ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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Vanitas Vanitautum(ただ、無意味なことで) et omnia Vanitas.(あってしまわないように)

 カードから漏れる光は、どんどん強くなる。あったかくて、まぶしくて。血が少なくて寒かった体に、少しずつ溶け込んでいく。優しい光だった。

 あの日、シャッターの外に見えていた光。

 

「なっ……これ、は……!」

 

 先生の体も、ベアトリーチェも、光に埋め尽くされて見えなかった。苦悶の声や、銃撃の音が聞こえた。

 夢を現実にする、矛盾さえも超越する力。青く輝く、奇跡を起こす力。その由来さえもわからない、生と時間を削る力。彼だけの……先生の、生徒を守るための力。

 

「あ、あなたは……!」

「“……”」

 

 傷が癒えるように感じた。そんなはずはないのに、体の痛みが引いていった。安心する感じがした。

 目を細めた。木漏れ日の下で、瞼の上に掌を乗せられているように。包み込むように、守られて。

 

「正気ですか!?それは貴方の生と時間を削り!!そして、明白な相手に対する敵対を」

「“知ったことじゃない”」

 

 体から、力が抜ける。立っていることも難しくて。ああ、これじゃあ……今頃、サオリ達を足止めした聖徒会も消えちゃったかな。

 

「ぐ、ぐぅっ……!」

「“終わりだよ、ベアトリーチェ”」

 

 そんなことを考えているうちに、光は止んで。暗がりは落ちなかった。じんわりと、世界に溶け込んでいた。

 

「よく、も……!よくも私を、ここまで……!!」

 

 ベアトリーチェの威圧するような声が、怖かった。体が強張った。目の奥に何かが集まって、でも、なんでか大丈夫かな、なんて。そんな風に思える。

 

「ま、まだです!!まだバルバラも、聖徒会も!!アリウスの教員も残っている!!」

「“っ……!”」

「一度の勝利如きで」

「いいやマダム、ここまでだ」

 

 なんでって、それは多分。先生が目の前にいて。みんなが走ってくる音が聞こえてたから。

 

「錠前……!!サオリィ!!!」

「させない」

 

 ベアトリーチェの手がサオリに届くよりも先に、ミサキのサブウェポンが銃弾を発射した。

 

「こ、の」

「終わりだよ」

 

 反撃をしようとしたベアトリーチェが、ヒヨリの狙撃で仰け反って。その隙を見て、アズサが蹴り飛ばして。飛んできたベアトリーチェを、アツコが地面に叩きつけた。

 みんな背中や、足が焦げていた。あの距離を、こんな一瞬で移動できるはずがない。爆弾で移動したんだろうか。真似するなって、言ってあったんだけどな。

 

「秤、アツコ……!!元はと言えば、あなたを……!!」

「……ベアトリーチェ。みんなに出会わせてくれたことには、感謝してる」

 

 這いつくばるベアトリーチェに、アツコは静かに銃口を突きつけて。

 

「でも……それ以外には、何もないかな。……ごめんなさい」

「が、はっ……!」

 

 眉間を撃って、体を動かなくさせて。これで十分、なんて言いながら、銃をしまい込んだ。

 

「まだ、だ……」

 

 殺したい。ベアトリーチェを殺したい。殺してしまいたい。

 シアンの、アンナの、みんなの仇を。

 

「終わってない……まだ……」

「いいえ、このお話はこれで終わりです」

 

 黒い影が見えた。同時に、ベアトリーチェの体が消えた。血に濡れた、その体が。

 

「“……!!”」

「あなたは……!」

 

 見覚えがある。灰塗れの記憶の中で、はっきりと。

 

「ゴルコンダ、テメェ……!!」

「……自己紹介は不要でしょうか。その通り、私は『ゲマトリア』のゴルコンダ……いえ、先生とは以前お会いしたかもしれません、もっとも……」

 

 顔のない瞳が、こちらへ向けられる。黒いモヤが首の代わりに据えられた顔で。

 

「……あなたとはお会いしたことがないはずなのですが。子なる神よ」

「……!!」

 

 ゲマトリア。この世界を解釈し、崇高を目指す者達。ゴルコンダ。『ヘイローを破壊する爆弾』を作り出した、人間の出来損ない。『敵』だ。心臓がそう訴えかけてきた。

 

「……いえ、失礼しました。驚かせてしまったのなら申し訳ありません。しかし、私は戦いにきたのではないということを理解していただけると幸いです」

 

 頭の奥で、血管が数本。音を立てて切れた。こいつも、こいつさえも、シアンを、アンナを殺して、みんなを苦しめた原因。人に近い形を取っているだけの化け物。悪魔だ。

 

「マダムを回収に来た、それだけですので」

「私を……!?」

「それに、戦闘で勝てる自信もありません。今しがた怪物に変わったマダムでさえ敗北したというのに、それをできない私が勝てる道理もありませんからね」

 

 冷淡な、機械的な口調だった。丁寧な、相手を憚るような、紳士的な。

 

「ええ、マダム。これで明らかになりました。先生はあなたの敵対者ではありません。これはあなたの物語ではないのです」

「……!!」

「そしてそれは……」

 

 理性を抑えるのも、限界だった。

 

「あなたも同じです」

「く、そが……!!」

「っ、スオウ!!」

 

 爆弾で無理矢理に動いて。ゴルコンダに拳が届くこともなく、透過するように避けられてしまった。

 

「待て……!殺す……!殺してやる……!!」

「……少々恐ろしくさえもありますが。先生、彼女からゆめ目を離さぬよう。ここまで物語を変化させておきながら本懐が果たせられなければ、我々も浮かばれません」

「“……あなたに言われるまでもない”」

 

 守られるように、引き摺られるように、サオリ達に連れ戻される。

 

「サオリ……あいつらを……あいつらのところに……」

「……」

 

 首を横に振られてしまった。泣きそうな顔で、じっと目を見つめられてしまって。

 

「もう、これ以上は……やめてくれ。私たちは……お前を、失いたくはない」

 

 サオリにそんな顔をさせたくなくて。させてしまったことがわかって。この復讐心は、今じゃない。そのことだけがわかった。

 

「ふむ……申し訳ありません。水を差した上、ご気分を害してしまったようですね。なんにせよ、マダム。あなたの在り方は、せいぜいが『舞台装置(マクガフィン)』といったところでしょう。もしくは、彼女のお話の敵対者か。それもたった今、結末を迎えてしまったようですが」

 

 ゴルコンダの声が聞こえて、頭に血が昇る。手に力がこもって、それをミサキに掴まれた。

 

「離さないからね」

「……」

「それでは、私はマダムを連れて帰ります。マダム、起きてください」

「ゲホッ……お前は……」

 

 ベアトリーチェが。ゴルコンダが。逃げる。逃げてしまう。

 

「“待っ”」

「待て……!!」

 

 仇を討たなきゃ。あいつらだけは、殺さなきゃ。

 

「逃がさない……!!お前が、お前らは……!!よくも、みんなを……!!殺すっ……!!なにがなんでも!!たとえお前らが、この世の果てに居ようとも、必ず!!!いつかお前らを殺してやる!!!」

「っ……!!」

「……やはりあなたは恐ろしい。私の邪魔をするおつもりでしょうか?どうかそのような決断はなさらないでください」

 

 怯え、とも少し違う。恐れに近いながらも、どこか他人行儀な。そんな意思を孕んだ声色で、ゴルコンダはこちらに意識を向けた。

 

「たとえば……私は様々な道具を生産できます。あなたが憎んでやまない『ヘイローを破壊する爆弾』も、私の作品ですので」

「そんなこと知ってんだよ……!えらっそうにご高説たれてんじゃねぇぞ、ゲスが……!!」

「……新しく開発したものは効果を発揮しませんでした。しかし先の内乱で、旧型のこちらは効果を確認できています」

「っ……!!」

 

 ゴルコンダが取り出したもの。ただの爆弾と、見た目は相違ない。旧型の『ヘイローを破壊する爆弾』。

 それがみんなに向けられたら。そうなってしまったら。

 

「ふ、ぅ……はっ……!はぁ……!」

「……失礼いたしました。そこまで怯えさせるつもりはなかったのです。所詮、脅しに過ぎませんから。今回の実験は一部成功と言ったところでしょうか。マダム、帰りますよ」

「……」

「それでは、先生。またお会いしましょう」

 

 ゴルコンダが消えた。ベアトリーチェが消えた。『ヘイローを破壊する爆弾』も、この場から消え失せた。やっとまともに息が吸えた。

 

「……ベアトリーチェ」

 

 復讐が果たせなかった。蟠りが、腹の中で燻り続ける。殺したかった。みんなを助けたいとか、そんな願いとは別に。確かに俺の中で、あいつへの憎しみがあった。復讐心があった。

 

「スオウ……」

 

 サオリに名前を呼ばれた。咎められるだろうか。復讐心など持つな、とか。そんなことを言われてしまうだろうか。

 

「くどいようだが、お前の過去は知らない。だが、今のでわからないやつもいないだろう。お前があの連中に抱く気持ちも」

「……」

「それも、一人で抱えるな」

「……え?」

 

 復讐心を、一人で抱え込むな。そう言われたように聞こえて、耳を疑った。でも、いくらボロボロの体でも、この距離で聞き間違えなんてするようには思えなかった。

 

「お前があいつらを憎いと言うなら、私たちも協力ぐらいしてやるさ。全員であの面をぶん殴ってやろう」

「あの不気味な奴に顔はなかったけどね」

「……だからもう、こんなことはやめてくれ。自分を傷つけないでくれ。もう、これ以上……私たちにスオウを失う恐怖を、与えないでくれ」

「……ごめん」

 

 ……ベアトリーチェ達への憎しみは、今でも消えない。それでいい。それでいいんだと思う。

 でも、そっか。なんでかな。

 

「お前は、昔から勝手ばかりで……!頑固で、意地っ張りで……!お前は……お前は!!」

 

 サオリ達にこんな風に抱きしめられて。あんな表情をさせてしまうくらいなら。今は、こっちの方がいい。

 

「……無事で良かった……二度とするな、こんなこと……!!」

「……もう……しないよ」

 

 我儘で自分勝手だけど、そう思えるんだ。多分もう、俺は……みんなを悲しませるようなやり方じゃ、復讐一つまともにできなくなったんだと思う。

 みんなと一緒に、生きていたいから。そう願ったから。随分、弱くなってしまった。

 

「当たり前……というかこの後に及んであんな無茶するとか、信じられないんだけど」

「はい……」

「スオウは本当に、昔から無茶ばかりだ。少しは自分の体をいたわることを覚えた方がいい」

「……はい」

 

 頭の中身が回されて。意識が遠のく。

 

「……スオウ?」

「……はぃ……」

「え、え……!?こ、これ、大丈夫なんですか!?ヘイローが消えかかってますけど……!!」

「なっ……!ふざけるな!!ここへ来て勝手に満足して死ぬなど許さないぞ!!生きろ、スオウ!!目を開けろ!!生きて復讐でも妹扱いでも果たしてみろ!!」

「ねぇ」

 

 ……眠い。

 

「スオウ……寝ようとしてるだけに見えるけど……」

「はい……おやすみなさい……」

「……」

 

 眠い。あったかい、ふかふかな布団で包まれてるみたいに。これ、みんなの手かな。六人分はあるかな。

 

「……はぁ……心配させるなと言った側からこれか。先が思いやられる」

「でも、先がある。今はそれで十分だと思う」

「……まあ、それもそうだな」

 

 この世界に来る前。安心して眠っていた時のような。とっくの昔に忘れてしまった、前世の記憶。その一つ。

 本当は、まだまだやらなきゃいけないことがある。聖徒会も残ってるはずだし、教員の残党もいる。そのはずなのに。

 

「スオウ、あとは私たちに任せろ……今は、休んでくれ」

「……」

 

 眠気と安心には、抗えなくて……やっと、休める……な……。

 

 

 

 

 腕の中ですぅ、と小さな寝息を立て始めたスオウ。こうしていれば、普通の子供のようなのに、という言葉を飲み込みながら、急いで応急手当てを始める。

 

「脈が弱い……それに、少し息も荒い。止血こそできているが、血も足りていないな」

「あんまり、いい状態とは言えないね……」

 

 スオウの容体は酷いものだった。生き残ったとはいえ『ヘイローを破壊する爆弾』を二度もくらい、ミカとの戦いで消耗し、その状態でベアトリーチェとも戦った。

 毒が、爆発が、失血が、その全てがスオウの体を蝕んでいる。

 

「できるだけ早く、設備がある場所で手当てをしたい。先生、協力してもらえるか?」

「“もちろん。頼まれたからね”」

 

 他ならぬスオウ自身によって、助けを願われたのだ。言われるまでもなく協力するつもりであった。

 

「……よし」

 

 スオウの足と手の間に両手を通し、胴体を首の後ろ側へ持ち上げる。軽い体だった。今まで接してきて感じとることさえできなかった、スオウの弱さが如実に現れているようにさえ感じた。

 

「急ごう。まずは分隊長達と合流するぞ」

「了解」

 

 自由に動く片手でアサルトライフルを持ちながら、分隊長達の元へ急ぐ。戦闘音が、だんだんと近づいて来る。

 蒼い炎と揺らぐ銃弾が、バシリカへと続く狭い空間を飛び交っていた。

 

「うぎゃああああ!?さ、サウちゃん!!サウちゃんッ!!前衛交代!!」

「うるせェ!!もうちょっと粘れねェのか!?」

「補習授業部!一度向こうに協力してちょうだい!」

「わ、わかりましたぁ!」

 

 悲鳴と怒号が飛び交ってこそいるものの、なんとか時間稼ぎはできているようだ。しかし、それももう限界が近い。

 アンブロジウスも、聖徒会でさえ、彼女達の力を持ってすれば容易に対処できるが、バルバラに関しては話が別だ。

 

「分隊長達!!補習授業部!!小隊長は回収した!!」

 

 何にせよ、急ぐに越したことはない。その判断から、サオリは大声を上げて全員の注意を引いた。

 

「あ、アズサちゃん!先生!」

「……ただいま、みんな」

「流石だね、スクワッド!」

「生きてはいるが、スオウの容体は良くない!!まだ何も終わっていない!!急いでここから脱出するぞ!!」

 

 小隊長が、もう一度だけ会うために全てを賭けた彼女が、今ここにいる。心の内側が喜色に満たされる。だがサオリの言う通り、まだ何も終わっていないのも事実。気持ちをグッと堪え。

 

「撤退だッ!!!コイツらも数日放置すりゃ消える!!無視しろ!!!」

 

 サウの言葉を皮切れに、全員が元来た方向へと走り出す。後ろから聖徒会が、アンブロジウスが、バルバラが追いかけて来る音が聞こえたが、注力しながらもそれを無視して走り続けた。

 そうして、少しの間走って。

 

「急ぎなさいな!!急ぐのよ!!シャレにならないわアレ!!」

「そ、そんなことわかてるよぉ!!うぅ、いよいよ私も前科一犯……!?」

「あははっ、そうなったらゲヘナに来なよ。前科者だらけだから、あそこ」

「言ってる場合か!!」

 

 場にそぐわない強い色を放つ三原色達が、何かに追われるように走って来た。

 

「“みんな!?”」

「……ん?ってのわぁ!?なんでみんなこっち来てるのよ!?」

 

 いや、それはこっちのセリフだ。その場にいるほとんどの人間がそう思った。

 マユミ達が担っていたのはアンブロジウス、そして聖徒会の足止め、そのはずだった。だと言うのに、なぜここにいるのか、否。『何』から逃げて来たのか。

 

「お前達、何に追われて……」

「そ、そうよ!!最悪!考え得る限り最悪の事態よ!!」

 

 やたらと大きな身振り手振りを交えながら、ビシィっと自分達が走って来た方向を指差して。

 

「正義実現委員会が来たの!!それにツルギも!!」

「なっ……!」

「今はアンブロジウスと聖徒会で、なんとか足止めできてるけど……!」

 

 正義実現委員会。一度は弾道ミサイルで吹き飛ばしたにも関わらず、この短期間で体制を立て直し、そしてここまで辿りついた。おそらくは、スオウが待つはずの古聖堂を進んでここまで来たのだろう。

 事情があったとは言え、いまだに彼女達にとってアリウス分校は危険な存在。今この場で捕まるのは惜しい。何より、スオウ自身に残された時間は少ないのだから。

 

「どうする……!」

 

 前門のツルギ、後門のバルバラ。あまりに絶望的な状況に、サオリは強く歯噛みした。

 

「“……戻ろう!バルバラならなんとかなるかもしれない!”」

「っ……ああ!」

 

 一度止まった思考を、先生の言葉で呼び戻される。確かにバルバラは、無限に復活するという点を除けばツルギよりは幾分かマシだ。戦力を一点に集中させれば、一時消滅させることもできるだろう。

 また、先生にとって『大人のカード』を、生徒には決して向けられることはないそれを使うことも可能な相手である、という意図もあった。他の誰も、そのことを知る由はなかったが。

 

 そうして、戻る。バルバラ達の元へ。一度逃げたせいか、自我はないはずなのに苛立っているように見えた。

 

「“サオリ、サウ、レイ、ヨセ!!バルバラを!!アンブロジウスは各個討伐を目指すよ!!聖徒会は倒さなくてもいい!”」

「了解した!先生、スオウを頼む!」

 

 バルバラを相手にする四人、そして残るメンバーで四体のアンブロジウスを相手取る。すでにこの地にいないベアトリーチェの命令に従い、撃退せんと蒼炎を巨大な弾丸のように撃ち放った。

 

「ちょっと、アシリッ!!?」

「うぇ、わぁ!?」

 

 それに反応しきれず喰らいかけたアシリを、マユミが蹴り飛ばす。

 

「どうしたのよ、さっきから!」

 

 先程から……正義実現委員会から逃げ出そうとした時から。いや、それよりも前から。ここに来た時からずっと、アシリの様子はおかしかった。どこか落ち着きがないような。何かを探しているような。

 

「アシリ、マユミ、無事!?バルバラにオーバードライブ使うから、そのあとサポートはよろしくね!」

「まあ、今はそれしか方法はないわね……アシリ。できる?」

「……」

 

 答えられなかった。それどころか、顔を上げることもできなかった。怪我もある。体はボロボロで、けれどもそんなことが理由ではなくて。

 

「マユミちゃん……スオウちゃんが、『恩人』……だったんだよね……」

「……ええ。そうよ」

 

 スオウが恩人だった。あの日自分を助けてくれた、反復讐派の一人だった。

 

───…君の、姉は。戦っているよ。命懸けで。

 

 彼女は知っていた。姉の存在を。だと言うのに、スオウに姉を知らないかと、一縷の望みをかけて質問をして。返って来た答えは、まごうことなき否定だった。

 

「……お姉ちゃんは……もう、ここには……いない……」

 

 覚悟なんて、できていたはずだった。元々、ほんのわずかに残っている希望に縋っただけだった。縋ることでしか、希望を保てなかった。

 

「お姉ちゃんは……死んじゃった……」

 

 それでも、現実を突きつけられて。元々、アシリは強くない。最も容易く、その心は壊れてしまった。

 スオウを救うために、みんなを助けるために。そう自分に言い聞かせて、誤魔化し続けて。いよいよ限界を迎えてしまった。

 

「スオウちゃんが生きてたのは嬉しいけど……私の一番大切な人は……もう……!」

「アシ、リ……」

 

 マユミには、かける言葉も見つからなかった。昔、アシリと喧嘩してしまった時のように。

 未だに自分は、人の気持ちがわからない。わかったと思えない。目の前で啜り泣くアシリに、慰めの言葉一つ見つからない。

 

「……そう。ならいいよ、アシリ」

 

 沈黙を破ったのは、サユリだった。

 

「マユミ、行くよ。助っ人(ヒーロー)だって、元々私だけでやるつもりだったし。足手纏いはいらないから、そこで休んでなよ」

「っ、サユリ、あんたね……!」

「悪いけど、今はそんな時間ないから」

 

 冷淡にそう告げて、背を向けて歩み始める。

 

「私は二人と違って、いいヤツでも優しいヤツでもないからね」

 

 少し苛立ちを感じさせる口調で、徐々にその速度を早めていく。

 

「……でも。大切なことくらいはわかってるつもりだよ」

 

 そして、一度足を止めて。

 

「……アシリ。本当にそれが、今のアシリがしたいことなの?」

 

 ぽつり、と一言だけ置くようにして、バルバラの方へと走り去った。

 

「っ……」

 

 今、自分がしたいこと。アシリにはわからなかった。姉が死んで、死んでしまったことがわかって。恩人は、きっと自分が何か手を出さなくても助けることができる。

 それなら、もう何もしなくてもいいじゃないか。姉はいないのだから。この世界の、どこにも。アシリの心の奥底で、誰かがそう囁いた。

 

「……アシリ。私はね」

 

 しかし釣られるようにして、マユミが話し始めて。その声に、ふと意識を向けてしまう。

 

「……私は。たとえ恩人が……スオウさんが生きてても。死んでても。その人に恥じないように生きていくつもりよ」

「……」

 

 だから、だからなんだと言うのだろうか。自分はそこまで強くはなれない。

 ヒフミのように優しくも、ハナコのように賢くも、コハルのように勇敢にも、アズサのように強くもなれない。

 

「だって、私には……アシリも。サユリも。部員のみんなもいるから」

「……え?」

「私には、今もあんたの気持ちはわからない。けどね、私は……」

 

 仮面越しの瞳で、強く見つめられた。その青い瞳で、じっと。

 

「……私は戦う。私の周りで、これ以上誰かが同じく苦しまなくていいように。自分勝手に戦うわ」

「っ……!」

「……ごめんなさい。これしか言えない、弱い私で……サユリのサポートに行くわ。動けるようになったら、来てちょうだい」

 

 ああ、どうして。

 

「みんな……強いなぁ……」

 

 どうして自分はこんなにも弱いのだろう。そんな思考で、頭の中身が埋め尽くされた。

 今この場にいる全員が、何かを抱えている。それでも自分のために、自分の大切な存在のために、自分以外の誰かのために戦っている。

 

 アシリは、自分は違う。自分は、姉が死んでしまった。大切なものがなくなってしまった。それだけで心が冷え切って、動けない。あの日恐怖で震えていた、自分のように。

 弱い自分が嫌いだった。ずっとずっと、弱い自分が。あの日、姉を守れずに。守られるしかなかった自分が。

 

「……あ」

 

 ストラップが、ベルトの横から落ちた。姉が拾ってきた、少し気色悪い蛍光色のアルパカが。

 

「……そうだよね。お姉ちゃん」

 

 しっかりしろ。そう鼓舞された気がした。思い出してしまったから。

 記憶にある姉は……決して、強かったわけではなかった。むしろ戦闘力で言えば、今のアシリといい勝負ができるだろう。

 

 それでも姉は、アシリのことを守ってくれた。

 姉だけではない。ヒフミも、ハナコも、コハルも、アズサも、マユミも、サユリも、スオウも、部員のみんなも。強くても弱くても、関係ない。ただひたすらに、そこには『誰かを守りたい』という意思があっただけだ。

 その想いが、彼女達を強くしたというだけだ。

 

『ACCEL……!!』

「……私、は」

 

 ベルトのバックルを叩く。駆動音が鳴り響く。彼女の決意が全身に、世界に迸っていく。

 

『ACCEL……!!!!』

「私は……!」

 

 二度目。叩くと同時に、彼女は駆ける。『敵』の、バルバラの元へと。

 

「っ、そろそろやば……!」

 

 サオリを含めた分隊長、そしてサユリ、マユミが封殺されかかっていた。しかしバルバラもまた重症。あと一撃、手痛いダメージさえ与えれば消失もそう遠くない。

 

「……!」

「っ、まずい、避け」

『ACCEEEEEEEEL!!!!』

 

 それを見てアシリは、三度目。最大限に大きくなった光でバックルを強く叩き、バルバラの目線の高さまで跳躍し。

 

「私は……私がスオウちゃんの、みんなのお姉ちゃんになる!!お姉ちゃんが、スオウちゃんが、みんながそうしてくれたように!!今度は私がみんなを守る!!」

『O-O-O-OVER DRIVE!!!』

「私がお前達を……ぶっ飛ばしてやる!!」

『ARE YOU READY!?』

「もうできてる!!」

 

 迸るエネルギー。高圧の負荷をかけることにより、本来よりの数倍の力を引き出しながら……黒く染まる拳で、可笑しなセリフと共にバルバラを殴り飛ばした。

 

『HIGH-PLASMA……!! FINISH!!!』

「う、があぁあああっ!!」

 

 その強烈なフィードバックに呻き声を上げながらも拳を振り抜き、墜落するように地面へ倒れ伏す。

 

『COOL DOWN……』

「ちょっとアシリ!?あんまり無茶は」

「サユリちゃん……マユミちゃん……戦うよ……!」

「っ……!」

 

 体中から排熱のため煙を発し、絶え絶えの息で強い覚悟を口にする。

 

「今度は私が、私たちが……!スオウちゃんを守るんだ……!!」

「ったりまえ!!こちとら最初からそのつもりよ!」

「あはっ、さすがアシリ!あのまま蹲ってたらぶん殴ってたとこだよ!」

 

 その様子を見て、サオリは安堵と困惑を同時にしながらバルバラの消失を告げようとし。

 

「っ……!まずい!!逃げろッ!!」

 

 炎を揺らがせながら立ち上がったバルバラ。アシリ達を逃そうと、声を荒げ。

 

「っ……!」

 

 その場に銃声が鳴り響く。バルバラのものでもスクワッドのものでもない、聞いたことのないようなショットガンの音が。

 

「うへ……なんだかすごいことになってるねー。おじさんもちょっと頑張んなきゃだ」

 

 バルバラが再び倒れ、今度はチリになって消える。その奥から、数人の人影が現れる。見覚えのある影が。

 

「……ん。助っ人参上」

「少し怪しい方々でしたが、本当だったんですねー」

「み、みなさん!来てくださったんですね!!」

 

 ヒフミがリーダーを務める、覆面水着団……もとい、アビドス廃校対策委員会の五人、そして。

 

「でも、どうしてここが……」

「約束したからね」

「っ……!あなたは……!」

「……君のことも、諦めないと!」

 

 蒼森ミネに抱えられた、百合園セイアだった。

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