「今回の作戦は少数精鋭。具体的には第八分隊を。私が指揮を取ります」
「おっけー!案内は任せてね」
桐藤ナギサ襲撃の当日。トリニティ自治区にて、聖園ミカに加え第八分隊のみんなと作戦の最終確認を行っていた。
「……いい?みんな。時間も余裕も、あんまりない。ナギちゃんは警戒心が強いから、自分の部屋の周りに護衛と監視をつけてる。私なら通れるけど……」
「ミカさんは今回姿を見せちゃダメです。ナギサさんの襲撃当日に近くにいた、なんて疑わしいにも程がありますから」
今回の作戦で憂慮すべきは、ナギサを死なせないことだけじゃない。
可能な限り、ミカが疑われる要素を排除する必要がある。
アズサがいない分、第八分隊の戦力も多少削がれてはいるが……そこについては問題ない。
重要なのは隠密。俺たちの存在を気取らせないこと。
であれば、戦力の不足はあまり問題のあることではない。
「さて……」
……大丈夫。準備は整えてきた。
『ノート』は、自室の二層構造の下だ。
セイアを襲撃した時の『ヘイローを破壊する爆弾』を含めて、必要な装備や物資も一箇所にまとめてある。すぐに回収に向かえる場所だ。
道は示した。アリウス分校から逃げる手順も、分隊長のみんなには伝えてある。
きっともう、俺がいなくても……大丈夫だ。あとは先生を……先生に、このことを伝えればいい。
「みんな、準備はいいですか?」
「ああ、問題ない」
「うん……いつでもいいよ」
「は、はい……!」
『私も大丈夫』
だからみんなとは、ここでお別れだ。
「それじゃあ、行きましょうか!」
きっと俺が、なんとかしてみせるから。
◇
「それじゃあ、一旦別れましょう。第八分隊は周囲の警戒を。私とミカさんがナギサさんの元へ向かいます」
「了解した。行くぞ」
「あ、ストーップ!!」
みんな動くの早いなぁ!?
「……なんだ」
「顔。しっかり見せてください」
「何、急に……まあ、いいけど」
……うん。ちょっとだけ、我儘言っちゃったかな。
「……はい。もう大丈夫です」
「……?」
「それじゃあ、行ってきますね!」
サオリたちに手を振って、ミカと一緒にナギサの元へと走り出す。
「スオウちゃんなら、もっと早くて大丈夫だよね?」
「はい、もちろん」
……俺がこのあとやることは、単純明快だ。
まずは、ナギサを爆弾で気絶させる。そこまではみんなに伝えられている通り。変わらない。
問題は、その後。ミカはナギサを連れて自室に、その後トリニティの部長各位にナギサは死んだものとして報告をする。
そして俺は、第八分隊と合流。みんなと一緒に脱出するだけだ。
本来ならアズサの案内のもと逃げることになっていたが……打ち上げがあるため、俺がやることになっている。トリニティの正確な地形は頭の中にぶち込んであるし、問題はない。
だが、それではミカがトリニティの人間に疑われる。
……トリニティにある負の側面。いじめだったり、嫌がらせだったり、権力争いだったり。
ティーパーティのホストになればミカにはその被害は及ばないだろうが、そもそもミカはホストになれるのか?
疑われてしまえば、最悪の想定もしなければならない。
……何より。そろそろ先生と接触しなければならない。できることなら、エデン条約の調印式よりもさらに前に。
本来ならアズサか、ミカを介して接触を図るつもりだったが……それだけでは、相当やりづらいのも確かだ。
「……」
ふと、ミカの背を見つめる。
立派な羽が生えていて、装飾がつけられていて……小さな背中だった。トリニティにある闇を、負の側面を背負うには、あまりにも小さな。
……だから。それは、俺が背負おう。
俺は、ナギサを気絶させた後……ミカと戦う。そして敗北し、そのままトリニティへとっ捕まえられる。
要するに、悪者作りだ。
桐藤ナギサを殺したのはあいつだ、百合園セイアを殺したのはあいつだ、エデン条約を妨害しているのはあいつだ。
そういうイメージを作り上げ、ミカへ向く疑いの目を可能な限り減らす。
そして、その後……恐らくだが俺は、矯正局には送られずにトリニティで拘束される。
矯正局に送るには、あまりに惜しいから。アリウス分校の情報源になり得る俺を、わざわざ逃すトリニティではない。
ミカも俺との契約により関係性を露見させることはできずに、かつ自分を優先させなくてはならない。
……だから。調印式まで、俺がその牢を出ることはないし、きっとみんなに会うこともないんだろう。
唯一アツコとだけは、マエストロと接触する時に会うことになるけど。
「着いたよ、スオウちゃん」
「あ、はい」
……少し考え込みすぎたか。まあ、ともかく……サオリたちとは、これでさよならだ。
ちょっと寂しいし、心配だけど……できるうちに、できることはした。
あとはあの子達が、心から望む人生を。望む未来を送ってくれれば、俺はそれで構わない。
「この扉の奥に、ナギちゃんはいる」
「オーケーです、ミカさんは離れてて。万が一にも姿を見られないように」
「……うん」
それじゃあ……。
「待って」
「……?」
「スオウちゃんは、さ……もし、もしもだよ?自分のやってることが間違ってるかもしれなくて。それでもやらなかったら取り返しがつかなくなりそうで。そういう時、どうする?」
「……なんですか、その質問」
……なんというか、ミカらしくない。
難解な質問のように感じられる。
「うーん……」
まあでも、俺はその答えをとっくの昔に出してる。
「それでも私はやりますよ」
「……!もし、それが……誰かを、傷つけちゃうことだったら……?」
「……その時は。全ての責任を、自分で背負います。言い訳はしない。止まることもしない。自分が始めた全てを自分で終わらせる、その日まで」
……あの日。あの時。俺がこの世界を変えると決めた、あの瞬間から。シアンとアンナを殺した、あの瞬間から。そう決意した。
起こった全ては、今でも鮮明に覚えている。吐き気を覚えるほど。
いや、実際に吐いてることもあるけど。
それでも止まらないし、止まれない。俺が始めたことなんだから。
「そっ、か……」
「……どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ?ただ、最近私もティーパーティの一員としてがんばろーって思ってて……」
「……はははっ。いいことですよ、それ」
たくさん悩んでいい。たくさん考えていい。たくさん失敗していい。子供には、その権利がある。
「それじゃ、行きますね……」
ドアノブに手をかける。
一息に、ぐっと引き下ろす。
そして、そのまま扉を手前に引いて。
「……え?」
目の前に広がるのは、爆炎。
咄嗟に両腕をクロスし、衝撃を逃すように後ろへ跳躍する。
「ッ……撤退を!!」
計画が露見していた!?だとすれば、ミカの立場が危うい!!
今すぐに逃がさないと!
ミカはどこに……!?
「……ごめんね、スオウちゃん。これしか思いつかなかった」
「は……?が、ッ!!?」
痛い。左腕の側に衝撃。
腕から肋にかけて強い衝撃を受けたことによる出血、骨折、打撲。体が全力で警鐘を鳴らしている。
「ゲホッ……!」
口から血が出た。内臓にもダメージがある。
予想外の出来事で、神秘による防御も間に合わなかった。
装備は無事、否、今回手渡されたヘイローを破壊する爆弾は?
「はい、物騒なものは回収☆」
「ミカ、さん……?」
右手に付着した血。あれは、俺のものだ。
なんでミカが、『ヘイローを破壊する爆弾』を奪う。いや、奪える?
契約はどうなった?
「いやー、結構ギリギリだったね?正直言って、このタイミングしかなかったし」
違う、そうじゃない。なんでミカが……俺に銃を向けている?
「……ちょっとお話する?スオウちゃん」
なんで、俺は……何を間違えた……?
◇
「ということで、みなさん!!補習授業部合格を祝しまして……乾杯!!」
壇上のヒフミの合図とともに、その場にいる全員が飲み物を掲げる。
「ねぇ、それおいしいの……?」
「……可愛さは倍増だ」
「おいしくないんですね」
アズサの飲む怪しげな色の飲み物に興味を示すコハル。
モモフレンズとのコラボ商品ということでラベルに惹かれ購入したが、あまり味は良くないようだ。
「で、でも本当に良かったの……?私たちまで一緒に……」
「もちろんですよ!奉仕活動部のみなさんのおかげで、こうして合格できましたから!」
「うぅ……!」
「はは、ぶちょー最近泣いてばっか」
「うるさいよぉ……!!」
一応後輩に当たるはずの部員に揶揄われ、抗議の声を上げるアシリ。
誤魔化すかのようにコップの中の飲み物をグイッと飲み干す。
「あらアシリさん、もう飲み終わったのですか?次は何にします?」
「そ、そんなのいいよぉ……!」
「あ、部長コーラ駄目なんで他のにしてあげてください。ほろ酔いになるんで、この人」
「そ、そんなに弱いの……?」
そういいながらコハルがアシリの方を見れば、すでに先ほど飲んだコーラ一杯で目をパッチリと開いていた。カフェインでハイテンションになり始めている証拠である。
「うへっへっへぇい!!コハルちゃん、飲んでるぅ!?」
「……まあいっか」
コハルは考えるのをやめた。そちらの方が楽しめると思ったからだ。
「ふふ……こうして今まで勉強をしていた学舎で、というのも、なかなか背徳的ですね」
「なんでわざわざそんな表現するのよ……」
今日ばかりはコハルの
「とりあえずこの後はボウリングに行って……カラオケに行って……他にやりたいことある人、きょしゅー」
「ね、ねぇ!私たち一応客人だからね……?」
厚かましい部員の態度を諌めるアシリ。さしものアシリも招かれた立場で提案できるほど面の皮は厚くなかったのだ。
「っても、費用はこっち持ちっしょ?部長、何私たちに黙って勝手なことしてんのさ」
「そ、それはごめんだけどぉ……!!」
「あ、あはは……」
「んで、どっか行きたいところある人いる?」
部員の一人がそう言うと、全員がこぞって手を上げる。
「わ、私は商店街に!ペロロ様グッズで良さげなのを見つけたんです!」
「普段は行けないような場所へ行きましょう!具体的には、暖簾のその奥へ!!」
「なんでわざわざそこに行くの!?ほ、本屋に行くのは楽しそうだけど……」
「あらコハルちゃん、どうして本屋だと思ったのですか?」
「っ……!し、知らない!」
もはやまとまりを得なくなり始めた、その時。アズサがそっと、弱々しく手を上げる。
「……海。海へ、行ってみたい」
「あ……」
ヒフミは思い出していた。アズサは海へ行ったことがない、ということを。そして、それを話すアズサに少し……憧れに近い感情があったことも。
「海、ですか……夜だと泳ぐことはできませんが、見るだけでも楽しいですもんね!いいと思いますよ!」
「で、でも、結構距離ない……?」
「ふふっ……部長。『アレ』、出してあげたらどーです?」
「え、えぇ!?」
『アレ』ということは、つまるところマユミに譲り受けたあの子のことだろう。
確かに早いが、『アレ』を知っているのは、いまだに奉仕活動部の人間だけだ。
その秘匿性を失うことは、少々リスキーなことだった。
「……」
ふと、アズサの方を見やる。なんとか自分の希望を叶えようとするみんなに、複雑そうにはにかんでいた。
それを見ると、なんとしてでも連れて行ってやりたいと、そう思った。
しかし、問題はそれだけではない。
『アレ』の搭乗可能人数は少ないのだ。この人数を室内に乗せるのは難しい。何人かがわりを食ってしまう。
「いーよ、私たち外で。連れてってあげましょうよ」
「……うん」
ここは言葉に甘えておくべきか。そう判断し、どうやっていこうかと悩む会話に割って入る。
「私が連れてったげるよぉ!!任せといて!!」
アシリがそう言うと、アズサが心配げに近づいて来た。
「アシリ、もう休んだ方がいい。エナジードリンクでも飲んだ?いずれにしても、少し横になろう」
「うわーん!?別におかしくなってないもん!!」
あんまりといえばあんまりな対応に、泣きながら抗議するアシリ。こと補習授業部においては、もはや見慣れた光景であった。
「ひょ、ひょっとして本当に何か移動方法があるんですか!?」
「ひ、ヒフミちゃんまで疑ってたの!?あるよぉ!!すっごいのが!!」
「すっごいの……そこまで言われると、ちょっと気になって来るわね……」
「ふっふっふ……それはその時になってからのお楽しみだよぉ……!」
そう言ってアシリはしたり顔で焦らし、怪しげに笑う。
「……まあ、多分マユミちゃんも許してくれるよね?」
先日の一件。補習授業部のメンバーに、盗聴と盗撮をしていたことを明かした件。
かなり怒られる覚悟で事後報告したのだが、その時。
『そう……そうなったのね』
『お、怒らないの……?』
『怒らないわよ。あなたが目の前で見て来て、この人たちなら大丈夫って、そう思ったんでしょ?私の信じるあなたが信じた、その子たちを信じるわ』
『ま、マユミちゃぁん……!』
『はいはい、ホログラムだからひっつけないわよ。その子たちに関わることは、あなたに任せるからね』
……任せると、そう言われたのだ。きっとマユミは許してくれる。
「……うん。楽しみにしててね!」
だから今は、とにかく楽しもう。この青春の時間を。
「あれ……?そういえば、先生は……?」
「あ、そ、それなんですが!少し用事があるみたいで、終わったらすぐに来るそうです!」
「ふぅん……?」
どんな用事だろう?先生にもお礼を言いたいな。
そんなことを考えながら、アシリはカフェインレスのカフェオレを飲み干した。
◇
……そして、桐藤ナギサの自室にて。
「……お入りください」
扉を叩く音に反応し、入室を促すナギサ。
開いたドアの隙間から見える、長身の男。シャーレの、先生だ。
「……夜分遅くに御足労いただきありがとうございます、先生」
「“ううん、気にしないで。それより、どうしたの?”」
どうしたの、か。よくもまあいけしゃあしゃあと。
理不尽な怒りであることを自分でも理解しつつ、一呼吸つくナギサ。
「“……もしかして、補習授業部の件で?”」
「……はい。最終的には、そのお話にも繋がるのですが……最初に話すのは、もっと別のことです」
「“……別のこと?”」
これが、最後のチャンスだ。先生を仲間に引き込むための。『トリニティの裏切り者』を追放するための。
「……アリウス分校について。お教えしておきたいことがあります」
「“……!”」
そうして、桐藤ナギサと先生の対話が始まった。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
新年早々投稿が遅くなってすみません……!