『シューッ……シューッ……』
「うぇあぁぁああ……!どうしてこんなことに……!」
「……」
「“……”」
いよいよ捕縛されたアズサとアシリの前に現れたのは、阿慈谷ヒフミとシャーレの先生。
「……惜しかった。火薬で脱出するのは悪くないと思ったのに……いつも、あんなことをしていたなんて」
スオウの戦術を参考にした火薬による加速、及び脱出を行った後、体に残るダメージにより消耗戦を強いられた。
アシリも仕方なく加勢したは良いものの、全く役に立つことなく正義実現委員会にしょっ引かれたのだ。
「……尋問するなら、好きにすればいい。ただ、拷問に耐える訓練は昔受けていた。そう簡単に口は割らない……それと」
「……?」
「この人は、見逃してあげて。私が巻き込んだだけ」
「えっ!?ち、違うよ!私も私の意思でやっただけであって、別にあなたのせいじゃ……!」
「“え、えっと……?”」
弁明をしようとするアシリに対し、状況が飲み込めない先生たち。
と、そこでアシリはようやく気がつく。
トリニティにこんな大人がいただろうか、と。
「ひょ、ひょっとしてお客さん……?は、初めまして!奉仕活動部部長、甘川アシリです……」
「……白洲アズサ」
「“初めまして、アズサ、アシリ。私はシャーレの顧問の、先生だよ”」
「せ、先生……!?」
『先生』。ここキヴォトスでは教員はいるが、先生は珍しい存在だ。
しかし、聞き覚えのある単語だった。
それも、つい最近。
『シャーレの先生と、協力関係を取り付けたわっ!!これでもっと捜索もしやすくなるわね!!』
『ね、ねぇ!?勝手に何してるの!?』
『大丈夫、先生はいい大人よ。きっと私たちの力になってくれるわ』
『私の話聞いてた!?』
ああ、そうだ。マユミのアホが言っていたのだったなと、記憶を辿りなんとか思い出す。
「……」
未だ収まらぬ怒りに青筋を浮き上げつつ、なるほど、つまりこの人が件の……と、よく観察する。
「こ、この人が先生……マユミちゃんは騙せても、私の目は誤魔化せないよぉ……!?」
「“……?”」
本人は独り言のつもりで言っているが、ただでさえ密閉された空間だ。先生の耳にも当然届いていた。
「“ええっと……特に騙そうなんてつもりは……”」
「なっ!?き、聞こえてる……!?いや、まさか心を読むことが……!?」
「いえ、思いっきり漏れちゃってるだけかと……」
「こ、この子も……!?」
「ところで」
変態に凶悪犯、加えて妄想癖の激しい変人。このままでは埒が開かない。
そう判断し、ハスミが切り出す。
「……ところで、先生は一体なぜここにいらっしゃるのでしょうか?」
「“ああ、それはね……”」
「わ、私たち、補習授業部のメンバーを迎えにきたんです!」
……補習授業部。そういえば、後輩の下江コハルも入部が確定していただろうか。
そんなことを思いながら、ハスミもなんとなく状況を察し始めた。
「……なるほど、つまり先生が補習授業部の担任の先生になられると、そういう認識でよろしいでしょうか?」
「“うん、その通りだよ。それで、ここにいるハナコと、アズサと、もう一人を迎えにきたんだ”」
「そうですか……残念です。できれば、お手伝いしたかったのですが」
「“連れて行っても大丈夫かな?”」
「はぁ!?ダメに決まってるでしょ!?絶対ダメ、凶悪犯なのよ!?」
「ぐふっ!!?」
凶悪犯という言葉に今の自分の立場を再認識させられ、血反吐を吐くアシリ。
部員にはどう説明したものかと考えを巡らせる。
「コハル。先生はシャーレの方として、ティーパーティからの依頼を受けてこちらにいらっしゃったのです。規定上は問題ありません。補習授業部の顧問、担任の先生になるのですから」
「え、えぇ……まあでも、先輩がそう言うなら……」
「ね、ねぇ、それって私はこのまま拘束されるってことですか……?」
「……」
「なんとかいってよぉ!?」
そっぽを向くハスミに対し、縋り付くことしかできないアシリ。
この際、自分が正義実現委員会に拘束され、最悪の場合矯正局送りにされることも仕方がない。甘んじて受け入れよう。
だが、だがしかし。このままでは、奉仕活動部のみんなにも迷惑がかかる。
停部か、もしくは廃部か。
ただでさえ部員数はギリギリの状態なのだ。自分が抜けた穴を埋められるとも考えがたい。
「そうだアズサちゃん!奉仕活動部に入らない!!?」
「え、その」
「わ、私はきっと……矯正局送りだからぁ……!お願い!部の存続が危ういの……!へ、へへ、この際私の私物とかもあげちゃうよぉ……?」
「あの……補習授業部に入っている間は、他の部活動は停止されるので……多分、入部も難しいかと……」
「そ、そんなこと言わないで……!」
酷く浅ましい様子で、今度はアズサに縋り付くアシリ。
その様子と勢いに、若干引き気味なアズサ。
もはや水着姿の変態が気にならないその惨状は、表すならまさしくカオスという表現が適切であった。
「そ、そんな状況なの……?その、もしどうしてもって言うなら、私が入っても……その、名前だけ貸す感じで……」
「ほ、ほんとぉ!?お願い、コハルちゃん……!もうあなたしかいないよぉ……!!」
「ちょ、近づかないで!そもそもアンタ、未だに凶悪犯扱いは変わらないからね!?」
「そ、それでもいいから!何卒、何卒奉仕活動部を……!」
「……ふぅ……コハル」
そのまま勢いで押し切り、コハルを奉仕活動部に入れさせようとしたところで、ハスミからストップがかかる。
「えっ、な、なんですか……?あれ、正義実現委員会って兼部はダメでしたっけ……?」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
「あぅ……」
「“その、最後の一人は……”」
「はい、その、非常に言いにくいのですが……最後の一人は下江コハルさん、です」
「……」
場の空気が凍る。
あまりの居た堪れなさに、その場の誰もが言葉を発することができなかった。
「う……!うわああぁあぁああああん……!もう無理だよぉ……!奉仕活動部はここでおしまいなんだぁ……!ごめんね、マユミちゃん、みんな……!それに、ガスマスクの人……!ごめんねぇ……!」
「“……マユミ?”」
「いえ、その……この程度では、矯正局送りにはなりませんよ……?」
「えっ?」
あまりに衝撃的な言葉に、一瞬で涙を止めるアシリ。
「今回は、事情も事情ですから。あなたたちが長時間抵抗している間に、こちらも周囲から状況を聞き取り調査しまして……まあ今回は、せいぜい厳重注意程度かと」
「や、やったぁ!よかった……!もうおしまいかと……!!」
安心感からか泣き崩れ、その場に倒れ込む。
ようやく凍りついた場の雰囲気も和み始め、これにてひと段落……かと、思いきや。
「ちょ、ちょっと待ってください!私、まだ補習授業部入りに納得してないです!」
未だ納得していない生徒が一人。
「……はぁ……コハル。あなたは今、何回連続で赤点を取っていますか?」
「え、えっと……さ、三回……くらい……です……」
「もはや留年も目前でしょう?」
「そ、それは……!」
「補習授業部の活動が終わるまでは、正義実現委員会としての活動を行うことはできません。しっかり励みなさい」
「う、うぅ……!」
「が、頑張ってね……コハルちゃん……何かあったら、奉仕活動部を頼って?いつでも、力になるから」
先ほどとは立場も逆転し、コハルに同情を送るアシリ。
ともすれば、自分も部の活動を停止させられていたのかもしれないのだ。
「あ、ありがとう……」
「“それじゃあ、行こうか”」
「……あら?これで全員なのですね?てっきり、流れを見るにアシリさんも……」
「わ、私はそこまでバカじゃないよ!?」
「うっ……!」
自らも補習授業部の一員であると考えられることに対し、強い抵抗を示すアシリ。
が、しかし、そこで見知った顔に話しかけられていることに気がつく。
「……って、ハナコちゃん……ひ、久しぶり……」
「はい、お久しぶりです」
補習授業部二年、浦和ハナコ。
結論から言えば、アシリはハナコの
「その、元気だった?最近、あまり姿を見なかったけど……ちょっと待って、なんで水着一丁なの……?」
「それはここが学校の敷地内だからですよ?プールは、学校の敷地内ですよね?そして皆さんは、そのプールでは水着姿になる……つまり学校の敷地内なら、水着になるのはなんら違和感のないことなのです!それともアシリさんは」
「TPOを弁えろよぉ!!?」
「……ふふっ。言い切る前に言われてしまいました」
先程コハルを論破したその言葉も、アシリには通用しなかった。
若干の悔しさを覚えつつ、先生の方へと向き直る。
「では、向かいましょうか」
と、補習授業部の面々がその場を離れようとしたところで。
「……あれ?」
ふと、一つの疑問に思い至る。
「でも確か、ハナコちゃんって」
鋭くなるハナコの目つきに気付かぬまま、疑問を口にしようとして。
「ちょっとアンタ!!どうやってまた抜け出したの!!?」
「あら、随分前からここに戻ってきていましたよ?」
結局コハルのツッコミに遮られ、それは能わなかった。
「だったらさっさと服くらい着なさいよ!?頭おかしいんじゃないの!?この変態!!!」
「私、コハルちゃんとはすっごく仲良くなれそうな気がするよ……」
その疑問を口に出すことができず、結局話は流れてしまう。
「そ、それじゃあアズサちゃん……補習授業部、頑張ってね……?困ったことがあったら、奉仕活動部を頼って……?それと、一応……守ってくれて、ありがとう」
「……別に、大したことじゃない。それより、部活動の時間は大丈夫なの?」
「……あ゛っ」
そういえば、部員に連絡も取れていないのだった。
改めて自分の惨状に焦りつつも、最後に一つ、伝えなくてはいけないことがあることに気がつく。
「わ、忘れてた!私、もう行くね!!それと、先生!!」
「“……?”」
「私、マユミちゃんの仲間で、お友達です!!例の件、何かあれば私にも!」
「“……!”」
マユミの、例の件。
あのことだろうかと、当時の記憶を思い出す。
『“今回も手伝ってくれてありがとう、マユミ”』
『別に、構わないわよ』
『“何かあったら、いつでも言って。きっと私が力になるから”』
『……別にいいっていうのに……でも、そうね……それなら……』
普段明るく、笑顔の絶えない彼女にしては真剣な表情。
先生の記憶の中にも、深く印象に残っていた。
『“……?”』
『……アリウス分校。この言葉について、どんな些細なことでもいいわ。もしもどこかで聞くことがあれば、私たちに教えてちょうだい。そして、できれば積極的に情報を集めて。……きっかけを得るなら、きっとトリニティね。お願い、できるかしら?』
『……うん。任せて』
『……ありがとう。感謝するわ』
アリウス分校。
未だに自身の耳に入ることのない、そのフレーズ。
彼女たちは、何か知っているのだろうか?
「それと、ま、まだ信用したわけじゃないんだから!!それじゃあ!!」
「“あ……”」
その疑問をぶつけようとしたが、先生が言葉を発する前にアシリは走り去ってしまった。