アークナイツ二次創作集   作:よるめく

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アーススピリットが潰された日の次の日の話


おかしな様子の多い一日

「ただいま、アーススピリット! ……アーススピリット? いないの?」

 

 地質学研究室の扉を何度か叩いてから、プロヴァンスは首を傾げた。部屋の中から返事が無い。

 早く来過ぎたかと思って時計を確認するが、時刻は午前十一時。とっくに始業している時間帯だ。

 

(変だな……今日は研究室にいるって言ってたはずだけど)

(急遽外勤任務が入ったから? でもこの辺で天災が出るような予兆もなかったし)

(オフ? でもそんな話聞いてないしな……)

 

 プロヴァンスは腕を組む。

 

 アーススピリットは、プロヴァンスにとって相棒と呼べる人物だ。天災トランスポーターとして長く一緒に仕事を続け、彼女の性格は誰に言われるまでもなく理解している。

 仕事に生真面目。就業時間は一分の誤差もなく守り、給料以上の仕事は絶対にしない。もし仕事で何かトラブルがあれば、必ず連絡してくるし、また他人にもそうであるように求める。

 

 端末のメッセージボックスを確認するが、仕事を休むとか、急用ができたとか、そんな連絡は一切ない。となれば、いつもの地質学研究室で、いつも通りに仕事をしているはずなのだが。

 プロヴァンスは試しに扉を開けてみた。ロックされていない。スライドドアをレールに沿って滑らせた彼女は、心臓を飛び跳ねさせた。

 

 部屋の真ん中で、アーススピリットが散らばった書類の中に倒れている。

 

「アーススピリット!?」

 

 泡を食って駆け寄り、ブランケットのように被さった書類を払いのける。

 ロドスのオペレーターの多くがそうであるように、アーススピリットもまた鉱石病感染者。それもかなり症状は重い。まさか、鉱石病が悪化したのか?

 一瞬のうちにプロヴァンスの脳内を駆け巡った考えを否定したのは、アーススピリットの苦しそうな呻き声と、息に混じった異臭であった。

 

「お酒臭っ! ……えっ、アーススピリット……酔ってるの? 仕事中なのに?

 ……お酒飲んだの? 仕事中なのに!?」

「飲んでないわよ……」

 

 息も絶え絶えといった調子で、アーススピリットが返事をしてきた。

 

 とりあえず、大した問題ではないようでホッとした。プロヴァンスはアーススピリットを優しく横たえると、後ろに手を突いて天井を仰ぐ。

 

「なんだぁ……びっくりさせないでよ。どうにかなっちゃったのかと思った」

「単なる二日酔いよ……昨日、飲み過ぎ……いえ、飲まされすぎて……」

 

 アーススピリットは額に手の甲を当てる。

 机の上を見るとトマトジュースやら水やらが並べられ、彼女なりに酔い覚ましをしようと涙ぐましい努力をしていたことが見て取れる。プロヴァンスはあぐらをかいた。

 

「にしても、飲み過ぎなんて珍しいね。君、仕事に響くような飲み方はしないじゃん。何かあったの?」

「あったといえばあったわね……思い出したくもないけれど」

「なにがあったのさ?」

「………………」

 

 アーススピリットの青い顔がみるみるうちに赤くなっていった。うわあ、滅茶苦茶頭に来てる、とプロヴァンスが僅かに退くと、アーススピリットは寝返りを打って背を向けてくる。

 

「ドクターが……」

「え、ドクター?」

「…………なんでもない」

 

 言葉が途切れる。プロヴァンスは目をパチパチさせて言葉の続きを待ったが、それ以上何も語られなかった。

 

「今日はもう無理だから休ませてもらうわ……プロヴァンス、肩を貸してちょうだい。医療部に……」

「それはいいけどさ、ドクターがどうしたの? ねえってば」

 

 催促しても、続きが出てこない。ただ、こめかみに浮かぶ青筋がただならぬ事態があったのだと伝えてきていた。

 

 

 

「……ってことがあったんだけど、ドクター、何か知らない?」

「心当たりがないな」

 

 昼下がり、休憩室で隣り合ったプロヴァンスとティータイムを共にしながら、ドクターは首を横に振る。

 

 アーススピリットを医療部に預け、代わりの病欠届を持っていったあと、プロヴァンスは一連の出来事をドクターに伝えた。話を聞いた彼女も興味を持ったらしく、既にアーススピリットに事情を聞きに行ったあとである。

 ブレイズやパラスならともかく、アーススピリットが酒におぼれるなんて事態は、ドクターにとっても寝耳に水であった。

 

 だが、事情聴取の結果は芳しくなかったらしい。

 

「昨日は彼女に会っていないし、残業もこのところ頼んでいないはずなんだがな。すごい顔で睨まれた」

「……どんな顔してた?」

「一週間徹夜で残業しろと命じたら、きっとあんな表情になるだろう」

「うわあ……」

 

 たった一、二時間の残業でさえ、恨みがましい目つきをするアーススピリットのことだ。恐らくとんでもないことになっていたのだろう。

 二日酔いの状態でそうなのだから、全快したらどうなるか……想像するだに恐ろしい。

 

 となれば、なおさら何故そうなったのか気になるところである。

 

「で、彼女はなんて?」

「何も。私のせいで、と言われたが……なんのことだかさっぱりだ」

「ドクターにもわからないのかぁ」

「むしろ君さえ知らないのが意外だよ、プロヴァンス。アーススピリットは、君にならなんでも話すのかと思っていた」

「実際、お互いに色々話したしね」

 

 プロヴァンスは備え付けのはちみつクッキーを頬張った。ドクターはコーヒーのお代わりを注ぎながら、低く唸る。

 

 ドクターにもわからないことがあるんだ。そんな風に考えていると、ドクターが不意に顔を上げた。

 

「そういえば、ブレイズも飲み過ぎたと言っていたな」

「いつものことでしょ?」

「まあ、そうなんだが……アーススピリットはひとりで飲んでも酔いつぶれたりはしないだろう。翌日も仕事があるというなら特に」

「うん」

「ならば、誰かに飲まされた、と考えるのが自然じゃないか? そこまで他人に酒を飲ませるオペレーターは限られている」

 

 ひとりしかいないとか言わないあたり、ロドスもだいぶ酒飲みさんが増えたなあ。プロヴァンスは苦笑いする。

 

 ドクターはコーヒーに角砂糖を三つ放り込んでから心当たりを告げた。

 

「可能性が高いのはブレイズ、パラス、ホシグマ。大穴でフランカ、さらに大穴でホルハイヤ……と言ったところか」

「うーん……その中だったら、ブレイズかホシグマさんかなあ? ホルハイヤさんはよくわからないけど」

「ホルハイヤはあまり人と関わらないからな。ただ、かなり強い酒を進めてくる」

「ドクターに?」

「ああ。そしてちょうどよく、今日はブレイズも潰れている」

「ほぼ確定じゃん!?」

「問題は、酔い過ぎて口も利けないという点だが」

「…………」

 

 なんで今日に限って、そろいもそろって。プロヴァンスは呆れかえった。一体何を肴にすればそんなことになるのだろうか。

 そんな風に考えて、はたと思い出す。医療部へ行く途中、アーススピリットがうわごとのように一言囁いてきたのだ。相手は選びなさい、と。

 

 なんのことだかさっぱりだが、妙に気になる。気になるが、深く突っ込んではいけないような気もする。荒野で未知の天災痕を発見したときにも似た、興味と危機感が同居した……いや、若干危機感の方が勝る感覚。

 

 コーヒーに角砂糖が落とされ、黒い水面に波紋が広がる。プロヴァンスの心がさざめいた。

 

「まあ、ともかく明日にでも、詳しい事情を聞くとしよう。この調子で誰彼構わず潰されていたら、ロドスの運航にも支障が出る」

「そ、そうだね……」

「……プロヴァンス?」

 

 耳と尻尾を忙しなく動かすプロヴァンスに、ドクターは訝しげな目を向ける。視線も泳いでいて、妙に落ち着きがない。どうしたのだろう。

 

 ドクターはプロヴァンスの肩をつかんで自分の方を向かせた。

 

「ひゃひっ!?」

「どうした? まさか君まで何かあるわけじゃないだろうな?」

 

 プロヴァンスの顎を固定し、眼球の様子を確かめる。顔が近い。プロヴァンスの頬がどんどんと熱くなっていく。

 

 顎を引こうとするが優しく、しかししっかりとつかまれていて動けない。やがてドクターがプロヴァンスの耳に鼻を突っ込み、匂いを嗅ぎ始める。くすぐったい。プロヴァンスの尻尾が暴れ、ぼふんぼふんと床を叩いた。

 

「体調は……悪くなさそうだが。大丈夫か?」

「大丈夫、大丈夫だからぁっ! 嗅がないで! 僕まだシャワー浴びてないのに!」

「別にシャワーを浴びたところで変わらな……」

「変わる、変わるの! ドクター! ねえってば!」

 

 必死で懇願すると、面食らったドクターが手を離した。プロヴァンスは飲みかけのジュースもそのままに、全力ダッシュで休憩室を飛び出していく。入り口で誰かとぶつかりかけたが、気にしている余裕はなかった。

 

 火が出そうなほど熱い頬に両手を当てて、飛ぶように走っていく。外から戻り、もろもろの所用を終えた直後だ。砂埃や汗の匂いが残っているに違いない。それを嗅がれたことが、なぜか猛烈に恥ずかしかった。

 

 ふと、アーススピリットの謎の言葉が思い出される。相手は選びなさい、と。どういう意味か理解できていないままだが、どうしてだか今思い出された。

 

 荒野の突風じみた勢いで走り去ったプロヴァンスを、ドクターはポカンとした顔で見送る。数秒して、開きっぱなしの扉の陰から細長い二本の耳が覗く。入り口の傍に立っていたアーミヤが、じっとりとした眼差しを向けてきたのだ。

 

「…………ドクター? 何をなさっていたんですか?」

「アーミヤ。何って、プロヴァンスの様子が……待て、その目はなんだ。何もやましいことはしていないぞ?」

 

 アーミヤは眉間に皺を寄せ、ドクターを凝視する。

 わけのわからないことばかりだ。ドクターは戸惑いながら、ひとまずアーミヤをどうなだめようかと考え始めた。

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