「イーサン……君、私がいない間にカップ麺を食べただろう」
「な~んのことだかわからねーなぁ~」
ドクターに睨まれたイーサンは、後頭部で手を組み、そっぽを向いて口笛を吹く。
しらばっくれてはいるものの、これで誤魔化せやしない。お互いわかっていることだ。
ドクターは大きく溜め息を吐くと、書類の山をドンとイーサンに突き出した。
「食べた分は働いてもらうぞ。それを今から言うところに届けてくれ。こっそり置いてくるのではなく、ちゃんと面と向かって渡すこと。
それと、君のために外勤任務も用意した」
「おい待て、カップ麺三人分にしちゃ高すぎねーか!?」
「カップ麺だけじゃないだろう。戸棚の菓子も好き勝手食い荒らしておいて何を言ってる……」
ドクターがどんよりした溜め息を零した。
さすがのイーサンも少し憐れみを覚えるが、言うほど食べたわけではない。ケオベたちと忍び込んだ一昨日の夜に食べた分だけだ。
と、いうことは。
―――あいつら、何回も入りやがったのか。
よし、チクろう。そしてあのふたりにも手伝わせよう。
そう決意するイーサンの目の前で、ドクターは何かを取り出した。
縞模様の包み紙に収められた、糖衣錠のようなキャンディ。あのハラペココンビも、それには手出しをしなかったようだ。
ドクターはキャンディをひとつ口に含んで黙り込む。
心なしか視線が沈み、切なげな表情になった。暗く、今にも泣きだしてしまう子供のような……。
激辛キャンディひとつで、どうしてそんな顔ができるのか、イーサンには正直理解できない。
あの後ケオベから聞いた話では、夜中の香辛料資料室でドクターに出くわしたことがあるらしい。
まさかと思うが、あのキャンディはお手製なのか? どうしてわざわざそんなものを? 何を思って食べている?
改めて噴き出した疑問を、イーサンは思い切ってぶつけてみることにした。
「なあ、ドクター。それ、美味いのか?」
「食べたんじゃないのか?」
「犬ッコロどもがな。俺は食ってねえ」
「……大方、悪戯で食べさせたんだろう」
大体合ってる。絶対口には出さないが。
半眼で睨んでくるドクターに、顎で話の続きを促す。
彼女は目つきで“後で詳しく聞くからな”と念押しすると、少し考えてから問い返してきた。
「イーサン、スノーデビル小隊を知っているか」
「んあ? まあ、そりゃあな。俺は違う部隊だったし、会ったことはねえけど」
イーサンは久方ぶりに、かつて籍を置いていた感染者組織のことを思い出す。
怒れる感染者たちの集団、レユニオン・ムーブメント。スノーデビル小隊はその中でも最強と呼ばれた術師たちだったとか。
ゴースト部隊としてチマチマ隠密任務に従事していたイーサンにとっては、食事中に噂する程度の存在だ。
そんな部隊のことを、ドクターはさらに掘り下げて聞いてきた。
半ばぼんやりした表情で。
「リーダーの名前は……憶えているか?」
「そりゃな、有名人だったし。フロストノヴァ。タルラと同じくらいやべえ術師だって……」
そこで、イーサンはピタリと言葉を止めた。出奔して久しい古巣の伝説的戦士の名前を、最近どこかで聞いた気がする。
しばらく考えて、手のひらに拳を打ち付けた。
「そういや……前にアンタ、枯れた感じのリーベリのオッサンとか、探検隊のねーちゃんとか、おっかねえフェリーンの姐さんにそんな名前の薬渡してたよな?」
「……ああ」
疑問を解消するつもりが、さらに増えてしまった。
レユニオンとロドスはかつて敵対関係にあり、イーサンも何度か、ロドスのオペレーターにちょっかいをかけたり、かくれんぼをしたりした。
ドクターは恐らく、スノーデビル小隊と遭遇したことがある。
しかし、それだけでは腑に落ちない。
「なんで敵の部隊の大将筋と同じ名前の薬を作ってるんだ?
ってか、そのキャンディとなんの関係があんだよ?」
ドクターは目を閉じ、押し黙る。
キャンディをもうひとつ口に入れた彼女の顔は、懐かしむような、安堵しているかのような……あるいは、死を悼んでいるかのような。
肌に合わない沈黙がむず痒く感じられて、イーサンはたまらず声をかけた。
「おい?」
「すまないが、行くところがある。書類のことは頼んだぞ」
「は? いや待てって! なんにも答えてもらってねえぞ!? おーい!」
引き留めるイーサンの声に構わず、ドクターは執務室を去ってしまった。
ひとり残されたイーサンは、うず高く積み上がった書類の束……ということさえ不釣り合いな山を見つめる。
釈然としない。だが、今はあれ以上答えてくれはしないらしい。
イーサンは仕方なく、書類の山を抱え上げる。
その脳裏には、幾多の疑問とドクターの表情が焼き付いたままだった。