プラマニクスは思った。やはり兄は急進的すぎるのではないか、と。
文明を取り入れるのはいい。科学技術の開発を進め、民の生活を向上させるのも悪くはない。
だが、その弊害をしっかりと認識しなければならない。怠れば、文明はたちまち牙を剥いてくる。今、プラマニクスが陥っている状況と同じように。
「うーん……いけません、いけません……こんなものをイェラグに持ち込んでは……」
「そんなことないって~。むしろイェラグにこそぴったりだと思うなぁ~」
「ダメです……こんなのは決して……人々に許されざる堕落を招いてしまいます……」
「今、自分がなってるみたいに~?」
「はい……いえ、身共は堕落してなど……そんなことは決して……」
ヘイズと言い合っていたプラマニクスは、ふと目を開いた。
するとそこには、愛する妹の顔が上下さかさまになっていて、なんとも言えない顔でこちらを覗き込んでいる。
「お姉ちゃん、何してるの?」
「エンシア……! いえ、違うのです。これは……」
「お、クリフハートじゃ~ん。一緒に入っていく? コタツ」
うつ伏せのヘイズが、ふやけきった表情で誘う。
現在地はロドスの休憩室。プラマニクスとヘイズは、その中央に設置されたコタツに首まですっぽり嵌まってしまっていた。
妹の手前、慌てて抜けようとしたプラマニクスだったが、首筋をひやりとした風に撫でられてまたすぐにコタツの中へ戻ってしまう。
わざとクーラーを入れていた侍女長の仕業だ。彼女は心底楽しそうにお茶を持ってくる。
「エンシアも座ったら? バター茶が入ったわよ」
「あ、ありがと、ヤエルお姉ちゃん……えっと、コタツは……遠慮しておくね……?」
「だそうよ、エンヤ。出てきたらどう?」
「そうしたいのは山々ですが……」
プラマニクスはコタツ布団を鼻までかけながらもぞもぞ動く。
テーブルの下では、熱をたっぷり蓄えた尻尾が大きく揺れていた。
激しい葛藤の末に、怒られた子供のような声で鳴く。
「抜け出せないのです……! 身共はどうしてしまったのでしょう。冬の寒さはイェラグ人にとっては生涯の友だというのに、もはや一歩も出られません……!」
「寒かったら人は死んじゃうんだよ~? そりゃああったかい方にも傾いちゃうって。他のイェラグの人たちも同じこと言うと思うけどなぁ~」
「いけませんヘイズさん、そのようなことは……巫女として断じて……」
抵抗できているのは口だけである。プラマニクスの頬はコタツ布団越しでもわかるぐらいにふやけきっていて、抜け出す気配が全くない。ヘイズはとっくに起き上がってイェラの淹れたバター茶を啜っているというのに。
コタツとは真逆の高い椅子とテーブルについたクリフハートは、どういう顔をしていいかさっぱりわからなかった。
だが、姉の気持ちはよくわかる。極東発祥だというこの家具は、特にフェリーンを中心に人気がある。中には小休止のつもりで入ったはいいが、全く抜け出せないまま寝入ってしまい、ケルシーに大目玉を食らったものさえいるとのことだ。
曰く、悪魔の暖かさ。優しい奈落。この世で最も慈愛に満ちた牢獄。悪名高きこの家具に入りたい気持ちはもちろんあるが、ハマッてしまったときが怖くて入れずにいる。厳しい巫女の試練を乗り越えた姉があの有様なのだから、判断は正しかったと言えよう。
バター茶を啜るクリフハートの神妙な顔を対角線から眺めつつ、イェラは含み笑いを漏らす。
「エンヤと一緒に入ってみる?」
「い、いや、私はいいよ……。一度入ったら、もう二度と登山できなくなりそうだし」
「あらあら。エンヤはあと数日で、もう一度カランド山を登らなくてはならないのよ? それに、ほら」
イェラはクリフハートに耳を寄せる。首筋をくすぐる吐息が少し冷たくて、クリフハートは肌を粟立てた。
「今のエンヤの尻尾、きっとあったかくてもふもふよ」
「……もふもふ……」
クリフハートは自分の尻尾を振り返る。他のフェリーンと比べて、ふた回り以上も太い尻尾は、先祖代々寒冷地で暮らす一族特有のものだ。
仕事に疲れて理性を喪失したドクター、陽気なドゥリン人、患者の子供たちなども手放しで称賛するふわふわ尻尾は、クリフハートの自慢でもある。当然、実の姉であるプラマニクスも同様の尻尾を生やしているわけだが……。
(それが、あったかくて、もふもふ……)
思わず、生唾を飲み込んでしまう。幼い時分は、それこそ兄や姉の尻尾に甘えたもので、自分の尻尾を撫でればいつでもその感覚を思い出せる。
それがあらゆるフェリーンを骨抜きにする、あの悪魔の装置の祝福を受けているとなれば、きっとひどく心地よいだろう。
しかしそれには姉を引っ張り出すか、自分が入るかするしかない。真剣にコタツを凝視し始めるクリフハートを見て、イェラは吹き出すのを必死でこらえた。
もう少し冷房を強くしてみようかと思い、隠し持ったリモコンに触れる。それより先に、クリフハートがボソッと呟いた。
「お兄ちゃんも……出られなくなるのかなぁ……」
「ぶふっ!」
コタツにハマるエンシオディスを想像したらダメだった。
ゲラゲラ笑い始めるイェラに驚くクリフハート。しかしコタツの中のふたりには、そのやり取りはもう聞こえていない。
眠りに落ちたプラマニクスは眉根を寄せてうなされ始める。
「うーん……ダメですよエンシオディス……許されません……クルビア産のコタツなんて入れたら……長老たちが出られなく……うーん……」