ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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【過去編】分隊長採録:二

 どこともわからない、暗い場所。

 暗くて暗くて、狭い場所。

 

 そこが私の居場所だった。

 

「お前なんて生まれてこなければよかったのよ。お前に価値なんてない」

 

───そうだったんだ。

 

 お母さんに言われた時、なんとなくそう思って……納得した。

 だってお母さん、私をぶつし、ご飯もたまに忘れちゃう。

 

 たまに、たまーに、私が何かを持ち帰って来た時、その時だけ。

 

「ありがとう。愛してるわ、スイ」

 

 そう言ってくれた。何かはお金だったり、食べ物だったり、そうじゃない他のものだったりもした。

 

 つまり私は、そのために生まれてきたのかな。

 それができないから、お母さんが私が嫌いなのかな。

 

 じゃあ、私は私にできることをしなきゃ。お母さんがそう言うなら、きっとそれは間違いじゃないから。

 言われたことしてれば、それはきっと正しくて。私はきっと、正しい何かになれるんだ。

 

 なんとなく、私はそれになりたかった。だから、できることをした。

 

「スイッ!!スイぃっ!!」

 

 ある時、お母さんはどこかに連れて行かれそうになっちゃった。

 可哀想だなぁって、ぼんやりとそう思ったのは覚えてる。

 

 それと、その時の記憶は……はっきり、覚えてる。

 

「助けなさいよっ!!」

 

 助けなさい。命令。

 じゃあ、今正しいのはお母さんを助けることだ。

 

 そう思って、私はお母さんを助けようと思った。

 

「なんのためにお前を育ててきたと……むぐぅっ!?」

「はぁ……物品の横領に、人員の秘匿。その上、それを好き勝手使っていると来たか。腐りきっているな……む?」

 

 お母さんを連れに来た人は、強かった。

 私のぱんちは、たまにだけどお母さんに『すごい』って言ってもらえた。『価値がある』って言ってもらえた。

 

 じゃあ、これは私の『正しさ』だ。

 

「……ふむ。悪くない動きだ」

「っ……」

「このっ……!!役立たず!!もういい!!」

 

 でも、それはすぐに壊れちゃった。

 

 片腕で、軽くあしらうみたいに振り払われた。それだけ。それだけの動きで、完全に止められた。

 

「お前、名前は?」

「……わかん、ない……スイって……呼ばれてる」

「……おい、ゴミ」

「ぐっ……!」

 

 お母さんの髪がぐいって引っ張られて、その人の目線に合わせられてた。

 

 助けようとは思わなかった。もういいって、そう命令されたから。

 じゃあ、今は何もしないことが正しいんだ。そう思ったから。

 

「この子の名前は?」

「し、知らないわよっ……!スイってのも、髪の色で適当に呼んだだけで……」

「むぅ……苗字がないというのは不便、か」

 

 その人は、少し悩む素振りをみせて。

 お母さんの方を見て、ニヤって笑った。

 

「……うん、こうしよう!嵐咲フィリなんていう教官は、最初から存在しなかった」

「は……?な、何言ってんのよ」

「うんうん、そうだ。たまたま誤植によって、教官の一覧に記されていただけ。実情は、私が保護した生徒というわけだ!」

「っ……!」

 

 お母さんは、すごく怖がってた。

 ブルブルって、震えてた。

 

 私は、ああ怖そうだなぁって思った。

 

「まさか……!あんた……!!」

「そして……」

「っ……!!あ、あぁああっ!!」

「その場にいた侵入者が恐慌し、私に殴りかかってくる。私はそれに対し、正当防衛として迅速に対応を行った」

「が、ふっ……!!」

 

 お母さんはその人に殴りかかったけど、すぐにかわされて反撃されてた。

 私も手伝いたかったけどもういいって、そう言われてたから動けなかった。

 

「ふぅ……!ふぅーっ……!!」

「さて……それじゃあ、スイとか呼ばれていたか?」

「……」

 

 私は言葉を話すのが苦手だから、うんって頷いた。言葉にするよりは楽だったから。

 喋り方とか、そういうのがうまくわからなかった。知らなかったから。頑張ってちょっとずつ、ちょっとずつ覚えてた。

 

「よし。『コレ』の意識を奪ってみろ」

「ぐっ……や、やめなさい……!」

「……ごめん、なさい……やって、あげたいけど……やめなさいって、言われちゃった」

「……?」

 

 私がそう言ったら、その人は不思議そうな顔をした。

 

「なぜ従う?」

「命令、されたから……多分、それが正しい……」

「……くっ、ははっ……!」

 

 その後、おかしそうにけらけら笑ってた。

 

「はははっ!ああ、そうか!!それはそうかもなぁ……まったく、末恐ろしいよ。どうしたらこんなのが出来上がる?そこだけは評価できるな」

「っ……!」

「おい、お前。なぜこいつが正しいと思う?」

「……お母さん、だから?わかんない……けど……わたしは、間違ってて。お母さんは……正しいから、正しいんだと思う……」

 

 今思うと、自分でもあんまり分かってなかったんだと思う。

 でも、その時の私には、正しいものが正しかったから。

 

「そうかそうか、それは素晴らしい。だがな、こいつはお前の母親ではないぞ?」

「……そう、なの?」

「ああ、間違いないとも。お前、歳の頃は五、六ほどだろう。年齢から考えて、あり得ないんだよ」

「……そっ、か」

 

 そうだったんだ。ぼんやりそう感じた。

 納得してる自分も、びっくりしてる自分もいた。

 

「だから、こいつの正しさは偽物だ。迷いなく殴れ。傷つけろ」

「ふざけっ……!」

「それが『正しい』」

「……!わかった……」

 

 そう言われた時、私は迷いなくお母さん……ううん、お母さんだったものを殴った。

 一回や二回じゃ倒れなくて何回も、何回も。

 ごめんとか、許してとか、そんな呻き声を出していたけど、その時の私には関係なかった。

 だってお母さんだった人は間違ってて、私は正しかったんだから。

 ぐちゃ、ぐちゃって、拳を伝わる音も気にならなかった。

 

「……気絶したか。堪え性のないやつめ。さて……」

 

 気絶した血だらけの人を見て、その人はくるっとこっちを向いた。

 

「よくやったな。今日からお前が、『嵐咲フィリ』だ」

 

 その日から、私はフィリになった。

 

 

 

 

「いいか。お前は今日から、マダムのために働け」

「……まだ、む……だれ?」

「我々の目的……トリニティの破滅へと、助力してくれるお方だ」

「トリニティって……どこ……?はめつ……?じょりょくって……?」

「……はぁ……これは手間がかかりそうだな」

 

 私はばかだから、いつもその人を困らせてた。

 

「私のことは教官とでも呼べ。お前には教えねばならんことが多い」

 

 でも、その人は嫌々って感じに、私にいろんなことを教えてくれた。私が何か覚えるたびに……心の底から嬉しそうに、すっごく笑ってた。

 じゃあ、私は正しいことができたのかなって、私も嬉しかった。

 

「つまり……トリニティは……わるいやつら……?」

「そういうことだ。お前は馬鹿だが、飲み込みが早いな」

「そんな、こと……ない……言葉、まだ……下手……」

「……よくできているさ。最初に比べればな」

「教官が……教えてくれたから……ありがとう」

 

 人に何かしてもらったら、お礼を言う。それが正しいって教わった。

 だから、私も教官にお礼を言った。私が話せるようになって、頭が良くなって、正しくなれたのは……教官が、いたおかげだから。

 

「っ……ああ……いや……」

 

 でも、教官はその度に苦しそうな顔をした。嫌そうな顔をした。私には、それが何でかわからなかった。

 

「……礼を言われるようなことじゃない」

 

 なんでかな。その教官の言葉は、すっごく覚えてる。声が違って、顔が違ったから。いつもの教官より、もっと好きだった。

 

「それにフィリ、お前は…‥」

 

 でも、それはすぐに無くなっちゃって。なんとなく、残念だなぁって思った。

 

「……お前はまだまだだ。最低限、自分の名前くらいは書けねばな」

「書ける」

「……なに?今日教えたばかりだろう?」

「うそ……つかない。うそは、ダメ」

 

 あんまり教官が疑うから、私はすぐに書いて見せてあげた。教官は驚いて……目をまんまるにしてた。

 

「フィリ……」

「なに……?」

「……なんでもない。良くやったな」

「……えへへ」

 

 教官が褒めてくれるのは、あの人よりもわかりやすい。私が何かを覚えた時。だから、私は頑張れた。

 

 それから、一日が経って。一週間が経って。一ヶ月が経って。一年が経った。私もやっと色々なことをできるようになって、覚えるようになった。相変わらず、教官の部屋に居候してたけど。

 

「誕生日おめでとう、フィリ」

 

 ある日突然、そんな事を言われた。私はなんのことかわからなくて、しばらくの間ぼーっとしてた。

 

「誕生日?」

「ああ、その、なんだ……お前がフィリになってから、今日で一年だろう?生憎、生まれた日など知らないからな……仮初だが」

「なんで?」

「え?」

 

 私には良くわからなかった。教官が言ってることが。

 

「すべては虚しいのに、何で生まれた日を祝うの?」

「あ……それ、は……」

「……ごめん。多分、私が変なこと……聞いちゃったから……間違ってる。困っちゃうよね……」

 

 でも、教官の言ってることは正しいはずだから、どっちも正しいってことは……やっぱり、わからなくて。しばらく教官を見つめてた。

 

「……いや、偉いぞ、フィリ。その通りだ、良く覚えていたな」

「……!うん……」

「それより、お前に良い知らせがあるんだ」

「知らせ……?」

 

 教官は何かを棚にしまった。硬い音がした。ゴト、って。

 

「ああ。お前も今日から訓練に参加することができる、そして……私に育てられたお前は、特別に役職を与えられているらしい」

「役職……」

 

 少し、心がムズムズする感じがした。びっくりしたし落ち着かなかったけど、嫌な感じじゃなかった。

 

「この封筒に任命書が入れられているらしくてな。どれ、お前の役割は……」

「……教官?」

 

 紙を取り出して、サーっと目を動かして。教官は動きを止めた。何度か声をかけて、やっと動いてくれた。

 

「……密偵だ。主には……訓練兵、達の」

 

 密偵。内情を探る人。スパイ。そう教わった。

 

「……確かに、お前は口が硬いしな!言うこともよく聞く!お前に合っているよ。頑張った証だ!」

 

 教官は、何か……何かを隠していて。それを誤魔化すみたいに、溢れたみたいに。私の頭に手を伸ばして。

 

「フィリ、偉いぞ。お前は私の誇りだ」

「……!」

 

 初めてだった。全部が。

 

「教官……私、ダメかも……」

「な、なぜだ?」

 

 教官の声は、少し上擦ってた。嬉しそうに聞こえた。

 

「……だって、私……嬉しい……すごく、嬉しい……全部、虚しいはずなのに」

「……」

 

 そう言った途端、教官の目つきが変わった。私に向けられてるわけじゃなくて。何かを、決めたみたいに。

 

「……フィリ。私は今日、帰りが遅くなる。だが、寝るな。待てるか?」

「うん……大丈夫」

「偉いぞ。それじゃあ、少ししたら私は出る……その、だな……その前に……」

 

 教官は言葉を詰まらせた。今日は良く言葉を詰まらせる日だなぁ、珍しいなぁ、って思った。

 

「なに……?」

「いや、何でもない。それより、武器の手入れは終わったのか?」

「……あ」

「はぁ……やはりお前は、まだまだだな」

 

 教官はそう言って、準備を整えた。

 

 

 

 

 夜になった。時計は十二を回ってた。教官の帰りが、いつもより遅い。聞いてたけど、なんだか胸に足りないざわめきがあった。

 夜なのに、銃撃と爆弾の音が聞こえた。やけにうるさいなぁ、なんて思ってたら、その音がだんだん近づいてきて。

 

「フィリっ!!」

「……教官?」

 

 それはいつの間にか、扉を蹴破る音になっていた。

 

「ああよかった、起きていたか……!ここから逃げるぞ!!」

「え……?」

 

 教官の言っていることはおかしかった。だって。

 

「逃げるのは……よくないことだよ……?」

「っ……!」

「間違ってること、なのに……」

 

 他でもない、教官がそう教えてくれた。だから私は正しくなれた、そのはずなのに……教官は、私の正しいを否定する。

 

「違う……」

 

 ボロボロで、血まみれで。私の正しいを、否定する。

 

「違うんだ……!私が……私が間違っていた……!!」

「教、官……?」

「ごめん……!ごめんな、フィリ……!私のせいなんだ……!そのせいで、お前に……あんな汚れ役を……!!」

「泣かないで」

 

 教官は泣いてた。泣くことはダメだって教官は言った。今日の教官は、いつもより正しくない。

 

「っ……もう、こんなところまで……!」

「……?」

「……フィリ……今から私が言うことを……よく、聞くんだ。私からお前に、最後に伝えられることだ」

 

 誰かの足音が、遠くからたくさん聞こえた。人の足音だった。教官も聞こえてるみたいだった。

 

「……うん」

「良い子だ。いいか。死ぬな。傷つくな。周りを憚るな、自分のためだけに生きろ。そうでなければ死ぬ。そうすればお前は正しい、どこまでも正しい。お前は何も悪くない。誰に責め立てられようと、それは……正しくないのは、私だ。いいな?」

「え?」

「私がここにいたことは忘れろ。他の教官の言う事を、よく聞くんだぞ。命令に従っていれば死なない。それが『正しい』。……いつか、お前を……あるいは、あの奇妙な奴が、まだこの地にいれば……助ける人間が、いるかもしれない。そしたら今度は、そいつが『正しい』。そいつに従え。そいつと共に、こんなところからは逃げてしまえ。いいな?」

 

 いつもなら、いつもの私なら。「はい」って、「わかった」って答えたと思う。でも、その日だけはそんな気分になれなくて。

 

「いやだ……」

「……フィリ?」

「教官、いなくなっちゃ……ダメ……正しくない……」

 

 いつの間にか、教官に抱きついてた。そうでもしなきゃ、いなくなっちゃう気がしたから。

 

「……ありがとう、フィリ。お前は最後に……最後まで、良い子だったな。純粋で、言う事をよく聞く……だから、私のせいで……それでも、優しいから。ありがとう、フィリ……言えなかった願いを、叶えてくれて」

「っ、か……!」

「お前が教えてくれたものだ。虚しさじゃない、この感情……あいつらも、そのためだったのかもな。……愛してるよ。フィリ」

 

 そしたら、首の後ろに強い、強い衝撃が来て。次に目が覚めた時には、教官はいなかった。

 もう、戻ってくることもなかった。

 

 

 

 

 その日から、一週間が経って。私は、教官が住んでいた部屋を与えられた。物が綺麗に整えられていて、でも、それを触ったり、動かすつもりにはならなかった。部屋から教官が無くなっちゃうから。

 

「おはようございます、嵐咲フィリさん」

 

 代わりに、同じくらいの大きさの人が来た。何も変わらないはずなのに、何もかも変わった。

 

「あなたの役割は、我々への反乱の意思を監視し、その力を削ぐこと……言うなればスパイです」

 

 その人はとっくに知ってる事を、わざわざ懇切丁寧に教えてくれた。嫌いじゃなかったけど、好きでもなかった。だって、そんなこととっくに知ってるし、どうでもよかったから。

 そんなことよりも、教官はどこへ行ったんだろう。教官は、最後に……あの時だけ、初めて。言ってくれた。あの人よりずっと回数は少ないはずなのに、ずっとずっと嬉しかったのに。私が悪い子だから、正しくないから、いなくなっちゃったのかな。

 

「……聞いていますか?」

「あ……ごめん、なさい……考え事」

「……はぁ……あなたは優秀だと聞き及んでいたのですが」

 

 その人はため息を吐いて、呆れた、って私の方を見た。「人の話はよく聞け」、教官は言ってた。私が正しくなかったんだから、しょうがない。

 

「まあ良いでしょう。二度は許しません、今回だけです。いいですね?」

「……うん」

「よろしい。では、改めて。あなたは訓練兵達に紛れ、反抗的な意思を持つ物。規則に反するもの。そして、逃げ出そうとするもの。これらを探し出し、逐次報告してもらいます。それがあなたの役割です」

 

 なんとなく、そうなんじゃないかなぁ、って思ってた。教官は私に、そういう技術も教えてくれた。人の中へ入り込む技術。

 

「自己判断により最大二人まで、『こちら』の人間を増やして構わないと仰せつかっています。ただし、慎重に」

「つまり……ええと……私と同じ人。二人まで。うん、わかった……」

 

 その言葉は意外だった。自己判断。私は間違ってるかもしれないから、そんなことするのは難しい。

 でも、命令された。命令に従っていれば正しい。教官は、最後にそう教えてくれた。私が正しいのかどうか教えてくれる人はもういないけど、そう教えてくれた。だからもう、大丈夫。

 

「あなた、ランって言うの?よろしくね」

「よろしくねっ!ランっ!」

 

 顔を変えるのも名前を変えるのも、大した事じゃなかった。元からなかったものだから。いつか裏切ることになったとしても、正しいのは私の方だから。

 

「訓練、キツいわね……」

「そんな、こと……ない……」

「ランはすごいなぁ」

 

 だから、この時間が楽しいって、そう思うことは。多分それは、正しくないことだから。

 

「ラン、大丈夫?ちゃんとお水飲んでる?」

「飲んでる……」

 

 心配されて、嬉しいって思うことも。苦しそうなのが、嫌だって思うことも。ずっと一緒にいたいって、教官みたいに思うことも。全部、全部、全部。間違ってる。

 

「ねぇ、私思ったんだけどさ。教官達の監視、抜け出す方法があるの」

「……そう、なの?」

 

 大丈夫。最初っからそのつもりだったんだから。

 

「ラン、一緒に逃げるよ!みんなで!こんなところ抜け出して、美味しいご飯でも食べに行くの!素敵でしょ?」

「うん……一緒に……逃げる」

 

 だから、教官……新しい教官に、報告した。話を聞いてみると、意図的に作った抜け道らしかった。

 

「あれ……お、おかしいな……何でここ、閉まって……」

 

 大丈夫。私は正しい。私は正しいって、教官は言ってた。あの教官……ややこしい。そういえば、教官は私に名前を教えてくれなかった。聞いておけばよかった。

 

「ちょ、ちょっと!早くしないと……!」

「わ、わかってるよ!でも……!」

「まさか、これって……!」

「罠。ですよ」

 

 ぼーっとそんな事を考えてたら、後ろに敬語の教官が立ってた。気持ちの悪い笑顔で、ちょっと吐きそうになった。

 

「私たちに反乱の意図がある物を炙り出すための、ね……まさか、ここまで簡単にかかるとは思いませんでしたが」

「ッ……!みんな、顔を隠して!逃げて!!ごめん、私のミスだ……!!ごめん……!食い止めるから、逃げて!!」

「フィリ、捕らえなさい」

 

 教官が、私の名前を呼んだ。心臓を掴まれる感じがした。吐きそうだった。嫌な汗が出た。

 

「え……ラ、ン……?」

「どうしました?今更、躊躇うのですか?この状況を招いたのは、あなただと言うのに」

 

 命令。命令は、守らなきゃ。それが正しい。正しい、正しい、正しい。

 

「ラン……?嘘だよね……?やめて……!!ラン……!」

 

 顔も見れなかったし、声も聞こえなかった。目を閉じて、耳を塞いで、蹴って、捕まえた。四人いたから、四人を、みーんな。

 

「何で……ラン……!」

 

 でも、私は正しい事をした。

 

「友達だと……思ってたのに……信じてたのに……!!」

「連れて行きなさい……よくやりましたね、フィリ。今後とも、よろしくお願いします」

 

 そのはずなのに、心臓のモヤモヤが晴れなかった。

 

「……ごめん……なさい」

 

 訳のわからない、バカみたいな塵の謝罪を、口の中から吐き出した。

 

 

 

 

 それから、三年間。私は、何度も同じ事を繰り返した。何度も、何度も、何度も、何度も。次第に、もやもやも薄くなっていった。

 そして、ある日。分隊長、というものになった。役割は変わらず、密偵。分隊長の内情を探る人間も、必要だったから。今回は、本当の顔と名前でやるように言われた。

 

「初めまして、嵐咲フィリ。私の名前は桐花スオウ……小隊長です」

 

 その人は、私の顔を見て……少し時間をおいて。小隊長だって名乗った。

 

「これから、よろしくお願いしますね!」

 

 笑顔で握手された。ああ、胡散臭い。何となく、そう思った。

 あの顔を私は知ってる。あの顔は、嘘つきの顔。あの人と同じ。あの人たちと同じ。私と同じ。

 

「よろ、しく……」

 

 だから、小隊長の秘密を探ってやることにした。それが私の役割。あとをつけたり、盗聴器を仕掛けたり、遠くからスコープで観察した事もあった。

 

「……なに、あれ?」

 

 盗聴器は通用しなかったけど、監視はうまく行った。あの人は、姉を名乗っていた。頭がおかしいと思った。

 

「……これが……胡散臭さの、正体……」

 

 なるほどなぁ。そうやって納得した。だって、あからさまな嘘だから。私の母親を名乗っていた人と同じ。

 私は、小隊長が嫌いだと思った。だから、ずっとずっとあとをつけて、観察して、監視して。

 

『あのクソバ……失礼、ベアトリーチェはクソ野郎ですが、賢いです。みんなもくれぐれも気をつけて……』

 

 ついに手に入れた。確固たる証拠を。設置型の盗聴器が通用しないなら、小隊長の言うところの妹の服に仕込んでやれば良い。シャワーを浴びるタイミングで回収して、それを持ち帰れば。

 

「……よし……ちゃんと録れてる……これで……!」

「それ。どうするつもりですか?」

 

 でも、それは。小隊長の、掌の上だった。

 

「っ……!」

「おっ、と……良い拳ですね。でも、狙いが甘いですよ」

 

 殴りかかって、それは簡単に止められた。それどころか、手にだんだん力が込められて……拳を握り潰されそうな感じがした。

 

「あなたですね。アリウスに存在する、密偵の正体。名を変え、顔を変え……そして、反乱の芽を摘む。妹達の中に、被害者がいました」

 

 嫌な予感。本能で、そう思った。私の拳を握った腕に膝蹴りを入れて、それでもビクともしなかった。

 

「可愛い妹達の戯れ、で済んでいればよかったのですが……そうも行かなそうですからね」

「っ……!?」

「そうしなければ、あなたが傷ついていたかもしれないことはわかりますが……あなたはやり過ぎました。反省してもらいますよ、フィリ」

 

 それどころか、その腕がだんだん持ち上がって行って……空中に、思いっきり投げ飛ばされて。そのまま鎖でぐるぐる巻きにされて、受け止められた。

 

「さて、どうしたものですかね……」

「……してない」

「ん?」

「よくない事……してない……」

 

 小隊長の言ってることは間違ってる。私は正しい事をした。だって、そう言われたから。

 

「……何でそう思ったんですか?」

「そうだって……教官に、言われたから……」

「どこのどいつですか、そんな馬鹿な事を言ったのは……」

「教官のこと。悪く、言わないで」

「……なるほど……あの行動は、そういうことだったんですね」

 

 小隊長は、私の言ってることを聞いて。納得が行った、そんな顔をして。今思うと、この頃……小隊長は、私のことを逆に監視してたんだと思う。

 

「フィリ、本当にあなたがやってきたことが正しいと思いますか?」

「思う」

「罪悪感は?」

「ない。間違ってたのは、あの人たちだから」

 

 本当だ。罪悪感なんてない。だって、正しいのは私だから。モヤモヤはしたけど、それももう無くなったから。

 

「……フィリ。ここにボタンがあります。起爆スイッチです」

「……何の?」

「あなたの部屋に仕掛けた爆弾の」

 

 私の家。そう言われたとき、背筋を針で何度も刺される感覚がした。

 

「ここから少し外れにある、校舎の近くですね?」

「ま、待って……何を」

「ドーン」

 

 そんな間抜けな効果音を口にして。小隊長は、スイッチを押した。何でもないみたいに、簡単に。確かに、私の家の方から爆発の音がした。

 

「……なん、で」

「なんで……なんでって……それが正しいからです。全ては虚しいんでしょう?何かに執着することなんて、間違ったことです」

「ふざけるな……!!ふざけないで……!!」

 

 教官の痕跡が消えた。教官がいた証が消えた。教官はもういないのに、さらにいなくなった。

 

「フィリ、暴れないでください。鎖で体を痛めます」

「うるさい……!!うるさい、うるさいうるさいうるさい……!!」

「今、どんな気持ちですか?あなたの部屋は、大切な人は、もう戻らない。壊れてしまった」

 

 どんな気持ちか。決まっている。怒りで。悲しみで。苦しみで。負の感情をいくつも煮詰めて、その灰汁を雑巾に染み込ませたみたいな気持ちだ。

 小隊長も、それをわかった上で聞いていたんだと思う。

 

「まあ、嘘なんですけどね」

「……え?」

「行きましょうか」

 

 小隊長に口を塞がれて、少し目を閉じたらすぐに、私の……教官の部屋に着いた。いつも通りだった。あの日から、何も変わってなかった。

 

「フィリ。あなたがやっていたことは、あれと同じことです」

 

 ポカーンとする私に、小隊長は話しかけてきた。

 

「もう一度、聞きます。正しいと思えますか?」

「……正しい……はず。そうじゃなきゃ……おかしい……」

「そうですか……それなら」

 

 小隊長は、爆弾を取り出した。何をするのか、嫌でもわかった。

 

「やめてッ!!」

「なぜ?」

「だって……だって、それは……!」

 

 わからなかった。あの時、教官に抱きついてしまった時と同じ。正しくないはずなのに、間違ってるはずなのに、やらずにはいられなくて。

 

「それはね、フィリ。それがあなたにとって大切なことで……正しいことだからです」

「……どういう……こと?」

 

 小隊長は爆弾を外にぶん投げた。ちょっと安心して、話を聞く気になれた。

 

「この世の中に、絶対の正しさなんてものは少ない。人によってそれぞれ、正しさは違います。私は私の思う一方的な正しさで、あなたの正しさを否定した。……ごめんなさい。怖がらせて、苦しい思いをさせた」

 

 謝られて、予想外だった。どうすれば良いのか、考えるのも難しかった。ごちゃごちゃ、頭の中がうるさくて。

 

「正しさは、人によって違う。それを人は、価値観、なんて呼んだりしますが……あなたがやってきたことは、それを踏み躙る行為で何より……人を傷つける行為。それが良くはないことなのは、わかりますね?」

 

 人を傷つける。そんなことはわかってた。それでもやれたのは、それを正しいと思ってたから。でも、それは違うらしくて……じゃあ、私がやってたことは。

 

「私は……悪い、ひと……?」

「……さあ。でも、しなくちゃいけないことがある。それは、わかりますか?」

「しなくちゃ、いけないこと……?」

 

 わからなかった。間違えないようにしてたから、間違えた時にどうすれば良いのかわからなかった。

 

「一つ。私と一緒に、フィリが騙した人に謝りに行くこと。許してもらえるかは分かりませんが、それでもです」

「……わかった」

「……そしてもう一つは……私の妹になることです!!」

 

 小隊長は、突然狂った。

 

「……そっちは、わからない。多分、違う」

「そう、偉いですよ、フィリ。それでいいんです」

 

 だから否定して、なのに、小隊長は褒めた。

 

「ちゃんと考えるんです。何が正しいのか、間違ってるのか。自分と、他の人と、照らし合わせて。鵜呑みにしちゃダメです、考えて、考えて、考えて……そして、自分だったらどうするか。どうするべきか。きちんと考えること。わかりますか?」

「……うん……それは、わかる」

「偉いですよ。それはそれとして今からあなたは私の妹です、良いですね?」

 

 小隊長は鎖を解いた。盗聴機を素手で粉砕して、窓から投げ捨てた。勿体無い。多分あれは、あんまり良くないことだと思った。

 多分、こうやって考えろ、って、小隊長は言いたいんだと思う。教官の言ってたことは、どうだったのかな。また今度、考えてみなくちゃ。そんな風に考えて、思い出して。それで、一番最初に思い出したこと。

 

「そこの、棚……」

「……棚?」

「誕生日……」

 

 誕生日に、教官が何かを入れた場所。

 

「開けて良いですか?」

 

 声に出さずに、頷いて答えた。小隊長は躊躇せずに、その棚を開けて。紙切れと、何かを取り出した。

 足に巻く部分が翡翠の色の、銃のホルダー。

 

『誕生日おめでとう、フィリ。これからも頑張れよ』

 

 あんまり綺麗じゃない字で、教官の字で。そう書かれてた。それだけの言葉で。

 

「……小隊長……泣くのって、悪いこと……?間違ってる……?」

「……間違ってないですよ。少なくとも私は、そう思ってます」

「そっか……そうだよね……」

 

 三年ぶりに、私は泣いた。小隊長は、ずっと一緒にいてくれた。辛かったねって、苦しかったねって、そんな事を言いながら。

 

 あの日から、私は考えてる。毎日毎日、ずっとずっと考えてる。私にとって何が正しくて、何が間違ってて。私と違う正しさを持つ人に、どうすれば良いのか。

 今の所、答えは出ないけど……もしかしたら小隊長も、私と違う正しさを持つ日が来るかもしれない。あの日感じた、胡散臭さ。あれは、あの奥にあるのは……ちょっと、私じゃ言葉にできないかも。

 だけど、それがあってたなら……今度は私が小隊長を止めてあげようって、そう思ってる。あの日、小隊長が私にそうしてくれたみたいに。

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