「……その、人は」
『……?』
「その人とは、どんな関係なんです?」
考えるより先に、自然と口が動いていた。
我ながら随分と軽率な行為で、そうしてしまった理由はわからない。
『……恩人だよ。私たちに、生きる道を示してくれた』
「恩人……か……」
……恩義を感じる必要なんて、ないだろうに。
俺の失敗のせいで、この子の姉は死んで。あの時の俺にできたことなんて、復讐派の足止めだけ。
それだってお膳立てされたものを掠め取るようにしただけだ。俺だけの力によるものじゃない。
シアンが、アンナが、みんなが、頑張ってくれたからだ。
『……何か知ってるの?』
「っ……いえ」
……冷静になれ。俺の正体が割れることなんてあり得ない。
髪の色は変わった。色素が抜けて。仮面も変えた。背丈も変わった。強さも変わった。
あの頃の俺とは、何もかもが違う。
『そっか……そう。じゃあなんで、今関係性を聞いたの?』
「……少し心当たりがあったからです。妹たちの中に、身長が小さい子が何人かいます」
これは嘘じゃない。ヨセなんて、その最たる例だ。
「その子達の何人かはガスマスクで顔を隠しますから。もし生き別れた同年代の子や、友達だったなら、もしかしたら……と」
『……うん、納得した。ごめんね、疑って』
なんとか誤魔化せたな。
……クソッ、馬鹿が。何油断して話してるんだ。足りねぇ頭をフルに動かせ。ここが正念場なんだ。
絶対にバレちゃいけない。隙を晒してはいけない。疑いを持たれてはいけない。
『じゃあ、次の質問。今のアリウス分校の状況について』
「……状況?」
状況って、それは。
「……ベアトリーチェという『大人』によって支配されています。暴力と死による恐怖を盾に」
『っ……そっか。その人は復讐派の人なの?』
「十年前……復讐派に助力した人間です」
あまり多くを語りすぎてはならない。ゲマトリアに関係する情報を与えることは危険すぎる。
俺の正体に近づかれるのもそうだが、この子達自身を危険に晒すことになってしまう。それだけは絶対にあってはならない。
もう二度とだって、間違えるつもりはない。
『……それじゃあ、最後に一つだけ質問』
「はい、どうぞ」
『全ては虚しいもの。でも、最初から諦める理由にならない。これ、あなたが言ってた、ってことでいいんだよね?』
「……はい」
……ここで、きたか。
『でも、これね。私たちが知ってるのと違うんだ。全ては虚しいもの。だから、人生に希望なんて持てないし……それは全部トリニティのせいって、そんな教えだったと思う』
「……」
『もし、もしあなたの言う通りベアトリーチェさんによってアリウスが支配されてるなら、この教えはその人のもの?』
はっきり言って、一番されたくなかった質問だ。
アズサからその辺りの情報は漏れているだろうとは思っていたが、アシリとこうして話す機会なんてあると思っていなかったから。
『ううん、そんなはずない。だってそれなら、アズサちゃんは姉のようなナニカなんて言うはずない。あなたしかいないんだよ、スオウちゃん。どうしてこんなこと言ったの?教えに背くことになるんだよね?』
「……私の信条で……加えて、私の知り合いが言っていた言葉です」
『うん、このことはそれで説明がつくね。じゃあ、五つ目の古則については?』
五つ目の古則……原作で、セイアが言っていたアレか。
楽園の存在証明、ね……確か、アズサの前でポロッとこぼしたことがあったと思う。であれば。
「一年前の、セイアさんの襲撃。アレの実行犯は私ですから。その時に彼女から聞きました」
『……じゃあなんで、それをアズサちゃんに教えたの?』
「教えたつもりはありませんよ。多分私が言ったのを、どこかで覚えてたんじゃないですかね」
……何か、疑われている?
『……勉強や、戦闘を教えたのもスオウちゃんだよね?それについては?』
「勉強はアリウスで習ったものを教え直しただけです。水準は低いですが。戦闘については、私だけじゃありませんよ。分隊長や、教官もいますから。質問は以上ですか?」
『……じゃあ、なんで……スオウちゃんは、お姉ちゃんを名乗ってるの?』
「っ……」
間違いない。何かを探られている、否、確信めいた何かがあるのか?それを確かめるために、補強するために質問している?
ブラフの可能性もある。アズサの話から俺を異質なものだと断定し、そこから『恩人』との繋がりを考えて……いずれにせよ、質問に詰まっている暇はない。
「なんでって、そりゃあ……」
幸いにして、『私』の答えは決まってこれだからな。
「私がお姉ちゃんだからです」
『認めてもらえてないじゃん……』
「はー?認められてますが?」
姉を名乗る頭のおかしいやつ。『私』はこれで十分だ。
『アズサちゃんよく言ってたよ。アレは頭がおかしいって』
「馬鹿ですね、アズサはクーデレなんですよ?そういうところが妹で可愛いんです」
『ごめんね、わけわかんないや……』
失礼な。俺が姉かどうかはともかく、アズサの可愛さについては議論の余地なんてないんだぞ。
また石を投げつけてやろうか?うん、そうしよう。
『わぁっ!?ちょ、やめて!!なんかちゃんとダメージ入ってるから!!うぅ、マユミちゃんがいないと直せないのに……』
マユミチャン?その子も元アリウス生か?
本当なら確認したいけど……今聞いたら不審、だよな。
『……と、とにかく!あなた達アリウスはトリニティと敵対する意図がない。でも、ベアトリーチェさんはトリニティを滅ぼすつもり。あなた達はそれに従わされてる。そういうことでいい?』
「変化の幅すごいですね……?まあ、そんな感じです」
よく耳を澄ますと、マイク越しに唾を飲み込む音が聞こえてくるんだよな……本人の性格も鑑みて、結構頑張って威圧感を出しているつもりなのかもしれない。
レッサーパンダの威嚇みたいな……はて、レッサーパンダとはなんだったか。まあいいや。
『じゃあ、私の質問はこれでおしまいかな。ありがとう、スオウちゃん』
「いえ、大丈夫です」
……かなり危うかったな。アシリは……勝手な話だけど、もっと能天気な子だと思ってた。
こんな詰め方をされるとは、思ってもみなかったことだ。
元アリウス生……俺の知る原作に存在しない彼女達は、不確定要素が大きすぎる。よく警戒しないとな。
「さて……それでは、先生。先程の約束……本当に、よろしくお願いします」
「“……スオウは?”」
「え?」
なんだって?
「“みんなが逃げようとしているのは分かったし、その手助けは惜しまない。でも、スオウはどうするの?”」
「どうするって、そりゃあ……」
……あー、まずったなぁ。意図的に触れられないようにはしたんだけど。
先生にとって予想外の情報で混乱させた後、とっとと帰ってもらうつもりだったんだけどな。
アシリと会話している間に、考える余地を与えちまったか。
「“……”」
「あー……流石に、この拘束じゃ逃げれませんからねー。多分、みんなが助けにきてくれますよ」
「“……わかった”」
まあ、こんな感じで誤魔化せば……多分、大丈夫だろう。
「“スオウは……一人でここに残るつもり?”」
「っ……!!」
「“もし違ったなら、ごめんね。でも、今までの口振りを見るに……私にアズサ達のことを任せようとするってことは、そういうことだと思う”」
「……」
バレた。いや、問題ない。本当にバレちゃいけないのは、こっちじゃない。
むしろ、望んでいた展開ですらある。
だから、ここで踏み込め。
「……まあ、そうですね。多分あの子達でも、ここに辿り着いて……その上、私を逃すなんて無理だと思います。だから、私は……多分、ここでずっとこのままです」
『っ……!!ダメですよ、そんなの』
……ヒフミも、か。
『そんなの、ずっと一緒にいた人に会えないなんて……寂しいじゃないですか』
「そう、ですね……でも、きっとしょうがないことだと思います。それに、出る方法がないわけじゃないんですよ?アリウスとトリニティが和解して、そうすれば……」
『でも、それは時間がかかる……そうだよね?』
「……」
……まったく、この三人は。揃って余計なことばかり気づくなぁ。
でも、おかげで悪くない流れになってきた。
「“……大丈夫。私とみんなが協力して、なんとかしてみせる”」
「え……」
「“アリウスとトリニティの和解が、早くなればいいんだよね?だったらここには、元アリウス生のトリニティ生徒がいる。それに、アリウス生と仲が良かったトリニティの生徒もね”」
よし、それでいい。その流れで、そのまま。
『そ、そうですよ!私も協力します!』
『う、うん……!私だって……!』
……ああ。本当に、そんなふうになれば……どれだけ良かっただろう。どれだけ幸福になれただろう。
「……はははっ」
でも、そんな都合のいい未来は……俺なんかには、贅沢すぎる。
ベアトリーチェを、殺さなきゃいけない。だからきっと、そんな未来はやってこない。
「ありがとうございます、先生……みんな」
だからこの涙も、多分演技だ。気のせいだ。
「よろしくお願いします……」
俺は、そっち側に行くわけにはいかないんだから。
『先生、そろそろ面会の終了時刻です』
「ああ、それと最後に……くれぐれも今日話したことは、外部に漏らさないように。信頼できる人間、例えば……ティーパーティだとか。もし誰かに伝えるとしても、その人たちだけにしてください。それと、みんなが脱出するタイミングは調印式。そのことだけは、お忘れ無く」
「“うん、わかった。スオウは、ちゃんとご飯を食べること。何か困ったことがあったら、また呼んでね。きっと力になるから”」
「はははっ……はい。その時は、お願いします」
そう告げると黄色い鳥の機械は再びその姿を消し、先生は扉から出ていく。
「……これで、あとは不安要素はミカさん、だけですね」
盗聴されないよう小声で、ボソボソと呟きながら扉が閉まるのを見守る。
扉から漏れていた光も消え、再び部屋に暗さが戻ってきた。
「うん、結構うまくいったかな……これなら、俺の計画も成功するはずだし……俺が隠してたことを、誤認させることもできたはず」
頬を伝う液体を、捕虜用の服の袖でグシグシと拭う。
血じゃないよな、なんて変な不安感からその袖を見ようとして。
「そうなると、みんなにはもう……会えないのか……」
光に慣れた目には、暗闇が深すぎて。
「それは……寂しいなぁ……」
再び目から溢れてきたものがなんなのか、確認することさえできなかった。
◇
『そ、その……先生……?ご迷惑をおかけして……』
「“……大丈夫だけど、悪用しないようにね”」
先生と共に地下牢から出、徐々にその姿をあらわにする黄色い鳥。その動きはぎこちない。
地下牢から出る際、案内役の生徒に存在を気取られかけ、誤魔化すためにもれなく先生も苦労したからだ。
『は、はい!誓って!』
「“それと、その機械について詳しく……!”」
『ダメよっ!!先生!こういうのは詳しく見たら浪漫が無くなるの!』
と、そこで、やけに音質の悪いヒフミのものでもアシリのものでもない声が聞こえる。
「“……マユミ?”」
『マユミちゃん!?一方的に通信繋いだねぇ!?』
『つい……』
恐らくアシリやヒフミがいる場所に通信がかかっているのか、通信越しに通信というややこしい状況に先生はわずかに頭を抑えた。
少年心と好奇心を妨害されたため、少々残念そうに。
『と、とりあえず、一旦合流しませんか?その、マユミさん……?にもお話しするなら、その方がいいと思いますし』
「“うん、そうだね”」
『あら、あなたは誰かしら?……って、こんな話してたらややこしいわね。アシリ』
『分かってるよ。先生、この鳥さんについてきてください!』
ぴょんぴょんと地面を蹴って跳ねる黄色い鳥。その様子はどこか可愛げだ。
『アシリ、今のうちに音声データを送って。ゲヘナや山海経のみんなにもね』
『り、了解!ヒフミちゃん、操作お願いできる?』
『ま、任せてください!』
そんな会話を聞きながら、先生は鳥についていき。
「“お邪魔します”」
そうして辿り着いたのは、奉仕活動部の部室。
「あ、せんせー。何か困りごと?って、その鳥……オッケー、『そっち』か。ロッカー開けて」
「“……?”」
「いーから」
ロッカーの中にぐいっと押し込まれ何やらガチャガチャと操作するのを見守る。
ロッカーに設置されているハンガーをかけるための棒や板がおかしな動きをするのは、奇妙であると同時に不思議とワクワクさせられた。
「あんま見ないでね。これ、超秘匿情報」
「“わかった”」
そうして目を閉じて、しばらく経って。
「……よしっ!そんじゃあ、先生?」
「“……?っ、わ”」
「いてらー」
突如として、浮遊感に襲われる。体の中身が上方による不快感と共に、徐々に速度を速めていき。
「“わぷっ!?”」
「せ、先生!?大丈夫ですか!?」
顔面からクッションにダイブしてしまった。低反発ゆえ痛みはないが、鼻の頭に圧迫感が残る。
『ふっふっふ……ようこそ、先生?私たちの基地へ』
「“基地……?っ、おお……!”」
痛みに顔を抑えながらもその光景を見て目を輝かせる先生。それもその筈。
いかにも機械らしい道具に、恐らく何かを映し出すモニター。あまり大きいわけではないが、三人ならば入れるほどのスペースだ。
「“ひょっとして、このモニターって……”」
「あ、はい。私たちがみんなを盗撮するために使ってたやつで………す、すみませんでしたぁ……!!」
「か、顔をあげてください!もう気にしてないですから!」
蘇る罪悪感。アシリはだんだんとその姿を小さいものに変えていった。
「あ、鳥さん……お疲れ様ぁ……」
鳥を腕に止まらせ、充電器と思しき止まり木へと移すアシリ。随分と可愛がっているようだと、先生は微笑ましげに笑う。
『ま、簡単に言うとここは……私たちがアリウス関係であれこれするときの部屋ね。万が一の時の撤収を考えて、あんまり大きくは作ってないわ』
「“万が一?”」
『無許可だもの』
「“……”」
目を逸らしながら困り顔で苦笑いするマユミ。困っているのはこちらだと言いたげに、アシリはホログラムのマユミを睨んでいた。
「え、えっと、マユミさん?は、ひょっとして……」
『あー、あなたは知ってるわよ、阿慈谷ヒフミ。……その、勝手なことして悪かったわね』
「い、いいんです!多分アシリさんのお友達、ですよね?」
『ええ。同時に、目的を共にする仲間でもあるわ』
自己紹介を軽く済ませながら、四人は軽く向かい合う。
「“ヒフミはこの場所を知ってたの?”」
「い、いえ!私も今日来たのが初めてです……ハナコちゃんは少し忙しそうですし、コハルちゃんは正義実現委員会の活動を再開するための手続きがあって……ひとまず、誰かと協力しようと」
徐々にその言葉は自身なさげに、先細りになって行った。
「びっくりしたよぉ……依頼は一時凍結してたのに、急に扉が叩かれたんだもん」
「す、すみません、その節は……」
「い、いや、そんなつもりじゃ……ごめんね……?」
『……一生謝りあってそうね、この二人』
「“ははは……”」
酷いことを言っているが事実としてそうなりそうなマユミの言い分に先生は苦笑いを返した。
『さて、早いとこ本題に入るわよ。映像記録は見させてもらったわ。付随するデータもね』
「あ、それなんだけど……」
カチッとアシリが何かを押した瞬間、モニターにさまざまなデータと桐花スオウの映像が映し出される。
「これ、この部分。発汗とか体温のデータを見るに、多分嘘はついてないかな」
『……本当に?』
「うーん……誤魔化す方法がないわけじゃないよ。アリウス分校にはそういう訓練もあるから、絶対とは言い切れないけど……」
「可能性が高い、ってことでしょうか……?」
『そんな感じね』
テキパキとデータや映像を分析する四人。そこで、一度アシリが映像を止め。
「……多分、これ以上はあんまり効率的じゃないかなぁ……嘘をついてる可能性もあるけど、本当の可能性もある。私から言えるのは、本当にそれくらいだよ」
『……ま、そうよね。じゃあこの……桐花スオウ?こいつの言うことが本当だって前提で、一旦話を進めましょう』
パチン、と手を鳴らし、注目を集めるマユミ。
『白洲アズサの件もあるし、実際こいつの言うことは本当な可能性が高いわ。それじゃあ、これからどうするかだけど……ベアトリーチェとか言うカス野郎ね。そいつに支配されているってのを、誰かが伝えなきゃいけない。無論、ティーパーティに』
「と、取り合ってもらえるんでしょうか……?」
「そ、そうだよぉ……それに下手に情報漏らしたら、アリウスにいる子達が危険に晒されちゃうって……」
『……』
ふむ、と思案するマユミ。言わんとすることはわかる。
ベアトリーチェとやらの粛清を恐れているのだろう。その上、下手に情報を漏らしてそれが信用されなかった場合……脱出をより困難にしかねない。
会話の記録では終盤、調印式のタイミングでアリウス自治区、トリニティ自治区から脱出すると言っていた。恐らく、トリニティの警備が手薄になるタイミングを狙っているはず。
であれば、あまり情報を広めすぎるのは望むところではないだろう。加えて、全てを伝えるべきではない。
あくまでアリウス分校の現状。それだけを伝えるべきだ。
『……ティーパーティに、直接伝えるべきね。その上で、個人から情報を漏らさないこと。それを約束させないといけない』
「ティーパーティ……ナギサさんか、ミカさんだよね……?」
『ホストであるナギサ一択ね。この中に、コンタクトを取れる人は』
と、そこまで話して。
「“……あ、ごめんね”」
先生はふとピコン、という音に反応しコートの内側を弄る。
『先生……モモトークの通知音入ってるのね。私は切ってるわよ。うるさくなるから』
「だからマユミちゃん返信遅いんだ……」
タブレットに指を押し当てると、中から可愛らしい青髪の少女……メインOSであるアロナが通知を知らせていた。
「“……これは”」
そうして表示されるメッセージ。
それは彼女らしからぬ簡潔な、簡素な文章で。
『先生。少し会ってお話できませんか?』
「“ハナコ……?”」