セイアの驚愕から、ほんの少し時は戻って。サオリ達一行は、スオウの元へと急ぐ。
「っ、聖徒会……!」
しかしそれは、先の接触にて桐花スオウも織り込み済み。戦場を室内に指定したことによりあぶれた聖徒会は、自らを追うサオリ達の対策へ向けていた。
「マユミと赤いやつは無理だろうし……ここは、私たちでやるしかないね……!」
「ああ……先生、指揮を頼む!」
「“任せて!”」
皆が銃を構え、そしてまさしく戦闘が始まろうとした、次の瞬間。
「っ……!?」
全ての聖徒会がその姿を消し、直後鳴り響くのは轟音。
「これは……!」
「ねえ、あれ……!」
ミサキが指差す方向に目を向ければ、先程まで空を浮いていた飛行船が消え、爆煙が立ち昇っていた。
「あれって……」
「……多分、スオウの作戦の一部……それも、聖徒会が消えたことから考えて」
恐らく、作戦は相当終盤に差し掛かっている。それが意味するところは……彼女の、死だ。誰も口には出さなかった。出さなかったが、全員が理解していた。その事実を。
「……」
自然と、進む足取りも早くなる。そのまま先へ、先へと進もうとして。
「っ、止まれ!」
突如として現れた聖徒会。体の半分以上が炎のように揺らぎ、チリになりかかっている。もはや姿を保っていることも難しいのだろう。
「なぜ、そうまでして……」
複数の聖徒会を、不完全ながらも足止めとしての役割を持たせ寄越すのならわかる。時間稼ぎ、それさえできればスオウの勝ちなのだから。
「あ、あの……あの人、何か持ってませんか……?」
しかしあの聖徒会は違う。銃さえ現出させることができていない。ほとんど灯火のような、その風貌。まるで、彼女の命を映し出しているかのような。
「……悪いけど、先に進ませてもらう。止まっている余裕なんてない」
「その通りだな……」
それでも銃を構え、引き金に手をかけて発砲して。
「……」
着弾するよりも先に、聖徒会の姿が崩れ去る。完全に、姿を保つことさえできず……どこかへ、チリとなって消えてしまった。
「なんだったんだ、こいつは……」
意思を持たないはずの聖徒会らしからぬ、奇妙な行動。けれども、先程スオウの命のようだと形容した彼女が消え去ってしまったことが、どうにも不安感を駆り立てて。心臓がざわめいて、胃の中身がむせ返るような感覚がした。
「急ごう」
「“待って。何か落としたよ”」
その衝動に従い、走り出そうとするサオリ。そのサオリを引き留めて、先生が聖徒会の跡から何かを拾い上げる。
「何……?そんなはずはない、聖徒会は装備ごと消えるはずで……」
先生がチリから取り出したものを見て。息が詰まる。見覚えのある、不気味な白と茶が混じった袋。
「……スオウの、髪の毛だ」
「“……”」
「うわ……やっぱアイツ頭おかしいね……」
衝動的にそれを離したくなる気持ちを抑え、許された時間が少ないことを自覚し動きだしながらその髪でできた袋を開く。
中に入れられていたのは、随分と新しいボイスレコーダーだった。
「……貸してくれ」
ひったくるようにボイスレコーダーを奪い取り、急いで過去の録音を再生する。想像がついた。こんな時、桐花スオウが何をしようとしていたのか。中身に何が録音されているのか。
『……あ、あー、あー……録れてるのかな、これ。まあ、いっか……』
随分と緊張しているのか、らしくもない上擦った声で、過去の録音者は少しずつ話し始める。
『あーっ……と。何から話せばいいかな……まあ、ともかく!』
間違えるはずもない。わからないわけがない。この声は、絶対に。
『お姉ちゃんですよ!みんな!』
あの馬鹿の声に違いないと。
「スオウ……?」
『あ、これ通信機じゃないですからね?私に話しても一方通行です、ゴメンナサイ……』
話かけるタイミングをわかっていたかのように、名を呼ばれた機械の先のスオウは、無慈悲に現実を告げた。
『……あー……まあ、なんつーか。あれです、ちょっとベタな事言いますけど……この録音が聞かれてる、ってことは。多分私の計画はうまくいって……死んじゃったんだと思います。ちょうど、今』
「っ……!」
『この録音機、聖徒会に渡して……消える直前に、みんなの前に現れるように指示してあるので』
死んだ。たったの三文字、それだけの言葉。きっとこれまでも、そしてこの先も、別段珍しくもない言葉だ。キヴォトスといえど、その言葉を聞くことは珍しくもないのだ。
でも、それでも。たったそれだけの言葉で、心臓を踏み躙られるような感触を覚える。
『聖徒会には追跡させてたんですよ。みんな、油断してましたねー?全く、あれほど隠密が得意な相手には気をつけろって訓練の時言ったじゃないですか……』
スオウの言葉が続くにつれ、徐々にその足取りは重たいものになって。少しずつ、動かなくなってしまう。
『もー、こんなんじゃ心配になっちゃうな……ちゃんとお姉ちゃんがいなくてもやっていけますか?』
「……できるわけないだろう!!」
無意識だった。邪魔するつもりもなかった。それでも、怒らずにはいられなかった。いつも通りの、軽薄な態度で。元気そうな様子で。ヘラヘラして、自分達に話しかけてくるから。
「お前は!!勝手に、あれだけ勝手をしておいて、今更ッ」
「サオリ、落ち着いて……声が聞こえないから」
「っ……そう、だな……すまない」
そんなサオリを落ち着かせて、また少しの時間が経って。
『……そろそろいいですかね?いや、なんとなく今怒られた気配が……はははっ、変なの……』
「……!」
読まれていた。どことなくとはいえ、完全に言い当てられてしまった。そのことに少し羞恥心を感じながらも、それでも尚怒りの方が上回っている。
『……えーっと……まずは、ごめんなさい。勝手なことして……正直、これしか思いつかなかったんですよね』
ポリポリと、小さく頬を掻く音が聞こえた。指先の一つで、困ったように。
『でもほら、なんです!私は後悔してませんよ!やりたいようにやっただけです!……その、みんなを利用してただけとか、それ全部嘘ですから。みんなのこと……大好きでしたよ』
「……言われなくても、わかってるのに」
むしろあれほど絶望的な演技力で、大衆ならまだしも知り合いの一人、それも自称姉という強烈な印象をひっくり返せると思っていたのだろうか。疑問に思えて仕方がなかった。
『だから、私が死んだことは気にしないで。それでも明日は続きます』
けれど、そんな皮肉めいた質問をぶつけたくても、やはり言葉は一方的なもので。飲み込んで、消化できないまでも処分するしかない。
『……でもまあ、やっぱりちょっとだけ残念かな、なんて……あー、やめやめ!湿っぽいのはヤでしょ!?あ、私の葬式とかするならドラゴンテストの主題歌流してくださいね!いや要りませんけど!どーせやるなら!私ファイナルファンタジアよりドラテス派なので!』
そんな感情を置き去りにして、スオウは一人、空元気で盛り上がっていく。声の奥に聞こえた、唾を飲むような音。明らかに乾いた息。少し鼻が詰まったような声。
『……うん、まあ……いきなり人が死んだとか、受け入れにくいですよね……私もそうでしたから』
朗らかだった話し方を突然戻して、声色に相応しい話し方に戻る。いきなりテンションを落としたように見えて、少々不気味ささえも感じ取れた。
『……でも、一つだけ。生きてください。そして必ず、幸せになって。お姉ちゃんとの約束です』
それで、途端にそんなことを言うのだから。サオリ達もまた、突然冷や水を浴びせられたような気分になった。
『……人が……私が死んでも、それでも世界は巡ります。立ち止まってくれませんし……慰めてもくれません。でも、だからって無理に合わせて動く必要はないです。ただ、生きて。生きて、生きて、生きて、生きて……最後まで、諦めないで。その先に、何かを見つけ出して』
大したことは言っていなかった。とにかく、生きてくれ。何かを得てくれ。端的にいえば、それだけの言葉。
『って、死んだ奴が何言ってんだって思うかもしれないですけど……私は、見つけられましたよ。妹達っていう、宝物を。だから、私はもう十分。もう、満足なんです』
それでも、彼女が最後に遺したメッセージで。
『これからあなた達が歩む道は……苦難に満ち溢れているかもしれない。辛いこともあるかもしれない。その時は、立ち止まって、振り返って。それでも、歩むことだけはやめないで。いつか必ず、幸せになって……できればのんびり、しわしわのおばあちゃんになってからこっちに来てくださいね。お茶でも用意して待ってますから』
きっと彼女の、最後まで嘘だらけだったスオウの、数少ない本音なのだろう。最後の最後、今際の瀬で。伝えたくて。
『っす……』
だから、ほんのか細く。わずかにでも、涙を流す音が漏れてしまって。
『……ってことで、遺言はここまででー……!ここからは、妹達の可愛いところポイントー!!一人一人にメッセージも残してるので、ぜひ聞いていってくださいね!!名前のあいうえお順で行くので、まずはアズサから───』
「っ……!!ちょっと……」
またしてもくだらないことを言い始めたところで、サオリが壁を殴り。轟音でかき消された音を皮切れに、録音機の再生は一時停止させられてしまった。
「……行こう。まだ生きているかもしれない」
「“……”」
「それに……そうでなくても、遺体くらいは……拾ってやりたいからな」
沈み切った声。言葉。九年前のそれに、ほんの少し近い。むしろ、その時よりも酷いようにさえ感じ取れて。
「……うん」
けれどそれは、その場にいる全員が同じこと。滴る涙の音と足音が、壁を反響していった。
◇
先へと進んで。そのうちに、開けた場所に出た。先程の飛行船の墜落位置と思しき場所。
「……空気が悪いな……毒を使ったか。先生、これを」
「“ありがとう”」
先生にガスマスクを受け渡す。かつて桐花スオウが使っていた、彼女の部屋で見つけたもの。偶々だが持っておいてよかったと、どことなく遠い思考でそう思った。
「……手分けして捜査しよう。ここを中心地点として、扇状に六区画に分ける。教員もいる可能性がある、警戒は怠るな」
「了解」
捜査。何を、とは口にしなかった。誰も聞こうとすらしていなかった。なんとなく、理解してしまったから。スオウはもう、ここにはいないということが。
誰も、一言も話さなかった。何か一つでも話してしまえば、懸命に堪えてきたものが一気に瓦解して、決壊してしまう気がして。話そうとは思えなかった。
一つ一つ瓦礫をどかして、ほんのひとかけらの痕跡すら見逃さないように捜査を続けていく。血の跡は見つかった。銃跡も見つかった。髪の毛ロープのかけらすら見つかった。
さらに捜査を続けて、銃を見つけた。髪の毛ロープを見つけた。コートを見つけた。『ヘイローを破壊する爆弾』を見つけた。抜け落ちた数本の歯さえも見つかった。
「……そっち、どう?」
「い、いえ……!見当たらないです……!」
焦げた繊維を見つけた。ベアトリーチェのものと思しき髪の毛も見つかった。砕けた爪も見つかった。
「ねえ、これって……」
「ああ……私の方も同じ」
使用済みの弾薬が見つかった。砕けた仮面の欠片が見つかった。
「これ、は……」
「“……うん。私の方も、同じだよ”」
探した。探し尽くした。それらを見て、ここが戦場であったのは間違いない。そう時間をかけてここで来たわけでもなく、それが移ったとは考え難い。何より、周囲のものは爆発による熱を保っている。
「スオウも……ベアトリーチェもそうだ」
スオウの遺体が。ベアトリーチェの遺体が。その両方が。ただの一つさえも、見つからなかった。
「遺体が、無い……!」
ドクン、と。心臓を鷲掴みにされるような感覚が、身体中を走り巡る。先程スオウの死に直面した、あの時の感覚とよく似ている。けれどもあの時とは違って、不快感はなかった。
「……希望的、観測をする」
「うん、それでいいんじゃないかな……私も同じ考えだから」
「可能性は、ゼロじゃない」
「もしかしたら、もしかすると……!」
「……スオウは、生きてる?」
突如として降って湧いた、あまりに自分達に甘くて、都合が良くて、ぬるま湯のような現実。その可能性。けれど、その可能性を感じた瞬間、彼女達の思考は急速に回り始めた。
「けどさ、じゃあなんでここにいないの?」
「……ベアトリーチェを取り逃がしたのかもしれない。それで」
「いや、それは考え難い。聖徒会が消えたのは事実だ」
「で、でも、だったらなんで……!」
「……ロイヤルブラッド」
可能性に肉付けしようと話し合いを始めて。とあるタイミングで、アツコがポツリと呟いた。
「スオウは……ロイヤルブラッドの血を引いてる」
「っ……!」
「私が負うはずだった役割。戒律の起動と……儀式の、生贄」
あり得ない。とは、言い切れない。藁にもすがるような可能性。だが確かに、ほんのわずかな可能性であれ。掴んだ。見つけた。
「スオウがそれに選ばれた……私たちを捕まえることはできないって、マダムは判断した……とか……?」
「“……あり得なくは、ないかもしれないね”」
マユミと共にコックピットの中で聞いた詳しい事情。アツコは本来、生贄として儀式に捧げられる予定だったと。それこそが、ベアトリーチェの目的だったのだと。その事を思い出しながら、理屈の上では合点がいったと頷いた。
「でも、それだと『ヘイローを破壊する爆弾』はどう説明するの?いくらあいつが化け物って言っても、流石に……」
「……わからない。わからないが、ここでは一度生きているという前提で話をしよう」
もしも仮説が正しいのなら、そう時間もないだろう。ベアトリーチェは撤退したということは、今相当に追い詰められているはずだ。今すぐに儀式を始めたとしてもなんらおかしくはない。
「まず……」
『やぁっと追いついたァ!!』
その思考に従って、状況を整理しようとして。電気を身に迸らせながら、空から赤と青の機体が光を反射して舞い降りた。
「“うわっ!?”」
「っ、先生!」
吹き飛ばされそうになった先生をアズサが急いで掴み、なんとかその場で堪える。もはや隠すつもりはあるのか、と少々問い詰めてみたくなったが、倫理とデリカシーに従いその行動が実行されることはなかった。
「いきなり降りてくるな!」
『わっ、悪かったわよ!でも私たちだって急いでたのよ!?』
『元気な人だなー』
その機体から出力される音声は先程よりもノイズが大きく、その見た目通りダメージはそう少なくないことがわかった。
『まあ、まだなんとか動けるわ……それで、スオウさんは!?』
「生死不明だ。だが、アテはある」
『っ……!』
生死不明。間に合わなかった。ほんのわずかな時間で、瞬時にあらゆる思考が駆け巡り……後悔ばかりが頭をよぎり始めて。
「少ない可能性だが、まだ生きているかもしれない。できることは少ないかもしれないが……まだ諦めるわけにはいかない。お願いだ」
『……!』
「……もう少しだけ、力を貸してくれ」
サオリ達はまだ、諦めていない。すぐにそのことがわかった。
『……何やってるのかしらね、私は』
ただ死んでしまったかもしれない。それだけで絶望して、何もかも諦めようとした。ほんの一瞬だが、全てがどうでもいいように感じ取れてしまった。
『らしくない!!』
そうだ。それだけでちんたら悩み散らかすなど、自分の柄ではない。最後まで生き汚くあがいて、自分勝手でもなんとかして見せる。以前はそれができたと言うのに、なぜ恩人を死んでしまった『かもしれない』と、それだけで諦めることができようか。
『こちとら最初っからそのつもりよっ!!そのアテとやらに案内しなさい!!』
『もうちょっとで援軍も来るみたいだけど、行けるところまで進もうか!ヒーローが死ぬはずないもんね!』
「助かる。もし仮定が当たっていたなら、あまり時間もないからな」
もはやボロボロの機体、さして役に立たないかもしれない。けれども切り札はあと一つ、
「……諦めないぞ、スオウ。私たちは」
全員の了承を得て。サオリは奥を見据える。ベアトリーチェが儀式を実行しようとしているなら、この先へと向かったはず。暗い、この先の闇の中へと。ここから先は、何が起こるかわからない。
「お前が教えてくれたんだ……」
もしかしたら、そんな仮定も、希望も虚しく。スオウはとうに死んでいるのかもしれない。もしかしたら、自分達さえ危機に晒すことになるかもしれない。
「お前のおかげなんだ……そう思えたのは……今でもそう思えるのは」
何か利用する目的で、生き残ったベアトリーチェが遺体を持ち帰っただけなのかもしれない。けれど、それでも。
「
その行為で、何かが得られるのかもしれないと。何か意味があるのかもしれないと。だから諦めないでくれと、他ならぬ彼女がそう教えてくれたのだから。
活動報告にてちょっと真面目な話をしています、オリキャラが名前かぶりした件についてです
端的にいうとそのままで行くよ!ってことです。
アビドス3章のネタバレを含みますのでご注意下さい。また、真面目な注意喚起もしていますので一度眼を通していただけると幸いです。
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