「あなた、たち……アリウス、なの……?」
「……っ!?」
驚愕。あまりに予想外の出来事。
しかし、彼女たちの行動は早かった。
「アシリ、危ないっ!!」
「っ、きゃあ!?」
アシリへの発砲。白洲アズサと目線が交錯し、その目に意図を感じ取る。
逃げろ。こいつはアリウス分校について知っている。
そんな目線だった。
その声なき助言に従い、すぐさま治療キットとスオウを回収して逃げ出す。
「……撤退したみたいだ」
「あ、ありがと、アズサちゃん……治療キット、盗られちゃった」
白洲アズサの手を掴み立ち上がるアシリ。その足はまだ震えていた。
恐怖ではない。緊張でもない。怒りですらあるわけがない。
「今の子達……」
喜びと、悔しさ。
「アリウス分校、だった……逃がさない……!!絶対絶対、逃がさない……!!お姉ちゃんとあの人を、見つけるんだから……!!」
白洲アズサの時とは違う。
確実にアリウス分校の人間に初めて出会えた喜びと、それをむざむざ逃してしまった悔しさ。
その二つの感情に、打ち震えていたのだ。
「捕まえる……捕まえて、話を聞く。そのためだけにずっとずっと頑張って来たんだもん。絶対、絶対見つける。アズサちゃん、追うよ」
「っ……アシリ」
ただならぬ様子のアシリを、名を呼んで確認するアズサ。
しかし、その声は彼女に届いていないようだった。
「ついてきて」
「アシリ!!」
「っ……!!」
二度目。大きな声を出して、アシリはようやく正気を取り戻したようだった。
「落ち着いて。今私たちがするべきことを履き違えないで」
「……」
「私たちはいわば、先遣部隊。早く動ける私と、サポートのアシリ。その二人で、先に先生の様子を見る。そういう手筈だった」
ああ、そういえばそうだったろうかと、アシリは心ここに在らずといった感じに思い出していた。
あの爆発の後、先生を助けようという話になった。
最初はアズサ一人で先に行き、後からみんなで合流するという手筈だった。そちらの方が早いから。
だが、無理を言ってアシリも共に連れてきてもらったのだ。もしかしたらこの爆発は、襲撃は……アリウス分校によるものかもしれないから。
「でも、でも追いかけないと……!!追いかけないと、手がかりが今、今そこに」
「冷静になって。もう追いかける術もない」
未だ冷静さの戻らないアシリを淡々と説得するアズサ。彼女もまた、完全に冷静とは言い難かった。
まずもって、状況がわからない。戦闘音がする、アリウスの生徒が戦っている。それは事実だ。
しかし聞こえてくるこれは、一年前ミカとの戦いで聞いたそれに非常に近しいものだ。つまり、聖園ミカがアリウスの生徒と戦っているということ。
何よりあの桐花スオウがあそこまでのダメージを負わされている。その事実だけでも冷静さを削ぐのに十分だというのに、一体なぜ?
「何より思い出してほしい。あの二人はまだいい。あの気絶していた奴はすごく強かった。気配でわかる。あれは私よりも強い」
そんな内心の混乱を隠しながら、それでも尚説得を続けるアズサ。
無論言っていることは事実ではあるが、あれ以上アリウス生との接触をして欲しくないという思惑もあった。
わがままだというのは自分でもわかっている。それでも、アズサは未だに……みんなに自分の正体が割れてしまうことが、恐ろしくて仕方ない。
いずれにしても、みんなを逃す時間が必要だ。そのために自分一人、先にここへ向かうことを提案したのだから。
「向こうからまだ戦闘音がする。アリウス分校の生徒が、きっとまだ戦っている。そっちに行こう。それがベストだ」
「でも……!」
「アシリ」
「っ………うん、そうだね。ごめん、冷静じゃなかった」
自分の欲望を優先した、短絡的な判断。
自省しながらも立て直し、音のする方へ向かおうとして。
「っ……!?」
「……!!」
轟音。先程別館で聞いたそれと遜色のない、いやそれ以上の音にハッと驚く。
「こ、これって……!」
「……急ごう」
何者かの、恐らく戒野ミサキの攻撃の音。
決着の予感と一抹の不安を感じながらも、白洲アズサは爆発音の方へ急いだ。
◇
「はぁ……!はぁ……!」
───危なかった。
肩で息をしているため、そんな言葉を口にする余裕もないサオリ。
ミカを地雷の方へ押し出した直後、サオリは即座に撤退した。
しかしそれでも広範囲の火力攻撃、ミサキの奥の手の一つだ。その程度では避け切ることはできず、爆風の一部に巻き込まれてしまった。
「っサオリ!!大丈夫!?」
『サッちゃん!!』
「ミサキ……アツコ……まだ、油断はするな……」
自分の元へ来てしまった二人を諌めながらも、内心では少し安心を覚えるサオリ。
さしもの化け物といえど、あの爆発を受けては無事ではいられないだろう、と。
「これで……!」
「倒せたって?」
「っ……!!」
後方から聞こえる声。そちらを見向きもせず地面を蹴り上げ、距離を取ろうとする。
「げほっ……うん、実際すごかった。私もすごく危なかった」
「ぐっ……!!」
「リーダー!」
しかし相手は手負いでもミカ。そう簡単に引き離すことはできず、サブマシンガンで足を撃たれる。
即座にアツコもサブマシンガンを構え、ミカへとその砲身を向け。
「遅いよ!」
「っ……!!」
しかしその引き金を引くことは叶わなかった。
ミカの拳により殴り飛ばされ、数メートル吹き飛ばされる。
「どういうことだ、ミカ……なぜあれを受けて……!」
「ん?あ、あー、それね」
ミカは黒焦げに、ボロボロになった己の右腕を見せつけながら。
「爆風を全力で殴った☆」
「っ……!!」
そんなことを宣った。
「スオウちゃんがさ、爆風で移動してたじゃん?ならその逆もできるかなって、間違ってなかったね!」
「化け物が……!!」
サオリの言葉にムッと言葉を膨らませ、地面を砕きながらズカズカと向かってくるミカ。
それを止めるべく、第八分隊員の銃撃とミサキのロケットランチャー、加えてサオリの神秘を込めた銃弾が迫る。
「これとこれはキャッチ、これはまずいね、あ、これが一番やばい、避けよう」
しかしそれらを何の気なしに処理し、耐え、向かってくる。
「けほっ……!」
ミカとて体力は無尽蔵ではない。いや、むしろ限界が近いといえよう。
もはや立っているだけでも奇跡だ。だからこそ絶対に当たってはいけない攻撃、それのみを選別して排除しているのだ。
ミカの体は桐花スオウと比べれば頑丈ではない。今彼女がここに立っていられる理由は、ひとえにその恵まれた肉体に由来すると言えよう。
「は、ぁっ!!」
「っ……!!」
キャッチした弾丸のうち数発を投げ返し、隊員を二人気絶させるミカ。
もはや残されたのは満身創痍のサオリに先の一撃でかなりのダメージを負ったアツコ、そして後方火力支援につき唯一余力を残したミサキのみだった。
聖園ミカは歩みを止めない。
「……うん、万策尽きたかな?」
「まだ、だ……!!」
それでもなお立ち上がり銃を構えようとするサオリを冷淡な目で見下し、全力で蹴り上げる。
「もーいい加減諦めなよ。ちょっとしつこいよ、いい加減。スオウちゃんには発信機を仕込んでるし、問題なく追える」
「がっ……!!」
「聖園ミカ!こっちを」
「あ、これあげるね。さっきくすねたの」
「っ……!!」
ミカの気を引こうとするミサキへ向けてスオウから盗んだ手榴弾に神秘を込め、全力で投球する。
「ミサキっ……!!」
「人の心配してる余裕が、っ!!いったいなぁ!まだやれるのかな、アツコちゃん!」
「ぐ、うっ……!」
「あはっ、やっと可愛い声が聞けたね?」
「っ……!!ミカッ……!!」
一人、また一人と。徐々に、されど確実に、スクワッドの面々も削られ始める。
「これで、今度こそ……」
そして、とうとうサオリにもその魔の手が及びかけたところで。
「っ、なにこれ……!!どういう状況なの……!?」
甘川アシリと、白洲アズサが合流する。
「……」
さて、どうしたものかと思案するミカ。アズサがここに来るのは予想外だった。
白洲アズサに関しては今、今確実に捕まえる必要はない。というよりも、確実に捕まえる必要があったのは桐花スオウのみだったのだ。
ただ第八分隊の身の安全、そしてそもそもスオウを見捨てて撤退はしないだろうという確信から捕らえる必要があった、それだけだ。
であれば、トリニティ総合学園という逃げ道がある白洲アズサは、無理に捕まえる必要はない。
「アズサちゃんに、アシリちゃんだっけ?今、襲撃者を撃退したよ。……大人しく待っててね?」
今手出ししないのならば、見逃してやる。
状況はわからないながらも、言葉の裏に隠された意図にアズサは気づいていた。
「これで……」
「っ……ま、って」
「……なあに、アズサちゃん?」
「アズサ、ちゃん……?」
アシリから、刺すような目線が向けられているのを感じる。
わかっている。先程のアシリの発言。
制服からあの二人がアリウス分校生であることを見抜いたのだ。おそらく、自分がつけている校章もアリウス分校のそれだということはとっくにバレている。
ずっとずっと、疑われ続けていたのだろう。白洲アズサは、アリウス分校の生徒なのではないかと。ほんの少しでも隙を晒せば、バレてまうほどに。
「どうしたの?ずっと黙ってちゃわかんないよ?」
じゃあなんで、なんで今自分はそのリスクを加味しても……制止をした?
そんな疑問、矛盾。
わかっている。アズサには、わかっていた。
どちらか片方しか選べないことくらい。その二つを天秤にかけて、その時自分がどうするのかということも。
「……何もないなら、やっちゃうね。あんまり時間があるわけでもないし」
「っ……!」
そんな矛盾を解決する間もなく、アズサは決断を強いられる。
狭くなる視界。暗くなる意識。荒くなる息。震える両手。
もはや吐き気すらも催しながら、その両腕を銃にかけようとして。
「がっ……!?」
しかし突然横に吹き飛ばされたミカにより、その必要は無くなった。
「え……?」
「っ!?ミカさん!?」
その隙を狙い、錠前サオリが動く。
関節技や密着する格闘術は危険。しかし、ここまで弱っているのなら話は別だ。
「動くな!!こいつの口に鉛玉が撃ち込まれることになるぞ!!」
「あがっ……!!」
ミカを地面に組み伏せ、砲を口内に突っ込んでアシリとアズサを脅迫する。
「っ……!!このっ」
「アシリ、下手に手を出してはダメだ」
「う……!」
アズサと視線を交わし、お互いにバレない程度に頷きあう。
今の一撃は、ヒヨリの狙撃だ。ミカの岩が直撃しかなりのダメージを負っていたはずだが、それでもなんとか隙を作ってくれた。
このチャンスを無駄にするわけにはいかない。今のうちにアズサと、加えてこの黄髪の女から離れなくてはならない。
そんな意図から、アシリとアズサに命令を出そうとして。
「よし……そのまま後ろに下がって、今すぐ元いた場所に、っ!?」
しかし突如飛来した銃弾により、それは叶わなかった。
「なに、が……!」
「そこまでです!」
「っ、お前は……!!」
プラチナブランドの髪を長く伸ばした、白い羽を持つ少女。そしてその隣に佇む、白いコートを着た『大人』。加えて、多数の正義実現委員会。
実際にその目で見たことがあるわけではない。見たことがあるわけではないが、知っている。
桐花スオウから、その特徴を聞いていたから。
「ナギちゃん!?それに、先生!?」
「まったく、戦闘音が来るから来てみれば……あなたは本当に、世話が焼けますね」
柔らかな声色。言葉とは打って変わって責め立てるわけではなく、むしろ無事を確認できて安心しているような、優しい声だった。
「……ごめん」
「……まあいいです。おかげさまで……」
しかし、突然その声は冷たいものへ変化し。
「……あなたたちは、アリウス分校ですね?」
「……!!」
冷ややかな目で、そんなことを言った。
「この施設は正義実現委員会により包囲されています。大人しく投降してくださると嬉しいのですが」
「ぐ……!!」
せっかく逆転したかと思われた形勢が、またも覆されてしまった。
ミカはもはや戦えない。だが、正義実現委員会。彼女たちは第一、六分隊、加えて第七分隊のサポートがあっても戦力はイーブン、いやそれ以下だった。
体力も限界。脱出は絶望的。
加えて。
「あ、アズサちゃん!アシリさん!無事ですか!?」
「っ……」
「“みんな!?どうしてここに……”」
「せ、先生が心配だったからに決まってるでしょ!?」
補習授業部と奉仕活動部までもが合流してしまった。
もはや第八分隊の撤退は絶望的。桐花スオウを連れて外へ逃げた、二人を除いては。
「……ミカさん、確認ですがそこの二人は?」
「無関係だよ。先生が危ないと思って、助けに来たみたい」
「……そう、ですか」
ナギサから見て怪しかった二人、こと白洲アズサにおいてはてっきりこの騒動の主犯かと思っていたが……完全に信じたわけでなくとも、今回に限りどうやらそれは違っていたようだった。
「さて……それでは、武器を捨ててください」
「……」
もはや全員の脱出は不可能。
そう判断したサオリは、せめて一人でも多く逃げさせようと銃に手を伸ばし。
「……ごめん、ヒフミ。みんな……」
「え……?」
しかしどこからともなく聞こえてきた声で、その動きは中断される。
「武器を捨てるのはそっちだ、桐藤ナギサ」
「……っ!?」
声がする方角へ、目線を向けるナギサ。
見覚えのある、白い長髪。自身が何度も、何度も、その尻尾を掴もうと探りを入れた人物。
「アズサ、ちゃん……?なん、で……」
白洲アズサが、阿慈谷ヒフミへと銃を突きつけていた。
◇
同刻、トリニティのとある施設にて。
「この人、てんで弱かったね……」
「うん……」
「う、うぅ……!!」
身体中に傷をつけたヒヨリが、正義実現委員会に拘束されていた。
「どうしてこんなことに……!」
ミカに手傷を負わされた体で無茶をしたのがまずかった。
そのせいで狙撃の後移動することもできず、こうして場所を発見され拘束されてしまったのだから。
ああ痛い、苦しい、どうして自分がこんな目に。
そんな悲観的な感情を抱きながら、しかし体を動かすことはできない
「とりあえず私はサポートに回るから、その人を」
「おい」
「っ……!?」
突如として鳴り響くガラスの割れる音、発砲の音、爆発の音。
体を丸めてその衝撃に耐えていると、ふと拘束が緩まるのを感じた。
「い、今のうちに……!!」
「あの」
その隙を狙って逃げ出そうとしたが、右肩をガッチリと掴まれてしまった。
「ひ、ひぃっ!?ご、ごめんなさい、逃げようとしてないですから……!!」
もうだめです、おしまいです、牢獄のご飯は美味しいんでしょうか。
そんなことを考えながら目を細めていたが、思っていた衝撃は来なかった。
「私ですよ、私」
聞き馴染みのある声に徐々に目を開いてみれば、そこには見慣れた白髪の小隊長、桐花スオウが立っていた。
「っ、スオウさん!?怪我は……」
「治りました。みんなのおかげです」
「……!!」
あからさまな嘘であることはわかった。左腕の風穴は塞がってこそいるものの、所々に傷がついている。
とても万全とは言い難い。
「そ、その……!今……!」
「はい、状況はわかってます。……遅くなって、ごめんなさい」
「い、いえ……でも、どうすれば……!」
本当は、このまま逃げ出してしまいたい。
しかしサオリや、ミサキや、アツコが今、危機的な状況にいる。そう思うと、ヒヨリも一人で逃げ出すつもりにはなれなかった。
「……ヒヨリ」
不安げなヒヨリの前に、桐花スオウはその目をしっかり合わせて。
「……今からお姉ちゃんが言うこと。みんなに、伝えてくれますか?」
どこか悲しげな表情で、そんなことを言った。