いいですか、幣ロドスのドクターは女性です。
しっかり覚えてくださいね。
ブレイズは勢いよくジョッキを叩きつけると、赤ら顔で伸びをしながら大声で叫んだ。
「んああ~~~~~~~! 退屈!」
「いきなりなんだ……」
同席していたPithが呆れながらカクテルグラスを傾ける。ロドス本艦バースペースの一角、複数人でゲームができるほど広いテーブルを囲むのは、合計五人。ブレイズとPith、Logos、Misery、Touchだ。全員ロドスのエリートオペレーターで、普段はかなり忙しく方々へ任務に出ている身。それが珍しく五人もオフの状態で集まったので、ブレイズが酒の席に連れてきた。
なお、ブレイズはそれを後悔している。
「だってさあ、君たち是認、黙って飲むばっかりで、なんにも話してくれないじゃん。なんかこう、無いの? 浮いた話とかさ」
「何を言い出すのかと思えば。そろそろ飲むのをやめた方がいいんじゃないか? Logos、お前もだ」
「うぬはあまり飲んでおらぬな、Misery。下戸であったか?」
「飲み過ぎたらひどいことになる面子がふたりもいるからな……素面がいないと後で困る」
ブレイズとLogosの酒の量を気にしつつ、Miseryは酒と水と肴を交互に口にする。ノンアルコールしか口にしていないTouchも同様の意見らしい。
ブレイズはいつぞや、飲み過ぎた挙句盛大に嘔吐して、その後始末をMiseryにしてもらったことがある都合上、あまり強くは出られない。Touchはつまみのサンドワームレッグをこわごわと見つめながら、話を振った。
「浮いた話ですか。生憎ですが、持ち合わせがありませんね」
「色恋にうつつを抜かせる立場か」
Pithの厳しい意見も加わり、ブレイズはますます不機嫌になる。静かに飲み交わすのも悪くないが、滅多に集まることのできない面子で酒盛りをして、せっかく酔いが回ってきたところだ。だんまりはもったいない。
「う~ん、じゃあ自分のじゃなくて、他の人のでもいいよ。Logos、アスカロンとかどう?」
「知らぬな。仮に知っていたとしても、我の口から話すわけにはいかぬであろう。卓の影から首を切り落とされかねん」
「じゃあ、Miseryは?」
「俺も特にないな。そういうお前の方はどうなんだ?」
「あったら聞いてないでしょ」
「それもそうか」
とりとめのない会話は、あっさりと止まってしまった。元から饒舌な顔ぶれではないが、こうも話が盛り上がらないとなると困りものだ。誘いをかける相手を間違っただろうか。不機嫌そうにジョッキを揺らしていると、サンドワームレッグの炭火焼きを見ていたTouchが声を上げた。
「そういえば、ドクターはどうなんです?」
「う゛っ!?」
ブレイズが酒を吹き出しかけたところで、Miseryが素早くエチケット袋を用意する。それを手で拒み、むせかえりながらブレイズはTouchに目を向けた。
「ど、ドクター!? ドクターに恋人って話!?」
「ええ。最近、ドクターの周りはだいぶにぎやかだという話を聞きましたから。もしかすると、お付き合いとはいかないまでも、気になる人ぐらいはいるかもしれませんよ? Misery、心当たりはありませんか?」
「……ドクター“を”好いているオペレーターって話か? それともドクター“が”好いているオペレーター?」
「どちらでも構いませんが……ドクターから好意を向けられている人の方で」
「ちょ……」
泡を食ったブレイズは、Pithの視線を受けて気恥ずかしくなり、ジョッキに残った酒を一気に飲み干した。顔が赤くなっているのは酒のせいだと誤魔化せるだろうか。もっとも、その考え見逃す面々ではないが、さりとて下手につつくほど野暮でもない。Miseryは気づかないふりをして、考え込んだ。
「うーん……どうなんだろうな。ドクターのことが好きな奴は多いだろうが、ドクター側から恋愛感情を向けるとなると……アーミヤは多分娘か妹かって具合だろうし、ケルシー先生……ある、いや、ない……恐らくないな。あっても成就はしないだろう」
「うむ」
「同感だ。彼女に限ってそれはない」
本人にはとても聞かせられないような会話だと、その場の全員が思った。この場にケルシーがいたら、小一時間は小言を食らうかもしれない。照れ隠しなのか普段通りなのかさえわからない無表情で、淡々と。
ブレイズは咳払いをして切り替える。
「まあ、アーミヤちゃんを娘のように思ってるっていうのは同感。でもそのふたりが違うってなったら……」
「我らが論じるのは困難であろう。より詳しい者を招くのが良い」
「より詳しい人とは?」
Touchが問うと、言い出しっぺのLogosが無言で考え始める。なんだかいい雰囲気になってきたが、話題がよろしくないと考えたブレイズが軌道修正しようと声を上げかけたところで、Pithに先を越されてしまった。
「私たちよりもドクターに近い人物となると、ロスモンティス……いや、あの子に恋愛の話はまだ早いか」
「恋に恋して良い年頃だと思いますが。彼女への過保護は直りませんね、Pith」
「慎重なだけだ。……ドーベルマンもそう言った話には詳しくなかろう。教官繋がりでジュナーはどうだ?」
「そういえば、ジュナーから菓子を仕入れていたんだったか、ドクターは。だが恋愛事情に詳しいかと言うと……。Touch、医療オペレーターでそういうの詳しそうな人に誰か心当たりはないか」
「ドクターの主治医はケルシーとフォリニックですよ?」
「……じゃあ、無いか」
話に割り込んで軌道修正する間も見つけられないまま、ブレイズははらはらしながら事の成り行きを見守る。これでドクターの好きな人が判明しようものなら、心臓発作を起こすかもしれない。
しかし、ブレインストーミングは芳しくない。これなら心配はいらないだろう。そう密かに安堵しかけたところで、Logosが爆弾を落としてきた。
「この際、ドクターを招くべきであろうな」
「ちょっ、だめだめだめだめ!」
思わず大声を出して腰を浮かせたブレイズの前で、四人が唇を引き結ぶ。笑いをこらえている顔だ。急に恥ずかしくなってきたブレイズに、Miseryが少し意地悪く言う。
「どうした、ブレイズ? 事情通に心当たりでも?」
「えっ!? それは、えーと……」
ブレイズは顔を背けて思考を巡らせる。完全にバレたのが雰囲気でわかった。顔が火のつけられたカクテルのように熱くなる。わかっててすっとぼけられている。そうわかっていても、全てさらけ出せるほどブレイズは酔っていなかった。誤魔化すべく端末を取り出して、連絡帳をスクロールする。
今すぐ呼べて、いざとなったら酒で潰せて、ドクターに恋愛感情を抱いておらず、かつこういった話ができそうな知り合い。欲を言えば口が堅いとなおありがたい。酒のせいでぶれ始めた視界に強いて連絡帳を睨み、速攻で該当者を見つけて連絡を入れた。
幸い、数分と経たず呼び出しは受け入れられた。ドアベルを鳴らして入ってきたアーススピリットは、手を振るブレイズを見てすこぶる嫌そうな顔をしたが、重い足を引きずって酒の席までやってきた。
「…………これは一体、なんの集まりなのかしら。私はなんでここに呼ばれたの? 場違いじゃない?」
「案ずるな。我らはともにロドスのオペレーターである。そこに貴賤は無く、酒の席を囲むことにいささかの躊躇も必要ない」
「そうは言うけど……」
「いいからいいから! ほら、何を頼むの? 奢ってあげるから言ってみなって!」
アーススピリットは溜息を吐き、気が進まない様子で腰を下ろす。追加で注文したものが来ると、五人は静かに乾杯した。
「それで、どうして私が呼ばれたのかしら?」
「ドクターが懸想している相手に心当たりは?」
「ぶ―――っ!!」
単刀直入すぎるTouchの問いに、アーススピリットは思い切り吹き出した。せき込みながら、信じられないという顔でTouchを二度見する。Touchは少し傷ついたようなそぶりを見せた。
「そんなに驚くことですか?」
「い、いえ……まさかそんなことを聞かれるとは思っていなくて……もっとこう、深刻な話かと」
「同じ身分の者が酒の席を囲めば、そのような話題も現れよう」
「俺たちだって、いつも辛気臭い話ばかりをしているわけじゃないさ。Logosなんて、こう見えてスツール滑走に全力だからな」
「それはお前もだろう」
Miseryの茶化すような微笑みと、Pithの冷静な一言に、アーススピリットの緊張もある程度ほぐれたらしい。四角四面ながらも険の取れた表情で、少し考える。
「確認するけど、ドクターに恋心を抱かれている相手、でいいのよね。ドクターに恋している人ではなく」
「そう。俺たちは心当たりがなくてな」
「うーん……。まあ、順当に考えるのであれば、一番可能性が高いのは執務室に常駐している顔ぶれの誰かかしら」
話に進展があった。どぎまぎするブレイズと裏腹に、エリートオペレーター四人は無言で先を促す。凝視されて居心地が悪いのか、アーススピリットは目を泳がせた。
「最近執務室でよく見かけるメンバーは……カンタービレ、イグゼキュター、エンフォーサー、グラベル、シデロカ、パッセンジャー、ミヅキ、ムース、アレーン、クオーラといったところかしら。少し前まではリードもいたわね。後はファントム、イーサン、マンティコア、シラユキはどこにいるのかはパッと見ではわからないけれど、ドクターが呼んだらすぐ出てくるわ」
「……多いな?」
「自分でも驚くわ。前まではあんな大所帯ではなかったはずだけれど。確か、カンタービレ辺りは、シデロカが声をかけたドクターの書類整理を手伝ってくれる人で……他はなんでいるのかわからない面々ね」
五人が思い切り怪訝な顔をした。確かにドクターと言えば、書類の山に埋もれている印象が強い。その上ロドスの見回りやオペレーターへの声かけ、外勤任務の受注とオペレーターのセッティング、求職者の面接などやることはかなり多いので、秘書や書類整理のアシスタントをつけることに不思議はない。
問題は、なぜシデロカが、という話である。ブレイズはストイックに訓練に励むフォルテ人の女性を思い浮かべた。
「シデロカって、あのでっかい剣持ったフォルテの傭兵でしょ? よくドーベルマン教官を困らせてる。それがなんでそんなことしてるわけ?」
「知らないわよ。けど、彼女のおかげでドクターの顔色がよくなった、という話は聞くわね。食事管理もしているとか」
酒の卓が一気に無言になった。それってほぼ伴侶では、という疑問は誰しも持った。ただ、アーススピリットの態度や口調から言って、その可能性は低いような気もする。彼女と訓練場でよく顔を合わせるブレイズが率先して首を振った。
「いやぁ……ないない、ないでしょ。そういうキャラじゃないよあの人」
「実を言うと私もそう思うわ。じゃあなんでそこまで面倒見るのか疑問だけれど」
「お前の目から見て、シデロカ以外はどうなんだ」
「グラベルはドクターのこと好きね。隠そうとしてないもの。ドクターはうまくかわしているから、多分違う。イグゼキュターとパッセンジャーは何を考えているかわからないし、ミヅキとアレーンはドクターにべったりだけど、恋人というより母親に懐く息子って感じね。ムースとクオーラは……どちらかというと、家族に対する甘え方をしている……かしら」
「どこにいるかわからないメンバーはどうでしょう?」
「さあ……あの四人は本当にどこにいるかわからないから。でも、イーサンはよくこき使われているわ。ドクターのお菓子をつまみ食いしたからって理由で。ドクター、なぜかお菓子の棚の方をちらりとも見ていないのに、彼が食べたお菓子を正確に把握しているのよ」
情報量が多くて混乱してきた。目頭を押さえるブレイズを余所に、Miseryがまとめに入る。
「つまり、有力候補はシデロカってことか?」
「どうかしら。この間、イグゼキュターがドクターに花を渡していたそうよ。焦げた花だけど、ドクターは押し花の栞にしていたわ」
「な、なんでそんなこと知ってるのよ!?」
「エイヤが借りた本に挟まっていたから。後でドクターから回収しに来たって」
Touchはテーブルを挟んで向かい側に座るLogosに囁きかける。
「Logos、どう思います?」
「婚儀、慕情の告白に国柄はあろうが、古今東西において、花は最も多く贈られた恋文と言えような」
「あり得ないって……イグゼキュターだよ? よりによって、クロージャの作ったロボットよりメカメカしいあいつが……」
「おそらく、天地がひっくり返るような騒ぎになるな」
女性陣は一時女性オペレーターの間で流行った恋愛騒動について思い出していた。顔に惹かれたはいいが、イグゼキュターのあまりに取っつき辛い性格から破れる者が後を絶たなかったという、あれである。一度話せば、彼が恋するということがどれほどの一大事なのか、誰でも理解できよう。
アーススピリットは酒で唇を濡らす。
「それにしても、あなたたちもドクターのことが気になるのね。エイヤといい、プロヴァンスといい……まったくもう」
「……恐ろしくなるほどの慕われようよな」
Logosが半ば呆れたように言う。ブレイズは何を考えているのか、つまみの串焼きを食い散らしては酒で流し込んでおり、MiseryとTouchに窘められている。Pithはアーススピリットの方に少し身を乗り出した。
「ドクター側の態度で、気にかかる点などはないか?」
「食いつきすぎじゃない? あの人、大体の相手には気安いと思うけど……良くて友人、年下は弟妹、最悪我が子ぐらいに考えていると思うわよ。なんかそんな感じの目をして…………あっ」
その時、アーススピリットは脳に矢が刺さったような感覚を覚えた。前にチラリと甲板で見た光景が脳裏によぎる。仕事の終わり際、天災の予兆が無いかと甲板に出たところ、ドクターが夕日をバックに踊っている相手がいたのだった。気づかれないように身を隠し、空を確認してすぐに立ち去った。
当時の自分がどうしてそんな行動をとったのか、自分でもイマイチわからなかったのだが……今にして思えば、ドクターは心底楽しそうに笑っていた。相手と全く同じ笑顔で、息の合ったステップを踏んでいたのだ。ふたりっきりで。あの直線的な制服はライン生命のもの。長い緑の髪と尖った耳が特徴の、彼女の名前は、確か……。
顔を上げると、エリートオペレーター五人が食い入るようにアーススピリットを見つめていた。アーススピリットの顔を滝のような脂汗が流れ落ちる。幾度も修羅場を潜り抜け、ロドスの切り札と呼ばれる彼らの凝視は、鉱石を圧縮する地層よりも重いような気がした。
「彼女、今あって言いましたよね、Misery?」
「確かに聞こえたな。素面がふたりそろって言うなら、間違いはないだろう」
「思い当たったようであるな。聞かせよ」
「……私はこの辺で。明日も仕事なのよ」
席を立とうとしたアーススピリットの両肩が押しとどめられた。嫌な予感が背中にひしひしと伝わってくる。ぎこちない動きで背後を振り返ると、ホシグマとホルハイヤが笑顔でそこにいた。口元は吊り上がっているが、目が明らかに笑っていない。
「何やら、面白そうな話をしているじゃないか。ここでやめるのはもったいない。最後まで聞かせてもらおう」
「ええ、ちょっと詳しく聞く必要がありそう。夜はまだ長いのよ、焦る必要なんてないじゃない」
アーススピリットの頬が引きつる。顔には影が覆いかぶさり、逃げ道は完全にふさがれた。ブレイズはアーススピリットのコップになみなみと酒を注ぐと、威圧するように言う。いつもの彼女らしからぬ、肘をついた手を組み、怨敵を睨むような表情で。
「飲んで。私からの奢り。遠慮なくぐいっといけば楽になれるわ」
もはや、アーススピリットに選択肢はなかった。
●
翌日、午後三時。アーススピリットの研究室を訪ねたプロヴァンスは、扉を開けるなり愕然とさせられた。部屋の主が、散らばった書類や書籍の山に埋もれて倒れ伏していたのだ。
「アーススピリット? ちょっと、アーススピリット! どうしたの!? まさか鉱石病が……」
「ちょっと……静かにして……。頭に響くから……」
今にも死にそうな声で呻きながら、アーススピリットは顔を背ける。その吐息の匂いを嗅いで、プロヴァンスは思わず抱き上げた彼女の頭を落としてしまった。アルコール臭い。
「……まさか、二日酔い? 君が?」
「そうよ……ああもう、仕事が全く、進まない……こんな状況で残業にでもなったら、最悪……」
アーススピリットはふらふらと立ち上がり、一歩進んで頭から倒れ伏した。プロヴァンスはしばらく凍り付いた末、とりあえず彼女を背負って医療部に急ぐ。激しく胃袋をシェイクされ、天地が車輪のように回転するかの如き眩暈と吐き気がぶり返してくる。プロヴァンスの髪から漂う甘い香りが、さらにそれを助長してきた。パフューマーからオススメされた香水とか言っていたか。そんなものを気にするタイプじゃなかったはずなのに。
「プロヴァンス、あなたも……相手は選ぶべきよ……う゛っ」
「へっ? 何か言った? もうちょっとで医療部だから持ちこたえて! ここで吐かないでよ!」
アーススピリットは頭痛に見舞われて気絶も出来ないまま、医療部に担ぎ込まれる。
のちに事情を伝え聞いたケルシーが、ブレイズに大目玉を食らわせたようだが、ドクターの色恋話については一切伝わることはなかった。
アーススピリットは、あの夕日の光景を秘密にしきったのだ。それが報われるかどうかは、また別のお話。
アーススピリットは犠牲になったのだ。犠牲の犠牲にな。