のできる、大人の『私』だ。
大丈夫。
「…ふー…よし。今日は、聖園ミカが来るんだったな」
先生の存在を確認してから、数週間。
トリニティの生徒会…ティーパーティの一員である聖園ミカから、アリウスに対してコンタクトがあった。
で、今日が接触する日。
…そろそろ、『アレ』も準備するか。
「……これでいいや」
近場のナイフに神秘を込めて切れ味をあげ、首元あたりに髪を纏め、バッサリと一気に切る。
「わとっ、と…危ねぇ、散らかるところだった」
近くの棚を開き、今まで集めてきた髪を取り出す。
「…この量なら、両方作れるだろ。まずはこっちだ」
髪の毛を編み上げて、布のような形へと変える。
数枚作ったところでそれらをまとめ上げ、一つの大きめな入れ物を作る。
「どれ、試しに…って、わけにもいかねぇよな…」
袋に神秘を込めて、中に木片を入れた状態で閉じる。
「ま、軽く実験だ」
油を染み込ませた布に火をつけ、燃え上がったところに先ほどの袋を放り入れる。
しばらくして火が止まったところで袋を取り出してみると…。
「予想どーり。焦げ一つねぇや。さーて、中身は…」
中の木片も確認してみれば、一切燃え上がっていない。
「うん。やっぱ俺の髪の毛も優秀な素材だねー」
俺の戦い方…爆弾による加速には問題点がある。
他の爆弾も暴発してしまったり、装備を傷つける危険があることだ。
そのリスクを解消してくれるのがコレ。使わない爆弾をこの中に入れて袋に神秘を込めれば、暴発のリスクはかなり減る。
「俺の髪の毛だからか、気持ち神秘も通しやすいような…」
とにかく、爆弾での加速はコレで問題なくなった。
「次!」
今度は髪の毛を直線上に編んでいき、一本の縄にする。
所々が茶色い、白のロープ。
「…なんか不気味だな。まあいいか」
神秘を通して自分の両腕を縛ってみる。
「ふんっ…!!!ぬぬぬぬぬぬぬ…!でぇあっ!!ダメだ!!!」
流石に本当に千切れたら困るので多少加減したが、それでも俺が抜け出せない程度に十分な頑丈さがあることがわかった。
「よし、完成!…えっと、あー……か、髪の毛…へ、ヘアロープ!!!」
……いや、別にいいじゃんか。
大事なのは名前じゃない。性能だ。
基本的に燃えたり、切れたりはしない…便利アイテムの完成ってわけだ。
拘束や移動、応用次第で防御とかにも使えそうだな。
ベアトリーチェを殺すのに、役に立ってくれることを祈ろう。
「っと、髪ケバケバ…」
今度はハサミに神秘を込めて、完全に真っ白になった髪の毛を整える。
「おっし、完璧!……って、もう外が明るくなってきたか」
思ったより時間がかかってたんだな…まあ、髪の毛細くてやりづらかったからなぁ…。
「さて……ふー………。………うん!!行きます、か!」
新しい装備をまとめ、いつものように外へ向かった。
◇
「みんなー!!!スオウお姉ちゃんがきましたよー!!!」
家中空いた穴が、木材でツギハギ状に閉じられた荒屋のドアを叩く。
すると、若干不機嫌そうな顔をしたサオリが出てきた。
「朝から騒がしいな…っ、お前…髪はどうした」
「もー、またそんなこと言って…髪は切りました。はいコレ。少ないけど、食料のお裾分けです。何か困っていることはありませんか?」
「…毎度助かる。今は特に問題ない。……家も、随分マシになったからな」
「…私も初めてやったので、ちょっと不恰好になっちゃいましたけどね…はははっ」
「だが、風の通りは少なくなった…おかげで、なんとか寒さは凌げているよ」
衣食住。これはとっても大事なものだ。
衣は、支給される装備…ここでいう、制服みたいなものがある。
食は、畑と中抜きした分でなんとかした。
となると、問題は住だった。みんな大抵、廃屋に住んでいるから…夏はまだしも、冬は寒いことこの上ない。
…ここキヴォトスでは、一年に何度も季節が巡る。というか、おそらく一年の基準が前世とは異なる。
だから気温への対策は、かなり切実なものなわけで。
風通しのいい夏用の家と、断熱性の高い冬用の家を作るというちょっと強引な方法で解決した。
「というか、今日はこんな堂々と来て大丈夫なのか?」
「はい、問題ないですよ?聖園ミカと接触するから、迎えに来たって言い訳できますし」
「……ああ、そうだったな。だが少しくらい警戒した方が…」
「あのクソバ…失礼、ベアトリーチェは気づきやしませんよ。完全に私たちのこと舐めきってますから。それに…アイツは私たちのことを、誰一人信用しちゃいない」
何度かベアトリーチェに探りを入れてみたが、特に疑われている様子はなかった。
だが、信用しているわけでもない。
何が起こっても対処できるから、支配できていると思っているから、警戒する必要がない。それだけ。
……その舐めた考え、いずれぶち壊してやる。
「クソバって……お前な……」
『スオウ。おはよう』
そんなこんなで玄関で話をしていると、後ろからアツコも出てきた。
「アツコ、おはようございます!…大丈夫、教員はいませんよ」
「…そっか。よかった」
「お姉ちゃんは、今日ちょっと席を外しますが…何かあったら、通信ですぐ呼んでくださいね?」
「うん。ありがとう」
「あ、あの…」
奥からさらにヒヨリも顔を出す。
「ヒヨリ!おはようございます!」
「お、おはよう…ございます…」
…ヒヨリも、随分慣れてくれたな。
前だったら絶対奥から出てこなかったのに。
「…食料、さっきサオリ渡しておきましたからね。みんなで分けて食べてください」
「ほ、本当ですか!?うわぁあああい…!……あ、でも見返りになでさせろとか……!」
「言ったこと一度もありませんよね!?」
そんな事するはずないだろう。
「妹たちから求めてくれるからこそ価値があるんですよ…!!!」
「う、うわぁ…」
「スオウ………」
「…流石にちょっと気持ち悪かったぞ」
「ぐっ…」
「……騒がしい」
加えてミサキが起きてきた。
「あらら、結局全員起きてきちゃいましたか…ごめんなさい、起こしちゃって」
「いいよ、別に…それに、よく考えたら騒がしいのは今に始まった事じゃなかったし」
「それ別にフォローになってませんからね!?」
……ミサキの首元に、包帯はない。
「何、首ジロジロ見て…また血がついてるって、焦るんじゃないよね?」
「うぐっ…も、もう三年前の話ですし忘れてくださいよぉ……!」
本当に、あの時は心臓が止まるかと思った。
結局、自殺未遂を図るほどに苦めてしまっていたのかと。
「ピアスつける時にちょっと傷がついたって…想像できるわけないじゃないですか…!」
だがしかし、はい、めちゃくちゃ勘違いでして…耳にピアス穴開ける時にちょっと失敗してしまっただけらしい。
そりゃ頑丈な生徒が傷つく機会なんてたかが知れてるけどさ…!だからこそ焦ったんだよ…!!!
……最初からついていた、左手の包帯は……その傷跡は、きっともう消えないけど。
「…?どうかした?」
「…いーえ、何も!」
これ以上増えてしまわないよう、俺もよく見ておかないとな。
「それで、私たちはそろそろ行きますが…」
「…そんな心配しなくても、大丈夫。二人がいない間は私に任せて…いってらっしゃい」
「…はい!行ってきます!」
「行ってくる」
◇
「……で。聖園ミカと接触しに行くんじゃなかったのか?」
「いや、他の妹たちにも食料配らなきゃですし…それに、忘れちゃいませんか?シオも代表の一人としてくるんですよ?」
「…シオ…第7分隊長か」
第7分隊長、
というか、全体的に分隊長は俺が小隊長になって初めて知り合った子の方が多い。
……それだけ、厳しい訓練を受けてきたわけだからな。
「……シオか……もっとこう、他のやつはいなかったのか?」
「肩書の話ですか?」
確かに小隊長の俺と、第8分隊長兼アリウススクワッドリーダーのサオリと比べれば格は落ちるけど…。
「いや、そうじゃなくてだな…第5分隊長…ヤコとかの方がよかったんじゃないか?性格から考えて…」
「……あの子はあの子で爆発すると…かといってヨセは当然ダメ…第1分隊から第4分隊は私じゃそう簡単に動かすこともできませんし、彼女たちも彼女たちで…」
…まあ一応、向こうの小隊長を担う教員も共犯者の一人だけどね。
結構リスクはあったけど、そうでもしないと……きっと、原作と同じになっていたから。
「第1分隊長から第4分隊長か…負けず劣らず、癖のある性格だとは聞いているが…」
「あとで紹介しますよ。ともかく、一番安定してるのがシオなんです。はい着いた!」
そうして、一軒の家の前に着く。
その扉を、開けようとして。
「…おはようござ、ってスオウお姉ちゃん…!?」
「おはようございます、シオ。今日の予定は忘れていませんね?」
「え、うん、もちろん……ね、ねぇ…なんでここに錠前サオリがいるの…?」
「それは」
「お姉ちゃんの妹は私だけよっ……!!!アンタなんかに渡さないから……!!」
…うーん。いつも通り。
「シオ、それは違う。それは違いますよ。私はみんなのお姉ちゃんです」
「そ、そうなんだろうけど…いや、やっぱダメ…!お姉ちゃんは私のお姉ちゃんなんだから……!!」
「どいつもこいつも私が妹だという前提で話を進めるな!!!ああっ、だから嫌なんだ…!クソッ…!」
……シオは…きっと、一番精神状態が酷かった。
従うフリができないほどに、壊れかかっていた。
彼女は指揮力こそあったものの、人と直接会って喋ることができなかった。
人を見るだけで息が荒くなって、泣き叫んでしまうから。
トラウマを、それほどまでに植え付けられていた。
この子に必要だったのは強引さではなく、距離を置くこと。
自分から詰めてはいけない。この子から来てくれるのを待つしかない。
『通信越しで失礼します!お姉ちゃんです!』
『……また通信…帰って』
だから通信をつかって、ちょっとずつ話してきた。通信越しなら人と話せるから。
…こうして俺以外の人間と話せるようになったのは、ここ一年の話だ。
「ま、まあいいわ…ミカに会いに行くんだったわね…?」
「ああ、そうだ。これから」
「あなたの意見は求めていないわ、錠前サオリ…私はお姉ちゃんに聞いたのよ…!!」
「コラっ!人の厚意を無碍に扱ってはいけませんよ。サオリはあなたが確認したから教えてくれたんです」
「……ごめんなさい…」
「……だから嫌なんだ…!」
そうして俺のことを姉として扱ってくれるようになったけど…そのせいか、他の妹に対して当たりが強い。
とはいえ、一番御し易いのもこの子なんだよな…。
「とにかく、時間もないですし…もう行きますよ!」
◇
ピンク色の髪をした、羽の生えた白い服の生徒。
無警戒にも護衛の一人もいないのは、彼女の強さゆえだろうか。
「はじめまして☆誰だか知らないけど、あなた達がアリウスの生徒だよね……?」
「ええ、はじめまして…今日はとってもいい天気ですね!!すごくのどかで」
「あははっ!私も同じこと思ってたよ!うん、意外とお話好きなんだね?」
……聖園、ミカ。
この子とサオリの関わりが、原作では全ての始発点。エデン条約編の、始まり。
ついに、ついにここまできた。
原作を捻じ曲げ、歪め、ここまで。
手は尽くした。あとはここでの話し合いの内容次第で、計画は完全に決する。
「…聖園ミカ。要件はなんだ」
「あ、もう本題入るの?私としては、もう少しアイスブレイクしてから…」
「アイスブレイク…?氷を砕くのかしら……お姉ちゃん、どういうこと…?」
「んー、まずは打ち解けようって意味ですよ!ええ、私も概ね同意です」
「だよねだよね!でも天気の話ってすぐ終わっちゃってさー…どうしよっか、ここから」
「うーん…ご、ご趣味は…?」
「お、お見合いみたいだね…?」
……ここからだ。
ここから、全てが始まる。
絶対に、失敗はできない。
ベアトリーチェを殺すために。
みんなを助けるために。
まずはこの話し合いを、有益なものにする必要がある。
「趣味…うーん、趣味ってどこからが趣味なんだろうね?」
「それは人によりますけど…少なくとも必要なくてもやってることは、趣味と呼べるんじゃないですか?」
「そっかそっか!それじゃあ私の趣味はねー…」
…絶対に。どちらの計画になろうと、成功させてみせる。
キヴォトスの一年
・原作には一年に何度も季節が巡るなんて設定は明言されてない。
・時系列問題を強引に解決するためにそうなっていることにした。
アンケートの方、ご協力ありがとうございます。思ったより差がついていてビビってます。
ただまあ、一応明言してあったので集計期間は一週間のままでよろしくお願いします。
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