ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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不憫な一日

「けほっ……けほっけほっ……きょ、今日も平和と、安寧が……」

 

 とある日の朝。

 

 シスターフッドの一員、伊落マリー。数々のトラップを乗り越え、ようやく補習授業部の勉強場所に辿り着いた彼女が見たものは…‥。

 

「ねぇ、本気出してみなよ!!?まだこんなもんじゃないでしょ!!」

「い、いやその……もう指先が限界……」

「だったら口でも使って書いたらどうなの!!?だいじょーぶ、安心しなよ!!サポーターも痛み止めも、エナジードリンクも揃ってるよ!!」

「ひっ」

 

「……え、えぇぇええ……?」

 

 ……まさしく、地獄というに他ならなかった。

 

 目を回したアシリを中心とし、奉仕活動部の面々が勉強を教えている。

 対し補習授業部。ハナコを除き、特にコハルとアズサは明らかに疲れ切った様子だ。

 

 アズサに関しては、なぜか膝上にぬいぐるみを乗せている。

 

 時々フッと目から光が消えたかと思えばわずかにそのぬいぐるみを見て、再びペンを走らせるのだ。

 

「え、えっと……その……!」

「“あ、マリー。おはよう……って、大丈夫?”」

「せ、先生!おはようございます……その、この状況は……?」

 

 先生から水を受け取ったマリーは、地獄の方を見やる。

 明らかな熱気を感じ取れるあたり、地獄の中でも灼熱地獄なのかもしれない。

 

 そんなくだらないことを考えながら、咳き込み潤んだ瞳で先生の方を見つめ返す。

 

「“……見ての通りだよ”」

「み、見た上で状況が理解できないのですが……」

 

 マリー自身、補習授業部が勉強会を行なっているのは聞き及んでいる。

 というよりも、だからマリーはここに来たのだ。

 

 しかしマリーの知っている勉強会には銃火器や竹刀が登場しないのもまた確かだった。

 

「さ、さっきの爆発の音は……あれ、その服……シスターフッドの……?」

「サボりは無しだよっ!!休憩は認めるけど、必ず時間を決めてから!!」

 

 アシリの慧眼(ぐるぐるおめめ)はサボりを見逃さない。

 

 すぐさま机から離れたヒフミを抱き抱え、そして連れ戻そうとする。

 

「わ、わぁあぁぁあ……!って、そうじゃなくて!!お客さんです!!」

「ふむ……それじゃ、一回休憩にしよっか!!二十分ね」

 

 アシリがそう宣言した瞬間、全員が倒れ込むように机に突っ伏す。

 

「や、やっと休めるんですね……その、どうされましたか?いえ、それよりさっきの爆発の音は……」

「ああ、それなら私が襲撃に備えて設置したブービートラップだ」

「あ、アズサちゃん!!?」

 

 まさかの発言にヒフミは目を見開いて驚愕する。

 

「……ごめん。襲撃者が通るような道にしか設置していなかったんだけど……」

「あ、多分それは道を迷ったから……こちらこそすみません。基本的にこの辺りは、奉仕活動部の方たちの管轄ですから……シスターフッドの人は、あまり地形に詳しくなくて」

「奉仕活動部……」

 

 奉仕活動部と言えばアイツかぁ、と言わんばかりに、一斉にアシリの方へ視線が向く。

 

「みんな、どうしたのっ!?休憩なんだから、もっと休みなよ!」

「もっと休むとは……?」

 

 至極真っ当な疑問を返しながら、三人で小さな輪を作り話し始める。

 

「あ、あの、奉仕活動部部長のアシリさん……ですよね……?」

「はい……」

「その、もう少し内向的というか……穏やかといいますか……」

「気弱な性格をしていた」

「そ、そうですよね……?」

 

 あまりにもストレートなアズサの発言に言葉を詰まらせつつ、再びチラ、とアシリの方を見やるマリー。

 

「みんなぁ!!次の教材の準備を始めるよぉ!!?」

「部長エナドリ飲んだでしょ。やめとけって言ったのに」

 

 そして繰り広げられる会話と熱気に、即座にフッと目を逸らした。

 

「ど、どうしてあんなことに……?」

「その……話すと長くなるのですが……」

 

 そう言ってヒフミは、ことの経緯を説明する。

 

 朝からアシリのテンションが若干おかしかったこと。テストの結果を見せたらやけにやる気を出したこと。気合いを入れると言ってエナジードリンクを取り出し、それを一気に飲み干したこと。勉強の勢いが凄まじくなっていること。それらの出来事が起こったのが二時間前なこと。

 

「そ、そんなことが……」

「はい……なんだかもう、色々すごいことになっちゃって」

「……アシリは、カフェインでテンションがハイになるらしい」

「ああ、たまにいますよね……」

 

 一度は逃しかけたモモフレグッズを大事そうに抱きしめながら、そう言ってアシリを分析するアズサ。

 

 モモフレグッズの話が流れかけたせいか、その目は若干恨めしげだ。

 

「あら、マリーちゃんじゃないですか?どうしてここに?」

「あ、は、ハナコさん……ハナコさんも、こちらにいらっしゃったんですね」

「……はい。私も、成績が良くないので」

「そう……でしたか。はい……」

 

 若干蟠るものを感じつつ、マリーはあえて口にはしなかった。

 

「ハナコ、知り合いなの?」

「……ええ、はい。少し……」

 

 そしてそれは、ハナコもまた同じであった。

 

「本日は、補習授業部の白洲アズサさんと……そ、その、奉仕活動部の……甘川、アシリさんを訪ねてこちらに参ったの……ですが……」

 

「休憩時間はあと半分!!みんなぁ!!気合い入れろよぉ!!?」

 

「……はい」

 

 ご覧の通りで、と言わんばかりにマリーは説明を諦めた。

 その場にいる全員がなんとなく言いたいことを察し、まあ仕方ないかと小さくため息を吐く。

 

「私と、アシリ……?わかった、待ってて。今連れてくる」

 

 そう言ってアズサはその輪の中を一度離れ、アシリの方へ向かう。

 

「あ、アズサちゃん!!?どうしたの!!?」

「……」

 

 アズサは疑問に答えることはしなかった。

 今のアシリには冷静さがない。言葉が通じないと考えたからだ。

 

「はっ!?まさかもう勉強を!!?」

「……ふっ」

 

 そのまま足の具合を確かめるように軽く跳ね、グッと膝を折り曲げる。

 

「ほ、本当は休憩も大事だけど……いいよ!!アズサちゃんが望むなら私はそれに応え」

「フンッ!!!」

「ぐえっ!?」

 

 そのまま大きく跳躍し、拳をアシリの頭に届く位置まで持ってくる。

 そしてパコーン、と軽快な音を鳴らしアシリを殴った。

 

「ふぅ……よし。もらってく」

「いいですよ。じゃーねー、部長」

 

 奉仕活動部の部員が、アシリの方へひらひらと手をふる。

 アズサはグテっと体勢を崩したアシリを抱え、そのままマリー達の方へと戻ってきた。

 

「連れてきた」

「ちょっと待ってください!!二、三箇所は問題点がありましたよ!?今の!!」

「問題ない。一度冷静にするにはああするしかなかった。後遺症にならないようにしたし大したダメージもないから、直に目を覚ます」

「……ん、ぅうぅう……?」

 

 アズサがそう言った瞬間、アシリがうめき始める。

 

「……あれ、みんな?おはよう、いい朝だねぇ……」

「……チッ。もう目覚めたか」

「今舌打ちしたよね!!?」

 

 若干私怨混じりのアズサの行動に、声を大にして抗議するアシリ。

 モモフレファンでありながらモモフレグッズの存在を忘れていた、彼女の自業自得ではあるのだが。

 

「あたたたた……なんか、後頭部が痛い……?」

「アズサちゃん?ダメージはないんじゃ……」

「……大丈夫。きっとすぐ治る」

「ダメージ残ってるじゃないですか!!?」

「え、えっとですね!今日白洲アズサさんと甘川アシリさん、二人を訪ねた理由なのですが!」

 

 このままではいつまで経っても話が進まない。

 そう判断し、マリーは精一杯の声を振り絞って会話の主導権を握る。

 

「え、わ、私も?」

「はぁ……はぁ……は、はい……」

 

 慣れない大声で息を切らしつつも、なんとかアシリの疑問に肯定を返す。

 

「シスターフッドが、私にねぇ……なんだろう、手伝い?」

「いえ、今回はそうじゃないんです……その、先日アズサさんと……一応、アシリさんも。お二人が助けてくださった生徒の方から、感謝をお伝えしたいとのことでして。諸事情ありまして、こうして代わりに」

「先日……?」

 

 カフェインで回らない頭を必死に回し、なんとか先日の記憶を思い出すアシリ。

 ああ、あの子のことかと、心当たりがあったようだ。

 

「ちょっと待って、一応って何さ……!?」

 

 確かにあんまり役に立たなかったけど、とぼやきながら、若干泣きそうになっていた。

 

 というのも、部活の関係でシスターフッドと関わりのあるアシリは、マリーの優しい人柄も知っている。

 そのマリーをして一応と言わしめたということは、自分は相当役に立っていなかったということだ。

 

「い、いえ、私はその、助けてくださった生徒の方の言葉をそのまま……」

「うぐぅ……!!」

 

 いや、確かにあんまりできたことはなかったけどさぁ、別に感謝目当てでやったわけじゃないもん、と自分を納得させつつ、どこか腑に落ちないものが残るらしい。

 

「感謝、ですか……?」

 

 事情を知らないヒフミが、ふと疑問を口にする。

 

「クラスメイトの方々からいじめを受けてしまっていたらしく……その日も建物の裏手に呼び出されたのだと聞きました」

「そ、そんなことが……」

「いじめ……っ!?何よそれ、許せないんだけど!?」

 

 元来、純粋で正義感の強いコハルだ。

 ここトリニティでいじめの話など初めて聞いたが、だからこそ許せないという気持ちも人一倍あった。

 

「……まあ、聞かない話ではありませんね。みなさん狡猾に、それに陰湿な形で行うせいで、あまり面には出てきにくいですが」

「う、うん……奉仕活動部にも、たまに相談が来るよ……でも、あの子のは気付けなかったなぁ……」

 

 一方酸いも甘いも噛み分けた二人は、そういった面がトリニティにはあることを知っていた。

 アシリ自身気弱な性格が災いして、いじめの対象にされかけたこともある。

 ハナコは、いじめとは少し違っているかもしれないが……同じだけの、否、それ以上の悪意を受けていたことがあった。

 

 各々の経験から、トリニティの負の側面にもよく精通していたのだ。

 

「私たちも、その方から相談を受けてようやく知ったのですが……そうして呼び出されてしまった日、そこを偶然通り過ぎたアズサさんと、おまけにアシリさんが彼女を助けてくださったとのことで」

「おまけってなんだよぉ!!?」

 

 あんまりといえばあんまりな扱いに、流石のアシリも酷く憤慨する。

 

「……でも、そんなことしてたのね」

 

 少々意外そうに、コハルがボソッと呟く。

 

「……そういえば、そんなこともあったな。ただ、数に物を言わせて弱い対象を虐げる行為が目障りだっただけだ。それに、見過ごすのも寝覚めが悪かった」

「そしてその後加害者の方が正義実現委員会と連絡を取られて……おそらく情報を歪曲して伝えたのでしょうか、アズサさんとついでにアシリさんが加害者ということに……そしてアズサさんが催涙弾を窃盗、使用しながら逃げ回り……最終的には火薬庫を爆破して……」

「あー……」

 

 口元に薄い苦笑いを浮かべながら、アシリは当時の苦い思い出を思い出す。

 

 そういえば、そうだったか。

 

 アズサと共に教室の方へと向かっていたら、正義実現委員会の人間に声をかけられた。

 明らかな誤解があったのでなんとか穏便に済ませようとしたが、語気が強くなり威圧を続ける相手にアズサは発砲した。この時点でアシリは半泣きだった。

 

 その後増援を呼ばれ逃走、大量の催涙弾を回収し、それを利用しながら火薬庫まで。そしてその後は……思い出したくもない、と、アシリは無意味な追憶をやめにした。

 

「それって、あの時の……?……ご、ごめん、そうとは知らずに酷いこと……」

「……別に、気にしてない。それにしてもあの時は惜しかった。爆発であえて吹き飛んで攻撃と逃亡を図るのは悪くないアイディアだったのに……勝算もあった。ただ、予想以上にダメージが大きかっただけで」

「それに巻き込まれた私の気持ちって考えたことあるかなぁ!!?」

「あ、あはは……」

 

 何故かいまだに戦意の残るアズサに、目に涙を浮かべながら抗議するアシリ。

 ここ補習授業部で場数を踏んだヒフミといえども、苦笑いをするしかなかった。

 

「それで、その報告も兼ねて私たちの元を訪れて下さり、お二人に感謝をと……アシリさんの方も、最近部活に顔を出していなかったので」

「あー、そうだねぇ……ごめん」

 

 後で部員にその旨の周知を頼んでおくかと、アシリは少々反省した。

 

「……しかし、そうか。別に、特別感謝されるようなことをしたわけじゃない。結局私も最終的に捕まったわけだし」

「私もねっ……!穏便に解決しようと、思ったんだけどねっ……!!」

「確かに気の毒だと思うけど、いつまでも虐げられてるだけじゃない。それがたとえ虚しいことであっても、抵抗し続けることを止めるべきじゃない」

 

 気まずげにアシリから目を逸らしつつ、だけど、とアズサは続ける。

 

「だけど、手段や方法は考えた方がいい。じゃないと、余計虐げられる一方になってしまう。よく考えてないといけない」

「……そうかもしれませんね。はい、あの方にもそう伝えておきます」

「アズサちゃん……」

 

 不器用ながらも助言をするアズサに対し、アシリは少し感動しつつ……やはり妙だと、改めてそう思う。

 今の行為は、カモフラージュのような意味合いがなければ彼女の心からの優しさだ。

 先程のコハルの謝罪についてもそうだ。純粋な面が多いコハルが気にしないように、あえて話を逸らしたように思える。

 

「“……”」

「……」

 

 先生と軽く目線を合わせつつ、お互いに頷く。

 これが先程説明した、もしアズサがトリニティへの復讐を望むアリウス生、その一人だった場合の違和感、矛盾だと。

 

「アズサさんは、暴力を信奉する氷の魔女……なんて噂が一部でありましたが、やはり噂は噂ですね」

「……?」

「ね、ねぇ、その噂、私はなんて……?」

「……その、申し上げにくいのですが……生贄と」

「仲間ですらない!!?」

 

 今日はどうしてこんな散々な扱いを受けなくてはならないのだろうか。巻き込まれることも雑に扱われることも慣れているが、今日は特に酷い。

 アシリは己の不運を涙を飲んで堪え、先程までのテンションが徐々に平時のものよりさらに低くなっていく。

 

「ふふっ、そうですね。でも、意外と『氷の魔女』らしい一面もありますよ?ほら、少し表情が読みにくいですし……朝は私たちに冷水を浴びせてきます」

「……」

「ハナコさん……」

 

 ハナコの発言に若干ムッとするアズサをよそに、マリーはハナコの方を案じる。

 

「……マリーちゃんが元気そうでよかったです」

「はい、私は……ですが……」

「玄関まで送りますね」

 

 これ以上詮索されることを嫌がり、ハナコはいそいそとマリーを送り返そうとする。

 

「さあ、一緒に行きましょう」

「あ、はい……で、ではみなさん、お邪魔いたしました。それでは、また」

「“うん、気をつけてね”」

 

 そうして、ハナコがその場を離れ。

 

「部長ぉ、もう休憩時間過ぎてますよー」

「えっ……!?あ、ほ、本当だ!!……み、みんなぁ!!やるよぉ!!?」

「ま、また……?というか、まだそのキャラでいくの……?」

 

 若干冷静さを取り戻したアシリは少々赤面しつつ、再び地獄は再開するのであった。




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