『けど、本当に久しぶりねっ、先生!確かあの時以来かしら?』
相も変わらず高いテンションでホログラムに映し出されたのは、ミレニアムサイエンススクール所属、生徒生活支援部部長の柏有マユミ。
「“そうだね。あの時はゲーム開発部の子達を手伝ってくれて、どうもありがとう”」
『別に構わないわよ。私たちがやりたくてやってたんだし……って、この話は前にしたわね』
ゲーム開発部の一件。
花岡ユズ、才羽モモイ、才羽ミドリ、そして最近入部した天童アリスが所属する、ミレニアムサイエンススクールの部活が一つ。それこそが、ゲーム開発部である。
名の通り活動内容はゲームの開発……で、あったものの、その実態はほとんど部として破綻していた。
部員数の不足に加え、活動実績が無い点。
作成したゲーム、『テイルズ・サガ・クロニクル』も今年のクソゲーランキング、堂々の第一位に輝く始末である。
無論そんな部に予算を割く余裕はなく、一度は廃部の危機まで追い込まれ……それを回避しようと奔走する際に助力したのが、マユミたち率いる生徒生活支援部である。
『というかむしろ、何人かはC&Cに協力しちゃってたし……収支プラマイマイナスじゃないかしら……ごめんなさいね』
「“そんなことないよ。本当に助かったから”」
ガックリと肩を落とし、ため息をつきながらマユミは先生に謝意を示す。
「待って。そんなことになってたの?」
『……そ、それでね、先生。強行して接触した理由なのだけど』
「ねぇ、目逸らさないでよ。流石に見過ごせないよ?」
アシリの突き刺すような視線に耐えながら話を続ける。
が、アシリもアシリで見逃すつもりはないようだった。
「何をどうしてたらそんな状況になるの?部内で情報の共有は?いつもちゃんと情報共有しろって言ってるよね?」
『……あぁーっ、もう!!うるっさいわね!』
珍しくお怒りモードのアシリに流石にたじろぎ、しかし何とか逆ギレを返す。
「なっ……!ぎゃ、逆ギレだよぉ!!!」
『しょうがないじゃないこっちだって色々あったのよ!!?あの時は本当に大変だったんだから!!』
全くこっちの気も知らないでと、アシリからすれば理不尽な怒りを燃やす。
しかし、マユミからしてみれば一方的に怒られるのも納得できない話なのだ。
あの当時、マユミおよび生徒生活支援部は先生がミレニアムに来ているという情報を得るのが遅かった。
一刻も早く先生に接触し、そして仲間に引き入れるためにあらゆるシミュレーションを重ねたのだ。
だというのに、結局はゲーム開発部からの相談を受けて成り行きで協力する始末。
自分たちの努力が水泡に帰したわけではないが、どこか腑に落ちない物が残ったのも確かだ。一時期は、噂を受けてハニートラップを本気で考えるほどに悩んだというのに。
無論部員も協力はしてくれたが、普段の活動もある。要するに、マユミも部員もとてつもなく忙しく、そして慌ただしかったのだ。
「色々って何さ!!」
『そっ、それは……!』
「……?」
先生の方へチラッと視線を向けると、小首を傾げられてしまった。
流石に本人の前で言うわけにもいくまいと、マユミは弁解を諦める。
『……はぁ……悪かったわよ。今はもう、対策を練ってるわ』
「そう……うん、そっか。じゃあ私も言い過ぎたよ。ごめんね……」
この子怒ると怖いのよねー、と頭の中でぼやきながら、改めて先生の方へ向き直る。
「“二人とも、学校は別なのに随分仲が良いんだね?”」
『……そうね』
今の会話のどこを見てそう思ったのかと、そんな疑問を投げかけたくなった。
とはいえまあ、喧嘩するほど何とやら、というやつだろうと肯定を返す。
『そこも、今日のお話には密接に関わって来るわ』
「へへ……仲良し……」
数分、数秒を惜しむほど急がなくては行けない理由もないが、あまりのんびりする理由もない。
早いところ本題に移ろうと、マユミは軌道修正を図る。
対しアシリは、特に深いことを考えず仲良しという言葉にだらしなく頬を緩ませていた。
無論自分とマユミの仲が良い、など既知のことであったが、やはり相手から言葉にされると嬉しいものなのだ。
『……まあいいわ。とにかく、本題に移りましょう』
そんなアシリを傍目に、マユミは様々な資料を用意し、話を始める。
『……そうね。アリウス分校について、何か聞いたら教えてくれ……って、お願いしたわよね?私』
「“そうだけど……ごめんね、まだ大した情報は得られてなくて”」
『構わないわよ、そんな早々にわかると思ってないわ。それで、そのアリウス分校なんだけど……』
えーっと、まずは何から話そうかしらと、フヨフヨと浮きあがる椅子で回転する。
回転数に従い、段々とその高さを増していった。
「……トリニティの成り立ちから、とかでいいんじゃないかなぁ……?」
『それよっ』
四、五メートルほど宙に浮いたあたりでビシッと停止し、手早く地面に戻ってくる。
『まあ、その辺はアシリの十八番じゃないかしら?ちょうど、トリニティに在籍してるわけだし』
「う、うん……ちょっとややこしいんですけど、精一杯頑張りますね……!」
「“ありがとう。よろしくね”」
「は、はい!」
昨晩、補習授業部の合宿場所である別館へ先生に会いに行く前、ある程度話をまとめておいてよかった。
心の中で一安心しながら、昨日のメモ帳を取り出す。
「タイムセール、明日の十七時から……あ、ちょっと待ってこれ違う」
『……』
「ご、ごめん……」
マユミに白い目で見られ、羞恥で頬を薄く染めながらコホン、と一息つく。
「え、えっとですね、まずはトリニティ総合学園なんですけど……総合って言うだけあって、書いて字の如くいくつかの学校がまとまってできたところなんです」
「“少しだけ、聞いたことがあるね。三つのおもな分派を中心にまとめられたんだっけ?”」
「あ、そ、そうです……えと、じゃあここは要らなくて……」
メモ用紙をスーッと飛ばし、次に読むべき場所を目で追った。
「そ、そうだ、それでその主な三つの分派。それこそが、今のティーパーティ……多分これは、それこそティーパーティの子に聞いたと思うんです……」
「“確かに。だから、三人の生徒会長がいるんだったよね?”」
「は、はい……桐藤ナギサさんと、聖園ミカさん……それと……」
ふとアシリは、とある出来事を思い出し、僅かに名を呼ぶのを躊躇ってしまう。
だがこれはいけないと頭を振り、何とか持ち直す。
「入院中の、百合園セイアさん。現在のティーパーティは、この三人で……で、でもでも、ティーパーティの話はここでおしまいで……え、えと」
『落ち着きなさいな。ほら、深呼吸……続きは、私が話すわね』
アシリがゆっくりと息をし始めたのを見て、マユミはその話を引き継ぐ。
「“うん、よろしく”」
『ええ。もっとも、この辺はこの子の方が詳しいのだけど……まあいいわ。先生、トリニティ総合学園の成り立ちのお話は、そこでおしまいだったかしら?』
「“……?うん、特にそれ以上は何も”」
『……そう』
ま、そうでしょうねと零しながら、小さく溜息を吐く。
『……先生、一つ質問よ。……本当に、全ての学校が手を繋げたと。互いに理解し合えたと、そう思うかしら?先日まで、争っていたのに』
「“……”」
『エデン条約の調印式を控えたこの時期に、こんなことを言うのも何だけど……反応を見るに、察しはついたみたいね。その通りよ。和解に反発して、あぶれた学校がある……そして、それこそが』
「わ、私たちの探している、アリウス分校です……!」
深呼吸から戻ったアシリが、マユミの言葉に重ねる形で会話に復帰してきた。
『……そういうわけよ。でも、先生。アリウス分校なんて、聞いたことないでしょう?いえ、先生に限った話じゃないわ。このキヴォトスに生きる多くの人間が、その存在を知らない。どういうことか、わかるわよね?』
「“っ……”」
『……そんな表情を、してくれるのね。でも、きっと仕方がないことなのよ。少なくとも当時の彼女たちにとっては、ね……』
沈痛な面持ちの先生に、マユミはどこか寂しげにそう返す。
「で、でも、アリウス分校は、消えたわけじゃないんです……!迫害されたりはしたけど、それでも完全には消滅しませんでした……!」
『そう、アリウス分校は今もまだ存在している。このキヴォトスの、どこかに。自分たちの自治区で、ひっそりと、ね……』
「“……そうだったんだね”」
『ええ……』
でもね、と、ひと段落したかに思えた話を持ち直し。
『ここからが本題なのよ』
「“本題……?”」
『ええ。話は、十年ほど前に遡るわ』
十年前、当時を懐かしむように、マユミはゆっくりと目を閉じる。
目を閉じれば、いつでも思い出せる。あの当時の、アリウス分校の状況を。
マユミは過激派の人間に拾われ、そして育てられてきた。
だから、思い込まされていた。自分はアリウス分校に進学し、そしてトリニティへ復讐するために生きるのだと。それしか進む道はないのだと。
それなら殴られない。怒られない。
愛してもらえる。尊重してもらえる。
『…自分の進みたい未来に、あった場所を選んでいいんだ』
だからマユミは、そう言われた時に大いに困惑した。
やりたいこと?進みたい未来?そんなこと今更言われても、マユミには何も分からなかった。
その上、そんなふうに自分の意思を尊重してもらえるのは……初めてだったからだ。
けれど、あの場所から逃げた。
あそこにいては、いつまで経ってもその言葉の意味がわからない気がしたから。あそこではないどこかへ行ってみたかったから。
そして、それから……ああ、何だったかと、ふと我に帰る。
そうだった、自分は今十年前の話をしていたのだったな。
『ごめんなさい、少し話をまとめていたわ。それで、十年前。アリウス分校では、内乱が起こったの』
「“内乱……?”」
『そ、内乱。まあ簡単に言えば、トリニティに復讐したい連中とどうでもいい連中の戦い、ってとこね』
言葉にしてみれば、あまり大した話ではないように思える。
だがしかし、その実情は……。
「で、でも……多分、なんですけど……しっ、死傷者も、で、出てて……それで……それ、で」
『アシリ』
ピシャリと、名前を呼んでアシリの話を遮った。
『いいわ、私が話す』
「……ありがとう。マユミちゃん……」
『……』
アシリは自分と違い、大切な人を喪っているのだ。それも、血こそ繋がっていないが、姉妹を。
その心持ちは、マユミには察するに余りあった。
『……お姉さんの件。いいかしら』
「……うん」
『……フー……ありがとう。少し休んでいなさい』
ホログラム越しの先生へ近づき、自分よりも高い視線へと目を向ける。
『……十年前の内乱。おそらくなんだけど、死傷者が出ているの。文字通り、ヘイローを破壊された者がいる』
「“……っ!?そんな……!”」
『信じ難いかしら?確かに、私たちにとって死は曖昧なものだけど……ヘイローを破壊する方法は、いくつかあるみたいよ。そしてアシリの姉は……十年前の内乱から、音信不通に……』
「“……”」
あまりに残酷な事実に、先生は何も言えなくなった。
ここキヴォトスに来て、初めての出来事だった。『ヘイローを破壊』される。
ヘイローには生徒の意識や、精神と深い繋がりがある。
その破壊、崩壊、それが意味するところはつまり……明白なる、死だ。
『……私たちが、十年前の内乱を知っている理由。アシリの姉が、アリウス分校にいた理由。……もうわかったわよね?』
「“……つまりマユミとアシリは”」
『そう、元アリウス生よ。もっとも、正確にはアリウス分校ではなく自治区内に存在する小中学校の生徒なのだけど』
「”なるほど、だから……“」
『そう、私とアシリは仲がいいのよ。そして元アリウス生は、他の学校にも何人もいるわ。そして、私たちと繋がりを持っている。私たちが今何をして、何のために動いているかは、この話が終わってから話すわ』
「“……ごめんね。辛いことを思い出させて”」
拳をグッと握り締め、様々な感情を堪えながら先生はそっと謝罪をした。
本来ならそのような出来事、思い出したくもないだろうに。
『なーに謝ってるのよ。別に、私が勝手に話しただけよ』
「“……”」
『……ま、私は良いけど……あの子は少し、気にかけて欲しいわ。幸せな思い出も、いっぱいあそこに置いてきちゃったはずだから』
「“任せて”」
『ええ。お願いね』
───ああ、やはり先生を信用してよかった。
改めて、マユミはそう思う。
当時は散々な批判を喰らったあの対応だが、こうして話をできているだけでも僥倖というものだ。
ゲヘナのあんちきしょう、今度通信したらあの時皮肉ってきたこと後悔させてやる、などと考えながら、本題へと意識を移す。
『そして、内乱の結果は復讐派の勝利。だから、アリウス分校は今……トリニティへの、復讐を望んでいる』
「そ、それは……」
『まあ待ちなさい。物事には順番ってものがあるのよ…‥もう大丈夫?』
「うん……ありがとぉ……」
いつもの調子に戻ってきたアシリに少し安心しながら、改めて話を続ける。
『そして一年前。とある事件が起こったわ』
「“事件……?”」
『トリニティ総合学園の、襲撃事件。少数精鋭により、トリニティが襲撃され……甚大な被害を負ったわ。もっとも、一般の生徒にほとんど被害はなかったけど』
今にして思えば、その点についてもどうにも作為的なものを感じる。
あの戦力差だから一般生徒に人員を割く余裕などなかった、と言われればそれまでだが。
『そしておそらく、その襲撃事件で百合園セイアは重症を負い……そして、入院中のはずよ』
「そ、それはまだ」
『ほぼ確定よ』
わかんない、とアシリは続けようとしたが、マユミによって遮られてしまった。
『そしてその襲撃を行ったのは……』
「……アリウス分校。かもしれないって、なってて……」
「“……そっか”」
『だからアリウスは、まだトリニティを恨んでいる。そして、復讐の機会を狙っているわ。虎視眈々と、ね』
目を閉じながら、マユミは下の方を向く。
そして、ゆっくりと顔を上げ。
『───そう、思っていたわ。最近まで』
「“……え?”」
『状況が変わったの』
軽く深呼吸をし、マユミは気分を落ち着けさせる。
ひょっとするとこれから自分が明かすことは少し、否かなり叱られるかもしれないことだから。
『……先に謝罪しておくわ、先生。私は今回の件で卑怯で、そして著しく配慮と倫理に欠けた方法を使った。それでも判断しかねたから、こうしてここに来たの』
「わ、私
『……』
「”一体、どういう……?“」
先生が疑問を口に仕切る前に、マユミはしっかりとその瞳を見据え、覚悟を決め。
『……トリニティの、裏切り者。白洲アズサは多分、アリウス分校の生徒よ』
「”……!?“」
マユミにとってもアズサにとっても、そしてここにはいない『彼女』にとっても分水嶺になるであろうその言葉を口にした。