ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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互いの脅威

「“アリウス分校に、ついて……?”」

「……その反応。やはりご存じでしたか」

「“っ……”」

 

 しまった、といった具合に口を閉じる先生。

 

「いえ、構いませんよ。下手な同情心を煽らぬように、と伝えていなかったのですが……ミカさんあたりから、情報は漏れてしまうでしょうから」

 

 もっとも、それは違ったようだが。

 あれからミカに何度も探りを入れたが、自分の目が届かない場で先生と接触した様子はない。諜報部からも報告は上がらなかった。

 

 つまり、ミカは本当に先生と話していないのだ。短絡的な彼女にしては、珍しく。

 

 であれば、誰が先生にアリウス分校のことを伝えたか、それは……。

 

「先生。『裏切り者』と、接触しましたか?」

「“……”」

「……いえ、誤解がないよう言っておきましょう。『トリニティの裏切り者』の正体が分かった上で、それを私に秘匿し……あまつさえ、その者に絆されてはいませんか?」

 

 つまりナギサは、自分が『トリニティの裏切り者』と接触し、情報を得た上で共謀して何か企んでいないものか、と探っているのだろう。

 トリニティの裏切り者の正体。アシリとマユミ曰く、白洲アズサのこと。

 だがその確証はまだない上、アズサの口からアリウス分校のフレーズが出たことは一切ない。

 

「“……ううん。まだわからないよ”」

 

 アリウス分校に対して同情心はある。アズサに対する情もある。

 しかしそれによりトリニティの襲撃や、エデン条約の破壊を是とするかと言えば、それもまた先生にとっては違う話だった。

 

「……では、先生は何者からアリウス分校の情報を」

「“それは言えないかな。ナギサはきっと、その子を疑うよね?”」

「……そうですか。ならば結構です」

 

 貼り付けたような笑みのまま、ナギサは暗に肯定を返した。

 

 アリウス分校について知る者。自分が把握している外側にいるのであれば、疑う余地しかないのだ。

 むしろ、放っておく方がどうかしている。

 

「まあ、心当たりはいくつかあります。先生の協力などなくても、いずれ見つけ出せるでしょう」

「“……ナギサ。よく聞いて欲しい。私は、ナギサと敵対するつもりがあるわけじゃない”」

「……」

「“ナギサなりにたくさん考えて、たくさん悩んで、きっとこのやり方を選んだんだと思う。それを背負う覚悟も。でも……”」

 

 そこから先の言葉は、先生には紡げなかった。言葉が思いつかなかったから、ではない。

 

 ナギサの表情を、見てしまったから。

 

 トリニティの秩序を保とうと、鉄仮面のような笑顔を貼り付けていた彼女とは違っていた。

 

「……先生は」

「“っ……”」

 

 初めて聞く、大きな感情を孕んだ声。

 

「先生は、アリウス分校について……どの程度ご存知ですか?」

「“……”」

 

 しかし、それはすぐになりを潜めてしまった。

 

「“……ナギサ”」

「答えてください」

「“……トリニティが作られる時に、迫害された学校だって聞いたよ”」

 

 ナギサの気迫に押され、先生は何も聞くことはできなかった。

 ただどこか、目に映る彼女が……いつもより、弱々しかったことだけが確かだった。

 

「……昨年の出来事については、ご存知ですか」

 

 去年。マユミから聞いた情報を辿り、そして思い出す。

 

「“トリニティが襲撃されたって……それと……”」

「それと?」

「“……憶測だけど。その実行犯は、アリウス分校。セイアって子が、大怪我を負わされたとも”」

「……そう、ですか」

 

 ふぅー、と、大きなため息をつきながら、ナギサは内心ではどこか安心していた。

 

 つまり先生は、あの事実を知らない。アリウス分校の危険性を、正しく認識できていない。

 それならば、今までの対応も納得できるというものだ。

 

「……セイアさんが襲撃されたことは、事実です。しかし、その容体は事実と大きくかけ離れています」

「“事実……?”」

「セイアさんは……殺されました。アリウス分校の人間によって」

「“……え?”」

「何か、特殊な方法を使ったように見えました。なにせあの短時間、セイアさんの部屋から聞こえたのはたった一度の爆発音のみですから」

 

 先生は一度、自分の耳を疑った。

 それもそのはず、ここキヴォトス、ことヘイローを持つ生徒においては『死』とは大きくかけ離れた概念だ。

 

 だが、心当たりがないわけではなかった。

 

─── 十年前の内乱。おそらくなんだけど、死傷者が出ているの。文字通り、ヘイローを破壊された者がいる。

 

「“あ……”」

 

 繋がった。繋がってしまった。

 先生の中で、アリウス分校と、『死』という程遠い概念が。

 

「何か心あたりが?」

「“……”」

「……まあ、無理に答えて欲しいとは思いません。そんなもの、ないに越したことはありませんし……ですが。理解していただけましたか?アリウス分校の、危険性を」

「“っ……!”」

 

 危険性は、十分に理解できた。もしそれが事実なのであれば、ナギサがあれほど血眼でトリニティの裏切り者を探していた理由もわかる、いやむしろ、そうでなければおかしいほどだ。

 

「……悪い事実は、それだけではありません。アリウス分校の戦力についてです」

「“戦力……”」

「私たちは当時、小規模な団体を想定していました」

 

 語りながらナギサは一年前、襲撃の報告を受けた当時を思い出していた。

 

「そして、それは間違いではなかった。トリニティの全勢をもってすれば、容易に対処はできたでしょう……問題だったのは、個々の強さです」

「“……個々の強さ?”」

 

 あの日、あの夜。悪夢のような力を見せた、アリウス分校の強者たちを。

 

「正義実現委員長や、それに匹敵する強さを持つミカさんでさえ、数人で時間稼ぎをされてしまうほどに強かった。アレらは…恐らく、特殊な訓練でも積まれていたのでしょう」

「“そこまで……”」

 

 先生にとっても、予想外の話だったのは確かだった。

 ただそれだけでは死者が出たという情報に比べ、よほど脅威だとは思えなかった。

 

「……それだけなら、まだよかったのです。ならばこちらも、複数人で対処すればよかっただけの話……しかし……」

「“……”」

「その中に、あの剣先ツルギさんにも匹敵する程の強さを持った者がいました」

「“っ……!”」

「わかりますか、先生?この脅威が」

 

 生徒を殺す、特殊な方法。それ単体でなら、よほどのものでなければ圧倒的な力を持つ生徒で対処できたのだろう。

 

 だが、そこにトリニティの最高戦力にも匹敵する相手が加わってしまったら?

 ……悪い想像は、止まらなかった。

 

「……その生徒はたった一人で対応に回った正義実現委員会の大半を倒し、一時的にではありますがツルギさんを無力化した上、羽川ハスミさんすら撤退を余儀なくされました」

 

 あの時報告を受けた自分の驚愕を綴るように、なぞる様に、その戦績を並べ立てて行った。

 あの驚愕があったからこそ、襲撃者はアリウス分校だという確信を得られた。所属不明、詳細不明の強者など、他校の生徒ならば即座に特定できる。

 それが成せないからこそ、相手はアリウス分校の人間である可能性が著しく高い、と。もっとも、それはナギサにとって喜ばしいことではなかったが。

 

「そしてミカさんと対峙し、逃亡。以来、姿は見せませんが……」

 

 ナギサはグッと先生を見つめて。

 

「……白いコートに、同じく真っ白な髪。身長は低く、黒い仮面を付け、装備を内側に着込んでいたと。髪の毛で編まれたロープも使っていたそうです。爆弾で動き回り、ショットガンによって攻撃していたと聞いています。その容姿と強さから、一部からは『アリウスの白い悪魔』と形容されることもあるそうですが……心当たりが、ありませんか?」

「“……もしかして、アズサのこと?”」

「……」

 

 無言で肯定を返すナギサに、先生は少し考え込み、いや、違うなと結論を出す。

 

 アズサの戦い方はアサルトライフルを中心としたゲリラ戦。低い身長と白い髪はその通りだが、着用する仮面はガスマスクそのものだ。

 爆弾で動き回るというのも、正義実現委員会に追い詰められたあの一回きりだと聞いているし、何よりそこまでの強さを持っているなら追い詰められる道理がない。

 

「“……少なくとも、私は違うと思う”」

「……本当に?」

「“うん。誓って嘘は言ってないよ。近くで見てきたけど、所々違いがある。全くの別人じゃないかな”」

「……では、先日の一件……第二次特別学力試験の時は、近しい人物を見かけましたか?」

 

 首を横に振る先生を疑いの目で何度も見るが、嘘をついたようには見えない。

 信じるわけではないが、疑いすぎる理由もないだろうと、無駄な思考を隅へ追いやる。

 

「……ですが、理解していただけましたか?今トリニティが立たされている、あまりに危険な状況を」

「“……うん”」

「先生にお話ししていなかったのは、謝罪させていただきます。ですが、私にも見極める時間が欲しかったのです」

 

 内心では猜疑心を抱えながらも、できる限りそれを悟られぬよう掌を上向きに、先生の方へと伸ばす。

 

「私は……私たちは、もう何も、誰も失いたくはないのです……」

 

 そして、ほんの僅かに己の本音をこぼしながら。

 

「……先生。お願いします。どうか今一度……トリニティに住まう全ての生徒のために、この手を取り……お力添えいただけませんか……?」

「”……“」

 

 先生は悩んだ。心の底から、悩み尽くした。

 

 ここでナギサの手を取ることは、補習授業部のメンバーを退学へと追いやる、ということだ。しかしそうでなければ、何も知らない生徒が殺されてしまうかもしれない。

 

 『先生』として、『大人』として、自分には何ができる?何をすればいい?

 

「”……ナギサ“」

 

 答えは出た。結論も決めた。

 

「”私は……“」

「っ……」

 

 揺らぐナギサの瞳。

 その瞳を見据えたまま、言葉を続けようとして。

 

「”っ……!?“」

「この、音は……?」

 

 爆発の音と振動に遮られ、それは能わなかった。

 

 

 ナギサは瞬時に思考を巡らせる。

 爆破されたのはこの建物、であれば続く爆発により倒壊の危険性も考えなくてはならない。

 アリウス分校による襲撃の可能性も十分にあり得る、であればこの場で最適な判断は。

 

「ッ、正義実現委員会に連絡を!先生、ここは危険です!!今すぐ避難の準備を!!」

「”っ、わかった!“」

 

 急かすナギサの声に、先程までの剣呑な雰囲気も忘れ扉を開く。

 

 走り出して、しばらくした頃だった。

 どこかで音が聞こえる始める。

 

「”この音……どこかで、戦っている?“」

「ええ、それもこの衝撃……相当な強者が二人……」

 

 そして、ナギサは瞬時に一つの可能性に辿り着いた。

 事情は知らないが、これほど大きな戦闘音を出し得る人間。そして、それに対峙し得る人間。

 

「アリウスの、白い悪魔……!?っ、ミカさんッ!!」

 

 

 

 

「ちょっとお話する?スオウちゃん」

「ッ……!!なん、で……!」

 

 なんで、どうしてミカが……!!

 

「なんでって……あ、『契約』のこと?勝手なことするなって言ってたもんね、スオウちゃん」

 

 敵意や怒りは感じない。セイアを傷つけたことでも、その場での癇癪でもない。

 

 何よりあのタイミング、あの爆発。ミカが計画的に行動を起こしたのは明らかだ。

 

「でもさ、こうも言ってたよね?『肉体的、社会的に自分の身が危うい時は、自身の安全を優先させること』って」

「っ……!!」

「もしナギちゃんが死んだと思われれば、私の立場は危うくなるでしょ?だったらここでのスオウちゃんへの攻撃は自己防衛、自身の安全を優先させることになるよ」

「そうじゃ、ないです……!!」

「……?」

 

 違う。そんなことが聞きたいんじゃない。

 

「なんで、私を攻撃して……!!『それ』を、取るんですか……!?」

「……あー、なんだ。そういうことか」

 

 なんでそんな、いつも通りみたいな様子で。納得したみたいな顔で。

 

 ナギサを殺せと渡された『ヘイローを破壊する爆弾』を奪うんだ。

 

「スオウちゃんさ。去年のこと、覚えてる?」

「去、年……?」

 

 セイアの襲撃のことか……?でも、あれは殺してないって、ミカもそれで納得して……。

 

「あの時さ。スオウちゃん、私を納得させるために何したか、覚えてる?」

「それ、は……」

 

 ……『ヘイローを破壊する爆弾』で、自爆しようとした?

 

「あれさ、私が止めなかったら本気でやってたよね?本当に、死んじゃうかもしれないのに」

「っ……!!」

「それだけじゃないよ。キッカケはそれだけど、ずっと見てきた。この一年間、スオウちゃんのことを、ずっと、ずぅっと」

 

 ……そんなことを。

 俺は、気づかなかった。

 

「スオウちゃんはすっごく慎重で、よく考えてた。でもそれ以上に……危うかった。自分の身を顧みないところがあった。計画のことも聞いたよ。子供達は山海経に預けて、アビドス自治区に逃げるんだよね?」

「……」

「うん、悪くないと思うし、私もできる限り協力するけど……リスクがあるよね?」

「ッ……!!」

 

 なんで、バレた。気付かれた。

 

「アリウス分校の追手。それと、もしも本当にエデン条約を一回壊すなら……ヴァルキューレ公安局。この二つは強大だよ。それはスオウちゃんも、よーくわかってるはずだよ」

 

 完全に、予想の外側。俺の想定不足。

 

 この子はここまで、ここまで考えて、想定して、予想して、予測して……!

 

「それに、山海経の子だって完全に安全な訳じゃない。もちろん、ある程度のリスクはみんな気づいてるし、それも受け入れてるよね?でも、私にはどうしてもスオウちゃんがそれをやるって思えない……ねぇ、スオウちゃん」

 

 ……ああそうか、俺は、俺はまた。

 

「……スオウちゃんは『何』をするつもりなの?」

「っ……なんの、話を……」

「自分を犠牲にしてみんなを助けるつもりだった、とか?」

「っ……!!」

 

 俺はまた、またこんなにも考えが、想定が、予想が、予測が……欠如していた……また、間違えた……失敗、した。

 

「まあ、間違ってる可能性もあったけど……その様子じゃ、当たってたかな。だからさ、後はもう私に任せてよ」

「……なに、を」

「みんな一緒に、一回ひっとらえるからさ……トリニティの牢屋で、大人しくしてよっか!」

「っ!!」

 

 来る。後悔も、自責も、全部後回しだ。

 

 捕まる、それはいい、そこは予想の範疇だ。

 

 状況がまずい。みんなと合流する予定の時間まで、あと少し。

 連絡を入れて、みんなは逃さないと……!

 

「ふ、っ!!」

「……目隠しかぁ」

 

 そのためにも、一旦逃げないと……!

 

「ねぇ、スオウちゃん」

「がはっ……!!」

 

 ……でもそれをやるには、あまりに。

 

「普段の状態なら、スオウちゃんにとって私から逃げるくらい簡単かもしれない」

「っ……!!」

「でもさ。この状況で、逃げられると思ってる?」

 

 あまりに脅威的で、強大すぎる……!!ミカという、壁は……!!

 

 

 

 

「……小隊長、遅いね」

『うん。少し心配になってきた』

 

 トリニティの外れにある、人気の少ない場所。

 第八分隊は一ヶ所に集まり、逃走経路を確保していた。

 

「あの馬鹿はそう簡単にやられるタマじゃない。そう案じなくても大丈夫だ」

「……まあそうだけど。というか案じてないから、別に」

 

 相変わらずツンケンとしたミサキにわずかに微笑みながら、サオリはしかし、と考え直す。

 

「あの爆発の音……あれは……」

「か、かなり大きかったですよね……?」

『確かに、すごく大きかった』

 

 あの音は、本当にただの爆弾の音だったろうか?

 スオウならあの威力、轟音も出すことは可能だろうが……果たして意味もなくそんなことをするだろうか、と。

 

 そしてその思考の全ては先ほどよりも小さい、されども確かに大きな音により遮られてしまう。

 

「っ……!!ねぇ、今の……!」

「ああ……間違いない……!!」

 

 爆発音ではないが、壁が砕ける音。地面が粉砕される音。

 

 昨年、嫌というほど聞かされた音。

 

「聖園ミカの、戦闘音……?」

『ねぇ、これって……』

「も、もしかして……!!」

 

 ほんの僅か、第八分隊の全員に芽生えた小粒のような、小さな一雫の不安。

 

「スオウ……?」

 

 頭によぎった、あの異常者……されども優しく、頼れる所もある異常者。

 彼女の身を思えば、その足は自然と動き出していた。

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