和解しろヌッコと。
スワイヤーは、わざわざ訪ねた相手がうたた寝をしていた時どうすればよかったかと思い悩んだ。
眠っているのがいけ好かない龍ならまあ、起こして皮肉のひとつでも言ってやればいい。龍門近衛局の平隊員なら状況次第。ホシグマは……無防備に眠っているシーンなど、見たことがない。リン・ユーシャもまた然り。実のところ、チェンの居眠りも見たことが無いのだが。
思えば、昼間から居眠りする人間の対処など、ほとんどしたことがない。結果、対処に困ったスワイヤーはどうしたものかと頭をひねる羽目になる。起こしたくても、起こすのが忍びない。主に、用のある相手の周りで色々眠っている者たちのせいで。
「はあ……大した懐かれようね、ドクター?」
仕方なく、聞かれもしない小言を漏らした。
ロドス本艦はドクターの執務室。当のドクター本人は、仮眠用兼来客用のソファに腰かけてうたた寝中。その右隣にはムースが頭を預けて寝入っており、彼の膝はロスモンティスが枕にしている。周囲には、何匹もの猫が場所も構わず埋め尽くし、思い思いにくつろいでいた。
すやすやと寝息を立てる一団の真横、ソファの端にはファントムが掛けていて、台本か何かを熱心に読み込んでいるところだった。彼はスワイヤーの入室時に一瞬視線をくれたのち、静かにしろのハンドサインだけしてもはやこちらに興味もくれない。必然的に、スワイヤーの目は起きているもう一人、ドクターの対面に座るハーモニーへと向けられた。
「そんなところに突っ立って、何をしているの? ねえ、あなたの劇に木の役とかないの? そこの彼女とか適役だと思うけれど」
「誰が木の役よ!」
スワイヤーが怒って言い返すと、ロスモンティスがもぞもぞと動いた。ファントムとハーモニーから静かにしろのジェスチャーが同時に飛んでくる。にやにやと笑うハーモニーに怒りを隠せないスワイヤーを余所に、ファントムは淡々と告げた。
「木の役はない。小道具で間に合っている」
「だそうよ、残念だったわね。逢瀬はまた後でね。それとも、ゆっくりお茶でもする? 龍門近衛局次期局長様に、そんな暇があればだけど」
いちいち癇に障る女だ。チェンとも違うムカつき具合。だがここで再度怒鳴れば器が知れるというものだ。スワイヤーは深呼吸して気持ちを落ち着けると、A4サイズの茶封筒を振った。
「隣、開けてもらえる? ドクターが起きるまで待つわ」
「避けてあげたら?」
「あんたに言ってるのよ……!」
さらりとファントムへ話を流すスワイヤー。ドクターの周りは子猫でいっぱいだが、ハーモニーの左右はがらんとしている。避けるなら誰がどう考えてもハーモニーだが、ファントムは無言で立ち上がり、台本から目を離さないままスワイヤーを促してきた。スワイヤーは憮然として、ハーモニーが独占するソファの端に腰を下ろす。ファントムも元の位置に戻った。
「それで、なんでこんなことになってるわけ?」
「さあ? 私が来た時にはこうなってたわ。幸せそうよね」
ハーモニーの言う通り、ムースもロスモンティスも穏やかな表情で寝入っている。猫たちなど臆面もなく腹を出したり、洗い物のように背もたれに引っ掛かっていたりする。ファントムがおもむろに口を開いた。
「三日に渡る外勤任務とその間に積み上がった書類を処理した後、ドクターは休息を取った。そこへふたりの少女がやってきて眠り、ミス・クリスティーンをはじめ、多くの者が集まった」
「ミス・クリスティーンって?」
「彼女だ」
ファントムはロスモンティスとドクターの隙間で丸くなった黒猫を指差した。だらけきった様子の猫とは違い、丸く円を描いている。眠りながらっもどこか気品のある佇まいに、スワイヤーは不思議とシンパシーを抱いた。
「……で、あんたは?」
「ドクターに用があったのだけど、この通りだったから。起きるまでお茶でもして待っていようと思って。あなたも淹れたら? 私に言伝を任せるっていう手もあるけど」
「遠慮しておくわ。こっちも時間に余裕を見ているのよ」
「そう、残念」
スワイヤーは小脇に茶封筒を抱えたまま、備え付けの電気ケトルのある場所へ向かった。第六感が、ハーモニーは信用できないと告げている。気のせいか、最近はロドスにああいう手合いが増えたように思う。そんな女の前で居眠りなどして、ドクターは大丈夫なのだろうか。
(ドクターの執務室、子供でも自由に出入りできるみたいだし、セキュリティ意識とかなってないのかしら)
(いっそ、私が改築するっていう手も……その間ドクターには一時的に龍門に来てもらって……)
ティーパックを上下しながら考え事をしていると、執務室の扉が開く。入ってきたのはプラマニクスだ。何故かぬいぐるみを抱えている。いや、小型の抱き枕か?
「おや。もう人数オーバーでしたか?」
「見ての通りよ。えーと、巫女様といったかしら」
「ここではただのプラマニクスですよ」
プラマニクスはたおやかな笑顔でハーモニーに返事をする。彼女はドクターのいるソファに近づくと、ファントムに譲られるまま腰を下ろした。さも当然のことかのように行われた一連の動作に、スワイヤーどころかハーモニーも目を丸くする。しかもプラマニクスは、すぐに目を閉じ、うとうとし始めたのだ。
スワイヤーはティーパックをぼちゃんと落とした。
「ちょっ、ええっ!? なんでそんなナチュラルにそこで寝るわけ!?」
「む、そんな大声を出してはいけませんよ。子供たちが起きてしまいます」
プラマニクスが片目を開けて、人差し指を唇に沿えた。これで本日三度目だ。スワイヤーは眩暈を覚える。もはやドクターのいるソファは、安眠空間と化していた。表札には執務室と書かれていたはずだが。
匙で持ち手もろとも落っことしたティーパックを掬い上げながら、スワイヤーはプラマニクスへ白い目を向ける。
「そもそもなんで、あんたは寝に来てるわけ……!」
「それもちろんサボ……いえ、ドクターがお休み中と聞いたので、護衛に」
「いいご身分してるわね」
「バカンスに来ていますので」
ハーモニーの皮肉も柔和な笑顔で切り返してくる。スワイヤーは首を傾げた。
(バカンス……? ロドスってバカンスに来るところだったかしら……?)
奇しくもハーモニーも同じことを思ったらしい。視線が合った。
「あ、身共にもお茶をいただけますか?」
「失敗したやつでいいなら、出来立てのやつをあげるわよ」
「では砂糖とミルクもお願いします」
「自分で取りなさい」
やや怒りを抑えきれなくなった笑顔で言ってやると、プラマニクスはすこぶる面倒くさそうな顔をして、のろのろと立ち上がった。スワイヤーの傍に来る際、太くてふさふさとした尻尾がロスモンティスの鼻をくすぐる。ロスモンティスは小さくくしゃみをした。
「ん……?」
ドクターのまぶたが僅かに震え、開いた。彼女は膝上でまだ眠っているロスモンティスから視線を上げ、ハーモニー、スワイヤー、プラマニクスに視線を向ける。ファントムはいつの間にか消えていた。
スワイヤーが腰に手を当てる。
「やっと起きたのね。鍵もかけずにぐっすり寝て、もう少しセキュリティ意識を上げた方がいいんじゃないかしら?」
「眠ってしまっていたか、すまない。私に用か?」
「ええ、目を通してほしい書類があるの。とりあえず、お茶淹れたから飲みなさい。寝起きじゃ頭も動かないでしょうし」
「あ、それは身共の……」
「自分で淹れなさい」
プラマニクスは途方に暮れた子供のように電気ケトルの方を見た。ハーモニーは端末に目を落とし、画面をドクターに突きつける。
「ところでドクター、そろそろ会議の時間だけれど?」
「え?」
「えっ?」
ドクターとスワイヤーが同時に声を上げる。ドクターは自分の端末の時計を見ると、ギクリと肩を震わせた。
「す、すまないスワイヤー。会議が終わってからでもいいだろうか」
「構わないけど……呆れた。せめてアラームぐらいつければいいのに」
「返す言葉もないな。……ところで、ひとついいか?」
「何?」
ちょっと不機嫌になったスワイヤーの前でドクターは膝上のロスモンティスとミス・クリスティーン、肩に寄り掛かったムース、そして周囲の猫を見回した。誰もがぴったりとくっついて、目を覚ます気配がない。
「……助けてくれ。動けない」
「ふーん……」
スワイヤーはドクターとたっぷり十秒見つめ合ってから、いたずらっぽく笑った。
「じゃあ、起こす代わりに今用を済ませてもらおうかしら?」
「えっ!? ……わ、わかった」
ドクターは驚きながらも頷いた。変に言い合うより、早く要件を飲み込んでしまった方がいいと判断したらしい。スワイヤーとしては、もう少し悩んでくれてもよかったのだが。無駄にフラストレーションも溜まったことだし、これぐらいしても構うまい。
プラマニクスが茶をふたり分の淹れて持ってくる中、ドクターはスワイヤーの書類に目を通す。ハーモニーはドクターに促されて退出させられた。全員の目が逸れた隙に、ふたり分の紅茶のカップにそれぞれ睡眠薬の錠剤を指ではじきながら。
これでもうしばらく、ドクターのうたた寝は続くだろう。今度はプラマニクスにもまとわりつかれて。ハーモニーは喉を鳴らして笑いながら、上機嫌で尻尾を揺らした。