「ドクターのキャンディ……ですか?」
アーミヤは首を傾げて、細長い耳を振動させた。
コータス特有の耳があって、ようやく自分の身長と同じくらい。ロドスの幼きCEOを前にして、イーサンは頷く。
「そーなんだよ、聞いても教えてくれねえし。けどアンタなら、なんか知ってんじゃねえかと思ってよ。ほれ、カップケーキ。美味いぜ?」
「あ、ありがとうございます……」
押し付けられた小ぶりなケーキを両手で包み、アーミヤはドクターにまつわる記憶を手繰る。
「うーん、ドクターの食生活が乱れがちなのは医療オペレーターの皆さんも指摘されていましたが、最近は改善されてるはずですし」
「シデロカの姉ちゃんが管理してっからだろ? ま、俺としちゃあ余ったカップ麺にありつけるし、ありがてぇけど」
「……ドクターの食料を勝手に食べるのはどうかと思います」
「おっと」
咎められたイーサンは頭の後ろで手を組み、下手な口笛を吹く。
なおも半眼で睨みつけてくるコータスの少女の気を逸らすべく、ポケットに忍ばせたお菓子を差し出した。
「キャラメル食うか?」
「イーサンさん? 誤魔化されませんからね?」
「ゲッフン。話を戻すとだ、アンタでも知らないこととかあるんだな。ドクターのことならなんでも知ってると思ってたぜ」
苦し紛れの発言だったが、それを聞いたアーミヤはしゅんと耳を萎えさせた。
違う意味で地雷を踏んだ。こういう遊びの無い子供の相手はどうも苦手だ。
―――慰めるとかガラじゃねーし、とっとと話進めちまうか。
「けど、ノーヒントってわけでもなくてな。フロストノヴァって知ってるだろ?」
「―――フロストノヴァ?」
さっきまでしょげていたアーミヤの耳が、またピンと張り詰める。
激しい表情の変化に困惑しつつ、イーサンは告げた。
「ああ。キャンディ食う時に、フロストノヴァの名前を出しててよ。俺が言うのもなんだけど、敵同士だったんだろ? それと、霜焼けに効く薬の名前もそうだったよな? なんでそいつの名前が出んだ、って」
「……敵、ですか」
今度は悲しそうな顔になる。激務に追われて疲労の浮いた瞳が、伏し目がちになった。
「そうですね、そうと言えるかもしれません。実際、彼女は私たちの前に立ちはだかり、私たちは彼女と戦いました。けれど……んむっ!?」
深刻に語り出したアーミヤの口に、イーサンはビスケットを押し込んだ。
目を丸くしてサクサクと咀嚼する子兎に背を向け、ばつが悪そうに口ごもる。
「あー、なんだ、その……なんつーか、大体わかった。邪魔したな」
「んくっ。イーサンさん?」
アーミヤがビスケットを飲み込んで問いかけるも、イーサンの姿は風景に融けて見えなくなった。
アーツを用いて姿を隠し、イーサンは黙考する。
ブレイズやグレースロート等、フロストノヴァを知る人物に当たってみたはいいものの、みな歯切れが悪い。思い出したくない記憶であるのは確かだろう。
ただ、収穫はあった。酔っぱらったブレイズがポロッとこぼした“一緒に飲もうって約束したのに”というぼやきや、アーミヤの煮え切らない発言からして、単なる敵対者以上の意味があったらしい。
もっとも、それ以上はわからないのだが。
―――ケルシー先生に聞いてみるかぁ? でもあの人話長ぇし、地雷踏んだら面倒くさそうだしな……。
ロドスとレユニオン、ドクターとフロストノヴァ。激辛キャンディ。考えても謎は深まるばかりだ。
気にはなるが、アーミヤにも秘密にしているとなると、ドクターにとって触れられたくない話題かもしれない。
これ以上詮索するのは良くないか。
―――やめだやめ。そういう湿っぽいのはガラじゃねえしな。
見られないのをいいことに、その場で大きく首を振る。少ししんみりした気分が移ってしまった。こういう時はドクターのお菓子をつまむに限る。
そう考えて歩き出したイーサンの脳裏に、切なげなドクターの顔が思い出された。
菓子棚には、今もあの激辛キャンディが入っていることだろう。それを食べるたびに、彼女はあんな顔をし続けるのか。
―――なんか辛い菓子でも持って行ってやるか。シナモンとか使った、甘辛いやつ。