ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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 少しの間、テラスに流れる沈黙。

 それを破るようにナギサは少しずつ、面を上げて。

 

「……わかりました。ヒフミさんがそこまで言うのですから……それに免じて、一度だけ。信じてみましょう。アリウスのことも……アズサさんのことも」

「っ……!な、ナギサ様!!」

 

 パァっと、その表情をさらに明るくさせるヒフミ。

 その眩しさに目を細めながらも、ただし、と付け直して。

 

「……代わりに……また、こうして。私とお茶を飲みながら……教えてくださいな。ヒフミさんが見て来たものを。と、特にその、覆面水着団?とやらについて」

「は、はいっ!もちろん!」

 

 未だぎこちなさは残るものの、ナギサが浮かべていたのは……穏やかな、心からの笑みだった。

 

「“ナギサ……”」

「……先生も、失礼しました。アリウスの件は……今はまずいですね。調印式の後、各部の部長を含めた上層部に周知しましょう。どこから情報が漏れるかわかりませんから……特にミカさんなんかに伝えるのは、もってのほかです」

「“あ、うん……そのことなんだけど……”」

 

 どう伝えたものかな、などと目線を右往左往させる先生。

 それを見たナギサが、ふと。

 

「どうしました、先生?まさかミカさんが既にこの情報を知っているとか?なんて……」

 

 そんな風に、冗談めかしながら言って。

 先生も今のナギサなら大丈夫だろうかと、覚悟を決め。

 

「“あの、うん、実はね……ミカは、去年からアリウスと繋がってたんだ”」

「……へ?」

 

 続く言葉に、おそらく自分でも聞いたことがないほど間抜けな声を漏らした。

 

 

 

 

「なるほど……そんなことが……」

「“う、うん……”」

 

 ミカの事情を聞いた話は、再びその表情を作られた笑みへと戻し。

 

「あの馬鹿……!!」

「“……”」

 

 しかしながら浮き上がる青筋で、確かに怒りは伝わって来た。

 

「はぁ……やけに最近、行動が変だと思えば、そんなことをしていたとは……」

 

 呆れ気味に、けれどもどこか合点が行ったと、安心したと。誰に向けた訳でもない微笑みが、ナギサの口元から漏れていた。

 

「……とにかく、アリウス分校の件は承知しました。その件については、私たちティーパーティにお任せください」

 

 後々の説教を確定させながらも、その笑みを隠して先生の方へと向き直る。

 

「“私にも、できることがあったら教えて。約束したから”」

「わっ、私も!お役に立てるのなら、いつでも!」

「……ふふっ……はい。その時は、頼らせていただきますね」

 

 自分をあそこから出してくれたヒフミの頼みなのだ。違えることなど、決してあってはならない。

 そのためにも、まずはエデン条約の調印式だなと、ナギサは考えを深めていく。

 

 元々アレは、アリウス分校という未曾有の脅威に対抗するのも一つの理由ではあったのだ。本当に、幾つもある理由の一つでしかないが。

 セイアが生きているということが本当なら、発見者である蒼森ミネが匿っている可能性が高いだろう。彼女にも接触しなければならない。

 調印式は成否に関わらず、一区切りをつけなくてはいけない。

 

「全く、忙しい限りです」

 

 どこか柔和に微笑みながらも、強い渋みを持った紅茶を一啜りした。

 

 

 

 

 場所は変わって、アリウス分校にて。

 

「うーん?小隊長と初めて会った時……?」

「ああ。分隊長で分隊編成以前に小隊長と出会っていたのは、私を除いてお前だけだろう」

「ま、そーだけどさ……珍しいね、サオリちゃん。私に質問なんて」

 

 錠前サオリに相見えるのは、第四分隊長の安照レイ。

 

「そーだなぁ……確か、九年くらい前?向こうから接触して来てさー……いきなり姉を名乗るんだから、頭おかしいよねぇ」

「……そうだな、それはその通りだ」

 

 うんうんと深く頷いて肯定を返し、メモ用紙にチェックをつけるサオリ。

 

「すまない、助かった」

「ありゃ?もーいいの?」

「ああ……確認したいことは終わったからな」

「ふーん……なになに、悪巧み?」

 

 悪戯心からその小さめの体躯を生かしたレイにメモ用紙を奪われてしまう。

 

「おい、離せ、っ……ああクソッ、無駄に力が強いな……!」

「うーん……?何これ、名前がいっぱい。つまんないのー」

 

 突然パッと手を離したレイに対応できず、僅かに後退しながらも姿勢を整え。

 

「……まあ、気持ちはわかるよ。小隊長いないしさぁ……みんな、不安だよねぇ……」

「……」

 

 続く言葉に、サオリは少しその目元を暗くした。

 

「まあ、なんかあったら言ってよ。私の力くらいなら貸すしねー」

「……恩に着る」

 

 こいつの事だから力を貸すというのは比喩的な意味合いではなく、物理的に力を貸すという意味なのだろうな。

 そんなくだらない事を考えながらもサオリは踵を返し、向かったのはスクワッドの面々が残る拠点……などではなく。

 

「ここが……」

 

 桐花スオウの住んでいた廃屋。所々粗雑に散らかされているそこは、机や毛布など、必要最低限の家具が整えられていた。

 

「……」

 

 入った扉をよく観察してみれば、そのわずかな隙間に抜けた髪の毛が一つ。入る時にはなかったものだ。

 

「焦茶色……昔の……」

 

 恐らく、昔……それこそ長さを見るに、サオリたちと出会う以前のものだろうか。

 おそらく、扉の間に挟まれていたソレが落ちて来たのだろう。

 

「……人の出入りを、判別している?」

 

 今より少し長めの髪を放り、部屋の奥へと足を進める。

 ベッド、机の下、引き出し……順番に調べては見たものの、特段何もないように思えた。

 

「やはり、考えすぎだったか……?」

 

 ベタベタと、無遠慮に机の中身を触っていると引き出しの底に力を入れたその時、わずかに浮き上がるような感触があった。

 

「二重底……悪く思うなよ」

 

 銃のセーフティーを外し、机にわずかな隙間を開けて照準を合わせる。そのまま無遠慮に引き金を引いて、二、三発程で大きな穴を開けた。

 

「さて……」

 

 空いた穴に指をかけ、それを翻した、瞬間。

 

「っ……!?」

 

 突如として巻き上がる炎。おそらくは、桐花スオウがあらかじめ仕掛けていたトラップ。

 

「チッ……!」

 

 引き出しを壊して完全に引き抜き、扉から拠点の外へと放り投げる。

 焦りにつき息を切らしながらも、ゆっくりと放り投げた引き出しに近付く。

 

「……特段、何もないか」

 

 燃え滓を観察してみたものの、そこに特段変わった素材は認められなかった。強いてあげるのであればビニール片、そして伝導体であろう針金などだ。

 

「なるほど……引き抜いた瞬間絶縁体が外れ、電気が通る仕組みになっていたな」

 

 スオウがどこからか仕入れて来た、あの知識。

 それらを活用しながらも、トラップ式の机の正体を見破っていく。

 

「……なぜ、こんな事を」

 

 机の中身は空だ。それは間違いない。

 しかしこのトラップ、それそのものが何かを隠そうとしていた事を示していた。

 スオウが隠していたナニカ。今はもう、どこか別の場所へと移されてしまったであろうナニカ。

 

「……」

 

 スオウの正体へ迫るヒントを得た喜びと。何か、大事なものを見落としているような……それでいて、今まで見て来た『桐花スオウ』とズレている事を見せつけられているような、不気味さ。

 その二つを同時に味わわされながらも家の探索を続け、しかし以降は何も見つけることはできなかった。

 

「むぅ……」

 

 拠点へと歩を進めながら、先ほどレイに奪われかけたメモ用紙を見返す。上から順に、スオウの言うところの妹がズラッと並び立てられていた。

 マイやツムギなど、分隊長でない名前の生徒も。

 そしてそのほとんどの生徒の横に並べられているのは……九年前という文字。

 

「やはり……」

 

 桐花スオウの、目撃情報。最初に彼女と出会った日。

 自分たちを含め、最も古いのが……九年前。

 

───……ご、ゴホン…ごめん下さーい!!

 

 少し外に出てみれば、見たことのないやつが扉を叩いて……否、叩き壊していた。思えば彼女は、出会った当初から強引で。壊れた扉からは……光が漏れていた。

 

「っ、まずいな……」

 

 感傷に浸るのも、思い出を掘り返すのも、今するべきことでないなと頭を振って抑える。

 

 九年前。それ以前に桐花スオウの目撃情報はなかった。まるでこれは、そう……九年前までは、存在しなかったのように。

 

「はは……そんな馬鹿な」

 

 ありもしない仮定を切り捨てながらも、サオリはその思考を深めていく。

 九年前、あった出来事。スオウとの出会いや……そこから遡るなら。ミサキが自殺を図っていたり、アツコが仮面と手話を強制されたり。さらにそれ以前なら、アツコを預かったことだろうか。

 それらの記憶の中にスオウが存在しないのもまた、確かだった。そして、さらに遡ると。

 

「……内乱」

 

 アリウス分校の内乱。ベアトリーチェが現れたのも、あの時期だったという話だ。

 内乱については、スオウも何度か言及したことがある。

 

───十年前の内乱…この中にも、巻き込まれてしまった子達がいるかもしれません。私もその一人だったのですが…私は、目の前で生徒が死ぬところを見ました。

 

 内乱。ヘイローを破壊。死。

 

 それらの単語が線で繋がれ、サオリの中で渦巻いていく。

 

───私はね?…私の失敗で……人を、殺してるんです。

 

「っ……!!」

 

 人を殺す。キヴォトスにおいては、希薄な概念。それが唯一実現し得た場所、時間、それこそが内乱だ。

 スオウの失敗のせいで、人が死んだ。考えられる状況はそう少なくない。だが、それでもようやくわかった。

 あの時、あの弱さ。あれが一体なんだったのか、あれは。

 

「罪悪感、か……?」

 

 何故。内乱の当時、スオウはたかだか六歳だった。何より、自分たちと同じくストリートチルドレンだったはずなのだ。内乱と多く関わる余地などなかっただろう。何故そうまでも、罪悪感を抱く。

 否、ひょっとすれば。

 

「内乱に……いや、それはないか」

「サオリ?何してるの?」

「っ、ミサキか……」

 

 突如かけられた声に体をビクッと跳ねさせながらも、いつのまにやら拠点についていたのかと苦笑いする。

 

「……何、その反応。私じゃ悪かった?」

「いや、そういうわけじゃないんだ……すまない」

「……考え事?」

「……まあ、な」

 

 ミサキの質問に答えながら、サオリは拠点の中へ足を踏み入れる。

 

「……スオウの馬鹿。無事だといいね」

「そう……だな……」

「あのアホのことだし、心配いらないとは思うけど……だからサオリも、あんまり考えなくていいと思うよ」

「……ああ、ありがとう」

 

 いつの間にやら気遣われていたことに曖昧に微笑みを漏らし。

 

「ミサキ……スクワッドのみんなを集めてくれないか?」

「は?なんで……」

「頼む」

「……オーケー。ちょっと待ってて」

 

 自らの考えを整理するように、さらにその思考を深めていった。

 

 

 

 

 そして、トリニティのとある部室。その地下で。

 

『……結局、あの人についての情報はなかったのね』

「う、うん……」

 

 どこか残念そうに、けれども予想できていたと言わんばかりに、マユミはいつもより細くなった瞳でぼやいた。

 

「それに……お姉ちゃんも……」

『アシリ……』

 

 下を俯き、涙を落としていくアシリにマユミはどうすればいいのかわからなかった。

 今なら、アシリの気持ちはわかる。昔、他ならぬアシリが教えてくれたから。けれども、どう接すればいいのかはわからなかった。

 

「……ううん、ごめんね。もう大丈夫」

『大丈夫じゃないでしょうに……』

「うぐぅ……!?か、敵わないなぁ……」

 

 大粒の涙が浮かんだ目で、アシリは狼狽えながら笑うしかなかった。

 彼女にかけるべき言葉は何かと、マユミは悩みながら口を開き。

 

『やっほー!二人とも!!何コソコソ会話してんの!?』

「あ」

『げ』

 

 突如として割り込んできた通信に、首を締め付けられたような声を出した。

 

『げって何だよ……ま、いーや。アシリも久しぶりじゃん』

「ね、ねぇ!!通信かけても出なかったのそっちだよね!?」

『うーん?……あ、この前のか』

 

 あー、あの時ねと言ってのける通信相手に弱々しくも睨め付けるアシリ。

 

『めんどくさくて出なかった』

「わっ、私ゲヘナに用事あって!だから助けてもらえるかもって!!それなのにっ!!それなのにぃ……!!」

『はは、随分はっきり言うねぇ……?相変わらず元気そうで何より』

 

 態度がでかい。うるさいんだよ。言葉の裏にそんな意味を込めながら、その赤い髪を手でポリポリとかいた。

 

『ま、いーわ。いずれにしよ、あんたも来たなら丁度いいしね……サユリ』

『ん……?あ、ひょっとして例のアリウスの一件?情報はちゃんと目通してるよ』

 

 サユリと呼ばれたその生徒は、興味深げに姿勢を正す。

 

『そう、それなんだけど……あの人についての情報はなかった。でも、だからって今のアリウス生を助けない理由にはならないわ。だから……』

 

 グッと、自らの決意を口にするように。

 

『私も行くわ。エデン条約の調印式、当日。トリニティ自治区に』

「なっ……!!ほ、本気なの!?マユミちゃん!!勉強は!?部活は!?」

『その辺を全部解決するためにこの一ヶ月準備してたのよ。問題ないわ』

『つっても、部外者が入れてもらえるもんなの?』

 

 エデン条約の調印式では厳重な警戒体制がとられる。何せ、

 サユリの疑問はもっともだった。しかしマユミは、ニヤリと口元を緩めて。

 

『光学迷彩でこっそり侵入する。いつも通り、卑劣にいくわよっ!』

『……あはっ、いいねぇ!乗った!準備しておくよ!』

「あー……!!もう!!」

 

 この二人が集まるといつもこうだ。頭を痛ませながら、アシリもまたその計画に巻き込まれていった。

 

 そうして、それぞれの思惑が交錯して。ついに迎える、調印式の朝。

 

 

 

 

「おはよ、スオウちゃん」

「……ミカ、さん」

 

 今は……何時だ?調印式は、俺の記憶が正しければ昼頃。正義実現委員会にしろ、シスターフッドにしろ、もうトリニティにはいないはず……。

 

「ごめんね。会いに来るのが遅くなっちゃって」

「……大丈夫です」

 

 だったら、なんでミカがここにいるのか。あんまり考えなくても、答えはすぐに出た。

 

「今日は一日中一緒だよ。お話しよっか。ゆっくりお茶でも飲みながら、さ……」

「……」

 

 ……ミカはきっと、俺を逃さないつもりだ。実際、有効な手段ではある。拘束は問題ない。その気になればいつだって壊せた。多分それは、ミカも承知の上だ。

 でも、ミカが監視している。それだけで、状況はひっくり返る。多分、俺が拘束を外そうとした時点で……俺を気絶させるつもりだろう。

 

「先生を寄越したのも、ミカさんの差金ですね?」

「あちゃー、バレちゃった?」

「逆にどうしてバレないと思ったんですか……」

 

 でもさ。

 

「ごめんなさい、朝はちょっと……お見苦しいところを、見せちゃうかもです」

「……うん。報告で聞いてるよ」

「そうですか……」

 

 その程度。ミカが俺を捕まえようとしたあの時点で、既に想定の範疇だ。

 

「っ、ぅ……」

「……大丈夫?気分が悪いなら我慢しないで……嫌かもしれないけど」

「っ、はい……」

 

 ミカの促しに従って。牢獄の中に設置された、トイレの方に移動する。

 

「っ……」

 

 喉の奥に指を押し込んで、意図的に嗚咽を起こし。

 

「おえっ……」

 

 飲み込んで隠しておいた、爆弾を腹から吐き出す。

 

「……え?」

「またな、ミカ」

 

 その爆弾に最大限の神秘を込め、牢獄ごと拘束を吹き飛ばした。

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