ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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空々しい証明

「……で、ここがこうなってね」

「……なるほど。理解した」

 

 今朝から開始した、奉仕活動部による補習授業部の活動支援。

 

 結論から言えば、それは極めて順調だった。

 たった三人程度といえど、人員は人員だ。

 補習授業部のみで活動を行うときよりも、圧倒的な効率を発揮していたのだ。

 

「あ、この問題は……こ、コハルちゃん、参考書ある……?ちょっと借りてもいい……?」

「え、あ、うん」

「あら、今度はちゃんと参考書なんですね」

「う、うるさい!いつまで引っ張るの!?」

 

 ……もっともその間、コハルが押収品である猥本を誤って取り出したり、それを見たアシリが暴走したり、ヒフミの布教に乗っかる形でモモフレンズのステルスマーケティングを行ったりしていたのだが……ともあれ、勉強は順調だったのだ。

 

 

 

 

「ふぅ、スッキリしました!」

「もうお風呂に入ったんだ。早いね、ヒフミ」

 

 そうして、今日の活動が終了して。

 いつも通り寝室へと戻った四人が、ちょっとした雑談を楽しんでいる。

 

「うふふ、そうですよね。何せヒフミちゃん朝にシャワーを浴びれず、今日一日あるがままの香りで……」

「わわっ!その言い方は恥ずかしいです……っ!」

 

 ……もっとも、若干一名は猥談をしようとしているが。

 

「うう、寝坊さえしなければ……」

「……でも、それは私たちのために模試の準備をしていたからだ。ありがとう、ヒフミ。もし朝起きるのが辛かったら言って。今度はヒフミの体を洗ってあげる」

「い、いえ、それは遠慮させていただこうかと……!?」

 

 相変わらず距離感の近いアズサにたじろぐヒフミ。

 

「自分で洗えば良いでしょ!子供じゃないんだから!」

「効率の問題だ。みんなで洗うことによる利点は少なくないし、相手についてよく知ることもできる……安心してほしい、私は無意味に抱きついたりしない」

「当たり前よ!その上で言ってるの!」

 

 最初の頃は互いに距離感を掴みかねていたアズサとコハルだが、最近では徐々にその仲を深めつつある。

 アズサとコハルに限った話ではない。勉強会という共同作業、補習授業部という同じコミュニティへの帰属、そして時間経過で相手への理解を深めることにより、四人の中には団結力が生まれ始めていた。

 

「大浴場は無いので、みんなで一心不乱に洗いっこというイベントはちょっと難しいようですが……」

「あるよ?大浴場」

「……え?」

 

 そんな四人の中に、ひっそりと入り込む影が一人。

 

「あ、アシリさん!?いつの間に、いえ、どうしてここに!?」

「……ノックしても、返事がなかったから……いないのかなぁって思ったら……楽しげな声が聞こえてきて……聞こえてきて……!」

 

 徐々にその表情を曇らせ、半泣きになりながらもその経緯を話すアシリ。

 その実情は誰もノック音に気づかなかっただけだが、彼女としては不安になったのだ。

 

「あら、そうだったんですね……ごめんなさい、気付かずに」

「う、ううん!大丈夫だよ!」

「それで、どうしてここに……?」

「あー……」

 

 えーっとね、それはねぇ、と言いながら、アシリは目線をあちらこちらへと向ける。

 あからさまに怪しい彼女の行動だが、普段から会話の際には人と目を合わせないことに加え、吃りやすいため誰も気付くことはなかった。

 

「……二つ理由があるんだけど。一つは忘れ物。もう一つは、消灯確認だね」

「なるほど……ところで、大浴場があるっていうのは?」

「あ、うん、それはね……奉仕活動部って、生活が厳しい子への支援も行ってるんだけど……シスターフッドにも助力して、この近くに大浴場を作ったんだ」

 

 まあシスターフッドの活動でも使うけどね、と続けながら、スマートフォンを開いて大浴場の位置を指し示す。

 本来であれば自分たちだけで利用できるようにしたかったが、あまりに予算が足りなかったのだ。

 

「あら、そうだったんですね……知りませんでした。せっかく、プールを大浴場のようにみんなで裸で入ろうと計画していたのですが」

「はぁ!!?何言ってるのよ!!」

「え、えぇ……!?」

 

 続くハナコの言葉に、一瞬で反応するコハルとアシリ。

 コンマ数秒の差で、僅かにコハルの方が早かった。

 

「……そういえばコハルちゃんも全裸で泳ぎたい派ですよね?」

 

 不運なことに、そのせいでハナコの揶揄いの対象に選ばれてしまう。

 

「え、え、そうなの!?こ、コハルちゃん!?」

「なっ、そんなこと言ってないから!プールでは普通に水着!それが正義なの!あんただって昨日はちゃんと着てたじゃん!」

「あら……?」

 

 必死に否定するコハルに対し、ハナコは妖しく、そして艶やかに微笑み。

 

「よく思い出してみてください、コハルちゃん。私が昨日プールで着ていたものを……」

 

 そんなことを宣う。

 

「え、あ、あの水着が何……?」

「べ、別に普通の水着だったよねぇ……?」

 

 うんうんと互いに頷き合う二人。

 確かに彼女たちのいう通り、昨日ハナコが着ていたものは何の変哲もない。普通の水着だった。

 

「……あれは本当に水着(・・)だったと思いますか?」

「っ!?」

「……へ?」

 

 あれ水着だったよねぇ?記憶違い?と、呆けながら考えるアシリに対し、一瞬で警戒を強めるコハル。

 アシリとコハルでは、ハナコを相手に潜ってきた場数が違うのだ。

 

「み、水着じゃなかったら何なのよ……?」

 

 もっとも、そこで律儀に聞いてしまうその性格がコハルが揶揄われやすい一因でもあるのだが。

 

「最近の下着はデザインが充実していますし、一目で水着かどうかの判断は難しいと思いませんか?それに、ペイントという線も……」

「……!?」

「ぺ、ペェイントゥ!!?」

 

 意味深な発言。

 無論、さしもの彼女もプール内を下着、もしくはボディペイントで徘徊する奇行に走ったわけではないが、二人を勘違いさせるには十分な発言だった。

 

「え、嘘!?って、いうことは……!?」

「い、いや、あの撥水性は下着やペイントのはずが……!」

「あら、そんなにマジマジと見ていたんですか?」

「い、いや、そういうわけじゃ……!」

 

 普段ならアシリには通用しない論点ずらしだが、今、著しく判断力を損なっている今ならやれる。

 そう判断し、ハナコはさらにアシリとコハルに対し畳み掛ける。

 

「あら?お二人とも、どうしましたか?」

 

 ビクリと肩を跳ねさせる二人に対して、細くなった目線を向け。

 

「あれがもし水着じゃなかったとして、何かが変わってしまうんでしょうか?」

 

 トドメを刺しにかかる。

 

「え、だ、だって……」

「か、変わるよ!!色々!」

「……本当に?」

「……っ!?」

 

 捻り出した反論を一瞬で潰され、アシリはハナコの話を聞かざるを得なくなってしまう。

 その隙を与えたことさえ、ハナコにとっては計算済みのことだった。

 

「例えば、水着と下着の違い……それは何でしょう?防水機能?お肌の保護?デザイン?露出の範囲?」

 

 そして今度は矢継ぎ早に言葉を連ね、反論する隙を与えない。

 

「お二人とも、見た目でわからなかったですよね?あの場、あの時は、それは水着だと信じられていましたよね?」

 

 もはや彼女は、場の空気を完全に掌握していた。

 

「実はあれが下着だったとして……その『真実』は、どうすれば証明できるのでしょう?証明できない真実ほど無力なものは無い……そう思いませんか?」

「……?ど、どういうこと!?全然わかんないんだけど!?」

「……あ、それ……」

「……なるほど、五つ目のアレか」

 

 先程までまたやってるよアイツら、と言った具合に興味なさげに話を聞いていたアズサが、ふと会話に入ってくる。

 

「……!」

 

 ハナコとしては、意外な出来事だった。

 自分はあくまで、コハルとアシリを煙に巻きたかっただけだ。

 そのために古則から引用した文章をわざわざ迂遠な、ややこしい言い回しをしただけだというのに、まさか気付かれるとは。

 

「五つ目……?えっと、アズサちゃん、何のお話ですか……?」

「……」

「ただの聞いた話だけど……キヴォトスに昔から伝わる七つの古則。確か、その五つ目だったはず」

「っ、ぁ……」

 

 私もそれ、聞いたことあるよ。

 そんな言葉を飲み込み、アシリは開いた口をあらためて閉じ直す。

 

 アシリがその言葉を聞いたのは、十年前。かつてのアリウスが最初だったからだ。

 情報を集め、アリウスについて他校生と情報を共有するうちに、いつしかそんな古則が耳に入った。

 その五つ目。内容は、確か。

 

「楽園に辿り着きし者の真実を、証明できるのか……そんな感じだった気がする。残りは知らないけれど」

 

 ああ、そんな風だったか。つまりこれは。

 

「つまり、誰も証明できない楽園は存在し得るのか……そういう禅問答みたいなものだったと記憶している」

 

 要するに、思索的な疑問、問題。その提起といったところだろう。

 

「アズサちゃん、どうしてそれを……その話を知ってるのは……もしかしてアズサちゃん、セイアちゃんに会ったことがあるんですか……!?」

「……セイア?」

「それって、ティーパーティのセイア様のことですか……?」

「……うん、そのはずだよ。サンクトゥス分派の、セイアさん」

 

 自身も、僅かに話したことがあっただろうか。いや、アレを会話とは言わないか。

 たまたま遠くで見かけたのを、向こうもこちらに気付いただけなのだから。

 

「……いや、無いはず。この話は、私の姉を名乗る人が言っていただけだ。もしかしたら知り合いなのかもしれない」

「そうでしたか……ですが、アズサちゃんは転校生、ですよね?お姉さんも、確か……」

「お姉さんじゃないけど……うん。同じ学校だった。ひょっとすると、交流で会う機会があったのかも」

「……」

 

 ……ああ、また『姉』かと、アシリは心の中で悪態をつく。

 これだけ話に出てきていると言うのに、未だその全容が見えない。それどころか、尻尾すら掴めていないのだ。

 わかるのは、そいつがおおよそ一般的とは言えない精神性を持っていることと……アリウス分校に、関係があること。ただそれだけだった。

 

「vanitas vanitatum……ということは……」

 

 そこから、ハナコは言葉を続けることはなかった。

 だが、アシリにはわかる。ハナコが、何を言いたかったのか。

 

 『vanitus vanitatum(すべては虚しいものだ)』……つまり、楽園を夢想したところで……そもそも、信じられるかどうかなど、考えたところで。

 

「すべては虚しい……意味がないことだ。……私は、そうは思わないけど」

「……っ」

 

 そこで、アズサの声に呼び戻される。

 

「……そうかも、しれないですね。もう遅い時間ですし、そろそろ寝た方が良さそうですね」

 

 場の空気を濁らせるように声色を明るくしたハナコが、深々と一礼をし。

 

「では、今日も一日お疲れ様でした」

「あ、う、うん……大浴場、使いたくなったら言ってね……?」

 

 そうして、どこか蟠るものを残したまま、雑談は終了した。

 

 

 

 

「……」

 

 翌朝。アズサの言っていたことが、アシリの胸の中で渦を巻く。

 

『……私は、そうは思わないけど』

 

 ……概ね、同意を返したい言葉だ。やっていることは、同じだから。

 

 この施設の整備にも。準備にも。意味なんて、無いかもしれない。

 それでも、諦めたくない。信じていたい。

 

「……」

 

 きっと何か、意味があるのだと。間違いではないのだと。

 楽園は、信ずれば確かにそこにあるのだと。信じること、そのものが……きっと、何か意味があるのだと。

 

 だからこそ、奉仕活動部も、生徒生活支援部も、その他の部活も生まれ、そして活動を続けているのだ。

 

 ……だが、自分は?自分はどうだろうか。

 アズサのことを、アリウスの関係者だと断定したあの日から。一度でも、アズサに真実を話したことがあっただろうか?

 

 信用していい。信じたい。そう思っている。

 それは事実だ。否定しない。

 

 だが、実際は?口先だけで、ただの一度でも、アズサを……信じたことが、あっただろうか?

 

「……」

 

 つまり、自分の行いを省みてみれば結局……アズサを、楽園を。信じていない。

 全ては虚しいものだと、そう断定しているようなものではないのか?

 

「……おはようございます、先生」

「“おはよう、アシリ。良い天気だね“」

「そう、ですね」

 

 足りない自分の頭で考えても、答えは出ない。

 

「”それで、話っていうのは?”」

「……話は、これです」

 

 ……それでも、足掻くしかない。自分たちにできることを、するしかない。

 いつか無意味でなかったと、そう思えるように。

 それが、今の自分なりの結論だ。

 

「“……?通信?”」

『……』

 

 そのためにも、まずは。今、ここで、最善を尽くす。

 『先生』を、信じてみたい。

 

『久しぶりねっ、先生!』

「“……!?マユミ!?”」

『今トリニティで起こっていることと、例の件……アリウス分校について、話があるわ!』

 

 そんな決意を胸に、アシリと先生……加えて、マユミの話が始まった。

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