ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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在りし日

「みんな、おっは、よー……?」

 

 各々の思惑が揺れ動いた夜から、一晩が経ち。

 意気揚々と補習授業部の合宿場所の扉を開いたのは、甘川アシリ。

 

「ちょっ、ちょっと!!いきなり何!?」

「急いで!シャワーを浴びに行こう」

「……え、っと…」

 

 が、しかし。

 

「ちょ、腕を引っ張らないで……!」

 

 扉を開いた先に現れたのは、恐らくはコハルをシャワー室へ連れ込もうとするアズサ。

 

「っ……!!」

 

 その光景に、アシリの脳は瞬時に回転を始め。

 

「……おっ……お邪魔しましたぁ!!!」

「ちょっと、誤解!!」

 

 辿り着いた結論に、その場を急ぎ走り離れた。

 

 

◇

 

 

「……ってことで、今日から改めてみんなの手伝いをするんだけど」

「……」

 

 同様の結論に帰結したコハルが瞬時にアシリを呼び止め、なんとか誤解を解き、勉強会の準備が整えられる。

 

「なんでみんな仲良く隈作ってるのかなぁ……?」

「“アシリもね”」

「うっ……!」

 

 先生の鋭い指摘に対して、鈍い声を上げるアシリ。

 

 正直、ほとんど理由はわかっている。

 ヒフミは遅くまでテスト作成をしていたから。

 アズサとハナコは、昨夜遅くまで話をしていたから。

 対し自分は、そんな会話を盗聴していたから。

 

「ぐはっ……!」

 

 自分の頭に浮かんだ盗聴の二文字に、一人でにダメージを受ける。

 

 自分たちの目的のためだ。糾弾される覚悟も、罰せられる覚悟もある。

 それはそれとして、罪悪感に耐えられるかといえばそれはまた別の話なのだ。

 

「“大丈夫?”」

「あ、はい、その……私も、寝不足なんです……」

 

 追求されると大いに困るため、焦りながらも平静を装う。

 

「しかし、みんな寝不足……唯一隈のないコハルちゃんといえば、やけに疲れてるし」

「……それでも、やるしかありません!」

 

 やけに気合いの入ったヒフミが、前方の黒板の前へ登壇した。

 

「みなさん、こちらにご注目ください!」

「……?」

「……今日は補習授業部の合宿、その大切な初日です!」

 

 身振り手振りを交えながら、メリハリのある挙動で演説を始める。

 

「私たちは大変な状態で、ともすれば慌ててしまいがちな状況ですが……難しく考える必要はありません!一週間後の第二次特別学力試験で合格する、それだけです!」

「そうだね」

「ですね」

「……」

 

 そんなヒフミの動きに対し、同調を返す一同。

 

「……」

 

 一見すると異様なまでに気合が入っているように見えるが、アシリとしては昨夜知った『事情』から頷けるように思えた。

 なんせ、合格できなければ皆仲良く退学なのだ。

 

 その上、補習授業部の中でそれを知っているのは自分一人とくれば、責任感も生まれようというものだった。

 

「……」

 

 しかし、中々に酷な話だと、ふとそう思う。

 

 裏切り者を見つける重責を、たった一人の生徒に背負わせるとは。

 その上、裏切り者が判明するまでは苦楽を共にする仲間なのだ。

 これでは、『トリニティは陰湿』などというアイツの発言、そのままになってしまう。

 

「そこで……今から、模擬試験を行います!」

 

 そんなアシリの思考を遮るようにして、ヒフミが発言する。

 

「……模擬試験、か」

「なるほど……?」

「きゅ、急に試験!?なんで!?」

「っな、なるほどねぇ……」

 

 ビクッと体を跳ねさせながらもなんとか反応を返す。

 おそらくではあるが、ヒフミの言いたいことはつまり、そういうことなのだろうと、そう予測しながらも体制を立て直す。

 

「闇雲に勉強しても、あまり効率がいいとは言えません。着実に目標達成のためには、何ができて何ができないのか、今どのくらいの立ち位置なのか……まずそれを把握する必要があります!」

「うん……確かに、私たちもその方がやりやすいねぇ……」

「そこで、昨晩こちらを準備してきました!」

 

 じゃじゃーん、と小さな声で言いながら、封筒を取り出すヒフミ。

 

「昨年トリニティで行われた試験問題と、その模範解答です!まだ中途半端と言いますか、集められたのは一部だけなのですが……」

 

 若干の落ち込みを見せつつ、封筒から問題を取り出すヒフミ。

 

「あ、そうだヒフミちゃん」

「はい?」

「ふっふっふ……じゃーん!」

「っ!こ、これは……!」

 

 そう言ってアシリが取り出したのは、トリニティの定期試験の過去問題。

 十年以上前のものさえもあった。

 

「な、なぜこんなにたくさん……!?」

「忘れちゃった……?私たちは奉仕活動部!生徒の困りごとを解決するんだから、この程度想定内!部の創設以来、集め続けてきたんだよ……!」

 

 本来の目的はそれだけじゃないけどね、という言葉を飲み込み、ヒフミに問題を手渡す。

 

「ありがとうございます!有効に使わせていただきます……話が逸れましたが、改めて模擬試験についてです!」

 

 封筒に入れられた過去問をカバンにしまいこみつつ、試験の概要の説明を続ける。

 

「先生の協力の甲斐あって、第二次試験に近い形の模擬試験が完成しました!試験形式は本番と同じものを想定しています」

 

 問題を皆に配り終え、ヒフミ自身も席に座り直す。

 

「さあ、まずはこれを解いてみましょう!」

「“それじゃあ、試験時間は私が測るね”」

「あ、お、お手伝いします……!」

「“うん、ありがとう”」

 

 そうして、全員が準備を整え。

 

「“それじゃあ、第一次補習授業部模試……始め!”」

「あ、名前ついてるんですねコレ……」

 

 第一次補習授業部模試が始まった。

 

 

◇

 

 

 試験が始まり、意気揚々と試験を開始した一同だったが……。

 

「……そうか」

 

 白洲アズサ。四十三点。

 

「……え?」

 

 下江コハル。十六点。

 

「あらまぁ……」

 

 浦和ハナコ。四点。

 

「……」

 

 阿慈谷ヒフミ。六十八点。

 

「い、一応、私も解いてみたよ……」

 

 甘川アシリ(おまけ)。八十一点。

 

 結果は下々。四人中三人が不合格など、笑い話にもならなかった。

 

「これが私たちの現実です。このままだと、私たちの先に明るい未来はありません……」

「そ、そんなに卑下しなくても……」

「いえ、事実は事実です。ここからあと一週間、みんなで六十点を超えるためには、残りの時間を効率的に使っていかなくてはならないのです!」

「おぉ……!」

 

 最初はそこまで言わなくても、と思ったものの、全体を通して見れば上手な喋り方だ。

 自身の位置を再認識させ、危機感を煽る。そして今どうするべきなのか、その分析を行う。

 

 喋りがお世辞にも上手いとは言えないアシリとしては、参考になる点も大いにあった。

 

「アシリさん!人員は何人程動かせますか!」

「えっ!?え、えと、そうだなぁ……そもそもの部員数が……普段の活動、というか整備……そこからさらに、勉強を教えられそうな子……う、うぅん……私含めて三人が限度、かなぁ……?」

「なるほど……ではマンツーマン形式での授業も可能ですね!ではまず、コハルちゃんとアズサちゃんに一名ずつ!」

 

 テキパキと指示を出しながら、案をまとめていくヒフミ。

 

「ハナコちゃんについては、確か一年生の時の試験では高得点だったんですよね?」

「あら……?えっと、まあそうですね……」

「あ、やっぱり……」

 

 正義実現委員会に引っ捕らえられ、そしてハナコに出会ったあの時。

 あの時口にできなかった疑問を思い出しながら、ヒフミの話を聞く体勢に戻る。

 

「実はその、一年生の時のハナコちゃんの答案を見つけてしまいまして……」

「……」

 

 ヒフミのその発言に、ハナコは僅かに表情が強張るのを感じる。

 

 できることなら、ずっと隠しておきたかった。

 道連れで落第させてしまうのは申し訳ないが、自分はもうここにはいれない。居場所がないから。

 天才だなんだと持て囃されようと、あんな場所にいるのはもう懲り懲りなのだ。

 

 どうせこのわけのわからぬ部活動にも、何かしか意図やら陰謀やらが渦巻いているのだろう。

 自分にとっては、正直どうでもいいことだ。

 

 だから、バレたくなかった。隠し通してしまいたかった。

 

「まだ途中ですが他にも試験を作成中ですので、今日から定期的に模試を行って、進捗状況も確認できればと思っています」

「……っ」

 

 そんなことを考えていると、話を聞き逃してしまったようだった。

 

 自分らしからぬミスに、小さく溜息が漏れる。

 

「これがおそらくは、今できるベストの選択……頑張りましょう!きっと頑張れば、みんなで合格できるはずです……!」

「……うん、了解。指示に従う」

「わ、わかった……」

「ひ、ヒフミちゃん……!すごい……!」

 

 と、そこでアシリの存在に気づき。

 ああ、どうせいずれはバレていたことなのかと、今度はもっと小さめに、鼻から軽い溜息を漏らす。

 

「ええ、本当に……すごいですね。昨晩だけでこんなに準備を……」

「あ、いえいえ、先生も手伝ってくださったので……」

「なるほど、先生が」

 

 いつもの調子を取り戻しつつ、先生の方へ目線を向ける。

 

「“大したことはしてないよ。これはヒフミの頑張りの成果”」

「いえいえ、そんな……そ、それだけではありません!なんとご褒美も用意しちゃいました!えっと……こちらです!」

「あ!あー!!モモフレンズだ!!」

「……!」

 

 机の上に取り出されたぬいぐるみの数々に、誰よりも早く反応するアシリ。

 

「その通りです!いい成績を出せた方には、このモモフレンズのグッズをプレゼントしちゃいます!」

「い、いいなぁ……私も試験落ちとけばよかったかも……」

 

 割と失礼な発言をしつつ、まじまじとグッズ群を見つめる。

 

「モモフレンズ……?」

「……何それ?」

「“……?”」

「……っ!!」

 

 そんな勢いについていけない者が、若干二名。

 

「あ、あれ……?最近流行りの、あのモモフレンズですが……?もしかして、ご存知ないですか……?」

「いやいやヒフミちゃん、あのモモフレンズだよ……?知らない人なんているわけ、っ、そうそういるわけないよ」

「で、ですよね……私ったら変な勘違いを……?」

 

 あはは、なーんだと言った具合に微笑み合うアシリとヒフミ。

 

 確かに、流行っているのは間違いない。間違いないが、それはどちらかと言えばカルト的人気、それも刺さる人間には刺さると言った傾向が著しいものである。

 これ以上跳ねるだけの下地も、知名度もあるが、知らない人は知らない程度の認知度なのだ。

 

「言われてみれば、どこかでチラッと見たような……?」

「え、えぇ!?ち、チラッと!?」

「はっきりくっきりじゃなくて!?」

 

 ハナコの発言に対し、両者息ぴったりにツッコミを入れる。

 

「何これ、変なの……豚?それともカバ……?」

「ち、違います!ペロロ様は鳥です!見てください、この立派な羽!凛々しいくちばし!」

「凛々しい……?っ、ぺ、ペロロ様はねっ!ファンの間でもどんな鳥なのか、考察が分かれてるんだよ!!一説では変幻自在、ひょっとするとこの世ならざるものなんて噂も……!」

「……目が怖い。それに、名前もなんか卑猥だし……」

「ひ、卑猥……?ペロ、ろ……う、うぅ……!もうそうとしか聞こえなくなっちゃったじゃん!」

「な、納得しちゃうんですか!?」

 

 互いに若干の違和感がありつつも、二人は通じ合っていた。

 そして、確信する。

 

 間違いない。今目の前にいるこいつは、モモフレファン(どうぞく)だ、と。

 

「ひょっとして、アシリさんもモモフレファンですか?」

 

 先に仕掛けたのは、ヒフミだった。

 

「ファン……うん、そうだね……ファン、なのかな……」

「……?」

 

 自分の鞄へと視線を送りながら、アシリは姉のことを思い出していた。

 

「あのストラップ……ひょっとして、ピンキーパカ様……?随分年季が入っていますが……」

「うん……ピンキーパカちゃん」

「……えっ、様なの?ちゃんなの?ねぇ、どっち?」

「……」 

「……」

「……ねぇ!?どっち!?」

 

 そんなコハルの呟きを無視しつつ、亡き姉との思い出に浸る。

 

『ねぇねぇアシリ!!見て、これ!!キモカワ!』

『な、何これ……かわ……キモ……いや、怖……キモ怖い……?』

『可愛さ消えちゃった!?』

 

───ああ、そうだ。自分は確か、最初このストラップを気持ち悪がっていたか。

 

 すっかり忘れていた、幼少期の記憶。否、封じ込めていた。

 

 割り切れない。未だに。消えない。

 かつての、あの日々が。

 

『拾い物だけど、じゃじゃん!二つ!』

『わぁ!?』

『獣に襲われたような叫び!!?』

 

 戻らない。楽しかった、あの日々が。

 

『っと、とにかく!一個あげる!』

『えっ……い、いらない……』

『そ、そんなぁ……お願い、受け取ってぇ……!?お姉ちゃんの一生のお願い……!』

『い、いいよぉ……大体、なんで急に……』

『そ、それは……』

 

 ……いや、少し違っていただろうか。

 

『アシリには、苦労かけてるし……ほら。いつもアシリ、私がいない時はひとりぼっち……』

『……大丈夫だよ』

 

 生活は、決して楽ではなかった。娯楽など、嗜む暇もなかった。

 自分はまだ良かった。

 

 だが、姉はどうだったろうか。自分を拾ってから、その瞬間から、彼女は『姉』でなければいけなかった。

 ……ただの子供では、いられなかった。

 

『……だからね!約束!』

『……?』

『これがある限り、いや、無くても!私とアシリは、いつどこにいても、どんな時でも一緒!私たちは、姉妹だよ!』

『……!』

 

 それでも、姉は優しくて。

 いつでも、アシリと共にあった。アシリにとっては、姉は世界の全てだった。

 

 そしてアシリは気づいていないが、彼女にとってもまた、アシリの存在は救いだったのだ。

 

『そしていつか、必ず!二人で一緒に……な、なにしよっか?』

『し、締まらない……!』

 

 ……だが、その世界は。

 

『……そうだなぁ』

 

 とっくに、もう。

 

『……一緒に生きてくれれば。私は、それで十分だよ……?』

『っ……!あ、アシリィイィいいいっ!!大好きぃ!』

『く、苦しい……!……もー、お姉ちゃんは!』

 

 無くなったのだ。

 

「……アシリさん?」

「……んっ、うん?」

 

 と、そこでヒフミに呼び戻され、ふと我に返る。

 

「だ、大丈夫ですか……?突然、ぼーっと……」

「あ、う、ううん……なんでもないよぉ」

 

 会話の途中で感傷に浸っていたことを反省しつつ、誤魔化す言葉を考える。

 幸いにして、アシリはこの手の質問に慣れていた。

 

「あれは、お姉ちゃんからもらったものだから……私のじゃないんだ……モモフレンズにハマったのも、それがきっかけで……」

「そ、そうだったんですね……大丈夫です!キッカケはどうあれ、アシリさんは立派なモモフレンズファンですよ!」

「ふふっ……ありがとう」

 

 わざわざ姉は亡くなった、などと言って、場の空気を悪くすることもない。

 何より、ここにはアズサもいるのだ。

 

 アシリはアズサのことを信用していいと考えているが、下手な行動で自身の素性を知られるわけにもいかない。

 

「……ん?」

 

 そういえば、アズサはどうしたのだろうか。先程から発言がない。

 そう考え、アズサの方へ目線を向けて。

 

「あ、アズサちゃん……?」

「どうしたんですか……?」

「……かっ」

「……か?」

 

 ひょっとして、喉でも詰まらせたのだろうか。

 そう考え、心配して顔を覗き込んだ、瞬間。

 

「可愛い……!!!」

 

 眼前に広がるのは、満面の笑み。

 比較的クールな彼女らしからぬ表情に、アシリは一瞬アズサかどうか判別しかねた。

 

「か、可愛すぎる……!何だこれは、この丸くてフワフワした生物は……!!ひょっとして、例のシマエナガ……!?」

 

 そんなアシリをお構いなしに、アズサは自身に可能な範囲でその感動を表現する。

 自称姉であるスオウはキモい、というかキモ可愛い、少なくとも凛々しくはないと言っていたその生物だが、アズサにとってはドストライクだったのだ。

 

「この目、表情が読めない……何を考えているのか全くわからない……!」

「あ、アズサちゃん……?」

「さすがはアズサちゃん、ペロロ様の可愛さに気づいてくれたんですね!そうです!そういうところがかわいいんです!」

「さ、最推しはペロロちゃんじゃないけど、モモフレファンに貴賎なし……!アズサちゃんもこっちにおいで……!」

「私の自称姉は、キモカワと言っていたけど……可愛い……!」

「……」

 

 姉に加えてキモカワという言葉に僅かに心を抉られつつ、やはりかと、アシリは考える。

 件の自称姉、姉モドキ、姉のようなナニカ。モモフレンズに対してキモカワという砕けた単語を使う。

 

 あの過激派に支配され、教育を受けてきた人間の発言とは思えない。

 

 やはりその姉を名乗る何者かについて探ることが、今のアリウスを知ることに繋がる、と。

 

「……そ、それじゃあアズサちゃん、こっちはどう……?」

 

 だが、それは長い目で行うことだ。

 そのためにも、アズサとの関係性の持続が必要になる。

 

「なに、これは、首が長い……!ピンク色……?アンニュイな表情、可愛い……!!」

 

 つまり今のアシリにとっては、図らずとも目の前にいる新規ファン候補を逃さないことは一挙両得となるのであった。




更新が大幅に遅れました……すみません……
明後日、金曜日更新できるはず!します!
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