『それじゃ、もう通信を切るわね!改めて、本当にありがとう!先生!』
通信越しのマユミがいつも通りの快活な笑顔で先生へと別れを告げる。
……もっともそれは、盗撮機と盗聴機の処遇について意図的にはぐらかすための行動に過ぎなかったが。
少なくとも先生は、いい顔はしないだろうし……ともすれば、何かしらの対策をされてしまうかもしれない。
だからこそ、マユミはわざと伝えなかった。今後とも使い続ける、その意思を。
『これからもよろしく……って、ホログラムだから握手もできなかったわね!アシリ!』
「え、えぇ!?私!!?」
突然のご指名に、アシリは動揺を隠せない。
絹を裂かれたと言ってしまえば大袈裟だが、高い驚きの声をあげ、オーバーリアクションで返す。
『当然じゃない。多分、先生と協力するのはしばらく奉仕活動部になるのよ?さ、いーから握手なさい!』
「え、えっと……!えええぇぇ……!!」
反論を返そうとするものの早口で捲し立てられてしまい、その余地すらなかった。
もはや先程までの真剣な眼差しは見る影もなく、ぐるぐると目を回したまま頭から煙を出し続けている。
所謂口下手な彼女にとっては、ただの会話でさえ大いなる緊張と集中力を要する。握手などもってのほかだった。
「そ、その……す、末永く、よろしくお願いします!!」
「“……少し意味合いが違う気もするけど……うん、よろしくね”」
だからこそ、動揺した彼女に言葉を選ぶ余裕がなかったことも仕方ないと言えよう。
『……告白でもするの?』
「ち、違うよぉ!!?」
もっとも、マユミはそんなことに配慮せず当然のように揶揄ってくるのだが。
『いや、別にいいけどね。噂なんて知らないうちに広まるものよ?』
「あ、あぅぅ……!」
「“ま、まあその辺で……”」
流石に見るに耐えず、先生が静止してなんとか嗜める。
だんだんと顔に赤みを増していき、目を素早く泳がせていくアシリの様子といえばまさしく爆発寸前の爆弾の様だった。
と、いうよりは、実際に爆発寸前だったのだが……先生は知る由もなかった。
『……ま、いーわ。それじゃあ先生、またね!』
「“うん。また何かあれば、いつでも連絡して”」
『ええ、もちろん!フィギュアは完成し次第連絡するわ!!』
「それ本気だったんだ!?」
『あったりまえじゃないのよ!まさか、まだロボの、フィギュアの浪漫がわからないっていうの!!?』
───あ、まずい。
アシリが心の中でそう思った瞬間には、もう手遅れだった。
『いいかしら!?まず大前提として、アシリの思うようなフィギュアと私たちが嗜むフィギュアには大きな違いがあるわ!!より本格的で、重厚感があり、そしてかつ!!実際に動く!!本来は実現し難い、予算の都合から作れないはずのその動きを、微小ながらもここで、自分自身の掌で生み出すことができるのよ!?そしてその動きを見た瞬間……!蘇るのよ!!私たちが目撃し、記録し、記憶した!鮮烈なまでに痛烈な、あの日々が!!それこそ』
「えいっ」
マユミが何やら呪文を唱え始めすぐに、アシリは通信の音声と電源を切る。
「“……えっ”」
「いいんです。ああなるとマユミちゃん、長いので」
「“そ、そっか……”」
「私たちも帰りましょ、先生」
「“う、うん……”」
アシリのポケットから鳴り止まぬ、恐らくはモモトークの通知音。
その音を普段の彼女からは想像できないほど冷たい目で見つめるアシリに慄きながら、先生は帰路についた。
「……ふーん。なるほど、そういう事情だったんだ」
……そして。
「でもまあ、先生は信頼できる……のかな……アシリちゃんたちを、助けようとしてる……?……でもまだ、要観察かなぁ……」
その影で、長い桃髪と大きなヘイローが揺れたことに……誰一人として、気づくことはなかった。
◇
「あ、先生!それにアシリさんも!」
「“みんな、おはよう。ごめんね、遅くなっちゃって”」
「お、おはよぉ……」
秘密の会合から別館へと戻り、二人はヒフミたちへと挨拶を返す。
話し込んでいた影響で時間より遅れてしまったので、少し気まずげに。
「い、いえいえ!」
「先生、それは違う。そういう時はおそよう、と言うものだと聞いた」
「多分それ真に受けちゃダメなやつですよ!?」
相変わらずどこかズレた、というか変わったアズサの発言に、ヒフミが鋭いツッコミを入れる。
「お二人揃って朝帰りですか……なるほどなるほど。随分と、仲がよろしいようですね?」
「っ!!?ご、誤解だよぉ!!?」
「“……!?”」
発言の意図を瞬時に理解したアシリは顔を真っ赤にし、そして否定する。
「な、何言ってるのよあんた!!そんなこと許されるわけないでしょ!!」
「あら、私はただ仲がいいな、と思っただけですよ?何か問題でも?」
「う、ぅ……!」
コハルも加勢するため遅れながら反応するが、一撃で沈黙させられてしまった。
ハナコの言い回しが上手いのもあるが、それ以上にコハルが弱すぎたのだ。
「ですが、改めて考えてもみてください。本当に何もなかったのでしょうか?朝方から二人きり……邪魔する者は誰もいません。それはもう、これでもかと言うくらい淫靡に、淫らに、激しくお互いの肉欲をぶつけ合い」
「“しないよ!?”」
止まらないハナコの発言に、流石の先生もツッコミを入れざるを得ない。
「いえ、本当に」
「す、ストォゥゥゥゥップ!!!それ以上は言わせないよ!!」
そしてそれは、アシリとて同じことだ。
というよりは朝から色々と、それはもう本当に色々とあって、本当に限界なのだ。
まだ一日も始まったばかりだと言うのに、アシリとしてはもうすでに限界が近かった。
「はぁ……はぁ……ひ、ヒフミちゃん!みんなの成績はどんな感じ!!?」
「え、あ、はいっ!」
アシリの勢いにたじろぎながらも、先程回収した答案、および採点結果を先生とアシリに渡す。
「“おお……!これは……!”」
先生は一枚一枚紙を捲りながら、その点数を確認する。
浦和ハナコ。八点。きっかり二倍。なぜか指数関数的な伸び率を見せている。
「あら、またしても二倍ですか。この調子なら、あと数回のうちに……」
「……ど、どうなるかは分かりませんが、頑張りましょう!」
白洲アズサ。六十七点。初めての合格。先程から小躍りするように喜ばしげな態度だったのは、モモフレグッズが確約されたからだろう。
「……うん。かなり余裕を持って合格できた。ヒフミ、本当にあの可愛いやつを……!?」
「はい!すごいです、アズサちゃん!もちろん約束通り、好きなものを一つ選んでください!」
「ひ、一つ……むむ……!」
首を捻りながらうんうんと悩み始めたアズサをよそに、次の紙へ移る。
下江コハル。五十五点。まだ合格には届かないが、それでも著しい伸び方だ。恐らく、彼女に必要なのは指導者だったのだろう。今後にも期待できる。
「ひ、ヒフミ、どう!?私、頑張ったと思わない!?」
「はい、本当に!点数の伸びでは一番です!合格まであと少し、本当に少しですから!」
阿慈谷ヒフミ。七十六点。本人も教え、そして教わっている分、まだまだ上がる余地があるようだ。
「“みんな、よく頑張ったね!”」
「はい、そうなんです!本当に、皆さんよく頑張ってくれて……!」
改めて、凄まじい伸び率だ。
大前提として本人たちの努力の成果だが、大いに人材を割く余裕があったこともこの成績に寄与していた。
「奉仕活動部の皆さんも、ありがとうございます!まだいらっしゃっていないようですが、ぜひお礼を」
「足りない……」
「……えっ?」
……そんなお祝いムードに水を差すように、アシリの口からふと言葉が漏れる。
「……そ、その、合格点は六十点だったと記憶していますが……」
「……」
昨晩、マユミに言われたことを思い出す。
『合格点数が六十点?あり得ないわね』
ズバッと、予想だにせずそう断じられた。
『大体、トリニティの裏切り者がいるかもしれないから全員退学に。って話でしょ?なんでそんな甘い点数にして、逃れられる余地を与えるのよ』
しかし理由を聞いてみれば、確かにその通りだったのだ。
ナギサの目的は、エデン条約を履行すること。側して、トリニティの裏切り者を処分すること。
ならなぜ、そんな点数設定をしたのだろうか?
そうアシリが疑問を口にした時、マユミはこう言った。
『あくまでフェアに戦った。そうやって、周りにアピールしてるだけじゃないの?加えて、成績不振ゆえの退学って理由付けね。どうせ合格できそうなら一気に点数引き上げたり、無茶な設定するわよ、そいつ。というか、私なら絶対やるわ』
……私なら絶対やるわという部分に目を瞑れば、本当に反論の余地がなかった。
アシリは基本的に善良な人間であるし、周囲にもそういう者が多い。
……だが、いるのだ。目的のためなら手段を選ばない、決して善良とはいえない人間が。
それどころか、悪意を持つ人間すらいる。
アシリとて、その悪意に晒されたことがないわけではない。トリニティでは、その程度のことは自力でなんとかできなければまともに生きていけない。
だからこそ、マユミの言っていることも認めざるを得なかった。
『だからもしあの子達を合格させてあげたいって言うなら、そうね……既に習った範囲、全て。どこをとっても、小テスト程度の難易度なら八十点以上は取れる。その程度に仕上げなさい。じゃなきゃ無理よ。越えられないわ』
そしてその先に続く、残酷な事実も。
『……そん、なに』
『あら、随分弱気ね?大丈夫よ、私も手伝うわ。小テスト程度の難易度なら、不可能ではない』
『……テストの難易度を、大幅に上げられたらどうするの……?』
『……その時はその時ね。でも現実的なのは範囲の拡大と、点数の引き上げよ。だってその程度ができなければ、基礎がなってないってことだもの。成績不振の証明には十分だわ』
対し難易度を引き上げたらできなくて当然になっちゃうもの、と付け加え、重苦しいものを吐き出すように息を吐いた。
『しっかし、相変わらずやることが陰湿ねー……』
『相変わらずってマユミちゃん、ナギサさんに会ったことあったっけ……?』
『ないわよ。でも、トリニティの陰湿さは知ってるわ』
『……もう。マユミちゃんまでそんなこと言う』
ゲヘナのあんちきしょうにも同じこと言われたなと思い出しながら、沈む心でなんとか反論を返した。
『でもま、できることをするわよ。こうなることを見越して、お助けアイテムは送っておいたわ。しっかり使いなさいな』
『う、うん……ありがとう……』
『どういたしまして』
それと、とマユミは付け加え。
『そのことを、補習授業部に気取られちゃダメよ。不安要素にしかならない。それじゃあ、上がる成績も上がらないってものよ』
そんな無茶振りを言われたのだ。
『え、えぇ……!?じゃ、じゃあどうすれば……!』
『簡単な話よ。それだけの成績を求めても違和感を持たれないキャラ作り、つまり……』
……と、そこまでの会話を思い出し。
今自分のすべきことを理解し、そして決心する。
本来合格を目指すなら六十点で十分。それはその通りだ、覆らない。
であれば、合格のさらにその先。そこを目指しても違和感を持たれないようなキャラクター作り。
「あ、あの……?」
「まだ、まだみんなは上を目指せるはずだよ!!」
───つまり、熱血キャラよ。
マユミに言われた言葉を思い出しながら、なんとかそのキャラクターを演じる。
もちろん突拍子もない、本来であれば愚策と断じてしまう程度のアイディアであったが、もはやそれに縋るしかなかったのも事実。
つまるところマユミという爆弾に対し、アシリというストッパーが機能しなかった結果である。
「みんな、悔しくないの!!?やれ成績不良だ、補習だなんだって言われて、それで合格点スレスレで十分!!?」
「……!!い、イヤよそんなの!」
だがそれに乗っかってしまえる、少々自信家な面を持つ生徒が一人。下江コハルだ。
「だよね!!?だったら、まだ足りない!どうせならみんな百点をとって、あっと言わせやろうよ!!」
「え、そ、その、私は別に……」
「なんだって!!?」
「……な、なんでもない」
ともすればモモフレグッズの件が流れそうな話にアズサは反論を試みるが、一瞬で押し切られてしまった。
その勢いといえば、あの
つまり、アズサは負けたのだ。
「あ、アシリさん……?どうされましたか……?」
「は、ハナコちゃんにしろ!!ヒフミちゃんにしろ!!まだまだ上を目指せるはずだよ!!」
「え、ええ!!?私も!!?」
もはやアシリを止めることは、誰にもできない。
様々な限界を迎え、少々混乱気味かつ役に入り込みすぎなこともあるが……普段内向的な、おとなしい性格の彼女は加減を知らなかったのだ。
「みんなぁ!!!百点を取りたいかぁ!!?」
「え、えっと」
「返事は『はい』だよ!!取りたいかぁ!!?」
「は、はいっ!」
ついヒフミは反射的に、そう口にしてしまった。
そう、肯定してしまったのだ。
そこが地獄の入り口とも知らずに。
「だったら、これから一週間手加減はナシだよっ!!!奉仕活動部の全戦力をもって、あなたたちの成績を大幅に上げてみせる!!!覚悟して!!」
「……あの……モモフレンズは……?」
……こうして、試験に向けた新たな
佐川さん(https://twitter.com/Sagawa0314)よりファンアートをいただきました!
【挿絵表示】
なんだか可愛らしい表情です!少し幼いのがいいですね!
ヘイロー割れだったり、元茶髪の示唆だったり、本編のいろんな描写を加味していてくれて嬉しい……!
ありがとうございます!