「アリウス分校から、逃げる……?」
「まあ、驚きますよねー」
ちょくちょく伝えてはきたんだ。『いずれそうするだろう』ってことは。
でもこうして具体的な期日を示したら、やっぱり実感ってものが違ってくるだろうし……何より。実際にこうやって説明するのは、初めてだから。
完璧じゃダメなんだ。積み重ねてきた計画じゃ。
突然降って湧いたチャンス、思いついた計画。だから穴があるのも気付けないし、気付いたとして違和感を覚えない。
このくらいの認識でないと、俺の本当の計画が露見してしまう可能性がある。だから、なればこそ伝えるのも今。
多少早まったけど……ナギサの一件で、俺がみんなと会えなくなるのも早まってしまった。今しか伝えることはできないから。
「……お前の無茶苦茶は今に始まった話ではない。何か考えがあるのか?」
「だいせーかい」
バチコーン、と軽快に指の音を鳴らしてサオリの方を指さす。
「とは言っても、やること自体は単純なんですけどね」
いや本当に、我ながら呆れるほど単純な計画だと思う。
「まあさっきも言ったように、調印式の当日にみんなで逃げ出す算段ですが……もし仮に真っ正面からやろうとしたら、どんな問題があると思いますか?」
『教員たち……マダムの追手がいるから、もし捕まったら碌でもない目に合わされる。それに、正義実現委員会の生徒も問題。去年の襲撃の時、正義実現委員会の一部はアリウス分校の存在に感づいたから……多分、見つけたら彼女たちも追ってくる』
「その通りです」
そう、確かにそれも大いなる問題だ。
ベアトリーチェの追手である教官たち。正義実現委員会のメンバー。彼女たちは、たとえうまく逃げおおせたとしても俺たちを追ってくるだろう。
……だが、それ以上に問題なのが。
「……『ヘイローを破壊する爆弾』、だろう」
「……」
俺が言い切る前にサオリが口に出す。
「……はい。一番の問題はそれです」
『ヘイローを破壊する爆弾』。生徒の神秘を壊し、死に至らしめる爆弾。
最悪のパターンは、この爆弾を使う対象がみんなになることだ。
「……この爆弾は、万が一にも喰らったらそれでもうおしまい。どんなに強い人間だろうと、ただの一撃で死んでしまいます」
『っ……』
「今だから言いますが、私はこの爆弾の存在をずっと前から知っていました」
「……そうか」
……あまり驚かれなかったな。まあ、サオリには少しだけ……伝えてあったからか。
人を、殺したことを。
「だからこそ、ずっと警戒して……同時に、恐れていた。あの爆弾が、みんなに使われることを」
後方の『ヘイローを破壊する爆弾』を親指でさし、淡々と説明を続ける。
「だからこそ、今。調印式の当日こそが、逃げるベストなタイミングなんです」
『……?どういうこと?』
「……なるほど」
サオリはピンときたみたいだ。
アズサに関してはまあ、ベアトリーチェが調印式でやろうとしていることを知らないし仕方ない。
……ちょうどいい。ここで説明しておくか。
「まあ、ややこしいので詳細は掻い摘みますが……ベアトリーチェは調印式を利用して、結ばれたエデン条約という戒律を
『……?』
首を傾げられてしまった。
この行為、やっぱキヴォトスでも相当異質なものなんだろうな……俺としては、契約の強制力を示すことになるから安心するけど。
『サオリ、理解できた?』
「いや、すまないが私にもさっぱりだった。何を言っているのか理解できん」
「は、はははっ……」
勉強を教え始めたころも、こんな感じだったけか。
……いけない、感傷に浸るのは後だ。
「……うーん、そうですね。何度やられても復活する、自我を持たない戦力……ゾンビのようなものだと思ってもらえれば」
『……まあ、まだよくわからないけど……うん、大体わかった』
なんとなく、イメージはついたかな?
「で、ベアトリーチェは調印式を通じてそれを手に入れようとするんですが……そいつらに対する命令権は、私たちにもあるんです」
『あ……じゃあ』
アズサも察しがついたみたいだな。
「はい。私たちは聖徒会を囮に、アリウス自治区……果ては、トリニティ自治区からも逃げ出します」
「……トリニティ自治区からも、か。そんなにもうまくいくものか?検問のようなものもあるだろう?」
む、鋭い指摘だ。
確かに他校の自治区から勝手に入って行こうとする生徒、もしくは他校の自治区へ勝手に侵入しようとする生徒を発見する目的で、警備員は配置されているだろう。
最悪のパターンは、その通報を受けて正義実現委員会が来る場合。ツルギやイチカ、ハスミがいるのもそうだが……圧倒的なまでに戦力差がある。
アリウス自治区から逃げ出す時は中学生、後輩たちも連れて逃げることになる。とてもじゃないが、庇いながら逃げ切ることはできない。
「……はい。でもそれは、調印式の当日なら問題ないです。正義実現委員会の主戦力も会場に集中しますし……そこに、巡航ミサイルが撃ち込まれます」
「……」
「……被害者も多数出て、現場は大混乱。正義実現委員会どころか、トリニティ全体の警備がザルになります。本当は、そんなことしたくないですが……」
……本当に。これだけは、変えることができない。
巡航ミサイルによるトリニティ、ゲヘナの主戦力の無力化。
ツルギでさえ一時間近くまともに戦えなくなり、ヒナでさえ雑兵に苦戦するほど削られる。
そして調印式を無理やり中止し、その隙を狙ってエデン条約を書き換える。このプロセスは、どうしたって必要になるものだ。
だからこれは、これだけは変えられない。みんなを無事に逃がすために。たとえそれが、沢山の生徒を傷つける結果になったとしても。
「……その隙を見て、私たちは後輩たちを連れ逃げ出す。目指すは山海経の梅花園と、アビドス自治区のゴーストタウンです」
『山海経?』
「はい。山海経は、子供を戦いに巻き込むことはタブー。たとえ調印式の妨害を行ったのが私たちだとわかっても子供たちは受け入れてくれますし……きっと、追手やトリニティの人間、公安維持局からもきっと守ってくれます」
まあ預かってもらえる子供達は、よくて八歳くらいの子たちだけだろうけど……それでも十分すぎるくらいだ。
それに、山海経自治区の立地もいい。
遠すぎず、近すぎず。調印式の情報が入ってきても、基本無関係なこと。そのくらいの塩梅なはず。
「もう一つの方はなんなんだ?」
「はい、アビドス自治区ですね。こっちは数十年前から、自治区が砂漠化に襲われています。今じゃ生徒数はたったの五人ですし、自治区はカイザーPMCに切り売りされています。ゴーストタウンも沢山あるんだとか」
ゴーストタウンは確か、先生が遭難するほど広大だった。
直後たまたまシロコが通りがかったから助かったものの……人と鉢合わせる確率が極めて低い。何より、目印がなければまともに動くこともままならない。
「追手もそうそうこれませんし、山海経からもそう遠くありません。私たちはアビドス自治区に逃げましょう。不要な装備を売っぱらって、目下の生活費は確保。そこでほとぼりが冷めるまで、ゴーストタウンに勝手に住んで……バイトでもして身を隠すんです」
「ふむ……確かに、現状だとあまり問題はないように見えるな」
……うん、現状は納得してもらえてるみたいだ。
「それに、本っ当にうまくいけばアビドス高等学校に入学できるかもしれません。あそこは万年部員不足、借金もありますから……人手はどうしたって欲しいはずなんです」
ただ、これに関してはあまり期待しない方がいいな。
アヤネやセリカなら簡単に絆されそうだが……ホシノ。彼女だけは、どうしたって警戒してくるはず。
同じく『大人』の被害者であることを示せば多少悪印象も和らぐだろうが、それでもトリニティや教官たちという追手がある以上、彼女も相応にリスクを考えるだろうから。
ともかく、みんなにはこれで一旦心配いらないと、そういうことで納得して欲しいが……。
『……』
……ま、アズサはそうはいかないよな。
「……嫌ですか?補習授業部のみんなと離れるのは」
『っ……ああ』
そっか……そうだよなぁ……。
アズサにとってこの数週間は本当に……本当に、鮮烈な記憶になっただろう。
姉としては、ちょっと悔しいけど。
たった一ヶ月程度の付き合い。時間なんて関係ない。もうきっと、アズサにとっては……補習授業部のみんなは、大切な友達なんだ。
『……でも』
でもきっと、アズサが今逡巡しているのは……。
『……私は、どうすればいい?』
「アズサ……」
……サオリも、気づいてたみたいだな。
『私は……確かに、補習授業部のみんなとも一緒にいたいけど。でも、スオウや、サオリや……アリウスみんなのことも大切で。だから、どっちを選べばいいのかわからない』
「……」
「……そうか」
……だろうなぁ。でも、少しだけ安心した。
アズサがそう思ってくれてるってことは。きっと原作であった……あんなことを。する必要は無くなって。
でもだからこそ、新しく悩みができてしまった。
大切な二つを天秤にかけて。どっちを選べばいいのかなんて、そりゃ難しいことだろう。
『……わかってる。これは我儘でしかない……多分正解は、みんなについて行くこと』
「……え?」
『さっきスオウは、あえて触れてなかった。ミカの一件、私がトリニティに残ることはその疑いを深めることになる……だからここでの正解は、きっとみんなについて行くことで……でもそれはきっと、補習授業部のみんなを裏切ることになる』
「いいえ」
……違う。それは違う。
「これは正解や、不正解なんて問題じゃないです。ましてや、それに縛られて選択を狭めることなんてもってのほかです」
『……そうは言うけど』
でも、そう思ってしまう理由もよくわかる。
「あなたの前にいるのは誰ですか?」
『……え?』
「誰ですか?」
『……小隊長で、姉を名乗る頭のおかしいふし』
「そう、お姉ちゃんですね」
『違う……』
不審者とか言いかけたのは聞こえなかった。一切合切聞こえなかった。
「お姉ちゃんですから、妹のためならなんだってできるんです」
『……』
「あなたがどちらに着いて行くのか。それを決めるのは私じゃありませんし、ましてや現状でもありません。あなた自身です。それに伴う問題は、私がきっと全部なんとかしてみせます。あなたが心配することなんて、何一つありません」
『……なんで、そんなに』
「私はあなたの……お姉ちゃんですから!」
『っ……』
……本当は通信越しじゃなくて、直接会って伝えたかったけど。
まあ、致し方あるまい。
「……まあなんだ、その、スオウに付け加えて偉そうなことを言うなら……別に、どちらかしか選べないわけでもないだろう。確かに毎日は会えないかもしれないが、二度と会えないわけではないしな」
『……うん』
サオリもかなり、いや、すごく心配してたみたいだな。
……まああとは、あれも伝えておくか。
「だからもし、あなたが現状に罪悪感を抱いているなら……あなたがそれを望むのなら。話してしまってもいいんですよ?補習授業部のみんなに、本当のことを」
『……っ!?』
「気づきますよ。お姉ちゃんですもん」
……なんというか、今日はこればっかりだな。仕方ないけどさ。
「あなたにその重荷を背負わせてしまったのは、私の責任です……ごめんなさい」
『そんなことは……』
「あるんですよ」
そうだ。誰か一人を、スパイに選ばなきゃいけなくて……そこでアズサを選んだのは、他ならぬ俺自身だ。
だからこのことについては、俺に責任があることだ。
「……アズサ。もっと我儘になってください。いいんですよ、それで。あとのことは、私がきっとなんとかしてみせますから」
『……うん。ありがとう』
……まあ、伝えたかったことは伝わった、かな?本当に、アズサと話すのは次か、その次くらいが最後かもしれない。
言い残したことは……そんなになさそうだな。
『でも、ミカのことはどうするつもり?』
「そこについては考えがあります。とはいえ、ナギサさんの証言があればかなり抑制できるとは思いますが……まあ簡単に言ってしまえば、ミカさんごと巡航ミサイルでぶっ飛ばすんです」
「……穏やかじゃないな」
……うん。自分で言っててもそう思う。
「でも、結構有効な手段だと思いますよ?まさか巡航ミサイルでぶっ飛ばされる奴が犯人だと思わないでしょうし……ナギサさんも、ミカさんの立場が危ういとなれば出てこざるを得ないでしょ。本人視点命の恩人ですし、これでほとんど疑いは晴れます。完全には無理ですが……私たちがアリウス自治区、トリニティ自治区を去れば、決定的証拠はないんです。疑いは疑いのままで終わりますよ」
「……そうか」
実際、トリニティ自治区からも逃がそうと思ってるのはそういう側面もあるのは確かだからな。
疑いだけで凶行に走るようなヤツはナギサや、正義実現委員会が止めるだろうし。
「……まあ、大体は把握した。現状目立った問題点はないな」
『ああ、私もそう思う』
……ああ、それにしてもよかった。
「ありがとうございます。まあこれはあくまで概略。細かいところは後で伝えますね」
二人がこの計画に疑念を抱かなくて、本当によかった。
ミカの疑念。手段さえ選ばなければ、次の襲撃でほとんど晴らすことができる。
それに、シャーレの協力さえあれば……みんなのことも、ほぼ確実に逃すことができるだろう。
だから、俺がみんなに会える時間は……もうそんなにないから。できることは、今のうちにやっておかないとな。