イェラグの外を見に来たという彼女に対し、ドクターはロドスの中を案内することに。
急に降ってきたラタトス回を書いた。それなりに続く!
珍しい客が来ている。
そう聞いてやってきた、ロドス本艦の応接室で、ドクターは確かにと思った。
一人用ソファに深く背中を沈めている、小柄なザラックの女性がそうだ。
長く伸ばした焦げ茶色の髪と、ふさふさした尻尾が可愛らしい。しかしその目は切れ長で、いかにも知略に長けている人物という印象がある。
客人は目だけを動かしてドクターを見やると、皮肉っぽい笑顔を浮かべた。
「久しいぶりだね、ドクター。その節は世話になった」
「まさか、ブラウンテイル家の当主自らが来るとはね。元気そうで何よりだ、ラタトス」
ドクターは挨拶を返して、客人の真正面に腰を下ろす。
ラタトス・ブラウンテイル。
そして、シルバーアッシュの古い知己。
「それで、ロドスに何の用だ? 領地の方はいいのか?」
「構わないさ。どうせ、エンシオディスに下った身だ。巫女様が取りなしてくれたとはいえ、領民たちも今やシルバーアッシュ万歳だからね。私が数日いなくなっても、問題はない」
そんなことを口にするラタトスの瞳に陰が降りる。
ドクターはその表情から、彼女の目的を察した。
かつてエンシオディス・シルバーアッシュが起こした事件により、ブラウンテイル家の名は失墜させられた。
事が終わった後、ラタトスはシルバーアッシュ家の下につくことを表明し、エンシオディスはそれを受け入れた上で、これまでと変わらぬ権限を与え続け、領家の取り潰しや領地の接収はしないことをドクターに語ったのだ。
エンシオディスは、自分の言葉を違えるような真似をする男ではない。ブラウンテイル家の地位は、昔までとそう変わらないだろう。
だが、あるいはだからこそ、というべきか。ラタトスは立ち止まってしまった。
過去に戻ることも、未来に進むことも出来ず、ただ途方に暮れている。
ロドスを訪れた理由も、そこにあるに違いない。
ラタトスは、応接室のテーブルを意味もなく眺めながら言う。
「まあ、ここに来た理由も、大したものじゃない。……ちょっと疲れてしまってね。旅行にでも、と思ったんだ」
「ロドスはリゾートじゃないんだが」
「はは、わかっているよ。だが、ここ以上にいい場所が、思いつかなかったんだ。お前の他に、外へ行く伝手もない」
「エンシオディスの紹介か? それとも、エンヤ?」
「巫女様。エンシオディスには頼み辛い」
褐色の瞳が、ようやくドクターの目に向けられた。
悲哀、後悔、虚無感。ラタトスが抱く感情の輪郭は、朧で頼りなく揺らめいている。
「外を……見に行こうかと思ってね。ロドスは、あちこち見てきたんだろう? ロドスが見てきた、イェラグの外のことを、私に教えてほしい」
「わかった」
ドクターは椅子から立ち上がった。
「ロドスを案内しよう。有意義な旅になることを祈っている」
「ああ」
ラタトスの返事は曖昧だった。
医療部。
まず最初にラタトスを連れてきた場所は、鉱石病患者たちの病棟だ。
入院着の子供たちが走り回り、医療オペレーターが慌てて追いかける横を、ドクターはすり抜けていく。
「外の世界を語るのに、まず欠かせないのは、やはりこれだろうな」
「鉱石病か。エンシオディスの妹も、ここで治療を受けていると聞いたが」
「その通りだ。そして、ロドスとエンシオディス率いるカランド貿易の、商業取引にも関わってくる」
解説しながら歩いていると、反対側から小柄なリーベリと、緑の髪をしたアダクリスが話しているのが見えた。
白衣を羽織ったふたりに近づき、声をかける。
「やあ、サイレンス、ガヴィル。お疲れ様」
「ドクター。こんなところでどうしたの? 健診はまだだよね」
「見りゃわかんだろ、新しいオペレーターの案内してんだよ」
ガヴィルはフレンドリーな笑顔で、ラタトスを見た。
小柄な貴族はといえば、自身の身分を明かすつもりは無いようで、言及を最低限に留めようとする。
「ラタトスだ。今はドクターに頼んで、ロドスを見学させてもらっている」
「オペレーターってわけじゃないのか」
「生憎と。ふたりとも、ここの医者のようだけど、鉱石病の治療を?」
「ええ。と言っても、鉱石病だけが目的ではありませんけど」
サイレンスが眼鏡を押し上げて注釈をつける。ラタトスは早速ふたりに興味を持ったようだった。
ドクターはふたりに問いかける。
「今は忙しいか?」
「むしろ、暇が欲しいぐらいだけどな。世間話も出来ないほどじゃない」
「そうか。それならガヴィル、君がロドスに来た経緯を、彼女に聞かせてやってはくれないか」
「……あ?」
要求が意外だったか、ガヴィルが目を丸くする。サイレンスも少し不思議そうだ。
ロドスでは、プロフィールの作成のために、オペレーターの経歴は一通り調査する。無論、ドクターは全員分を把握しているが、敢えてその話を振ることは、あまりない。
いわんや、オペレーターでもない者に対して教えてやってほしい、などと。
しかしガヴィルは首を傾げるだけで、躊躇いはしなかった。
「ま、いいけどよ。つっても、アタシは医者だから製薬会社に来たってだけだぜ? 鉱石病の治療も、ここは結構進んでたしな」
「鉱石病……」
ラタトスは、ガヴィルの露出した脇腹に視線を注いだ。肌に生まれたひし形の源石結晶を。
ガヴィルは気を悪くするでもなく、からからと笑う。
「お、なんだ、鉱石病患者を見んのは初めてか?」
「初めて、というわけじゃないが」
目蓋を閉じ、すうっと息を吸う。
自分の中で思考を整理してから、ラタトスは質問をした。
「私の故郷では、あまり鉱石病に馴染みがない。感染者がいないってわけじゃないが」
「アタシの故郷もだよ。源石の鉱区はあるけど、鉱石病患者なんて中々いないし、そもそも医者だっていなかったしな」
「笑い事じゃないと思うけど」
サイレンスが暗い表情で、小さく苦言を呈した。
ふたりの性格の違いもあるが、経験や生まれ育ちも反応に大きく影響している。
聡いラタトスは、そのことにすぐ気が付いた。
鉱石病を笑い飛ばすガヴィルの方が、異常な反応であることも。
「鉱石病について、聞いてもいいか。あまり詳しくなくてね」
「おう、いいぜ! そういう情報をきっちり周知するのも、医者の仕事だ」
「そう長くは話せませんけど、それでも良ければ」
医者ふたりの快諾とともに、簡易的な鉱石病の講義が始まる。
自分の体を指し示しながら語るガヴィルにサイレンスともども引いたり、時には自分から問いを投げかけたりしながら、ラタトスは少し長く話し込んだ。