ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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『彼女』(わたし)の識らない物語

 それは、“彼”にとっては初めての出来事ではなかった。

 

「……先生」

 

 夢と現の狭間に存在するような。

 自己の存在の認識さえ曖昧になり、微睡の海に浸っているような、浮き沈みする感覚。

 

 明白な思考といったものは存在せず、ただ目の前の少女の紡ぐ言の葉を受けることしかできない。

 

 “彼”がここ、キヴォトスに訪れ……そして、こともあろうか初対面で居眠りをかました時。

 あの時も、どこかの誰かが……こんな風に、話しかけていたように感じていた。

 

「もしかしたらこれから始まる物語は、君のような者には適さない、似つかわしくない話かもしれない」

 

 だが、違う。

 明らかに。

 

 目の前にいる少女は、あの青髪の生徒とは別人だ。

 

「不快で、不愉快で、忌まわしく、眉を顰めるような……」

 

 しかしそれを表現する口も、顰める眉も持ち合わせない“彼”は、大人しく話を聞き続けるしかなかった。

 

「相手を疑い、前提を疑い、思い込みを疑い、真実を疑うような……」

 

 ここには存在しない『彼女』であれば、一言一句違わぬ発言に落胆していただろう。

 少女……百合園セイアの言葉は、『彼女』の識る通りだった。

 

「……そして結局。皆が独りよがりに行動し、一人で抱え込もうとする。誰かを信じられないが故に」

 

 そして今、変化した。

 『彼女』の知らない物語が、始まろうとしている。

 

「だから、悲しくて、苦くて、憂鬱になるような……それでいて、ただただ後味だけが悪い……そんな話だ」

 

 その変化を知る由もない二人は、『彼女』の識る通りに話を続けていく。

 

「しかし同時に、紛れもない真実の話でもある。もっとも、この点については議論の最中なのだがね……ああ、気にしないでくれ。いずれわかるだろう」

 

 “彼”の意識が、浮上していく。

 

 浮き沈みするような微睡が消え、明白に水面へと徐々に、徐々に上がっていく。

 

「どうか背を向けず、目を背けず……最後のその時まで、しっかり見ていて欲しい。……なんて、彼女と同じことを言ってしまったか。まあいいさ、ともあれ……」

 

 もはや言葉も曖昧になる。

 

「それが、先生……『この先』を選んだ、君の義務だ。そして『この先』を識らない、私の」

 

 

 

────そして。

 

 

 

「“……あれ?”」

「ちょっと、先生!!?寝ている暇はありませんよ!!?」

「“え…?……うわぁ”」

 

 目覚めた自身の目の前に広がる書類に、先生は頭を抱えるのであった。

 

 

 

 

「こんにちは、先生。こうしてお会いするのは初めてですね」

 

 トリニティを一望できるテラスの上、用意されたテーブルの向かい側に、長く伸ばしたプラチナブロンドの髪の少女が佇んでいる。

 右手に持ったティーカップを口元に寄せ、その香りを楽しみながら一息ついているようだ。

 しかしその双眼は、決して先生から目を離さない。

 

「ティーパーティのホスト、桐藤ナギサと申します。そしてこちらは、同じくティーパーティのメンバー、聖園ミカさんです」

 

 促されるようにして、先生はナギサの隣にいる少女に目を向ける。

 桃髪の、豪勢と表現しても差し支えない大きなヘイローを持つ少女。

 

 軽く会釈をした後、ナギサへと視線を戻す。

 

「あらためて、お初にお目にかかります。私たちがトリニティの生徒会、ティーパーティです」

 

 と、そこで。

 不躾な視線を感じる。

 

「へー、これが噂の先生かー。あんまり私たちと変わらないね?」

「……」

 

 沈黙。

 

 ヤベェよアイツ、初対面なのにいきなりかましやがった。

 

 どこかでそう囁かれたように聞こえたのを、先生は頭を振ってなかったことにする。

 

「なるほど、ふーん……って、あ、ごめんね?失礼だったね……」

「……自分で気付いたのは良いことですが、それならば最初から言わないことを勧めます。失礼しました、先生」

「うぅ…ごめん……と、とりあえず!これからよろしくね、先生!」

「“こちらこそ、よろしく”」

 

 砕けた態度に、柔らかい口調。

 

 決して高圧的ではなく、同じ目線に寄り添うような話し方。

 

 なるほど。黒い噂もあるが、少なくとも白昼堂々と高圧的に接したり、淫靡な目線を向けるような者ではないのか。

 無論、信用するわけではないが……と、ナギサはそう先生を分析する。

 

「……」

「……ふふっ」

 

 そんなナギサの分析も露知らず、ミカといえばああ、この人いい人そうだなぁ、顔は結構いいなぁ、目の下に隈があるなぁ、など、特段深く考えずに先生を観察している。

 ……そして、わずかに。警戒と、期待を寄せる。

 もし、もしも彼が…と。

 

 どちらが良い、などと言う話ではないが、上に立つ者としてどちらが正しいかと言えば、それはナギサであろうことは明白だった。

 

「……トリニティの外の方が、このティーパーティの場に招待されたのは、私の記憶では先生が初めてです。普段は、トリニティの一般の生徒たちも簡単には招待されない席でして……」

「あー、何それナギちゃんちょっといやらし、い……ごめん……」

「……三回」

「なんのカウントダウン……?ねぇ、怖いよ……?」

「“はは……”」

 

 まるで茶番のような二人のやりとりに、先生は苦笑いを溢す。

 この二人は、随分と仲が良いようだ。

 

「……失礼しました、先生。あらためて。こうして先生をご招待したのは、少々お願いしたいことがありまして」

「“お願い?”」

 

 神妙な顔つきになったナギサに対し、先生も姿勢を改め、真剣に耳を傾ける。

 

「もー、ナギちゃん?いきなり本題に入りすぎだよ!もっとこう、アイスブレイクとかも大事でしょ?今日はいい天気だね、とか、ご趣味は、とか、兄弟関係とか」

「……」

「そんな綺麗なお目目で睨んでも駄目だよ。こういうちょっとした打ち解けが、後々大事になることだってあるんだよ?それに、その人と自分がうまくやっていけるかどうかだってわかる。きちんとしないと!」

 

 いやに具体的なミカの提案に、ナギサは確かに一理あるな、と少し考え直す。

 

 ……が。それはあくまでも、平時の話。

 今のナギサにはそれをやるだけの時間と、心の余裕がない。

 

「……一理ありますが、今は時間がありません。あなたは今ホストではないのですから、私のやり方に従ってくださいな」

「……ナギちゃん……人を納得させるなら、あんまり高圧的な態度を取らない方がいいと思うよ…?」

 

───この馬鹿、噛み付いてきやがった。時間がないと言っているのに。

 

 頭の血管が二、三本切れたのを臆面にも出さず、なんとか怒りを鎮める。

 

「……まあ、その点については後日議論するとしましょう。平和的に、ね」

「な、ナギちゃん……?血管浮いてるよ……?綺麗なお顔が台無し……」

「誰のせいだと……!」

「“え、えっと……あなたたちが、トリニティの生徒会長なんだよね?”」

 

 一触即発の雰囲気を感じ取ったのか、そう言って話の流れを変える先生。

 

「おお、ナギちゃん!先生が空気読んで話逸らしてくれたよ!?ほら、これが大人の話術!やっぱり世間話も必要なんだよ!」

「……はい。仰る通り、私たちがトリニティ総合学園の生徒会長たち(・・)です」

「あ、あの、ナギちゃん?怒った?」

「『生徒会長たち』と言うのは耳慣れない言葉かもしれませんね……端的にご説明しますと、トリニティの生徒会長は代々複数人で担っているものなのです」

「あれ、ナギちゃん無視?もしかして無視かなー?おーい?」

 

 アホの言葉に逐次反応していては、埒が開かない。

 そう判断し、ナギサは横の雑音を無視して話を進めた。

 

 その最中に、ナギサは堪忍袋の尾が切れミカの口にロールケーキをぶち込もうとするのだが……ともかく、先生に対してトリニティの歴史を説明したのだ。

 

「……さて。そろそろ本題に入りましょうか。私たちが先生にお願いしたいのは、簡単なことです」

「簡単だけど、重要なことだよ」

「はい、そうですね」

 

 合いの手を入れるかの如く補足したミカに同調しつつ、一呼吸おいて、ナギサはついにその本題を先生に伝える。

 

「……補習授業部の、顧問になっていただけませんか?」

「“補習授業部?”」

 

 聞いたことのない部活だ。

 先生の口から漏れた疑問に答えるように、ナギサは説明を重ねる。

 

「はい。つまり、落第の危機に陥っている生徒たちを救っていただきたいのです。『部』という形ではありますが、今回は顧問というより『担任の先生』と言った方がいいかもしれませんね」

 

 なるほど、だから補習授業なのか。

 

 内心納得しつつ、続くナギサの話を聞く。

 

「トリニティ総合学園は、昔からキヴォトスにおいて『文武両道』を掲げる、歴史と伝統が息づく学校です。それなのにあろうことか、よりにもよってこの時期に、成績の振るわない方がなんと四名もいらっしゃいまして……」

 

 恐らく、その者たちの面倒を見てくれという依頼なのだろう。

 内心受ける決意を固めながら、先生は渡された名簿に目を通す。

 

 どこぞで見たことのある名前もちらほらある。

 

 阿慈谷ヒフミ。

 

 浦和ハナコ。

 

 下江コハル。

 

 ……そして。

 

 

 

 

「あ、あの……」

『シューッ……シューッ……』

「……ど、毒ガスなんてないから……とりあえずソレ、外そう……?」

 

 ……白洲アズサ。

 

「すまない。ここに逃げ込む前、催涙弾を使用した。もしかしたら漏れているかも」

「え、えぇ……!?そ、それ、先に言ってよぉ……どうりで涙が……」

「これを使うと良い。それと、これも。食事は心を落ち着ける効果がある」

 

 と、横にくっついている甘川アシリ(おまけ)

 

「あ、ありがとう……うぅ……どうしてこんな目に……!」

「仕方がないことだ。今はとにかく、できる抵抗をするしかない」

「私は平和的に解決しようとしたんだけどねぇ……!?」

 

 偶々だった。

 偶然、彼女たちはいじめの現場に通りがかり……そして、両名ともに見逃せなかった。

 

 そんな正義感からくる偶然の出会いから、こうして共に逃亡している。

 もっとも、逃亡する羽目になったのは、白洲アズサが抵抗するために正義実現委員の一人を撃ってしまったからなのだが。

 

「うぅぅうぅ……!部員のみんなにはどうやって説明したら……!」

「……部員?」

「忘れた!?ねぇ、忘れたの!!?私だよ!!アシリ!!自販機の人!!」

「……名は、互いに名乗っていなかったと思う。それと、あまり大声を出さないで。まだ準備が終わっていない」

「あぅ……じゃあ、お互いに改めて……私の名前は甘川アシリ。奉仕活動部、部長だよ……」

 

 どこか腑に落ちない感情を抑えつつ、自己紹介に入る。

 

「白洲アズサ。部活は未所属……いや、違った。補習授業部だ」

「ほ、補習授業部……?聞いたことが」

『そこにいるのはわかっている!!!今すぐ抵抗を止め、出てきなさい!!!』

「ひんっ」

 

 ああ。どうしてこうなった。

 

 歯の奥を噛み締め、自らの運命を恨む。

 

 本来ならば、もっと時間をかけてから再度接触するつもりだった。

 まだ彼女がどんな人間なのかもわからないのだ。というより、アリウスそのものの状況がわからない。

 そもそも、『彼女』が生きているのかどうかさえも……。

 

「……」

 

 もし、生きてくれているのなら。

 

 自分たちがしてきた準備も、無駄ではないのだろうか。

 

「……ん?待って、準備?ねぇ、今何してるの?」

「……ここは、火薬庫。周囲は完全に包囲されてて、脱出経路はあの扉だけ、それも塞がれた。つまり、脱出するならもう、この方法しかないはず。しっかり掴まって」

「……え?ちょっと待って、なになに何やだっ」

 

 ドォン、という轟音と共に、目の前が真っ暗になる。

 体が宙に浮くような感覚。熱を感じながら、手で精一杯、アズサを掴む。

 

「うわぁああぁぁあああん!!!もおやだぁあああああああ!!!」

 

 ……こうして、『彼女』の識らない物語が。

 

 『エデン条約編』が、ついに幕を開けた。




お待たせしました……!
活動報告にもあるように、私が新型コロナウィルスに罹ってしまったため、更新を一時停止していました。
ご心配をおかけしてしまい、誠に申し訳ございません。
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