この物語はアメフト選手として成長したセナの奮闘記みたいなものです。
東京を出立して数時間後―――明日から通う私立誠光学院高等学校がある兵庫県へと到着した瀬那は、一度学校に行って教員に今日から暮らす学生寮の地図を貰って寮の前まで来ていた。
「今日から此処で暮らすんだ・・・」
瀬那は今日から三年間自分が暮らす事となる学生寮を見上げる。
学生寮と聞いていたからアパートみたいな場所を想像していたが、実際に見た学生寮はマンションや住宅団地と呼んだ方が相応しい場所だった。
教員の話によると、一部屋に四人で三年間共同生活をしてもらうらしい。
「いい人達だったらいいんだけどな・・・」
今日から共に暮らす仲間がどんな人達なのか想像しながら瀬那は寮に入って自分の部屋に向かう。
(もし怖い人だったらどうしよう?)
嫌な想像ばかりが頭に浮かぶ。
部屋のドアを開けた瞬間、そこにはいかにも不良っぽい奴等がいて、自分にこう言うのだ。
『お前、今日から俺らのパシリな』
そして始まる高校三年間の高校生活ならぬパシリ生活。
ひたすら光速の走(ラン)でパシリ続けてクリスマスボウルは夢で終わる。
(いやいやダメだ! 例え誰が相手でも強気で行かなきゃ、クリフォードさんも言ってたじゃないか!)
嘗てノートルダム大付属高校に招待留学していた時に、常に強気で退かない世界一のクォーターバックに言われた事を思い出しながら心に活を入れる。
(それ恐いと言っても、峨王君やMR.ドンに比べればどんな奴でも恐くない・・・!)
今までに出会った恐ろしい人達を想像していると、瀬那は自分が三人の仲間と暮らす部屋の前に辿り着いた。
部屋の番号は021。
何の因果か自分の背番号・受験番号と同じだった。
表札には小早川瀬那と他のルームメイト三名の名前が書かれている。
皇樹黎士、武神達磨、智慧森羅。
この人達がルームメイトなのかと思いつつ瀬那は意を決してこっそりと部屋のドアを開ける。
玄関には三足の靴があり、部屋の奥から話し声が聞こえた。
「誰か来たみたいだぞ」
「おっ! もしかして最後の一人か!」
「なら出迎えてやらないとな」
瀬那が来た事に気付いたらしく、部屋の奥から三人の男が出てきた。
どうやら自分は歓迎されているらしいと、ほっとする瀬那だが出てきた男達を見て目を見開いた。
(うわっ、みんな背ぇ高!?)
部屋の奥から現われたルームメイト達は瀬那の想像よりも長身だった。
最初に現われた一番でかい男は確実に190センチ以上あり、筋骨隆々としたガタイの良い体格をしている巨漢。短く刈った短髪に精悍で爽やかな顔立ちをしている。
二番目に現われた男も190センチ近いスマートな長身であり、額に十字の刀傷があるのが特徴で、中性的に整った精悍な顔立ちをしている美少年である。
そして最後に現われた男は、前者二人に比べれば背が低い方だが、それでも170後半位の身長がある黒縁眼鏡を掛けた優しげな少年。
三人は玄関に立つ瀬那を見定める様に見ると、眼鏡を掛けた少年が口を開いた。
「君が小早川瀬那君?」
「はい、そうですけど」
本人かどうか確認されて瀬那は頷いて答えると、眼鏡少年は笑顔を浮かべて右手を差し出した。
「ようこそ021号室へ。丁度自己紹介をしてたんだ、こっちに来なよ」
「あ、うん、こちらこそよろしく」
良かった、良い人達みたいだと安堵した瀬那は差し伸べられた手を握って握手すると奥の部屋に向かう。
1LDKだが中は広々としており、奥の畳部屋の隅には二段ベッドが二つあり、テレビやエアコンなどを始めとした娯楽の品や日常必需品が全て揃っていた。
こんなに環境が良くて良いのだろうか?
「学生寮って言うよりも普通の家みたいだね」
「これら電化製品の事か? 俺達は運が良いんだよ、これらは先輩達が残して行った物なんだからな。他の部屋はこんなに物揃いが良くねぇぞ」
「ああ、それでこの部屋だけ品揃えが良いんだ」
部屋の感想を漏らした瀬那の疑問を美少年が答え、瀬那はなるほど、と一人納得した。
「まぁ、荷物をその辺に置いて座れよ」
「あ、ありがとう」
巨漢に座布団を差し出されて四人は向かい合う様に座る。
「自己紹介を始める前に何か飲み物でも出すか。お前ら、お茶、コーラ、サイダー、スポーツドリンク、どれが飲みたい?」
美少年が一人立ち上がって冷蔵庫の前まで行くと三人に聞く。
「僕はお茶で」
「俺はスポーツドリンク」
「俺はサイダー」
瀬那がお茶、巨漢がスポーツドリンク、眼鏡少年がサイダーを要求すると、美少年は要求された飲み物と自身が飲むコーラを取り出すと三人に渡して席に着く。
そしてコーラのプルタブを開けて一口飲むと、美少年が先立って自己紹介を始めた。
「それじゃあ遅れて来た小早川君の為に改めて自己紹介するぞ。俺は智慧森羅(ともえ しんら)、青森から来た。気軽に森羅と呼んでくれ。趣味はゲーム全般とスケッチだ。高校じゃあ陸上部に所属するつもりで、将来の目標はオリンピックに出場して、十種競技(デカスロン)で金メダルを取る事だ」
「十種競技(デカスロン)って何?」
初めて聞く単語に首を傾げながら瀬那は森羅に聞くが、代わりに隣に座る眼鏡少年が答えてくれた。
「十種競技(デカスロン)というのは二日間で十種の競技、百メートル走・走り幅跳び・砲丸投げ・走り高跳び・四百メートル走・百十メートルハードル走・円盤投げ・棒高跳び・やり投げ・千五百メートル走を行って、その記録を得点に換算して、合計得点で競う陸上競技だよ。競技の優勝者はキング・オブ・アスリートと称えられる。日本じゃそれほど有名じゃないけど、欧州では大人気の競技だ」
「へぇ~、凄いんだね」
十種競技(デカスロン)の話を聞いた瀬那は、素直に森羅が目指す場所は凄い場所なんだと認識した。
どうやら彼は走って避けるだけが取り得の自分と違って、走・跳・投の三つそれぞれ相反する身体能力を必要とし、全て一線級の成績を残さなければ勝てない競技で世界の頂点を取ろうとしている。
「高校じゃ八種競技だからオクタスロンって呼ばれてるんだけどな」
森羅が不満そうに呟きながらコーラを飲むと、話を聞いた三人は軽く拍手をする。
そして次は眼鏡少年が自己紹介を始めた。
「俺の名前は皇樹黎士(すめらぎ れいじ)。鹿児島から来た。黎士と呼んでくれればいい。趣味はスポーツ観戦とスポーツ全般。高校じゃあサッカー部に入る予定で、将来の夢は日本代表。以後よろしく」
自己紹介を終えた黎士は軽く頭を下げて一礼する。
再び軽く拍手を送ると、次は巨漢がスポーツドリンクを飲み干して缶を握力で握り潰し、立ち上がると自己紹介を始める。
座った状態から立ち上がった彼を見た瀬那は、本当にでかいと改めて思った。
「俺の名前は武神達磨(たけがみ たつま)。北海道から来た。みんなからはダルマと呼ばれていたから、そう呼んでくれていいぞ。趣味は格闘技の研究で、部活は相撲部だ」
「相撲? レスリングの方が似合ってるぞ」
訝しげな森羅の言葉に他の二人も同意する。
栗田みたいな丸々とした体型ならともかく、峨王みたいに見事な逆三角形の筋骨隆々とした身体付きは相撲よりもレスリングの方が似合っている気がする。
「親が相撲取りだったからな」
「なるほど、幼い頃から相撲をさせられたって訳だ」
「そういうこと」
達磨の話しから家庭事情を悟った黎士があっさりと言うと、達磨は苦笑しつつ頷いて座った。
「最後に小早川だな」
「うん」
達磨に話を振られ、自分の自己紹介の出番が来た瀬那は立ち上がり、はっきりとした口調で自己紹介を始めた。
「僕の名前は小早川瀬那。東京から来ました。セナって呼んでくれればいいよ。趣味はアメフトで、高校でもアメフト部に入るつもり。将来の夢はNFLの選手です・・・!」
「意外だな」
「おとなしそうな顔をしてるのに」
「てっきり文化系だと思ってた」
森羅、達磨、黎士が瀬那の小柄で細い身体を見て思った事を口から漏らす。
それを聞いた瀬那は、やっぱりそんな風に見えるのか、と苦笑した。
「ポジションはランニングバックと言って、ぶつかり合いじゃなく走り去るのが仕事だからね」
瀬那がそう言うと、三人はなるほど、と納得する。
自己紹介が終わった瀬那は自分の座布団に座る。
そして話題はこれからどうするかに変わる。
「これからどうする? 何処か遊びに行くか?」
「そうしようぜ、部屋でじっとしてるのは性に合わないし」
「親交を深める為に何か食べに行こうぜ、セナも行くだろ?」
「うん、この辺の事は全然知らないし」
達磨の提案に三人は賛成すると、立ち上がって玄関に向かい、靴を履くと外に出る。
彼らとなら上手くやっていけそうだ、と瀬那はほっとしていた。
★☆★☆★
それぞれ別の場所からやって来た四人はこれから三年間暮らす街を色々と見回りながら遊んでいた。
金に余裕のある森羅の奢りでゲーセンやカラオケに行ったりしていると、既に日が暮れ始めていた。
「日も暮れたし、そろそろ腹が減ってきたな」
「ダルマ、さっきクレープ食べてたよね」
腹が減ったと言う達磨に、瀬那はさっき彼がクレープを食べていた事を指摘すると、彼はしれっとした顔で、
「あんなもんじゃ腹の足しにならん」
腹部をごつい手で摩りながら言う。
それを聞いた瀬那はよく食べるな、と呆れた顔をする。
「確かにそろそろ晩飯時だよな・・・お前ら何が食いたい?」
「いいのか? 今日一日お前奢りっぱなしだぞ」
奢る気満々の森羅を見て黎士は彼の財布の中が心配で聞くが、森羅は心配無用と言わんばかりにニヤリと笑う。
「心配するな、所詮ギャンブルで稼いだ泡銭だ」
(ヒル魔さんみたいだな)
森羅を見て、瀬那はギャンブルで小金を溜め込んでる某先輩の顔を思い浮かべた。
「それより晩飯どうする? ・・・・・・電話か・・・」
森羅が三人を見ながら聞くと、携帯電話の着メロが鳴り出して電話に出る。
「はい、もしもし・・・ああ、アルルか。うん、分かった。こっちは四人いて、一人すげぇ食う奴がいるけどいいのか? そうか、分かったすぐに行く・・・」
話が終わったらしく、森羅は電話を切ってポケットに仕舞う。
「誰からの電話?」
「俺の幼馴染も入学していてな、晩御飯を沢山作ったから食べに来ないかだとよ」
誰からの電話か気になった瀬那が聞くと、森羅はあっさりと答えた。
「お前らも来るよな?」
「当然行くに決まってる!」
「ご相伴に預かるよ」
「行かせてもらうよ、森羅の幼馴染を見てみたいし」
森羅の誘いに達磨、黎士、瀬那の三人は乗る。
「なら行こうぜ、早く来いって言ってたしな」
そう言うと森羅は歩き出し、三人も後に続く。
何処に行くのかまだ聞いていないが、行く場所は限られているし、彼に付いて行けば自ずと分かる。
森羅が向かったのはやはり学生寮だった。
と言っても瀬那達が男子が暮らすA棟とB棟ではなく、女子寮であるC棟である。
二階にある024号室の前まで来た四人。
森羅がドアをノックすると、ドアがゆっくりと開いて一人の少女が現われる。
「どうもこんばんわ。アルルさんから聞いてますんで上がってください」
彼女を見た瞬間、瀬那は驚き過ぎて固まった。
(何故? どうして? 何で彼女が此処にいるの?)
長い金髪を三つ編みのお下げにし、パッと見温和そうで気弱な印象を感じさせる文化系美少女だ。
しかし瀬那は憶えている。
目の前の少女が帝黒の司令塔として最も危険な戦場に立って、クリスマスボウルで戦った事を。
「あっ、そういえば自己紹介がまだでしたわ、すみません。小泉花梨と言います。どうぞよろしゅうお願いします」
丁寧に頭を下げる彼女を凝視しながら瀬那は、一体どうなってんの? と頭の中で反芻した。
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泥門の定員割れについては後に話で出します。