アンブロジウスを殴り飛ばした黄色の機体。そこに乗っていた七人の生徒が、揃って口を開き。
「ちょっとー!!落ちるとこだったんだけどー!?」
「私は宙に体が浮いたわ……!!」
「機体から引き摺り出されたいのかい?」
『ご、ごめんなさい……!』
各々のやり方で抗議を示した。
「ま、まあまあみんな落ち着いて!!」
「ヨセ、擁護する必要はありませんよ」
「あるよっ!?一応アズサちゃんを守ってくれたんでしょ!?」
「ま、それもそーだな」
ヨセの言葉に全員が徐々に落ち着きを取り戻し、その機体から手を離して地面に降り立つ。
「お、お前達は……!!」
「分隊長!?」
「スクワッド……小隊長……助けに、来たよ……」
アリウス分校に存在する、八人の分隊長。その全てが、今ここに揃ったのだ。
『うー……!ご、ごめんみんなっ!!もー限界!』
「え……?わぷっ!?」
と、同時に。
「あいたたた……」
「ちょ、ちょっとアシリ!?事前通告くらいしてくれてもよくない!?」
『ご、ごめん……!コックピット内の酸素量が限界近くて……!』
その胸部を開き、追加して三人の生徒と二輪の乗り物のようなものが射出された。
「まあまあコハルちゃん、アシリさんも悪気があったわけではありませんし……それに、今はそれよりもするべきことがあるでしょう?」
「う……そ、そうだけど……!」
『私たちと分隊長で時間を稼ぐよ!その間に……アズサちゃんのこと!お願いね!』
全員が頭に見覚えのないコブを作ってはいるものの、アズサにはわかった。見間違えるはずもない。ずっとずっと再会を望んで、そして恐れていたのだから。
「……」
「っ……!」
ヒフミが頭を抑えるのをやめて、アズサの元へ向かう。ガスマスクとフードを被った、それだけで変装しているつもりなのかと指摘したくなるような格好のアズサの元へ。
ふらつく体で後退りしようとするも、先のダメージで動くことさえできず。
「……アズサちゃん!迎えに来ましたよ!!」
「っ……!!なん、で……!!」
その両手を大きな、暖かな、ずっと求め続けたぬくもりで、かけらも残さずに包み込まれてしまった。
「アズサちゃん、流石にその変装はバレバレですよ。先生も気づいていたのではないでしょうか」
「せめて羽くらい隠したらどうなの……?」
やいのやいのと責め立てられ、その体を三百六十度余すことなく補習授業部の面々に包み込まれてしまった。一瞬サオリに視線で助けを求めたものの、安心したかのような微笑みを返されるだけだ。
「アズサちゃん。私は怒っています」
「っ……!」
わかっていた。わかっていたのだ。ヒフミが怒っていることなんて。どんなに優しい彼女でも、今のアズサはもしかすれば自分を殺していたかもしれない相手。そんな相手に恐怖を抱くことも、怒りを抱くことも、何もおかしいことではない。自分はそれを覚悟して、それでもあの選択をした。
「なんでまだお話もしてないのに、一人になろうとするんですか」
「……え?」
「いっぱい、遊ぶ約束したじゃないですか。まだ一つしかできてないです」
そして続けられる言葉はアズサにとって、全く予想だにしていなかった言葉で。
「そ、そうよ!そのための水着、もう買っちゃったんだから!」
「ふふ、可愛かったですよ。あれを見ないだなんて大損もいいところです」
どうして、今そんなことを。疑問をぶつけようと口を開いて、漏れるのは荒くなった呼吸だけだった。それでもなんとか、声を出して。
「わた、しは……私は、みんなを……ヒフミを……」
「アズサちゃん、こっちを見てください」
ああ、そういえば自分はいつの間にやら俯いていただろうか。言葉にならない思考で考えて、それでも動くことはできなくて。両頬を手のひらで挟まれ、無理やりに面を上げられてしまった。
「私の体は傷ついていますか?」
「……」
「全く、ほんの少しだって傷ついてないですよね?」
初めて見る、ヒフミの表情。奥行きのある黄金色の瞳に吸い込まれるように、その視線を固定されてしまった。
「私が何に怒ってるかわかりますか?」
「それ、は……わたしが、ヒフミを……みんなを、裏切って……銃を向けて……もしかしたら、みんなのことを……」
そこから先は、口には出せなかった。口に出すことも憚られた。そうしてしまえば、現実に変わってしまいそうで。
「私は現に傷ついてません。そんなことで怒ったりしないです。アズサちゃんに何か事情があったって、信じてます」
「……」
「わからないですよね。私が、なんで怒ってるのか」
図星だった。突きつけられるようで、それがアズサには苦しかった。
「……私は、アズサちゃんに怒ってるんじゃありません。アズサちゃんの行動に怒ってるんです」
「行動……?」
「なんで何も言わずにどこかに行っちゃうんですか!」
突如、荒げられる声。けどそれは、怒りをぶつけるような、威圧的なものではなくて。
「私たちはアズサちゃんを信じてます!でも同じなんです!アズサちゃんと!何も言わなかったら、アズサちゃんが何を思ってるのかわからないことだってあるんです!」
「っ……!」
「だから話すんです!だからぶつかるんです!アズサちゃん!!」
むしろ、どこまでもアズサにとって都合が良くて。溶け込んでしまうような、甘い言葉だった。
「もっと深くまで来てください!!教えてください!!アズサちゃんにはどんな事情があるのか!なんで何も話さずに行っちゃったのか!」
「……わた、しは」
だからアズサの口も、思いがけず緩んでしまって。嗚咽の声に、本音さえも巻き込まれてしまったのだ。
「トリニティのみんなのことも……!アリウスのみんなのことも、大切で……!だから、あの時どうすればいいのかわからなくて……!」
「そうだったんですね」
「でも、ああするしか方法が見つからなかった……!でも、みんなに嫌われることも怖くて……!」
「嫌いになんてなりませんよ」
「でも、それ以上に……!傷つけるのが怖い……!」
「……」
傷つけることが怖い。その言葉に、ヒフミの返事が一度止まる。
「今度は銃口で済まないかもしれない……!アリウス分校は、本当に危険な場所なんだ……!巻き込みたくない……!そんな、そうなるくらいなら……!そうなってしまったのは……!」
本当は、見せたくなかった。こんなにも弱い自分を。いつからだろうか、こうなったのは。あの日スクワッドに拾われて。スオウに手当てをされて。アシリに出会って。補習授業部に入れられて。その全てのせいで。
「私は……ヒフミ達といるべきじゃなかったんだ……」
「っ……!」
今の自分は、こんなにも弱い。こんなにも無力に、人を傷つける。
「私とヒフミ達は、住む世界が違う……」
折れた翼では、もう羽ばたけない。
「私はもう、選んでしまった……!ここにしかいられない……!」
もう、これ以上は。何も話したくない。そうでなければ、これ以上ヒフミを傷つけることになる。そう考えて、アズサは立ち上がって。
「ありがとうございます、アズサちゃん。話してくれて」
それでも、ヒフミがそんなことを言うのだから。力を込めたはずの足は、出来の悪いパペット人形のように崩れてしまった。
「私たちのことをたくさん考えてくれて、悩んでくれて……だから、私たちを遠ざけようとしたんですね」
「……」
「……でもそんなの、私たちだって一緒です!」
「っ……!?」
ほんの少し、アズサの言葉に理解を示そうとしたかに思えたヒフミだが、すぐさま取り払われてしまった。
「私たちだってアズサちゃんが心配で!!傷ついてほしくありません!!だから、これは私たちの我儘なんです!!」
「……!」
「私たちのことだって巻き込んでくださいよ!!」
本当に、我儘な言葉だった。苦しみの果てにあるアズサの選択を、無為に返してしまうような。
「友達なら普通のことです!友情で苦難を乗り越えて!努力が報われるように頑張って!辛いことは慰めて、お友達と慰め合って!!苦しいことも分かち合って、嬉しいことは分け合って!!最後はみんなで笑って!!」
それでも、アズサにとっては救いそのもので。
「っ……!」
「アズサちゃん!!私たちと『一緒に』生きてください!!」
どこまでも暖かな光に、包まれて。
「っ……それでも……!私は、もう、二度と……!」
そんな光だからだろうか。目を開くことはできなかった。
「いい加減にしなさいよ!」
「っ……コハル……」
「アンタに心配されなきゃいけないほどヤワじゃない!だ、だって私は……正義実現委員会のエリートだし!?」
けれど、言葉は届いて。
「……そう思うのなら、アズサちゃんが守ってください。あら、一層一緒にいなくてはならなくなりましたね?」
「ハナコ……」
手を繋がれる感覚は感じ取れて。
「アズサちゃん……」
「ヒフミ……」
「……そのときは、一緒に救護騎士団のところへ行きましょう?怒られるかもしれませんが……その時だって一緒です。みんなで仲良く、怒られましょう。困ったことなら、みんなで挑みましょう。私たちは、お友達なんですから」
「っ……!う、あぁあぁ……!」
閉じたはずの瞳は、こじ開けられてしまって。
「一人で勝手に終わらせなんてしません……まだ始まってもないんです。これから始めていきましょう。一緒に」
差し伸べられた手は、今度ははっきり目に映ったから。
「……私たちの、
「っ……うん……!」
その手を取って。今度は、不思議なほどに力が沸いてきた。
「ヒフミ……コハル……ハナコ……ごめんなさい……ありがとう……!」
「はい」
「ええ」
「ふんっ」
先程までの自分の体とは、別人のように。疲れ果てた体のどこから、こんな力が沸いてくるのか。
「私は……私の姉を助けたい…‥」
考えるまでもなかった。
「お願いだ、みんな……手伝ってくれ!」
「もちろんです!一緒に、頑張りましょう!」
アリウスのみんながいて。トリニティのみんながいる。たったそれだけのことで、傷ついた体でも勇気が湧いてくる。なぜなら、アズサは一人ではないのだから。
「テメーら!!行くぞ!!」
「あんたに言われるまでもないわよ……!お姉ちゃんを死なせたりしないんだから!!」
「小隊長がそう簡単に死ぬとは思えないからね。できる限りの間、足掻かせてもらおうじゃないか!」
改まって気合いを入れるようにして、それぞれ声を掛け合う分隊長達。基本的に協調性のない彼女達だが、今回は目的が明白に一致している。
「小隊長を……アホの小隊長ちゃんを、助けに行きますよ!!」
「ヤコちゃん、アホって……」
桐花スオウを、助けたい。ただ、それだけなのだから。
だが、敵も一筋縄とはいかない。先程アズサを戦闘不能にさせかけた、アンブロジウス。その怪物が、一体や二体ではない。十体近く現出し始めたのだ。加えて、雑兵達もその数を着実に増やし始めている。
「あれ……かなり……キツいね……」
それでも、今できることをやるしかない。その考えに従って、各々が武器を構え。
『よっしゃー!!やっとこさまともに動くようになったわ!!』
間抜けなマユミの叫びに、全員が動きを止めた。
「……心強いが、今更その機械が役に立つのか?もう限界が近いように思えるが……」
『……まあ確かに、もう限界かもしれないわね』
主要な機関の幾らかは破損し、装甲もほとんど剥がれ落ちている。今更動かしたとて、さしたる活躍もできないのは確かだった。
『一人じゃね』
そこで突然、残る二つの機体がマユミの機体の元へ近づく。赤い機体を中心とし、三体。
『や、やっぱりすごく強いよ、あいつら……!』
『結構アップデートしてたつもりだったのに……まだまだね、私も……』
『そんなの今に始まった話じゃないでしょ。私たちはみーんな半人前……でも!』
瞬間、三つの機体は各々姿を変え。
『三人そろえば、百人力だよっ!!』
駆動音をけたたましく鳴らしながら、一つの集合体へと変貌した。
『変身合体!』
最後に上半身部分に位置するサユリの機体が、頭頂部を開き……小さな頭のようなものが出る。
『ふ、ふふふふ……あーっはっはっは!!我が生涯と叡智、ついでに予算を注いだモンスターマシン、スーパーキヴォトスロボ!!貴様ら雑兵に叶うはずもないわ!!さあ行くわよっ、サユリ、アシリっ!』
『そのダサい名前やめろって言ってんじゃん!!』
『私もマユミちゃんのセンスはどうかと思う!!』
赤、青、黄、それぞれが入り混じりった、これまで以上に巨大な機械人形。ビシィっ、と擬音がつかんばかりのポーズを決めて、アンブロジウスを片手で投げ飛ばした。
◇
場所は離れ、バシリカにて。
「ふぅ……ぐ、ぅ……!」
先程までの飄々とした態度もなりを潜め、苦しげな呻き声を上げながら鳩尾を抑えるベアトリーチェ。異形である彼女とて、臓器は存在する。いくら肉体を強化していようとも、変形させていようとも、そこへのダメージは覆らなかった。
「く、ふふふ……してやられましたよ、桐花スオウ……」
引き裂かれて生まれる口元から、その体色とは違ったドス黒い赤を滴らせる。息をする、それだけの行為でさえ憚られるような状況。何より。
「ここまでの戦力は、予想外……」
スオウを追ってきたスクワッド、先生をはじめとし、訳のわからない機械に分隊長、果てはトリニティの生徒まで来る始末だ。聖徒会の強化を急いでおいて助かったなと、血反吐を吐きながらそんなことを考える。
「ですが、それもアレが完成すれば無意味なこと……」
聖徒会が一人、最も偉大であると謳われた聖女、バルバラ。彼女を筆頭に、強力な過去の聖徒会たち。それらを完成さえさせれば、十分に時間は稼げる。そして。
「あなたを生贄に、儀式を完成させることも可能となるのです……!桐花、スオウ……!!」
目の前で血を流し、その幼い体を磔に吊り下げられた少女。この計画の狂い、自らの失敗、その全て、全てが。彼女によってもたらされたものだ。
「あなたによって生み出された損害は、その代償は、他ならぬあなたによって支払っていただきます……!」
奇跡だった。何か一つ、ピースが欠けていても再現できないような。
桐花スオウが、『ヘイローを破壊する爆弾』を改造していた。それがせいぜい生徒一人のヘイローを破壊できる程度の、旧式のものであったこと。仮面の欠片が、まだ彼女に付着していたこと。彼女自身が、強大な神秘を有していたこと。直前で『ヘイローを破壊する爆弾』の存在に気づき、一部爆炎に身を焼かれながらも聖徒会によりその大部分を防いだこと。それにより、延命措置が間に合ったこと。『仮面』の技術を流用できたこと。
それらの大いなる奇跡が重なって、そのおかげで。
「あなたが生きているとは、嬉しい誤算でした……!」
桐花スオウは、生きている。もっとも、ほとんど死んでいるようなもの。吹けば飛んでしまうような、死に体ではあるが。
「マダム。儀式の準備が整いました」
「今向かいます」
それでも、神秘を吸収しきる間までならば延命は可能だ。何せ彼女はヘイローを有する、
「始めましょう」
狐が一人忍び込んでいたようだが、それも捕らえた。先生達の足止めも現在進行形で済んでいる。何一つとして、問題はない。
「この儀式は、私が『崇高』に至るためのモノ……!」
崇高に至り。高位の存在へ辿り着き。大人が到達するべき真の境地へと。この世界を、キヴォトスを、自由な研究室を、救済へ導く。
「……栄誉に思いなさい、桐花スオウ。あなたという小さな犠牲で、この世界は救済され……私は『崇高』に至るのです!」
スオウがその身に纏うのは、普段から着用している黒いインナーのみ。アツコのそれに近い。もはや彼女の身を守るものは、何もなかった。
武器は捨て置いた。装備は剥ぎ取り、装備用の保管庫に放置してある。問題は一切ない。
「さあ……儀式を!」
直後、正面に建つステンドグラスから漏れる光が強くなり。ベアトリーチェが目撃したものは。
「っ……!」
黒く欠けた、日食のような。あるいは、人間の虹彩のような。不気味な極彩色の、真っ黒な光だった。
◇
俺の名前は桐花スオウ。普通……うん、普通……?……まあ四捨五入すれば見た目だけなら普通の高校二年生!……だったんだけど、ついさっき死んだ。
劇的な死だった。いや、我ながら中々どうして。暗くって、寒くって、苦しくて、苦しくて、苦しかった。でもまあ、今はそんなにでもない。
後悔はある。やりたいことも、伝えたいこともある。それでも、俺は死んだ。そのはずだった。でもまだ、意識はあるみたいで。
「ったく、我ながら生き汚いのなんの……どこだよ、ここ」
真っ暗で、何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。でも、なんとなくわかる。
「あー……あれ、か。死後の世界、ってやつか」
結構暗いし、多分ここは地獄かな?まいったなー……先に待ってるって、みんなにボイスメッセージで伝えちゃったのに。
「んー……どうすっかな……」
このまま待っててもいいけど、ちょっとこの辺りを探索して、み、て……?
「っ……!」
あれ、は。
「……いや、そんなわけねぇだろ。何都合のいい幻覚見てんだ、俺……」
見覚えのある髪色だった。暗い黄色と、青。信号かよ、なんて言って、引っ叩かれたっけ。
「シアン!!アンナ!!」
幻覚だ。そう思ってるはずなのに。いつの間にか、体は動いてた。
「うっ……!」
小さくなった体で、できる限りの力で、目一杯に二人を抱きしめて。
「ごめんっ……!!ごめんな……!!守れなくてごめん……!!死なせてごめん……!!」
口から出てくるのは、謝罪の言葉だけだった。
「俺がっ……!俺が油断して……!想定甘くて……!!そのせいで二人はしっ、しんで……!全部全部、俺が悪かった……!俺が馬鹿で、間抜けで、弱かったから……!!」
二人は何も言ってくれない。怒っているのだろうか。
「でっ、でもさ……!俺もアレからちょっと頑張ったんだぜ……!?ほら、見れるかわかんないけど、教えるよっ……!みんなだけは、なんとか助けれるかもしれなくって……!!」
見上げると、シアンとアンナは何か話していた。俺には声が聞こえなかったけど、アンナがこっちを指さしてシアンの方を向いた。アンナは頭抑えてなんか呆れてた。あれ、なんだろう。急にムカついてきたぞ?
「お、お前らさあ……!十年越しの再会なんだから、少しぐらへぶっ!?」
文句をつけてやろうとして、アンナにデコピンを飛ばされて。同じくらいのタイミングで、シアンに思いっきり殴り飛ばされた。死んだはずなのに、死ぬほど体が痛い。
「っ……!待てよ……!シアンっ……!アンナ!!」
体は、ぐんぐん後ろに飛ばされていく。せっかく、また会えたのに。こんなの、こんな……!
◇
「腹パンとかねーわ!!……って、あれ!?」
「……い、いきなり叫ばないでくれたまえ」
……また景色が変わった、か。正直、もう頭が限界だ。でも、目の前の狐耳には見覚えがある。
「やあ、桐花スオウ。久しぶりだね」
「セイ、ア……?」
「ああ、違いないよ。ミルクは入れてよかったかい?」
手前に目線を引いてみれば、円卓の上に並べられたお茶と菓子類。なんとなくだけど、ナギサの前にあるものと似ている気がした。
……さっきまで、俺が見ていたものは……幻覚、だったんだろうか。それとも……。
「さあ。それは誰にもわからないよ。楽園の存在が証明できないように、死後の存在も証明できない。その逆も然りだ。私にさえも、ね」
「っ……見てたん、ですか?」
「正確には、君を通して知ったと言うべきか……それより、あの口調はやめてしまったのかい?本来の喋り方は向こうだろう。あちらも中々似合っていたように思うけど」
「……まー、バレてるか」
セイアの未来予知。そして、夢により現世を知る能力。それを駆使されてしまえば、俺の秘密なんて簡単にバレるだろう。
「……幸せな夢を見ていたのなら……謝らせてくれ。けど、どうしても最後に話がしたかったんだ」
「話……?」
傍観者を決め込んでいたセイアが、俺と話、ね……?
「うん、話だ。勝負はお預けにされてしまったからね……最後に少し、話をしよう。空虚で無意味な議論を。君と私、たったの二人でね」
セイアから差し出された紅茶に、目を向ける。いくばくか慣れてきた自分の顔が、水面に揺らいでいる。
「紅茶飲んでいいなら」
「……好きにしたまえ」
少し緊張を解くようにして、セイアと目線を交わし合った。