「“妹……?”」
「はい。アリウスのみんなは私の妹なんです。認めない子も多いですが」
「“……そ、そっか”」
「……なあに先生。そのお顔は……なんて」
さしもの先生も困惑するか……まあ妹は妹。このまま話を続けさせてもらおうか。
「ここからは、真面目なお話です。まずは、アリウス分校について……先生は、どの程度ご存知ですか?」
「“……昔トリニティが作られた時に、迫害された学校って聞いてるよ”」
「はい、概ねあってます」
この辺の知識は、原作の先生と変わらないか。
「“それと……十年前に、内乱があったって”」
「……え?」
待て。なんだ、それ。なんで先生がそれを知っている。
知っているはずがない。知る手段がないんだから、否。あった。
「先生。それは、誰から……」
「“……ごめん、答えられない”」
「……そう、ですか」
奉仕活動部。アシリだ。間違いない。
それ以外に、先生がその事実を知り得る方法はない。だが、何故?
何故アシリは、先生に内乱の件を伝えた?いや、ひょっとするとまだ……。
「“スオウ?”」
「っ、すみません、考え事を。その内乱についてですが……どのくらい……」
「“……復讐派と、反復讐派の戦い。最終的には復讐派が勝利して……もしかすると……死者が出たかも知れない、って”」
「っ……!!」
そこまで詳細に覚えられていたなんて、予想外だ。
いや、それもそのはずか……アシリのストラップ。きっと今も彼女は、姉を探しているんだろう。
それほどに鮮烈な、強烈な幼少期の経験だったんだろう。でも、彼女の姉は……きっと、内乱で……。
「……そこまで、知っていたんですね。なら、話は早いです」
「“話……アリウスのみんなについて?”」
「うーん、そうですね……」
まずは先生に、本当の『敵』を知ってもらうべきだ。
それがなければ、納得も信用も得られないから。
「確かに内乱の概要はその通りです。復讐派が勝利し……反復讐派は、死人が……っ、出ました」
……違う。今はそんなふうになっている場合じゃない。先生と話せるのは今、今この瞬間だけなんだ。
思い出すな。大丈夫。
「……先生?私たち生徒がたかだか内乱如きで死ぬところを、想像できますか?」
「“……”」
「十年前、内乱では……『ヘイローを破壊する爆弾』が使われました」
「“っ……!”」
想定していた。想定していたが、当たってほしくなかった。先生は、そんな顔をしていた。
そりゃそうだろう。守るべき生徒が、子どもが、道半ばでその生を終わらせただなんて。俺だって考えたくない。
「それにより反復讐派の最高戦力が消え……あとは敗戦処理、その一方でした」
「“そんなことが……”」
「……でも、ただの敗戦じゃありません」
「“……?”」
……アシリ達がアリウス分校の一件を先生と共有しているなら、このことももう知っているだろう。
だったらこのことを伝えることは、先生の信用をあげる結果につながる……はずだ。
大丈夫、恐れることはない。『俺』と『私』が繋がることなんて、あり得ないんだから。
「生き残った反復讐派はアリウス児童訓練学校……小学校や中学校みたいなものだと思ってください。そこに在籍している子供達を、逃しました」
「“っ……”」
「……これだけは断言します。彼女達は負けていない。決して」
あの子達が。みんなが逃した子供達は、今も生きている。ベアトリーチェの勝ちなんかじゃ決してない。
あの子達が最後まで諦めずに戦って、戦って、戦い抜いてくれたから。
「これが十年前……アリウスで起こった、その全て……なんかじゃない」
「“……え?”」
「これが全部なんかじゃない。本当の敵は、復讐派じゃない」
そうだ。本当の敵は、復讐派じゃない。アイツらもただ、復讐心をベアトリーチェに利用されただけ。
同情なんてしない。同情なんてしないが、それでも聞いていて気持ちのいい話だとは思えない。
「……現在のアリウス分校の、生徒会長。私たちのトップ。その正体は……ベアトリーチェと呼ばれる、『大人』です」
「“っ……!!大人……!?”」
「……はい」
この世界における生徒会長……自治区の頂点は、基本的に生徒が担うものだ。なんせ、キヴォトスは学園都市なんだから。
それを思えば、先生の驚愕も頷ける。大人が生徒会長を担うという、その異常性を。
「そしてそのベアトリーチェこそが……十年前。『ヘイローを破壊する爆弾』をもたらし……今なお、私たちアリウス生徒を支配しています」
「“……!!”」
先生の表情から読み取れるのは、怒り。無力感。
……ああ、よかった。『先生』は、俺の知る『先生』となんら変わらない。
「……ゲマトリア」
「“っ……!?スオウ……どこで、その名前を……”」
「彼女が所属する組織の名前で……恐らく、私にとっての『敵』です。もっとも、この事実を知るのは私のみですが。先生は、何かご存知ですか?」
「“スオウ。あなたはそれを知ったとして……何をするつもりなの?”」
「……」
……予測できていた。予測できていた質問だった。
だから、この問いへの対処法はいくらでも考えてある。
「何するつもりって、何もできませんよ……はははっ……だって見てくださいこれ、って見えないか。結構ガッチガチに拘束されちゃってるんですよ?」
ヘラヘラと。いつも通りに、『私』を演じればいい。
悟られるな。決して。ほんの僅かな隙も見せてはいけない。けど、踏み込まなくちゃいけない。
矛盾している。矛盾しているが、それでもやるしかない。ベアトリーチェを、殺すために。
「いや、正直ね?ここで拘束されちゃうのは予想外でして……本当は先生と、もっとゆっくり話そうと思ってたんですが。そうもいかなかったですね」
「“……そっか”」
「本題に戻ります。妹たちはベアトリーチェに……まあ、半ば脅されているようなものです。拷問じみた訓練に、『ヘイローを破壊する爆弾』。彼女の指示に従わなければ、死人が出てもおかしくない」
「“っ……そんなことに……そこまで……”」
腐っているのか。多分先生は、そんなことが言いたかったんだと思う。
俺の前だからか、ゲマトリアに関することはあまり漏らしたくないようだ。
「だから、私たちは……別に、トリニティを害する意図があるわけではありません。だから……みんなで脱出するための計画を立てました」
「“計画……?”」
「詳細は……すみません、お話できません」
……できる限りみんなを巻き込まずにベアトリーチェを殺すためには、聖徒会の
そのためには、調印式の乗っ取りは避けることはできない。アリウスへの心象は悪くなるかもしれないけど……そこは、多少マシにするだけの策はある。
あと必要なのは、十分な時間。恨みは、禍根は、一朝一夕で消えるものではない。長い目で見ないといけない。
そのためにも、みんなには一度トリニティから離れてもらう必要があるから。
でも、先生はきっと調印式の襲撃を見過ごさない。生徒にそんなことをさせるはずがない。
それじゃダメなんだ。死人が出る。まず間違いなく。
「ただ、私たちはトリニティ自治区からも、アリウス自治区からも逃げるつもりです。先生にしていただきたいのは、その手伝い」
「“手伝い……?”」
「はい。私たちが目指すのは、山海経とアビドス自治区。山海経に子供達を預け、アビドス自治区にて身を隠し……トリニティとの和解に向けて、交渉を進めればと思っています。先生には、その過程で発生する問題の解決を手伝って欲しいんです」
「“……”」
「……重ねて勝手ですが、お願いです……妹を……守っては、くれませんか……?」
……俺が……俺はもう、その頃にはいないから。先生に頼むしかない。
情けない話だが、それでも……先生を利用しない手はないから。
「“……うん。任せて”」
「っ……!ありがとう、ございます……」
よかった。これで安心して死ねる。
アリウスのみんなのことは。きっともう大丈夫だ。アズサは……アズサもきっと、少しずつだけど、みんなの元へ帰れるようになるだろう。
交渉できるだけの知識も、考え方も、できる限り教えてきたつもりだし……あの子達は、俺なんかよりずっとすごい。すぐに自分のものにしてのけた。
きっともう、みんなは大丈夫だ。
「“でも、一つだけ教えてほしい”」
「……?」
「“スオウはどうして……内乱のことや、ゲマトリアのことを知っているの?”」
「っ……それ、は……」
想定内の質問。だけど俺の心臓は、思ったよりもその勢いを強めて。冷や汗が出るような感覚がした。
己の確信へ近づけながらも、それを見せまいとしているから。
前世の記憶……『ブルーアーカイブ』の記憶。これらを先生に話すべきか。
答えは否。それを話せば、俺の計画が露見してしまいかねない。まだ話すべきでない。
嘘で塗り固めた真実を話す。ただし、ほんの少し真実を見え隠れさせて。
「……十年前……内乱へ向かった人物に、知り合いがいました。その伝手で、私は情報を得……そして、ベアトリーチェについて調べ上げたんです」
「“十年前……けどスオウは、当時……”」
「……その人達が、遺してくれた情報です。なんとかベアトリーチェにバレないようにしながら、それでも……なんとか、『ゲマトリア』という存在に辿り着きました」
……我ながら、よくもまあこんなにもポンポンと嘘が出てくるもんで。
「ですから、私は、っ……?」
「“……?スオウ、どうかした?”」
「いえ……なんか、違和感が……」
なんだろう、先生の斜め上……今、何か入り込んだような……?扉、少しだけ空いてたもんな……?
「……先生、少し動かないで」
「“え……?”」
この鉄格子越しでも、このくらいの小石なら……ちょっと枷が邪魔くさいけど。
「ふんっ!」
『ぎゃんっ……!?』
「“っ……!?”」
やっぱり何かいやがったな……!!
「っ、先生、今すぐこの部屋を出て!侵入者です!」
「“っ、わかった!”」
クソッ、狙いは先生か!?ここで先生を失うわけにはいかない!この際だ、今すぐ脱出を……!
『わ、わーっ!?待って、待ってください!!私です!』
「ん……?」
ジジっと稲妻を迸らせ、徐々にその姿を表す正体。光学迷彩か?
というかなんだ、アレ……?黄色い機械……鳥?
「“その声は……アシリ!?”」
『そうです!アシリです!だから人呼ばないでぇ……!?お願い……!!』
「あ、泣いちゃった……」
器用に動くな、あの鳥……待て、アシリだと?
「アシリって、甘川アシリさんですか?」
『っ……!?う、うん……そうだよ……!?でもなんで、私の名前……』
「アズサのお友達ですね。妹がいつもお世話になっております」
アシリ……奉仕活動部。アリウス分校の、逃げ延びた子供の一人。
恐らくだが、先生に情報を与えたのもこの子だろう。
『い、妹……?あ、あなたが姉を名乗る異常者!?』
「異常者じゃないですよー、お姉ちゃんです!」
『ほ、本当にいたなんて……頭おかしい……ひんっ!?ご、ごめんなさい、ごめんなさい!!石投げないで!?』
……うん。ちょっと可哀想だな。
それに、今更俺に……姉なんて、名乗る権利があるのかもわからないし。
「でも、まさか黄色い鳥さんだとは思いませんでした……変な奴には近づくなってアレほど言い聞かせてたのに」
『あっ、アズサちゃんを知ってるんですか!!?』
「っ!?」
急に声が変わった?いや、ちょっとだけ聞き覚えが……。
『ひ、ヒフミちゃん!?コントローラー奪わないで!?それマイク内蔵されてるから!』
『あ……ご、ごめんなさい、つい冷静さが……』
「“ヒフミまで!?二人とも、どうやってここに……!?”」
『あ、そ、それはですね……!!』
二人で操作してるからか、すごい動きをしてるな……いや、本当にすごい動きだ。
『私たち、この鳥を使ってアリウス分校の場所を』
『ちょっ、ヒフミちゃん!?アリウスの人の前でそれ言っちゃっていいの!?』
『い、言われてみれば……!?』
「さ、騒がしいですね……」
この牢屋がここまでやかましくなるとは……まあでも、大体状況はわかった。
あの鳥だかなんだかよくわからない機械を使って、空中からアリウス分校を探してた。その途中で先生を見つけて、こっそりつけてきた。そんなところだろう。
「“いつの間にそんなことを……”」
『きょ、今日が初めてです……!』
「なるほど、機械なんですね……夜間の偵察なら黒い方が合理的では?」
『ま、マユミちゃんがそれはダメって……!うぅ……!』
……?よくわからんが、ここにきたということは……多分。
「で?私に何か聞きたいことがあるんじゃないんですか?」
『っ……!そうだよ!!私、あなたに聞きたいことがあるの!でも長くなるから先にヒフミちゃんから!!』
『あ、ありがとうございます……』
さて、ヒフミからか。いやまあ、おおよそ察しはついているが。
『その……アズサちゃんは今、どこにいますか……?』
「……アリウス自治区。私たちの学校です」
『い、いえ、それはその、わかってます……!問題は、それがどこにあるかで……!』
「……」
まあ、そりゃあ気になるだろう。アズサとまともにお別れも言えずに、引き離されてしまった。
俺のせいで。未だに自己嫌悪で、頭がどうにかなりそうなくらいだ。こうして人と話している間くらいは、少しマシになるけど。
でも。
「あなたはそれを知って、どうするつもりですか?」
『っ、それはもちろん……お話をしに……』
「どうやって?」
『え……?』
……それを認めるわけにはいかない。危険すぎる。
「アリウス自治区。あそこはそもそも、公式のものではありません。秩序や倫理なんてものは存在しない。あなたを守るものは、何もありませんよ?」
『っ……!』
「あなたが行ったとして……捕まるのがオチです。牢屋の中からなら、アズサにも会えるかもしれませんが」
ベアトリーチェという存在。その危険性。それをこの子達は知らない。
ヒフミがアリウス自治区に向かえば、ベアトリーチェに捕えられ……きっとアズサは、助けようとするだろう。だから、行かせるわけにはいかない。
『でも!』
「ダメです。教えられませんよ。話せたとして、あなたが傷付けば……アズサは、辛いと思います」
『っ……でも……あの時、アズサちゃん……泣いてたんです』
「……」
『ガスマスクをつけて、必死に私たちにはバレないようにしてたけど……泣いてた……』
……そ、っか。そうだよな。
それだけアズサにとっては、大事だったんだよ。
『だから、今回のことにもきっと理由があって……だから、だから私は……!』
「……大丈夫です」
『え……?』
「少しすれば、きっとまた会えますから。私は、そのために先生と話していたんです」
……すぐにとは言わないけど。アズサがトリニティに戻れるのかは、わからないけど。
それでも、きっとヒフミとは会える。俺がそうしてみせる。ベアトリーチェを殺して。
「だから……もっと自分を大切に。アズサが悲しみます」
『っ……はい……』
「はははっ……アズサは、いいお友達に恵まれたみたいですね。お姉ちゃんも一安心です」
本当に、ヒフミがアズサの友達でよかった。アズサが泣いているって、そのことに気づけて、気遣えて、考えられるくらいに優しい友達で。
もし……もし願ってもいいなら。俺が死んだ後も、アズサとヒフミが……一緒に笑えるといいな。
『……アシリさん、お待たせしました』
『ううん。ありがとう、ヒフミちゃん』
『はい……』
……さて。
『……私からあなたに聞きたいことはいっぱいあるよ、えっと』
「桐花スオウ」
『スオウちゃん』
……問題はアシリ、か。
『一つは自治区の場所。これは多分、教えてくれないってことでいいんだと思う』
「はい、すみませんが」
『ううん。元々、まともに取り合ってくれるなんて思ってない。というか、こんなふうにお話ししてくれるなんて思ってなかった』
「はははっ……私、かなりみくびられてたみたいですね?」
まあ、この子にとって今のアリウス分校の印象は……内乱の勝者が復讐派だって想定してたってことは、つまりそういうことだろう。
トリニティへの復讐を望む、人殺しも躊躇わない集団。そんなイメージだったはずだ。
『……一つ目は、このキーホルダー。私のお姉ちゃんがつけてたの。暗い緑に近い髪の色、ロングヘア。知らない?』
どうする。どう答えるべきだ。
俺は知っている。あの時、あの場所で何が起こったのか。
この子の姉は……あの日以降、一度も見かけていない。その姿を、存在を、見た覚えがない。
アリウスのストリートチルドレンに紛れるために領地に戻るときに……見つけた。見つけてしまった。アンナが時間を稼ごうと籠った、あの建物で。
……壊れたストラップがつけられた、血まみれの銃を。
頑丈な生徒が血を流す機会なんて、よほどの強者同士の戦いでない限り滅多にない。その上、あの量の血だ。
多分この子の姉は、もう……。
「……知りません」
……知ることが幸福なのか。知らないことが幸福なのか。俺にはわからない。
『……そっか。じゃあ、次の質問』
「……」
『焦茶色の髪に、大きいガスマスク。男勝りな口調。身長は……あの頃の私より、少し小さかったと思う。とにかく、小さい人。マユミちゃんが言うには、ハンドキャノンを持ってたって』
「……え?」
いや、待て。それはおかしい。だってそれは。
『知らない?』
だってそれは……あの日の俺だ。
スオウちゃんがアンナの居た建物に行ったのは、シアンとアンナの遺体を探すためです。
せめて弔おうと向かいましたが満身創痍、その上瓦礫の中からは見つけることができませんでした。
本編に入れたかったのですが入りきらなかったです。