ロドスの補給全般は、基本的にクロージャと後方支援部が担っており、必要な物資をあらゆる都市で購入し、トランスポーターを通じて本艦へと運ばれてくる。
武器、食糧、薬の材料、果ては人もその対象で、潤沢とは言えないまでも、物資面で困ることはない。
しかし一方で、クロージャのぼったくりに辟易しているオペレーターがいるのも、また事実である。そこでロドスでは、オペレーターが個人経営の商店を開くことを容認している。
例えば、本屋。例えば、アオスタのハンドメイドショップ。秘密の雑貨屋さんや、おやつネットワークなんてアウトローじみたシステムの店までが存在する。
ドクターがラタトスを連れて訪れた、テキーラの武器商店も、そんな個人商店のひとつであった。
「なあ、ドクター。これは……弓で、いいのか?」
「弓と言えば弓だな。ボウガンと呼ばれている。ロドスの狙撃オペレーターの多くが使う武器だ」
「なら、これもそうか? 自分に矢が飛んできそうな形をしているが」
「それもボウガンだ。滑車を利用した機構が特徴で、これは特にリバース式と呼ばれている」
「ここのところ、人気になってきた武器のひとつでね。小ぶりで比較的軽く、持ち運びがしやすい割に、強く引き絞れるから威力は普通のボウガンと大差ないし、反動も少ないんだ」
その姿は、イェラグの式典で、大長老へ恭しくマフラーを差し出した時のものとよく似ている。だが今、そこにあるものは、敬虔な祈りではなく、未知なる武力へ対する畏怖だ。
ラタトスはリバース式のボウガンを、割れ物のようにそっと奥と、隣を指さす。
「店主、こっちはなんだ? 弓を撃つには、あまりにも小さすぎる」
「御明察。これを扱うにはアーツの才が要るんだけどね」
テキーラは指さされたもの―――銃を取り上げ、弾倉を取り出した。
銃と銃弾は、基本的にラテラーノのサンクタ人が扱う武器だが、サンクタ人しか使えないというわけでもない。簡単な作りのものであれば、愛用している者はそれなりにいる。BSWのリスカムとジェシカが好例だ。過去には、レユニオンのスカルシュレッダー姉弟が、高威力な炸裂弾を使用したこともある。
テキーラの解説は続く。
「……で、弾はお高いし、威力もボウガンと比べれば控えめだけど、それでも人体を穿つには充分だし。軽くてすぐに攻撃が出来て、第一射から第二射に移る速度、発射から命中までの時間は、ボウガンよりも遥かに速い。横風の影響も受けにくいしね」
「これも、人気なのか?」
「んー、そうでもないかな。今のところは使い手も少ないし、生産ラインが確立していないから、銃弾一発が高価なんだ。俺も頑張ってるけど、こればっかりは、どうしてもね」
「もし、生産ラインが確立して、大量に弾丸を作ることが出来たら、どうなる?」
「一概には言えないな。さっきも言ったけど、アーツの才能が要るから、誰でも使える武器じゃない。ただ、ある程度アーツが使える潜入工作員なんかにこれを持たせたとしたら……」
「入念なチェックでもされない限り、武器を持ったまま潜入できる。そして、多少離れたターゲットでも暗殺できる」
「あるいは、暗殺対象を守るボディガードが丸腰だと思いきや、なんてこともあるだろうね。リターニア政府は喜んで使うと思うよ」
「リターニア……?」
「知らない? リターニア人は、アーツが使えるのが普通なんだ。普段使いの家具にも、アーツが必須のものがいくつもある。もし、もっと高威力で高射程の銃をリターニアが備えたら、ボリバルは終わりかもね」
テキーラの笑顔に、暗い陰が過ぎる。ラタトスは押し黙った。
イェラグには無い、カランド貿易でさえ、まだ運んできていない武器の数々。人を殺すための技術の結晶。
そんなものが、いくつも並ぶ。テキーラの商店にあるものさえ、氷山の一角に過ぎないのだろう。
―――エンシオディスは、これを知っているのか? 知っていて、持ち込んでいないのか?
―――それとも、エンシオディスでさえ、手に入れる伝手が無い……のか?
ラタトスの背中に、イェラグの雪より冷たい汗が滲む。
深刻な表情をしながら少し目線を上げると、商店の奥の方に立てかけられた、大きなシルエットが目に入った。
「そっちの武器はなんだ? 随分とでかいが、一体誰がそんなものを使うんだ?
「ん、ああ。これは……」
「ドクター!」
無邪気で幼い声が、割って入る。ふたりのやり取りを見守っていたドクターが振り返ると、黒髪のリーベリが駆け寄り、ぼふんと抱き着いてきた。
「ラ・プルマ。どうしたんだ?」
「ドクターこそ、どうしたの? お兄ちゃんに何か用?」
「新しい顧客を紹介してもらってたんだよ」
テキーラが肩を竦めた。ラタトスは反論するのも忘れて、やってきたリーベリの少女を凝視する。
随分と若い。年齢は、
少女の純真な笑顔は、ラタトスに向くと鳴りを潜める。一気に無表情になる様は不気味かと思いきや、そうでもなかった。
「新しいお客さん? そっちの人?」
「ラタトスさんだよ。ほら、挨拶しろって」
「こんにちは」
「ああ、こんにちは。その子もオペレーターなのか、ドクター?」
「そうだ。ラ・プルマは腕が立つ」
「えへへ」
ドクターに褒められ撫でられ、ラ・プルマは表情をほころばせる。ドクターの方は、少し浮かない顔をしていた。
放っておくと、いつまでもドクターにくっついたままだ。テキーラは苦笑い気味に息を吐くと、ラタトスが指さした武器―――大きな黒い鎌を持ち上げた。
「ラファエラ、武器なら直ってるから、持っていきな。ドクターはお客さんの案内があるんだから」
「むぅ……」
「そうむくれるなって」
テキーラはショーケースを迂回して義妹に近づくと、大鎌を手渡す。ラタトスは目を見開いた。
戦いを知らぬラタトスと、そう変わらないほっそりとした腕で、ラ・プルマは鉄の塊を軽々と肩に担いだ。
刃は大きく、剣よりも遥かに重いはず。だが、ラ・プルマの顔色は全く変化しない。
それどころか、重量など感じていないかのように、むすっとテキーラを睨みつけてさえいる。
ドクターがラ・プルマの頭を撫でて窘めると、彼女は名残惜しそうな顔をして去っていった。
テキーラと苦笑した表情を突き合わせるドクターに、ラタトスは呆気に取られて問いかける。
「今の子は、腕が経つと言ったね。まさか……」
ドクターもテキーラも、何も言わなかった。
ラタトスは息を呑む。
幼少期から戦闘訓練を受ける例は、イェラグにだってある。主に、ペイルロッシュ家の戦士たちがそうだ。イェラグを守るべく、日々鍛錬を積み重ねる勇猛な戦士たち。彼らが実際に、その手腕が発揮されることはあまりない。イェラグに外国人が攻め込んでくることなどなく、せいぜいが獣の相手をするのが関の山。
ところが、あのラ・プルマという少女は違う。テキーラのショーケースに並ぶような武器を持った敵と、あの大鎌ひとつで渡り合うのだろう。
あんな年端も行かないような少女が。
イェラグの“外”では、そうしなければならない。
テキーラは少しバツが悪そうに言う。
「向いてない、って思うよね。俺も親父も、あいつ自身も、そんなことはわかっているんだ。それでも武器を手に戦うって言って聞かなかった」
「ここだけの話にしてもらいたいが、ラ・プルマは幸せだ。例え苦手であっても、武器を取る理由を、戦いに臨む理由を、自分で見つけることが出来た。家族はその選択に難色を示したが、理解もして受け入れた。そうでない子供も、多い」
ドクターの顔が、僅かに俯く。
ラ・プルマが戦いに向いていない性格なのは、百も承知だ。ドクターにとって、出来れば戦わせたくないオペレーターのひとりでもある。
それでも彼女はついてくる。頑として譲らず、どんな任務も戦い抜いて見せる。
そして、ドクターは彼女を止められない。アーミヤを止められないように。
ラタトスは、横目でショーウィンドウを一瞥した。
「あんな子供が、他国の戦士へ、武器を持ってけしかけられる。効率よく人を殺せる武器を持たされて。これが……イェラグの“外”。私たちがついぞ理解できなかった、“外圧”か」
祖父のことを思い出す。
ブラウンテイル家の全当主であった祖父は、悪辣だった。絡繰り仕掛けをいくつも作り、謀略を生きがいとし、エンシオディスの両親を殺そうとした。その後、共謀したはずのアークトスの父を、今わの際で嘲った。
ラタトスは、アークトスの父の方が、いくらか人間味があると思った。だが、その祖父の悪意さえ、諸外国からすれば甘いのかもしれない。
かつて、立場も策謀も気にせず、妹と幼馴染の三人で遊んだ日々の裏で、血生臭い戦場に駆り立てられる子供がいたのだろうか。あるいは、今も。
立ち尽くすラタトスの肩を、ドクターが叩く。
「大丈夫か?」
「……ああ、すまない。次の場所に行ってもいいか」
「わかった。テキーラ、ここで失礼するよ」
「うん。あ、待ってくれ、ラタトスさん。最後にこれだけ」
テキーラの表情は、相変わらず苦い微笑みで彩られていた。
その裏側に、複雑な感情が渦巻いていることを読み取るのは、ラタトスにとって造作もない。
ペッローの青年は一呼吸の間をおいて、簡潔に告げる。
「人ってのはさ、色々いるし、みんな色々考えてるんだ。本当に、色々とね」
「実感が籠もってるね。肝に銘じておくよ」
ラタトスはそれだけ言って、鈍く重い足取りで武器商店の前から去った。