いつからだったっけ。これを自覚したのは。正直、それすらも怪しい。
俺の記憶が正しければ、なんて風に、枕詞をつけなきゃいけないけど。一番古い記憶は、八年くらい前だったと思う。サオリ達と出会って、一年と少しくらい。
「それじゃあ、お姉ちゃんは帰りますね!また明日会いましょう!」
「そうだな、おととい会おう」
「うぐっ……変な言葉ばっかり覚えますね……」
俺の認識が間違ってないなら、順調だったと思うんだ。最初は警戒心が強かったけど、少しずつ心を開いてくれたし。話してくれたし。
「……冗談だ。また、明日会おう」
「っ……はいっ!また明日!」
多分、俺とみんなの関係はそう悪いものじゃなかった。そのはずだ。
「……ふー」
問題があったとすれば、それは俺の方。
「……いや、まだだ……ですね」
この辺りからだったかな。一人でいる時に丁寧語を使ってしまったり。逆にみんなの前で、素の口調で話しそうになってしまったり。自分を構成する要素の幾つかが、少し曖昧になっていた。
「……」
別に、その時に始まった話じゃない。ずっと前からそうだ。子供のような感情も、言動も、昔から自覚があった。なんとか押さえつけて、それでも漏れ出そうになってしまう程に。
「ただいま……なんて……」
でも、それは問題なかった。みんなの前では『私』であれる。やっぱり問題があるのは、『俺』の方で。
「っ……きもちわるい……」
初めは、ちょっとした気分の悪さ。食欲がないだとか、ちょっと胃がむかむかするとか。その程度。
「っ、ぷ……」
日を追うにつれて、それは激しくなって。段々とそれは、吐き気とか。それとも純粋に、体調不良だとか。そんな感じで、体に現れてきた。でも、まだ抑えられる程度。誤魔化せる程度。
「大丈夫……」
大丈夫。そんな言い訳で、自分を誤魔化し続けて。いや、実際大丈夫だった。その頃はまだ、それでなんとかなってたんだ。
だから問題なかった。シアンが死んだのも、アンナが死んだのも。『俺』になら耐えられる。だって『俺』は、大人なんだから。耐えられるはず。耐えられなきゃ、ダメだった。
それから、また一年が経って。二年が経って。体が変化し始めた。とは言っても、あんまり変わんない部分もあったけど。身長も少し伸びたし、さして無い胸も柔らかくなり始めた。髪の毛の白さが強くなってきて、三分の一くらいはすでに白くなってたと思う。ヘイローは、とっくの昔に割れていた。
「……きしょく、わる」
鏡に映る自分の姿が、気味が悪くて仕方なかった。自分の体に何が起こってるのか、怖くて仕方なかった。今まで、生まれてきた人生の中で見たことがない自分の姿。前世のそれとは、全く違って。
「俺、は……俺は、俺だよな……?」
俺は、俺だ。大丈夫なはずだ。それで、その時くらいまではなんとかなってた。
「俺って……俺の、名前は……」
気づいた時には、もう遅かった。
「なんだっけ……?」
今まで覚えていられたはずの、前世の記憶が。消え始めていた。気にかけることすらなかった、いや、気にかける余裕すらなかった。必要性も感じていなかった。
「あれ……?」
理解してしまったら、止まらなかった。掘り起こして。探し尽くして。集め続けて。友達。家族。声も。顔も。名前も。大切だったはずの人達。その全部、全部が。ただの一つだって、思い出せなかった。
「っ、う……!あ、ぁああぁあぁああ……!」
『俺』を構成していたはずの記憶が。俺が。削られて、壊れていく感触がした。自分が自分でなくなっていく感覚がした。『俺』と『私』の境界線が曖昧になって、自己同一性がぐちゃぐちゃになって。怖かった。なんでか、怖くて怖くてたまらなかった。怖いと思うのがどうしてなのかもわからなかった。
「……」
じゃあ、俺ってなんだろう。私ってなんだろう。今まで持っていたはずの記憶って、本当のものだったんだろうか。何を支えに生きればいいんだろう。
人を殺してしまって。死なせてしまって。それで生きなきゃなんて、そんなのは。『俺』じゃなくなってしまえば、どうあろうと耐え難い事になってしまった。
「あ……」
ふと、あの時。『ヘイローを破壊する爆弾』に目がついた。それを使えば。楽になれる。
「……」
引き出しを開けた。二重底を開いた。爆弾を取り出した。体に抱え持った。起爆装置に手をかけた。
「……う……あ……」
それだけの行為で、なんだか頭に色々なものが巡った。消え果ててしまった記憶の終端から始まって。すぐに思い浮かんだのは、サオリや、ミサキや……みんなのことだった。ベアトリーチェのことだった。
「……そう、だ」
みんながまだ残ってる。俺一人、楽になっちゃいけない。そんな甘えは許されない。多分、当時の俺はそんな考えで爆弾をしまったんだと思う。寸前で、みんなに止めてもらえたんだと思う。
「みんなを……助けなきゃ……ベアトリーチェを、殺さなきゃ……」
『ノート』を取り出して、読み返したのを覚えてる。写真を見た後に、一文字一文字をなぞるように読み上げて、『ブルーアーカイブ』の記憶を辿っていった。全部の記憶が消えたわけじゃない。その行為で、なんとなくそれがわかって。
「……まだ……覚えてる」
衝動的に、別のノートを取り出した。ペンを持った。震える指で、ガタガタな文字。文字を綴れば綴るほど、それらは滲んでいってしまって。
「書かなきゃ……忘れちゃいけない……」
覚えている限りの、『ブルーアーカイブ』の記憶を書いた。この世界の記憶を書いた。勉強に必要な知識を書いた。生きるのに必要な知識を書いた。まずはそれらから書き連ねた。前世を記憶と天秤に乗せて。今の世界を選んだ。いとも容易く、選べてしまったんだ。
「『私』が……『私』が、絶対……みんなを、助けるんだ……」
さして悲しくもない。だって、大切だったはずのものなんて。もうとっくに忘れちゃったんだから。
壊れた記憶の欠片を拾い集めて、継ぎ接ぎして。足りない部分はパッチワークをつける。大丈夫、なんて言い聞かせて。能天気な『私』で誤魔化して。
何一つだって覚えてないくせに、みんなに偉そうなことを語って。嘘ばっかり、ジャンク品のスピーカーみたいに繰り返して。
◇
そして、俺は。今ここに立っている。
「……」
義務感。ベアトリーチェはそう語った。言い訳の余地がないほどに、そんな風な気がしてしまった。忘れようと努めていた本音を、引っ張り出されて。体は炎で、爆発で。熱くなってるはずなのに。寒くて、寒くて仕方がなかった。
「……?」
体に力が入らない。違うか。入れたくない。元の世界に戻りたい。家に帰りたい。戦いたくない。疲れた。眠りたい。休みたい。消えてしまいたい。
こんな、こんな世界で。俺は、どこまでも独りな気がしてしまう。
「ベアト……リーチェ……」
「……気安く私の名を呼ばないでいただけますか?穢れ果てたその口で」
ああ、こいつは相変わらずイラつかせてくれる。殺したいけど、嫌いだけど。独りじゃない気がしてくる。
「……」
結局、俺は。何も変わってないんだろうか。あの時から。爪の先くらいのちっぽけな衝動、その延長線。それだけで我儘言って、人を傷つけて。苦しめて。それでもみんなだけは助けようとして。でもさ、ミカが言うにはそれも間違いらしくて。じゃあ結局、俺がやってきたことってなんだったんだろうな。
結局俺はさ、みんなの事とかどうでもよくて。自己満足と自己陶酔に浸りたかったから、こんな事したのかな。
「……ちが、う」
違うよ。それは違う。それだけは絶対に違う、嘘じゃないんだ。誓って。理由なんてわからない。でもそれだけは違うって、おかしくなった頭でもそのくらいは考えられるんだな。他人事みたいだけど、そう思う。
「何を突然」
「違う」
最初は確かに、義務感だったのかもしれない。嫌だったから。大義も、理由もなくて。嫌なものは嫌だったから、そうした。自己満足のためにそうした。それをやらなくちゃいけない気がした。そのせいで失敗して。
───………皆の、姉になることです。というか、今なりました。
それで。みんなに出会った。みんなのお姉ちゃんになりたいだなんて、笑っちゃうような理屈を語ってさ。いや、ちゃんと理由はあるんだよ。でもどうしたって、おかしいものに見えちゃうな。懐かしい。
それで、なんだっけ。そうだ。みんなと会って。サウは俺のことを怖がってたっけ。フィリは騙そうとしてきたな。トウは少し執念みたいなものを感じた。レイは教えを乞ってきて。ヤコは助けを求めてきた。ヨセは強がってばっかりで。シオは拒絶してた。
サオリはみんなを守ろうとしてて。ミサキはそんなサオリを心配してて。アツコは思ったより警戒してなかった。ヒヨリはそんなアツコを心配しながらも、多分誰よりも俺のことを警戒してたと思う。アズサはボロボロで……でも、サオリ達が庇ってくれた。
「は……ははっ……」
目を閉じなくても。昨日のことみたいに思い出せる。胸の奥底が、じんわりとあったかい。なんだろ、これ。嫌いじゃない感触。昔から覚えがある。でも、ちょっと寒い。みんなと話したいな。
「そう、だ……」
そっか。俺って。
「私は……」
みんなのことが。好きなんだ。大切で。死なせたくない。幸せになってほしい。シアンも似たようなこと言ってたっけ。
「ああ……やっと……やっと……!」
今更だ。程があるくらいに。でも、やっと見つけたんだ。
「これが『俺』の、『私』の気持ちなんだ……!」
義務感じゃない。使命感でもない。やっと、やっと気づけた。俺は、俺はみんなに。
「愛してるよ、みんな」
俺なんだよ。俺の方なんだ。俺があの子達に救われてたんだ。
「助けられていたのは、いつだって私の方だった」
あの子達がいたから。俺は今も生きている。あの子達がいたから、明日も生きようって思える。
「だから今度は、私がみんなを助けたい……!」
だから俺が、みんなを助けるんだ。
「だから今こうして、お前を殺すために生きてるんだ!」
だからベアトリーチェを殺すんだ。だから、だから……!
「だから……だから
「……先程から、黙って聞いてみれば。とうとう壊れてしまいましたか」
「はははっ!!お前に話してねぇよ、このバーカ!!」
こいつに理解なんてされない、そんなことはわかってる。そんなことはどうでもいんだよ。いや、もしかしたら誰にも理解してもらえないかもしれない。サオリ達にも。それはちょっと嫌かもな。
まあ、そんなこと考えてもしょうがない。まずはこいつを殺さないと。シアンとアンナと、みんなの仇で。こいつがいたら、みんなが幸せになれないんだから。
「足場くらいに役に立て!今際の際だ!!協力頼むぜ!?」
爆弾で宙へ跳ぶ。聖徒会を召喚して、踏みつけて加速する。それを起動する。
「もうボロッボロで操れないけどよ!!召喚するぐらいならいくらでもできるぜ!?リソースいっぱい、持ってきやがれっ!!」
「なっ……!」
聖徒会のいくらかを全力で投げる。爆弾で加速して、ショットガンを放つ。ハンドキャノンもおまけに放つ。
ベアトリーチェの聖徒会の攻撃には無視を決め込む。狙いはベアトリーチェのみだ。どうせこいつらはすぐに行動不能になる。
「くっ……!いきなり饒舌になったかと思えば」
「遅いっ!!」
撃ち放たれる炎を爆風で散らして、そのまま突っ込んでベアトリーチェを殴りつける。体を熱風が切り裂く。どうせ今から死ぬんだ、消耗は問題ない。
「痛ぇな畜生が!!」
こんなペースじゃベアトリーチェに『ヘイローを破壊する爆弾』を当てるより先に、俺の方がバテちまう。でもそれで構わない。俺に注意を向けさせることができれば。
「このっ……!」
「ぐっ……!はははっ!?効いたぜェ!?おかえしだ!!」
ベアトリーチェに殴り飛ばされたのをヘアロープで止まり、全身を使って指先をへし折ってやる。
「か、っ……!」
神秘……いや、恐怖なのか?いや、どっちでもいいか。ともあれ、人よりも頑丈なベアトリーチェは痛みに慣れていない。ただ指を折られただけでも痛みで意識が逸れて。
「よくも……!」
その怒りは、俺に向けられる。予想通りだ。これでいい。あと少し、あと少しで。
「……!」
来た!!
「ですがそのような戦い方では……っ!?まさか!!」
「気付いたか!?だがもうおせェ!!」
大きな質量を持った物体が、空気を切り裂いて墜落してくる音。
「飛行船……!」
「さあ!!逃げ場はねぇぞ!?どうする!!」
あの飛行船には、本来マコトを爆破するために使うはずだった爆薬に加え、聖徒会に持ち込ませた爆弾が詰まっている。『ノート』も回収済みだ。遠慮なくやれる。
「逃げ」
「させねぇよ!!」
逃げ出そうったってそうはいかない。逃すわけがねぇだろ。お前を、今、ここで。
「離しなさい!!貴方も無事では済みませんよ!?」
左腕のリミッターと右足のリミッターを外し、ベアトリーチェの手を握りつぶして止める。当然俺の手足も壊れる。それでいい。こいつを逃さなければ。
「そんなこと、今更気にならないっつーの!!」
焦るベアトリーチェ。そんな会話の最中にも、飛行船は容赦なくこちらへ迫り。
「ぐ、ぅううぅぅ……!」
「がはっ……はははっ!!」
そして地面に到達し、盛大に爆ぜる。ベアトリーチェにも、俺にも、無視できないほどのダメージ。聖徒会ごと吹き飛ばしたおかげで、俺たちを邪魔するものは何もない。
痛みが、出血が、体の全てが壊れかかっている。でも、まだだ。まだ戦える。
「さあ!!最後の戦いだ!!ベアトリーチェ!!」
「っ……いいでしょう……!葬って差し上げます……!」
俺の勝ち目。『ヘイローを破壊する爆弾』を使用し、どんな手段であれベアトリーチェを爆破すること。だがこれは、ただの『ヘイローを破壊する爆弾』ではない。恐らくはプロトタイプ。旧式の『ヘイローを破壊する爆弾』だ。効果範囲は直径1、2メートルほど、死までにわずかなラグがある。
「はっはぁ!!動きが短絡的だぜっ!?」
「……」
ベアトリーチェは何かを警戒しているように見える。旧式の『ヘイローを破壊する爆弾』。あの一つが消えたことは、ベアトリーチェ自身把握しているのかもしれない。でも、だからなんだ?
「はっ!」
ベアトリーチェから放たれた炎弾。指先を銃のように構え、圧縮することで吹き飛ばせるだけの威力を持たせた。
「っ、がふっ……はは、良ぃい一撃だァ!!だが、私はこの程度じゃ死ねねぇなァ!!?」
弱々しい一撃。互いに限界は近い。勝負に出るなら、今。今ここだ。
「こいつで終わりだ!!」
爆弾を持ち、そして爆発して加速。加速。加速。急速にベクトルを変化させて、視界に定まらないように翻弄する。大事なのは、こいつの警戒を俺から離さないこと。絶対に。
「……」
無数の目に追われ続け、その間はまだ仕掛けるわけにはいかない。無事なのは右手と左足、それもどれだけ保つことやら。できる限りは、急がないと。
「っ、そこだっ!!」
そして、全ての目が俺を捉えなくなった一瞬。その一瞬の隙を狙って、爆弾を投げつける。俺の切り札、そのピースの一つがベアトリーチェに迫り。そして、とうとう着弾仕掛けたところで。
「はぁっ!!」
「っ、は……?」
ベアトリーチェから放たれた赤い波動により、それは吹き飛ばされた。壁へと着弾し、爆ぜてほんの僅かに壁を削る。そしてその波動は、俺をも吹き飛ばし。
「なっ……ぐ、ぅああっ!?」
「捕えましたよ」
その威力に気を取られた一瞬の隙をつかれ、ベアトリーチェの掌に捕えられた。
「少し燻っておきますか」
「っ、ぐっ……!」
身を包み込む掌が強い熱を発し、体を焦がし続ける。ジワジワと、身に火傷のような痛みが突き刺さってくる。
「随分と良い声で鳴きますね……」
「っ、ふ……!」
頭の中身が、『痛い』という感触だけで埋め尽くされて。思考がうまく回らない。けど、わかることはたった一つ。ベアトリーチェはあの爆弾を吹き飛ばした。それだけが確かだ。
「……どう、して……どうやって」
どうやったのか。なんとなく想像はつく。
「……貴方が隠し持っていた『ヘイローを破壊する爆弾』など、とうに知っていましたよ。ええ。まさか気付かれていないとでも?」
「……!」
ペラペラと。嬉しそうに、大層誇らしげに。ベアトリーチェは語り始める。
「赤子であろうと武器を持たせば人を殺し得る。私がそれに対策を講じないはずがないでしょう」
「……」
まだだ。何か決定的なボロを出すかもしれない。まだ、今じゃない。
「私が開発したのは、『ヘイローを破壊する爆弾』の影響を除外する……貴方にもわかりやすく表すのならば、バリアのようなものです」
バリア。最初に『ヘイローを破壊する爆弾』を防いだのも、二回目にただの爆弾を防ぐことができずに驚いていたのも。そのバリアか。
「確かに貴方の行動は厄介でした。あれが発動できるのはさして長い時間ではなく……インターバルも必要になる。認めましょう。貴方の戦いは、確かに私を殺し得た」
「はっ……まえに……とめ、れても……」
お前に認められても、何も嬉しくない。そう言おうとして、けど声は出なかった。もう限界みたいだ。
「ですから、わざと隙を作ってみせました。わかりやすく引っかかっていただけて助かりましたよ、桐花スオウ。追撃の危険もバリアを圧縮し、一気に放出することで防ぐことができました」
「……」
「……貴方には、聞かなくてはならないことがありますが……いえ、この際です。貴方には『代わり』になっていただきましょうか?」
ああ、そうか。ベアトリーチェは、俺に『ヘイローを破壊する爆弾』を使わせて。その上で、それを防ぐ自信があって。わざと隙を作って。
「は……」
予想通りだ。ベアトリーチェが『ヘイローを破壊する爆弾』を、そう見えるものを、それだと感じ取れるものを防ぐことも。どこまでも、予想通り。だからあの時、『ヘイローを破壊する爆弾』を
旧型の『ヘイローを破壊する爆弾』。あれは確かに切り札だ。絶望的な戦況をひっくり返してしまうほどに。シアンの時もそうだった。だから、あの爆弾の中身と、普通の爆弾の中身を入れ替えてやった。それができた。比較的構造が単純な、旧型なら。普通の爆弾の方は、威力が極小になるように。『ヘイローを破壊する爆弾』は、できる限り普通の爆弾に見えるように。
普段のこいつなら、その程度気づいただろう。だからその余裕を削いでやった。毒で。銃火器で。飛行船で。爆弾で。聖徒会で。煽りで。『ヘイローを破壊する爆弾』で。
今までの全ては。今、この瞬間のためにある。この一撃のためにある。この手に握りしめた、『ヘイローを破壊する爆弾』のために。今、こいつの身を守るものは……ない。
「……死ねっ」
「フ……」
余裕の表情。負け惜しみ、こいつにはそうとしか見えないだろう。それでいい。気づいていないのなら、それでいい。
「……っ!?」
ああ、でも。流石に気づいたみたいだ。手を離されちまった。でももう、手遅れだ。だって。
「おれの……かちだ……」
もう、爆発したから。
「……」
生を冒涜されるような、痛み。何も見えない。聞こえない。感じない。この世界に一人、取り残されてしまったみたいだ。シアンとアンナも味わったのかな。すごく痛いな。でも、これで同じだ。
まだ意識はある。多分それは、死ぬまでにラグがあるからで。
……あーあ、おしまいか。まあ、結構頑張った方だと思うぜ?三十四年。半分くらいは覚えてないけど。人の命としちゃ、大往生だ。どうせ一回は死んでるし、さ。
できることはやった。ベアトリーチェも死んで、俺も死んで。みんなはきっと、幸せに生きていける。時間はかかっても、幸せに。
みんなにたくさんごめんって、ありがとうって、大好きだって言いたい。アズサは……大丈夫。ヒフミは優しいし、この世界ではミカもいるんだ。先生と力を合わせれば、きっとなんとかできる。シアンとの約束は……守れなかったけど。それもみんなに託せば、まあいっか。
……なんだ。意外と後悔ばっかりじゃん、俺。ちょっとびっくりしてる。まだまだやれることがあったんじゃないか、なんて気がしてくる。でも、それをやることも……もう、できないな。
でも、精一杯生きた。後悔はあるけど、満足もしてるんだ。自分勝手に。問題なんて、ない。問題なんて、ないだろ?
「……」
……ああ、クソっ。なんで今更こんなことに気づくんだよ……我儘かな、俺って。
本当はもっと。もっと、もっと、ずっと。みんなと一緒にいたい。一人は嫌だ。離れ離れになりたくない。
……消えたくないし……死にたく、ないなぁ。
◇
「……見事だ、桐花スオウ」
そうして、誰一人動かなくなった戦場。一つの揺蕩う意識が朧げに、ふらふらと白髪の少女に寄り添う。
「君は、このために生きていたんだね。その生の、全ては。今、この瞬間のためだった」
どこか残念そうに、責め立てるようにも吐き捨てるにも聞こえる言葉で。力の抜けた体に触れようとして、それは叶わなかった。
「心からの敬意と、称賛を送ろう。この戦いは、確かに君の勝ちだった」
手を払うように離し、ゆっくりと振り返る。目を閉じたスオウが向き合う先……ベアトリーチェの方へ。
「……だが、同じだ。私が識る未来と」
そして、そのほんの僅か後。
「ふーっ……!ふーっ……!!」
「やはり勝負は、私の勝利だよ。桐花スオウ」
セイアが振り返った先で、ベアトリーチェが体を起こす。できれば敗北であって欲しかった。その言葉を飲み込んで、ゆっくりと目を閉じ。
「……え?」
その頓狂な声を聞く者は、誰もいなかった。