ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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踏み倒しと計画

 トリニティのテラス。備え付けられたテーブルと椅子で紅茶を嗜みながら、桐藤ナギサは報告を受けていた。

 

「……そう、ですか」

 

 その報告の内容は、一言で表せば予想外。全くもって、予想外だ。

 

 一体何を、どうやって?そんな疑問を抱く。

 

「……まあ、成績についてはあの暇人達が原因でしょうか」

 

 苛立ちを隠しきれない口調で毒を吐き、紅茶を一啜りした後ふぅ、とため息をつく。

 

「ですが、決まりましたね」

 

 確信。

 

 今回の一件。温泉開発部の悪評は、自分もよく聞いている。

 あれはチンピラ程度の塵芥どもには手に負えないものだ。

 

 噂ではヘルメット団を名乗る人間が自分たちの支配域を守るために戦ったそうだが、はっきり言ってその程度の戦力ではあり得ない。

 相当に戦闘慣れした人間、指揮を取れる人間、組織化された形態。

 

 まず間違いなく……戦闘、ただそれだけの目的のため訓練された集団。

 

 そんな人間が、わざわざ周囲の人間は被害が及ばないよう配慮して戦う?たまたま、補習授業部はその恩恵に預かれた?

 ……あり得ない。

 

「あの中の誰かに、隠れている」

 

 ナギサが得た確信。

 

 補習授業部。この中の誰か一人が確実に、アリウス分校に何かしらの関係を持つ。その確信。

 

 

「ですが、厄介ですね……余計なことを」

 

 あの奉仕活動部の部長。他校の生徒と関わることもあると聞いていた。

 疑う余地がないわけではない。時折休日、祝日に図書館に籠るだとか、奉仕活動部の活動の一環で危険区域に足を運ぶだとか。

 トリニティの裏切り者候補として一度は自分の中で名が上がりかけたものの、本人の性格、加えてゲヘナの生徒とも長い交流があることからほぼ白いだろうと、そう考え除外していた。

 

 だから、あまり名も覚えていなかった。意識の外側にあった。彼女が補習授業部と関わり合うまでは。

 

 想定していなかったイレギュラー。

 

「まあ、そこを含めてもう一度……」

 

 今度は見逃さない。

 

 この一件で奉仕活動部、こと部長である彼女においてはその疑いが深くなった。

 トリニティの裏切り者を、今度は確実に葬り去る。

 

「彼女の名前……なんといいましたか……ああそうです、確か」

 

 

 

 

「“アシリ、起きて”」

「んぇ……?」

 

 先生にゆすられる感触により、だらしなく涎を垂らしていたアシリが目を覚ます。

 

「っ、せ、先生!?」

 

 寝起きという無防備な状態で先生が目の前に現れ、急速に警戒を強めるアシリ。

 涎を拭きながら、ビシッと音がつきそうな勢いでベッドを離れる。

 

「よ、夜這い!!?否、今は昼ってことは昼這い!!?そんな、最近は先生そんなことしないって信じてたのに……!!せ、せめて私だけで他の子達は……!!」

「“落ち着いて”」

 

 もはや慣れた手つきの先生にどうどうと諌められながら、はて、自分はなぜ寝ていたのだろうかと思い返す。

 そうだった、確か試験場所が変わっていて、自分たちはゲヘナを目指したのだった。

 それで試験会場について、待っている間は不良生徒達が邪魔をしないようにみんなを守っていた。

 

「……っ、そうだ試験!!!試験は!!?」

「あ、アシリさん、目が覚めたんですね!」

 

 焦って先生に質問をしたところ、ヒフミとハナコが扉を開けて入ってくる。

 

「ひ、ヒフミちゃんっ!!試験っ!!!みんな、大丈夫だったの!!?」

「落ち着いてください、アシリさん」

 

 柔らかな表情で微笑みながら、ゆっくりとアシリに目線を合わせるハナコ。

 

「……みんな、合格しましたよ」

「っ……!!そっか……そっか……!!」

 

 アシリは、祝福の言葉を出すこともできなかった。

 それ以上に、喜びに満ち満ちていた。心臓を貫くような形容し難い、けれども不快ではない感覚に苛まれ、ポロポロと涙が溢れてきた。

 

「よかった……!よかったねぇ……!!本当によかった……!」

「……はい。おかげさまで、退学は免れそうです」

「うん……本当、危なかったね……誰か一人でも落ちたら退学、なんて……?」

 

 そこで、ふと気づく。自分たちが補習活動部の本当の存在理由を把握していることを知っているのは、先生だけのはずだ、と。

 

「え、え……?あ、アシリさん、なぜそれを……!?」

「え、あ、わ、その、え、えーっ!?なにそれ聞いてないよぉ!!?」

「……」

「ごめんなさい」

 

 白々しい演技をハナコに呆れた目で見られ、平謝りするしかないアシリ。

 これはもう隠し切ることはできないなと、グッと覚悟を決める。

 

「……うん。知ってるよ」

「そ、そのことは……先生とハナコさんしか知らないはずなのですが……」

「……ちょっと、卑怯な手段を使ったの。みんなには、謝らなきゃいけない……だから。みんなが集まってからでもいいかな?」

 

 あれ、これ先延ばしにしただけに聞こえるかななどと杞憂しつつ、二人と目を合わせる。

 

「……はい、私は問題ありませんよ。先生も、何か一枚噛んでいらっしゃるようですし」

「わ、私も大丈夫です!」

「うん、ありがとね……」

 

 ふぅ、とため息をつき、白いシーツの上に体をどさっと投げ出すアシリ。

 そこで、とあるおかしな点に気づく。

 

「……あれ、私なんで医務室にいたの?ひょっとしてこれ、倒れてた……?」

「っ……!」

 

 アシリがそう聞いた瞬間、ヒフミの顔が険しくなる。

 優しい彼女のことだ。もしかしたら自分は不良と相打ちになり気絶して、それを申し訳なく思っているのかもしれない。

 

「あ、その、気にしなくていいんだよ?私は、私のやりたいことをしただけで……」

「その」

 

 アシリがフォローを入れ終わる前に、ヒフミがビニール袋を取り出す。

 

「……?なに、この黒焦げのゴミ」

「……ぬいぐるみ。だったものです」

「ぬいぐるみ……?……あ゛っ」

 

 その時、記憶が濁流のように蘇る。

 

 自分は見回りがてら、近くの建物内に不良がいないかを確認していた。

 普段ならば緊張する状況など心臓が張り裂けそうになるのだが、その時はやけに冷静だったことを覚えている。

 

 そして。とある廃屋。恐らくはトイショップにて、見つけたのだ。

 ……モモフレンズ、その原型になったとされるシリーズのぬいぐるみを。

 

 アシリは喜んだ。とても喜んだ。ともすれば、先程みんなの合格を告げられた時ほど喜んだ。

 そして、どうせならみんなにも分けてやろうとそのぬいぐるみを持ち出した。廃屋ではあるが忍びないので、財布の中身を全て置いて。感触はやけに重かった。

 

 そしてそのぬいぐるみを一旦安全な場所に移し終え、さあみんなの手伝いに戻ろうとした次の瞬間。

 

「あ、ああぁぁあぁああああ……!!!」

「心中、お察しします……!!」

 

 ヒフミから先程ゴミと断じたそれらを受け取り、アシリは泣いた。先程とは違う理由で。それしかできなかった。

 慟哭。そう言い表す他ないほどに泣き散らかした後、徐々に冷静さを取り戻し始めた。

 

「えぐっ……!!おえっ……ゔぁあぁぁあああ……!!」

「”アシリ……“」

「ぐすっ……」

「少し、落ち着きましたか?」

 

 優しげなヒフミの声色に無言でこくこくと頷き、肯定を返す。

 

「……気持ちは、わかります。私も昔、似たようなことがありました。ブラックマーケットまで行ったんですけど、パチモノで……手に入るはずのものが無くなってしまった時って、辛いですよね」

「ゔん……!」

 

 今度は声に出して、されど頷きも返しながら肯定する。

 

「……いいんです。辛いことは辛いで、いいんです。仕方ない、とか、どうせ元々手に入らなかったもの、とか、そんな理由で自分を誤魔化さなくていいです。いっぱい泣きましょう。いっぱい泣いて、それで、また一緒に探しましょう?アズサちゃんも一緒に連れて」

「……ありがとね、ヒフミちゃん」

 

 慈母の如きヒフミの言葉にグッと涙を堪えて拭き取り、体を持ち直す。

 そんなアシリの手を取り、引っ張って立ち上がらせるヒフミ。

 

 さながら物語のワンシーンのようなその様子についていけないハナコと先生。

 

「……うん、そうだねっ!まずはみんな、合格おめでとう!!そういえば、アズサちゃんとコハルちゃんは?」

「あ、は、はい……」

 

 ついていけないまま立ち直ったアシリにたじろぐハナコ。なんとか返答を返そうとする。

 

「コハルちゃんは、正義実現委員会に皆さんに報告しに行きました。とても嬉しそうでしたよ。アズサちゃんは……」

「……?」

 

 フイっとバツが悪げに目を逸らしたハナコをアシリは訝しむ。

 何かあったのだろうか?

 

「……その、前の学校の方から連絡が来たようで……少し、お話しに行きました」

「っ!!?」

 

 

 

 

『っていうことがあって……』

「はははっ……面白い人ですねー、その、アシリさん?」

「ヒヨリに少し似ているな」

 

 む、確かにちょっとだけ似ているか?

 弱気なところはそっくりだし、妄想癖が激しいところもそれっぽい。図太さが足りないけど。

 

「しかし、あの爆発にはそういう理由があったんですねー……助けられました」

 

 本当に危なかった。もしアシリがいなければ試験会場は爆発、下手すりゃ紙ごと燃え尽きてたかもしれない。

 

 そうなれば補習授業は継続。アズサも退学寸前まで追い込まれ、かなり苦労することになっただろう。

 

「……アズサ。学校は、楽しいですか?」

『……うん。というかこれ、答えるの何度目?』

「全くだ……毎回いの一番に聞いていただろう」

 

 なんだい二人して。

 実際サオリだって気になっているだろう。

 

「まーまーそー言わずに。サオリだって気になるでしょ?」

「それは……まあ、そうだが」

 

 うん、素直なのはいいことだ。

 ……さて。

 

「それじゃあ、そろそろ本題に入りますね?」

『……うん』

「ふー……」

 

 ……伝え方には、細心の注意を払わなくちゃな。

 今回の件、無論アズサに責任はないが……わずかにでも、罪悪感を抱いて欲しくない。

 まあ、いずれにせよ伝えるしかないわけだが。

 

「……今回の一件。アズサを含む四名をアリウス分校の関係者だと疑った桐藤ナギサが、その全員を退学へと追い込もうとした。ミカさんから聞いた話をまとめると、こういうことで良かったと思います」

『ああ、合ってる』

 

 ふむ、ここは原作通りか……ナギサには、すまないことをした。

 わかっていても、止められなかった。セイアを重体まで追い込むことは、どうしたって避けられないことだ。

 そうなれば、自動的に桐藤ナギサはトリニティの人間に疑心を抱くようになる……もっとも、ミカはその範疇に無いようだが。

 

 疑心暗鬼。そこからくる行動。そこへナギサを追い込んで、ヒフミも苦しませたのは、紛れもない俺だ。そこに言い訳をするつもりはない。

 俺の無力で、ナギサのことは救えなかった。

 

 ……だが。これから起ころうとしているのは、それも比にならないほど悪辣な所業だ。

 

「……ベアトリーチェは今回の一件で、桐藤ナギサを危険だと判断しました。そして渡されたのが……これです」

『っ……ヘイローを、破壊する爆弾……』

「……まあ、つまりは……そういうことなんでしょう」

 

 ……これが、今回支払うことになった代償。

 桐藤ナギサの暗殺。俺はそれを、他ならぬベアトリーチェに指示された。

 

 だが、そんな代償まともに取り合ってやる必要なんてない。

 

「……ま、もちろんこんなモン使うつもりありません。安心してください」

 

 後方に『ヘイローを破壊する爆弾』をポーンと投げ捨て、ヘラヘラと笑って見せる。

 

「お、お前、万が一にも暴発したらどうするつもりだ……!」

「あの距離ならだいじょーぶですよ。それに、コートをクッションに投げました」

「いつのまに……寒くないのか?」

「さむいです」

 

 呆れるサオリのコートに潜り込もうとして撃たれながら、通信機の方にあらためて向き直る。

 

「ってことで、もちろんナギサさんを殺すつもりなんて毛頭ないんですが……問題になるのは、他の点なんです」

『他の……?』

「はい」

 

 ……ベアトリーチェは、絶対にここまで想定している。

 まず間違いなく。

 

「……桐藤ナギサがいなくなれば、ティーパーティは残り一人。自動的に、ミカさんがホストになります」

『あ……』

「つまり、エデン条約を進めるのはミカさんということになるんです」

 

 最初こそミカならエデン条約の調印式を無きものにするかと思ったが、そんなことは不可能に等しい。

 そもそも、ミカの今までの行動を鑑みれば考えなしにそんなことはしないように思える。

 

 ……だが、ここで別の問題が発生する。

 

「……ティーパーティのホストだった二人が同時に襲撃による死を遂げ、たまたま自分がホストになることができる。あまりに都合が良すぎる話だと思いませんか?」

『……確かに』

「私だって同じ立場なら疑いますよ。『聖園ミカはホストになるために他の二人を殺したんだー』、って」

 

 そう。このままでは、ミカには疑われる余地しかない。だが、それだけでもまだなんとかなる程度の代物だ。

 一番の問題は……。

 

「厄介なことに、襲撃者である私と関わりがあるんですよねー……とどのつまり、ボロが出ます。いついつのどこでいなかった、だとか、ここの行動が不明瞭だとか……アズサの、書類偽装の件だとか」

『……』

「……ですが、そうなればホストがミカさんしかいないのもまた事実。大方、調印式が終わった後に不信任でも突きつけられます」

 

 恐れていた事態。ミカが巻き込まれてしまうという、この事態。一刻も早く解決しなくてはならない。

 ナギサを殺す、殺さない、セイアを殺した、殺してない、そんな問題じゃない。

 疑われるだけの下地を、十分に残しすぎている。事実がある以上、疑われてしまえばお終いだ。

 

 ……そしてこんなこと、ベアトリーチェのクソ野郎が気づかないわけがねぇ。あのクソは、わかっててやっていやがるんだ。

 

 エデン条約の調印式が終わってしまえば、ミカもアズサもアイツにとっては不要な存在だ。

 だからさっきアズサに話した問題点は、ベアトリーチェにとっては全て何一つとして問題ない。

 どこまでもただ切り捨てるだけの駒、弱者、操り人形としか見ていない。反吐が出る。

 

「ま、とにかく。そんな問題が出てきてしまったんですが……ともかく、目下の問題は桐藤ナギサです」

 

 そう、兎にも角にもナギサの件だ。

 当然殺すつもりはない。そうなると、重体に追い込むしかないのだが……。

 

「その件だが、どうするんだ?確か百合園セイアは元々病弱だったから意識不明まで追い込めた、という話だっただろう」

「その通りです」

 

 実際には夢を司るあの未来予知も関係しているのだろうが……どちらにしろ、ナギサに同じ手段は使えない。

 

「ですので、普通の爆弾で気絶させた後……ミカさんに、自室で匿って貰おうと思っています」

『できるのか?普通、警戒すると思うけど……』

 

 まあ確かに、普通の知り合い程度ならそうだな。

 でもナギサは、無意識にトリニティの裏切り者候補から外してしまうほどにミカを信頼してて、大事なんだ。

 ちょっとやそっとじゃ疑わない。

 

「ナギサさんとミカさんは、幼馴染です。それこそ、互いに疑う余地がないほど信頼しあっている。それに、ミカの強さは重々承知でしょう。『殺されそうになってたナギちゃんを私が助けたんだ☆……だから一旦ナギちゃんは死んだってことにして、安全になるまで待とう?』、とか言えばイチコロですよ」

「似ているな……声真似」

 

 サオリに少し感心された喜びを噛み締めつつ、説明を続ける。

 

「この件についてはミカさんにすでに相談し、了承してもらいました。次は、ミカさんがホストになる事によって起こり得る問題についてなんですが……これも、調印式の終了と同時にナギサさんの存在を知らしめれば一旦は納得してくれるでしょう」

『なるほど……でも、ナギサはそれを了承するの?まだ裏切り者がいるかもしれないのに』

「それは私も考えていたんだが……スオウには、何か考えがあるのか?」

「……はい。私の計画がうまくいけば、ナギサさんもそんなことはきっと考えませんし……もしダメでミカさんが疑われてもなんとかなります」

 

 ……さて。ここから先については、サオリにも話すのは初めてだな。

 

 俺の計画も、いよいよ大詰めだ。みんなには、察せられてはいけない。バレてはいけない。

 

 巻き込まないし、傷つけさせない。俺一人でなんとかする。俺にはそれができる。

 

 大丈夫。俺はもうあの時とは違う。十年間ずっとずっと、考え続けたんだ。きっとうまくいく。

 

 それを踏まえて、最大限警戒して疑われないように説明しろ。

 

「……調印式の、当日。逃げちゃいましょう!みんなで、アリウスから!」

「……っ!!?」

『……!?』

 

 ……絶対に。みんなのことを、助けてみせる。

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