「……なんだと?」
照準からマユミの顔を覗き込みながら、彼女の言葉を理解しようと試みるサオリ。
自分たちにとって、大切なこと。妙に確信めいたセリフ。自分たちがアリウス分校の生徒だと知っている点。加えて、あの制服。スオウから聞き覚えがある。あれはミレニアムサイエンススクールという学校のものだ。
「質問にいくつか答えてもらう。ミレニアムの生徒だな?何故ここにいる」
「……一度に聞いて頂戴。いちいち答えるのも面倒でしょ?」
「……」
「ぅ……!」
わずかにその眼光を鋭くさせるサオリに、マユミはわずかに慄いてしまった。
彼女とて、普通の高校生だ。たとえアリウスの出身だろうと、自らの青春の全てを捧げる覚悟をしていても。人に睨まれれば怖いことには怖いのだ。
「……いいだろう。質問は残り二つだ。何故我々がアリウス分校だと知っている。どうやって聖徒会の目を逃れた」
「……最後のを除いて、全部一つで答えられるわ」
わずかに緩んだ目線に、それでも内心涙目になりながら虚勢を張り続ける。
「ふぅ……いいこと?私は、元アリウス分校の生徒よ」
「……」
「疑ってるわね。いいわ、そう簡単に信用してもらえるとは思ってない……というか、そうじゃなかったら今から話すことだって無意味になるわ」
サオリの持つ銃からカチャ、と音が鳴ったことに恐怖しながらも、なんとか話を続けていく。
「十年前。アリウス分校で、内乱があったでしょう?」
「……その通りだ。何故知っている」
「そこでの生き残りで……逃がされた生徒。それが私
「……生き残り、か」
十年前の内乱。スオウ曰く、『ヘイローを破壊する爆弾』も使用された、そして恐らくは……『桐花スオウ』の本質に近づく手がかりになるであろう、その戦い。
「私たちと言ったな。内乱の生き残りは貴様一人ではないのか?」
「ええ、たくさんいるわ……私たち以外にも、たくさんね」
「リーダー、それは嘘じゃない」
マユミの言葉に続けて、ガスマスクとアリウスの制服に身を包んだアズサが肯定を返す。
「私も一人……ううん、もっとたくさん知っている。奉仕活動部の生徒を」
「その通りよ、白洲アズサ」
そんなアズサの肯定に正解だ、と言わんばかりに、マユミは名前を指しながら反応した。
「……何故、アズサの名前を?」
「奉仕活動部の部長、甘川アシリ。そいつと一緒に盗聴をしてたのは私よ。というか、主犯なんだけどね」
「……アズサ」
「うん、事実。確かにアシリは盗聴をしてたし……あれにはミレニアムの技術が使われていても違和感はない」
アズサの反応を見ながら、サオリはマユミの方を向き直し。
「いいだろう、話は聞いてやる。場所を変えよう……それと、仕込み銃は外すことだな」
「……はぁ……わかったわ」
やれやれ、バレていたかといった具合に苦笑いをしながら、カシャ、という音と共に袖から銃を外した。
◇
「……ここなら問題ないだろう」
瓦礫によってできた岩陰に隠れ、見張りがてら聖徒会のミメシスを一体召喚するサオリ。
「ひっ……!ね、ねぇそのオバケどうなってるのよ……!?」
「オバケって……」
随分と陳腐な表現をされたものだ。その言葉を飲み込んで、サオリは腰を落ち着ける。
「ねぇ、リーダー。こんなことしてていいの?あんまり時間もないのに……」
「……第二、七分隊の脱出が成功するまで、私たちはトリニティ、ゲヘナの戦力削りが仕事だ……それももう十分だろう。奴らのサポートには第四分隊と第六分隊が向かっている……どちらも優秀だ。問題ない」
「……ふーん。脱出の件は本当だったのね」
大層訝しげな目でジロジロと見ながら、マユミはどこから取り出したのかエナジードリンクを飲み干した。
「あ、それ……」
「あー、安心なさい。あの子みたいに酔っ払ったりしないわよ……ただ気合い入れるだけ」
まあ健康には良くないけどね、と続けながら、人数分の五本の飲み物とチョコバーを取り出してスクワッドの方へ差し出した。
「……なんの真似だ」
「とりあえず、友好の証よ」
「……こんなもので釣られるほど、甘く見られては困る」
「そんなつもりないったら……なんにしても、もらって頂戴。エネルギー補給は重要よ、これからあなた達にはたくさん手伝ってもらうんだから」
「じゃ、じゃあもらっておきますね……」
サオリが何か言うよりも先に、ヒヨリが掻っ攫うように自分の分を取ってしまった。
「……釣られてるみたいだけど?」
「ど、どうせ釣られるならもらっておいた方がお得ですから、へへ……!」
「……ああいうやつなんだ。気にするな」
どこか緩んだ空気になってしまったことに溜息し、サオリも言葉に従ってチョコバーを開ける。
「……ふむ、甘いな」
『うん……すごく美味しい』
「あなたそれどうやって食べてるの……?仮面も外さずに、器用ね」
『簡単だよ。こうやって、こう』
「……手話はわからないけど、なんか理不尽なこと言われてるのはわかったわ」
───なんか思ってた雰囲気と違うわねぇ。
どこか呆れたような、けれどもすこし納得して、安心したような思いを抱きながらも、マユミは困ったようにその目を細めた。
元々アズサから聞いていた話で、自分たちが知るアリウスとは随分と違っているのはわかっていたのだ。そしてそれが恐らく姉を名乗る異常者……もとい、桐花スオウによってなされたことも。
「……それで。伝えたいこととはなんだ」
「あら、身の上話はもういいの?」
「急ぎの用じゃないのか?」
ひとまず伝えたいことを言え。信じるかはそのあと考える。暗にそのことを示したサオリに、そうね、と微笑んで。
「白洲アズサ。スマートフォンは持ってるかしら?」
「……ああ。でも、もう充電が切れてしまった」
「でしょうねぇ……そんなことだと思ったわ」
じゃなきゃあの子達からの連絡を無視するはずないもの。そんなことを考えつつ、マユミは何かを投げつける。
「……これは?」
「モバイルバッテリーよ。急速充電ができるわ」
パシッとモバイルバッテリーをキャッチしたアズサに指差しで指示しながら、無事にスマートフォンへと接続し充電を開始する。
「……さて。少し時間がかかりそうね」
二口目にしてエナジードリンクを飲み干し、カァンと軽快な音を鳴らして地面に置く。
「じゃ、少し私も質問していいかしら?」
「……内容次第だ」
「ああ、心配しないで頂戴。踏み入った質問はするつもりないから」
手持ち無沙汰に缶を指先でくるくる回し、能面的な笑みを浮かべながらヘラヘラと笑って見せた。
「……焦茶色の髪。大きいガスマスク。男勝りな口調。低い身長に、ハンドキャノン。そんな人物、アリウス分校にはいないかしら?」
「……なに?」
マユミが挙げた特徴に、ふむ、とサオリは腕を組む。
「……リーダー、そんな奴いたっけ?ガスマスクは大抵のやつがつけてるし、ハンドキャノンを使う奴なら何人かいるけど……ほら。それこそアイツとか」
「……いや、待て」
焦茶色の髪。どこかで聞き覚えが、見覚えがあった。遠い昔、否、最近でも、どこかで。
「……貴様、名前は?」
「柏有マユミ」
「マユミ、そいつとはどういう関係だ」
「あー……それはね……」
と、そこで。
「っ……!ごめん。充電ができたみたい」
アズサのスマートフォンが、大きな通知音を鳴らした。
「……ああもう、一旦話は後ね」
アズサの方へ移動して、スマホをひったくるようにあれよこれよと指示しながら、マユミが間接的に操作する。
「へぇ、結構いいプラン入ってるじゃない……誰がやったの?」
「……秘密だ」
「……ふーん。まあ多分聖園ミカでしょうけど」
「っ……」
時折余計な茶々を入れながらも、とあるアプリのインストールまでこぎつける。ミカが少し崩れた金銭感覚でスマートフォンのプランに入会していたおかげで、動画を見る分には問題なさそうだった。
必要な手順が一旦終わったところで、ふとマユミがその表情を真剣なものに変え。
「さて、一旦インストール待ちね。お友達からモモトークが来てるわよ。返してあげなさいな」
「……」
そんなことを言うので、アズサは急速に目線に影を落としてしまった。
「……気持ちはわかる、なんて知ったような口聞くつもりはないわ。わかんないわよ、あんたが今どんな気持ちなのかなんて」
「……おい。あまりズケズケと無作法に」
あまりにも無神経な物言いに、制止しようとサオリが語気を強めて。
「あの子たちだって同じよ。言ってあげなきゃわかんないんだから」
「っ……!」
「あの子たちは示したわよ。自分たちの気持ちを。あんたは?あんたはどうするの?」
しかし続くマユミの言葉に、その必要は無くなってしまった。
「私は……」
ふと、モモトークの画面を見やる。
ハナコが心配の言葉と、打ち上げの写真と……不器用なりに、気持ちを伝えるように、泣いている動物のスタンプを貼り付けていた。
あんなにこっ酷く裏切ったのに。ずっとずっと、騙していたのに。
ハナコも、コハルも、アシリも……ヒフミも。誰一人として、自分のことを責め立てる言葉は発していなかった。心配の言葉、ただそればかりだった。
何故だろうか、否、わかっている、わかっていたはずなのだ。あそこにいる人たちはみんな優しくて。暖かくて。でも。けれどもそれが、今のアズサにとってはどうしようもなく。
「……こわい」
「……そう。なら、もう少しだけナイショにしといてあげるわ」
マユミの言葉に少しだけ、本当に僅かばかり安心するように顔を上げた。
「さて、あなた達に聞いてほしいことってのは……これよ」
マユミがアズサのスマートフォンを弄り、ヒュヒュヒュッと操作してスクワッドの面々に見せつける。
『これは……スオウ?』
「ごめんなさい、なんて?」
「……姫、今なら喋っても大丈夫だ。多分な」
「……うん。わかった」
仮面により声をくぐもらせながら、その奥から覗く瞳でスマートフォンをよく観察するアツコ。そこに映っているのは仮面こそしているが、確かにスオウだった。
「こ、これは……動画配信サイト、ですか……?」
「……そうよ。よく知ってたわね」
「す、スオウさんが教えてくれたんです……私もちょっと興味あって……ってことは、キヴォトス全体に配信ですね。スオウさんは配信者デビューでもしたんですか……?」
「……それだったら、百倍よかったわね」
「……?」
マユミの言葉に疑問を抱いていると、画面の中の桐花スオウが動きを見せる。
「……ねえ。このバカ、何するつもり……?」
徐々に、徐々にその仮面に手をかけ……ついに、完全に外してしまった。
「……おい、ヒヨリ……これは、キヴォトス中に配信されるんじゃなかったか……?」
「は、はい……その通りです……!」
つまりはスオウの顔が、全キヴォトスに知れ渡ったということ。もしもマユミが普段通りのノリならば、リテラシーがカスだと散々言っていたことだろう。
しかし、今回の件はそんなふうに茶化す余裕はないようだった。
『やーやー!!キヴォトス諸君!!』
心底愉快げに、まるで種明かしをするかのようにスオウは語り始める。
キヴォトスの全権を手に入れるためにゲヘナとトリニティ、加えてアリウスを利用した。次はお前たちの番だ。
スオウの言い分は、要約してみればこんなものだった。つまるところ、キヴォトス全体を敵に回す。宣戦布告。そして、アリウス分校とのまごうことなき決別、それらを意味する。
「……ふざけるな」
はじめに声を漏らしたのは、サオリだった。
「……うん、本当に」
「え、ええ……流石に私でもわかります……!」
「このバカ……」
「……一体、何の意味があって」
続くようにアツコが、ヒヨリが、ミサキが……アズサも。耐えきれなくなったかのように、怒りとも、疑念とも取れる言葉を口々に発していく。
「こんなにわかりやすい嘘があるか……!!あの……!あの、大馬鹿が!!」
「……そう。やっぱり、あなた達からはそう見えるのね」
自身の考察の答え合わせをするように、マユミは目を閉じた。
「……聞いて頂戴。聖園ミカの裏切りの理由も。桐花スオウの嘘の理由も。きっと全ては、繋がっているわ」
「……何?」
マユミの言葉に、サオリが疑念の目を向ける。
「何故貴様がそんなことを知っている」
「だーかーら、アシリの友達……」
「そうじゃない。聖園ミカの件だ」
「え……あ、そういうことね」
聖園ミカの件、というと、アリウス分校とミカが繋がりを持っていた件だろう。裏切り、というのは予想でしかなかったが、大当たりだったようだ。
「……まあ、身体的な化け物ばかりじゃない、ってことよ。とにかく、その件は割れてるわ……まあ、説明すると長くなるんだけどね」
少し長めに息継ぎをして、今度は軽く息を吐いて。
「……桐花スオウってやつ。このままだと、死ぬかもしれないわよ」
「っ……!!やは、り……」
───やはり。
無意識のうちに自分の口から出た言葉に、サオリは急ぐようにして口元を抑える。
「……待って、サオリ。やはりってどういうこと?知ってたの?」
「い、いや……ただ……」
きっと自分でも気づかないうちに、予想はしていたのだろう。心の奥底で、可能性には気づいていて。けれども、どこかでそうではないと信じたかったのだろう。
「……少しだけ、勘付いてたの?」
「……なんとなく、な」
「そ。じゃあ、それを補強することになるわね。もうあんまり時間はないかもしれない……ううん。手遅れの可能性だってあるわ。移動しながら話すわよ」
「移動って、どこに……」
ミサキが口にした疑問に、何を今更と少し微笑みながら。
「古聖堂のカタコンベ。桐花スオウに会いに行くわよっ!!」
先程までの恐怖心も忘れ、聖徒会を押し退けて外へと飛び出した。
◇
そんな答え合わせをよそに。夢と現の狭間にて。
「……やあ先生。ここでの邂逅は、何度目だと思う?」
「“……?”」
「まあどうあれ、君が思っているよりもずっと沢山の回数相見えてるのだけど……どうにも君は、あまり記憶力が良くないみたいだからね」
先生はどこか虚な意識のまま、不確定な世界で椅子に座らされていた。
「おや、寝起きだったかい?いや、曖昧なこの世界においてあまりそういった表現は適切であるとは思えないけど……とにかく、おはようと言って差し支えないかな。先生」
「“……セイア?”」
段々とはっきりとしてきた思考で、目の前の、その身長にそぐわない大きな獣の耳を持った生徒の名を呼ぶ。
「ああ、そうだよ。よかった、今回は自己紹介が必要ないみたいだね」
「“ここは……”」
「……夢と現実という境目は、非常に曖昧なものだ。少なくとも、私にとっては。夢であると認識するまではそこは現実だし、現実を夢でないと証明する方法はないからね。ここはそんな、曖昧な境界線の延長にある場所。そんなものだと思ってもらえればいいよ」
テラスから外を見渡せば、そこに映るのは満面の星空。自身の記憶が正しければ、間違いなくここに来る前は昼だったはずだ。
「君は気絶させられたんだよ。桐花スオウの手によって。だからここに引っ張り込んだ」
「“……どうして?”」
至極真っ当な先生の言葉に、セイアはどこか呆れたように溜息を吐く。
「……ああ、すまない。別に君に向けたものではないんだ。気分を害したのなら謝るよ、ただ……彼女はどこまでも諦めが悪いのだなと、少し途方もない気分になっただけだ」
「“……?”」
結局何が言いたいのだろうかと、先生は頭にクエスチョンマークを増やし続けるしかなかった。
「……簡単に言うと、君は暫く目を覚まさない。まあこれは私の予想に過ぎないけど……言っただろう?どうか背を向けず、目を背けず……最後のその時まで、しっかり見ていて欲しい、と」
「“……”」
「だから、のんびりと見ようじゃないか。彼女の言う通り、エンドロールのその先まで。見守ろうじゃないか」
セイアがふと、星空の方を見やる。先生も倣うようにして、同じ方向に目を向けた。
世界が切り替わるかのように、崩れ果てるかのように、映像のようなものが映し出されていく。その映像に意識が吸い寄せられるようにして……二人の意識は、より現実へと近い狭間へ落ちていった。