ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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信頼と恐怖

「ただいま、みんな」

 

 桐花スオウたちの通信も終わり、補習授業部の元へと戻ってきたアズサ。

 彼女を出迎えたのは、浦和ハナコだった。

 

 アシリはまだ体の調子が治らず、ヒフミはそれに付き添わざるを得ない。自ずと、ハナコが帰ってきたアズサを出迎えることになったのだ。

 

「お帰りなさい、アズサちゃん。どうでしたか?」

「……すごく、喜んでくれた。みんな相変わらずで」

「そうでしたか……よかったですね」

「……うん」

 

 いつもと変わらないアズサの態度に、ホッと胸を撫で下ろすハナコ。

 

 彼女とて、アズサの全てを信じたわけではない。『何か』があることくらい、わかっている。

 自分たちには伝えていない、否、伝えられない何かが。

 

「……」

 

 ならばなぜ、今自分は安心した?

 ナギサの話を含め総合的に見れば、『トリニティの裏切り者』は白洲アズサである可能性が大いにありえる。

 いや、むしろ確定と見て構わないだろう。ならば、なぜ?

 

「……ふふ」

 

 疑問に思うまでもなかったかと、自嘲的に微笑む。

 

 ああ、そうだ。信じてみたくなったのだ。

 諦めかけていた青春を思い出させてくれた、みんなのことを。

 自分を、『浦和ハナコ』を、秀才やコネクションを得る手段ではない。一人の友人として粗雑に、普通に、対等に扱ってくれたみんなのことを。

 

 だからきっと、信じてみたくなった。信じざるを得なかった。その美しさを。

 

「アズサちゃん。お帰りなさい」

「……?うん、ただいま」

 

 緩んだ口元からこぼれ出た言葉に、アズサは困惑してしまった。

 揶揄う意図も込めて理由は伝えないままに、いつもの教室へと移動を開始した。

 

 

 

 

「アズサちゃんっ!!お帰りっ!!」

「……ただいま」

「おめでとう!!合格して、本当によかったねぇ……!!」

 

 エナジードリンクでも飲んだのかと騒がしいアシリに気圧され、しかしそんなはずもないかとアシリの突進を受け流す。

 

「ぎゃんっ!?ひ、酷いよぉ!?」

「……ごめん、つい体が勝手に」

「余計ひどい!?」

 

 先ほどまでスオウと会話していたからだろうか、この手合いの相手の対応に妙にこなれてしまっていた。

 いつでも逃げ出せる距離を取り、警戒を保つ。

 

「あ、あはは……お帰りなさい、アズサちゃん!テストの結果、お友達は喜んでくれましたか?」

「ああ、これでもかと。今のアシリくらいのテンションで喜んでくれた」

「あんたの友達、予想はついてたけどやっぱりそんな感じなのね……」

 

 後ろで静かに話を聞いていたコハルが、疲れた呆れが混じった様子で相槌を打つ。

 

「……で、全員集まったわけだけど……なんだったの?話したいことって」

「あ、あぅ……」

 

 全員の視線が自分の方へと向き、たじろぐアシリ。

 先生の方へ目を向けて助けを求めるが、首を横に振られてしまった。自分でなんとかしろということだろうか。

 

「え、えっと……!その……!」

 

 心臓が激しく動悸し、破裂せんばかりに脈打っていた。

 ここまでの緊張を感じたのは、マユミと大喧嘩したあの時以来だろうか。

 

「そ、その、ね……!わた、私、ねっ……!」

 

 ああ、どうして自分がこんなことに。逃げ出したい、逃げ出したい、逃げ出したい。

 エナジードリンクでテンションをハイにすれば幾分か話しやすくなるかとも考えたが、そんなことは一切なかった。クソッタレめ、と悪態をつく。

 いや、割と自業自得だろうという指摘を振り払いながら、それでも呼吸を整えて、みんなの方へ向き直る。

 

 みんなの目を見ることは、できなかった。

 

「大丈夫ですよ」

「えっ……」

 

 塞ぎ込んだアシリの耳に届いたのは、ヒフミの言葉だった。

 

「あ、いえ!その、特に何か事情を察しているわけではないんですが……何か私たちに、話しづらいけど話したいことがあるですよね?」

「……」

 

 少し俯いて、コクリと頷くアシリ。

 

「大丈夫ですよ。私は、私たちは、アシリさんにいっぱい助けてもらいましたから!今更ちょっとやそっとで嫌いになったり、怒ったりしないです!信じてますから!」

「……そっ、か」

 

 嫌われない?怒られない?多分、そんなことはないのだろう。

 自分たちが今回やったことは、『ちょっとやそっと』のことじゃない。

 人のプライバシーを侵害して、記録して、記憶して、あまりに身勝手で、自分勝手な、迷惑極まりない行為をした。

 

「……うん。ありがとう、ヒフミちゃん」

「い、いえ……すみません、偉そうなこと言って……」

「ううん……」

 

 ……けれど。誠実でいたいと思った。

 こんな自分を受け入れてくれるのなら、信じてくれるのなら。自分はそれに応えたいと思った。

 アズサを、みんなを、信じていられるか。かつて自分が抱いていた恐れ、嫌悪、矛盾。

 

 何を驕っていたのか。そうじゃない。

 信じたいのならば、信じるしかない。友達だと、苦楽を共にした仲間だと、そう言い切るのであれば、僅かでもそう思えたのなら、それはもう信用なのだ。

 みんなに信じられて、初めて自分が信じることができた。本当に、今更だった。

 

 自分は『信じたい』と思った。

 みんなは『信じる』と言った。

 

 それが全てだ。

 

「あのね……」

 

 自分が信じたいと思ったのなら、信じればいい。

 相手が信じる自分を信じて、自分の信じる相手を信じる。

 

 そこにきっと、答えなんていらない。

 きっとこの先裏切られようと、何があろうと、自分が抱いたその感情が全てだ。

 

「私……ううん、私たちは……」

 

 やっと見つけた結論に、彼女はポツリ、ポツリと自らの行いを告白し始めた。

 

 

 

 

「えっと、つまり……?アシリ……というか、アシリとその友達はアリウス?ってところに、昔いて……?」

「昔、そこにいる人に助けられて、学校は崩壊……そして、その人が行方不明に……」

「だからその手がかりを得るために、『トリニティの裏切り者』の中から探そうと思った、と……」

「う、うん……」

 

 先ほどよりもかなり落ち着いた動悸に心臓を抑えながら、ふぅ、と一呼吸つく。

 アズサの前でアリウスについて語るのはリスクのある行為だったが、自分では上手い言い訳が思いつかなかった。

 その上、アシリはもう感じ取っていた。

 アズサは、トリニティへの復讐なんてさらさら望んでいない。理屈はないが、心からそう思った。信じられた。

 

 だからこそ、本当の自分を少しだけ見せたのだ。

 

 無論、内乱や姉の死など、あまりに凄惨な部分は話すことを避けた。

 信じる、信じないの問題ではない。彼女なりの気遣いだった。

 

 アズサがアリウス分校生だったとして、アシリの体験してきた出来事はあまりにショッキングだったから。

 いつか、もしもいつか、話せる日が来たのなら……きっとその日に話したいと、そう思った。

 

「まあ、あんたも色々大変だったのはわかる……わかるけど……!」

 

 コハルはの声色が、徐々に怒気をはらみ始め……。

 

「だからって寝室まで盗撮する必要あった!!?そんなエッ、エッチなことに使われそうな場所まで!!!」

「わ、わー!!ごめんなさい、ごめんなさい!!許してください!!」

「ダメ!!死刑!!今ここで撃たないと気が済まない!!」

 

 暴れ出そうとするコハルをどう、どうと諌めるハナコに、後ろから羽交締めにするアズサ。

 アシリといえば大泣きこそしているが、甘んじて受け入れるつもりか正座したままその場を動くつもりはなかった。

 

「わ、私たちの寝室を盗撮って、そんなっ……!あ、あそこで着替えたりもしてたのよ!!?」

「反論の余地もないですぅ!!」

 

 平謝りし続けるアシリに、なおも怒りが収まらないコハル。

 とはいえ、本当に軽蔑や嫌悪をアシリに向けているわけではない。アシリもそれをわかってか、少し安心していた。

 

「まあまあコハルちゃん、落ち着いてください」

「おっ、落ち着けるわけないでしょ!!そんな……そんなことされてっ!!」

「……なるほど、そんなことですか。一体、どんなことですか?」

「ど、どんなことって……」

 

───この流れ、何回目かなぁ……?

 

 アシリはそう思ったが、自分のことを庇ってくれているのはわかっていたため口に出すことはしなかった。

 

「盗撮よ!盗撮!!エッチなことに使われたらどうするつもり!?」

「エッチなこと、ですか……いえ、プライバシーの侵害が嫌だと言うのなら理解できますが、その心配はないと思いますよ?事実、浴場やお手洗いには設置していなかったようですし……どちらかと言えば、そちらの方が『良い』でしょう?」

「い、良いって……し、知らないっ!!」

 

 いつも通りコハルのことを言いくるめ、そっとサムズアップしながらハナコはアシリへと目線を向けた。

 

「……でも、確かに……情状酌量の余地はありますが、許せないという気持ちもわかります」

「……うん。わかってるよぉ……」

 

 そこに反論の余地はない。どんな罰であろうと、アシリは黙して受け入れる覚悟があった。

 その覚悟がなければ、最初からあんなことをしなかった。

 

「じ、じゃあ!」

 

 と、そこでヒフミが口を開き。

 

「打ち上げ代は、奉仕活動部の奢り、ってことでどうですか……?」

「……え?」

 

 そんな拍子抜けなことを言うので、アシリは口から間抜けな声を漏らしてしまった。

 こちらとしては、グーで殴られる覚悟もしていたのだけど、と。

 

「い、いえその、せっかくみんな合格できたので打ち上げでも、と……み、みんなもそれでいいですか?」

「ええ、私は大丈夫ですよ」

「……しょ、しょうがないわね!!それで許してあげる!!」

「……ああ。問題ない」

「みんな……なんで……?」

 

 きっとそれぞれ、思うところはあっただろう。

 自分たちの生活が筒抜けだったのだ。ないはずがない。

 それでも、こんな寛大な措置は……アシリにとって、あまりに予想外だった。

 

「……いいの?私は、みんなを……」

「確かに、ちょっと嫌ですけど……でもそれ以上に、アシリさんは私たちを助けてくれましたよね?」

「っ……」

「私たちのために時間を使ってくれて、試験の時もサポートしてくれたじゃないですか。それに、一緒に、水着で遊んだり……それは、ただ『トリニティの裏切り者』を見つけるためなんですか?」

「ち、違う!」

 

 ヒフミの言葉に、焦り言葉を返すアシリ。

 

「……それは。違う、よ……」

 

 それは、それだけは違った。

 たとえ自分が裏切り者と罵られようと。嫌われようと。それだけは、嘘だと思って欲しくなかった。

 あの時間は、確かに……自分にとって、真実だったから。

 

「大丈夫です。わかってますよ」

「……」

「だから、このことはこれでおあいこでです。きっと、それでいいと思います……そ、その、少なくとも私は、ですけど……!」

「大丈夫。私もそう思う」

 

 途端に尻すぼみになってしまうヒフミの言葉を補強するように、アズサが言葉を続ける。

 

「それに……私、も」

「……?」

「……いや。なんでも、ない。とにかく、私は気にしないから」

「わ、私だって!……で、でも、動画のデータは全部削除しなさいよ!?」

「……そっ、か」

 

 ああ、そうか。自分はずっとずっと、不安だっただけなのか。

 身勝手にも、嫌われたくないと。見限られたくないと。そう思っていて。

 

 だからこんなにも都合のいい結末が、これでもかと嬉しくて、嬉しくて。

 

「……みんなっ!!」

「……?」

「ありがとねっ……!」

 

 その日、アシリは。補習授業部に来て初めて、泣きながら笑った。

 その都合のいいエンディングが、エンドロールが、あまりにも嬉しくて、眩しくて。

 どこまでも自分勝手でも、信じることは間違いでなかった。そう思わせてくれた。

 

 それが彼女にとって、どれほど満ち足りるものだったか……きっと、アシリ自身すら理解することはなかったのだろう。

 

『……そうか。それが君にとってのエンドロールか、甘川アシリ』

 

 ……そして。それを見る、揺蕩う意識が一つ。

 

『違うことなき……そうだな、彼女の言い方に寄せるなら、はっぴぃえんどと言うやつだろう。補習授業部は困難を乗り越え、白洲アズサは学びを続けることができる』

 

 それに気づけるものは、きっと誰一人としていないのだろう。

 夢でこの世界を見る、先生を除いて。

 

『……だが。予知通りだ。これまでも、そしてきっと……この先も』

 

 彼女は極めて残念そうに、心苦しそうにそう呟く。

 

『エンドロールのその先がどうなるのか、誰にもわからない……皮肉なことに、彼女の発言がひとつ証明されてしまったようだね』

 

 そして、その場にいる全員を見つめ……最後に、白洲アズサの前で視線を止める。

 

『だからこそ……vanitas vanitatum(全ては虚しいもの)。それが、この世界の真実だ』

 

 その場にいる誰一人として彼女の視線に気付かぬまま、その意識はどこかへと飛び去った。

 

「……」

 

 そして。白洲アズサの胸中を、何かが渦巻く。

 

 自分は今、明かすつもりだった。

 自分も皆に秘密にしていたことがあるのだと。自分は、アリウス分校の生徒の一人なのだと。

 

 アシリが探している人物を見つける手伝いも、きっとできるはずだと。

 

 だというのに、口を開いた瞬間……心臓を締め付けられた。胸の中を、大きなざわめきが引き裂いた。

 

 怖かった。みんなに怖がられるのが。受け入れてもらえないのが。

 

 わかっている。みんな優しい人たちだ。きっと、受け入れてくれる。

 

 理屈なんてなくて。それでも、ただただ……怖くなったのだ。

 

「アズサちゃん?」

「っ!?な、何?」

「打ち上げなんですけど、明後日でも大丈夫ですか?」

「あ、明後日、か……」

 

 明後日は、桐藤ナギサを襲撃する日だとスオウは言っていた。

 自分は打ち上げなどあるだろうから、参加しなくていいと。その前提で作戦を立てたと。

 

 スオウの言った通りになったなと思い返しつつ、その日は無理だと断りを入れようとして……ふと、思い至った。思い至ってしまった。

 

 自分が桐藤ナギサを襲撃する日にいなくなれば、疑われるのではないかと。

 ともすれば、大切な友人を……傷つけなくてはいけないのではないかと。

 

 悪い想像はもう、止まらなくなった。

 怖くて、怖くて、怖くて。

 

───……アズサ。もっと我儘になってください。

───いいんですよ、それで。あとのことは、私がきっとなんとかしてみせますから。

 

 そこで、桐花スオウの言葉を思い出してしまって。

 

「……うん。問題ない」

 

 それに甘えてしまったのは、きっともう仕方のない話なのだろう。




遅れてすみません!
今年の更新はこれで最後になります!
来年も『ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。』をよろしくお願いします!
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