「はぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~……」
プラマニクスは心底うんざりした顔で、長い長い溜め息を吐く。
人前に立つ巫女としての仮面も放り出した無防備極まりない表情は、それだけでイェラの腹をくすぐった。
「もう、人前でそんな顔しないの。エンシアが見たら怖がるわ」
「え、エンシアの前ではしません」
慌てて表情を取り繕って咳払いをしたプラマニクスだったが、耳と尻尾はへにゃんと垂れ下がっている。
ついついつまんで起こしてやりたくなる気持ちを我慢しながら、イェラは仕える相手を窘める。
「そんなに嫌がらなくたっていいじゃない。オペレーターの子たちも感謝していたし、ドクターもあの慌てようだったのだから、ご褒美ぐらいくれるはずよ」
「そういう問題ではありません! うう、身共は仕事から離れて休暇を取りに来たのに……よりにもよって戦闘の救援任務だなんて」
故郷の山を下り、ロドスに遊びに来たプラマニクス。
いつも通り秘密のサボり場で惰眠を貪っていた彼女の下に、ドクターがばたばたと駆け込んできたのは、もう三日も前のことになる。
外勤任務に出ているオペレーターたちから救援があったが、今出せる人手が無いという理由でプラマニクスが駆り出される羽目に。
内心嫌々ながらも出動した彼女がちょくめんしたのは、敵味方から鉱石病差別を受けて窮地に追いやられたオペレーターの姿である。
義を見てせざるは勇無きなり。一応戦闘オペレーターとして登録しているプラマニクスは、自身のアーツで不埒者を撃退し、差別者たちにカランドの威光を見せつけて威圧。ことを丸く収めて凱旋と相成った。
そして今は、一連の報告書をドクターに届けている最中である。
プラマニクスは猫背でブツブツと文句を垂れていたが、なんだかんだ言って戦う姿は様になっていた。兄や妹がそうであるように、彼女もまたシルバーアッシュの娘なのだとイェラは再認識する。
ドクターの執務室に辿り着く。執務机は、カランドのどの山よりも急な書類の山が作られていて、ドクターはその処理に追われていた。近くには無心でペンを走らせるアシスタント役のオペレーターたちが控えている。
カランドに戻った後、自分もこういう状況に逆戻りする。プラマニクスは憂鬱になりながら、ドクターに近づいた。
「ドクター、作戦から戻りました」
「お疲れ様。すまないな、駆り出してしまって」
「まったくです。仕事しながらの感謝では割に合いません!」
「本当にすまない!」
ドクターは忙しくペンを走らせ続けながら謝罪する。よほど仕事が溜まっているのか、こちらには目もくれない。
プラマニクスはますます不満を募らせた。せっかくの休暇を返上したのだから、もう少し真心を込めた感謝があっても良いのではないだろうか。
頬を膨らませていると、ドクターがいったんペンを置いてプラマニクスに手を差し出してくる。無論、報告書を受け取る、という合図なのだが……こちらの溜飲が下がらない。
プラマニクスは数秒悩んだ。その結果。
「えいっ」
ドクターの手のひらに顎を乗せた。
紙とはまるで違う柔らかな感触に驚いたドクターが絶句する。
異変を気配で感じ取った他のオペレーターたちもその様を見て固まり、執務室の空気が一瞬で凍り付いた。
諫める役を担うべきイェラはその場にしゃがみこんで震えている。どう見ても、笑いを堪えている。そうせねば床の上を転げ回っていそうなのが察せられた。
ドクターは困惑したまま、指先を動かしてプラマニクスの顎を掻くように撫でる。
事実上、一国の国家元首である巫女は、ご満悦な表情で喉をゴロゴロと鳴らした。
―――どーすんだ、この空気。
執務室の風景に擬態していたイーサンが、眉をぴくつかせる。
プラマニクス以外の時間が止まっているかのようで、部屋にいるオペレーターの中には羨望と驚愕に顔を引きつらせた者さえいる。
当の本人は自分から顎を擦りつけており、なんともまあ呑気なものであった。
「……プラマニクス、報告書をもらってもいいか?」
ドクターのおずおずとした問いかけはスルーされた。誰にも破れない沈黙が数秒ほど過ぎ、執務室の扉が再び開かれる。
入ってきたのは、黒いコートで厚着をした長身のフェリーン。プラマニクスの実兄、シルバーアッシュ。
「失れ……っ」
入室の挨拶すら最低限できないまま、シルバーアッシュが足を止めた。
実の妹が、人目もはばからずにドクターの顎に手を乗せてゴロゴロと鳴いている。
その時に見せたシルバーアッシュの名状しがたい顔は、しばらくの間密かに語り継がれることとなった。
なお、流布したのは耐えきれずに吹き出した挙句、床を転げ回って傍若無人に大笑いしたイェラである。