ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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これまでと、その先と

 この世界に来て十七年。まともに眠れた日なんてなかった。いつ来るかもわからない死と支配の恐怖に怯えてた。

 どれだけ頑張っても、平気なふりをしても、身体中が凍てつくように寒くて、寒くて。吐き気を催すように。強がって、誤魔化してたけど。

 でも、なんでか今はそうでもない。体が揺れる感触がする。布越しに、体へ鼓動が、温度が伝わってくる。一人じゃない。誰かが、ただ生きているということを共有する誰かが、ここにいる。

 たったそれだけのことで。怖い夢を見ることもなくて、安心した。

 

 でも、少し経って。声が聞こえた。鼻を摘んだような、泣きそうな声が。俺とずっと一緒にいてくれた、誰かの声が。

 一人にしちゃいけないなって、なんとなくそう思うから。重い空気で怠い体を、力の限り起こそうとしてみる。

 水面に手を伸ばそうとして、寸前で落ちる。せっかくここまで上がってきたのに、どんどん沈んでしまう。

 もうダメかもしれない。諦めそうになって。

 

「……?」

 

 暖かくて、けど冷たい。そんな二つの何かに背中を押された。

 疑問を抱くよりも先に掌が水の上に出て、何かに掴まれた。

 

 

 

 

「いい加減起きろ……スオウ……」

 

 手はあったかいままだ。久しぶりに目を開けたせいで視界がチカチカして、眩しい。意識がふわふわする。

 

「……さお、り?」

 

 十数年振りに感じる、清潔なシーツの感触。柔らかな布団の感触。寝苦しさはあまりなくて、雪に包まれてるみたいだ。

 

「っ……!!スオウ!!」

「わっ、た……」

 

 少し強く包まれて、息が苦しい。振り解こうかとも思ったけど、嫌な感じはしない。

 

「よかった……!本当によかった……!」

 

 それに、サオリがあんまり震えてるから。精一杯に力を入れて、なんとか抱きしめ返した。

 

「いた……」

「っ、すまない……取り乱した」

 

 どこだ、ここ。アリウスにこんなところあったっけ。白い、綺麗な場所だ。よく見れば、服もいつものじゃないし……空調が……空調……はて、空調とはなんだったか。

 確か電気を使う、あの……あれ?

 

「サオリ……アリウスにはいつのまに電気が通ったんですか……?」

「朦朧としているな……どこまで覚えている?」

「どこまでって……サオリがお姉ちゃん大好きって言ったところまで……?」

「すまない、朦朧ではなく錯乱しているようだな」

 

 なんか、サオリの態度が妙だ。というか、俺の状態がわからない。

 

「サオリ……ここ、どこです……?」

「蒼森ミネの隠れ家だ。トリニティ自治区内の、な」

 

 トリニティ……はあ、トリニティか……トリニティ?

 

「……?」

 

 それはおかしい、ベアトリーチェがそんなこと許す、わけ、っ───

 

「っ、みんなは!?」

 

 思い出した、計画を実行した、だったら俺はなんで生きて、いや違う。

 

「落ち着け……無事だ。ミレニアムに避難している。誰も傷ついてないよ」

「っ……そう……です、か……」

 

 ああ、そうだった。俺は、ベアトリーチェを殺し損ねて……みんなに、助けられたんだったか。

 

「ひとまず、何も気にしなくていい。ゆっくりと休んで……おい。何をしている。なぜ布団を被る」

「い、いや、なんでも」

 

 合わせる顔がない。どんな顔をすればいいのかわからない。何を、何から話せばいいのかわからない。何度も拒絶して、そのくせ自分都合で助けを求めて。最後には、全部投げ出した。

 

───“それは決して、弱さではないんだよ”

 

 ……いや……どうなんだろう。別にそれは、ダメなことじゃないって、先生は、ううん、違う。そうじゃない。多分今、サオリに顔を合わせられないのはそんな理由じゃなくて。そんなのは、ただの言い訳で。

 

「その、サオリ」

「……どうした」

「あ……いえ、なんでもないで、ない……よ……す……」

 

 ……俺。どうやって喋ればいいんだろう。あれだけのことをしたんだ、サオリも勘付いてる。俺の正体に。

 『俺』として話せばいいのか、『私』として話せばいいのか。それがわからない。サオリに嫌われるのが、怖がられるのが、それが怖い。拒絶されたくない。どんな俺なら、私なら……サオリは、どっちがいいんだろう。

 

「……スオウ。約束したはずだ」

「……?」

「どんなお前でも、私たちは受け入れる。だから、そう気に病むんじゃない」

「っ……」

 

 お見通しだったか……全く、なんだかね。

 

「妹の成長は早いものですね……」

「っ……!?そ、そっちなのか!?そっちがお前の素なのか!?いや、私は構わないが……!」

「はははっ……」

 

 正直もう、どっちがどうとかはない気がする。混ざり合ってて、どっちも本当の『俺』で、『私』なんだ。嘘偽りなく、きっと俺はこうなんだと思う。それでいいんだ。

 それに、おかげでサオリの可愛い反応も見れたから。

 

「まあ、ずっとこの話し方でしたからねー……暫くはまだ、このままで」

「……そうか」

 

 サオリはいくつか言おうとして。すぐに口を閉じた。

 

「すまない、積もる話も、聞きたいこともたくさんあるだろうがまずは連絡だ。みんなを連れてくる」

「みんな?」

「ミサキとアズサ、それにアツコとヒヨリもここにいるからな。みんな心配なんだ、お前のことが」

「……そっか。わかりました」

 

 サオリがゆっくり、部屋を出て。一人、取り残される。透明な袋の中で、水滴が落ちるのを見続けて。腕に伝っていく。なんとなくもういらない気がしたから、引っこ抜いた。

 よく見ると手首や背中ももうほとんど治ってる。毒も抜け切ったのか、意識も明瞭になってきた。気持ち悪くない。

 

「……」

 

 カチ、カチと。部屋に備えられた時計が、時間を刻み続ける音だけが響く。がらんとした部屋の中で、耳鳴りがするほどに響く。

 あの後、どうなったんだろう。これから、どうなるんだろう。取り留めのない思考が、頭の中を幻聴とともに反響し続けた。

 

「……寂しい、な」

 

 サオリがいなくなって、十数秒たって。なんとなくそう思って。

 

「みんな……」

 

 部屋を出た。角部屋らしくて、出てすぐに左にしか行けない。だから、サオリはすぐ見つかった。あの距離なら、すぐに追いつける。

 

「サオリっ!」

 

 でも、少しでも遅れたらいなくなっちゃう気がして。声をかけて、駆け足で追いついた。

 

「なっ!?お、お前……!」

「私も着いていきます!」

「ダメだ、今すぐ部屋に……なっ、ひ、引き剥がせな……力が強い……!?」

 

 はははっ、サオリ。いくら成長したからってこのアリウス最高峰の神秘ことお姉ちゃんの俺を引き剥がそうだなんて、十七年は早いんだよ。

 

「というか、点滴と包帯はどこへやったんだ!?」

「いらないし邪魔だから外しました!」

「この馬鹿が!!」

 

 別にもう傷は治ってるんだけどなぁ……そういえば、あれからどれくらい経ったんだろう。経験上、あのくらいの傷でも二、三日はあれば治るから最低限そのくらいは経ってるはず。

 

「ちょっとサオリ、騒がしいよ。一体何し、て……」

「あ、ミサキ!おはよーございます!」

 

 サオリの体に乗っていると、通路脇の扉が開いてミサキが出てきた。奥にはアズサや、ヒヨリや、アツコも見える。スクワッドは、ここにいたらしい。

 

「……一週間」

「え?」

「一週間。スオウが寝てた時間」

 

 一週間、そんなに……だからサオリは、あんな反応を。

 

「知ってる?ヒトって睡眠時間に限界があるって」

「え、は、はい」

 

 というか、それ俺が教えたような……?

 

「あんまり長いのは気絶。気絶は数分ならすぐに目が覚めるけど、それ以上はいつ目が覚めるかわからない……それに、後遺症が残ってもおかしくない」

「は、はい……重々承知してます」

 

 でもなんとなくそれを言ったら、手に持ってるサブウェポンで撃たれそうな気がする。

 

「……いつまでも寝てないでよ」

 

 ……ああ、そっか。

 

「ごめんなさい、心配させて」

 

 俺。自分で思っている以上に、みんなに心配かけてたんだな。

 

「早く入れば?みんな待ってるし」

「はい!」

 

 相変わらず素直じゃないミサキに招かれて、部屋に入った。大部屋のようになっていて、きちんと一人一人に寝具が用意されていた。使われた形跡もあって、みんながちゃんとした場所で眠れてることがわかって、少し安心した。

 

「サっちゃん。もう交代の時間だっけ?待ってて。今、アズサがハイスコアを……」

 

 アズサの横からスマホを覗き込んでいたアツコが、こちらに視線を向けて動きを止めた。丸みを帯びた目をさらに大きく、丸くして、俺の顔に目線を向けて止め続けている。

 

「え、と……お、おはようございます、アツコ、みんな」

 

 声を出した。ペロロを繋げて消していたアズサが、声に反応して目線を二回、三回と移ろわせる。同じくして、ヒヨリも目を身広げた。

 

「スオウ……?」

 

 華々しいゲームのBGMが、静まり返った部屋を賑わせる。タイムアップの時刻を告げて、ハイスコアは更新できなかったらしい。

 

「はい。お、お姉ちゃんですよー……なんて……」

 

 沈黙に耐えきれなくなって、軽口を叩く。いつもみたいに妹扱いするなって言われるのを期待したけど、そうはならなかった。

 一歩、一歩とアツコが歩んでくる。仮面をつけてないのに表情が見えない。部屋着がかわいい。

 

「その、怒って……ますよねー……」

 

 返事はない。表情を隠したまま、距離を詰められる。

 

「あ、あの、アツコ、その、私が悪かったのであんまり痛くしないで、っ!?」

 

 手を握られた。少しひんやりとした感覚がして、寝起きの火照った体に心地良い。

 

「怖かった。すごく。スオウが、死んじゃうんじゃないかって」

 

 目が見えた。あまり表情は動いていなかったけど、無表情ではなくて。真剣な、と形容するのが正しい。

 

「……ごめん」

「うん、許す。今、生きてるから」

 

 そう言って、アツコはその頬をだらしなく緩ませた。あまり表情の変化が少ない彼女には、珍しいくらいに。

 

「でも」

 

 そんなことを考えて油断していると、アツコがパッと手を離して、横に逸れる。アズサとヒヨリが、いつの間にやら寸前まで来ていた。

 

「二人はどうかな?」

「……わ……わーお」

 

 普段から表情の変化に乏しいアズサはさておき。ヒヨリの目が……怖い。

 

「……スオウ、おはよう。どこか痛むところはない?」

「え、と……はい」

「なら、良い。言いたいことは、たくさんあるけど……もう十分、わかってると思うから」

 

 アズサは勘弁してくれた。正直、グーで殴られる覚悟もしてたけど。必要がないものだったらしい。

 

「私も同じことをしようとした。スオウと同じことを……ヒフミ達にしようとした」

「……」

「……私たちは似てると、ミカは言っていた。あながち間違いでもなかったみたいだ」

 

 そう言って、アズサはバツが悪そうに、少し照れくさげに笑った。

 

「だから、お互い……もう同じことは、繰り返さないように。繰り返さなくて良いように、できることから始めていこう。これからのことを」

「……うん。ありがとう、アズサ」

 

 落ち着きがないように動いていた翼もだらしなく脱力されて、ダランと下ろされていた。見てわかるくらいに毛並みが良くて、ふと手を伸ばして。

 

「それはできなくていいことだ」

 

 心底嫌そうな顔で手を逸らされた。お姉ちゃんは悲しいですね。

 なんて、冗談染みて誤魔化してみるけど……突き刺さる視線が痛い。二人分あって、一つは毛色が違う。

 

「す、スオウさん……」

 

 いつも眉が下げられているヒヨリが、その角度を鋭角にしている。慣れていないせいでわざとらしい、ヒヨリなりに精一杯の怒りの表現なんだと思う。

 

「そ、その……わ、私にこんなこという権利があるのかは分かりませんが!わ、私は……!ひっ……久しぶりにイラっとしました!!」

「っ……!」

 

 上擦った声を大きく上げて、片方が隠れた目を逸らすことなく向け続ける。

 

「……す、すみません、すみません……!生意気な口を利きました……!」

 

 けど、限界が来てしまったらしい。すぐにいつもの調子で、半泣きになりながら自信なく謝り始めてしまった。

 

「で、でも!!私にとっては、そのくらいのことで、その……!だ、だから!また同じことが起きたら、私はもう無理です……!だからやめてください……!」

 

 何が無理なのだろう。これ以上怒るのが無理なのか、それとも心労が限界なのか、もしくは他の何かか。でも、どうあってもヒヨリには慣れないことをさせてしまう気がする。

 

「……ごめんね、ヒヨリ」

「い、いえ、わ、私も、私がすみませんでしたぁ……!」

 

 胃痛が限界に達したのか、蹲るヒヨリの背中を撫でて、落ち着くまで待ち続けた。

 

「スオウ。念のため確認するが、本当に体は大丈夫なのか?」

「はい、このとーり!」

 

 心配するサオリの前で、軽くジャンプして天井の金具へ掴まって見せる。ヒラヒラスースーする服が落ち着かないくらいで、いつも通り……というか、それ以上に動ける。自分でも驚くほどに体調が良い。喉奥につっかえるような吐き気もしなくて、呼吸が気持ちいい。体が軽い。

 

「万全も万全!完璧な体調ですよ!!」

「そんなはずないだろう。馬鹿か、君は」

 

 調子に乗って綺麗に着地してみせると、扉が開く。見覚えのある、大きな獣の耳。

 

「セイアさん!」

「やあ、桐花スオウ。夢で会って以来だね」

 

 よかった。セイアも、無事にあの世界から脱出できたんだな。

 あの、得体の知れない真っ白な生徒……名前もわからない生徒。彼女もまた、不確定要素の一つだったから……まあ、一安心かな。

 

「百合園セイア、何故ここに……」

「勘、と言うべきか……予感がしたんだ。そこの予知が残っていても読めない行動をしでかす彼女が、もうすぐ目覚めるんじゃないかと」

「セイアさん……やっぱり、予知は……」

 

 セイアの予知の力。何故か失われてしまった、その力。それは、この世界でも変わらないらしい。

 

「構わないさ。どうせ私には過ぎた力だ。それに……別に、もう必要もないからね」

 

 セイアは微笑んで、晴れやかそうにそう言った。もう自分の中で、答えは出ていたらしい。

 

「さて、君が目覚めたことは喜ばしいことだ。存分に祝したいところだが、そうもいかないのが現実だということを認識してくれると嬉しい」

「……はい。わかってます」

 

 セイアの手招きに従って、部屋の中央にある椅子に対面になるように座る。

 

「うん、理解と納得が早くてありがたい限りだ。これまでと、これからの話をしようか」

 

 これから。アリウスとトリニティ、そして……キヴォトスを未曾有の混乱に陥れた、大犯罪者。それらの処遇、行き先について。セイアが話したいのは、こんなところだろう。

 

「とは言っても、まずは君にこれまでの経緯を説明しなければならない。君が眠っていた一週間で、何があったのかを」

「……はい。よろしくお願いします」

「そう改まらなくて良い……そうだな、まずは……君の妹たちについてだ」

 

 不安を汲み取るように、セイアは妹の話から手をつけた。

 

「彼女達は、一度ミレニアムサイエンススクールに避難している。正義実現委員会を始めとして、彼女達に猜疑の目を向ける者も少なくないが……居場所もわからない上、利用されていた可能性もあるからね。あまり議題には上がらないようだ」

「……」

 

 そっか。そっか、それなら……ひとまずは、安心できる、かな。

 ベアトリーチェ……ゲマトリアのクソ野郎共も、名高いミレニアム自治区内にはそう簡単に手を出せないだろうし。しかし、ミレニアム、か。

 

「君の救出に際して、ミネを味方につけたんだが……どうしてもアビドスの戦力は必要でね。協力を得るために、事情は説明せざるを得なかった……彼女達とて、他に避難先があるならばそちらに行って欲しいのが本音なようだよ」

「……そう、ですか」

 

 ……一応、予想の範疇ではある。特にホシノやシロコは、性格上そう簡単に納得するとも思えないから。

 

「まあ、そんな話は他所へ置いて。ともかく、それにより君の救出には成功し……アリウス自治区は、聖徒会と教員ごと正義実現委員会、加えて応援の風紀委員会に制圧されたようだ」

「聖徒会も……」

 

 まあ、風紀委員会に正義実現委員会……言い換えるのであれば、ヒナとツルギ。うん、どう考えても勝てる気がしない……しかし、疑問としては。

 

「聖徒会は、どうなったんですか?アレは、倒しても復活するはずじゃ……」

「うん、それなんだけどね。アレらに対して最後に与えられた命令は君の捕縛、そして先生の殺害だ。どちらも叶わない以上……彼女が、ベアトリーチェが去った今、無限のエネルギーというわけでもないのだろうね。暫くして消えたよ」

「……そっか」

 

 良かった。あんなものが世に残り続けていたら、いくらキヴォトスの人間でも命がいくらあっても足りない。

 

「教員達の処遇は彼女らに任せるとしよう。君たちはそれで良いかい?」

「……」

「ああ、私たちも問題ない」

 

 後ろへ移動したみんなに目線を送って、軽く頷いて同意した。みんな、気持ちは同じらしい。

 ……教員の中には、十年前の過激派もいた。同情なんてしない。同情なんてしない、けど……憎しみを抱けるわけでもないから。

 

「うん、助かるよ。それで、そうだね……それから、ひとまずはそれぞれが元の居場所へ戻って……ひとまずは、ティーパーティと万魔殿で後処理さ。主にはエデン条約の展望についてだが……こちらについては、見送るということで合意を得られそうだよ」

「まあ、そうですよね……」

 

 いや、ぶっ壊した張本人が言うのもなんだけどさ。ミカの言う通り、個人の意思まで規律で縛ることには限界があるわけで。というか、抑止力がまともに作用するならヒナはあんなに苦労しないだろうしね。

 

「ひとまず、私も彼方へ顔は出している。生存を伝えるためにも、ね……もう、傍観者ではいられなくなったんだ。どこぞの誰かに、舞台袖から引っ張り出されてしまったから」

「はははっ……そんな暴力的な……」

「我ながら、言い得て妙だと思うよ」

 

 少しニヒルに笑って、言葉の裏へいくつもの意図を覆い隠して、堂々とお前は暴力的だと伝えられた。腑に落ちない。

 

「……それで、ね。察しているとは思うのだけれど。一番頭を悩まされているのは、君の処遇だ」

「……」

「ゲヘナ……万魔殿は、その件にあまり積極的でなくてね。というよりも、アリウス分校関係について。そちらは、ティーパーティ……トリニティが主体となって臨むこととなる」

 

 わかってる。わかってるよ。多くの人間に伝え過ぎた、広め過ぎた。そうなることを見越して、俺はああした。

 

「それ次第で、アリウス分校の処遇も変わってくるんだ。君が言葉通りの悪人であれば、アリウス分校は被害者。君の妹達は、日の下で大手を振って生きていけるだろう。だが、そうでなければ……少々、難しいことになる」

 

 全ての元凶であるはずの人間が、そうでなかったのなら。

 

「……ベアトリーチェの痕跡が残されていたのなら容易だったが……そこは上手くしてやられたようだね。流石に、敵わないよ」

 

 存在しないはずの元凶。そのヘイトはどこへ向けられる?憎しみはどこへ向けられる?

 

「……はっきり言おう、桐花スオウ。君は敵を作り過ぎたんだ」

 

 最も疑わしい人間。そして、それを庇い立てする人間達。俺と、妹のみんなだ。

 

「君は……君が捕まれば。君は矯正局に送られるか、はたまたトリニティで拘束されるか。いずれにしても、あまりよい待遇にはならないだろう。だが、君の妹達は……恐らく、助かる」

 

 セイアは淡々と、事実を告げた。ああ、そうだろう。本当は、そうするのが正しいんだろう。

 

「……その上で、聞かせてくれ。君はどうする?何を選択する?」

 

 俺も、そうだと思う。だから、だったら、俺は……俺は。

 それなら、俺は。俺なんかは。日陰のままでいい。光は確かに、そこに在るって、そう思えるなら。

 

「……?」

 

 それを口にしようとして。サオリは何も言わずに、俺の肩に手を置いた。後ろに引かれるような気分にさせられて、それだけで。

 

「あ……」

 

 たくさんの言葉がよぎって。思い出がよぎって。

 

「……セイアさん。私は……やっぱり、最適解は……私が、捕まることだと思います。それが一番、丸く収まる」

「……だろうね」

 

 肩を掴む力が強まった。気が早い、そう伝えたかったけど……そんなわけにもいかないから、そのまま続けた。

 

「……でも……で、も……や、っぱり、私……は」

 

 怖い。

 

「わた……し……」

 

 怖い。怖い、怖い、怖い。

 こんな身勝手で、自分勝手で。他人任せで、他責的な。あの時の繰り返し、また、また俺は。

 

───“誰かのことを頼るんだよ”

 

「……」

 

 でも、それを肯定してくれる人がいた。大丈夫だと伝えてくれる人がいた。

 

───私たちは死なない!!死なせない!!

 

「……私、は」

 

 根拠もなく、一緒に生きると約束してくれる人がいた。

 

───……私が哀しむよ?

 

 むしろ、そうでないとダメだと押し付けてくれる人もいた。

 

「そ……れで、も……みん、なと、一緒に……居たいよ……」

 

 そのせいで、気づかないうちに。口は言葉を紡ぎ出していた。

 

「……そうか」

「っ、ごめ」

「謝らなくていい。元よりそんなもの、私にとってないも同然の選択肢だ」

 

 あっけらかんと、セイアはそう言った。決まっているだろう、みたいな感じで。人に散々あんなことを言っておいて、少し理不尽な気もした。

 

「正直な話、君が独りになることを選んでいたなら、より話が拗れてしまったところだよ。それで良い。それが君の選択だな?桐花スオウ」

 

 念押しするように、セイアは確認を取った。みんなに目を向けた。

 マジかよこいつ、まだこんなこと言ってんの、信じられない。そんなニュアンスの言葉が、無駄に良好な聴覚で聞き取れた。

 

「……」

 

 なんだか、悩んでいた自分が馬鹿らしくなって。でも、やっぱり怖くって。それでも、大丈夫だって。何人もの人が命懸けで、そう伝えてくれたから。

 

「はい」

 

 生きてみることにした。みんなと一緒に、生きてみようと思った。

 

「……そうか。よかったよ。こちらもその前提で動いていたからね」

「うご……?」

「二日後、トリニティで君とアリウスの扱いに関する議論が執り行われる。それに君も参加してもらうよ」

「え……?」

 

 ちょっと待って、急な話で頭が追いつかない。

 

「君にはなんとしてでも自らの無実を証明してもらう。話はそれからだ、具体的には……アリウスの扱いについて」

「ま、待ってください!そんな簡単に……!!」

 

 俺、一応かなり悪いやつだと思われてるはずなんだけど……?

 

「安心したまえ、そう多くの人間が出席するわけではない。まあ、ある程度警戒の体制は取られるだろうが……ああ、信用を得られるかという話なら……ミネ。どうだい?君から見て、彼女は信頼に値するかな?」

 

 セイアがミネの名を呼ぶと、窓の外からミネが入ってきた。ちょっと待て、いつからそこに居た?

 

「話を盗み聞きする形になってしまったこと。謝罪させてください。ですが、こうでもしなければ気づかれてしまいそうでしたので」

 

 そう言って、ミネは手に付着したコンクリートを払った。困惑は深まるばかりだ。

 

「私の独断に基づくのであれば、という話ですが……少なくとも現時点では、悪意を持って何かを偽っているようには思えませんでした」

「それ見ろ、ここに一つ根拠が生まれた」

「……でも」

「妹と一緒に居たいんじゃなかったかい?」

 

 ふと、核心を突かれた。

 

「叶えたいのなら、受け入れるんだ。大丈夫、少なくとも悪いようにはならないさ。何せ、その場にはミカも私も、先生さえも出席するのだからね」

「……」

 

 ここまでお膳立てされて。俺を独りにさせないために、場を整えてくれて。この状況まで持ち込んでくれた。

 

「……わかりました。やります」

 

 だったら、俺はそれに応えたい。

 

「それで良い」

 

 満足したのか、セイアは目を閉じて頷いた。後ろに、再び視線を向けた。みんなが安心しきった顔で、こちらを見ていた。

 みんなが、助けてくれたんだなって。それを見て、一層強くそう思った。

 

「……サオリ。ミサキ。アズサ。アツコ。ヒヨリ。……ありがとう」

「気にするな。私たちがそうしたいからしたんだ。いつでも、そうするさ」

 

 本当に大したことではないかのように、サオリはそう答えた。それを見て、俺もいても立ってもいられなくて。

 

「だったら、私も今から準備を」

「許すと思いますか?」

 

 立ち上がった瞬間、ミネに襟を掴まれる。

 

「……え?」

 

 ちょっと待って、力が強い。引き剥がせない。

 

「あなたは十分な休息が要ります。自分の体の状況を理解していないようですね。説法(救護)が必要です」

「ちょ、ちょっと!?」

 

 全力で暴れても、いつものように力が出ない。そのまま元いた病室の方へ引っ張られて。

 

「スオウ……」

「み、みんな!」

「正論だ。行ってこい」

「そんな!?」

 

 みんなに見送られながら、部屋を後にするしかなかった。




火焔茸(https://x.com/Trich0derm4)さんからファンムービーをいただきました!
https://x.com/trich0derm4/status/1792379955185332424?s=46
古聖堂襲撃時風です!当時のシチュエーションに歌詞がよく合ってる……
表情がコロコロ変わって可愛いですね……これは完璧な悪役ムーブです
何気に報道風のエフェクトと中央上部の緊急速報が好きです
ありがとうございます!
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