ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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※今回の話には最終編のネタバレが一部含まれます。ご注意ください。


戻ることなく、少女たちは進む

 時は意味をなさない空間で、桐花スオウが去った後。

 

「……行ってしまったか。本当に、自分勝手だな」

 

 一人取り残され、セイアは誰に伝わるわけでもない言葉を呟いていた。改めて、自分勝手な少女だと。

 散々人の心を掻き乱しておきながら、その影響を認識するわけでもなく、むしろ誤認し、己の行動原理に従って死に急ぐ。自分がアリウスの生徒ならば、軽く二、三回は蹴りを入れていてもおかしくはない。いや、彼女には効かないだろうけど。

 冗談じみた思考を重ね、それからやっとスオウの言葉を思い出す。

 

「もうこれも、必要ないだろう」

 

 袖に包まれた手をふいっ、と振って、用意していた風景を消失させた。白く染まった空間で、セイアは口元を手で隠し思案する。

 

「……この空間……私の肉体を破壊し、予知夢の力を暴走させた……アレによってもたらされたものだ」

 

 セイアが見た、不気味な光。ベアトリーチェによって招かれた、この世のものならざる不吉な存在。いずれ先生を、この世界を破滅させるであろう、虹より溶け合った黒よりも黒い色。

 セイアの体は、平生より頑丈ではない。望まぬ予知の力の代償か、はたまた神秘が生み出した偶然の産物かはわからないが、あの光はそれを容易に捻じ曲げ、変質させてしまった。

 白昼夢により現実へ干渉する力は、セイアをただ閉じ込めるだけの檻へと成り果ててしまったのだ。

 

「……ともかくは、歩いてみるべきだろうか」

 

 途方もない状況に暮れながら、セイアは白い空間を踏み抜く。奥行きも高さも、自分の居場所さえもわからない空間で、己の足場だけが担保されているというのも奇妙な話ではあったが。

 未だに蝕まれつつある体に鞭打って、絶える息を荒く吐きながら、それでも歩く。

 

「私にできることと言ったら、この空間の中身を操るくらい……いや。このくらいならできるだろうか」

 

 道中、給食と書かれた黄色と白のツートンカラーが彩る車を創り出し、それに乗って楽をしたりはしたが。これも彼女の悪影響だろうかなどと考えて、それでも尚、進み続け。

 

「っ、なっ!?」

 

 そして、突然景色が入れ替わる。

 

「此処は……」

 

 見覚えのある景色だった。実際に赴いたことがあるわけではないが、木と紙だけで造られた、芳しい匂いが特徴的な建造物。

 トリニティやゲヘナでは見られないそれを、車で衝突して壊してしまったことに罪悪感を抱きながら、あたりを見渡す。

 

「百鬼夜行自治区……?」

「随分、騒がしい来客じゃな」

「っ!?」

 

 後ろから声が聞こえた。呼びかけに従うように、ゆっくりと振り向く。

 

「貴女は……」

 

 そこには、セイアと同じく狐のような特徴を持つ、病的なまでに白い少女がいた。その肌も、服も、毛先の一本に至るまでもが白く、薄らと赤が混じっている。

 セイアが目撃した光とは真逆の、白子症のような見た目の少女。唯一目立つ黒いものといえば、その身を隠すには心許ない下着のような上着のみ。

 

「す、すまない、別に壊すつもりは」

「構わんよ。まさか迷い込むどころか、四輪自動車で建物を破壊させるとは思わなかったがの」

 

 やはり悪影響だったか。此処にはいない彼女へ理不尽な怨みを抱き、不躾な目線に気づく。

 

「……其方の体……なるほど。『色彩』と遭遇したか」

「……!?」

 

 『色彩』。白い少女が何をそう形容したのかは、直ぐにわかった。

 幾千、幾億もの色を織り交ぜたような、染め上げられた太陽。なるほど、色を彩ると、そう呼ぶに相応しい。上部だけの思考で、そんな納得を得た。

 

「しかし妙じゃのう……色彩と遭遇したものが、これほど意識を保てているとは」

 

 ほんの僅か、不愉快げに歪めていた顔を、途端に興味の対象へ向けるものへ変える。

 

「色彩……あの光のことかい?」

「やはり見ていたか。その通り、アレのことじゃ。キヴォトスの外から到来する、曠古の災禍を引き起こす存在」

 

 思い出すように目を細め、キセルに口をつけた。少し吸って、口を尖らせて細い煙を吐き、再び言葉を重ねる。

 

「其れそのものが人格や意思をもっているのかは分からぬ。肝心なのは、このキヴォトスの民にとって、アレは致死の毒足り得るという点じゃな。色彩に露出された者の肉体は捻じれ……精神をも蝕ばまれていく」

 

 致死の毒。肉体を捻じ曲げ、精神を蝕む。自身の状況への合致から、セイアは深い理解を返した。

 

「キヴォトスの民では、その程度で死に至ることはない……じゃが、個が捻じ曲げられ、異物と成り果てるだろう。果たして、それを同一の存在と呼べるのかは、別の話じゃな」

 

 吐き捨てるように、そしてどこか残念そうに、静かな声色で結論付けた。

 

「じゃが、色彩がキヴォトスを見つけることは不可能に等しい。砂漠で一粒の砂を見つけると同義……触れてしまったのであれば、まこと数奇な巡り合わせとも言える。本来なら、な……」

「っ……!」

 

 心当たりがあった。本来ならキヴォトスに訪れることができない色彩が、それを発見するだけの灯台に。

 

「……何か、思い至る節があるようじゃな。思えば、其方の体は幾つか奇妙な点がある……何があった?申してみよ」

 

 その質問に、セイアは自分が何をしていたか思い出す。あの空間からの脱出、それは叶った。であれば、次は現実へ醒めることだ。

 だが、目の前の少女を除いてその手がかりがないことも事実。数秒の思考の後、口を開こうとして。

 

「ふむ。妾が診ようか……失礼」

 

 それを逡巡と捉えられたのか、その目を大きく覗き込まれた。数刻。視界が暗転し、次の瞬間には少女は元の位置に戻っていた。

 

「成程……色彩を利用し、身体を変化させようとした者がいたのか。愚かな……このままでは……いや。儀式が途絶した?」

 

 少女の言葉に、セイアは安堵する。儀式が途絶した。一先ず、スオウはベアトリーチェから逃げ切ることができたということである。

 

「だがあのような力技で儀式を破壊するとは、中々凄まじいヤツじゃの」

「ああ、その点については強く同意するよ」

「……まあ良い。ひとまずの納得は得られた。『白昼夢』を通し、『儀式』という窓からアレを垣間見た……だから、こうして無事でいられたのじゃな」

 

 これでやっと理解できたと強く頷く少女。その少女を前にして、セイアは一つの可能性に思い至る。

 

「『儀式』に使用された……生贄は……」

「ん?……ああなんじゃ、そんなことか」

 

 『色彩』が生徒を捻じ曲げるというならば、スオウはどうなる?自身が白昼夢のもとより覗き込んだと、その理由だけで生き残れたのならば、彼女は無事でいられるのだろうか?

 そんな一抹の不安をかき消すように、少女は口を開いた。

 

「あれは『窓』を造るための建材のようなものよ。『窓』が何かを見ることも、『窓』そのものに興味を示すこともあるまいて。むしろ、自分の心配をするべきじゃ。其方の精神は此処に在るが、肉体は崩壊の一途を辿っておる」

 

 そうして告げられた言葉に、安堵と焦燥を同時に得る。

 

「……どうにか留める方法はないのか?」

「無い。……と、言いたいとこじゃが。其方は一つの幸運と巡り会えた。この妾……百鬼夜行の預言者、クズノハと見えることができたのじゃ」

 

 クズノハと名乗りを上げた彼女は、キセルの先端から灰の塊を取り出し、小さく音を立てながら置いた。

 大仕事を予感したかのように、姿勢を正してセイアの方へ向かう。

 

「妾が其方を導いてやろう。しかし、それには代償が伴う……この場合は『未来視』じゃろうな。どうす」

「頼む」

「……即答じゃな。廉も用意していたというのに」

 

 少し落ち込み気味に、クズノハは失笑する。

 

「友のため。約束のため。……そして、友を泣かせるお人好しの……恩人のためだ」

「……ふふ、そうか」

 

 だが、続くセイアの言葉にさらに白い歯を見せて微笑み。

 

「お見事」

 

 セイアの額に、その手を当てる。暗がりにあった意識が、流水に連れられるように変質し続け、言葉が響いた。

 

「此れにてさらばじゃ、セイア……トリニティの予言者よ。現世に戻っても妾を探そうとするなよ?妾はもう、其処に居らぬからの。アリウスの預言者擬きを救うことだけを考えることじゃ」

「……?」

 

 現実には存在しない。その意味を理解しようと努めて、同時に酷い頭痛に襲われる。

 

「嗚呼、そうじゃ。最後に、本質を喪う過程で最後の予知が発動するかもしれぬ。必要な痛みじゃ、我慢せい」

 

───それは先に言って欲しかった!

 

 その言葉を飲み込むまでもなく防がれ、頭を駆け巡る情報の渦をなんとか処理し続ける。

 

 血の色に染まる世界、虚妄を紡ぐ塔、広がる混乱黒い太陽壊れた電子の箱死を齎す神そして───

 

 

 

 

「っ、はぁ……!はぁ……!ぐ、ぅっ……!」

 

 白い病室で目が覚めた。窓から覗く景色は、夜明けを間近に告げている。スオウが儀式を抜け出したのは、そう遠い出来事では無いことがわかった。

 

「っ、ふぅ……アレは一体……いや。そんな場合では無いな」

 

 長い間、ほんの僅かにも動くことがなかった体が軋む。床ずれなどの対策で、ミネが定期的に位置を変えてくれていたようではあるが。己の体重を支えるだけの力が出なかった。

 

「くっ、ぐ……!うあ!?」

 

 それでも立ちあがろうと窓辺に手をかけて、結局ベッドから転げ落ち、花の植えられた鉢を落としてしまう。

 

「ッ、そこに直りなさい侵入者!目的はセイアさんですね!貴方には『救護』が必要なようです!」

 

 その音を聞きつけ、タオルから湯気を立たせながらミネが部屋に入る。シールドの裏からショットガンを構え、そのまま突進しようと足に力を込めて。

 

「誰も、いない……?」

「こ、ここだよ、ミネ」

 

 窓とベッドの間に挟まれたセイアの存在に気づく。

 

「っ……!セイア様……目を、覚まされたんですね」

「理解が早くて助かるよ……」

 

 ミネにベッドの隙間から引き上げられつつ、駆け寄ってきたシマエナガを掌に乗せる。

 

「セイア様、まずは休まれて下さい。あなたの体は今、相当……」

 

 色彩による影響は肉体も受けていたためか、ミネも焦っているように見えた。よく見ればその手にはタオルだけでなく皮膚消毒用のシートと小瓶、注射針が握られている。

 

「忠告、痛みいる……だが、そうもいかないんだ。やらなくてはいけないことがある」

 

 ここはトリニティ自治区内といえど、ミネが用意した彼女だけの隠れ家。アリウス自治区より相当離れている。加えて、トリニティの正義実現委員会は優秀だ。今頃戦力を立て直し、アリウス自治区への突入を計画しているはず。

 許された時間は、そう多く無いのだ。

 

「頼む……事情は道中、私から説明しよう。私を連れて、あの場所へ向かってくれないか?」

「あの場所……?」

「アリウス自治区へ」

「っ……!?」

 

 奥底へ抑え込まれた驚きの声を他所に、セイアはなんとか自力で立ち上がった。

 

 

 

 

 そして、時間は経過して。予知の残り香を頼りに、セイアは最適解を導き出した。

 ミネの速度でアリウス自治区へ向かい、スオウが補習授業部達を助けるために使用したルートを使い。その道中、ヒフミの嘆願により呼応してトリニティ自治区を目指していたアビドス廃校対策委員会と合流し、アリウス自治区へと向かう。

 

「まさかトリニティのお嬢さんどころか、トップ中のトップがあんなところにいるとは思わなかったけどねー」

 

 幸いにして、小鳥遊ホシノはセイアの顔も、素性も知っていた。

 

『あはは……正直、信用していいのかは微妙なところでしたが……』

 

 とはいえ、アンドロイドを生徒に偽装するほどの変装技術も存在するキヴォトス、完全に信用が得られたわけではなかったのだ。

 

「ん。でも、結果オーライ。ヒフミも先生もここに居たし、アリウス分校も敵対の意思はなさそう」

 

 そうして口を開いた砂狼シロコに、セイアは訝しげな視線を向ける。

 あの時、自らに雪崩れ込んできた情報の嵐、予知。姿形こそ大幅に異なるが、あの時先生に銃を向けていたのは確かに……。

 

「“みんな!助けに来てくれたんだね!”」

「べ、別に先生だけのためじゃないから!ヒフミがどうしても困ってるっていうから仕方なく……!」

 

 思考の海に浸り始めて、先生の喜ばしげな声で正気に戻された。

 声の方に目線を向ければ、先生とヒフミが対策委員会の面々に囲まれている。とても正気とは思えない覆面を着けているが。

 それでも、その輪の中には確かに……あの狼の少女もいる。そのことは確かだった。

 

「先生、やっている場合では無い!急いでここを脱出しなければ……!」

「“っ、そうだね”」

 

 そうして和気藹々とし始めた面々に喝を入れ、脱出を促すサオリ。この場では彼女が最も冷静に状況を判断していた。

 

「おりょ?お嬢さん達が件の入居希望者ちゃんかな?」

「……その件については、後で交渉させてくれ」

「うへ、助かるよ。私達も来るもの拒まず、ってわけにはいかないからねー」

 

 スオウが立てていた計画。アビドス自治区へ避難し、生活の基盤を整えること。恐らく、セイアが事情を説明するにあたって伝えたのだろう。いずれ交渉するつもりではあったが、緊急避難的対応と言えどその行為は不法侵入、占拠に他ならない。

 仕方がないこととはいえ、今こうして情報が漏れてしまっている以上、それを黙認するようにも思えなかった。

 

「というかさ、そこに居る百合園セイアに止めてもらうわけには行かないのかい?トリニティのトップなんだろう?だったら……」

「それは不可能です」

 

 トウの言葉に、ミネが否定を返す。

 

「なぜだい?被害者の代表は彼女である上、彼女の言葉は充分に信用足り得るはず、だったら」

「……そこで背負われている彼女がいなければ、あるいは可能だったかもしれません。ですが……」

「……あー。なるほどね」

 

 セイアの暗殺の件は、本人が生きているという事実から。その他トリニティに及ばされた被害については、明白な加害者の非実在性から。それぞれ、ひとまず無かった事にはできただろう。

 だが、エデン条約の破壊、そして全キヴォトスへの敵対。それを個人で行ってしまった少女がいる限り、理屈が納得を与える前に感情で伏せられてしまう。

 たとえツルギが納得しようとも、個人の感情をその一点で制御する事には限界があるのだから。

 

「だってさ、みんな。小隊長を見捨てれば助かるらしいよ?」

『断る』

「だよね。ってことだから、とりあえず脱出しなくてはいけないね」

 

 わかりきったことを改めて確認し、その場に新しく訪れた全員に方針を伝え。かくして、アリウス分校脱出の準備は始まる。

 

「あゆいやん、わらひもううごけらい……」

「私もしばらくは無理だー……」

「なんで二人揃って出力過剰にしたの!?私が背負わなきゃじゃない後先考えなさいよ!!」

 

 数名限界を迎え動けなくなっていたが、それに構っている暇はない。アシリもサユリもマユミがなんとか背負い、セイア達が訪れた方角へ走り出す。

 暴走した聖徒会が場を去ったベアトリーチェの言葉に従い、道を塞ごうとしてくる。それらを回避し、反撃し、それでも一歩一歩着時に歩を進め……そして、ようやく自治区の外へ続く道に出ることができた。

 

「この先を越えればトリニティ自治区だ!」

「わかっている。サオリ、スオウは一度治療が必要だろう。護衛にスクワッドを連れて、私たちに着いてきてくれ。ミネが私を匿っていた場所へ案内する」

「……いいのか?」

「……私はあなた達を信用しきったわけではありません。ですが、敵対する意思は見えませんし……救護が必要なのは、彼女のみなようですので」

 

 救護という穏やかなはずの言葉に、サオリとセイアはなぜか背筋に鳥肌が走るのを感じた。

 先程までの戦い振りを見るに、ミネの戦闘力は分隊長に勝るとも劣らない。何せ、セイアを腕に抱えた状態でも聖徒会を充分相手取れるのだから。

 

「オーケーよ!分隊長どもは私に着いてきなさい!!ミレニアム自治区に案内するわ!!多分それが一番安全よ!!」

「いやよ!!お姉ちゃんから離れたくないもの!!そもそもいきなり出てきてえら、ふぶっ!?」

「よし……これで……問題、なし……」

「……い、行くわよっ!着いてきなさい!」

 

 話が拗れるよりも先にシオは気絶させられ、フィリに背負われる。なぜだか助っ人が来る前よりも背負われている人間が増えた気もするが、兎にも角にも、彼女達はアリウス自治区を出るゲートを潜る。

 

「先生は私たちと一緒に。ナギサさんの説得もありますから」

「“うん、わかった”」

「それじゃあおじさん達は一度アビドスに戻るよー。何かあったらヒフミちゃん経由で連絡してね」

 

 アリウスの外へ……トリニティ自治区へ出て。彼女達は、一度別れる。誰一人として、アリウス自治区に残すことはなかった。あの時とは違って。

 

「アズサちゃん。また後で、必ず会いましょう!」

「……ああ。また、後で」

 

 再会を誓って。

 

「……ばいばい。お姉ちゃん」

 

 幾らかの人間の心を、想いを。その地に残して。




ごめんなさい、引くほど忙しくて更新遅れました……多分来週も忙しいです……
darkmatter(https://x.com/darkmat77978738)さんよりファンアートをいただきました!
たくさん差分があるので活動報告にまとめてあります
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=312746&uid=431636
……もうね……泣きましたよ、最初に見た時
完全に私が思い描いていた通りのスチルが出力されています……!
ボロボロの姿でわんわん泣いているのが心にくる……やっぱり彼女はまだ、子供なんでしょうね
ありがとうございます!
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