ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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役立たず

 大切な二つを天秤に乗せて。それをよく、よく見比べて。

 

 ずっとずっと、考えていた。何度も、何度も、何度も、何度も。

 考えて、考えて、考えて、考え続けた。

 

 それでも答えは出なかった。それでさえいいと思い始めていた。

 自分にとっては、どちらも大切なものだから。どちらも選べるなら、それでいいと思っていた。それを肯定してくれる人もいた。

 

 だから、いよいよ選ばなくちゃいけないと、そうなった時にはもう、白洲アズサにとって……選択の余地など、なくなっていた。

 

「……」

 

 迷うことも、考えることも、後悔することすら許されなくて。

 体は震え続けた。流れる血は冷たい色を保ち続けた。硬い銃の感触が、体の奥まで染み込んでくるような感覚がした。

 

「……ごめん、ヒフミ。みんな……」

 

 視界は止まっているのに、目まぐるしく動いていた。荒くなる呼吸は、無理矢理にでもねじ伏せた。

 その場にいる全員の意識が、自分へと向く感触がした。

 

「武器を捨てるのはそっちだ、桐藤ナギサ」

 

 それが恐怖か、混乱か、糾弾か、そのどれであろうと……白洲アズサには、あまりに重たいものだった。

 だから、俯いて目を逸らした。逸らしてしまった。

 

 そうしなければ、あるいは。

 

「アズサ、ちゃん……?なん、で……」

「っ……!!」

 

 友のこんな声は、聞かなくて済んだのかもしれない。

 そんな思いを噛み締めたところで、残るのは後悔の味だけだった。

 

 

 

 

「っ!ヒフミさん!!」

 

───やられた!

 

 桐藤ナギサの思考が、そんな端的な、あるいは陳腐とも言える表現で埋め尽くされる。

 

 勝利を確信したが故の一瞬の油断、弛緩、その隙を狙われてこのしくじりをしている。

 

 自分が阿慈谷ヒフミと懇意にしていることは、恐らく彼女の発言から露呈しているのだろう。一瞬でも動きを止めるのに、この上なく有用な一手だ。何より。

 

「“っ……!?アズサ……!?”」

 

 確実に先生は無力化された。

 

 信じていた、愚かにも信じてしまっていた。ナギサから見れば、愚かなことこの上なかった。

 その先生が生徒に裏切られ、そして大切な生徒を人質に取られてしまえば、できることなどほとんどないのだろう。

 

「……」

「やめなさ、っ……!!」

 

 正義実現委員会の生徒が銃を構えようとしたのを、咄嗟に静止した。してしまった。

 その一瞬の隙を狙われ、閃光弾を投げられる。

 

「っ……!!」

「アズサ……お前、何を、っ!?」

 

 耳へと届く、先のアリウス生の声。おそらくは抱え上げて逃げるつもりなのだろう。

 あの場で完全に動けなかったのはあの藍の長髪を持つ生徒、加えて数名の気絶した生徒のみだ。

 

 示し合わせたかのように、そのほかの生徒が走り出す音が聞こえる。

 

「くっ……!!」

 

 そしてそこで、そのうちの一つが歩みを止めた。

 

「アズサ……!!なに、やってんのよ……!!」

 

 徐々に開けてくる視界。そこには白洲アズサが、長髪の生徒を庇っている姿が映った。加えて、ヒフミも。

 下江コハルの放った、銃弾から。

 

「なんで、なんでソイツらを逃がそうとしてるの……!?」

「……」

「答えて、っ、何!?」

「コハルちゃん……」

 

 追撃を加えようとするコハルの手に肩を置き、首を横に振るハナコ。

 

「っ……!!」

「……アズサちゃん。アズサちゃんの隠している秘密。このこと、だったんですか……?」

「……ああ、そうだ」

 

 アズサはまるで観念したかのように、諦めたかのように、そっとガスマスクをつけ。

 

「……私は、アリウス分校の生徒。ずっと、ずっと昔から」

「っ……騙してた、の……!?」

「……それ、は」

 

 アズサはここで、初めて言葉を詰まらせた。

 何も言うことはできなかった。何も言う気になれなかった。

 

 何を言っても言い訳染みた自己正当化、そうとしか聞こえないように思えたから。

 

「……アズサちゃん?」

 

 そしてヒフミが、何かに気づいて。

 

「っ……!?敵襲!?いえ、増援ですか!?正義実現委員会は何を……!」

 

 しかし爆発の音とナギサの声で、その気付きを口に出すことはできなかった。

 

「何か……!!何かがとてつもない勢いで、ここに迫っています……!!」

 

 ナギサの発言。確かにその場にいる全員が感じ取れたものだ。

 その場にある全てが壊れるような音が、こちらに迫ってきている。

 

「……来たね」

 

 そして聖園ミカだけには、その音の正体がわかった。

 

「っ……!?ちょっと、大丈夫!?」

 

 そしてある正義実現委員会の生徒が声を上げる。

 そこにいたのは、ボロボロに吹き飛ばされた見張りの正義実現委員の一人だった。

 

「やっとこさ追いつきましたねー」

 

 コツン、コツンと、その体重の軽さを窺わせるような音と共に、正体がこちらへと迫る。

 

「……全員。撤収の準備を始めて下さい」

 

 白いコートによく映える、真っ白な髪。割れた茨の冠。深緑の虹彩が、仮面の奥で光を反射し輝いていた。

 

「っ……!!スオウ……!」

「お待たせしました」

 

 やっと辿り着いた。

 息を切らしながらも、スオウはそんなことを考える。

 外にいる正義実現委員会は、彼女にとってあまり層が厚いわけではなかったが、それでも今の体には相当に堪えたのだ。

 

「スオウ……!目が覚めたか……!」

 

 小声の通信でサオリから通信が入るのを、悟られまいと正面を見つめる。

 

「よく聞いてくれ……状況は最悪だ。アズサが」

「わかってます」

 

 わかっていた。

 

 スオウ自身の失敗によって招かれた、この最悪の状況。その全てを。

 

「だからお姉ちゃんの言うことを……よく、聞いて下さい」

 

 そして、今からどうするべきかも。

 

「……私が、時間を稼ぎます。アリウス分校、総員……撤退」

「っ……!?何を」

「先程から、何か呟いているようですが」

 

 驚愕するサオリの声がナギサによって阻まれる。

 

 注意は逸らさずに、現在の詳細な状況を把握しようとするスオウ。

 

 補習授業部の生徒。アズサに銃を向けている。

 奉仕活動部の生徒。こちらを注意深く観察している。

 正義実現委員会の生徒。引き金に手をかけている。

 先生は苦しそうな顔で、スオウの方ではないどこかを、アズサの方を見ていた。

 

「あなたはアリウス分校の生徒。それでよろしいでしょうか?」

「はい、いーですよ。それじゃあ、やりましょうか」

 

 ナギサの質問とも呼べない確認。返答ののち反応を待たず距離を詰め、正義実現委員会の生徒を上方に蹴り飛ばす。

 

「っ……!?」

「はい、ひとりめー」

 

 何が起こったのかわからないのか、目を白黒させながら天井へとめり込み、剥がれるように床へと落下し始める。

 そのタイミングを狙い、爆弾を放り投げて思い切り蹴飛ばした。

 

「ねぇねぇ、随分悠長だと思いませんか?」

「っ……」

 

 戦慄。紛れもない恐怖。

 視線を向けられた正義実現委員の生徒の体が硬直する。

 

「今あなたの、あなた達の前にいるのは……ミカさんとやり合った化け物。『敵』ですよ?」

「っ、あぁあぁぁあ!!」

 

 半狂乱になりながら殴り掛かってくる正義実現委員の生徒たち。

 対しスオウは冷静に一人の拳を掴み、腕を回して地面に倒して、腹に踵を落として地面に沈める。

 

「っ……!」

「はい、おしまい」

 

 そのまま顔面へショットガンを撃ち込んで意識を奪い取る。

 サオリ達の方へ目線を向ければ、いまだに動く気はないように見えた。それどころか、こちらに応戦しようとしているようにさえ。

 

「サオリ。ミサキ。アズサ。アツコ。みんな。逃げて。そう長くは保ちません」

「っ……!!スオウ……!」

「できるわけないでしょ……!?それができないからこの状況になってるんだから、みんなで逃げるよ……!」

「……逃げなさい。上官命令(・・・・)です」

「っ……!!」

 

 上官命令。その言葉に、どこか傷ついたような表情を見せる四人。

 彼女達にとって、スオウ自身の意思ではっきりと命令だと言われたのは初めてだったからだ。

 

「ぐっ……」

 

 正義実現委員会の生徒の攻撃があたり、小さくうめき声をあげるスオウ。

 悟られまいと、その銃身ごと殴り飛ばしたところで。

 

「……うん、ちょっとだけ回復したかな」

「ミカさん」

 

 聖園ミカが動く。

 

 状況は互いに満身創痍、ただし回復力、自然治癒力ならば桐花スオウが上回っている。

 

「は、ぁっ!!」

「っ……!!」

 

 適切な治療を受けたスオウの前に、長く戦えるほどの力は残っていなかった。

 殴り飛ばされ、後方に吹き飛ばされる。

 

「っ、せいっ!!」

「っ!?」

 

 しかし倒れる間際、左手を地面につき、自身の体をスオウの方へ加速させる。

 左腕の筋力のみで行われた加速、しかし今のスオウにとってその威力は絶大だった。

 

「ぐ、ぅ……!」

 

 ミカはそこで限界を迎え、そのまま地面に倒れ伏す。

 対しスオウも吹き飛ばされ、とある場所に着く。

 

「……サオリ。アズサ」

 

 そこにはサオリと、アズサと、補習授業部のメンバー、加えて奉仕活動部のメンバーが揃っていた。

 

「……一度だけ。たった一度だけでもいいです。きっと、きっと今度こそ……なんとか、してみせますから」

 

 それはサオリにとって、今まで聞いたことがないような声色で。

 

「このままじゃ、全員共倒れです。私なら大丈夫ですから」

 

 けれど同時に、どこかで聞き覚えがあるような気がした。

 『弱さ』を感じさせる、スオウの声色は。

 一年前、初めてミカと接触した……あの時に。

 

「お姉ちゃんを……信じて……みんなで、逃げて……」

「っ……!!」

 

 サオリは悩んで。悩んで、悩んで、悩み尽くして。

 

「……っ、総員……撤退……だ……!!」

「……ありがとう。サオリ」

 

 その判断を聞いたスオウは満足げに、だけどどこか悲しそうに笑った。

 

「……それじゃあ……行ってきます」

 

 そしてサオリ達に背を向け、疾く赴く。

 戦場へと。

 

「……アズサ。行こう」

「……わかった」

「っ、待っ、きゃあ!?」

 

 どこかへ行こうとするサオリとアズサ。ヒフミはそれを引き止めようと手を伸ばし、しかし爆発によりそれは叶わなかった。

 

「待って……下さい……だって、だってまだ……」

 

 虚空へと伸ばした手は、暗闇に溶けていって。

 

「まだ海にも……ショッピングにも……ボウリングにも……カラオケにもいってない……」

 

 後悔を連ねる己の言葉は、どこか遠いものに感じられて。

 

「まだ……まだ、ちゃんとお話……してないじゃないですか……!」

 

 溢れてくる涙を、見つめ続けた。

 

「……アズサ」

「……うん」

 

 そしてそれは、脱出しようと走るアズサも同じこと。

 

「ごめん……ごめん、みんな……ごめんなさい……!」

「……」

 

 サオリにはただ、アズサの背中をさすってやることしかできなかった。

 

 ……そして、戦場にて。

 

「ヒャハハハハッ!!久しぶりだなぁ!?『アリウスの白い悪魔』!!」

「んな厨二病ネーム付けられた覚えねぇですねぇ!?人違いじゃありません!?」

 

 ついに訪れた。外回りをしていたが故、到着は遅れたが……剣先ツルギが。

 紛れもない、トリニティ最高峰の戦力が。

 

 もはや桐花スオウに、勝ち目はない。

 

「……はははっ。上等」

 

 それでも準備はできている。

 戦って、勝つためではない。時間を稼ぐための準備は。

 

「とりあえず手始めにー?催涙ガスでも、行ってみましょーか!!」

「先生、指揮を!」

「“っ……うん”」

「あっ……い、行きます」

 

 そうして一歩、前へと踏み出したツルギ。

 先生の前故か、その足取りはいつもより僅かに、本当にわずかながら控えめだった。

 

「……全員、ここから先へは通させませんよ。少なくとも、十分ぐらいはねっ!!」

 

 

 

 

「……ここで大人しくしておけ」

「はははっ……寒い場所ですねー。もう秋ですよ?もうちょいあったかい場所でも……って、行っちゃいましたか」

 

 ……ああ。一人か。

 久しぶりだな、一人になるのは。

 なんとか、みんなが逃げる時間くらいは稼げたな。

 それで、なんだっけ。

 

「……」

 

 そうだ。俺がミカの想定を、考えを、その全てを見誤って、失敗した話だったか。

 

「っ……!!」

 

 ……失敗、した。

 失敗した、失敗した、失敗した失敗した失敗した!

 

「……!!」

 

 アズサが……アズサの正体がバレた。

 トリニティは退学になる。きっともう、戻れない。

 

「なんで……?」

 

 それは第八分隊が、ピンチに陥ってたからで。

 

「じゃあ、それは……?」

 

 第八分隊が、ミカから俺を逃がそうとしたから。

 ミカが何かに気づいて、ずっと一人で悩んで、考えていたから。

 

「……つまり」

 

 ああ、そうか。簡単な話だった。

 

「っ……ぁ、あ……!!」

 

 全部。俺のせいじゃないか。

 

「ぁ、ああぁあぁあぁあああ……!!」

 

 わかってた、はずなのに。自分の知識を過信する愚かさも、正解の変化を甘く見る危険性も。

 わかってた、わかってなきゃいけなかった。

 また、まただ。また俺は失敗して……傷つけた。

 

「っ……死ねよっ……!!!」

 

 何が、何があの時とは違う、だ。

 

「何も変わってねぇなぁお前は!!?何も!!!死ねよ!!死ね!!!お前が苦しめた分だけ傷つけた分だけ、同じだけ苦しみながら惨めったらしく死に晒せっ!!!」

 

 俺が、俺のせいだ。

 

「あ、ぁぁあぁぁああああああ!!!ふざけ、やがって!!!」

 

 身体中の痛みも気にならない。

 ただひたすらに、今は……自分という存在を、どこかへ消し去ってしまいたい。

 

「はぁ……!!はぁ……!!クソっ……!!クソがっ!!!」

 

 泣いたところで、自分を罵倒したところで、それらは何の意味も持ち合わせない。

 ただひたすらに、自分という存在を正当化してエクスタシーを摂取しているだけ、吐き気がする。

 

「……やらなきゃ」

 

 それでも、まだ。

 

「アイツ、だけは……!!ベアトリーチェだけは、殺さなきゃ……!!」

 

 まだ俺にしかできないことが、俺がやらなきゃいけないことがある。

 

「そうだ……それしかない……アイツは、アイツだけは……!!」

 

 だから、早いところアイツを殺して。みんなを守って。俺も死ねばいいんだよ、クソ野郎。

 

「……殺、す」

 

 そうだ、殺せ。それしかお前に生きる意味はない。

 

「殺す……!ぶっ殺してやる……!!」

 

 できることをして。役目を果たして。その上で死んでいけ。

 

 俺にできることは……今度こそ、それしかないんだから。

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