「……ん…」
朝…?寝てた、のか…?
その割には、外が明るい…それに…。
「起きたか」
「っ!?」
まずい、部屋に誰かいたのか?
誰だ、ベアトリーチェか?教員?それとも他の、否、いずれにしても警戒を
「落ち着け」
「…あ、サオリでしたか」
「…寝起きとはいえ、そこまで警戒することはないだろう」
「すみません…実は少し、寝起きは弱い方なんです」
本当に、寝起きはな…まあ、いいか。
それより、今疑問なのは…。
「私、寝てたんですか?」
「…正確に言うと、気を失っていた。流石に放ってはおけないのでな。私たちの家に連れてきた」
周囲を見渡してみれば、アズサを含めアリウススクワッドの4人が眠っている。アズサも、こっちに泊まってくれたのか。
…ああ、そうだ思い出してきた。確かミカがまた接触してきて、それで…うまく息ができなくなって…気を失ったんだった。
なるほど、気を失って…どうりで、夢も見ないわけだ。
…助かった、な。
「おはようございます、サオリ!」
「…はあ…もう体調はいいのか?」
「はい、バッチリです!今までで一番寝覚めが良いくらいですよ!」
「…本当だろうな…?」
かなり心配げな様子でこちら伺っている…まずいなぁ。
ちょっと立て続けに、心配をかけるような事態を起こしすぎたか。
コレはいただけない。
「本当ですよ。額合わせて熱でも見てみますか?」
「いや、それはいい…待て、なんでこっちに寄ってくる」
途端に表情を険しくし、こちらに警戒の色を滲ませる。
「……」
「…なんとか言ったらどうなんだ。おいやめろ、躙り寄るな。おい」
「…妹と額合わせたい…!そういうのしたい…!!」
「本性を表したな貴様…!近づくなよ…!!本気で撃つからな…!!」
「…はははっ…コレ、なーんだ?」
「…ロープ…?…っ!!?」
俺の身体能力を以てすれば、寝起きのサオリにバレないようにヘアロープをこっそりかけるくらい、文字通り朝飯前なのだよ。
「ふんっ!!」
ロープを思いっきり引っ張って、銃を奪い取る。
「謀ったな…!?お前は最初からこのつもりで…!!」
「ふっふっふーん…はぁーっはっはっ!!!さあサオリィ!!観念してお姉ちゃんにあばぁ!!?」
「…朝から、何してるのさ…」
アズサの銃の銃口から煙を出しながら、ミサキがこちらへと近づいてくる。
「ミサキ、おはようございます!」
「…その様子なら、体調はもう大丈夫そうだね。心配して損した」
「はい!心配してくれたんですね!ありがとうございます!」
「…別に」
うんうん、やっぱり『私』はこうじゃないとな。
銃で撃とうが、爆破しようが、燃やそうが、絶対に大丈夫な、妹好きの姉。
心配をかけているようじゃ、『私』は『私』であれないだろう。
「ミサキ、助かった…」
「…ちょっと最近、油断してたよ。忘れがちだけど頭おかしいから、コイツ」
「ああ…その通りだ…」
あ、頭おかしい…?
仕方のないことかもしれないが、随分といえば随分な言われようじゃないか。
「失礼な。お姉ちゃんになんてこと言うんですか」
「妹じゃない」
「妹じゃないよ」
「うぇぇええん…」
妹が皆冷たい…。
うん、でも…俺自身、いつもの調子に戻ってきて助かった。
ちょっと、ヤなことを思い出しちゃったからな。あのままの調子だったら、色々危なかった。
「サオリは私のことお姉ちゃんって言ってくれたくせに…」
「何を馬鹿な妄言を…ねぇ、サオリ」
「…あ、ああ。そうだな。その通りだ、記憶違いじゃないか…?」
「…嘘でしょ?まさかあの狂人を姉って認めたの!?ねぇ、サオリ!!?」
「ふっふーん。ミサキが知らないだけで、サオリは裏で私のことをそれはもう何度も何度もお姉ちゃん大好きと」
「ば、馬鹿なことを言うな貴様ァ!!!お前、本当いい加減にしろ!!私はお姉ちゃんなどと呼んだことはないし、ましてや大好きなどと言ったこともない!!姉さんと呼んだのも一度きりだ!!!」
「あ、今の2回目ですねー」
というかサオリ…。
「…待って、姉さんと呼んだのも一度きりって、一度でも呼んだの?」
「…あ」
……それ、語るに落ちてるぞ。
◇
「なるほど…じゃあ、ミカさんはまた日を改めて来るんですね」
「ああ。…それで、結局聖園ミカとは何を話したんだ」
騒ぎで起きてきた皆と軽い朝食をとっていると、サオリがそう質問してくる。
「っん…あー、それはですね…」
口の中に放り込んだ乾パンを飲み込みながら、サオリの質問に答える。
「…まあ、簡単に言えば協力関係の設立、ですかね」
「…協力関係?」
「はい。次、今回のような事があった場合…そうですね、例えば他のティーパーティの暗殺などでしょうか?を、ベアトリーチェに指示された時に、ミカさんがその偽装に協力するって事です」
…正直、あまりやって欲しいとは思っていない。
「…それ、すごく危険なんじゃ」
「その通りです、アツコ」
万が一にも、ミカが俺たちと関わったことにより罪を問われることになってしまえば…おそらく、ミカはティーパーティの権限を失う。
何よりトリニティの生徒の中でも陰湿なヤツは、事情なんざお構いなしに私刑を行おうとするだろう。
だからこそ、聖園ミカとアリウスの関係性が露見しないようにあの契約を結んだわけだ。
…とはいえ、予想したより事態が深刻そうでなかったのは不幸中の幸いだな。
ミカの精神は、予想よりも安定していたように見える。もちろん、油断するつもりはないけど…あんまり、悪い方向にばかり考えなくてもいいだろう。
大切なのは、現状を正確に把握することなんだから。
「ですから、最初は断ろうとしたんですけど…自分を人質に取られてしまいましてねー…」
「自分を人質に…?どういうこと?」
「一方的に協力するぞー、バレるけどいいの?みたいなことを言われました」
「え、えぇ…!?なんというか、その…」
「…中々、危ない橋を渡ろうとする。スオウが協力しなければ、本当にやるつもりだったのかもしれない」
「そうなんですよ…本当、何をするか読めなくて怖いですよね」
正直、あの脅し方は予想外だ。
あんなことを言われてしまえば俺は従うしかないが、万が一にも俺が協力しなければどうするつもりだったんだ…。
「ということで、この後その件をベアトリーチェに報告してきます」
「今回も、隠しておかないのか?」
「ええ。というか、正直この件は隠しておくのは無理です。今後もミカさんとは接触するでしょうし…だったら最初から、ミカさんをこちらに引き込んだことにしてしまえばよいかと。ヒヨリ、乾パン残りあげます」
残った乾パンを缶に入れたまま、ヒヨリに差し出す。
「え、いいんですか…!?ありがとうございます…!」
「…もういいのか?」
「はい。私、朝はあまり食べませんから」
木彫りの器に入った野菜のスープに
「…ふぅ」
暖かいスープが、弱った胃腸に染み渡る。
味こそ薄いが、こうして暖かいものを食べる事ができるというのは心身共に良いことだ。
健全な肉体と健全な精神は、健全な食事から訪れるんだから。
火おこしは弾薬を使えば比較的容易だし、神秘を込めれば火もかなり長持ちする…火力も高くなってしまうけど。
…しかし、何というか。
こうしてのんびりとした朝を過ごすのは、随分久しぶりな気がする。
いや、この後ベアトリーチェに報告へ行くことを考えれば、決してのんびりできるわけではないんだけど…なんだか。
「……」
こうして朝起きたらみんながいて。
他愛もない会話をしながら、食事の準備をして。
みんなで一緒に、朝食を取る。
「……ふふ…」
「…?スオウ、どうかした?」
「…いえ、何も」
ずっとここにいるわけにはいかないけど……まあ、今日だけ。
……今日だけは、少し…ここにいても、いいのかな。
「あ、ヒヨリ。それ有料です。見返りに撫でさせて下さい。あとお姉ちゃんって呼んで、なーんて…」
「っ、むぐっ!?そ、そんな……うわぁぁあん…!!」
「お、お前!!自分から求めてくれるから価値があるとか、気色の悪いことを言っていただろう!!」
「待って。スオウは、そんなことを言っていたの?」
「あ…アズサはいなかったね。そうだよ…一ヶ月前くらいだったかな」
「……うわぁ」
「うん…私も、少し引いた。スオウは…たまに、おかしくなるから」
「たまにじゃないでしょ…いつもおかしいよ、コイツは」
…軽い冗談だったのにこの反応、酷くない?
結局こんな感じか…まあ、こういうのも…悪くは、ないな。
「……はははっ」
「う、うぅぅう…!!お、おね…おねえ、ちゃ、ぁあぁ…!」
「呼ばんでいい!スオウ、お前も笑顔で圧をかけるな!」
「えっ?」
そ、そんなつもりはなかったんだけど…?
◇
「…って事で。ミカさんのことは、上に既に伝わっています」
「うん、オッケー!ってことは、私のことはスオウちゃんも正式に認めてくれるんだね!」
「……本当は、やめて欲しいですけどね」
後日、ミカが再びアリウスに接触してきた。
「ミカさんは…セイアさんの殺害に協力したことを利用して、脅迫したということになっています。今後何かあったら、そういう事で口裏を合わせてください」
「…そっかぁ…わかったよ。とは言っても、私が上の人に会う機会があるのかわからないけどさ」
「…どうしても、やめてくれませんか?」
ミカを俺たちと関わらせ続けるのは、あまりにリスクのある行動だ。
本当なら、今すぐにでもトリニティに帰って欲しいくらいに。
「もー、またそれ?私はやめるつもりなんてないよ」
「でもそれじゃあ、あなたに危険が…」
「じゃあさ」
途端に、ミカの表情が真剣なものへと変わる。
「…じゃあスオウちゃんは、何で危険を犯してまで…セイアちゃんを、死なせないように動いたの?」
「…え?」
「バレたら危ないんでしょ?上の人たちに。なのに、何で実際に会ったこともないセイアちゃんのために?」
「……」
それが俺の、大人のやるべき事だから。
目の前で救えるかもしれない人間を見捨てたくないから。
計画に必要なことだから。
理由は、いくらでも湧いてきた。
それでも、答えることはできなかった。ミカを、余計巻き込んでしまうことになるから。
「…人を殺したく、なかったからです。ただ、それだけです」
「……本当に、それだけ?」
「…っ」
ミカが何を考えているのか、わからない。
こちらの考えを探っている、ように見える。
少なくとも今までのミカなら、今の発言で納得していた、はずだ。
「……まあ、それでもいいよ。でも、理由がどうあれ…スオウちゃんはセイアちゃんを殺さないでいてくれた。だから、これはそのお返し。私なりのお礼だよ。あなたと同じ。自分のしたいことのために、危険も犯すの」
「…はあ…それを言われちゃ反論できませんね」
無理矢理やめさせようかと思ったけど…そういうわけにもいかないもんな。
下手に動いて、ミカの精神に負荷をかけるわけにもいかない。
…百合園セイアの、殺害計画。
俺はようやく一つ、たった一つだけだが原作の…エデン条約の山場を超えた。
これからも多くの山場が、分水嶺がある。それらの全てを超えなくてはならない。
ベアトリーチェを殺し、みんなを助ける、そのために。
『君の計画は…聞かない方がいいよ。仕方ない、誰のせいでもない。不可能なものは不可能だ。無意味なものは、無意味でしかあり得ない』
百合園セイアの言葉が、木霊する。
セイアは一体、どんな未来を見たのだろう。
一体何を以て、俺の計画は失敗なのだろう。
「…」
次の山場はおそらく、桐藤ナギサの襲撃だ。
そしてそれが、俺の計画の成否に大きく関わってくる。
だからこそ…そこに聖園ミカの協力が加わるというのは、確かに全体で見ればメリットなのかもしれない。
だが、そのためにミカを蔑ろにするつもりもない。
「…ミカさん」
「なあに?」
「…頑張りましょうね。お互いに」
「!…うん!」
……とにかく、しばらくは大きな山場もないんだ。その間に、ミカも協力をやめてくれるかもしれない。
そこへ向けて、できることをしていかないとな。