「お待たせっ、しました!!」
「相変わらず、お前は足が速いな」
「腐りやすいって事ですか?」
「何言ってるの…」
「はははっ…」
軽いジョークを交わしながら、サオリ達と合流する。
「百合園セイアは、この扉の向こうにいる」
「わかりました。アズサ、アレを」
アズサから『ヘイローを破壊する爆弾』を受け取ろうとすると、わずかに逡巡する様子を見せる。
「…大丈夫ですよ。死なせやしません」
「わかってる。わかっているけど…これは、人を殺せてしまうもの。スオウに限った話じゃない。できれば誰にも、持たせたくない」
…『ヘイローを破壊する爆弾』。人を殺せてしまう兵器。
使う、使わないの問題じゃない。
持っているだけで、『殺す』という選択肢が…自分のどこかに、入り込んでしまう。
殺そうと思えば、いつでも殺せるようになってしまう。
…でも、だったら尚更、アズサには持たせておけない。
「……それは、私も同じですよ。それでも、あなたが背負うべきものじゃありません。私は大丈夫ですよ。お姉ちゃんに、まっかせなさい」
…というか、ここで『ヘイローを破壊する爆弾』を受け取れないと困る。
色々、計画に狂いが出てしまうから。
「……」
「…はい、確かに。ありがとうございます」
素直に渡してくれて助かった。
今ここで、争っている場合じゃないからな…っ!?
「爆発音…!?」
「いや、違います…これは…!!」
そこで、シオから通信が入る。
『お、お姉ちゃん…聖園ミカが動いたわ…!今は第7分隊で抑えてるけど、っ、きゃあ!!?あ、あんまり長持ちはしないかも…!』
ってことは今のは、爆発音じゃない。
聖園ミカの、戦闘音…!?
「…っ!わかりました、予定変更!!第6分隊長っ、聞こえますか!!?」
『うぇ、しょ、小隊長!!?そろそろキツ、うわぁぁぁ!!?』
「聖園ミカが動きました!!第7分隊をそっちに向かわせます!!」
『し、シオちゃんだね!!わかった、お願ぁぁあぁあ!!?』
「スクワッド…聖園ミカの、足止めをお願いできますか…?」
「任せろ!」
「え、わ、私は自信が…!」
『言ってる場合じゃないよ。頑張ろう?』
「は、はいぃい…!」
「頼もしいです!!第7分隊長!!今すぐ戦線離脱!!第6分隊長のサポートに!!」
『わ、わかったわ…!』
これで、保険は無くなった。
こちらの戦力には、もう余裕がない…!一刻も早く、するべきことをしなくては。
「フィリ!!戦線を後退させながら、ミネさんを百合園セイアの元へ誘導してください!!」
『…わかったよ………みんな……てったーい……』
「第8分隊長…ミサキ…アズサ…姫…ヒヨリ…頼みましたよっ!」
みんなと別れ、扉を開く。
高級感のある内装に、白い椅子。シンプルなデザインの燭台。
その中に佇む、狐のような大きな耳を持った少女。
「…」
「……百合園、セイアさん」
「ああ、そうだよ。君を待っていたんだ、アリウス分校所属…小隊長、『桐花スオウ』」
「っ…」
やっぱり、ダメか。
ほんの僅か。ほんの僅かだが、淡い期待を抱いていた。
───百合園セイアの識る未来は、原作のものなのではないか、と。
だって、そうだろう?
この世界の未来は、すでに改変されている。俺という、異物の存在によって。
原作と、変わりつつある。
だからこそ、百合園セイアの未来予知が確定した未来を見るものでなければ…あるいは。百合園セイアの諦観も、なんとかできると思った。
だが、結論としてそれは違った。
百合園セイアの未来予知は、『既に改変された未来』を見せる。
それが本人の望むものであれ、そうでないものであれ。
本人の未来予知さえも勘定に入れて、確定した未来を見せるんだ。
「…はい、夢でお会いして以来ですね。百合園、セイアさん」
「……驚きの一つもなし、か。うん、夢で見た通りだ。説明の手間が省けて、助かるよ」
「いえいえ……そのシマエナガ、可愛らしいですね」
「そうだろう。だが、君はそんな下らない世間話をするために、こんな騒ぎを起こしたわけではあるまい」
…もう自分に何が訪れるのかもわかっている、か。
「……一つだけ、聞かせてください。何故、逃げなかったんですか?」
「……君がそれを聞くのかい?てっきりもう、識っているかと思ったが」
……ああ、やっぱり。
「何をしても無意味だったからさ」
……俺には、百合園セイアは救えない。
「君も経験があるはずだ。どれだけ、いい未来を作ろうとしても。どれだけ、いい方向に事を動かそうとしても。結局、未来を変えることなんてできない。それじゃあ、足掻こうという気も失せるものだろう?」
「っ、ぁ…」
…違う。思い出すな。
大丈夫だ。少なくとも、今の時点で…アリウスは、いい方向に向かっているはずなんだ。
大丈夫、大丈夫だ。
「……私は、そうは思いません」
「だろうね。『だからって、何もしないことの言い訳にはならない』…君が教えた言葉だ。まったく、理解に苦しむよ」
「そうです。何をしても無意味だろうと。何もやらない理由にはならない。得られたはずのものも。残せたはずのものも。ただの一つだって、なくなってしまうから」
「見解の相違だね。君がどう願おうと…『
「……さあ。どうでしょう」
そう、俺には百合園セイアを救えない…けど。
今ここで、やれることをやるしかない。
そして、この行動こそ…きっといずれ、百合園セイアを救うことになる。
「ごめんなさい。これしか思いつきませんでした。一年程…あなたに、不自由を強いることになります」
……百合園セイアは、原作通りに進めるしかない。
「…構わないよ。君も、望むところではないだろう。それに、私は夢の中で自由に動くことができる」
「……」
「ただ、君のその行動そのものこそ…私の理論を、肯定するものになると思うのだけれどね」
「はははっ…違いますよ。あなたも、いずれわかる」
「……そうか」
「…これは、『ヘイローを破壊する爆弾』。『ヘイローを破壊する』方法は、幾つもあります。致命傷を継続的に与え続ければいいですから…溺死や、毒殺。異常なまでの銃撃を、与え続けたり。そういった過程を無視できるのが、この爆弾です。が、これを使うつもりはありません。代わりに、意識不明になってもらいます」
「ああ、知っているよ。教わったのだろう?というより、君は知っていることを認知していると思ったが」
「……念のためですよ」
そのためには、百合園セイアの知識もできる限り原作通りにしなくてはならない。
いずれ……きっと、足掻くことをやめるべきでないと。そう、思えるように。
「…念のため、か。未来を識るはずの君が、私に助言を求めるのも…同じ理由かい?」
……未来予知、か。
きっと、俺の原作知識の事を言っているのだろう。
俺の行動から、俺の原作知識を未来予知だと判断した。
「……いいえ。私の未来予知は、一度っきりです。それも変化する前の未来を、断片的に識ることができただけ。この世界に生まれ出でた、その瞬間に」
「……なんだって?」
「だから。大まかな流れしか、わからないんです。これから、何が起こるのか」
「……君、は……そんな、状態で」
「…」
「……なるほど、腑に落ちたよ。未来での、君の行動が。そして何故君が、足掻こうとするのかも」
……それは違う。
たとえ確定してしまった未来を見ていようと、俺は同じ行動をする。
俺は俺に、できる事をする。
「…君とは、同じ苦しみを分かち合えるかと思っていたが…君の抱くそれは、全く別のものなようだね」
「……教えてくれませんか?未来で…妹達が、どうなるのか」
「……妹達、か。私はあまり知らないんだ。自称姉の君の…断片的な未来しか識らない」
「……」
俺の計画が、どうなるのか。
これを百合園セイアに聞くのが、今回の一番大きな目的。
誰にも知らせていない。ただ二人、俺とセイアだけの話。
「結論から言えば……妹は…どうなるのかわからない。運次第だろうね。君の計画は…聞かない方がいいよ。仕方ない、誰のせいでもない。不可能なものは不可能だ。無意味なものは、無意味でしかあり得ない。どこまで行こうと」
「っ…!!」
……覚悟は、していた。
覚悟はしていたが、これはあまりに……。
……だが、それでも。
「……でも、妹達は……助かる可能性があるんですね」
「…ああ、その通りだ。そういう意味でなら、あるいは……君の計画は、成功するのかもしれないね」
あるいは。運次第。
……不確定なセリフ。
つまり。
「つまり、セイアさん。あなたは…未来を、途中までしか知らないんですね?」
「…え?」
「あなたは、私たちの未来をすべて見たわけではない。そうでしょう?」
面を食らったような顔をし、少し呆然とするセイア。
「…そうだね。私も途中までしか見ていないんだ。見るのが、辛くなってしまったからね。悲哀に続くエピローグを見たところで、そこには哀しみしかないだろう?」
「そうですか?ひょっとして、映画のエンドロール見ないタイプ?」
「えんど……?」
「私、エンドロールの後何かあるかもって。気になって、よく見ちゃうんですよね」
「……何が言いたいんだい?」
「勝手に私の未来を決めないでください。その続きがどうなるかなんて、まだ誰にもわからないでしょう?」
少なくとも今日、百合園セイアは…俺の原作知識について、誤った認識をしていた。
セイアは、俺の全てを識っているわけではない。
まだ未来は、決まったわけではない。
俺の計画のその先がどうなるのかなんて、まだ誰にもわからない。
それに今の時点で、みんなだけでも助けられる可能性はあるって、そうわかった。それだけで十分すぎるくらいだ。
「……だが、私の見た未来では…君は…」
「それはもう聞きました。それでも、足掻くのをやめる理由にはならないです」
「っ…」
「今から変えれば、なんとかなるかもしれない。その後に、ハッピーエンドのどんでん返しが待ってるかもしれない。私は、より良い未来を得るために…頑張るだけですよ」
「……その先に、待っているのが…苦しみだけ、だったとしても?」
「…ええ。何度だって、何度だって言います。何をしても無意味っていうのは。何もやらない言い訳にならない」
「……そう、か。同じ、未来を識る者でも…こうも見識が変わるものなのだな」
正確には、俺のは未来予知ではない。
最初から、より良いエンディングに持っていくための土壌が揃っていた。
でも。例えそれが、無意味なものだったとしても。
「…きっと、ここでの私の行動は変わりません」
「…ああ、そうだろうね。君にとって、必要な事なのだろう?」
「はい。だから…見ていて下さい」
「…?」
「勝負です。私とあなた、どちらが正しいのか。だから、見ていて下さい。私の行動を。それが、どんなエンディングに向かうのかを。最後まで」
「……っはは…いいだろう。うん、しっかり見ておくさ。時々、離れるだろうけどね」
手が、震える。
当然だろう。今から俺は、目の前の子供を…意識不明の重体まで、追い込むんだから。
「…できるだけ、痛みは与えません」
「…優しいね。大丈夫、私は元来体が弱くてね。きっとすぐに、意識は失うさ。痛みは一瞬だ」
神秘を込めた爆弾を、セイアに渡す。
「ああ、そうだ。この子を頼むよ。生憎、私たちと違ってさして頑丈ではないんだ」
「…はい。おいで…」
シマエナガを受け取り、軽く撫で付ける。
これから何が起こるかまるで知らないかの様に、可愛らしく首を傾げていた。
「世話は、ミネさんに任せます」
「ああ、それがいい。アリウスの環境では、この子は生きていけないだろうからね。ご飯は中々良いものを与えているし、温度管理も必要だ」
「はははっ…贅沢な子ですね」
掌にしっかりと神秘を込め、シマエナガを守る。
「……おやすみなさい。百合園セイアさん」
「…おやすみ、桐花スオウ。さようなら」
爆発が終わると、シマエナガがセイアへと駆け寄って行く。
……いつも通りの、爆弾が炸裂する音。
だけど今日は、いつもと違って…粘り気を持ったかのように、耳に張り付き続けて。
「…ごめんな。セイア」
風の吹く音が、やけに不愉快だった。