「サオリ。今、戻りましたよ」
サオリは、訓練場の壁に寄りかかって座っていた。
珍しい光景だと思った。
…少し、自信がないような…『弱さ』を見せるような仕草だったから。
「っ、スオウ、か…どう、だった…?」
サオリの質問に対し、首を横に振る。
「……そう、か」
「…残念ですか?アズサのこと」
「っ!?な、なんで知って」
「お姉ちゃんですから。わかりますよ」
サオリは、きっとこの世界でも…。
「……私は…あの話を聞いた時……なんでかわからないけど、それは…アズサだと思ったんだ」
アズサに、アリウスとトリニティの架け橋になって欲しかったんだ。
「きっと、贔屓目なんだろうな…みんな、変わらないはずなのに」
「…まあ、あの子はとりわけ強くて…優しいですからね。何より、人に好まれる性格をしています。そういうところを、無意識のうちに感じ取ってたんじゃないですか?」
「……そう、なのかな」
サオリの顔は、未だ浮かないままだ。
……なんとなく、理由はわかるが。
「ミサキも、ヒヨリも、アツコも…お前が来て、随分明るくなった。お前がミサキの血を見て焦った理由……お前はいつのまに、あの包帯の下を見たんだ?」
「……」
答えられなかった。原作の知識だったから。彼女に伝えるわけにはいかなかった。
だからいつものように、笑顔を取り繕うしかなかった。
「……前触れは、なかったんだ。アツコを保護して、半年くらいだったと思う。ミサキが、水場で左手首を切っていて……私が……私、は…気付けなかった…」
「……そう、だったんですね…」
「…私の、せいなんだ…私が、不甲斐なかったから……お前と違って……守れ、なかった…きっと、だからなんだろうな。アズサだけは…スクワッドのみんなの中でも、少し特別に見えるのは」
「……それは」
「時々、思うんだ。私じゃなくて、最初からお前なら……お前がいたなら……ミサキはあんな傷跡、残さずに済んだんじゃないかって」
「っ……」
……きっと、ずっと抱えていた悩みなのだろう。
原作よりも明るくなれたからこそ、抱いてしまった感情。
でも、それは…間違っている。絶対に。
「馬鹿ですね。そんなわけないでしょ。私がどれだけ失敗したと思ってるんです?」
「…え?」
……頼れる存在。頼れる姉。
…それが、この子にとっては負担になってしまったのかもしれない。
強いからこそ…責任感が、みんなを守ろうとする気持ちが人一倍強いからこそ…自分は役割を為せていないのだと、卑下してしまう。
でも、それは違う。
「私が最初からあの子達の姉だったら…今頃、誰も生きてないでしょうね」
「……?」
サオリの横に座る。
「私はね?…私の失敗で……人を、殺してるんです」
「……え…?」
…あー、まずいな。
ちょっと、取り繕えねえや。
でも、今はきっと…こういう弱さを見せることでしか、サオリとは向き合えない。
…だから、まあ……ちょっとだけ。
「みんなには、言わないでくださいね…?本当、私は馬鹿で…弱くて…甘ったれで…ふざけたクソ野郎でしたよ。死ねばいいと思ってます」
「……」
「…私が、今の『私』になったのは…何人もの犠牲の上に成り立ってるんです。それまでの間、みんなを守ったのは…紛れもなく、あなたでしょう?」
「っ…」
「アツコを助けたのもあなた。アズサを庇ったのもあなた。…そういえば、私からあの子達を守ろうとしたのもあなたでしたね」
「……あの件については、謝らないからな」
「はははっ…で、どうですか?私がいない時、だけじゃない。今だって。あの子達を守っているのは、いつだってあなたですよ?家の補修も手伝ってくれたのもあなた…って、これはミサキもでしたね」
「…そうだったな」
…少し話が逸れたな。
でも、きっと伝えたいことは伝わるはずだ。
「私は、あなたがみんなと一緒にいてくれて…すごく、助かってるんですよ?」
「……っ」
「それに!未だにスクワッドのみんなは私を姉と呼んでくれないんですよ!?サオリのことはミサキでさえ時々姉さんって言うのに!!」
「…ははっ…お前は押しが強すぎるんだ」
「…ほら、もう答えは出てるじゃないですか。スクワッドのみんなは、私より…サオリのことを、お姉ちゃんだと思ってるんじゃないですか?…それは、あなたの積み重ねの結果、なんじゃないですか?」
「………そう、かもな」
…不甲斐ない話ではあるけどな。
いや、いつか絶対お姉ちゃんって言わせてやる…!!絶対に……!!!
「…悪いな。情けないところを見せた」
「いえいえ!私はあなたの…お姉ちゃんですから!!」
「…お前は、いつもそれだな」
「だってそうなんですもん!!サオリがスクワッドの姉ならサオリの姉である私もスクワッドの姉です!」
「ははっ……そうかもな…いつも、助かってるよ──」
…やけに素直だな?いつもなら即断されるのに。
まあ、これでサオリの悩みも少しはマシになって…。
「──姉さん」
「───え?」
…?今、なんて?
姉さん?誰が?あ、俺か…え?
「…!!?え!?ちょ、もっかい!!!今のもう一回!お願いします!!録音しますから!!」
「だ、誰がするかッ!!!私だってそれなりに勇気を出したんだ!!それをお前はな…!!…はぁ…撤回したくなってきた」
「そ、それだけはご堪忍を!!」
「…さて、私はもう帰るかな」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!!?サオリ!?姉ですよね!!?私お姉ちゃんなんですよね!!?サオリッ!!」
「聞こえんな」
「うぇえええええ!?」
…ま、まあ、何はともあれ。
今は、サオリの顔に笑顔が戻ったことを喜ぶとするか。
◇
「ってことで。アズサ、トリニティへの転校はお蔵入りになりました」
「…そう」
翌日の訓練の休憩時間、訓練場の一角にて。
黙々と何かを読んでいるアズサにそう話しかける。
「ごめんなさい。ぬか喜びさせてしまって」
「別に、喜ぶも何もない。気にしないでいい」
「…いや、本当ですか?すっごく落ち込んでないですか?」
さっきまで読んでたのって、トリニティの学校紹介雑誌だよな?
ミカが俺たちに押し付けていったやつ…。
「そんなことない。……ただ…」
「…?」
「……スオウの行動に、少し違和感があるだけ」
「…っ!!?」
───あ、やばい。
…いや、落ち着け。繕え。
「…?違和感、ですか…?何が?」
「スオウはいつも…『彼女』に限らずだけど、大人の目を誤魔化そうとする節がある」
「…っ」
「だから今回の件も、いつものスオウなら『彼女』には伝えないか…もしくは、スパイとして潜入させようと提案したりすると思った」
…聡い子だな。
俺の行動指針を把握した上で、今回の一件がそれとズレているということを感じ取っている。
「どうして?スオウは…たまに、わからない行動をすることがある」
「……」
……原作改変をあえてしなかったのは、当然ながら今回が初めてではない。
例えば、モモフレンズ。
キヴォトスに存在する、キャラクターブランド。
一度だけ、アズサの目についたことがあった。
『ねぇ、スオウ。あれは何?すごく可愛い』
『ん?…あー…ごめんなさい、ちょっと私もわからないです。確かに可愛らしいですね…でも個人的にはあの鳥だけはキモいと思います。絶対』
『そ、そう…』
…アズサは、阿慈谷ヒフミにモモフレンズを教えてもらっていた。
もちろん、あれはキッカケに過ぎないものの…決定的に仲を深める一因となったのも確かだ。
アズサは、きっと俺の計画がうまくいけば…原作と同じようにトリニティに転校し、そこで生活を送ることになると思う。
その時に、ヒフミをはじめとした補習授業部の面々と関係性を深めておくことは、極めて重要になるはずだ。
そういった観点から、あの場ではモモフレンズにはあまり触れないようにしてもらおうとした。
だから、こういう誤魔化しは初めてじゃない。
つまり何が言いたいかって、そういった原作の知識を伝えられないが故の行動のズレがアズサにはバレている可能性がある。
「そんなに難しい話じゃないですよ。クソババアに伝えずに生徒を送る、コレは不可能ではないですが…絶対バレますからね。スパイとして誤魔化す、それもアリっちゃアリなんですが…実績が伴わないといけないでしょう?トリニティの情報が、ベアトリーチェに流れてしまう。それは、まだ早いんです」
「…まだ?」
どうしたものか。
まあ、少しだけ本当の事を伝える、しかないよな。
計画のことまで、全部を伝えたらダメだ。
きっと反対されるし、何より……最悪の想定として、アズサまで殺されてしまう。
だから、本当に少しだけ。
「はい。先日の一件、聞きましたか?キヴォトスに訪れた、『大人』」
「…シャーレ、だっけ?便利屋のようなものだと聞いた」
「そのとーり。よく覚えていましたね。端的に言うと、それが…みんなを助ける、手掛かりになると思ったんです」
「…っ!?」
連邦生徒会にすら縛られることのない超法的機関、『シャーレ』。
その実態は便利屋のそれに近しいと言えど、生徒を招集することが可能であり、かつ先生…『大人』が率いている。
「だって、そうでしょう?あんな強大な組織、キヴォトスに他に存在すると思いますか?」
「…確かに、そうかも」
「要は武力行使になりますが…私たちだけの力じゃアリウスを変えられないのも、事実ですから」
「……」
本当に。
ベアトリーチェの戦力は、未だに計り知れない。
アリウスの教員をはじめとした、十年前の過激派たち。
ゲマトリアという協力者。
本人の持つ、化け物のような力。
特に化け物になったベアトリーチェは、疲弊していたとはいえ先生の指揮下に置かれたアリウススクワッドを相手取れる程度の力を持つ。
ベアトリーチェという、組織の頭から崩していくのも厳しいのが現状だ。
「だから、まずはシャーレを見極めます。信頼するに足り得るのか、どれほどの戦力を持つのか。だから、下手に今動いて嫌疑をかけられたり、トリニティの情報をベアトリーチェに渡すのはあまりいただけないんです」
…ぶっちゃけこの辺は全部建前に過ぎない。
シャーレは…先生は、言うまでもなく生徒の味方だ。これは間違いない。
きっと、妹たちは守ってくれる。
情報にしたって、どうせ聖園ミカから伝わってしまうものだ。
「……とまあ、今回の私の行動はこういう理由があります。納得してもらえましたか?」
「…うん。ごめんなさい、変な事を聞いて」
「だいじょーぶですよ!!気にしないでください!」
…まさか、こういった疑問や疑念を抱かれているとは思わなかったな。
少し注意しないといけないかもしれない。
「…でも、またいつか。こういう機会があったら、アズサに頼むかもしれません。その時は…頼っても、いいですか?」
「勿論。いつでも言って」
「…ありがとうございます」
…即答、か。
本当に、優しくて…強い子だ。
「気にしなくていい。私もよく、スオウに助けられるから」
「当然でしょう!姉ですから!」
「それは違う」
「っ、く…!ま、まあ姉がどうこうは置いておきまして!家族にしろ、友人にしろ…親しい人が困っている時は、みんな全力で助けようとするものです!」
そんな子だから、原作では一人で抱えようとしてしまったのだろう。
みんなを巻き込むまいと、一人でなんとかしようとしたのだろう。
それを、ヒフミを始めとした補習授業部のみんなが…無理矢理手伝って。一緒にいようとして。
きっと、だから…アズサは原作のその後で、みんなを頼ることができるようになったはずだ。
「力が足りなくても。住んでいる世界が違くても。何があっても、きっと助けようとします。だからアズサもいつか困った時はちゃんと私や、みんなや…お友達を頼るんですよ?」
「…?わかった」
…俺の計画がうまくいけば、その一件が起こり得ない。
アズサが、補習授業部のみんなを頼れなくなってしまう可能性がある。
だから、今は伝わらなくても…できることなら、この事を覚えていてほしい。
俺の計画がうまくいったなら俺はもう……何も教えてやることも、変えることもできないから。
「そろそろ休憩も終わりですね。いきましょうか」
「わかった」
だから、今のうちにできることはしておかないとな。
アズサの口調難しい…!!!
アンケート、ご協力ありがとうございました。
まさか読みたいが七割超えるとは思わなかったです。
これはもう書くしかないという事で、早速書いてみました。楽しんでいただければ幸いです。
https://syosetu.org/novel/323622/
なお、掲示板回の更新は不定期になると思います。
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