ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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五つ目の古則、彼女なりの答え

 許可を得て、乳白色が混じった紅茶を一口啜る。暖かくて、甘い。牢屋で飲んだ、ペットボトルの紅茶とは比にならない香り深さ。

 

「うま……」

「口に合ったようなら何よりだよ。君のために用意したものだからね」

「……?」

 

 こんなに味が濃いものを飲んだのは久しぶりだ。慣れない感覚で、ちょっと舌がピリピリする。でも、すごくおいしいな。

 

「さて、約束通り話を」

「あ、ストップ。その前に……ベアトリーチェは、どうなった?」

 

 俺は確かに、この手でベアトリーチェを殺した。そのはずだ。自分の命ごと殺したはずだ。でも、現に俺はこうして息をしている。だったら、あいつも……。

 

「……真っ先に、それか。自分の安否は気にならないのかい?」

「ならねぇよ。あれだけの事をしたんだ。どうせもう、無事ではいられない」

 

 ミカとの戦いから始まって。毒に、銃火器に、炎に、飛行船に、『ヘイローを破壊する爆弾』に……自分のことだからわかる。アレは致命傷に近い。『ヘイローを破壊する爆弾』で、やっとトドメ。我ながら、随分気持ち悪い体になったもんだ。

 

「よしんば生きてたとしても、ほっときゃすぐに死ぬだろ?」

「……」

 

 率直にそう伝えると、セイアはバツが悪そうに俯いてしまった。そんな顔、させるつもりじゃなかったんだけどな。

 

「……今起こっている出来事は……君の予測と、相違ないよ。ベアトリーチェは……彼女は、生きている」

「……やっぱり。か」

 

 クソが……あいつだけは、この手で殺したかったんだけどなぁ……まあ、まだ一つだけ仕込みはある。それでなんとかなることを祈るしかない。

 だって俺はもう、死んだんだから。

 

「……そして、君の妹達は。君を救うべく、戦っている」

「……は?」

 

 ちょっと待て。今、なんて言った?

 

「君の自己認識は極めて軽薄で、かつ杜撰なものだよ。桐花スオウ。彼女達は生きてるかもわからない君を見捨てて逃げることができるほど、非情ではなかった」

「なん、で……」

 

 みんなが優しいことくらい、知っている。自惚れじゃなければみんなの人生の中に、生きた軌跡の中に、ほんの少しでも俺という足跡が刻まれていることも。

 でも、だからって。俺の死体を持ち帰って、何になるって言うんだ。そのためだけに戦っているって言うのか?

 

「なんで、か。本当にわかっていないのかい?君は君を犠牲にするには、深く関わりすぎたんだ」

「……」

「ベアトリーチェは君を生贄に、儀式を開始した。彼女が呼び出したモノは……あれは、数奇極まりない。まさしく、不可解なモノと表現するのが適している。私も捕らえられて、このザマだよ」

 

 セイアがそう言った瞬間、ザザッと映像にノイズが走る。ベアトリーチェの元で身動きを取れなくされたセイアが、息を荒くして石畳の上に伏していた。

 

「っ……!」

「気にしないでくれ。私の選択の結果だ……誰のせいでもない。柄にもなく、深入りしすぎたみたいだ」

 

 何の気なしにノイズを止ませ、目を細めながら紅茶に手をつけるセイア。彼女もまた、現状は芳しくないようだった。

 

「アレが一体何なのか、私にもわからない。まさか触れることはおろか、見るだけでも……わかることは一つだけ。あれは私たちを狂わせ、暴走させ、その本質を保てないほどに壊す。それだけだ」

 

 セイアが見たもの。ベアトリーチェが、儀式で呼び出したもの。俺も、それがなんなのかは知らない。知る前に死んでしまったから。わかることはたった一つ。セイアは今、危機的な状況に陥っているということのみ。

 

「セイア……」

「同情は不要だ。そもそも、私はこれ以上何かをするつもりはないからね。ただ、ベアトリーチェが……ゲマトリアというものが、これほどまでに厄介だとは思わなかったよ。それを一人で相手取ろうだなんて、どこまで愚かなんだい、君は」

 

 責め立てる意志は感じなかった。本当に、呆れているような。お前は馬鹿だな、はっきりそう口にされて……ミカがセイアに苛ついてた理由も、少しわかるかな。そんな事を考えた。

 

「みんなは……無事なのか?」

「今のところは、ね。ただ、これからどうなるかはわからない。何せ相手は、あのベアトリーチェだ。儀式が完了すれば、勝ち目はない。だが、彼女も君との戦闘で消耗していることもまた事実」

「……」

「運次第……全く、たかだか十余年。たった一人、人の身で、よくここまでの戦況に持ち込んだものだよ。称賛に値する」

「……そんなことは、ないよ」

 

 仇を討てなかった。みんなの事を、守れなかった。結局危険に晒して、傷つけて。

 

「俺は……俺は、間違えてばかりだった」

「……そうは思わないけどね。君は、君にできる最善を尽くした。それが全てだ」

 

 ……こんな同情を、セイアに向けられるとは。思ってもみなかった。

 

「だから別に、私はこの状況を勝ち誇るつもりはない。君が生きている。勝負の結果は、またわからなくなった」

「……そっか」

「現状の把握はここまでにしよう。前提は揃えられた。ようやく、私のしたい話というやつができる」

 

 カシャ、と、小さな音が聞こえた。ティーカップを置く音。話に区切りをつけて、ここからが本題だ。そう言われたように感じた。

 

「私は未来を識り続け、その変化への努力は無意味だと解釈し。全てを諦めた。君はたった一度だけ未来を識り。全てが無意味だと思うことができず、ひたすらに抗い続けた」

 

 確認を取るように、互いの認識の差異を浮き彫りにする。

 

「君は君の信条が真実だと疑わず。私もまた、同じようにしていた。つい最近まではね」

 

 最近までは。言い換えるならば、今は違うということ。ほんの短期間、何か違うと思わせるだけのことがあったということ。

 

「変えたのは、二つの出来事。一つは今起こっているこれだ。ここは既に、私の知るそれよりも少し先の未来。君は死んだものだと思っていたが……現実として、それは違っていた」

「はははっ……だからさよならだったのか?」

「ああ。まさかこうして再会するとはね」

 

 心底意外そうに、どこか残念そうに、セイアはため息をついた。

 

「こうして、君は生きている。確かに君の言う通り、エンドロールの先はわからなかった。だが、同時に誰しもが望まない選択を強いられているのは事実だ」

「っ……」

「君の言うところの妹達は、君を救うべく自らを危険に晒し。君は妹達を守るために、自らの命を棄てた」

 

 ……棄てた、だなんて言われるのは心外かな。ちょっとだけ。

 

「互いに想い合うが故に、互いを真に理解することはできない。すれ違い、傷つけ合う。そのはずだった」

「……?」

「二つ目だ。……白洲アズサ。浦和ハナコ。下江コハル。阿慈谷ヒフミ。彼女達は違った。すれ違おうと、傷つけ合おうと、決して諦めずに喰らい付き……そして、ハッピーエンドを手に入れた。一度は失われかけたそれを、他者との対話によって取り返したんだ」

 

 ……そっか。アズサは、もう大丈夫なのか。ヒフミと、ハナコと、コハルと、みんなのおかげで。それは、よかったな。

 

「他者と対話するが故に傷つけ合い。他者と対話するが故に救われる。これは酷い矛盾だよ。狂っている」

「……そうかな」

「そうだよ。そうでなければ、今私はこうして悩んでいない」

 

 別に、普通のことだと思った。でも、セイアが言いたいのはそういうことじゃないんだろう。物事を難しく、発展的に捉えるセイアだから。

 

「信じるが故に傷つけられる。信じるが故に救われる。楽園の存在を、証明することができるのか。いざ信じてみれば、存在することも存在しないことも、どちらも等しくあり得た。私は、どちらもあり得ないと解釈していた。いやそもそも、信じることが無意味なのだと。無意味な行為を続けることになるのだと」

 

 相変わらず、迂遠で難解な言い回しだ。でも、言いたいことはわかる。セイアは今、矛盾に直面している。行動することが無意味なこともあって。そうじゃないこともあって。でも、それは結局行動する前にはわからないことのはずだった。セイアは違った。セイアには、それがわかるはずだった。

 それを今、現実として否定されたから。周りを信じることは正しいのか。無意味でも行動することは正しいのか。今までのセイアなら、抱かなかった疑問を抱いている。

 

「……一度、先生に聞いてみたんだ。無意味だったとしても、行動し続ける理由はなんだろうかと。そこに何の意味があるのかと」

「そしたら、なんだって?」

「……水着じゃなくて下着だと思えば、それは下着だから、と。わけがわからない。悪質なセクシャルハラスメントだ」

「はは……」

 

 先生らしいや。いや、確か俺の記憶でもそんな事を言ってた気がする。もう、これもかなり朧気になっちゃったかな。

 

「わからない。私には、わからないんだ。……桐花スオウ。聞かせて欲しいんだ。君なりの答えを」

 

 話をしたい。セイアが言っていたことは、このためにあるんだと思う。

 

「君は無意味な行為だと知っても、ただひたすらに抗い続けた。その結果として、可能性が生まれた。だが、それは果たして正しいのか?……聞かせてくれ。なぜ無意味な行為を続ける?そこに何の意味がある?」

「……」

 

 何故、か。多分今までの俺なら、何か意味があるかもしれないから。それは諦める理由にならないから。彼女達の受け売りを、そのまま口にしていたんだと思う。

 でもセイアが聞きたいのは、多分そんな答えじゃないんだ。

 無意味じゃないかもしれない。セイアもきっと、そんなことはとっくにわかってる。だからこうして、話してくれた。

 でも、じゃあ本当に無意味だったらどうするんだ?何の意味があるんだ?セイアには、それがわかってしまう。見続けることさえやめなければ。ただ、その瞳を閉じなければ。

 

「……昔話を、しようか」

 

 だから。俺なりの答えで、答えさせてもらう。

 

「俺さ……俺は……生まれた時から、親に捨てられたんだ。死にかけて、死にたくなくて……で、拾われて……これから何が起こるかも知ってて……なんとなく嫌で、それを変えようとした」

 

 最初は、なんとなくだった。嫌なものは嫌だったから、それをやらなくちゃいけない気がした。

 

「でも、失敗して……何も変えられなくて。人を殺した。死なせた」

 

 結局、俺は何も変えられなかった。シアンも、アンナも、穏健派のみんなも。何一つとしてだって、変えられなかった。

 

「みんなの行為は無意味じゃなかった。けど、あの時の俺の行動は……多分さ。無意味だったんだよ」

 

 何も変えることができずに。成すこともできずに。燃え滓のような記憶と、復讐と、同情。それを支えに、生き続けた。

 

「それで、みんなと出会った。妹にした」

 

 俺の人生は、始まってすぐに終わるはずだった。最初から、俺の人生なんて無意味なはずだった。だって、俺がいなくてもこの世界は回る。本当なら、死んでいたはずの人間なんだから。

 

「無意味だった。無意味な人生だった。そのはずだった。でもさ、終わって見たら……意外と。後悔ばっかりだったんだよ。俺の人生」

「……」

 

 無意味な人生に、後悔がある。成せるはずだったことがある。そう思った。そう思えた。それって、多分。

 

「みんながいたからなんだ。大好きな、みんながいたから。俺の人生は、無意味じゃなくなった」

 

 あの子達といた時間。シアン。アンナ。サオリ。アズサ。ミサキ。ヒヨリ。アツコ。みんな。その時間は、空っぽだったはずの俺の人生を満たしてくれた。きらきらと、輝いて。

 決して、得難いものだ。両の手の隙間から溢れ落ちてしまいそうなほど儚くて、美しい。俺という人間でさえ美しくなれたと、そう思えるくらいに。

 

「無意味なはずなのに抗って、失敗して。みんなと出会ったのは、失敗したからだった。それを良いことだ、なんて言うつもりはないけどさ」

 

 だから、これが俺の答え。

 

「多分この世界に、無意味なことなんてないんだよ。無意味なんかじゃないんだ。どんな人も。どんなことも。みんな繋がってるんだ。みんな繋がって、俺は生きてるんだ」

 

 短期的に見たら、無意味なことだらけだろう。そんな無意味なことが繋がって、絡み合って、この世界に意味をもたらす。誰かを助けて、救って、生きて、作り出す。

 

「Vanitas Vanitatum et omnia Vanitas……そうなのかもしれない。でも、諦めたら……何も繋がらない。始まらない」

 

 なんだ。結局、似たような答えになっちゃったけど。まあ、そういうことなんだと思う。

 

「この世界に無意味なことなんてない。俺はそう信じる。だから無意味に思えることでも、やってみる。次に繋げるために、頑張ってみる。それが『俺』の、『私』の答えだよ。セイア」

 

 セイアは表情ひとつ変えずに、「そうか」と、それだけの言葉を返した。

 

「綺麗事だ。呆れて笑ってしまうような」

「そっちの方がいいだろ。だって、綺麗なんだから」

「……それも、そうだな」

 

 そして、何か堪えていたものが溢れ出すように天を仰いで。

 

「そうか……それなら……それなら、私も。ただ諦めないだけで、よかったのかもしれないな……」

「……」

 

 絞り出すような声で、そう呟いた。

 

「ありがとう、桐花スオウ。君の答え。私もそれを信じよう。心ゆくまで、存分に抗ってみようじゃないか。とはいえ、今私たちにできることはないけど……」

「あるよ。この世界を巡り続ければ、クズノハってやつがいるはずだ。そいつを探せ。きっとセイアの助けになる」

 

 俺の記憶では、それでセイアは戻って来れた。同時に、未来を予知する力も失っていたけど。今のセイアには、もう必要ないだろう。

 

「ふむ……わかった、探してみよう。君はどうするんだい?」

「んー……ここって出口とかあるのか?」

「ないよ。元々、緊急的な避難を要されて作り上げられた世界だ。今君の意識は、魂はここにある。目覚めることでしか、抜け出せない。だが……」

 

 セイアはふと、近くの湖を見る。現実の世界が、確かに映し出されていた。

 

「このままでは、君は死ぬ。間違いなく」

「ああ、それなら問題ないよ。脱出方法があるから」

 

 何故か小綺麗に整えられた服をはだけさせて、左肩を見せる。

 

「……まさか」

「まだ戦える」

「っ……!!君、は……!!まさか、ここに来てまだ……!!」

「ベアトリーチェを殺す。みんなは絶対に、傷つけさせないし死なせない」

 

 チャンスがあるなんて、思ってなかった。セイアには、感謝しても仕切れない。おかげで、まだ戦える。

 

「正気か!?わかっているはずだろう!!妹達が君を想う気持ちも!!それ以上戦えば死ぬことも!!諦めないと、たった今そう言ったのは君じゃないのか!?」

「諦めないよ。みんなの命は」

「そうじゃない!君は何もわかっていない!!せっかく助かるかもしれない命を捨てるなんて馬鹿な行為はやめるんだ!」

「どうせもう、止まらないよ。時限式だから」

 

 万が一のために仕込んでおいて、本当に良かった。おかげ様で、戦闘中に左肩が痛むことは何度もあったけど。

 

「っ……!!君は、勝手だ……!!どこまでもどこまでも、自分勝手だ!!何故そこまでする!!」

「そうだよ。だって……」

 

 何故って、そんなの決まってる。これはもう、嘘じゃない。きっと俺は、これで良いんだと思う。

 

「私はみんなの……お姉ちゃんですから!!」

 

 たとえ俺が死のうと。今度は俺が、みんなのことを守り抜いてみせる。

 

「……愚かだよ、君は。こっちに来たまえ」

「……?」

 

 セイアの誘導に従って湖の方へ向かう。水面に映る風景が目まぐるしく変化して、アリウス自治区が映し出される。

 

「君の妹達は、ここ。現在はアンブロジウスと交戦している。バルバラももう直ぐ完成するから、あまり時間はないと見て良いだろう」

「……」

 

 バルバラ……俺の記憶より、完成がずっと早い。それだけじゃない、聖徒会の多様性も。ベアトリーチェの警戒が、そうさせたのだろう。

 

「ベアトリーチェは、ここ。周囲には教員もいる。ダメージは相当負っている上、儀式中はすぐに動けない。君の言うところの脱出方法で、隙は作れるだろう」

 

 俺の磔にした状態で目の前に置いて、ベアトリーチェは少し輝いていた。儀式の進行を示しているのだろう。

 

「今の君は弱っている。妹を守るためにも、少しでも長生きしたければ……ここに向かえ。君の装備が一部、そして治療キットも揃っているからね」

「……ありがとう」

 

 礼を言っても言い切れない。セイアがいなかったら、俺は脱出すらできなかったと思う。本当に、幾千の感謝を重ねても足りないくらいだ。

 

「……君のショットガン。髪の毛を編んだロープ。それらは、錠前サオリが持っている。もし本当にベアトリーチェを殺したいのなら、必須だろう」

「……」

「会いに行くんだ。たった一度でも良い。それだけは約束してくれ。そうでなければ、君をこの世界から逃さないことだってできる」

「……わかりました」

 

 サオリは……怒ってるだろうな。サオリだけじゃない、みんなも。それならそれで、仕方がないけど。

 

「それじゃあもう、行かないと」

「勝手にしろ、死にたがりめ」

「心外ですね」

 

 別に俺だって、死にたくて死ぬわけじゃない。死にたくないよ。最後の最後で、それを自覚させられた。馬鹿だなって、自分でもそう思う。でも、もう取り返しなんてつかないから。

 

「それじゃあ……さようなら。百合園、セイアさん」

 

 徐々に、徐々に視界がぼやけていく。夢という微睡みが、水面に浮上するような感覚。

 

「……桐花スオウ」

 

 体中に感覚が、痛みが戻り始める。

 

「諦めないよ、私は。君のことも。君達がそうさせた。そのことを忘れるな」

「は、ははっ……」

 

 そして。

 

 

 

 

「───っ、が、はっ……!?」

 

 背中に、灼けるような痛み。想定内だ。

 

「っ……!?」

 

 目を開けば、ベアトリーチェの驚愕の表情。相変わらず、間抜けなツラだ。

 

「あ゛、あぁ、あ……!!」

 

 四肢の拘束は、解けてない。だが、今の爆発でスペースができた。体が削れたから。気付けには、ちょうどいいだろ。

 

「っ、フゥウウウ……!!ぐっ……!!!」

 

 だったら、体を捻って力を込めることもできる。急げ。急げ、急げ、急げ。

 

「が、ぁあああああ……!!!」

 

 皮膚が、削れて、千切れていく。ブチブチと、不愉快な感触と共に、徐々にではあるが手首が引き抜かれ始めた。

 

「は、ぁあああああああ゛あ゛あ゛!!!」

 

 無数の針で刺されるような痛みを堪え、一息に四肢を引き抜く。

 

「はーっ……!!はーっ……!!」

 

 手首をつたって、ドロっと液体が零れ落ちる。細胞液や、皮膚や、血肉の混合物。痛みで呼吸が荒くなる。身に迸る、激痛。四肢は強い痛みを訴え続けている。

 次の瞬間。

 

「っ、捕えなさい!!」

 

 状況を把握したベアトリーチェが、捕えるように指示を出す。それよりも先に動き出し、岩陰に潜んで距離を離す。走る。ひたすらに痛みを堪えて、走る。

 鋭い痛みは、されども確かに俺があの拘束具から抜け出したことを伝えていた。

 

「しん、ぴ、っ、は……!すこし、回復、した……!」

 

 それでも、あの拘束具を破壊できない程度。傷の治りも、異様なまでに鈍い。ただ歩く、その挙動にさえも、脳に電流が走るほどの痛みが伝えられる。

 

「っ、急げ……!!」

 

 それでも。今度こそ、守るんだ。

 

「わたしが、みんなを……!!守るん、だ……!!」

 

 絶対に今度こそ、ベアトリーチェを殺して。みんなを守るんだ。たとえ()が、死んだとしても。

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