ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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後日談:白い悪魔の変装事情・下

 ギラギラと日光を反射する、灰色の林。取り付けられた窓枠。アリウスはもちろん、トリニティとも全く違った……どちらかと言えば、前世で俺が住んでいた場所は、多分こんな感じだった気がする。

 時期にそぐわない快晴で、目を焼かれんばかりの白日の元に晒されて。

 

「帰るー!!私帰ります!!」

「ここまで来て何言ってるのよ!!もう今から帰る方が大変よさっさと動きなさいったら!!」

「騒ぐな!目立ち過ぎだ!一度こっちへ来い!!」

 

 深緑の目が、お天道様にも世間様にもよく見えるだろうなぁ。フードを深く被り込んで、そんなことを考えた。

 

 

 

 

 サオリに路地裏へ引っ張られ、マユミと共に正座させられる。対してサオリは仁王立ちだ、いつのまにそんな威圧の仕方を身につけたんだ。お姉ちゃん教えた覚えない。

 

「スオウ、マユミ。ここはミレニアム自治区といえど公の場……都市の中だ。人目がある、そのことは理解しているな?」

「え、ええ……」

「何よりマユミ、警戒が必要だと言ったのはお前ではなかったか?その上で、スオウの服を買いに行きたいと」

「わ、悪かったわよ!ごめんなさいってば!」

 

 そう、ここはミレニアム自治区に存在するショッピング街の一部。変装用の服を買えと、マユミに無理矢理に引っ張り出されたのだ。

 

「スオウ、お前もだ。気持ちはわかるが……」

「嫌です……私帰ります……服なんていくらすると思ってるんですか……!安い服でも一週間は食いつなげますよ……!?」

「待ってスオウさん、その計算はおかしい。その計算はおかしいわ」

 

 何もおかしくない。記憶にあるチェーン店の安い服は二千円前後。一日乾パン一つで一週間なんて余裕だ。

 

「……それに、私だって発明品や投資で結構稼いでるのよ?お金は気にしなくて大丈夫。まあ、エンジニア部の変態どもやセミナー会計みたいな芸当はできないけど……エンジニア部と違って、ロマンだけにフル投資してるわけじゃないもの」

「気にします……」

「今回だけ、今回だけよ。……というか、色んな服を着たスオウさんが見たいわ」

「私欲じゃないか……」

 

 ……確かに、お金に関する遠慮というものもある。でも、一番大きい問題はそこじゃなくて。

 一応貰い受けた翼に、ミレニアムの制服を着てはいるけど……加えてウィッグをつけて、フードも被っているけど。エデン条約の妨害から、襲撃から、まだ二週間と少しの時しか経過していない。サオリ達には止められているけど、調べてみればネットでは未だに桐花スオウの悪名は高いわけで。

 怖いんだよ、やっぱり。

 

「だって、こんなところでバレたら……サオリ達まで巻き込んじゃう……」

 

 せっかく、やっと自由に生きれるようになったのに。サオリ達がまた、暗くて狭い場所にいなきゃいけないなんて、そんなの。

 

「……アズサ。スマホを貸してくれ」

「ああ」

「スオウ、見ろ」

「……?」

 

 サオリに差し出されたスマホを受け取る。明るくて目が慣れないけど、少ししたらちょっとずつ見えるようになってきた。画面の中には、翼の生えた少女が一人。誰だろうと思って、少ししたら自分だとわかった。

 

「どうだ、普段のお前とはどうしたって結びつかないだろう?」

「……」

「……それに、心配しなくても私たちは弱くないさ。その時は存分に巻き込んでくれ、スオウ」

 

 サオリに無理矢理フードを脱がされて、ウィッグで長くなった髪を後ろで纏められた。

 

「だからそう怖がるな」

「……はい」

 

 久々に感じる、頭の後ろが重たい感覚。髪を結んでいた頃をなんとなく思い出した。

 

「……ごめんね、スオウさん。私も配慮が足りなかったわ。でもあのことは……確かにミレニアムでも大事件だけど、みんなどこか他人事よ。当事者じゃないもの。大丈夫、誰も隣にいるのがスオウさんかも、なんて思う人はいないわよ」

 

 言われてみれば、それもその通りだった。悪いことじゃないけど、少し警戒し過ぎてたかな。

 

「堂々と、普通にしてればバレないわ。だから……できれば楽しんで。ね?」

「楽しむ……」

 

 楽しむ、か。変装とは言えど、着たい服を、自由な選択肢から自分で選んで決める。この世界に来てから、一度もやったことはなかった。

 自分に似合う服がどんなのかとか、そんなことはわからないけど……でも、少し心が躍るかもしれない。

 

「それに、サオリ達に好きな服を着てもらうことだってできるかもしれないのよ?」

「今なんて?」

 

 サオリ達に好きな服を?サオリ達に好きな服を?サオリ達に好きな服を?

 

「行きましょう、今すぐ行きましょう、ほんの一瞬の時間だって惜しいですさあ行きますよ!!」

「急に元気にな、離せ!!」

 

 サオリとついでに近くにいたアズサを両脇に抱えて、路地裏の外へ向かう。さて、どんな服を着てもらおうか。サオリはスタイルがいいから、普段着ていたアリウスの制服のように……足の美しさが強調されるようなものがいいな。アズサは華やかに飾るのが合いそうだ。

 

「……私たち、着るなんて一言も言ってないけど?」

「聞こえませんねぇ」

 

 ミサキにも色々服を着てもらおう。

 小さい声で呟くミサキをよそに、そっと心の中でそう決意した。

 

 

 

 

 赴いたのは、大きな百貨店。大きな、なんて単純に表現したけれど、その巨大さはとても一言では表せない。

 何せその階層は一階や二階なんかじゃなく、なんと脅威の十階建。加えて、地下には食品街まであると来たものだから、はっきり言ってアリウス分校の校舎より大きい。マユミ曰く、流石にこの大きさの百貨店はそこら中にあるわけではないらしい。

 

「これがフロアガイドよ。衣料品店は……ここからだと、一番近いのは三階かしら」

「迷路みたい」

 

 だよねアツコ、俺もそう思う。なんで一階だけで十以上の店があるんだろう。しかもなんか、十階には木が植ってるし。わけわからん。

 

「い、いえ……ここからだと、一番近いのはここです……!」

 

 ふとヒヨリが、そう言ってフロアガイドの一部を指差した。そこには確かにファッションアイテムと書かれていて、なるほど、確かに衣料品が売っているに違いない。

 

「よく見つけましたね、ヒヨリ」

「や、役職柄地形の把握は大事なので……へへ……」

 

 ああなるほど、スナイパー的な意味で……確かに大事だよなぁ。

 

「近いのならそこに向かおう。ヒヨリ、案内を頼めるか?」

「ま、任せてください!」

 

 ヒヨリの案内に従って、人混みを掻き分け先へ進む。休日だけあってなかなか混み合ってはいるものの、元来の広さで迷子になる程ではなさそうだ。

 少しして、小洒落た暖色のライトに照らされた店が見え始めた。店先はガラス張りになっていて、ウチの売りはこんな服だぞ、と、示し出すように飾られている。

 

「……なんというか。慣れない感じ」

「うん……」

 

 ミサキにアツコがそんなことを話していて、なんとなく共感して。けれどもマユミは慣れているんだろうな、案内を頼もうかと振り返ると、少し顔が引き攣っていた。

 

「マユミ?」

「スオウさん……ミレニアムってね。郵送技術も発展してるの」

「ん……?」

「つまりね、部室から出なくたって欲しい服はネットで注文できちゃうのよ」

 

 ……ああ、なるほど。要するにマユミは。

 

「引きこもりですね」

「ちょっとスオウさん!?なんでそんな酷いこと言うのかしら!?言わないでしょうそんなこと!!」

「冗談です」

 

 しかし困った。頼みの綱だったマユミまでこうだと、本当に探り探りになってしまう。前世の記憶の中でも不要な部分だったから、あんまりこういうことは覚えてないし……ミカがいれば楽だったんだけど。

 

「とりあえず、中に入ろう。困ったことがあればお店の人に聞けば大丈夫」

「え?」

 

 うんうんと首を捻っていると、アズサがスッと手を伸ばして自動ドアを開いた。

 

「この前、ヒフミ達と水着を買いに行ったから。少しくらいなら、こういう店で何をすればいいのかわかる」

「あ、アズサぁ……!」

 

 妹ってのは、姉の目が届かないところで姉より成長してるものなんだなぁ……いつの間に、こんなにしっかりして。それはそれとして水着は後で見せてもらおう。あんまり際どいのだと心配だし。アズサがどんなのを選んだのかも気になるから。

 

「わ……」

 

 入ってすぐに、アツコが小さな歓声を上げた。他のみんなは声を出さなかったけど、多分気持ちはみんな同じだったと思う。

 煌びやかに光で装飾された、清潔な布。綺麗に裁縫されていて、一つ一つの服が綺麗で。何より、新品だ。

 

 アリウスでも服を買うことができなかったわけじゃないけど、かなり高かった。衛生管理の観点から、石鹸は与えられてたけど。同じ服をできるだけ長く使い回すためには、多少のほつれや穴も縫って直すしかなかったから。

 だから、こういうのはかなり新鮮だ。

 

「へぇ……こんな感じなんだ」

「あの鏡のついた部屋は……なるほど、あそこで服を試すことができるのか」

「あ、ちょっと覚えてます。確かシチャクシツ、とか言った記憶が……」

「す、すごいです……!雑誌に載ってたものより綺麗です……!」

「ちょ、みんな好き勝手し過ぎよ!」

 

 各々の好き勝手に店内を物色し始めたところで、マユミに困り気味に呼び止められた。

 

「気持ちはわかるけど、その反応は不審よ……」

 

 呆れたようなため息をつかれて、正論故に何も言い返すことができない。仕方なく、トボトボとマユミを中心に全員で集合する。

 

「いえ、別に全員で集まる必要はないのだけどね……?みんな好き勝手に見て大丈夫よ?」

「嫌です。妹に似合う服を探します。そして着てもらいます、私にとってはそれが全てです」

「お前、目的を見失ってるんじゃないだろうな……」

 

 サオリ、俺の目的は最初からただ一つ。妹達を可愛く着飾ることなのだよ。今の時間で、もうほとんど目星はつけてある。

 

「おい、どこへ」

「うーん、これとこれと……サイズが少し小さいですね。ごめんなさい、これのワンサイズ大きめなやつってありますか?」

「そちらのワイドパンツですね。カラーはこのままでよろしいでしょうか?」

「はい、問題ないです」

「承知いたしました。少々お待ちください」

 

 よかった、そこに無ければ無いとか言われたらどうしようかと思った。

 サオリは可愛い系よりも少しクールな、オフィススタイルの方が似合いそうだからな。あれならピッタリだ。

 

「待て、なぜ私の服のサイズを把握している……!」

「へ?そりゃ、お姉ちゃんですから!もちろんミサキ達のも把握してますよ」

「うわ……」

「ドン引きしないでくださいよ!?」

 

 しかし、さっきの店員さんが戻るのには時間がかかりそうだな。今のうちに他のみんなのも集めておくか。

 

「げ、なんかテキパキ集めてるし……ちょっと私、自分のだけ決めてきちゃうね」

「わ、私もお供します……!」

 

 む、逃げられたか。まあいいさ、存分に楽しんでもらって構わない。今まではそれさえできなかったんだから。それに……どうせ後で着てもらうことに変わりはないんだから。

 

「……珍しく悪そうな顔してる」

「あれ、アツコは逃げないんですか?」

「特に理由もないから」

「む、そうですか」

 

 それじゃあ、先にアツコの服を探してみるか。アズサは自分で何やら集め始めているし、サオリは困惑に打ち勝てず硬直状態だし。

 

「何か希望のジャンルはありますか?」

「うーん……」

 

 アツコは下唇に指先を当てて、少しの間考えて、そしてふと思いついたように。

 

「ロングコートがいいかな」

「なるほど……ふむふむ、ロングコートですか……」

 

 これからの時期、キヴォトスは寒くなるしそんなに悪い選択肢じゃない。しかし、まだ残暑の日も稀に湧いて出るわけで……そうなると、気軽に調整できるような……薄手のコートで、インナーも同じく。

 そんな条件で探してみると、トレンチコートなるものがしっくり来そうだ。アツコはスカートがよく似合っているし、やっぱりスカートで。

 

「ふーむ……こんなのはどうですか?」

 

 選んだのはベージュのトレンチコート。薄い茶色みてぇなよくわからない色のスカート……あ、タグにモカブラウンって書いてある。よくわからないけど、なんだかいい具合の色の丈が長いスカートを、ウェストベルトで止める形。同色のスニーカーに、インナーは白いブラウスを。

 ただでさえ華奢なアツコがさらに細く見えてしまうけど、それが逆に庇護欲を掻き立てられる。うんうん、我ながら良い選択だ。

 

「でも、何かワンポイント足りないような……」

「とりあえず、着てみるね」

「どうすれば良いかわかりますか?」

「うん、大丈夫」

 

 そう言って、アツコは渡した服を持ってシャッと試着室のカーテンを閉めた。なんとなくにしろ、使い方はわかっていたらしい。

 

「スオウ、アツコはどこだ?」

「あ、サオリ」

 

 長い長いロード時間から復帰したらしいサオリが、何かをカゴに入れてこちらへ来た。アツコを探しているのか、その目線は一箇所に数秒と留まらない。

 

「サッちゃん?どうしたの?」

「……なんだ、もう決まっていたのか……よく似合っているな」

「ありがとう」

 

 うー、む。似合っている。似合っているんだけど、やっぱり何かが足りない。なんだろう、こう……素材の良さを引き出すための物が足りないというべきか……牛丼に紅生姜がついていないような……なんか変な例え方をしちゃったけど、そんな感じだ。

 

「サッちゃんは何を持ってきたの?」

「ああ、いや……何から決めれば良いのかわからなくてな。ひとまず、帽子から見始めたのだが……アツコによく似合いそうだな、と」

「帽子?」

 

 カチリ。頭の奥底で、噛み合う音が鳴り響く。

 

 帽子。帽子、そう帽子だ。帽子が足りていなかったんだ。

 

「サオリ、見せてください」

「え?あ、ああ……これなんだが」

 

 サオリが持ってきたのは、ブラウンのベレー帽。バイザーがない、ベレー帽だ。

 

「貸して」

 

 俺が何か言うよりも先に、アツコがサオリからヒョイ、と取り上げて、自分の頭に被る、と言うよりも、乗せるようにして着飾った。

 長い、淡い、儚い紫の髪色を解き、後ろに流して、その不安定な足場に柔らかに接していて。

 

「うん、いい感じ」

「サオリ、流石です!流石私の妹です!あなたは天才です、大天才です!!」

「そ、そうなのか?まあ、役に立ったならよかったが……」

 

 流石だ、流石サオリだ。足りていなかったのは紛れもなくあのアイテム、絶対に必要だった。少し大人びているように見えて、アツコの可愛らしさを過剰にならない程度に演出している。

 

「うん、私はこれにしようかな……サッちゃんはまだ何も決まってないの?」

「ああ……正直、自分にどんな物が合うのかわからなくてな」

「ふーむ……サオリはスタイルがいいですし、なんでも似合いそうですが」

 

 だからこそ、選択肢が広がりすぎて難しいのかな。というか、さっき頼んだ服がそろそろ来てもおかしくないはずなんだけど。

 

「お客様、お待たせいたしました。こちら、先ほどの商品のLサイズになります」

「あ、はい!ありがとうございます!」

 

 噂をすればだな。うんうん、ちょっと小さい気もするけど、このサイズならサオリも充分着る事ができるだろう。

 

「サオリ、これを」

「い、いや私は」

「これを」

「……ああもう、わかったよ」

 

 そう、サオリの服はもうとっくに決めてあるんだ。本人が気にいるかはわからないけど、少なくとも俺はあれが似合うと思う。

 

「私の時より、随分パーツが少なかったけど」

「ぱ、パーツ……まあ間違ってはいませんが……」

 

 試着室の奥へと姿を消すサオリを見送りながら、アツコが話しかけてくる。確かに少し迷ったけど、多分あのくらいが良い。

 

「それに、なんでバッグ?」

「ああいうのもファッションの一部なんですよ。アツコも良かれと思ってカバン持つよ、とか言うと、怒られることがあるから気をつけてくださいね」

「へー……」

 

 うん?よく考えたらどこでこんなことを……ああ、前世か。多分姉貴がなんかほざいてたんだろうな。

 

「す、スオウ……少し助けてくれ……」

「ん?」

 

 そんなことを考えていると、サオリからヘルプサインがあった。

 

「この、なんだかよくわからない……これが解けて……」

「ああ、これですねぇ……」

 

 なんてったっけ、確か……ボウ……ボウフラ、じゃない、ボウタイだ。縫い付けられてるタイプじゃなかったか……ブラウスと同一色じゃないから気付けなかった。

 

「ほとんどネクタイと同じ要領……って言っても、わかんないですよね……ちょっと待ってください」

 

 サオリの首に長い布をかけて、まずはぐるっと一回転。

 

「苦しくないですか?」

「問題ない」

 

 少し緩めに、右と左、両端を交差させて、片方を首から下に、先ほど首回りに作った輪の内側に入れて、長さを軽く整えて。

 

「よし、完成!」

「助かった……大体把握はしたが、今度改めて教えてくれ」

「任せてください!さ、行きますよ!」

 

 無事に着用し終えたサオリの手を引いて、カーテンを開ける。その髪色よりも少し強い、藍色のブラウス。それよりもさらに明るい印象を抱かせるグレーのワイドパンツに、黒い革の靴。トドメとばかりに、まっさらな色をした、小さく一点、光を反射するバッグ。

 

「全体的にクール系にまとめてみました。どうですか、サオリ」

「ん?そ、そうだな……このバッグが……弾薬を入れるのに、ちょうど良さそうだ」

「そのためにあるわけじゃないですからね?」

 

 いや、キヴォトス的には正しいんだろうけどさ。

 

「へぇ、似合ってるね。意外とマトモなの選んだんだ」

「ほ、本当に意外です……どうせ『I love my sister』とか印字されたシャツを着せられると思ってました……!」

 

 と、そうこうしているうちにヒヨリとミサキも戻ってきた。二人とも服はすでに決めてあるのか、カゴには服が入れられている。

 あとヒヨリ、小声で言ってるの全部聞こえてるからな。考えなかったわけじゃないけど。

 

「で、それにするの?」

「まあ、そうだな……ひとまず、他のものも見てから決めようと思う」

「そう」

「ミサキ達はどんなのにしたんです?」

 

 会話の流れが途切れた隙を見て、気になっていたことを質問してみる。

 

「どんなのって……こんなのだけど」

「せっかくだし着てくださいよ。私、二人の可愛い姿が見たいです」

「……はぁ……わかった、ちょっと待ってて」

 

 ちょっとミサキ?なんでため息を吐いたのかな?多分着るまで付き纏ってくるんだろうなコイツ、ああめんどくさい的な意図を感じるんだけど?

 

「はい、これ」

 

 そんなほんの僅かな思考の時間で、ミサキはすぐさま服を着終わったらしい。

 

「……パーカー、ですか」

 

 出てきたミサキが着ていたのは、いつも通りに近い黒いパーカー。下には白が合わせられていて、ダボっとした感じが無防備に見えて、緩やかな華やかさを演出している。

 

「そうだけど。何か悪い?」

「いや、悪いってわけじゃ……」

 

 ただ、何て言うんだろう……さっきカゴに入ってたのって、これじゃないような……?

 

「失礼」

「ちょ、何勝手に……!」

「あ、やっぱり」

 

 試着室の中に残されたカゴを見てみると、先ほど見ていた黒いパーカーが残されていた。こちらはジッパーがついているから、多分これが違和感の正体だ。

 

「なんでこれを」

「やめっ……!」

 

 なんとはなしに広げてみると、特段変わったところもない、普通のパーカーだった。

 

「……」

「ああ、もう……!」

 

 ただ一つ。胸元に、デフォルメされたクマが縫い付けられていること以外は。

 

「可愛いですね」

「……最悪」

 

 隠しておきたかった秘密を見られたせいか、ミサキはこれ以上となく不機嫌そうだ。

 

「ミサキ、上脱いで」

「は?なんで」

「いいから」

 

 渋々と、今着ているパーカーを脱ぎ始めるミサキ。

 先ほどまで着ていたそれを受け取って、逆に手に持っていた方を、少し背伸びしながらミサキに着せて。

 

「うん。よく似合ってますよ。可愛いです!」

「……知らない、興味ない」

 

 苛立ちが頂点に達したように、不機嫌そうに脱ぎ捨てたパーカをひったくって。でも、今着ているそれを脱ぐつもりはないみたいだった。

 

「い、一応、着てきました……!」

 

 ミサキを送り出した横で、シャッとカーテンが開いた。ヒヨリの声だ。

 

「ヒヨリは一体どんなのを……」

 

 横へ向けてチラッと視線を送って、真っ先に目に入ったにはアウターのチェックシャツ。袖を前腕の半分くらいまで捲って、少し活動的な印象を抱かせる。ボタンの上は開けられていて、一方でキュロットパンツは大人しめな色。

 その柔肌を下品にならない程度に広げていて、なんというか……少し話しているだけで人を勘違いさせそうな。魔性の妹だ。加えて。

 

「バンダナですか?」

「は、はい……!」

 

 いつものサイドテールが、ヘアゴムではなく白色バンダナに変えられている。なるほど、ワンポイントになっていてなかなか洒落た……雑誌を見ているだけあって、流石ヒヨリだ。

 

「って、あ……」

 

 かと思いきや、そのバンダナが取れ、たちまちに髪の毛がバラバラと解けてしまった。

 

「あ、あぁ……!や、やっぱりダメでしたか……その、うまくできなくて……いつも通りが一番ですね」

「ヒヨリ、後ろ向いてください」

「え……?」

「髪を結うから、後ろ向いてください」

「は、はいっ!」

 

 素直に後ろを向いたヒヨリの髪を、一束一束、痛くならないように慎重に。小さい掌に、可能な限りまとめる。

 

「懐かしいですね。昔、こうやってみんなの髪を結んだことがありました」

「あ、あれはスオウさんが無理矢理……」

「そうでしたっけ?」

「……そうでもなかったかもしれないです」

 

 何でか記憶のかけらに残っていた、髪の結び方。あんまりアレンジは知らないけど、いくつか覚えてるものもある。

 まずハーフアップを作って……それで、ゴムの下にスカーフを……結んで、髪を上にして。前から髪を持ってきて、今度は髪の毛を結んで。スカーフを上に通して、また髪を結んで。

 

「……よしっ!完成です!」

 

 少し編み込んだようなヘアアレンジの完成だ。……髪の毛ロープを作った技術が、こんな風に役立つとは思わなかった。

 

「え、えと……」

 

 この髪型のこだわり、たくさんあるけど一番大きなものはたった一つ。

 

「落ち着かないです……!!」

「はははっ……眼福ですね!」

 

 普段は見えないヒヨリの左目が見えることだ。髪を後ろに持ってきているから、ヘアピンで満足に分けれる範疇に。我ながら良い出来栄えだ。

 

「というか、これ自分でできないんじゃ……」

「その時はまたやってあげますよ!さ、みんなにも見せてあげましょう!」

 

 そう言って、カーテンを思いっきり開ける。ヒヨリから変な鳴き声が聞こえた気がしたけど、多分気のせいだ。

 

「……あ、ヒヨリか。誰かと思った」

「ひ、酷くないですか!?」

「気持ちはわかる。そっちの目は……私は、初めて見た」

 

 と、いつのまにアズサも……アズサ?そのカゴに入れてるキモ、じゃなくてキモ可愛い鳥のシャツは何かな?お姉ちゃんすごく見覚えがあるんだけど?

 

「私は充分服を買っているから、ヒフミにお土産と……寝巻きを買うことにした。見て、スカルマンのパーカーを見つけた!」

「あ、かわいい……」

 

 うん、可愛いと思うよ。スカルマンも、それを着てるアズサも。そっちの鳥には触れないでおくけどね。

 しかし、そうか……言われてみれば、アズサは今着ているあれが私服か。フリルのついた、オフショルダーの白いシャツ。ベルトに当たる部分に大きなリボンのある、ハーフ丈の黒いスカート。

 露出が多くて少し心配になるけど、カジュアルな感じで……あと、今翼があるからわかる。ああいう服、絶対楽だ。……さっきから腰回りが蒸れて気持ち悪いんだよ。

 

「みんな、ある程度目算はつけましたか?」

「私は大丈夫、だけど……スオウは?」

「へ?」

「スオウの服はどうするの?」

 

 アズサの言葉を補足するように、アツコが付け加えてきた。

 ああなるほど、俺の服か……俺の服。

 

「ワタシノフク……?」

「何故だ。何故先ほどまで意気揚々としていたのに、途端に理解力が消え失せるんだ!?」

「い、いやだって」

 

 サオリ達の服はアイディアが湧き出て足りないくらいだったのに……いや、俺の服って言ったって……なんだろう。こう、『I love my sisters』って書かれたシャツとか……?

 

「ちょっと目当てのものができたので探してきます」

「サオリ、止めよう。ろくなこと考えてない顔してるよ、コイツ」

「ああ、その通りだ……!」

「は、離せっ!!離してください!冗談ですから!!」

 

 むぅ、服……ううむ。あんまり露出が多いものは着たくないし、スカートも落ち着かないから嫌だし……どうしたものかなぁ。

 

「あら、もうみんな決めちゃったの?」

 

 そんな悩みを察知したかのように、ふと聞き覚えのある声がかかる。

 

「あ、マユミ。今私の服、を……?」

 

 待てマユミ。何だその、後ろの……大量の荷物は。カゴにこんもりと山積みで、六個くらいあるけど……?

 

「……ん?ああ、これね……スオウさんに試着して欲しい服よ!」

「は?」

 

 全部?後ろのあの山全部?なんだかんだマユミもキヴォトスの生徒なんだなぁ、って思わせるくらいに山積みのあの服全部?

 

「いやー、一つに決めきれなかったわ!サオリ達の分も考えてあったんだけど……もう決まっちゃったみたいだしね」

「え、いや、確かもう少し見て回るつもりだとか」

「ああ、そうだ。私たちはもう決めた、あと決まっていないのはスオウだけだ」

「サオリ!?」

 

 ちょっと?何で俺から目を逸らすのかな?スケープゴートにしたよな今、絶対したよな。

 

「それじゃあスオウさん、早速これを着てちょうだい!」

 

 マユミが差し出したのはロング丈のスカートに、薄手のニット。

 

「スオウさんは背が小さいからこういうのが似合うと思うの!」

「誰がチビですか誰が!!煽りに来たんですか!?」

「そんなつもりないわよ!!いいから行ってきて!!」

 

 抗議を示してみるものの、服と一緒に更衣室に押し込められる。

 

「えぇ……?マジで……?スカート履くの?俺……」

 

 いや、今までも履いた事がないわけじゃない。でもそれは必要に駆られてというか、別に仕方ない場面だったからであって……流石に抵抗が。

 

「スオウさん早くしてちょうだい!後がつっかえてるわ!」

「う、うぅ……!」

 

 勘弁願いたい。勘弁願いたいけど、多分見逃してもくれない。

 

「ぐっ……!」

 

 短めのズボンに手をかける。その行為だけで、目の前にあるものをお前は今から履くのだと、強くそう言われたような気がして。

 

「や、やっぱ無理!!やっぱり無理です!!マユミ、スカート以外!!スカート以外ください!!」

 

 勢いでカーテンを開けて、服を突き返すと。

 

「ねえ、これとかスオウに似合いそうじゃない?」

「確かに……それに組み合わせるなら、こっちの方が色は合いそうだ」

 

 何故か服が増えていた。しかもスカートの割合が高い上、フリフリとした可愛らしいデザインのものが。

 

「スオウ、どうした?まだまだ服はあるんだ、早く着てくれ」

 

 サオリ、まさか普段の意趣返しで……違う、あれは善意だけで構成されている瞳だ。だからこそ厄介なんだけど。

 

「スオウさん……身長が低い人はね?スカートの方が似合うのよ……それに、尻尾ならまだしも翼だと……翼がある人向けの商品って、そっちの方が多いから」

「なぁ!?」

 

 こんなところで翼を選んだ弊害が……!?

 

「さあ、スオウさん。さあ!さあ!!」

「っ……!う、あ……!!」

 

 深呼吸して。顔まで血が迸る感触を、グッと堪えて。カーテンを閉めて、一息にズボンを下ろす。普段から着ている、可愛げのないデザインの下着が見えた。

 スカートを持った。ウェストを広げた。右足を通した。左足を通した。腰まで上げて、ベルトを絞めた。

 

「ぐ、う……う、うぅーっ……!」

 

 上着を着て、カーテンを開ける。それを見て、マユミがパアっと顔を輝かせて。

 

「可愛いわ!!すごく可愛いわスオウさん!!」

「……確かに、普段とは見違えたな。スカートの丈で少し足が長く見え……なるほど、大人びている。よく似合うじゃないか」

「マジマジと感想言わなくていいですから!!」

 

 聞いてるこっちが恥ずかしい、顔から火が出るんじゃ足りない、溶け上がる……!

 

「次はこっちよスオウさん!」

「待って、できればこっちを先に……」

「いや、ここは私が」

 

 何でみんな、俺を差し置いて盛り上がってるんだろう。近づいてくる愧死の足音を聞きながら、ぼんやりそんなことを考えた。

 

 

 

 

「つ、疲れました……」

 

 帰路について、買ってもらった服を着ながらのんびり歩く。いつの間にやら日は落ちていて。疲れた、本当に疲れた……もう今日は、帰ってすぐに寝よう。寝付けるかは知らないけど。

 

「ごめんなさい、スオウさん……ちょっと調子に乗りすぎたわ……」

「私達もだ……すまなかった」

 

 結局あの後、一時間以上は着せ替え人形のように服を取り替えられてたと思う。今日だけで一生分の服を着た。

 

「……いえ」

 

 でも、それでもやっぱり。

 

「すっごく楽しかったです!」

 

 楽しかった。心からそう思う。

 ……シアンと、アンナも……二人も一緒に……連れて来たかったな。

 

「……そう……そう!ならいいの!良かった……!」

「……ん?」

 

 ふと、アズサのスマホがピロンと鳴った。モモトークとは違う、聞き覚えのない音だった。

 

「これは……スオウ宛だ」

「わ、私ですか?」

「うん。ミカから」

 

 ミカって……いつのまにアズサと連絡先を……?

 

「えぇと、なになに?スオウちゃん、久しぶりだね……」

 

 メールとは、今日日珍しい。そんな思考と共に、メールを読み上げる。

 

『今の生活には慣れた?元気してる?ちゃんとご飯は食べないとダメだよ☆……って、別に説教したくて連絡したんじゃなくてね。マユミのところに荷物を送ったから、混乱しないように連絡だけしとこうと思って』

 

 心当たりがあるかとマユミを見ると、首を横に振られた。

 

『多分今夜くらいに届くよ☆中身はアズサちゃんとお揃いの……昔作ったの、覚えてるかな?あの服と、サミュエラの化粧品!スオウちゃんもおしゃれしてみてね!今度時間が空いた時に、トリニティで会おう☆』

「ミカより……との、事です」

 

 化粧品……サミュエラって、確か高級化粧品メーカーだったような……?いや、それより……!

 

「……スオウさん。帰ったら化粧の仕方を教えてあげるわ」

「も、もう今日は勘弁してください!!もう無理です!!」

 

 ミカ。ありがたいけど、ちょっとだけ恨む。なんて、心の中で理不尽な怒りを抱いた。

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